第425話 海賊団を斬る ―“冒険王”が闘う―
リオウが港湾内への侵入に挑んでいた時、アートルムに攻め入った第四から第十四師団の海賊達は、左右に分かれて正面以外の場所からの上陸を試みていた。
このうち、第五師団はエンヤによって壊滅したため、それぞれ五つずつの部隊に分かれることとなったが、それでも、それぞれ兵力は海賊と魔物合わせて一万ずつ存在する。
両方の部隊が合わさり、更にリオウが障壁を越えることが出来れば、合計三万の兵力でアートルムの街に攻め入ることが出来ると考えていた。
しかし、そのことを事前に予知したジーンが作った土塁と配備した冒険者や騎士達により、なかなか攻められないでいる。
数の上では圧倒的に優位でも、こちらの動きがあらかじめ分かっていたかのような罠、設置魔法により、海賊達はどんどん数を減らしていく。
ツバキ達から見て、東側は騎士団師団長ルーカスと、副師団長カールが先頭に立ち、海賊団と闘っていた。
それぞれの避難所は、冒険者達に任せている。領主ノワールやシルヴァス家の末裔のリチャード一家が居る場所は、神獣麒麟が守護している。
問題は無いと思っているが、やはり心配な気持ちは拭えない。カールだけでも街に残して、とルーカスはジーンに相談したが、その際に、
「大丈夫だ。何故かはわからんが、もうじき、強力な援軍が来るからな」
と言われて、首を傾げながらも、カールとアートルムの街を警邏する部隊も連れて、沿岸部を襲う海賊団の対処をしていた。
実際、その場に来てみると、カールを連れてきて良かったと感じていた。ジーンが用意した罠があったとしても、自分達の部隊だけでは、海賊の相手をすることは難しいと感じていた。
全員が合成魔人で強化されており、更に船の装備も騎士団以上。災害級は居ないが、魔物の数も多く、仮に自分が一人ならすでにここは突破されていただろうと冷や汗を拭う。
「返し波ッ! ……むう、押し返すことは出来ないか。ならば直接叩くのみ! カール、ついてこいッ!」
「はっ!」
海に向かって魔法を放ち、高波をぶつけるも、足止めは出来ても、押し返すことは出来ない。
しかし、陸に近づく海賊達は後を絶たないので、カールと共に直接海賊団を制圧しようと、二人で海に飛び込んだ。
騎士団きっての泳ぎの得意な二人は、海中を進む魔人や魔物達を次々に倒していく。
「師団長、そろそろ私は、敵船に乗り込み、船長を討ち取ろうと思っているのですが……」
「ならば私も向かおう。単身で敵陣に飛び込むことは許さん」
あらかた周囲の敵を倒した二人は、近くの船に乗り込み、背中合わせで戦っていく。
乗り込んできたルーカスとカールに、海賊達は雄たけびを上げながら、向かっていくが二人の連携になすすべもなく次々と倒れていく。
「なるほど……数も多く、海賊達も連携が出来ているようです。これは、私一人ではきつかったかもしれません」
「戦いながら学んでいくのだ。ヴィクソン同様、お前にも、私は期待しておるのだからな」
「ツバキ殿を見て、自信を無くしていましたが、私もまだまだ頑張れそうです」
「うむ。今はそれで良い。だが、この先、お前達若い世代が騎士団を引っ張っていくのだ。今はしっかりと修練を積め」
「はっ! ……にしても、ここは良いですが、向こうは大丈夫なのでしょうか?」
カールは、こことは反対側の海賊達が攻めている沿岸部の事を気にする。そこでは、現在、十二星天ジーンが、たった一人で海賊達を止めている。
こちらと同じくらいの兵力ならば、例えジーンでも、という考えが頭の中を駆け巡って仕方がない。
早いところ、こちらの海賊を制圧し応援に向かわねばという気持ちになり、どうしても武器を握る手に力がこもる。
それを見たルーカスはカールを諭す。
