第428話 海賊団を斬る ―アートルムの戦いが終わる―
ツバキとリアの元から駆け出したエンヤは、自らに流れる妖狐の力を感じ、フッと笑みを浮かべながら、先頭の邪神兵に大刀を振り回す。エンヤの刀は、邪神兵も邪神将も等しく切り裂いていき、更に狐火を当てて、亡骸を完全に消滅させた。
こうしなければ、再生し、エンヤの戦い方を覚えた邪神兵が誕生するからである。
しかし、そうしなくても、邪神兵は気付かぬうちにエンヤに斬られており、学習するという隙を与えられることなく、次々に斬られ、吹き飛ばされていく。
「人間」相手ではない以上、エンヤも本領を発揮する。いよいよ魔物染みた姿となったリオウと、これまで、斬鬼の中から眺めていた戦場の変化に対し、あの時、決着をつけておけばと、エンヤは戦いの間、ずっと、悔しい思いをしていた。
その思いを発散するかの如く、大刀を振り回しながら、邪神兵で出来た上空の黒い帯を切り裂いていった。
「邪神族の将は……居ないようだな」
邪神兵達を斬りながら、辺りを確認するエンヤ。天門付近にも目をやったが、クレナの時に現れたたランドウのような、邪神族の将のような姿は無かった。
魔道具で作られた天門が通すのは、邪神兵や邪神将のような、いわゆる雑兵だけ。雑兵と言っても、超級以上の力は宿している。
ならば、さっさと天門の破壊を試みようと、エンヤは片方の大刀を捨て、一本の大刀を両手で掴み、力を込めた。
「上手くいけるか……武曲ッッッ!」
エンヤは大刀を下段に構えたまま、天門に向けて突っ込んでいく。その際、自分の前方に大刀で出来た風車を回しながら設置し、群れる邪神兵達を切り刻んでいった。
そして、天門の前に来ると、構えていた大刀を思いっきり振り上げる。
「ウラアアアアッッッ!!!」
エンヤ自身に斬ったという感覚は無いが、確実に大刀は、天門を構成する魔法陣を斬った。
斜めに入る一本の線。そこからピシピシと魔法陣と天門に亀裂が入り、天門は砕け散っていく。
ただただ、エンヤが、両手で力いっぱい刀を振るという技だが、たったそれだけでもすさまじい威力を誇り、あっという間に、邪神兵がこれ以上増えるという事を阻止。
最後に、大地に残った邪神兵に、大刀で出来た風車に狐火を纏わせて投げ、ひとまず、邪神兵がアートルムを襲うという心配事を片付けた。
「よし……後は、アイツだけ!」
その後、すぐにエンヤは海の方へと凄まじい速さで飛んでいく。
段々と近づいて行って見えてきたのは、レオパルドとリオウとの戦い。
最初に見た時の限界はもう無いリオウだが、大刀と大砲を上手い具合に使いこなしながら、レオパルドを追い詰めている。
レオパルドの方は、三体の神獣をその身に宿した反動からか、少し動きが悪くなっているような気がした。
おまけに、遠くから見ても分かるくらいに、二人ともボロボロだったが、リオウはデーモンが持つ自己再生の力を宿しているようで、レオパルドが付けた傷を癒しながら戦っている。
反してレオパルドは、回復する余裕もないようで、リオウの攻撃を受けては、そのまま、体から血を流しながら戦いを続けた。
しょうがねえ奴だなと、舌を撃ちながら、リオウとレオパルドの間に、大刀の手裏剣を投擲した。
「むっ!? チィッ!」
「おっと! って、エンヤ様!?」
援軍の到着に、リオウは苛立ちながらもレオパルドから距離を取る。
エンヤが現れたからか、エンヤの姿がいつもと違うからかは定かではないが、レオパルドは驚いた顔をしながら、エンヤを迎えた。
「ハア、ハア……エンヤ様、出てこられたんすね」
「ボロボロじゃねえか。その力、まだ、上手く扱えてねえんだろ。無理すんじゃねえよ」
「これしかないって思ったんだよ。アイツを止めるんじゃなくて、倒すにはな」
「トウウでアレだったからな……」
