第419話―決戦への準備を進める―
リチャードの家で遊んだ翌日は、ツバキが皆を伴って、騎士団へと出向き、ルーカス達と作戦会議へと向かった。
これには、領主ノワール、ギルド支部長ギャッツも参加するとのことだったので、俺も行こうかと思ったが、少々気になることがあったので、リンネを伴って海へと出た。
仮に、俺達が普通の依頼に出た場合、今の状態だとどうなるかという実験ついでに出てみることにした。
受注したのは、ディズヌフ島近くの島での、採集依頼である。普通の冒険者のように、空は飛ばずに、船を手配して依頼の場所へと向かった。
船を動かしてくれたのは、エリオットである。急な頼みにも関わらず、快く引き受けてくれた。
自分のパーティの人間達に声をかけ、小型の船を動かしてくれる。依頼に向かう途中、今現在、騎士団で話し合われていることをエリオットに話す。
まさか、自分の考えが受け入れられて、更にそこから、海賊団の本拠地についても話が進むとは、と少々驚いている様子だった。
「この場合、俺が良い意見を出したってことで、別に報酬なんかは……?」
「あー……俺は分からないが、まあ、掛け合ってみるとしよう。無事に、海賊団を倒すことが出来れば良いが……」
「ムソウさん、縁起悪いことは言わないでくれ……」
本気で嫌な顔をするエリオットに悪かったと笑ってやった。ついでに、リオウ海賊団と戦う時にどう動いて欲しいかを伝えていく。
エリオット達、一般の冒険者達は、その強さに応じて、ツバキ達の元で戦うか、アートルムの守護のどちらかに分かれるが、エリオット達は、最高でも上級の討伐依頼の実績があるのみで、普段は中級の依頼が平均的だという。
なので、コクロの領民達が避難する場所の警護に回される可能性が高い。
ちなみに、避難場所は、アートルムの沿岸部から離れた場所にいくつかの避難所が設けられていたり、街の外に天幕などを張って、一時的に領民が過ごせる場所を設置する。
街中はまだしも、街の外については、海賊達や海の魔物からの危険は減るかも知れないが、街の近くに棲みつく魔物達からの影響が考えられるため、こちらの警備にも数を割かないといけない。
海の方はリエンの手配した援軍も来るので、そこまでの数は必要ないし、そいつらも、どちらかと言えば、街の護りについて貰う予定である。
海賊団討伐を押し付けられた俺達とは打って変わって、結構楽な立場だぞと励ますと、エリオットは少し困ったような笑みを浮かべる。
「それは……俺達は良いが、本当にムソウさん達には悪い気がするな……」
「そう思ってくれるだけでありがたいもんだ。ただ、天災級が居るかも知れないという意見も馬鹿にならなくてな。被害を小さくするには、この方法で良いと思っている」
「まあ……ムソウさんがそう言ってくれるならありがたいが……リンネちゃんも気を付けるんだぞ?」
「うん! リンネ、がんばる~!」
大した子だとリンネの頭を撫でるエリオット。ひとまず作戦については分かってくれた。
まあ、海賊団を倒すことよりも、海賊団から街や領民達を全員護り切ることの方が難しいからな。
よくよく考えれば、今回の戦いで一番楽な仕事なのは、周りを気にすることなく戦える俺なのかも知れない。皆には、本当に頑張って欲しいものである。
さて、話も終わって船室から出ると、もうそろそろ目的の島に到着するとのこと。
ここで、海上から海中に向けて気配を探ってみたが、やはり水中となると少しわかりづらいということもあり、特に何も感じなかった。
まあ、そうだよなと思いながら、到着するのを待っている。
ちなみに、普段よりも集中して、空の気配を探ってみたところ、危険海域の方から、強い気配が伝わってきた。
よくぞこれまで気が付かなかったものだと自分に呆れたが、これで、エリオットの想定した「敵」の存在は確実なものとなったことが分かる。