「落ち着け。力が入り過ぎれば、視野も狭くなる。ここに居るのは私達二人。お前が危なくなれば、私も危なくなる」
「ですが……」
「あちらは、十二星天様に任せよう。長年、この人界を守護してきた偉人の一人だ。それだけで、信じるに値する。
それに……」
そう言って、ルーカスが振り向くと同時に、船が少しばかり揺れる。
何だと思って、カールもルーカスの向いた方向を見ると、五人の男女が武器を構えてこちらを睨みつけていた。
それは、リオウ海賊団の第十師団から第十四師団の船長達。武器を向けながら、ルーカス達を怒鳴る。
「コクロ師団長ルーカスだな? これまで俺達の邪魔をしやがって……覚悟しろッ!」
「のこのこここに来るとは、馬鹿なのか、それだけの実力があるのか……まあ、俺達を一気に相手することは不可能だろう! 確実に息の根を止める!」
などと言いながら、それぞれ中級から上級の魔物の力をその身に宿していく。
海賊が悪さをするから、自分達が動く。何もしなければ、騎士団は動かない。何とも、勝手なことを言うのだなと、ルーカスはため息をついた。
その横で、カールは、恐らく実戦で始めて見る強者に、臆したように固まっていた。
ルーカスは、フッと笑いながら、カールの背中を叩く。
「しっかりしろ。ジーン様の心配をしている場合ではなかったな」
ルーカスの軽口に、カールはハッと意識を取り戻した。
「す、すみません。つい、相手に圧されてしまいました。師団長は怖くないのですか?」
船長達の姿が変化していっても、周りが敵だらけでも、ルーカスはいつも通りだった。
何故、そこまで堂々と出来るのか、恐怖と言うものを抱かないのかと、カールは尋ねた。
すると、ルーカスは笑みを浮かべながら頷く。
「ああ。私達の背中に護るものがある限り、私が、その脅威を恐れるわけにはいかないからな」
そこにあったのは、ただ、「師団長」としての矜持。どれだけ困難な状況でも、護るべき民達の為、前線で戦うという強い意志を、カールは感じた。
いくら武芸に秀でても、精神的な面では自分もまだまだだという事を痛感する。
だが、だからこそ、自分は今、頼りになり、学ぶべき存在である、師団長ルーカスの横で戦えるという事を幸せに感じていた。
そう考えると、海賊達への恐怖も、ジーンへの心配も段々と小さくなっていく感覚がした。
「そう……ですよね。私も、負けるわけにはいきませんよね」
「うむ。まあ、確かに、あの五人の相手は我々だけでは辛いからな。他の仲間達が来るまで、耐えるようにしよう」
「分かりました。二人ですが、密集陣形といきましょう」
そう言って、ルーカスとカールは、異界の袋から大きな盾を取り出し、海賊達に備える。更にその上から、結界魔法の魔道具も起動させ、護りを完璧にした。
二人の防御は、魔人に変化した船長達の猛攻を通さず、その場で時間を稼ぐことには成功する。
この隙に、手の空いた冒険者や騎士達はルーカス達が闘っている船へと移動していく。
海賊の攻撃の手が、そちらに向かい、若干、自分達の方の攻撃が緩んだことを感じ、ルーカスは、内心、ホッとしていた。
正直に言えば、少々カールに見栄を張っていた。船長達が魔人に変化したことについてではなく、ジーンの事についてである。
敵方にもEXスキルの使い手が居て、更に、多くの災害級の魔物の他、大量の合成魔人と合成魔獣。
海賊達の戦力はこちらが想定したものよりも何倍も大きい。ジーンの予知によって、そのことに気が付いたのも、決戦の数日前だ。準備など出来ているはずがない。
現在この場での戦いも、ジーンが一人で西側の敵を抑え、後の戦力をこちらに振ったことで叶えられている。
十二星天と言えども、この戦力は大丈夫なのかとカールと同様の事を思っていた。
「仕方ない……少々、本気を出すか……」
「あ? 何言って――」
