第421話 海賊団を斬る ―リオウ海賊団が現れる―
ムソウが出発した後のアートルムでは、ムソウの出陣を一目見ようと集まったノワール達を避難場所に戻すために、一時的に港湾の防衛が手薄となった。
このタイミングで攻めてきたら最悪だわ、と呟くリアにツバキは苦笑いする。
無論そんなことはなく、ひとまずツバキ達は胸を撫で下ろすが、戦いが終わったわけではない。気を引き締めなおし、戦略の再確認を行った。
「ジーン様が予知された海賊団の戦力は、天災級一、災害級四、超級二十、その他、海賊達と下級から上級の魔物が大量に、という事でしたね」
「ええ。天災級の魔物は、私達の予想通り、海王蟹、災害級は、クラーケン、海坊主、後の二体は不明だったわね」
ジーンが予言したのは、海賊団がどこから来るか、どれだけの戦力でアートルムに攻め込むかを明らかにしたものだった。
龍族以外にも天災級の魔物が居るという可能性は、拠点の件で想定されていたことであり、仮に現れても、エンヤと、後に合流することになるレオパルドと神獣が相手をすることに決まったので、そこまで身構えることは無かったが、それに加えて、災害級四体に超級二十体が攻めて来るという事実には、ツバキ達だけでなく、騎士団、ギルドにも衝撃が広がっていた。
最終的に、その四体についても、エンヤ達が相手をすることに決まったが、後の魔物達や海賊については、自分達で対処するという事に決まった。
「海王蟹は確か、ただただ大きいだけの蟹ってことだったわよね?」
「はい。過去に確認された個体は、それだけで島一つ分ほどの大きさで、海を進むだけで高波が発生し、行く手に小島がある際は、大きな鋏を振り下ろして粉砕していたそうです」
「ただ、知能が低いから、天災級と言っても下位。壊蛇は勿論、龍族の足元にも及ばない、か。だから簡単に操られたってことかな?」
「さて……仮定通りならば、龍族を操れるほどの力を海賊団は持っておりますので、そこは分からないです」
ツバキとリアが危険視するのは、海王蟹よりも、むしろ天災級や災害級を操る力を有する海賊団本体、あるいは、頭目のリオウの力である。
情報は一切不明だが、長く騎士団やギルドの捜索を逃れ続け、大きな組織を率いる存在というだけで、ある意味、知性に乏しい海王蟹よりも警戒すべき相手というのは、ツバキ達の共通認識となっている。
それに加えて、ジーンが視た海賊団の様子にも、ツバキ達は不安な気持ちを抱いていた。
「海中に拠点があるってことは、ある程度魔人も居るって思ってたけど、まさか、全員とは思わなかったわね……」
ジーンが視た海賊団は、幹部のような者達から構成員まで全てが魔人の姿をしていた。体の一部を獣化させたり、鱗を纏っていたり、鰭や水かきを備えている者等、様々な魔物の特徴を兼ね備えていた。
この件についても、ある程度は想定していたので、話を聞いたツバキ達やルーカスも、ある程度、実力を持った人間以外は、避難所の守護を行うようにと人選を進めた。
しかし、ジーンが語った未来は、ただ、魔人が多いというだけの話ではないという事に、ツバキやムソウ達は気付いた。
「魔人……というより……」
「あ、そうだったわね。人間と魔物を混ぜた「合成魔人」だったかしら?」
「恐らく……」
これから攻めて来る海賊団一人一人が、一体、何の魔物の血が流れる魔人なのか、ジーンは分からなかった。
十二星天として、レオパルドと共に魔物の調査も行っているジーンですら分からないという魔物。それは、先ほどの、海賊団が使役する魔物の中にも、ジーンにとって、正体不明の魔物が居た。
厳密に言えば、確認はしたことがあるが、見たことは無いもの。知っている魔物に似ているが、体の一部が変化していたり、元々の魔物の平均値よりも体が一回り大きかったり、首が複数あったりと、違和感どころか、明らかに違う存在だった。
詳しく話を聞いたツバキは、それが、モンクの事件の際にも出現した、合成魔獣の一種であることに思い当たる。