そして、あそこから動いていないということを確認し、少なくとも、今日の俺の仕事を邪魔する気は無さそうだということを確認する。
しかし、ここでふと思った。何故、奴らはあそこから動かないのか。海賊団が使役しているのだとして、海賊団の拠点が海中を移動しているのだとすれば、奴らも動くはずだ。
あそこには確実に何かある。海賊団との戦いが終わった後は、改めてしっかりと調査する必要もあるのかも知れないな。
まあ、これについては後日ということで、俺達はそのまま、指定された島へと向かった。
◇◇◇
結果から言うと、依頼は順調に終わった。今回採集したものは、匂いが独特なもので、リンネの力を借りてあっという間だった。
島について早々に目的のものを採取し、アートルムに帰還する。ギルドには夕方前に着いたが、既に騎士団での作戦会議は終わっていたらしく、海賊団には悟られぬように、領民達の避難を完了させ、避難場所の設営などに関する依頼が貼りだされていた。
依頼の後処理を完了させて、ギャッツに話を聞いたところ、戦いの準備を追えるまでにやることは、大きく分けて三つ。
まず、コクロの島々に住む領民達をアートルムに集める。これは、ノワールが、アートルムで催し物を開くという体で、領民達を集めることにしたとのこと。
ただ、海賊団との戦いについても内内で公表するとのことで、向こうに情報が行き渡らないように配慮してもらうことも、こっそりと伝達する。
しかしながら、領民達が一気に大移動するということは伝わるので、何かしら、警戒されるだろうという不安は最後まで拭えなかったので、避難中に海賊団が襲ってくるようなことになれば、騎士団と俺達で対応してほしいとのことだった。
これについては仕方ないだろうと思い、すぐに頷く。
二つ目は、戦いの準備を整えること。避難所の設営は、騎士と冒険者、それに、領民達が自らの手で行っていくものとなった。予定では、一週間ほどで完了させる目算となっている。
ジーンからリエンに向けての援軍要請は、六日後に行うことが決まり、この日に、俺が危険海域へと向かい、更に、海賊団をアートルムにおびき寄せることが決まった。
「海賊共は、アートルムに攻め入るだろうか……?」
「そこはほとんど賭けっすね。ただ、奴らの切り札とこっちの切り札であるムソウさんが闘うとなると、リオウも黙ってないはずっす。「あの存在」が明るみになったという事実に、リオウも焦って動くと踏んでいます」
一番、心配だったのは、ここまで用意しておいて、海賊団が街に来ない場合の事だ。今までは、攻めてきたから戦って勝つ、という流れだったが、今度はこちらから戦いをけしかけて、総力戦にて海賊団を潰すという予定だからな。
ただ、ここまでして、向こうが怖気づいて、姿を現さないということも考えられる。
ギャッツの言うように、このあたりは賭けになりそうだが、仮に予定通りにいかなくても、海賊団を潰せる目算はついている。いざとなれば挑発でもして、万全の態勢でおびき出すとしよう。
三つ目にやっておかないといけないのは、キャトズ島の砦の完成だが、これについては、三日後には完了し、騎士団、ギルドの精鋭達が、明日から、そちらに移動するとのことだ。
ギャッツも戦いが始まる六日後には、キャトズ島に向かうとのことだ。レオパルドが使役している神獣、天鷹トウウも加わることを今日知って、これなら安心と、顔を緩ませていた。
せいぜい、トウウに巻き込まれないように気を張って欲しいものである。
さて、他の事は帰ってからツバキ達に確認してくれとのことなので、俺はリンネを連れて、ギルドを後にした。
家に帰ると、今日も遅くまで、外で鍛錬しているチョウシ、ハルキ、チャンを横目に家に入ると、ツバキが出迎えてくれる。
「ただいま~!」
「フフッ、お帰りなさい、リンネちゃん。ムソウ様も、お疲れ様です」
「ああ。早速、会議の事を教えて欲しいんだが……?」
