第409話―ジーンが合流する―
さて、次の日も無人島の調査をしたのだが、この日は特に何も見つからず、島の大きさもそこまで大きなものでは無かったので、早々に切り上げて、日が沈む前に騎士団へ赴いた。
六日目に発見した漂流者の遺体と思われるものを渡し忘れていたのだ。一応、身元を確認してもらう為にと思ったのだが、漂流者となれば、どこの人間かを判断するのも難しいとの事で、ルーカスは苦い顔をしながらも、仮に家族が捜索願を出している場合もあるので、調べてもらうことになった。
続いて、ギルドに行き、闘人狼の死骸を査定に出して、報酬を受け取った。人が住んでいない島に生息していた魔物なので、依頼は無かったが、ギャッツから、中級なら残して欲しかったと、少し愚痴られた。
襲って来たからやり返しただけと言い返すと、仕方ないと言った面持ちで頷かれた。
ルーカス、ギャッツには、一応、トレイズ島の安全は保障したという旨の報告を終わらせたので、早くて二日後から、砦の建設に移るという。今後の探索で、日帰りが難しいのならば、あそこを利用することも可能だそうで、新たな拠点の完成に、俺達は喜んだ。
そして、八日目。予定が合えば、今日、ジーンがコクロに来る予定である。入れ違いになっても困るので、少々早めにアートルムを出て、島の調査を終えた。
と言っても、適当にやったわけではない。きちんと今まで通りに調査し、島に何も無いことを確認するまで、昼過ぎまでかかった。
その後、少し遅めの昼飯を船の上で食いながら、アートルムへと戻る。モルガン達と、そろそろ日帰りがきつくなったなと話すようになったが、帰りにトレイズ島に目を向けると、ルーカスから聞いたように、砦建設の為に騎士や冒険者達が、島に上陸し、移動用の仮設の建物を島に設置している光景が目に入った。
次回の調査からは、あそこで寝泊まりする可能性があると伝えると、モルガン達も、それは助かると喜んでいる。
ジーンは、家に帰るだろうがな。オリビアと戯れながら、海賊団の調査……。
前の世界での自分の事と比べると、幾ばくか、いや、かなりマシな方だなと一人で笑っていた。
そんなところを、今日は一緒の船に乗っていたリンネに覗かれる。
不思議そうな顔をしているリンネの頭を撫でて、抱き上げた。
並んで海を走るもう一方の船から、ツバキが手を振る。リンネは俺の腕の中から、ツバキに手を振り返して、楽しそうにしていた。
俺は、これで良いかと思い、何となく安心して帰路につく。
そして、アートルムの桟橋が見えてくると、そこに、人影が四つ。クレナから来たであろうジーンと、その腕の中のオリビア、その横にリチャードと、その妻リーデル。
どうやら迎えに来てくれたらしい。四人に気付いたリンネは、キラキラとした顔で、俺の顔を見つめる。
行って来いと頷くと、リンネは欄干に立ち、小さいトウウの姿に変化して飛び立った。
そのまま、真っ直ぐとオリビアの元に飛んで行き、俺達より先に、二人で笑い合っている。
少し遅れて俺達が下船すると、やれやれ、と言いながら、ジーンが近づいてきた。
モルガンや、エリオット達が若干、緊張している中、俺とジーンは握手を交わす。
「待たせたな、ムソウ殿。改めて、我が力も役立たせてくれ」
「勿論だ。存分に頼りにさせてもらうからな」
そう言って、笑い合い、俺達とジーンは合流した。その光景を見たオリビアとリンネから、かっこいい~という声が上がり、ジーンは早速、俺達の前で、好々爺の姿となっていく。
あまり見られないジーンの姿に、モルガン達は、良いものが見られたと、緊張を解き、和やかな顔となっていく。
そのままの勢いで、海賊団調査での協力者達であると紹介していった。
明日から頼む、と言うジーンの言葉に、モルガン達は頷き、エリオット達冒険者は寄宿舎に帰り、モルガン達は市場へと向かった。
「明日から、すぐに始めて良いのか?」
「ああ。この子達の為にも、出来るだけ早く海賊団の件は解決したいからな」
オリビアの頭を撫でながらそう言うジーンに、一つ提案してみた。
「クレナからこっちに来たばかりなんだ。明日一日はゆっくりしても大丈夫だぞ」
「ハッハッハ。ありがたい申し出だが、オリビアにも、ノワール殿達にも見栄を切ったのだ。すぐにでも、調査を行う事にする」
聞けば、ジーンは俺達が帰って来るまでの間、ここでオリビアに、