双頭ワイバーンや、四つ腕のゴブリン、オウガなどの特徴を話すと、ジーンは間違いないと結論付けた。
更に、一見魔人であるとみなされた、海賊達についても、何らかの方法を用いて、人間と魔物を合成させたものではないかという考えも出てきた。
理由として、ジーンが確認していない魔物の血が流れる魔人の姿も視えた為、先天的な魔人ではなく、ケリスも行っていた眷属化のような力を使って生まれた、後天的な魔人ではないかという予想が立てられ、更なる対応に追われた。
恐らくは一人一人が中級の魔物、幹部に至っては、上級から超級の力を持つこともあると考えられ、長期決戦は考えず、海賊団が現れた瞬間から苛烈に攻め、エンヤが出現できる時間が終われば、モンクからの援軍が来るまで護りに徹するという作戦となった。
「頭領が言ってくれたから、武功については、私達も気にしていない。大事なのは、私達が死なないこと、街の皆が誰も死なないこと。だから、今のうちに、ツバキさん。お願いね」
「ええ。今も、リンネちゃんと一緒に、力を貯めております」
「キュウッ!」
ツバキは刀の柄に手を置き、リアの言葉に頷いた。今こうして話している間にも、開戦直後にエンヤを喚び出す為、斬鬼に気を込めている。
リンネは小さな獣の姿でツバキの懐に潜り込みながら、ツバキの手の上に前足をポンと乗せている。
モンクでは、全く意味のない行動だったが、あれから、リンネは自身の魔力の操り方を麒麟の二人やレオパルドから習い、今回は、魔力を斬鬼に込めることで、エンヤに更なる力を与えている。
魔力を流し込んでいるので、会話をすることは出来ないが、エンヤが出現した後は、魔力の回復とともに、街の防衛を行ったり、近づいてくる海賊達に狐火を放ったり、会敵している者に狐火を纏わせたりと、活躍の場が多い。
街の防衛成功の重要な鍵の一つは、クレナと同じくリンネの活躍と、事前にツバキが言うと、リンネは、まかせてと頷いた。
本当に頼もしい存在だと、ツバキとリアは、リンネの頭を撫でる。
闘鬼神の者達はそれぞれ、ツバキとリアを護るように、港湾内に船を出し、そこで他の騎士や、冒険者達と待機している。
この部隊の指揮官はダイアン。てっきりこちらもリアが指揮をするものかと思っていたが、
「アンタは、闘鬼神の冒険者のとりまとめ役でしょ!」
と、リアに指名されて逆らえなかった。
ただ、その際、ムソウに、そういえばそうだったという顔をされたのが衝撃的だったので、少し気合を入れて、戦いに臨むことにした。
現在、ダイアンは部分獣化し、空から海王蟹が現れるとされる場所の警戒に当たっている。
今のところ問題は無いようで、ツバキとリアは安心したまま、更に打ち合わせを続ける。
「どうなるかは分からないけど、最初に、エンヤ様の突撃、その後、海賊を港湾内までおびき寄せて戦闘ってことで良いわね?」
「はい。懸念があるとすれば、退却した時はどうするのかという事ですが……」
「仮に今、頭領が水帝龍様や嵐帝龍様と闘っているとして、勝つことが出来れば、今度は私達の方から、海賊団を捕捉することが出来る。それは、向こうも分かっていることだから、無いと思うわ」
「ですね。もう一つの懸念は、私がどれだけ、エンヤ様を維持できるか、ですが……」
「せめて海王蟹を倒せることが出来れば良いから、それまでは頑張って」
「かしこまりました。と言っても、頑張るのは主にエンヤ様ですから」
「なら……心配しなくて良いかもね」
リアの言葉に、二人は顔を見合わせて笑った。自分達の頭領であるムソウは、ここには居ない。
しかし、そのムソウを育て上げ、かつて、シンキ達と共に戦った存在であり、当時以上の力を持つエンヤが居るという事だけで、二人の心は、戦い前にも関わらず、随分と落ち着いたものだった。
油断はしていない。だからこそ、出来る作戦。きっと大丈夫、二人はそれぞれ、自分に言い聞かせるように、胸に手を置いて頷いた。
「キュウッ!?」
その時、リンネがツバキの懐から飛び出し、海の方に向けて唸り声を上げた。
