第420話 海賊団を斬る ―戦いが始まる―
騎士団、ギルド、そして、闘鬼神の作戦会議から数日。この間に、海賊団との決戦の準備は整った。
領主ノワールの指示で、島々に住む者達をアートルムに避難させ、事情を説明し、今日まで普通にアートルムを楽しみながら、密かに避難所を整備していく。
一番近い島の住民ということで、サヤにはすぐに会うことが出来た。突然、街に移り、大人達が何か話していたと思ったら、深刻な顔つきになっていく。
そんな状況に、流石の子供達も何かに感づいたらしく、不安そうにしていたので、ジーンと共に、これから海賊団と大規模な戦争が起こることを伝えた。
無論、最初は怖がられたが、コクロにとっては身近な十二星天であるジーンが居ることと、改めて大人達から俺の事を聞いていたということもあり、すぐに自分達の状況に理解を示し、屋外では海賊団についての話は禁句ということに納得してくれた。
「すまねえな、サヤ。ゆっくりしたら、また、遊ぼう。今度はリンネと……それから、ジーンの所のオリビアも混ぜてやってくれ」
「おじちゃん……意外と、たくさん、友達がいるんだね~。わかった。全部終わったら、リンネちゃんと、オリビアちゃんだっけ? 木登りした~い」
「オリビアに木登りは……まだ早いかもしれない。ほどほどにしてくれ」
やれやれと言いながら、サヤの頭を撫でるジーン。大人たちでさえ憧れるジーンに頭を撫でられ、サヤは嬉しそうにしていた。
すると、周りの子供達もジーンに頭を撫でてくれとせがみ、大人達は少し焦った顔をするも、ジーンは快く、子供達と触れ合っていく。
十二星天は大変だなと、サヤと笑いながらジーン達を眺めていた。
さて、島民達と、アートルムの住民達に関しては、思ったよりもすぐに対応することが出来た。
ギルドに居る冒険者達も合わせて、誰がどの避難所を警護するかも話し合いで決まり、いつ、何が起きても万全の体制となった。
時同じくして、トレイズ島の砦も完成する。と言っても、急ごしらえの簡易的なものだが、最低限の設備は整っているし、薬や武器なども安全に、大量に運び込むことが出来た。
砦が完成すると、ギャッツは何名かの騎士と共に、トレイズ島へと移動する。
三十隻の船が出ていく様は圧巻だったが、この間に襲われても駄目なので、その日は俺、ツバキ、リンネがギャッツ達の警護を行った。
まあ、特に何か起こることもなく、ギャッツは無事にトレイズ島にたどり着き、騎士団のヴィクソンと共に、そこに居る騎士や冒険者達の統率を行っていく。
「ここで俺達が……と言っても、海中を進むんだとしたら、あまり意味は無いかも知れないっすけど……」
「あー……ギャッツ殿。恐らくだが、ギャッツ殿がここに居るとなると、向こうもアートルムに向かうものとは別動隊でここを襲ってくる可能性はあると思います」
「え……何でっすか?」
「ギャッツ殿がギルド支部長だから、です。そもそも、リオウ海賊団とギルドは敵対しております。ギャッツ殿は、海賊団にとって目の上のたんこぶです。これまでの恨みを晴らすべく、ギャッツ殿と海を巡回している私の元に、海賊共が来る可能性は高いと思われます」
初対面だが、ヴィクソンの意見はもっともだなと思った。
リオウ海賊団は、そこらの山賊などと違い、感情だけで動くことは無いと思われる。それくらいなら、俺達だってすぐに拠点を見つけたり、戦ったりは出来るだろうからな。
何十年も騎士団やギルドから逃げているということは、それだけ、知恵も回る奴らだと思っている。
だが、海賊団にとって、ギャッツやヴィクソンのような存在が邪魔だったということも事実であり、報復の意味も込めて、アートルムの他にもここを襲ってくるということは、充分考えられる。
ヴィクソンの言葉に、一瞬、ドキッとした顔になるギャッツ。
しかし、すぐに作り笑いを浮かべて、
「だ、大丈夫っすよ! 俺も居ますし、天鷹様も来られるんで、問題ないっす!」
と、自信たっぷりに声を上げる。
ヴィクソンは、ギャッツの力は知っているので、それなら大丈夫だと頷くが、俺は心の中で、恐らく先頭で戦うことになるだろうトウウの無事を祈った。