「おおじいちゃんのかっこいいところ、みた~い!」
と、せがまれていたそうで、ゆっくりしている場合じゃないと思い、明日からすぐに、俺達の調査に加わると啖呵を切ったらしい。
もう、後には引けん、とぼそっと言ってくるジーンの背中を、オリビアはリンネと一緒に、キラキラとした目で見つめていた。
なるほどと納得し、それ以上、俺からは何も言えなかった。
「まあ……しかし、儂もオリビアに会いたかったのは事実だ。何のために、クレナの仕事を大急ぎで片付けたのか分からん。よって、今日は皆と宴会でもしようと思ってな。こうして、皆で迎えに来たというわけだ」
「ああ、それでリチャード達も居たのか。アンタらも大変だな」
そう言って、リチャード夫婦に目をやると、申し訳なさそうに頷いていた。
ジーンに振り回されて大変かと思いきや、オリビアもリンネに会えて喜んでいるとのことで、寧ろ良かったとのこと。
ちなみに、飯の用意は既に進んでおり、風呂の用意も出来ているという事で、どちらも冷めないうちにと思い、早速、リチャードの家に向かうことにした。
その際、先に、リチャード夫婦と、ダイアン、リア、ルイ、チャン、ハルキ、チョウシはジーンの転送魔法で家に向かい、俺達は、オリビアに、大きくなったリンネに乗りたいと頼まれたので、歩いて帰ることにした。
リンネは喜んで、大きな獣の姿となり、オリビアとジーンを背中に乗せる。
「オリビア、怖くないかい?」
「うん! たかくて、きもちいい~! リンネちゃん、ふかふか~!」
「クワ~ンッ! (オリビアちゃん、くすぐた~い!)」
「あっ! おおじいちゃん! リンネちゃんのことばがきこえてきた~! ふしぎ~!」
「ああ、儂も聞こえた。なるほど。ミサキちゃんの魔道具、コモンから受け取ったのだな。
……オリビア。このように、世の中には不思議な事が色んな所に散りばめられている。いつか大きくなったら、おおじいちゃんと一緒に、それらを実際に見たり、触れたり、聞いたりしていくとしよう」
「うん! おおじいちゃん、ものしりだから、たのしみにしてる~! そのときは、リンネちゃんもよろしくね~!」
「クワンッ! (うんっ!)」
何とも楽しそうに、リンネ達は道を進んでいく。ただの爺馬鹿でも無いんだな、ジーンは。
オリビアが、街中で何かを発見する度、あれはなに、これはなに、とジーンは教えていく。
モンクでリンネと似たような事をしていたツバキは、ほっこりした顔をしながら、
「ちなみに、ムソウ様はわかりますか?」
と聞いてきた。そう言えば、マシロからクレナに行く間は、俺もツバキから色々と、この世界の事を聞いていたっけな。
流石にもう分かっている、と答えつつも、見たことが無い果物や野菜、魚などを目にする度、あれは何なんだろうと、今でも首を傾げながら、鑑定スキルを使っている。
しかし、ジーンがオリビアに教えているのなら、その必要も無いかと笑い、ジーン達の会話に耳を傾けていた。
夕方時なので、通りを歩く人の数も多い。この数日で、ここの住民達も俺達に慣れたようだが、やはり、目立つリンネの上に、更に目立つジーンが乗っていると、アートルムの住民達の中には、深く頭を下げる者や、手を合わせる者など多く居る。
ミサキやサネマサ、コモンの場合は、こう言ったことをしてくる者達に応えたりもするが、ジーンは、気にした様子もなく、オリビアとリンネにべったりだった。
だが、声を掛けて来る者には、流石に応答している。まあ、そのやり方は、結構雑だがな。
「あ、ジーン様! コクロにお帰りになられたのですね! どういったご用件――」
「すまん。今は、我が一族の末裔たるこの子とゆっくりしたいのだ。また、今度にしてくれんか?」
「は……あっ! す、すみませんでした~!」
ジーンに声を掛けてきた男は申し訳なさそうな顔をして、そそくさと退散する。こういうところは爺馬鹿なんだなと、半ば呆れた。
その代わり、俺達の方で、海賊団の調査だという事を伝えると、皆の表情は更に明るくなっていく。
「天災級を倒す冒険者、“死神”ムソウとコクロが生んだ十二星天、ジーン様が共闘……凄い話だ!」
「“死神”様、ジーン様……どうか、コクロに平穏を……」
「“死神”さん! 手伝えることがあれば、俺達にも声を掛けてださい!」