そして、上空を飛んでいたダイアンが声を上げた。
「海賊団が現れた! 総員、戦闘態勢に入れッ!」
ダイアンの声に、ツバキとリアは海に目を向ける。
港湾を抜けた海上、アートルムとファース島の間の海面一部盛り上がっている。
そこから大量の泡が発生し、海の中から、巨大な城のようなものが出現し、更にその下から、蟹のような魔物が姿を現した。
城は蟹の中に建てられている。離れていて全容を知ることが出来ないが、海中に居たからか、全ての窓が閉じられている。
そして、蟹が大きく鋏を振り上げて、こちらを威嚇するような恰好をした瞬間、蟹のそばから大量の船と魔物が現れた。
「ギシャアアアアア~~~ッッッ!!!」
「ウオオオオオオ~~~ッッッ!!!」
現れた海賊団は、魔物も人も雄たけびを上げながら、アートルムに進軍してくる。
ツバキとリアは、海賊団の姿を確認し、それぞれに指示を出していく。
「皆さんッ! まずは、私が偶像術を発動させます! 何が起きても良いように、防衛態勢を構築させてくださいッ!」
「ジーン様! 海賊団が出てきたよ! そっちは任せたからね!」
ツバキの言葉に即座に動くアートルムの防衛線。ダイアンも船に戻り、障壁魔法の魔道具を船に展開させる。港湾に居た冒険者達も障壁を展開させたり、大砲に弾を込めたりし始めた。
リアは海賊団の出現を、魔道具を通じてジーンに伝える。スマホからは、すぐにジーンの声が返ってきた。
『承知。各自、これより厳戒態勢に入る。何人も街に上げるな。援軍は何事も無ければまもなく来るだろう。それまで、戦線を維持するのだ』
「海賊団がモンクからの援軍の方に向かっている場合は?」
『レオにはすでに連絡を入れておる。向こうはアイツに任せよう』
ジーンの言葉にリアは頷く。海賊団が現れた瞬間から、ジーンも行動を開始していた。王都のレオパルドに連絡し、モンクの援軍と合流させ、麒麟の二人をコクロに送る手はずを整えた。
リアが連絡を入れた時点で、レオパルドはリエン達の船に乗り、キキとリンはアートルムに来ていた。
流石の手はずに息をのむリア。街と援軍の方が問題ないことを確認した時、すぐ横からツバキの声が上がる。
「では、こちらからの第一撃、行きます! 偶像術・奥義・闘鬼神ッッッ!!!」
ツバキは斬鬼を抜き、天へと突き上げる。
強く輝く斬鬼の刀身。そこから、雄々しく叫ぶエンヤの声が、アートルムの港湾に轟いた。
―ウオオオオォォォッッッ!!!―
エンヤの声と姿に、少々驚く冒険者達。伝わってくる気迫と強い気配に震えが止まらなかった。
だが、出現したエンヤの、
「ボケっとしてんなッ! 叩ッ斬るぞッッッ!」
という檄(?)により、意識を取り戻し、作業を再開させていく。
今回のエンヤは、ツバキが本気を出して力を使ったものであり、更にリンネの魔力も加算され、ダイアン達でさえ、感じたことのないような強い気配を漂わせていた。
そんなこともあってか、エンヤを喚び出したツバキは、直後に顔色を悪くさせて、倒れそうになる。
「くっ……!」
「あ、ツバキさんッ!」
慌ててリアがツバキの肩を支えて、気力回復薬を飲ませる。小さく頭を下げながら礼を言うツバキだったが、未だ顔色は悪い。今しばらくの休養が必要と判断した。
その時、大刀を二振り出現させ、両手に持ち、臨戦態勢を整えたエンヤが、海王蟹を見据えながら、指示を仰ぐ。
「時間がない。リア、俺はあそこのデカブツを無力化させれば良いんだよな?」
「あ、はいっ! でも、一応天災級だから――」
「ただのデカい蟹だろ? 問題ない。が、派手にすればあの城が倒壊する可能性がある。中に、普通の人間達が居ることも考えられるから、出来るだけ、慎重にやるぜ」
エンヤの言葉に、リアはハッとする。そこまでの事は考えていなかった。
海賊団が本拠地ごと攻めてくることは分かっていたが、本拠地に、攫われた者達が居るかも知れないという考えは、今まで何も気にしていなかった。
一瞬、頭が白くなり、エンヤの言葉にすぐに頷けなかったリア。