エンヤも、ツバキ達の元にずっといたので、リオウの攻撃とトウウがぶつかっていた時のことは知っている。まさか、天災級にまで上り詰めたトウウさえも倒してしまうほどの力を持っているとは、と、ここでも斬鬼の中で、後悔していた。
やはり、リオウを倒すのは自分の役目と思いながらの、行動。どうやらそれは間違っていなかったらしく、レオパルドは、緊張の糸が途切れたのか、エンヤの前で、ふらふらと海に落ちそうになった。
間一髪、エンヤはレオバルドの腕を掴む。
「おっと……やっぱり、無理していたようだな。さっさと獣装体を解いて、トウガ達にあの船まで運んでもらえよ」
そう言って、エンヤは、モンクから来た援軍の船を指さす。
レオパルドは、それを見て、力なく苦笑いした。
「ハハハ……来てたんだな。戦いに夢中で気が付かなかった……俺も、どうやらサネマサやムソウと同じ、“戦闘狂”らしい」
「そんな軽口が叩けるなら大丈夫だな。良いから、獣装体を解除しろ。負担はデカいが一瞬だ。後で長くぶっ倒れるより、今、短くぶっ倒れとけ」
「う、うっす……ぐあっ!」
レオパルドはエンヤに頷いて獣装体を解除する。正直な話、ここまで苦労するとは思っていなかったし、これ以上やったらヤバいとも思っていた。
素直に従ってはみたが、トウガ達が自分の体の中から離れた瞬間、凄まじい疲労と、全身の骨が軋み、肉が裂けるような痛みに襲われる。
エンヤはツバキから貰っていた回復薬を即座にレオパルドにかける。
体中の傷がふさがり、良かったと一安心するが、力は入らない様子のレオパルドは、トウガの背中に倒れ込んだ。
「ゔぅ……キツ~……」
「まったく。ルイの前だからってかっこつけやがって」
「そんなんじゃ……ねえよ……トウウも実際ヤバかっただろ?」
ため息をつくトウガの頭を力ない手でぽふっと叩き、な? とトウウの方を眺めた。
獣装体によって、レオパルドの一部となる直前までボロボロになっていたトウウは、レオパルドと一つになった事により、体の傷を癒し切っていた。
今もその場を羽ばたいているが、その表情は重かった。
どこか気まずそうにしながら、ゆっくりと口を開く。
「すまねえ……俺が不甲斐ないばかりに……」
トウウは、自分がもっとしっかりしていれば、あの時、リオウの攻撃も向こう化し、その時点でリオウを仕留めることも出来ていたかも知れないと反省していた。
突然介入してきた、とある存在により、トレイズ島にも行けず、この街に来ても大した活躍もせず……と、トウウは、レオパルドをはじめ、ここで戦った、多くの人間達に申し訳ないと思っていた。
頭を下げるトウウを、ほんとだぜ~、とトウケンが茶化すが、レオパルドと、隣で話を聞いていたエンヤは、トウウに笑って返した。
「何言ってんだ……お前が居たから……アートルムに被害が……出なかったんだ……俺が来るまでに……皆を護ってくれて……ありがとよ……トウウ」
「お前のおかげで、ツバキもリンネも無事だった。なかなか、良い戦いだったぜ」
そう言って、エンヤはトウウの頭を撫でる。レオパルドはまだしも、エンヤにまで褒められると思っていなかったトウウは勿論、トウガもトウケンも、口をあんぐりと開けた。
「アンタに褒められるのは……少し、くすぐったい気持ちになるな……」
「何だ? 文句あるのか?」
「文句じゃねえが……アンタが褒める獣って、アイツだけかと思っていたからな」
「そういや、さっきから気になっていたんだが、その姿は? まるでアイツ――」
不思議そうに体を見回すトウケンを突き飛ばすエンヤ。
「あ~っ、良いじゃねえか、別に。また後で説明するからよ。ツバキがな。それより、もうそろそろ、お前達は、あの船に言ってろ。で、レオを任せたら、トウウはレオに、トウケンとトウガは、アートルムに行って、ツバキとリアの言う事を聞くんだ。良いな?」
「「分かった」」
「なんか、その姿で指示されると、アイツが言っているみたいで、すごく違和感があるな」