モンクで援軍の準備をすでに完了していたリエン達には、既に出撃の要請をジーンから行っている。
現在、リエンが戦力五千の大船団を率いてこちらに向かっているらしいが、この中に、レオパルドは入っていない。援軍や、コクロに居ては、相手方が警戒するだろうとのことで、機を見て、レインから直接こちらに来るようだ。
急な決定にも関わらず、トウガ達は二つ返事で了承してくれたようで、麒麟の二人も、あの時に言えば良かったのにと、ぶう垂れていたようだが、俺との約束を思い出したリンが、率先して、海賊団との決戦に意欲的となったことで、俺達の作戦を理解し、戦いの際は、きっちりレオパルドやジーン、ツバキ達の言うことを聞くと言っていた。
それを聞いた俺は、本当に誇らしく、頼もしい気持ちで、オリビア達の事を任せるようになった。
クレナに残る闘鬼神は、呼ばないことにしている。万が一の事も考え、ジゲンと共に、皆は待機だ。これから、何が起こっても良いようにしておけと、コモン伝手に伝えてもらった。
コクロに来る前に少し話していたロロについては、戦いが終わった後、治療師が必要な状態ならば、呼び寄せる予定だ。
セインとリーとの関係から、ジェシカを呼ぶことは少々面倒だと思ったが、ジェシカ本人が、そんなことはどうでも良いと言ってきた。
ありがたかったが、一応と思い、有事の際は、ロロを遣わせてくれと頼んでおく。
俺達の海賊討伐に、十二星天の動きも少々変化が起こりそうだしな。ここは慎重に動くとする。
ちなみに、今回の戦いについて、更に一応、シンキにもジーンを通じて、色々と伝えておいた。
海賊団についての俺達の考察を伝えた時は、皆と同じく、まるで信じられない様子だったが、こちらもきちんと説明すると、盲点だったと、残念そうな声が返ってくるも、納得してくれたようだ。
『そう言うことなら、俺もそっちに行きたいところだが……』
「分かっておる。シンキ殿は王城の守護という役目もあるから、動くわけにはいかないだろう」
『すまないな、ジーン』
「いや……むしろ、シンキ殿はそちらに残ってもらいたいと、ムソウ殿も言っていた。万が一の時は、シンキ殿やサネマサ殿で、あ奴らを……」
『……分かった。気にはしておく。それとツバキに、くれぐれもコウカ様を――』
「うむ。それもツバキ殿から言伝を受けている。お任せくださいと……」
『……ああ、分かった。どうしてもヤバい時……無いと思うが、ムソウやエンヤがやられた時は、すぐさま、俺に連絡しろよ。サネマサも“刀鬼”も引っ張って、そっちに行くからな!』
シンキの言葉に、ジーンは朗らかな顔で、分かったと頷いていた。
実はこの時、俺とツバキも、ジーンのそばに居た。二人の会話を聞きながら、俺達、シンキに信用されていないのかと、ツバキと顔を見合わせて笑い合った。
しかし、これでいざとなれば、王城も動くことが保証され、俺達は更に何も気にせず戦いに集中することが出来る。
シンキの要請はありがたく受け取ることにしたが、サネマサ達がこちらに来ることは無いだろう。
アイツ等には、セインとリーがトチ狂ったことを仕出かさないようにしてもらわないとな。
そうやって、戦いの準備を進めていき、ジーンがリエンに援軍要請を行った翌日。
いよいよ、海賊団殲滅戦の当日を迎えた。
準備を整えて、ツバキ達と共に、アートルムの主戦場となる港へと向かった。街から海に向けて見通しが良く、どこから来ても対応できる。
逆を言えば、攻めてくるのならここというくらい、分かりやすい場所だ。海沿いでは、騎士や冒険者達が隊列を組み、戦いに備えていた。街の防衛のための大砲を準備していたり、結界魔法の魔道具を設置していたりと、忙しなく動いている。
港では俺達を、ジーンとルーカスが出迎える。全身鎧に三又の槍を携え完全武装のルーカスと、十二星天のローブを纏い、雄々しい意匠の手甲を身に着けたジーンは、いつもに比べるとまるで別人のようだった。
しかし、俺達が近づいていくと、いつもの調子で出迎えてくれる。
「む……来たな、ムソウ殿」