しかし、エンヤはそれを見越していたようで、ニッと笑った。
「気にすんな。ザンキだって気付いてなかったんだからな。アイツより、お前の方が頭良いんだから……で、俺は、あの蟹を倒す、ついでに、こっち来ているクラーケンとか、あの、見たことない奴……あれが、海坊主ってやつか? 後は、合成魔獣とか、その他、魔物をある程度、倒せばいいんだよな?」
自信たっぷりな顔のエンヤに、慌てていたリアの頭が徐々に冷静になっていく。
自分の不備も、この人の力があれば、すぐに取り戻せる。そう感じたリアは、エンヤに強く頷いた。
「はい、お願いします。ツバキさんと、後ろは私達に任せてください」
「元より、ここに敵は来させねえ。向こうの第一陣を壊滅させる気で俺はやるからな。むしろ、そっちに気を付けろ」
エンヤは、自分が暴れた時の余波が、この街にも届く可能性があると伝える。敵よりもそちらに気を付けろと言うと、リアに支えられたツバキが頷く。
「お任せ……ください……私が……護ります」
「無理はすんなよ。リア、お前らは俺が討ち漏らしたり、ツバキの護りを搔い潜った奴らがここに入り込んだ時に動け。ジロウが言っていた、牙の旅団の戦法ってやつだ。出来るな?」
「分かり……ました」
エンヤの指示に、ツバキとリアはコクっと頷く。
「あー、それから……その話し方、辞めろ。気味が悪いからな」
最後にエンヤは、リアの口調の変化を咎める。
流石にエンヤには恭しくと思っていたリアは、一瞬、ぽかんとするが、すぐにフッと笑って、頷いた。
「わかった……じゃあ、お願いね、エンヤさん」
「それでいい。じゃあ、リンネ、行って来るからな。しっかり、二人を支えるんだぞ」
「キュウッ!」
リンネが元気に頷いたところで、エンヤはその場から海の方に飛んでいく。
ダイアン達に、ツバキに言ったことと同じ作戦を伝えた後、港湾外にて、エンヤはすぐに海賊の船団と魔物達に会敵した。
突然現れたエンヤに、海賊団は驚愕するが、すぐにコクロからの攻撃と判断し、臨戦態勢をとる。
「よくわかんねえ奴が来たなあッ! 俺は、第五師団船長――」
「邪魔だッ! カス共ッッッ!」
魔物達を率い、エンヤの正面に居た、ひときわ大きな船の先に立ち、名乗りを上げていた男。
リオウ海賊団の第一陣を任された、第五師団を率いるウォルター。主に、従属させる魔物を捕え、転界教から得た魔物を操る魔道具で、魔物達の統率を執る船長の一人だ。
エンヤに対抗するべく、魔物達に攻撃を仕掛けさせ、船員達を獣化及び、魔人化させた後、自身も魔人化する。
全身に鱗を備え、六本の腕を生やした後、それぞれに巨大な三叉槍を持ち、魔力を込めてエンヤに投擲しようとした。
まずは一撃入れた後に、弱った所を、第二、第三射撃……その後、魔物と船で取り囲み、確実に惨殺する。
槍の一本をエンヤに向けて、狙いを定める。こちらに向かってくる敵を嬲り殺し、更にこれから始まる虐殺に愉悦の笑みが思わずこぼれた。
その瞬間、ウォルターの視界が上下にずれる。
「……は?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
分からないまま、ウォルターの意識は消えていく。全身に力が入らず、そのまま船から落ちていった。
エンヤは、ウォルターが現れた瞬間、手に持っていた一本の大刀を、ウォルターが槍を投げる前に、思いっきり投げた。
エンヤが持っていた大刀はウォルターをやすやすと真っ二つにした後、船を貫き、その先に居た、巨人のような魔物……トロールよりも大きく、海を歩きながら進み、その怪力を以って、旅人の船を沈めていく海坊主という魔物の頭を貫く。
エンヤの前で、何が起きたのか分からないという顔のウォルター、海坊主、そして、多くの海賊達。
しかし、次の瞬間、ウォルターの体が縦に裂け、海坊主の眉間と後頭部から大量の血が噴き出し、船のマストが倒れ始める。
この時、海賊達は何が起きたのかを理解し始める。だが、あり得ないことに、信じる気になれず、ただただ混乱していた。