……うん。ありがたい言葉をかけてくれる。ありがたいのだが……何だろうな。冒険者達の影響か、既に一般の領民達にも、俺の異名が伝わっている。
少し微妙な思いになりつつも、前に感じたように、これも前の世界では当たり前だったことだと割り切り、皆の言葉に頷いた。
そんな俺の様子に気付き、ツバキとジーンはクスクスと笑っていた。
ちなみにだが、クレナでも、俺の事を“死神”と呼ぶ者が現れ始めて来たらしい。本当、徐々に広まっているんだなと言う事を実感しつつ、その異名により受ける印象に、他の領から来た冒険者の間では、闘鬼神そのものに手を出すと、俺こと“死神”が息の根を刈りに来ると噂されているようだ。
よって、少なくとも闘鬼神の周りは平和そのものであり、街に残っている冒険者達に絡むという事は無いとまで言われている。
それはそれで、良いことなのかと納得しつつも、当の皆はどう思っているのかと尋ねると、ジーン曰く、
「まあ、ジロウ……いや、ジゲン殿が“刀鬼”だからな。今更、皆も、さして気にしていない様子だったぞ。たまちゃんはカッコ良いと言っておったしな」
「……たまの頭の中はどうなっているのだろうか……」
「アヤメ殿と同じことを言っておるな。たまちゃんの教育に悪いのではと心配している。ちなみに、闘鬼神にロロ殿が居るという事で、彼女は“刀鬼”と“死神”さえも癒す“聖女”と呼ぶ者もちらほらと出てきて、ロロ殿は困っていたが、ジェシカとアヤメ殿は笑っていたな」
……なるほど。ようはジゲンのおかげで、皆は俺の異名が“死神”になったところで、何か思うどころか、既にそう言うことに対しての免疫のようなものが出来たというわけか。
ただ、悪い印象を与える異名を、たまがカッコいいと呼んでいる事に関しては、やはり微妙な思いだ。
ちなみに、ジゲンも微妙な思いだそうで、最近の口癖は、
「儂の異名はクレナの“大侠客”じゃ」
と、事あるごとにたまに言っているという。
それはそれで、何となく面白い話だな。
で、そんな俺達と一緒に住んでいる、十二星天の弟子、ロロが居ることにより、俺達は人間で居られると、他の領の人間は思っているそうだ。
こうなってくると、笑うしかないな。アヤメやショウブ達も、ジゲンが凄い目で見られていることについては、過去の行いもあるので、致し方ないと割り切り、俺の事についても、同じような思いを持っており、たまの教育を心配しつつも、俺の屋敷で元気に伸び伸びと育っているたまを見ながら、まあ、仕方ない事かと割り切っているらしい。
「そういう事なら……まあ、良いか……」
初日にも思ったが、まあ、リンネも喜んでいるし、たまも喜んでいるし、所詮、異名は異名だ。そのまま、人間性をあらわすわけではない。言ってしまえば、ただの噂だ。
無意識ではあるが、俺も自分の事をそう呼んでいるわけだし、それにより、闘鬼神が護られるなら、俺も割り切るしか無いと思い、腹を括った。
もう、金輪際、“死神”と呼ばれても動揺しない……ようにしよう。
……自信は無いがな。
はあ~~~と思いっきりため息をつくと、それを見た、ジーンが不思議そうな顔を向けてきた。
「ちなみに、ムソウ殿は呼ばれるとしたら、何と呼ばれたいのだ?」
「あ? ……まあ、今までの人生で一番嬉しかったのは、“古今無双の傭兵”だったな」
「ああ……ミサキちゃんから少し聞いたが、確か、前の世界の友人につけてもらい、最終的に、タカナリ様より拝命されたとか……」
「ああ。この名は、俺の誇りだな……」
そういった意味合いでは、本当にエイキには感謝だ。あの闘い以来、エイキは俺の事を“死神”と呼ばなかったからな。
言い方はおかしいかも知れないが、晩年は、その名で天栄の国を護る為に闘っていたわけだし。
……もっと民衆達にも、この名が定着するようにすれば良かったと、今更ながら後悔する。
「この世界でも、そう呼ばれたかったものだ……」
「“古今無双”か……まあ、“死神”よりはマシだな」
ジーンも納得していると、話を聞いていたらしいオリビアが、俺とジーンの顔に、不思議そうな顔をして振り向いた。
「ねーねー、“ここんむそう”ってどういういみ~?」
「今も昔も、比べる者が居ないという意味だ」
「ん~? ちょっとむずかしい~……」
「早い話が、ムソウ殿より強い人間など、過去の歴史を見ても、なかなか居ないという事だな」