「かしこまりました。では、私達のお部屋に。リンネちゃんは、ルイさん、ダイアンさんとお夕飯の用意をお願いしてもよろしいですか?」
「は~い!」
リンネはツバキの言葉に頷き、台所へと向かった。中から聞こえてくる声に、リアが居ないことに気付き、どこへ行ったのかと聞くと、部屋で待っているらしい。
急いで行ってやらねえとと思い、ツバキと一緒に部屋に入ると、部屋着を着崩して、何度もため息をつくリアが、資料を前に頭を抱えている姿が目に入る。
「あ……帰ったんだ……」
「だいぶ、疲れているようだな。何があったんだ?」
「……海賊討伐の全権……私に託すってさ……」
リアの言葉に耳を疑う。思わずツバキに顔を向けた。ツバキは、苦笑いしながらコクっと頷く。
「な、何で、お前なんだ? ルーカスは? ツバキじゃねえのか?」
「色々会議で口出してたらこうなったわ~……ルーカスさんは、避難してる領民達の守護の統括、私とツバキさんで、戦場の総指揮って立場になったのね……」
簡単に言えば、リアとツバキで、ジーンもレオパルドも、援軍に来る冒険者達の指揮を執ることに決まったそうだ。
ツバキとリアに全権を任せるというルーカスの決定。気持ちはわかるが、負担はデカい。
というか、目に見えてリアが感じる負担は大きそうだ。何でも、あらかじめ提示された騎士団の戦略が、リアにとっては穴だらけだったそうで、色々と意見を言っているうちに、領主ノワールと、師団長ルーカスから、全権を任されることになったらしい。
リアはかなり嫌そうだが、ツバキは仕方がないと割り切っているようだ。文句を言ったところで、聞き入れてもらえるわけもないと諦めている。
とりあえず、当日がどういう動きになるのか二人と確認してみる。
基本的に、海賊団が街に入る前、つまり海上で片を付けるという作戦だ。一般の構成員や上級の魔物達については特にこれと言った作戦は無いが、海賊団に属する船長級や、上級以上の魔物については、普通の冒険者は後退させ、ダイアン達闘鬼神や、異名持ちの冒険者が相手をすることになった。
超級以上の魔物やそれに準ずる力を持っている者が現れた際は、レオパルドとツバキ、リンネ、エンヤが相手をする。
それまで、ツバキとリンネは、街に海賊団が侵入しないように防衛に徹することが決まった。
ちなみに、麒麟の二人にも戦いに参加してもらう予定だ。と言っても、戦場には立たない。何があろうとも、オリビアとその家族を護ってもらうことになった。
「それなら、アイツ等は安全だな……ちなみに、サヤはどこに避難することになってんだ?」
領民は全員護る。だから、一人だけひいきするわけにはいかないことは分かっているのだが、どうしても気になってしまい聞いてみると、リアは、地図上で、街の外を指した。
「サヤちゃん含め、ファース島からシクス島の島民たちはこの区域よ。ここには、例の“裸一貫”とそのパーティ、後、余った冒険者達に護ってもらうから安心して」
避難所は冒険者達の守護に加えて、ミサキの結界魔法の魔道具も使って護りを固めるそうだ。
いざとなれば、各避難区域を数人の騎士と冒険者の部隊か巡回しているので、何も問題は無いとのこと。
優先順位をつけているわけではないが、オリビアが避難するところには、ノワールも居るということで、麒麟の二人の他、多くの冒険者、騎士が集うことになっている。その為、救護所や補給部隊の拠点もそこに置かれており、実質的な本陣となっている。
この本陣を落とされたら、俺達の負けという腹積もりで、俺達は戦うことになった。
ちなみに、その本陣も街の外に設営されることとなっているので、そこまで気にしなくても良いとのことだった。
「そもそも、こっちにはジーン様が居るしね。何か起ころうとしても、事前にわかるわ」
「一応、私達にはジーン様とすぐに連絡が取られるように、例の魔道具が用意される手はずとなっております。その他、転送魔法で自由に移動できるジーン様に、避難所各地と連絡できるように、魔道具が行き渡るようになっています」