「な、な、なにが、何が起きたんだ!?」
「ウォルター様アアアアッッッ!!!」
「な、何なんだよアレはぁぁぁ!!!???」
「く、来るなっ! 誰か止め――」
混乱する海賊達。先ほどまで、アートルムの街を、強大な“力”を以って攻め落とし、いつものように、金品を奪い、多くの命を奪い、コクロを血で染めてやるという考えで頭がいっぱいだった。
それが、いとも簡単に崩れていき、ただただ目の前の、“確実に来る死”に恐怖していた。
エンヤは、ウォルターと災害級の魔物、海坊主が死んだことを確認し、更に災害級の魔物である海の怪物クラーケン、海龍グレンデル、海獣ロッカク、更に近くの魔物を殲滅しようと、背中の大刀で出来た風車を手に取り、頭上で回転させた。
すると、エンヤを取り囲むように竜巻が発生し、海賊ごと、魔物や船を打ち上げていく。
災害級の魔物達も海上に飛び出したことを確認し、エンヤは竜巻の中に向けて、風車の大刀を切り離す。
「天壊貪狼ッッッ!!!」
エンヤが放ったいくつもの大刀は、竜巻の中を踊りながら、敵を倒していく。巨大なクラーケンも、一瞬のうちに細切れになっていき、竜巻はすぐに真っ赤に染まっていく。
「ギャアアアアアァァァ~~~ッッッ!!!」
血の雨を浴びながら、エンヤは竜巻を解除する。ぼとぼとと海賊達の肉塊が落ち、海を赤く染めたことを確認したエンヤは、再び大刀を二振り持ち、海王蟹に向けて進軍を再開する。
エンヤの突攻に、海王蟹は巨大な二つの鋏を自分の前に出し、防御の構えをとる。
海王蟹はただ大きくなっただけの蟹ではない。成長する度、脱皮を繰り返し、その外殻も強固なものになっていく。海賊団に使役されている海王蟹は、1000年以上生き続けた個体であり、生半可な攻撃では傷一つつかない。
いわば、海を進む要塞である。一個人では何も出来ないというのが定説である。
しかしエンヤは、そんな事お構いなしに、大刀に力を込めて大きく振り上げる。
「死ねッ! 奥義・天壊破軍ッッッ!」
エンヤは自分に取り囲む炎を大刀に纏わせて、海王蟹の外殻を斬りつけていく。
エンヤの持つ大刀は、ムソウが抜いた零の刀「斬鬼」の鋭さと同程度である。凄まじいほどの切れ味と、エンヤ自身の力により、海王蟹の鋏に一撃入れるごとにひびが入り更に攻撃を続けることで、巨大な鋏の一点に、どんどん穴が開いていく。
エンヤの技「破軍」は、ムソウの「無斬」のように、威力を上げていく技である。
違いは、ムソウの技は、威力と共に技の影響範囲も大きくなっていくが、エンヤの技は威力だけを上げていくというものであり、一点に集中させたエンヤの攻撃は、海王蟹の鋏の、エンヤの目の前だけを砕いていく。
一つ目の鋏を貫通させた頃には、まるで豆腐のように感じるくらい、海王蟹の外殻をやすやすと貫くまでに至った。
そして、エンヤは蟹の防御を越えて、蟹の巨大な体の前に到達する。
そこからも、威力を増し続けながら、エンヤは蟹に突っ込んでいき、上段から蟹の目、口を切り裂き、そのまま中に侵入。
蟹の生態に詳しいわけではないが、中を破壊すれば機能は停止するだろう。そう感じたエンヤは、蟹の体内で暴れまわる。
外では、鋏を貫かれ、視力も失った蟹が、何が起きているか分からないといった具合に暴れていた。
その度、アートルムの街を高波が襲うが、ツバキとリンネが作る障壁に阻まれ、街は無事だったが、障壁が展開されていない場所には、常に波が打ち付けていた。
民家が無くて良かったと、その場にいた者達は全員、話には聞いていたが、わけのわからない状況で、どうでも良いことに胸を撫で下ろす。
ダイアン達も、改めて海賊団の第一陣を蹂躙し、天災級の魔物を徐々に屠っていくエンヤに、ある種の戦慄を覚え、茫然としていた。
ツバキは障壁を展開させながら、未だ、エンヤが闘いやすいように斬鬼に力を注ぎこんでいく。
このまま、海王蟹を無力化させてと胸の中で願った時、一つの変化が起こる。