「水渦豪神突ッッッ!!!」
本来なら、攻めに力を振るうことが少ない騎士ならではの戦いを行っていたルーカスだったが、ジーンの事を思い、ここからは攻めに転じる。
水を渦のように槍の周りに纏わせ、回転をつけながら突き出す。鉄鋼蟹の力を宿し、鋼の外殻を身に纏っていた第十一師団船長の男は、外殻をえぐられながら吹っ飛んでいく。
「ぐあっ! 野郎オオオ~~~ッッッ!!!」
「護るべき者達の為、我等も止まっているわけにはいかない! 騎士団、冒険者諸君ッッッ! アートルムに海賊を入れるな! 一人でも入ったら、騎士団は減俸、冒険者達へは報酬抜きだッ!」
「「「「「おお~~~ッッッ!!!」」」」」
ルーカスの言葉を聞いた者達からは多少不満がこぼれるも、皆すぐに頷き、各々で奮起する。
カールもすっかり調子を取り戻し、一人の船長の相手をこなしていた。
ルーカスは、起き上がった第十一師団船長と再び得物を合わせる。
強力な援軍というのも気になるが、今は自分達に出来る事を……そう思いながら、眼前の海賊達を抑えていた。
◇◇◇
時は少々遡り、リアから海賊団が分かれたと連絡を受けたジーンは、師団長ルーカスに東側の沿岸部を任せた後、西側の沿岸部を一人で抑える為、街から離れる許可を、領主ノワールに伺いを立てていた。
「……というわけだが、良いな、ノワール殿」
「……まあ、御止めはしませんが……大丈夫なのでしょうか? ジーン様が闘われるという事は、あまり聞かないのですが……」
「心配無用。世界を一周出来たのは、運が良かったからではない。サネマサほどではないが、儂もある程度は戦える」
世界最強の“武神”サネマサを基準にされても、とノワールは頭を抱えるが、ジーンが未来を予知したうえで出した最適解が、東側の沿岸部を、街を護る騎士団と冒険者の混合部隊に任せて、西側の沿岸部を自分一人で護るという内容だった為、ジーンの出陣を認めるしかなかった。
だが、それでも心配は尽きない。自分達の身の安全よりも、ジーンの身の安全が気になって仕方がない。
そして、それはその場に居るコクロの貴族やリチャード一家……溺愛するオリビアも同様である。
ジーンが、人界で偉大な人間であるという事は、物心がついた時から分かっていたことだが、周りの大人達の反応を見て、ただ事ではない場所に、これからジーンが赴くことに、オリビアは、不安そうな顔でジーンの手を握った。
「おおじいちゃん、いっちゃ、や」
「オリビア……そんな顔をするな」
そんなオリビアを安心させるように、ジーンはしゃがみ、ニコッと笑いながら、オリビアの目から流れていた涙を拭う。
「こう見えても、儂は、この世界で一番強い十二人の一人だ。そう簡単に、お前やリチャードの前から居なくならない」
「でも……でも……!」
しかし、ジーンの言葉に頷くこともなく、オリビアはジーンにしがみついて泣き出す。
困った子だなと苦笑いするジーンに、オリビアに着いてこの場に来ていた麒麟の二人が口を開く。
「ジーン。僕達を連れて行くんだ。そうすれば、オリビアも納得する」
「わたくしたちがジーンを護って差し上げますわ」
二人は、ジーンの勝率を上げる為、何より、この場に居る者達を安心させるために、自分達もジーンと共に戦うことを申し出てきた。
特にリンは、「お気に入り」の海を荒らした海賊の事が許せなかった。自らの手で直接追い返さないと気が済まないという気迫で、戦う気充分だった。
だが、ジーンはやれやれと首を振りながら、麒麟の二人に応える。
「駄目だ。万が一もある。お前達にはオリビアやここの事に集中してほしい」
ジーンの視る未来は、変わることもある。一応、この場所含め、アートルムの街自体に海賊が侵入するという未来は視えていない。