「ほっとけ! さっさと行動しろ!」
トウガの言葉に顔を赤らめたエンヤが怒鳴る。神獣三体は、思わずびくっとしながら頷き、リエン商会の援軍の船へとレオパルドを連れて行った。
神獣とエンヤの会話に、終始首を傾げていたレオパルド。余計な事を言わなければ良いがなと、エンヤはため息をついた。
そして、距離を取ったまま動かないリオウに視線を移す。
ここまで何もしてこなかったリオウに、エンヤは笑った。
「ずっと待っているとは思わなかったな……俺に怖気づいたのか?」
「……いや。やはり、お前を倒さなければ、人界は落ちねえんだなと思ってな……」
「そう思って貰えて何より、だ。じゃあ、そろそろ……」
「ああ……始めよう。最後の……戦いをな……」
笑うエンヤに、リオウも笑い返し、大刀を右手に、大砲を左手に持って構える。
エンヤは大刀二振りを両手に持って構える。
この時、二人は感じていた。この勝負、呆気なく一瞬で終わるだろうと。この後、自分達がぶつかった時が、この勝負の始まりであり、幕引きだという事を感じとった。
勝った方が、全てを決めるという状況だ。
エンヤとしては、自分が負けたとしたら、リオウに対抗できるのはムソウくらいしか浮かばない。
しかし、今も連絡の一つもないという事は、未だに龍族と闘っているという事。これほどまでに長く闘っているという事は、例えこの地に来ても、弱り切っているはずだ。そうなった時にコイツと当たるのはマズイ。
今まで数千年もの間護ってきた、この大地の平穏の為、リオウを斬る気でいた。
一方、リオウの方は、十二星天レオパルドを退かせ、最後の最後に現れ、転界教から貰った魔道具により生み出した黒い兵士達をいつの間にか消し去った、目の前の女。開戦時から天災級の魔物海王蟹を一人で倒した、この女は、自分が人界を落とすのに最大の障害となっていることは分かっている。
そして、その正体も、ツバキという女騎士の偶像術……つまり、刀に宿る精霊だという事は、転界教と海賊団が誇る情報網によって掴んでいた。
いつの時代からの存在かは分からないが、少なくとも神獣達との会話から、相当古くから、この世界を護っていた存在だという事は理解できた。
十二星天よりも前から、この世界を護ってきた存在……それは、リオウが“倒すべき敵”と判断するに足る、大きな障害だった。
確実に、今この場で殺す。死んでいった海賊団の仲間達の無念を晴らす為、この世界に閉じ込められて果てた同志の為……。
両者が向かい合い、しばらく時が流れる。辺りは、戦場とは思えないほど静けさに包まれていた。何かのきっかけがあれば、この均衡は破られ、二人の戦いが始まり、そして、終わる。
互いに、静かに、だが、その内に今までで一番強い意志を宿しながら、その時を待つ。
……遠くの海で何かが跳ねたのか、一つの水の音が聞こえた。
「「ッ!」」
その瞬間、リオウは大砲の引き金を引き、エンヤに向けて弾を発射した。巨大な爆弾となったその弾はエンヤに向けてまっすぐ飛んでいくと同時に、リオウも素早くエンヤに近づいていき、大刀を振り上げる。
エンヤは、リオウが引き金を引いた瞬間、片方の大刀を大砲に向けて投げた。それは、リオウが放った弾丸を斬り、エンヤに届かない所で爆発を引き起こす。
大刀は、そのまま飛んでいき、大砲ごとリオウの左手を斬り落とした。
「ぐうっ! ガアアアアアァァァ~~~ッッッ!!!」
しかし、それに構うことなく、リオウは大刀を振り下ろす。エンヤは力を込めて、両手で大刀を下段から斬り上げた。
「遅い。これで終わりだ! 武曲!」
天門を斬ったものと同じ技を放つエンヤ。振り上げた大刀は、リオウの大刀を、右腕ごと切り裂いた。
そして、両腕を失い、がら空きとなった胴体に、エンヤは更なる追撃を与える。
「奥義・天壊破軍ッッッ!!!」