暴れ回る海王蟹から、エンヤが飛び出す。鋏だけでなく胴体までも貫通させたエンヤが外に飛び出した。
体中に浴びる蟹の体液を鬱陶しそうにしながら、エンヤは手に持った大刀をいったん消した後、巨大な風車を手にして、海王蟹に構えた。
「とどめだ……煉獄貪狼ッッッ!!!」
炎を纏わせた風車を海王蟹に向けて投擲する。
風車は大きく弧を描きながら、胴体から伸びていた、こちらも巨大な足を斬っていき、更に蟹の胴体を半分に斬った。
海王蟹は、しばらく暴れていたが、徐々に沈黙していく。いきなり海から現れたのもつかの間、天災級の魔物は、たった一人の“闘神”により、その命を散らせた。
「「「「「ウオ~~~~~ッッッ!」」」」」
海王蟹が絶命したことを確認したアートルムの街から割れんばかりの歓声が上がる。
天災級の魔物は倒れた。災害級の魔物と、海賊団の第一陣も追い返せた。ここまでの戦果になると思わなかったとツバキ達も喜んでいる。
しかし、それと同時に、簡単に人間の命を奪ったエンヤに、心のどこかで戦慄していた。
普段は、頼りになる存在であり、細かく声をかけてくれたりと、見た目や言動が荒んでいても、心根は優しいと、誰もが分かっていた。
だが、魔物はともかく、海賊団は人間である。本来ならば、自分達が守るべき存在だ。
それを、エンヤは簡単に殺し、海に沈めていった。躊躇いすら見せないエンヤの行動に、ツバキは複雑な思いを浮かべていた。
そんなツバキの心情を察したリアは、ツバキの肩にポンと手を置く。
「ツバキさん。海賊達は人の心を失くしてる。もう、魔物と同じよ」
リアをはじめ、ダイアン達も、今まで違って、魔物ではなく、人を相手にする大規模戦闘を行うことに、戸惑っていた。出来る事なら、そういった面倒なことは、ムソウに任せて、という考えもあったくらいだ。
しかし、先日見つかった海賊団に襲われた船を見て、更にそこで行われていた殺戮の現場を目にし、海賊団と魔物がやっていることの違いが分からなかった。
むしろ、魔物よりも非人道的な行動に、怒りを感じていた。
「海賊団は人間じゃない。魔物と同じ存在であり、許せない存在だ」という考えに至るのに時間は掛からなかった。
その時点で、リア達は、これから自分達は、「人を殺す」という覚悟を決めた。
エンヤの行動に戦慄は覚えたが、向こうも人の命を奪ってきた存在であり、同情の余地はなかった。
リアは、自分達の覚悟と、海賊団と闘う事について自分の思いをツバキに語っていく。
「騎士であるツバキさんが動揺するのも分かる。けど、ここで私達が止まったら駄目。頭領も、今は辛い思いをしていると思う。頭領やエンヤ様の頑張りを無駄にしないためにも、ツバキさんも、覚悟を決めて。あんなことする奴らは、生かしておけない」
「リアさん……そうですね……」
リアの言葉を聞き、ツバキはコクっと頷いた。
ここで自分が闘わずに、リオウ海賊団を殲滅できなかった場合、残った者達が、再びこの世界の人間の命が危険にさらされる。
それだけでなく、自分達の命も狙われることになる。ここに居る者達だけでなく、クレナに居る者達や、マシロに居るリュウガン達、そして、モンクに居る家族やハンナ達にまで危険にさらすことになる。
それは嫌だった。ツバキもここで、覚悟を決める。海賊団と魔物は同じ。「討伐」すべき対象である、と……。
「申し訳ございません。エンヤ様の戦いが、あまりにもな内容だったため、少し戸惑っておりました」
「まあ、それは分かるわ。私も怖かったもの……決意が揺らぎそうになるわね……」
「遅かれ早かれ、海賊達は王都で裁かれます。割り切るとしましょう」
「そうだね……さ、海王蟹はエンヤ様が倒してくれたことだし、これからしばらく、今度は防御を固めるわよ」
「はい。もうしばらく向こうとエンヤ様の様子を観察しましょう……」
ツバキとリアは、ひとまず落ち着いた様子の戦場を再び眺める。その他の者達も、沸き立った気持ちを徐々に落ち着かせて、警戒態勢を緩めなかった。