しかし、もしも未来を変えるほどの力を持つ者が現れ、ジーンの知らぬ間にこの街が襲われるようなことがあれば、オリビア達だけでなく、アートルムに集まった領民達の命が危険にさらされることになる。
「二人は、アートルム防衛の“切り札”だ。だから、前線に出ることは許可しない」
「だけど……その、「万が一」が、お前に襲い掛かったらどうするんだ!?」
「オリビアをこれ以上悲しませたら、許せないですわ!」
だから、ここを離れるな。離れるのならば自分達を連れて行けと、麒麟の二人も、ジーンの服を掴んだ。
生まれて、壊蛇の影響で傷つき、レオパルドに保護されてから、魔獣宴で大切に育てられてきた麒麟の二人にとって、ジーンは憧れだった。
レオパルドと共に仕事をする傍ら、二人に話して聞かせた、外の世界の事。何でも知っているジーンの事が、心のどこかで麒麟の二人は大好きだった。
そんなジーンが、死地に向かおうとしている。オリビアと同じ気持ちで、ジーンの事を呼び止めていた。
困った子が増えたと、ジーンは更に苦笑いし、三人の頭を撫でた。
「やれやれ……三人とも、儂の事を信じてくれ。何も計算せずに一人で出ようとは言っていない。勝つ確信があるから、儂は出るのだ。
もうそろそろ、強力な援軍も来ることだしな」
そのまま、皆の前で、再びEXスキルを使う。視えた未来は、先ほど見たものと変わっていない。
確実に起こる未来に、ジーンは満足げに頷いた後、三人の顔を上げさせた。
「納得してくれ。儂はコクロの為、お前達家族の為、これから、海賊達と闘う。アートルムは、キキちゃん、リンくん、そして、ガルダン、お前に任せる」
一応と、その場に来ていた冒険者、“裸一貫”ガルダンは、突然名前を呼ばれ、更にノワールや貴族たちに視線を向けられ、少し固まる。
ガルダンは、幼い時から、ジーンが率いた冒険団に所属していた祖父の話を聞き、例え、これからジーンが一人で戦いに赴くとしても、何の心配もないと思っていた。
そればかりか、EXスキルの力で未来を視て、「大丈夫だ」という姿は、まさしく、祖父から聞いていたジーンの姿と重なっていたので、その場に居た者達の中では、ジーンの出陣を止めようとも思っていなかった。
そんなガルダンの心の内を、ジーンは見透かしていた。この場を切り抜け、戦いの場に行くには、と思ったジーンは、オリビア達の頭をニコッと笑いながら撫でた。
「必ず帰ってくる。しかも、思ったよりも早くな。それまで……ガルダン! この子達を頼んだぞ!」
次の瞬間、ジーンはオリビア達を引きはがし、ガルダンに預ける。
そのまま、転送魔法を起動させて、その場から離れようとした。
「や~! おおじいちゃん、いっちゃ、や~!」
「あ、駄目だ! オリビア嬢、魔法に巻き込まれちまう!」
近づこうとするオリビアの体を掴むガルダン。ついでに、キキとリンも、ジーンに近づけないようにする。
「離せ! 汗臭い!」
「汚い体で触らないでくださいまし!」
「ひ、ひでえ……だ、だが、ジーン様の言われた通りにした方が――」
必死で子供三人の抵抗に耐えるガルダン。オリビアはまだしも、麒麟の力は強い。結構本気で、三人にしがみつく。
子供達は、ジーンが戦いに出向くことが悲しいのか、ガルダンが気持ち悪いのか分からないが、泣き叫びながらジーンに手を伸ばす。
突然のジーンの行動に慌てるノワールやリチャード等の大人達。誰かの、ジーン様!? という声と、ガルダンの声を最後に、ジーンの視界が、会議場からアートルム東側の沿岸部に変わった。
「ふう……後でオリビアに怒られるな……」
そうなった時は、たっぷりと可愛がってやろう、と笑うジーン。
突然、その場に現れたジーンに、戦いの準備をしていた騎士団や冒険者は、ぎょっとした顔になる。
「じ、ジーン様、どうされたのでしょうか? な、何か我々の動きに不備でも……?」