狐火を纏わせた大刀による連撃で、強大な魔力に覆われ強化された、噴滅龍の外殻を砕いていくエンヤ。大刀を振る度に、外殻は砕け散っていき、リオウは苦悶に満ちた顔をする。
そして、最後の一撃とエンヤが刀を振りぬくと、外殻は砕け散り、エンヤの攻撃はリオウに届いた。
「くっ! ぐはあッッッ!!!」
リオウは両腕と腹から大量の血を吹き出しながら海へと落ちていく。魔道具の効力が切れたのか、徐々にそれぞれの魔物の特徴が、体から消えていき、最終的に元に戻ったリオウ。
しかし、魔道具の反動で、髪は真っ白になり、体は老人の様にやせ細っていった。
生きてはいるが長くは無い。既に戦う力も、生きる力も感じない。
それを確認したエンヤは、刀を払い、リオウに近づいた。海に浮かびながら、弱り切った目だが、未だ、何かに対する怒りと悲しみ、そして、諦めに満ちた目で、リオウはエンヤを見上げていた。
「チッ……負けたか……これで終わりかよ……クソが……」
「今まで、人の命を弄んできた報いだ。世界を越えてまで、悪事に手を染めてんじゃねえよ」
「説教か……やはり……テメエは……甘い……こっちも……好きで世界を越えたわけじゃねえ……好きでここに居るわけじゃ……ねえんだよ……」
「言ってろ。テメエに何があって、何で、海賊団を興したのか知らねえ。だが、テメエは自分の都合で、他の人間を殺しまくったのは事実だ。テメエの顔は、既に、殺しを楽しんでいる奴のものだ。それだけは分かる」
「知った……口を……叩くんじゃねえよ……」
「どこまでも、胸糞悪い奴だな、お前は。本当に、憐れな奴だ……」
エンヤはそう言って、とどめを刺そうと大刀を振り上げる。
リオウは、目を閉じて深くため息をついた後、再び、エンヤの顔を見上げた。
「……お前……名前は? 知らねえで死ぬのも……癪だ……」
「……闘鬼神初代“頭領”兼初代人界王相談役、クレナ領初代領主……エンヤ」
「エンヤ……大した肩書……だな……そんな奴に……殺されるなら……本望か……」
「もう黙ってろ……」
エンヤの名前を聞いたリオウは、小さく喉を鳴らしながら笑い始める。
本当かどうかは分からないが、それでもなお、リオウはこの状況が可笑しかった。
自分が、この世界に恨みを持ったのは、高々二十数年くらいなものだが、目の前に居る女の精霊は、それの何百倍もの時の中で、この世界を護っていた。勝てるわけ無えと、どこかに踏ん切りがつき、全てを諦めたような思いとなりながら、静かに笑った。
この状況で、このタイミングで笑うリオウの事がよくわからず、エンヤは苛立ちを覚える。
しかし、リオウは笑うことを止めず、更に口を開く。
「……なあ……エンヤ……俺は……俺達は……もっと早く……お前や……ムソウに……会っていたら……何か変わっていたのか……?」
「さあな。だが、俺もザン……ムソウも、テメエなんぞお断りだ。何の罪もない人間を殺すことに喜んでいる奴なんぞ、闘鬼神には要らん」
「ククク……そうだろうな……闘鬼神の奴ら……良い目をしていた……本気で俺から……俺達から……何かを護ろうとする……そんな目だった……アイツ等……強くなるぜ……鍛えて……やれよ……また……俺みたいな奴を……生み出さないために……俺みたいな奴が出ても…………護って……い……る……に………………」
リオウはそう言って、エンヤにフッと笑いながら、目を閉じていく。その目からは、涙のようなものがこぼれていた。
そして、エンヤがとどめを刺すのを待たずして、リオウはそのままこと切れる。
迷い人としてこの世界に来て、王都での生活を経て、ギャンザと共に「リオウ海賊団」を旗揚げして二十数年。
コクロを中心として、人界に多大な被害をもたらした海賊団の“大頭”は、同じくコクロの海にて、多くの仲間達同様、海に散っていった。
エンヤは大刀を収め、その場で頭を抱えながら大きくため息をつく。