「それ……実質、全権がジーンにあるんじゃねえか?」
「避難についてはね。戦場では、私達が総指揮よ……これだけの規模なんて……ぶっつけ本番って……」
長い溜息をつくリア。参謀につくかも知れないという覚悟はしていたし、やる気に満ちていたが、全部の指揮を執ることになるとは思わなかったようだ。
やったとしても、闘鬼神内だけの話かと思っていたが、まさかこんなことになるとはと、項垂れている。
しかし、それは横で聞いているツバキも同じ。簡単な集団戦の仮の指揮官なら経験はあるが、実戦で、ここまでの大規模な戦場での総指揮官は初めてのはず。
割り切っているとは言え、それにしては、ツバキの落ち着きようには何か違和感を抱くな……。
「お前は、これで良いのか? 随分と余裕そうだが……?」
「いえ、私も、ここまでとなると、身を震わせる思いですが、今のリアさんを見ていると、何となく落ち着いてくるのです」
……なるほど。自分よりも慌てふためくリアが横に居れば、そう言うことにはなるか。
リアは、ジトっとした視線をツバキに向けるが、ツバキはお構いなしと言った感じで続ける。
「それに、いざとなれば、戦況をひっくり返すエンヤ様が私達にはついておりますので、私は何時でも安心できます」
「それは……確かにな……」
どれだけの劣勢になろうとも、強大な敵が現れても、ツバキが本気を出してエンヤを喚べば、戦況を一気に覆すことが出来る。
最悪、百戦錬磨の闘将であるエンヤを早い段階から喚んで、ひとまず戦場の総指揮を丸投げし、リアは後ろを気にすることなく戦うということも出来る。
そう言うと、リアは少し思案を巡らせた後、着崩していた着物を正し、そばに置かれていた斬鬼の前に正座した。
「……私が言うのもあれだけど……その時は、よろしくお願いします……」
珍しく、人に懇願して頭を下げるリア。やはり、リアでもエンヤの前ではこうなるのか。
本当に怖い女である。しかし、それだけ、皆を任せられるという気持ちも大きい。
斬鬼の中で、不敵に笑いながら、おう、と頷くエンヤの姿が思い浮かぶ。
こうして、リアとツバキが海賊達との戦いにおいて、総指揮を任されたということに改めて納得し、当日の、今のところの動きについて打ち合わせを行っていった。
その日から、コクロ領内で、俺達も含め、海賊達との決戦に向けて、色々と動き出していく。
なるべく慎重に、しかし、大胆に、それぞれがそれぞれの思いを抱えながら、来るべき日に備えていった。
◇◇◇
世界のどこか……一人の男が、薄暗い通路を進む。一日中光が届かないその場所は、通路に並べられた灯りでのみ照らされる。
そして、男の耳には常に断続的に、何か生き物の鼓動のような胎動と共に、小さな振動のようなものが伝わってくる。
今日もご機嫌だとほくそ笑む男の名は、リオウ。数十年に渡り、コクロ領近辺の海で暗躍する、大海賊団の頭目である。
長年、王都、ギルド、騎士団の捜査をかく乱しながら、民間の商船や、冒険者達の船を襲い、更に、モンク領の商人達とも繋がり、盗品、違法改造された魔物、奴隷等さまざまな「商品」に手を伸ばし、この世界の“裏”に、深く、広く、その根を張り巡らせている。
また、目的は違えど、同じく世界を混乱の渦に巻き込んでいる「転界教」とも、太い繋がりを持ち、お互い、持ちつ持たれつの関係で、力をつけている。
リオウは薄暗く湿った通路を進み、突き当りの大きな扉の前に立った。
そこから中に入ると、巨大な円卓が置かれた部屋へと続いている。
部屋にはすでに、二十人ほどの人間が円卓を囲み、部屋に入ってきたリオウに視線を向けた。
「ようやく来たか、頭。相変わらず、アンタで最後だぜ?」
一番手前に座る大男の言葉に、リオウは口元に笑みを浮かべる。
「ちょっと“外”の様子が気になってな……奴ら、そろそろ動くようだぞ」
席に座りながら放たれるリオウの言葉に、その場にいた者達はどよめく。