ジーンの言葉に、オリビアは目を輝かせて、俺の顔を見つめた。
「じゃあ、おじちゃんは、すっごくつよいんだ~!」
……こういう、無邪気な子供の言葉と言うのは、良い意味で苦手だ。先ほどまでとは打って変わって、俺の心は嬉しさでいっぱいになった。
「おう。俺は強いぞ。今も昔も、そして、未来も、負けというものは知らないだろう」
「わあ~! すご~い! おおじいちゃんよりもすごい~?」
「多分な。負ける気はしねえよ」
「むう……悔しいが……そうじゃのう。儂もムソウ殿に敵う気はしない」
ジーンの様子を見ながら、オリビアは更に、俺に凄い凄いと言ってくる。なかなか、良い子だなと感じた。
出来れば、オリビアから、俺の異名を変えて欲しいものだと笑いながら、頭を撫でていた。
なおも、俺の事を輝いた目で見て来るオリビア。
すると、ポツリとツバキが呟く声が聞こえてくる。
「なるほど……では、そんなムソウ様に勝った私とリンネちゃんは更に凄いという事ですね」
「……あ」
「え! おねえちゃんと、リンネちゃんは、おじちゃんにかったの~!?」
途端に、オリビアの興味はツバキとリンネに移行し、キラキラとした目を二人に向ける。
「はい。苦労しましたが、勝てましたよ。ね、リンネちゃん」
「クワ~ンッ! ク~ッ! (うん! リンネ、がんばって、おししょーさまにかった~!)」
二人の言葉に、オリビアは、今度は二人に、凄い凄いと手を叩き、どうやって勝ったのかと聞いていた。
好奇心旺盛な子は凄いな……興味がころころと変わる。既にオリビアの頭の中には俺への興味は無いようだ……。
何となく落胆し、ため息をつくと、ジーンがポンと俺の肩を叩く。
「どうだ? 我が末裔も凄いだろう?」
「ああ……本当にな」
自慢げなジーンに笑い返し、その後も、楽しそうなオリビア達を見ながら、ジーンの家へと向かっていった。
◇◇◇
やがて、リチャードの家に到着したが少し驚いた。リチャードとリーデル、それにオリビアの三人が住んでいる割に結構大きい。ジーンの生家に比べて、一回り小さいくらいだ。
なんでも、偶に王都に住んでいるジーンを始め、一族が里帰りする時の為にと、ジーンの姪が大きくしたそうだ。
流石に、三人での維持管理は難しく、使用人のような者達も居て、俺達はそいつらに出迎えられた。
「おかえりなさいませ、ジーン様、オリビア様。それから、ようこそおいでくださいました。冒険者のムソウ様、騎士ツバキ様、リンネ様。お連れの皆様は、既に中でくつろいでおります。皆様も、どうぞ」
使用人の男に促されるまま中に入る。リンネはオリビアと手を繋ぎながら、ニコニコと入っていったが、俺とツバキは、何とも落ち着かなかった。
石を削り出した足元に、白い壁と天井、そして、装飾の施された照明……体の汚れとか落とした方が良いのかと、ツバキと顔を見合わせて苦笑いしていた。
「すげえな……」
「はい。ちなみにですが、この世界では、ここまでの家の事を「豪邸」と呼びます」
「ああ。それは分かる」
何か、家の格差と言うか、クレナの自分の家を思い出して、何となく負けた気分となる。
いや、我が家もそれなりに大きく、豪邸と言われるようなものなのだが……。
帰るまでに、リンネが何かしてしまわないかと不安になり、ツバキはオリビアとリンネの背中をジッと見つめている。
そんな俺達に、ジーンは朗らかに笑った。
「そんなに緊張するな。もてなすのだからな。それより、先に風呂にでも入って来い。その後、宴といこう」
そう言って、ジーンは使用人達に俺達を任せた。
俺は男の使用人に、ツバキとリンネ、それにオリビアは女の使用人に着いていき、それぞれ、男湯と女湯に向かっていく。
何故、普通の家庭に風呂が二つもあるのかと疑問に思ったが、俺の家と同じ感覚で、ここで働く使用人達も入られるように、男女分けられていると聞いて、やっぱり豪邸だなと感じた。
リンネが、
「おししょーさまもこっちではいろ~!」
と、言うものだから、ツバキ側の女の使用人が少し驚き、流石のツバキも、申し訳なさそうにしているのを背中に、風呂に入っていく。
流石にここまでは使用人は入ってこないようだな。
普通の家の風呂よりは大きいが、俺の家のものよりは小さめだ。これに関しては何となく勝った気になり、ようやく、この家に来て、落ち着きを取り戻し、湯に浸かった。