「……馬鹿野郎……大悪党が、そんな顔して死んでんじゃねえ。なに、一人やり切ったって顔で死んでんだ……ふざけるなよ……クソが……」
やりきれない思いとなりながら、エンヤはリオウの遺体を担ぐ。
既にこちらの状況が見えていたのか、リエン商会の船や、アートルムの方から、勝ち鬨の声が聞こえてくる。
正直、今はそういう気持ちにはなれない。どんな顔で、向こうに行けばいいのだろうと、再びため息をつきながら、エンヤはアートルムに帰還していった。
◇◇◇
アートルムから、エンヤがリオウを倒した光景が目に入る。リアは、眼力スキルを使い、その様子を確認した。
そして、ついにリオウがエンヤによって討たれたことを確認すると、そのことをジーンに連絡。
ジーンは、すぐさま、同じことをノワールに伝え、そこからアートルムの街中に、「リオウ海賊団討伐完了」の報せが広がっていく。
領民達はその場で喜びを分かち合い、様子を見ようと動き出そうとする。
しかし、港は未だ危険な場所という事には変わりない。また、けがをした者達が集められている場所もあるので、そこに大勢で行くのは危険と判断し、騎士と冒険者、ジーンとノワールも協力して、民達を抑えていく。
ツバキとリアはその場から動かず、エンヤが帰ってくるのを出迎える。
それと同時に、リエン商会の船もアートルムに着岸し、船から多くの冒険者達が下りてきた。
冒険者達は、ここで戦うことが出来なかった詫びにと、その後の処理を行っていく。主に、けが人の手当てをしたり、荒れた港湾を元に戻したり、更に、現在別動隊とダイアン達で、海賊団に捕らえられた人間を助けているという事で、その者達を一時的に休ませる場所を作ったりと、意外と忙しそうにしている。
これなら、来た意味があったわね、と笑うリアに、ツバキは頷いた。
すると、そこへリオウの遺体を担いだエンヤが、一人の女と見覚えのある男を連れて近づいてきた。
「ツバキ、客だ」
「あ、エンヤ様……あの……」
「ああ、コイツは……向こうに寝かせて来る。で、まだ、「万が一の不測の事態」がありそうだから、俺はこのままで良い……すぐに戻るから、待ってろよ」
そう言って、エンヤはその場から離れて、リオウの遺体をどこかに持っていった。
エンヤの、少し切なげな顔を不思議に思いつつも、エンヤが連れてきたという客にツバキは視線を移した。
「よう。しばらくだったな、タクマさんとこの女騎士さん」
手を振って近づいてきたのは、モンク領に本拠地を置く、リエン商会の商会主、リエンだった。モンクからの援軍の代表として、ノワール達に挨拶に向かう道すがら、ツバキにもあいさつに来たようである。
もう一人の女は、白銀の甲冑を身に着けており、背中には盾、腰には剣を差した金髪の女だった。端正な顔立ちからは凛とした気品と、穏やかな安らぎを感じさせた。
リエンに小さく頭を下げるツバキは、誰だろうとその女を眺めていたが、鎧と盾に描かれた紋章を見てハッとする。
「あ、貴女は……ひょっとして……!」
「ああ、失礼。私は、騎士団シルバ師団師団長兼ギルドシルバ支部支部長のジャンヌだ。会えて光栄だ。マシロ師団員ツバキ殿」
ジャンヌはフッと笑みを浮かべながら、ツバキに手を差し出す。憧れていた人間が目の前に現れ、ツバキは感激しながら握手に応じた。
「はいっ! 私も、光栄です! お越しになるとは聞いていましたが、まさか、本当に来てくださるとは」
「どうしても、貴殿を一目見ておきたかったからな。少し遅れてしまって、その雄姿を見ることが出来なかったのが残念だが……」
苦笑いしながら謙遜するツバキに、リエンとジャンヌは、遅れてアートルムに来た釈明を行う。
レオパルドと別れてこちらに向かっていたのだが、その途上で、アートルム方面から大量の魔物が、何かから逃げる様に船団に襲い掛かってきて、その対処をしていたという。