彼らは、リオウの下に着く、海賊師団それぞれの“船長”である。それぞれが、ギルド支部長か、騎士団の師団長並みの力を持ち、全員で二十人居る。
リオウ海賊団は、“大頭”リオウを筆頭に、それぞれの船長が五十から百の構成員を率いており、商船や客船を襲う者達、ギルド、騎士団の捜索を撃退する者達、魔道具によって魔物を率いる者達、裏の商人達を操り、非合法の魔道具や武器、魔物、奴隷を密売する者達で構成されている。
リオウ本人は、主に情報の統括と、現在は“とある存在”の監視と管理を行っており、その力を以って、この巨大な海賊団を意のままに操っていた。
そんなリオウが放った、「奴ら」という存在。船長達がどよめくのも無理はない。
これまで行われた自分達への大規模な討伐の中でも、最も成功率が高いとされている者達であり、目下、リオウ海賊団が、最も警戒している者達のことである。
その者達というのは勿論……。
「冒険者……ムソウ……か……」
一人の船長の呟きに、リオウはやれやれと言った感じに頷く。
ムソウがコクロ領に入ってから、リオウ海賊団は、水面下で活動をつづけながら、ムソウ達の動きをずっと見てきた。
ありとあらゆる手段を用い、ムソウ達の動きを追っていき、とうとう、長く拠点の一つとしていたヴァン島にまで、その調査が及ぼうかと言ったところで、ムソウ達の調査が中断され、どう対処するべきか分からなくなっていた。
しかし、リオウ海賊団が利用していた、長距離広範囲で、目的の人間のみを監視するとある方法と、コクロやシルバなどの領民達にまぎれた、海賊団の密偵達により、ここ数日のムソウ及び、コクロ領がどう動くかについての情報は得ていた。
まもなく、冒険者ムソウは、危険海域にて、海賊団に与する強大な存在と戦う。
騎士団と冒険者、ムソウが連れて来た者達は、その間のアートルムの街の守護を行い、アートルムから離れたところに住む領民達含む、コクロの民達はすでに避難を終えているという状況になっていた。
自分達に対する態勢は万全となったと、リオウは自嘲気味に笑った。
「まあ、そんなわけで、俺達はどうするかって話だが……?」
リオウはここで、今日、全ての船長を集めた理由を話し始める。このまま、冒険者ムソウ諸共コクロ領を落とし、人界に打って出るか、もうしばらく様子を見るかの二択。
その決議を、今ここで執ろうとしていた。
「テメエらが気にしてんのは、ムソウ個人の強さだろうが、噂に違うことは無いだろう。俺達じゃ、簡単にやられる」
リオウのムソウに対する評価に、一同は少々驚いた顔をする。
普段から力を以って、強奪し、虐殺し、惨殺してきたリオウが、自分では敵わないとはっきりと言い放った。
リオウの力に魅了されて、海賊団で“船長”を任されている者達は、衝撃を隠せないでいる。
「ただ……天災級のアイツ等とは互角以上ってところで落ち着くくらいだ。ムソウはアイツらに任せて、俺達は、ムソウの手勢が居るアートルムを落とすってのも可能だ」
「ほう……アートルムの戦力ってのはどのくらいなんだ?」
先ほどの男からの質問に、リオウは答える。
アートルムに残るのは、コクロに現在在籍している異名持ちも含む冒険者達、それに、騎士団師団長ルーカス、そして、ムソウが連れてきた闘鬼神という冒険者パーティ、最後に、十二星天ジーン・シルヴァス。
冒険者達はまだしも、闘鬼神についてはより詳細なことは分からない。
しかし、ギルドに所属する密偵からの情報と、とある筋からの情報によれば、闘鬼神は、良くて超級くらいの魔物を倒すのがやっとで、災害級、つまりギルド支部長級の力は持っていない。
ただし、モンクでの、リエン商会の元商人が起こした事件をたった一人で解決したという女騎士については、災害級をも組み伏せる力を持ち、ムソウの従魔は災害級という報告が上がってきている。