「いや、何でもない、ルーカス殿。海賊団がここに来るまで、まだ時間はある。この間に、罠や設置魔法の展開、未来予知の結果を伝えておこう」
そう言って、戸惑いながらも頷くルーカス達に、防衛戦での作戦と共に、罠となる魔道具や設置魔法をあちこちに設置し、その後、その場を後にして西側の沿岸部に移動した。
一人になったジーンは、遠くで聞こえる戦いの音と、さざ波を聞きながら、海を眺める。
こういう時に限って天気は良い。壊蛇と闘った時もそうだったなと、あの時の事を振り返り、フッと笑みを浮かべた。
「……もう少し、簡単で、単純なら良かったがな……」
あの時と同じく、十二星天に溝が無かったら、今日の戦いも、全員で海賊団と闘うことが出来たのに、と残念に思うジーン。
ただ、それでもレオパルドは来た。こんな状況下で、随分と力になってくれた。更に、天鷹トウウを、こちらに遣わせてくれている。
その未来が視えたからこそ、ジーンはこの場に一人で来ることが出来たし、ルーカス達の作戦も、それまで耐えれば良いと伝えることが出来た。
そして、何故、トウウがトレイズ島ではなくこちらに向かっているのかもEXスキルで知ることが出来た。
更なる援軍の存在に、ジーンは思わず表情を緩ませる。
「来るとは思っていたが、本当に来るとはな……やはり、未来はあらかじめ知らない方が良いのかも知れない。
しかし……大丈夫なのだろうか……」
唯一の心配は、その者がここに来ることに対して、色々と問題があるという事。
勝率が上がるのは良いが、自分達は良いとして、現在、二体の龍族と闘っているムソウに大きな問題が発生する可能性がある。
正直な話、何とも言えないことにもなりそうだが、結果良ければ全て良いのかも知れないと、そこまで深刻にならず、ジーンはこれから、この場で発生する戦いの準備を進めていった。
「さて……まずは海と土塁に設置魔法と罠……ミサキちゃんもコモンも、なかなかえげつないものを創ったものだ……」
そう言いながら土塁に設置したのは、敵が近づいてきたら、無数の矢を放出させるという魔道具である。
周囲の素材を細くし、何発も連射する。気を付けなければ、自分もくらう可能性がある危険なもので、度々、ミサキが自分で設置したことに気付かず、無数の矢を受けるという失敗談を聞いたことがあった。
頭が良いのか、ドジなのか……自分はそうならないように気を付けようと、いくつも設置していく。
未来視で視えた敵の戦力は魔物も合わせて一万ほど。そのうえ、海賊全てが魔人と化し、水魔法はほとんど利かない。
有効なのは雷魔法と火魔法だが、ジーンにその適正は無い。使えたとしても、中級までの威力しかない。
ただ、土魔法と風魔法、そして、もう一つ、とある属性には適性があり、エレナ、ミサキを除けば、十二星天の中で、それらの魔法に関しては一番だという自負がある。
それと合わせて、自身の得物である巨大ブーメランに、属性付与を高める魔石を取り付けて威力を上げることで、それらの軍勢にも一人で対処できると、戦いの準備を終えた。
「さて……そろそろ、いくかッ!」
そして、しばらくした後、ジーンは、未だ何も見えない海に向かって、ブーメランを思いっきり投げた。
ブーメランは風魔法を纏い、その鋭さと攻撃の速度を上げ、扇形に移動する。
その瞬間……
「うわあああああ~~~!!!」
「グギャアアアア~~~!!!」
何もないところから悲鳴が上がり、何かが壊れる音が聞こえる。戻ってきたブーメランを手に取り、更に虚空に向けて投げる。
すると、また聞こえてくる悲鳴と、慌て始める何者かの声。
「なんで、分かったんだ!?」
「おい! あれは、“冒険王”だ! これは意味がない! 解除し、全力で堕とせ!」
「敵は一人よ! 全軍でやっちゃいなさい!」