「ああ。準備は良いか?」
「うむ。出来る限りの事は完了しておる。ノワール殿もすでに避難場所にて、貴族達と共に、領民達の不安を和らいでおる。儂もそろそろ向かうつもりだ」
「そうか……なあ、ジーン」
「む? どうした?」
俺は、決戦の前にと、ジーンの胸を軽く小突いた。
「ここは任せたからな」
結局のところ、この中で一番頼りにしているのは、経験豊富で、かつて、人界を襲った大魔獣、壊蛇との戦いをも乗り切った、十二星天のジーンだ。
ジーンという存在だけで、皆も安心して戦うことが出来る。避難している者達の不安も取り除くことが出来る。
仮に、もしも俺に何かがあった時は、その時は頼む……。
柄にもなく、そんな気持ちでジーンの胸を叩いた。
ジーンは、一瞬目を見開くが、すぐにフッと笑みを浮かべて頷いた。
「承知した。“古今無双の傭兵”殿。儂も、ムソウ殿のおかげで、また、大事なものを護ることが出来そうじゃ……」
そう言って、ジーンは瞑想するように目を閉じた。
そして、おもむろに目を開き、海上のある一点の方向を指さす。
「……一昨日から視えている。今日、ここに海賊団は確実にあそこから来る……」
ジーンの言葉に、そうか、と頷き、ダイアン達も改めて気を引き締めたように、ごくりと唾を飲み込んだ。
リエンに援軍要請を行う前に、一応、ジーンに未来予知を行って貰った。
すると、いつかは分からないが、海賊団がアートルムを襲うという未来が視え、リオウ達がここに来ることが確実となったため、リエンに援軍要請を行った。
正確な時間は分からないが、その未来の光景に俺が居なかったため、ジーンの未来予知を知らない俺が、「今日」ここを発つということは、「今日」、海賊団がここに来るということになる。
戦いの結果は視えないそうだが、俺達にとっては、それだけで充分だった。おかげで、「今日」までに、全ての準備を終えることが出来た。
ルーカスは、改めてこの未来予知の結果を、近くに居た伝令兵に周知しろと命じ、伝令はその場から駆けていく。
そして、俺達の中から、総指揮官を執ることになったツバキとリアも、ジーンとルーカスの前に立った。
「では、本日はよろしくお願いします。ジーン様、ルーカス殿。ここは私達にお任せください」
「出来るだけ……じゃないわね。街には誰も上げないようにするから」
「うむ……今更だが、丸投げするような形となり、本当にすまなかった」
「全くよ。まあ……その分、報酬は上乗せしてね」
「い、いや、それは、私の一存では――」
「じゃあ、ギャッツ支部長とノワール様に話をつける事ね」
「……はっ」
リアの強気な態度に、ただただ頷くルーカス。
それを横から見ていたジーンはフッと笑みを浮かべた。
「流石、リア殿だな。陛下が興味を持つのも分かる」
「それ、やめて……」
「ハッハッハ! まあ、良いではないか。悪い意味で目立っておらぬのだからな。さて……戦いが始まる前に、二人にはこれを渡しておこう」
そう言って、ジーンはリアとツバキに、魔道具スマホを渡した。これで、何が起きても、すぐにジーンと連絡を取り合うことが出来る。
ジーンの方も、新たに未来予知を行い、新しい情報を予言すれば、それをすぐさま、ツバキ達に伝えることが出来る。臨機応変に戦える二人なら、上手く使いこなせるだろうと笑っていた。
ツバキ達の準備も完了し、俺はいよいよヴァン島に向かう準備を始める。
まずは神人化して、光葬針で武者を作り出す。数は、俺が現在、作れるだけ作った。その結果、俺の背後に100ほどの光の武者による中隊が完成する。
俺の力を始めて見たルーカスや、近くに居た冒険者や騎士達が唖然となってその光景を見て来るが気にしなかった。
そして、自分の体の調子を確かめた後、持っていく薬の種類と数も確認し終えた後、皆の方に向き直った。
「良し……じゃあ、行ってくる。今回も勝って、全員でクレナに帰るぞ!」
そう言うと、ツバキ達は一様に強く頷いた。
「はい。誰一人欠けることなく、この戦いを勝利に導きます。ムソウ様も、必ず、ここに戻ってきてください」