「ふう……気持ち良いな……♨」
他人の家でも風呂は風呂。存分に堪能し、風呂から上がった。
そして、長着に着替え終わり、脱衣所を出るとツバキがリンネを、ジーンがオリビアの髪を乾かしていた。
「あ、おじちゃんだ~」
「おししょーさま~」
「こらこら、動くんじゃないぞ。おおじいちゃんの手は大きいから、少し難しいのだ」
「リンネちゃんもです。もう少しお待ちくださいね」
「「は~い!」」
その光景は、まるでたまとリンネの髪を乾かす、ツバキとジゲンのようで、何となく見慣れた光景だと、どこかほっこりした気分になったと同時に、そう言えば、もう一週間以上、クレナから出ているのかと、そんなに経っていないが、懐かしい気分にはなった。
だから、自然と手ぬぐいと櫛を持ち、ツバキの後ろに立つ。
「あ……ムソウ様」
「あー、お前も動くなよ。すぐに整えてやるからよ」
「……ありがとうございます」
静かに笑みを浮かべながら頷くツバキ。そう言えば、ここ最近はルイやリアがやっていたからな。
クレナに居た時も、アザミ達がやっていたし、そう考えたら、俺がやるのは結構久しぶりな気がする。
……まあ、良いや。何となくだが、この時間は好きだからな。
「少し髪が伸びたようだな」
「そうですね……切った方がよろしいですか?」
「いや、お前の好きにしろよ」
「ムソウ様に選んでいただきたいです」
「う~ん……少し切った方が良いかな……」
あまり長すぎても、闘いの時に邪魔だと思うし、手入れも大変だろうから、俺としては少し切った方が良いと感じた。
しかし、リンネとオリビアは、違う反応を見せる。
「でも……おねえちゃんのかみ、きれいだからもったいな~い」
「きしのおねえちゃん。きらなくてもいいとおもう~」
二人はツバキの髪を切らなくても良いと言っている。確かにリンネは、日頃からツバキの髪を解いては、サラサラで柔らかいと鼻を埋めたりしている。ツバキにはくすぐったいと、少し微妙な思いをされているがな。
オリビアも、髪を乾かし終えて、つばきの髪に触れては、きることはないと言っている。
すると、ここでジーンが口を開いた。
「髪は女の命と言うからな。儂も、無理に切ることは無いと思っているぞ」
そう言われたツバキだったが、フッと笑みを浮かべて、リンネとオリビアの頭を撫で始めた。
「皆さんのお言葉は嬉しいですが、ムソウ様が仰るので切ろうと思います」
「いや……だから、俺の事は気にせず、好きにしろと……」
「はい。私の好きにして、近々、切ろうと思います。元々、そういう思いでしたし。まあ、そこまで短くはしませんけど」
勿体ないと言うリンネとオリビアだったが、そこまで短くしない、今は、腰に届くくらいだが、それを背中に届くくらいまでにするという言葉を聞き、納得したように頷いた。
その後、俺達は宴会の準備を終えているという食事の部屋へと向かう。
すると、大きな卓の上に数々の料理が並べられ、既にこの家に来ていたダイアン達も席に着き、恨めしそうな顔で、俺達を見ていた。
「あ、ようやく来たっすね~……」
「三人とも、遅いわよ~。ずっと待ってたんだからね~」
出された料理に手を付けないでいるダイアン達。こういう事なら、先に食べても良かったと言ったが、俺はともかく、ジーンやオリビアより先に食べるのは気が引けたとのこと。
……なら、その二人に文句を、と思ったが、そんなことを言うほど、俺は野暮ではない。ぐっと呑み込んで、席に着いた。
椅子に座ると、俺、ツバキ、リンネ、そして、ジーンとオリビアの席に置かれた杯に、ワインや果実水が注がれる。
何のために、俺達の周りを囲うように使用人達が並んでいるのか、疑問が解けた。
ダイアン達も、よくもまあ、こんな中で俺達を待っていたなと、心のどこかで感心する。
ただ、リアだけは気にしていないようだ。アイツはいずれ大物になると、少し笑いそうになると、リアと目が合った。
「何か変な事考えてない?」
「いや、別に……」
危うく、変な事を考えているとバレるところだった。ホント、勘が鋭い奴で、何とも頼もしいな。
サッと視線を外し、酒の入った杯を手に取る。匂いを嗅いで気が付いたが、例の、サヤがくれた木の実と同じ匂いがする。
美味そうだ。早く飲みたい。そんな俺の気配に気づいたのか、ジーンがフッと笑って乾杯の音頭を取る。