その声に、応じるように、ジーンの眼前から聞こえてくる雄たけび。
すると、何もないところから、大中合わせた海賊達の艦隊と、無数の魔物が現れた。
海賊達は、姿を消す魔道具を用い、自分達と船、魔物の姿を消して、ここまで進軍してきた。
しかし、未来を予知し、どこに何が現れるか知っているジーンには無意味同然。
先手を奪うつもりが奪われた海賊達は、姿を消すことを諦め、戦いに全力を尽くすようになる
予言通り、現れた海賊達は、全員が魔物の力を宿した魔人。更に、こちらには災害級の魔物である、海龍グレンデルを筆頭に、空には三つの首を持つ怪鳥ナベリウスの他、超級がちらほらと、多くの下級から上級の魔物達。合成魔獣も何体か目にする。
まずは魔物達の駆除からと、ジーンは土塁から海に降り、手とブーメランに魔力を込める。
「さて、まずは……大氷河ッッッ!!!」
ジーンは強い冷気を纏わせたブーメランを空に投げ、更に手のひらを海面に当てて、魔法を起動。ブーメランが通り過ぎた空の敵は、そこから放出される冷気により、飛ぶ力を失って海へと落ちていく。
しかし、水が受け止めることなく、真下に広がる凍った海に体を激突させて息絶えるか、あるいは、全身を砕かれ弱っていく。
海に居た敵は、グレンデルと一部上級の魔物、魔法が及んだ範囲以外の敵、そして、船に乗っていた者達以外は、その場で凍り付いた。
ジーンが得意とする魔法は、土、風、そして、最後の一つは氷属性魔法だ。珍しいからと、幼い時から練習していたこの魔法は、本気を出せば、もっと広い範囲を氷漬けにすることが出来る。
ただ、それだと自分が倒れてしまうので、少々威力を抑えた。威力を抑えたうえで、魔物達を半壊させ、船を進めなくすることには成功。
自分の魔法の腕は、まだまだ衰えていないとご満悦の状態で、再び陸地に戻る。
海賊達は凍った海と、味方、そして、動かない船に焦りながらも、すぐさま次の行動に移った。
「チッ! だったら、氷の上を進んで、陸を目指せ! 空を飛べる奴は、そのままブーメランに気を付けて進め!」
一人の船長の声に、海賊達は武器を取り、船から氷の上を下りて、陸地を目指す。
それを見たジーンはニッと笑いながら、更なる一手を始めた。
「船を手放してくれて感謝する。おかげで、貴様らの退路を断てる」
ある程度の数が船から降りた瞬間、ジーンは海に設置した魔法を発動。
海賊達の船の真下から、思いっきり水が噴き出て、船を空に飛ばす。
「「「「「なっ!?」」」」」
海賊達が驚愕する前で、船は氷に叩きつけられ、粉々にバラバラになっていく。
更に、凍った海を走る海賊達の足元からも水が噴き上げ、海賊達を海に落とす。
ジーンはブーメランを使って、砕けた氷の隙間を凍らせ、海賊達を海に閉じ込めた。
「「「「「~~~~~~~ッッッ!!!」」」」」
海中に閉じ込められた海賊は、水棲の魔物の魔人を除いて、その場で絶命していった。
海賊達から、十二星天ともあろう者が人の命を……などという言葉が聞こえてくるが、ジーンは気にしない。
長年、故郷を苦しめ、民達の命を奪ってきた人間など、魔物と同義であると、ジーンも割り切っていた。容赦なく、海賊達の命を奪っていく。
「海賊ふぜいが命を語るな! 命を奪うのなら、自分も奪われるという覚悟を持て! 奥義・氷刃絶葬破ッッッ!!!」
ジーンは、氷の上を滑るように近づいてくるグレンデルに向けて、氷魔法を付与したブーメランを力いっぱい投擲する。
ブーメランは飛びながら回転力を増していき、吹雪の竜巻を形成するまでに至る。更に、風の刃がブーメランを纏い、切れ味を増した一撃により、グレンデルの首が飛んだ。
断末魔も許さぬ一撃により、グレンデルの体は凍り付いていき、更に上空に居た魔物や魔人達も、ブーメランからの吹雪により空中で凍りつき、地面に落ちるとともに、次々と砕け散っていく。