「ホント、帰る時に海に落ちないでくださいよ。その時、俺が助けに行けるかどうか分からないんで」
「ダイアン、不吉なことは言わないの! 私達は、頭領の勝ちだけを信じてれば良いんだから」
「頭領も、私達の勝ちだけを信じててね。ここの事は気にしなくていい。まだ納得は出来てないけど、私とツバキさんが、ここに居るんだから……絶対勝つんだから!」
「新生牙の旅団の名に恥じない闘いして、ジゲンさんに自慢するって目的もあるんで、気合入れるっすよ!」
「言うなあ、ハルキ。頭領、コイツがロウさんみたいにすぐにバテても、俺が全力で補佐するんで、任せてくれっす!」
「リンネちゃんの事も心配ないっすよ。頭領に教えてもらった技で、今度こそ、俺は、仲間を護るっす!」
それぞれがそれぞれの言葉で、俺に返してくる。ルイの言うように、まさしく不吉極まりないことを言ってきたダイアンには若干イラっとしたが、そんなことにはならねえと、軽く小突いてやった。
未だに総指揮官になった事に不満を持っているようなリアだが、いつになく、熱くなっている気がする。気合を入れるのは良いが、冷静でいてくれと、ツバキと共に苦笑いしていた。
まあ、リアの事だから、すぐにいつもの調子に戻るだろう。
ハルキについては気合が入り過ぎて心配になるが、ここはチャンを信じよう。チャンの言葉に不服そうなハルキの前で、よろしく頼むとチャンに言うと、ハルキは、ふてくされるように黙っていった。
リンネの事を護ると言ってくれたチョウシ。リンネは嬉しそうな顔で、チョウシを見上げて、たよりにしてる~! と喜んでいた。その度に、チョウシは胸を張って、フンと鼻息を吹く。
ルイやリアは少し呆れているようだが、その仕草、というか、この光景が、まるでゴウキを思い出して、何となくだが、確実に大丈夫だなと、俺も妙な自信を覚えて笑っていた。
そして、最後にリンネが俺の方に駆け寄ってきて、にこりと笑顔を見せてきた。
「あのね、おししょーさま!」
「ん? どうした?」
コモンから貰った戦装束をばっちり着こなしているリンネの前で跪くと、リンネは元気よく口を開いた。
「リンネも、がんばる! ツバキおねえちゃんも、オリビアちゃんも、ジーンおじいちゃんも、みんな、ぜんぶ、リンネがまもる! だから、おししょーさまもがんばって! リンネ、おししょーさまに、ちゃんと、おかえりなさいっていうから! おししょーさまも、ただいまっていってね!」
リンネの口から飛び出した言葉は、どれも嬉しかった。皆の事は任せてくれという自信に満ちた言葉、俺の帰りを信じてくれている気持ち。
何物にも不安を感じさせないリンネの心が伝わり、俺は、また一つ、「誰か」のおかげで、強くなれた気がした。
「ああ……リンネも……皆の事は任せたからな。頼りにしている。本当に……強くなったな……」
「えへへ~、おししょーさまのおかげ! おししょーさまのおかげで、リンネ、つよくなった!」
「そうか……俺もだ、リンネ……お前達が居てくれるから、俺も強いままで居られる。いつまでも、大切なものを護っていける……お前達を護れるのなら、俺は“死神”のままで良い。リンネ、ありがとう……」
そのまま、リンネを抱きしめた。リンネも強く俺を抱きしめながら、いってらっしゃい、と、何度も、俺に勇気と力を与えてくれる言葉を口にし続けていた。
そうやって、リンネの頭をポンポンと撫でていると、ダイアン達の方から、クスっと笑う声が聞こえてきた。
顔を上げると、皆が俺の方を、何やらニヤついた顔で見ている。
「な、何だよ……?」
「ほら、こういう時っすよ」
「何がだ?」
「前にも言ったでしょ? 頭領、時々、自分の事を“死神”って認めることがあるって。今のも、ひょっとして無意識?」
「……あ」
ハッとして固まると、皆から笑い声が上がる。
ここに来た時に、俺もいつの間にか異名で呼ばれていて、それが“死神”だということに不満を漏らした際、今と同じ様なことを皆から言われていたな。
先ほどのリンネに向けて言った言葉は、無論、無意識である。
無意識で、俺は自分の事を“死神”で良いなんて言ったのである。