「では……リチャード、リーデル。長く家を空けてすまなかったな。ムソウ殿が海賊団を討伐し、その後の調査を終えるまで、ここで厄介となるが、許してくれるな?」
ジーンの言葉に、リチャード夫妻は、もちろん、と頷く。
「ここは貴方の家でもありますので」
「うむ。感謝する……オリビア。寂しい思いをさせてすまなかったな。当分は、甘えても良いんだぞ。儂も、お前に甘えるかも知れんが、良いか?」
「うん! おおじいちゃんといっしょ、たのしい~!」
「ハッハッハ、ありがとう。さて、ムソウ殿始め、闘鬼神の諸君。改めて、明日からよろしく頼む。今日は、存分に英気を養ってくれ。乾杯!」
ジーンの音頭に、俺達は杯を掲げて、宴会を始めた。
あの木の実から出来た酒は、少し甘すぎると感じたが、気になるほどではない。聞いていたように、とても美味かった。
そして、リンネとオリビアが、果実水を飲み、飯を食べ始める。一口食べるごとに、顔を輝かせる様子を見て、リーデルが嬉しそうな顔をしていた。
今日の飯は、リーデルが作ってくれたらしい。俺達も感謝しつつ口に運んだが、とても美味かった。
ジーンは、隣に座るオリビアに、美味しそうなものから順に、食べさせている。朗らかな顔から受ける印象は、本当に、人界の頂点である十二星天と言う顔ではなく、ただの好々爺という感じで、何だか可笑しな気持ちになりながら、宴会は進んでいく。
しばらくして、リンネとオリビアが二人の世界に入った頃、ジーンはこれからの事について、口を開き始めた。
「さて……儂もコクロに入ったという事で、明日から、冒険者達も普通に依頼をこなすそうだ。もっとも、ムソウ殿達が安全と確認した区域限定だがな」
「ふむ……お前が事前に冒険者達の未来を予知するという話はどうなったんだ?」
「今日の段階では、キャーンズ島以降の海域に向かう者は居なかったから必要ないと判断した」
キャーンズ島とは、俺達が明日調査する予定の、アートルムから見て15番目の島である。
これ以降の島は、まだ調べていないので、安全かどうかは不明だ。
更に、先日の難破船の一件もあり、未だコクロからシルバ、レインまでの海域は危険と判断され、商人、旅客船のみならず、冒険者の立ち入りも俺達の調査が終わるまで、禁止となった。
ちなみに、モンク、リヨク方面の船は出ているらしい。そう言えば不思議だったのだが、何故、その方面の海域は安全、というか、海賊団の被害が無いのだろうかと思っていたが、ツバキによると、拠点になりそうな島もなく、船は大陸の側を走るので、海賊団も手を出しづらいからでは、と王都が判断しているという。
事実、リオウ海賊団が現れてから、その被害は一切無いということだ。
これまでの調査で、俺も現地で確認することになったが、海賊団の被害は、コクロから王都に渡る間の海域、それも、ダイアンが見た霧に包まれている海域から以降で発生しており、被害に遭った船は、トレーズ島の辺りで見つかるという流れとなっている。
未だ、危険と判断されている場所には、誰も近寄らないようにしている為、冒険者達も動かないのではなく、動けないのだそうだ。
「そうか。なら、明日からはなるべく早く、少しでも広く安全を確保しないとな」
「うむ。だが、ヴァン島からの危険区域からは、慎重になった方が良いだろう。あそこからは、儂のスキルでも無いと、本当に危険だからな」
ヴァン島は、アートルムから見て二十番目の島であり、そこから、落ち着かない環境となる危険な海域となっている。
ジーンの言う危険とは、魔物などではなく、自然環境によるものだ。晴れているかと思えば、急に雨が降り、海も荒れ果てる。
しかし、それも一瞬で、すぐに凪になったりと、本当に落ち着かない海だという。
到底、人は住んでいないが、魔物はその環境に適応するように生息しているので、少なくとも上級、超級は当たり前、稀に、災害級なども出るという海域だそうだ。
もちろん、ジーンは世界地図を作るために、足を踏み込んだことはあるにはあるが、Eスキルが無ければ危なかったというくらいだ。一応の覚悟はしておこう。
「となると……あまり、空を飛ばない方が良いっすね……」
自信なさげにそう言ったのは、ダイアンだ。確かに、俺はまだしも、ダイアンとリンネは、空を飛ばない方が良いのかも知れない。