この時、海賊側はジーンが予想以上に容赦ないことと、その力に驚愕していた。
一般的に、十二星天の中でも戦うことが得意ではないとされるジーン。確かに、昔は世界制覇という偉業を成し遂げた男であり、当時もそれなりの実力者であったことはうかがえるが、今はその力も衰えており、“武神”サネマサや、“騎士団長”リー・カイハク等よりは、弱いと思っていた。
しかし、目の前で繰り広げられる惨状に、流石のリオウ海賊団も、“恐怖”というものを覚える。
あらかじめ分かっていたかのような罠の設置、それに合わせて繰り出される、ジーンの強力な攻撃、それを逃れても無数の矢によって駆逐するという徹底ぶり。
敵はジーン一人だが、それはまるで、巨大な軍隊を相手にするような感覚を思い知らされる。
「チィッ! 調子に乗りやがって……!」
「どきなさいよ! 老いぼれ!」
海賊達の中から、二人の影が躍り出る。
一人は、リオウ海賊団第六師団船長ヴェイロン。その体は、鈍く銀色に輝く外殻に覆われ、片腕は蟹の鋏のようになっている。
ヴェイロンが宿したのは、鉄鋼蟹の上位種、カタフロクラブの更に上の金剛蟹。その身で繰り出される無数の矢を弾き、その後ろの海賊達を護りながらジーンに攻めていく。
もう一人は、胴体から下が蛇の様になっている第四師団船長アニータ。宿している魔物は、サキュバス種の一体で、特殊な眼力で対象を魅了し生気を奪う魔物、ラミア。素早い動きで、ジーンの攻撃や罠をすり抜けて、一気にジーンに迫っていく。
「妹の仇をとらせろッ! そこをどきなさいッ!」
アニータは、二振りの刀を振りかざし、一気に、ジーンに襲い掛かる。その刀からは、幻覚を見せる毒と、普通の人間が吸うだけで、瞬時に意識を奪う毒を放出させていた。
ジーンに幻覚を見せながら体の自由を奪い、じっくりといたぶり殺すつもりだ。
アニータは、先だってモンクで捕らえられた第十六師団船長の実姉である。
今回のアートルム侵攻戦では、コクロを落とすという目的以外に、妹の仇を討つという目的もあった。
モンクで、海賊船を落とし、船長諸共船員が捕らえられた一件については、実行したムソウや同行した冒険者ハンナ達が口を閉じている為、その詳細は一般的には広まっていない。
しかし、各地に放った密偵により、捕らえられた海賊達が発狂しており、既に精神が死んでいるという事はリオウ海賊団に伝わっている。
そして、状況証拠と先ほど、アートルム近海にて海王蟹を屠ったエンヤを間近で見て、妹を襲った犯人が、エンヤ並びに、エンヤを放った女騎士ツバキであることを確信。
このまま、ジーンを越えてアートルムで指揮を執るツバキを殺す為、アニータは持てる全ての力を振るい、ジーンに襲い掛かる。
仇と聞いて、少しばかり動揺するジーンだったが、すぐに我に返って、アニータを見据える。
「ほう……海賊にも、親類縁者の仇を謳う者がいるとは驚いた……が、先ほども言ったが、それはこちらも同じ。お前らの所為で死んでいった者達が何人居ると思っている? その度に、涙を流し、やりきれない思いになった者達がどれだけいると思っている!? 貴様の妹とやらは、その報いを受けただけだ! 生きているだけマシだと思え!」
「貴様アアアアアアアアッッッ!!!」
ジーンの言葉を聞いてアニータは更に激高。他の船長が止めるのも聞かず、ジーンに、自身の怨念が詰まった毒をまき散らす刀を振り下ろす。
刹那、ジーンはブーメランを振るい、アニータの首と腕を斬り飛ばした。
「く……ソ……が……ッ!」
胴体から離れてもなお、ジーンに殺意のこもった視線をぶつけるアニータ。構うことなく、ジーンはアニータの首と胴体を氷結させていく。