これは本当に恐ろしいことだと思い、訂正しようとしたが、
「そうなると、先ほどの雰囲気が台無しです」
「うむ。リンネちゃんのおかげで良いものを見られたと思っておるのだ。認めよ、ムソウ殿」
と、ツバキとジーンに反論され、ぐうの音も出なかった。そう思っているのなら、笑いをこらえておけと思ったが、ニコニコと、俺が撫でたことに嬉しそうなリンネを見ながら、すっかり毒気も抜かれて、怒る気にもなれなかった。
「ったく……覚えておけよ、お前ら……」
「ええ、忘れないっすよ。借りを返して欲しかったら、ちゃんと帰ってきてくださいね」
「……ククッ……ああ、分かってる。さて……と……」
やはり、いまいち締まらない出立となったが、別に良いかと、再度皆で笑い合い、俺は海の方に顔を向けた。
そして、光の武者達と共に、空へと飛び立ち、無間を抜いた。
「じゃあ、行って来る! 気合入れていくぞ!」
「「「「「ウオオオオ~~~ッッッ!!!」」」」」
ツバキ達に向けて、最後に放った言葉だったが、無間を高く掲げると、皆やルーカス、ジーンの他に、戦いの準備をしていた冒険者、騎士達、更に街中から鬨の声が聞こえてくる。
近くに居た奴らは良いとして、街からはどういうことだと、気配を探ると、俺の出陣を見に来たのだろうか、かなりの数の気配が伝わってきた。
中にはノワールの気配も感じる。緊張しすぎないのは良いが、護られる方も、少しは緊張感を持って欲しいものである。
しかし、ジーンの過去の話や、今日まで、ここで過ごしていた中で思っていたが、やはり、コクロの民は、何となく面白いなと、そして、再び、締まらないなあと苦笑いしながら、俺はアートルムから飛び立った。
背に受ける歓声は、それでも、俺の力になってくれていた。聞こえなくなった時は、少し寂しい気がしたが、その瞬間に、覚悟というものも決めることが出来た。
一応、空からの魔物を警戒しての光葬針と無間だが、その気配はない。順調に飛んでいると、すぐにトレイズ島と、そのそばで、50の船が鎖同士で繋ぎ合わされ、連環船となり、海上を一直線に跨いでいる光景が目に入る。
船の上では、ギャッツやヴィクソンが率いる冒険者や騎士達が海上の様子を伺っていた。
真ん中の一番大きな船に近づいていくと、こちらもルーカスと同じく完全武装のヴィクソンと、反りの入った幅広の刀を肩に担ぎ、腰に二丁の銃をぶら下げ、軽装ながらも、少しだけいつもと雰囲気の違う悪党面……いや、ギャッツが、俺に向かってニカっと笑いながら、手を振ってきた。
「おうっ! ムソウさんの旦那ッ! いよいよ出陣かッ! ここは俺達に任せろッ! リオウ海賊団なんざ、今日この場で根絶やしにしてやるッ!」
本当に、いつもと違う様子のギャッツに声も出ない。アイツの情緒、本当にどうなっているのだろうか。
ただ、いつもに比べると、頼もしくは見えるので、これで良いのだろう。
ギャッツの声に呼応した、コクロの冒険者達も、雄たけびの声を以って、俺に激励してきた。
「ムソウ殿! ギャッツ殿が仕上がった今、こちらの心配は無用! 貴殿の武運をお祈りしております!」
ヴィクソンは変わらず、騎士らしく礼儀正しい。俺は、分かったと二人に頷いた。
「了解だ! 離れてはいるが、俺の戦いがここにも影響するかも知れない! その時は悪いな!」
「気にするなッ! コクロの荒海と暴風は、俺達にゃ、ゆりかご同然ッ! 高波なんざ、かけ湯みたいなものだ! そうだろ、テメエらあっ!」
「「「「「お~うっ!」」」」」
段々、怖くなってくる……。先ほど、ヴィクソンは仕上がっていると言っていたが、アイツもある意味では、“戦闘狂”なんだろうな。
コクロに来る前に、アヤメが懸念していたことが、今更ながら、少しわかる気がする。
ただ、何となく、親近感はあるので、すぐに慣れて、ギャッツに頷いた。
「頼もしい限りじゃねえか! ギャッツ! それに、テメエら! しっかりと暴れて、この後は、宴だからなッ! 全員、ぶっ倒れるまで飲むぞッ!!!」
「「「「「ウオオオオオ~~~ッッッ!!!」」」」」