「そうだな、ダイアン殿。空からの調査は、ムソウ殿だけにやってもらうことになるかも知れない。しかし、コモン君がお主に渡した装備にも、環境適応の付与効果は付いておるそうだ。ある程度、大丈夫そうなら協力して欲しい」
しかし、ジーンのその言葉に、ダイアンは少し考えた後に、コクっと頷いた。
「分かったっす。まあ、現地に着いてから考えてみるっすよ」
意外と素直だな……俺の時はこうじゃない気がする。
危うく、俺だけが危ない目に遭うかと思ったが、違ったらしい。何となく安心した。
「ああ、そう言えば、ギルドに貼りだされていた依頼だが、超級のものに関しては、今日の時点で消化されていた。何も気にせず、海賊団に集中するとしよう」
「ふむ……現時点で、この街にも腕利きの冒険者が居るんだな」
気がかりだった超級の依頼は既に解消されているという。キャトズ島までの間には何も無かったことから、超級の依頼は内陸、もしくは、モンクかリヨク方面のものだったそうで、いくつかの冒険者パーティが合同で解決したという。
そのパーティは、しばらくコクロに滞在するとのことで、その他の依頼についても、気にしないでくれと言っているらしい。
ちなみに、どんな奴らが居るかと聞いたところ、現在コクロに居る冒険者の数は、十二パーティ、個人で活動している者も含めると100人ほどとのこと。
その中でも、腕利きとされるパーティは三つほどで、「銀牙」、「封龍団」、「大地の覇者」という名称の部隊である。
それぞれ、代表者は異名持ちであり、銀牙の代表者は、“海牙”パウルという男で、元はギャッツが率いていた海賊団に属していたという。構成される冒険者達も、それぞれ元は海賊や山賊だったらしく、素行は悪いが、腕は本物とのことで、数多くの討伐依頼をこなしている。
封龍団の代表者は、“龍斬り”アンジェという女で、シルバから来た冒険者とのこと。主に、パーティでワイバーンやその亜種を討伐していることから、この異名がついた。一度だけ、単騎でワイバーンを狩った女傑とのこと。
大地の覇者の代表者は、“裸一貫”ガルダンという巨漢の男であり、何故、この異名かと言うと、どこへ行くにも半裸で、例え装備が無くとも、あらゆる自然環境に耐えうる肉体を持っているとのこと。
変な奴だなと思っていたが、ジーン曰く、かつて、ジーンが世界地図を完成させた時に率いていた冒険団に属していた者の末裔だそうで、幼い頃から聞かされていた祖父の話と、ジーンが完成させた世界地図を持ち、自らの身を以って、人族が住めるか、住めないかを調べているという。
大地の覇者とはよく言ったものだ。仲間は大変だなと笑った。
ちなみに、コクロ初日に、冒険者ギルドを訪れた際、海牙を率いるパウルがギルドに居たという事を、リアが教えてくれた。俺達に絡んできた奴と言われて思い出す。
幅広で反りの入っていた湾刀を肩に担ぎながら、ここに何の用だと言って来たので、取りあえず死神の鬼迫をぶつけたら、もう一人の女と揃って顔色を悪くした奴だ。
なるほど。元海賊と言われたら、何となく納得するな。絡んできたから、顔役と思っていたが、最近は顔を見なかった。
どこかへ消えたかと思っていたが、依頼をこなしていたのか。
納得、と思っていると、ルイのため息が聞こえてくる。
「あんなでも強いなんて、詐欺よ、詐欺」
当初はコクロの冒険者に良さそうな奴が居たら、口説き落とそうとしていたルイだったが、ギルドの冒険者達を見て、幻滅し、結局、コクロに来てから、男に色目を使うことは無い。
偶に、漁師達がルイにそういう目を向けているところをよく見るが、これに関しては、本人は無自覚である。
一体何がルイの要望を叶えるのか分からない。これは、嫁入りは当分先だなと思っていると、ならばと言って、ジーンが口を開く。
「では、ルイ殿。ガルダンはどうだ? 儂のかつての盟友の孫で、冒険者としての能力も高い。血筋、力共に申し分ないと思うが……?」
あ、先ほどの話に出ていた“裸一貫”か。異名はアレだが、腕利きという事で、稼ぎも良いだろう。
知り合いの縁者という事で、ジーンも紹介しているようだが、ルイは即座に首を振った。
「駄目ね。歳が離れすぎてる。頭領と同じくらいなんて話にならないわ。そもそも“裸一貫”って何よ。ありえない」