一応、トウケンも居たのだが、戦っている途中で、レオパルドに呼ばれて、戦線を離脱し、更に時間が掛かった。
恐らくだが、アートルムに集まった三体の神獣、その力を宿したレオパルド、レオパルドと拮抗した力を持っていたリオウの存在に、操獣石の力を越えて本能的に危機感を抱いた魔物達が逃げたのではないかと推測。
天門の為の生贄に捧げられた魔物達も多かったとはいえ、だから、港湾内の魔物が減っていたのかと納得するツバキとリア。
「なるほど……そう言う事なら、遅れても仕方がなかったってことね」
「む? 其方は?」
「冒険者、闘鬼神所属、リアよ。一応、ここの指揮を任され……執らされていたわ」
「なんと……貴女が、冒険者リア殿か。貴女の事も聞いている。今日は、ご苦労だったな」
「まったくよ……」
はあ、とため息をつきながらも、リアはジャンヌの握手に応じる。自分の憧れの女騎士に、砕けた態度のリアに、少しムッとするツバキ。
しかし、本人が、一応ギルド支部長もやっているから慣れていると笑っていたので、何も言わずにいた。
すると、ひとまず話が落ち着いたと思ったリエンは、モンクの時と違う姿のリンネを、成長したなあ、と撫でながら、三人の話に割り込んだ。
「そういや、ツバキさん。ムソウはどこだ? まだ、帰ってきて居ないようだが?」
「はい。ですので、まだ戦いは終わっていないと言った方が良いかも知れませんね」
リエンの言葉に、少し張り詰めた雰囲気となるツバキとリア。
一応、海賊団は倒したのだから、この場は安全だ。
しかし、ムソウが未だに帰ってこない所を見ると、予想以上に龍族の二体に手こずっている可能性がある。
エンヤ曰く、殺さないように手加減しているのではないかという意見もあり、どちらにせよ、時間は掛かるものだろうという気はしていた。
だが、仮に龍族の相手を終えても、ツバキとリア、もしくは、この場で戦っていたジーンやレオパルド等、事情を知っている者達には、一つの懸念があった。
その為、戦後処理は行うが、いつ、何があっても良いように、未だ、完全に気を緩ませないようにしている。
刀精であるエンヤも、今はまだ刀の方に戻さず、リエンの遺体を騎士団に任せた後は、ツバキ達の近くで待機していた。
「一応、戦いが終われば、トレイズ島の方に行くかもしれないという話だったのですが、先ほどから、ギャッツさんと連絡が取れないのです」
「何!? まさか、やられたのか?」
音信不通のギャッツが、海賊団によって討たれたのかと慌てるジャンヌに、リアは首を振った。
「トレイズ島に向かうはずだったトウウ様によれば、恐らく大丈夫だろうってさ。ひょっとしたら、激しい戦いで、魔道具スマホを破損したか、落としたんじゃないかって言っていたところよ」
「そうか。しかし、ギャッツめ。ものは大切にしろとあれほど……」
「まあ、それは置いといて……てことは、向こうの島にスマホ持たせた奴らを派遣した方が良いか? ジーン様は動けないようだしな」
「はい。お願いします、リエンさん」
ツバキに頷き、リエンは素早く行動に移す。
リエン商会を通じて、この街に来たモンクの冒険者のうち、ジェイドとムソウ一派にスマホを託し、何隻かの船で、トレイズ島に向かうように指示を出した。
向こうにムソウが居ても居なくても、とりあえずは連絡をという指示に、ツルギとジェイドは頷いた。
「分かった。ツバキさんと、え~っと、リンネちゃんが待ってるから早く帰って来いって伝えとくよ」
「それから、向こうの砦とやらが破壊されていたら修復くらいはしておこう。大工仕事は慣れているからな」
二人はそう言って、手勢を率いて船に乗り込んだ。
トレイズ島に向かう冒険者達の船を見送りながら、幾つかの懸念と意気揚々と帰ってくるムソウの顔を想像し、フッと微笑んだ後、ツバキとリアは、ジャンヌと共に、戦場の事後処理の指揮を執っていく。