ほとんど怒声に近い雄たけびに、ここの確かな気合を感じた俺は、再びヴァン島を目指していく。
この時、アートルムから見て16番目の島、セーズ島の辺りから天候が荒れ始める。風が出てきて、海も白波が立つくらいになり、ディズヌフ島に来た時には、こないだでは考えられないくらい、大嵐となっていた。
それでもなお、強い気配はヴァン島の方、つまり、元々の危険海域から感じられる。
少し体に力を入れて危険海域に近づいた途端、前方から、強い風の塊が俺を襲った。
「ぐうっ! 早速かッ!」
縦横無尽に暴れまわる風の中で、光葬針の武者を掴みながら態勢を立て直す。
そして、吹き荒れる風の中の切れ目を狙い、無間を振るった。
「舐めるなよッ! 奥義・無尽ッッッ!!!」
振るたびに、無間からは段階的に威力が上がる斬波が放たれる。切れ目が視えるおかげで、普段は見えない風も、どこから吹くのか分かる。
斬った風は霧散し、一時的に俺の周りの風が弱まっていく。
ある程度斬り終えて、斬波の威力が高まったことを確認し、俺は上空と海から伝わる気配が、ひときわ強い方向に目を移す。
そして、明らかに波や風などの自然のものとは別に動いている切れ目に向かい、空と海、両方に特大の斬波を放った。
「とっとと姿を見せやがれッッッ!」
切れ目の動きを追うと、見えない何かの動きも分かる。斬波を避けるように、動いていくが、最終的に巨大な斬波がそいつの体にぶつかったようで、見えない何かは動きを止めて、その部分の景色だけが段々とぼやき始め、やがて、見えなかった奴らは、俺の前に姿を現す。
「グオオオオオォォォォ~~~ッッッ!!!」
「グルルルウウウウアアアァァァ~~~ッッッ!!!」
雄たけびを上げる二体の巨大な魔獣……いや、違う。
空を飛んでいるものは、長い胴体に三対六枚の羽根を備えた生き物である。こちらは、未だにその姿をはっきりと見ることが出来ない。
胴体を覆う鱗が、周りの景色に溶け込むかのように、色を変化させている。まるで、迷彩龍のようだった。
海から出てきたものは、太い胴体に巨大な牙を携えた、まるで鯨のような様相の生き物だった。鯨に背びれを取り付けたようなもので、海中で隠れて見えないが、手足はあるようだが、尾も、魚のように鰭となっている。
海の奴は分かりづらいが、空の奴の姿を確認し、その見た目はまさしく、クレナで長く接してきた奴と、同じような見た目と、同等の力を感じさせていた。
そいつらは、ここで天候を操り、リオウ海賊団に与し、調査をかく乱させ、更に、コクロ領全体を監視していたと、俺達が予想通りの存在。
クレナで俺と共に戦ってくれた、雷帝龍カドル、モンクで出会った地帝龍アティラと同じ、龍族だった。
海に浮かんでいるのは、海に溶け込み、水を操り、水そのものを司る龍族、水帝龍。今は先ほどの俺の斬波で受けた傷を癒しながら、自身の周りに水をまき上げて障壁を創り、俺からの攻撃に備えている。
更にその周りや自分の周りにいくつもの竜巻を発生させて、俺が近づけないようにしているのは、風を操り、風に溶け込むとされる、嵐帝龍。
カドルが雷を纏うように、嵐帝龍も体のあちこちに風を纏い、自身の体を護っている。
二体とも、感じられてくる力の気配は、完全復活したカドルと同等。それが二体ということで九頭龍など目じゃないほどの威圧感が襲ってくる。
予測はしていたが、実際に目の当たりにすると、自然と無間を握る手に力が籠っていく。
危険海域に初めて入った日、今考えれば、全てのきっかけとなった、エリオットの言葉。
姿を現さないリオウ海賊団をおびき出そうと言ったエリオットは、危険海域について思っていたことを語り始めた。
「海賊団をおびき出す為に、ムソウさんには、あの海域に居るであろう、ある存在を倒してもらう必要がある」
「ある存在? 何のことだ?」
「まあ、推測でしかないんだが、色んな話と、これまで分かったことを繋げたら、その可能性も高くなるんじゃないかってな……」
「だから、何のことかって、聞いているだろ。もったいぶらなくて良いから話してくれよ」
「ああ。多分だけど、あそこの海域には、龍族でも居るんじゃないかって……」