……やはり、異名が駄目か。しかも、今回は年齢を気にしている。俺と同じくらいは駄目らしい。少し傷つく。
断られたジーンも、そ、そうかと困惑したように引き下がる。ルイの春は、まだまだ遠いようだ。
ルイの武器の前の持ち主であるシズネは、ジゲンに一直線だった。ルイも、好きな奴が明確に一人居れば、一直線になるのだろうか。
端から見れば、それはかなり面白そうなので、気長に待つとしよう。
「さ、さて、話が逸れたが、他にも有力な冒険者は揃っている。仮に、ムソウ殿と海賊団がぶつかって、この街に影響が出そうでも、何とかなる。リエン商会からの援軍の件もあるしな」
無理やり話を切り替えるジーン。ルイの事はもう良いらしい。やれやれと思いつつも頷いた。
「分かった。その際は、ツバキもリンネと共に、この街に戻ることになっている。
で、場合によっては、ジーンもダイアン達を連れて、前線からこの街に移動し、騎士団と連携するようにしてくれ」
海賊団との決戦の際、アートルムに何か発生した場合は、こないだの話し合いで決めたように、ツバキはリンネと共に、この街に戻り、騎士団の指揮下に置かれる。
そして、ダイアン達は、俺と一緒に全線で海賊団相手に暴れると、クレナに居た時は話していたが、現地に着き、更に、危険な海域まであることが分かった。俺も、自然環境への適応という付与効果がある装備を持っているとはいえ、そんな中で、海賊団とダイアン達の事も気にしながら闘うというのは、少々難があると結論が出た。
なので、本当にヤバい状況ならば、ジーンが転送魔法を以って、ダイアン達と共に、アートルムへ戻った方が良いと、皆で話し合っていた。
仮に海上での決戦となった場合、船が沈められても大丈夫なのは、俺とダイアンくらいだしな。結局のところ、このことについても、ダイアン達が戦線を離脱する理由にもなった。
「ふむ……ムソウ殿一人に任せても良いのか?」
ジーンの言葉に、俺達は笑って返した。
「何を今更。どうせ、お前も俺の事は心配していないんだろ? その期待に応えてやるだけだ」
「それに、街の防衛には、ジーン様のスキルも絶対必要になって来ますからね~。俺達は期待しているっす」
「どうせ、ジーン様もその時になったら、オリビアちゃんの事が心配になるでしょ? だったら、帰った方が良いに決まってるわ」
「オリビアちゃん含め、ジーン様の故郷であるこの街は、私達が必ず御護りしますので、海賊団については、ムソウ様にお任せしましょう」
まあ、早い話が、俺が矛になって海賊団を殲滅。ジーンがツバキ達と共に盾となって、アートルムと、近海を護るだけだ。
どちらかに力を割くよりは、俺とジーンが分散させた方が効率が良いと思っている。
「無論、俺の方もお前に、ツバキ達を任せることになるんだ。だが、心配はしていない。お前も、サネマサやミサキと同じ、十二星天なんだからな。頼りにしかしていない」
そう言ってやると、ジーンは目を見開き、フッと苦笑いした。
「……あの二人と同じにされてもな……儂は、闘いは苦手なのだぞ?」
その言葉に、即座に返すのは、俺ではなく、ダイアンだった。
「だから、俺達が居るんすよ。存分に俺達をこき使ってくださいっす」
ニッと笑うダイアンに、ジーンは口を開けて大笑いした。
「ハッハッハ! 本当に頼りになるな。流石、“牙の旅団”。昔も今も、その名に助けられる! 分かった。その時が来れば、共にこの街を護るとしよう!」
ジーンの言葉に、ダイアン達は強く頷く。それと共に、心無いのか籠ってるのか、俺に、がんばれ~、とほとんど棒読みのような激励を贈ってきた。
気にせず、これで本気で闘える状況づくりは出来たと、少し悪い顔で呟くと、リンネとオリビアに、
「「わるいかおしてる~!」」
と言われ、その場は笑いで包まれる。頼むから、仕事は増やさないでくれと言ってくるジーンに、保証は出来ないと笑い返した。
リチャードとリーデルは、苦笑いしながら、少し心配そうな顔をするも、ジーンが居るならと、例え、どんな状況になっても、アートルムの街は安全だとホッとした顔になっている。
ジーンは更に笑って、オリビアに、おおじいちゃんに任せておけ! と胸を張って頭を撫でている。
俺達から見てもそうだが、これほど頼もしい男は居ないだろう。オリビアも幸せだなと思いながら、その後は夜遅くまで宴会を楽しんでいた。