そして、アニータの刀は宙を舞い、海賊達の元へと落ちていき、その毒で海賊達は動きを止めたり、恍惚した顔でその場に立ち尽くしたりする者等が相次ぎ、進軍を止めた。
そこに、魔道具から発生した矢が襲っていき、容赦なく海賊達を倒していく。
さて、アニータを制したジーンだったが、すぐにヴェイロンがジーンに迫り、巨大な鋏と化した腕を振り上げる。
「アニータ、お前が作った隙は無駄にしない! 死ねッ! “冒険王”ッッッ!」
雄たけびを上げながら襲い掛かるヴェイロンにジーンは動じることなく、人差し指と中指を突き出した。
「お前が襲うことは見えていた。近づいてきたのがあだとなったな。氷冷針ッッッ!」
ジーンは戻ってきたブーメランで攻撃を受け止めて、指先からヴェイロンの口に向けて氷で出来た針を放った。
「が、あッッッ!」
その魔法は、氷魔法と同時に、風魔法も合わせたもので、ヴェイロンの体を貫くものではないが、体内で風に乗って冷気を拡散させ、瞬時にヴェイロンの体温を急低下させ、そのまま、体の中から全身を凍らせていく。
固い外殻に覆われたヴェイロンは、ゆっくりと意識を閉じていった。
その後、自重により間接からヴェイロンの亡骸がバラバラに崩れていく。
襲ってきた二人の船長の亡骸の前に立ち、ジーンは、ほとんど壊滅状態に陥り、既に戦意を失っている海賊達を、ブーメランを構えながら睨みつけた。
もう、ここを襲ってきた時のような覇気は、海賊達からは伝わらない。残った船長達でさえも、間近で見たエンヤの恐ろしさを忘れるようにジーンを襲っていたが、その恐怖と、今まさに対面している恐怖が合わさり、その場に立ち尽くすようになっていた。
「頃合いか……儂が視た未来よりは早かったな……」
そう呟き、ジーンは大量の気と魔力をブーメランに込めていく。その力は、その場で固まっていた海賊達を再び震え上がらせるほど強大で重く、恐ろしいものだった。
「て、撤退だああああ~~~!!!」
「もう嫌ああああああ!!!」
残った二人の船長が叫ぶと、海賊達は悲鳴を上げながら、凍った海の上を駆けていく。そして、唯一残った船に、我が先にと乗り込んでいった。
魔物達は、操られているからかジーンに襲い掛かっていく。だが、それも少数で、ジーンが設置した罠や設置魔法により、次々と駆逐されていった。
ジーンは、力が溜まったことを確認し、ブーメランを投擲。それは、戦場全体を旋回し、ブーメラン本体から、ジーンが施した毒をまき散らしていく。
先ほど、アニータが使ってきた、幻惑を見せる毒と、体の自由を奪う毒。そして、ジーンが自分で用意した、強力な睡眠薬。
大技が来ると身構えていた海賊達は、それらの毒を気付かない間に大量に摂取することになり、一人、また一人と、サキュバス種が見せる魅惑の幻惑により、戦意を失いながら膝をついていき、そのまま体の自由を奪われながら、深い眠りへと落ちていった。
こうなってしまっては、丸二日ほど目を覚ますことは無い。
ジーンは、返ってきたブーメランを手に取り、その場に座り込んで、ふう、と息を吐いた。
「こんなところだな……」
いかに故郷を襲い、これまで多くの命を奪ってきた海賊でも、ジーンは、戦意を失った海賊までも殺そうとは思っていなかった。
どちらにせよ、王都で裁かれるという思いもあったが、何より、虐殺したところでオリビアに顔を合わせるというのは、心のどこかで行けないという思いがあった。
最後に使った技も、ほとんど見掛け倒しである。心を折ることが出来て良かったと、ジーンは胸を撫で下ろした。
戦いが終わったら、王都に身柄を渡そうと思い、しばし休息の時間をとる。一応、トウウの到着を待つつもりだ。
アートルム東側の沿岸部を襲う、万を越える海賊達と“冒険王”ジーンの戦いは、何とも静かに終わった。