エリオットがそう言った時は、俺達もかなり驚いたものである。
流石にそれは無い。リオウ海賊団は厄介な相手だが、たかだか悪党が集まっているだけの存在が、龍族を操ることなど出来るわけがないと反論したが、エリオットはこの思いに至った根拠を話し始めた。
まず、そもそも危険海域と呼ばれるほどにまで広範囲の天候を変えることが出来る存在が、龍族しか思い浮かばないという事。
もともとの気候が変わりやすい海域という事を含めたとしても、俺が入った途端に海を荒れ狂わせ、魔龍でさえ耐えきれないような強い風を吹き起こすというのは、普通に考えてあり得ない話だった。
それを行おうと思えば、魔法戦士団級の、凄腕の魔法使いが数十人居て、出来るかできないかというもので、俺やリアがその気配を感じなかったことからその線は無いし……という事で、魔法使いの仕業ではない。
となれば、天候を操ることが可能な存在として、龍族の存在が浮かび上がった。
そして、俺達がコクロに来てから感じていた違和感。それは、恐らく何者かが遠隔的に監視しているという事が、俺からの報告で判明し、エリオットは、監視している存在が、嵐帝龍と水帝龍という事に行きついた。
嵐帝龍は風に溶け込み、風が吹く場所ならば、ある程度の広範囲の事を把握することが可能だ。同じく水帝龍も、海を通じて同じことが出来る。
いわゆる、龍族が使う「龍陣」という能力だが、この力を使えば、世界中とまではいかないが、コクロ領内ならば、俺達の動きを把握することが出来ていたというわけだ。
それに加え、龍族はそれぞれが司る自然に溶け込み、気配を断つことにも、断たせることにも長けている。
それにより、海賊団の本拠地を分からなくさせているのでは、と考えられた。
最後に、龍族二体が、何故、海賊団に与しているのか、という謎だが、エリオット曰く、クレナの事件を聞いて、海賊団が転界教と繋がっているのだとすれば、雷帝龍が操られて九頭龍になったのなら、他の龍族についてもそれが可能だろうとの事だった。
取り留めのない話ではあったがエリオットの説明はどれも非の打ちようのないもののように感じたし、そう考えるとすべての辻褄が綺麗に会うような気がして、俺達もその考えに納得。ジーン達にも詳しく説明して、納得してもらったところで、今日まで作戦を立ててきた。
俺が二体の龍族を倒すことで、海賊団が姿を隠す手立てを無くさせるか、龍族の存在に気付いたことと、危害を加えそうな状態を作り、海賊団をおびき寄せることとなった。
不安はあったが、こうして今日、それが形になっていき、実際、現在俺は二体の龍族と相対している。
正直な話、一番の不安はまだ残っているが、気にしていられない状況だ。
斬波で受けた傷を癒し、完全に臨戦態勢に入った二体の龍が攻撃を仕掛けてくる。嵐帝龍は口を大きく開けて、そこから巨大な竜巻を吐き、水帝龍はいくつもの水の塊を放ってくる。
「「グルアアアアアアア~~~ッッッ」」
「……まずは、アイツ等を操っているであろう魔道具の特定と解除……それが叶わないなら……」
ため息をつきながら、様子見ということで、光葬針の武者達を二体の龍に向かわせつつ、俺は自分に向かってくる攻撃の切れ目を斬って、霧散させていく。
―結局、色々と考える事にはなりそうだ、エイキ……今日は、お前を見習った方が良いかもな、ゴウキ……―
とりあえず、もう一つ、俺が予測している展開が起こるまでこのままの状態を維持、それが叶わなければ、龍族を殺す勢いで戦う。
今回の戦いで、俺に出来るのはそれくらい。
しかし、俺にしか出来ないことと、皆は俺の背中を叩いてくれた。
期待には応えないとな。リンネに、ただいま、って言わないと……。
「行くぞ、龍共ッッッ! 俺もテメエらも、死なねえように注意しなッッッ!」
死神の鬼迫をぶつけながら、俺も咆哮を放つ。一瞬動きを止めるが、激高状態の龍族はすぐに態勢を立て直し、光の武者達を払いのけながら、直接、俺に襲い掛かってくる。
俺も無間を振り上げながら、二体の龍族にぶつかっていった……。