リオウと何人かの船長は、災害級の魔物達をも相手にすることが出来る。その者達で、女騎士とムソウの従魔、そして、ジーンを抑えることが出来れば、後は数人の異名持ち以外はただの雑魚。
船長達だけでなく、その下に控えるおよそ二千人の兵力と、魔道具によって従えた魔物達による軍勢が居れば、アートルムを落とすことは不可能ではないとリオウは語る。
「そうか。なら、俺はアートルムに攻め入ることに賛成だ。いかに強いと言えども、奴らに一人で敵う人間なんぞ居るわけない。冒険者ムソウが居ないアートルムなど、畏れるに足らん」
「アタシもさんせー。そろそろ、妹の仇も取りたいっておもってたしー」
大男に続いて、一人の少女のような者が、円卓の空いた席を忌々し気に見つめる。
それは、先日、モンク領にて騎士団に捕まった女船長の席だった。
例の女船長をとらえたのはモンクの騎士団だが、それに至った経緯にムソウ達が絡んでいたというのは、買収した王都の騎士からの情報により、リオウ海賊団では、既に知れ渡っていた。
アートルムに攻め入る案に頷いた少女は、その女船長の実姉である。
生きてはいるが、錯乱状態の狂人となっているという事実を知るや、その王都の騎士を怒りに任せて殺し、今なお、ムソウに対して、強い憎悪を抱いていた。
直接ムソウを殺すことは出来なくとも、ムソウが死に、ムソウの大切なものを奪えるというのなら本望と、やる気になっている。
円卓の間は大男と少女に続くように、アートルム侵攻案に傾いていく。腕が鳴ると、拳を鳴らす者達や、得物を抜いて、調子を確かめる者など様々だ。
しかし、そんな者達を静かにさせるように、慌てて一人の男が口を開いた。
「テメエら、落ち着け! 冒険者ムソウをアイツらに任せるのは良いが、アートルムにはモンクから援軍が出るって話もある。今現在、あそこには、結構な粒ぞろいがそろっているんだぞ!」
その場にいる者達の中では、比較的高齢な男の言葉に、円卓の間は静かになっていくが、その男に、一つ息を漏らして、別の女が顔を向けた。
「粒ぞろいって……どんなのがそろっているの?」
「今掴んでいる情報だと、“破壊鉄球”や“影無し”は勿論、ハイグレの“堅鎧”、カキシの“乱槍”、モンクの「ムソウ一派」なる者達の他、シルバの“戦乙女”もモンクに入っているという」
男の言葉に、女含めて、一同は再び、目を見開いて驚いた。
異名持ちの何人かは、情報も多いので仮に、ムソウ達の援軍に来たとしても、手勢の災害級の魔物達で何とかなる。
それまでの経歴に不明瞭なところも多く、謎の多い「ムソウ一派」についても、少なくとも、災害級の魔物を倒したという報告例は無いので、眼中になかった。
しかし、シルバの“戦乙女”、ギルド支部長であり、騎士団シルバ師団長のジャンヌまでも、モンクからの援軍に集結しているという話は、すぐに信じられず、先ほどまでの勢いが収まっていった。
「“戦乙女”……だと? ギルド支部長“最古参の三傑”の一人が……」
「おいおい、どうなってんだ? ムソウには、他の領の支部長や領主は手出し禁止じゃなかったのか?」
リオウはぶつけられた疑問に、さも何事もなく答えた。
「さあな……まあ、“戦乙女”が出たところで、何も変わらねえだろ。むしろ手間が省けた」
そして、にやりと笑いながら、腰に下げた魔刀を抜く。
「これで、ようやく、直接あの女をぶっ殺せるってわけだな……」
コクロ、シルバ、ゴルド、モンク。この四つの領のギルド、騎士団、領主達には、海賊としての行為に対し、散々煮え湯を飲まされてきた。どうにか、消してしまいたかったが、ギルド支部長も、騎士団の師団長も、普段は街中に居て、自らが前線に出ることは無い。
しかし、今回の戦いでジャンヌが出てくるかもしれないという可能性を知った今、それについて恐れるリオウではない。
むしろ、目的を達成できるとして、愉悦の顔で魔刀の切っ先を眺めていた。
そんなリオウの、邪悪で、憎しみに染まりつつも、狂喜を感じさせる顔に、船長達は身を震わせながらも、胸の内では歓喜の声を上げていた。
そう……自分達は、底知れぬリオウの強さと凶悪さに見惚れ、ここまでついてきた。何も恐れることは無いと確信した。
姉を殺された少女達は、モンクの援軍について言及した男に視線を向けて、口を開く。
「かしらはやる気みたいだけど……どうする?」
「まさか、反対とか言わないよね? 次言ったら、絞め殺すわよ?」
半ば、強制的に、脅迫めいたことを口にする女に、男は不敵に笑った。
「まさか。俺は、大物の首が揃ってるって言ってやっただけだ。“戦乙女”は頭がやるとして……俺は、“破壊鉄球”でも潰すか……」
喉を鳴らす男に、他の者達も続いた。
「おいおい。お前じゃ、“破壊鉄球”は辛いだろ。アイツは俺がやるから、お前は“影無し”の相手でもしとけ」
「アタシは、ムソウんところの女騎士だね。状況からみて、妹を襲ったのは、ソイツっぽいし……」
「噂のEXスキルを持つ女騎士か。高値で売れそうだな……けど、お前で大丈夫なのか?」
「殺すよ、本気で……まあ、それは微妙だから、超級魔物と災害級を連れて行くわ。アンタも手伝ってよね」
「ええ、良いわ。女の騎士って……私がこの世で一番、むかつく存在だから」
などと、それぞれが誰を相手にするか、誰を殺していくか、どう殺していくか、嬉々として話し合っていく船長達。
その場はもはや、いずれ来るであろう戦いに向けての戦略会議の場などではなかった。
確実に来る自分達の勝利に、今から酔っている宴会場そのものだった。
船長達の士気は強い。相手に十二星天だろうが、ギルド支部長だろうが、噂の絶えないムソウと、その仲間たちが居ようが、関係ない。
やることはいつもと同じ。虐殺、殲滅、惨殺、強奪、誘拐、強姦……今回も愉しくなると、リオウは満足げに笑っていた。
◇◇◇
その後、会議を終えたリオウは、ムソウが動くその日まで準備は怠るなと釘を差し、部屋を後にする。
リオウに続くのは、先ほどの大男。リオウ海賊団第一師団船長、“暴虐”の異名を持つギャンザ。長く、リオウの側で残虐の限りを尽くした男であり、海賊団が船を襲う際は大概、この男が出陣する。
多くの冒険者や民間人を襲い、この数年で殺した人間の数は三桁に上り、攫った数は更に上を行く。
無論、ギルド支部長級の力を持ち、災害級の魔物を単騎で組み伏せた過去もある。
拠点の中を見て回り、戦いの準備が整っていることを確認するリオウとギャンザ。
多くの装備と、強力な魔道具、戦場に持ち込む魔物達を眺めながら、コクロ領を襲う準備について、二人で最終的な打ち合わせを行っていた。
「他の船長達の前で、ああは言ったが、勝率はどのくらいだ?」
「さてな……ムソウはヴァン島まで行くことは確定みたいだから、そっちは心配しなくて良いだろう。問題は、アートルムの戦力だが、際立って目立つのは、ギルド支部長ギャッツ、ジャンヌ、そして、“冒険王”ジーンだ。まあ、ジーンはそこまで脅威じゃねえ。“武神”や“龍心王”に比べれば、俺達でも戦えるくらいだからな」
「“武神”が来ないとも限らねえだろ。冒険者ムソウは、クレナの人間なんだろ? 応援を呼んでいるってことも……」
「いや、来ねえよ。ある筋からの情報だから間違い無え」
リオウの言葉に、ギャンザは目を点にした。どこの筋だよ、と心の中で突っ込む。
「優秀な情報屋が居たもんだな……」
「まあ、そんな所だ。その情報によれば、今回参戦する十二星天は、“冒険王”だけ。後の奴らは領主達同様、手を出せない決まりとなっている。向こうも馬鹿だよな」
「だな。まあ、こちらとしては、好機だと思った方が良いだろう。それで、誰が誰に当たるかって話だが、リオウは“冒険王”とギャッツか?」
「いや。ギャッツはトレイズ島付近で、騎士団の奴らと、俺達や魔物を迎え撃つんだとよ。だから、そっちをテメエと、何人かの船長に任せたい」
「はっ! じゃあ、そいつらぶっ殺して、早々とお前らに合流してやらあ。ギャッツの死体でもあれば、向こうの士気も下がるだろうしな」
「ああ、そういうことだ。流石に、“冒険王”とモンクの冒険者、そして、ムソウの部下とやらを潰すのは難しそうだからな。テメエらと合流後、一気にアートルムを落とす。
そして、ムソウと“冒険王”、領主ノワールの死体を土産に、レインに打って出る」
リオウはそう言って、目の前に置かれた地図上のレインに短刀を突き刺した。
マシロのミリアン、クレナのケリスと同じく、リオウの最終的な目的は、この世界の覇権を掴むことである。
これまで、この海を支配し、莫大な財産と、強大な力を手に入れる事には成功した。
そして、王城に戦いを挑むほどの戦力も手に入れた。予定は少し早くなったが、これより、行動を起こすということで、いつになく、自分の胸が高鳴っていることを自覚していた。
「ミリアンも、ケリスも準備が足らなかったようだが、奴らのおかげで、こっちの準備も整った。ムソウという不確定要素がコクロに来たときは焦ったが、アイツ等も居るし、何とかなるだろう」
「転界教本部も、アートルムを落とした後は、俺達と合流する手はずとなっている。奴らの目的ってやつには興味ないが、今後も殺しを楽しめるのは最高だな……」
喉を鳴らすギャンザに、リオウは悪い癖だぞと笑いながら窘める。
転界教とリオウ海賊団は、協力関係という繋がりではあるが、リオウとギャンザは、転界教の持つ力と、その目的である邪神族の復活は評価している。
今回、アートルムを落とし、コクロ領を手中に収めることが出来れば、リオウ海賊団は転界教に属する組織となり、更に強大な力と莫大な財産、そして、人界という国を手に入れることが出来る。
ただ、リオウもギャンザも、他の船長達も、そんなことに興味は無かった。元来、何らかの罪を犯したり、冒険者や騎士として活躍していたが、規約違反等でギルドや騎士団を追い出された者達である。
リオウを筆頭に、この海賊団は王城やこの世界そのものに、強い“憎悪”を抱いている。正直な話、滅んでしまって構わないと思っている。
転界教の思想と自分達の目的は一致している。この世界に、更なる“憎悪”と“混乱”を招く為、障害となりうる“敵”は排除すると、リオウは嗤った。
「転界教から貰ったアレは試してみたか?」
「ああ。全員、既に使っている状態だ。あそこまでとは思わなかったな」
「クックック……相変わらず、面白いものを寄越してくれる。ちなみに、アイツ等はどうなってる? アイツ等も冒険者ムソウには煮え湯を飲まされたとか言っていたが?」
「他の奴らと一緒に、“強化”を施し、俺と第三、第六師団で管理している。無論、アートルム落としの際は、出されるつもりだ」
「良し……なら、アイツ等は俺が預かろう。
そして、ムソウがヴァン島に向かった時点で戦いを仕掛けられるように全員の準備を完了させておけ。鏖殺を……始めるぞッ!」
リオウはそう言って、懐から怪しく輝く魔石を取り出し、魔力を込めた。
その瞬間、海賊団の拠点全体がぐらりと動き、常時聞こえていた胎動が激しくなった。
横でギャンザが、無茶をするなと言うが、リオウには届かない。半ば興奮気味なリオウが掲げる魔石は更に輝きを増し、海賊達を飲み込んでいく。
自身よりも血を好み、“欲望の権化”と呼ばれるリオウの、狂喜に満ちた笑みを間近で見ながら、ギャンザはやれやれと感じていた。
それと同時に、この恐怖にだけは、どれだけの時間があったとしても、克服することは出来ないと、改めて、リオウの底知れない恐ろしさを感じていたのであった。
次回から、vsリオウ海賊団となります。
クレナの動乱や、モンクでの事件のように、ムソウとツバキ達、二つの視点で行ったり来たりしますが、ご了承ください。
そして……つまり、登場キャラクターも多くなるということで、ややこしくならないように頑張ります。
……頑張ります……。




