第402話―コクロに着いた感想を言い合う―
ジーンの生家の見学を終えて、家を出た時には、日が傾き始めていた。
口の前がすっきりして、大きく息を吸う俺の横で、この家の今の管理人、リチャードが、ジーン達に少しばかりの説教をしている。
「あの……ジーン様……いえ、ジーンおじちゃん。いくら、実家と言えど、今は観光でいらっしゃる方も多いのです。皆さん、静かに展示品などを見たいと思いますので、少し、自重していただきたいと思うのですが……」
「う、うむ。すまなかったな」
「あと、ジーンおじちゃんかここに居る事を聞いた妻とオリビアが来ているのですが……」
「む? そ、そうか! 今はどこに!?」
興奮気味に詰め寄っていくジーンに、リチャードはため息をついた。
「「たくさんのひとと、ひとりをいじめるのはよくない」と、ムソウさんを笑うジーンおじちゃんを見て、帰っていきました」
「え……」
一転、この世の終わりのような顔をするジーン。流石のダイアン達も、横で気まずそうな顔になる。
俺は、なかなか、心優しい良い子だなと思いながら、門柱の陰から、こちらを見ている親子に、小さく手を振る。
母親の方は、小さく頭を下げ、小さな女の子は、母親の腕の中から俺に手を振り返した。
その二人が、リチャードの妻と、ジーン待望のオリビアである。栗毛色の髪をした母親と同じ色の髪を二つに結び、キラキラと青い瞳をしていた。リチャードとジーンの瞳も同じことから、どうやら、シルヴァス家の人間の瞳は青いようである。
ジーンがしっかり反省するところをこの目で見たいということで、帰ったわけではない。
この後が楽しみだなと思いながら、ジーン達のやり取りを眺めていた。
リチャードからダイアンやツバキ達に何か言うことは無いが、ジーンをリチャードが叱る度に、気まずそうな顔を浮かべている。
リンネは不安そうにツバキの袖を引っ張っている。俺以外の人間に怒られるという経験はあまり無いからな。これも、社会勉強と思いながら、なるべくリンネと目線を合わせないようにしていた。今日ばかりはリンネも含め、全員に対して、良い気味だと思いながら伸びをする。
そして、リチャードの説教が終わり、ジーン達は解放された瞬間、俺に申し訳なさそうに頭を下げて来る。
「あー、ムソウ殿、すまな――」
「借りにしとく。お前らもな」
謝って来るのを止めて、祝言の時のシンキに対して行ったことを、コイツ等にも行った。
皆、寧ろ謝罪を受け入れてくれという顔をして来るが、無視だ。
さて、何を頼もうかと思っていると、門の方から待ってましたとばかりに、小さな女の子が駆けてきた。
「ジーンおおじいちゃ~ん!」
「む……まさか……!」
一直線に自分に向かってくる女の子に、ジーンは少し戸惑った顔をする。まあ、当然か。最後に会ったのは赤子の頃だからな。
しかし、すぐに鑑定スキルでも使ったのか、この場の雰囲気からか、その女の子がオリビアという事に気付くジーン。
帰ってなかったのか、という顔で、飛びついてくるオリビアをジーンは抱き上げた。
「お~! オリビア~! ……で、良いんだよな!?」
「えへへ、はじめまして、おおじいちゃん! オリビアです! さんさいです!」
「そうかそうか! 大きくなったな~!」
見たことも無いくらい上機嫌なジーン。これほど、子煩悩、いや孫煩悩……とも言わないな。何て言うのだろうか……。
まあ、良い。ジーンは抱き上げたオリビアの頭を大きな手で思いっきり撫でている。首が取れるんじゃないかと思うくらいだが、当の本人は嬉しそうだ。
「おおじいちゃ~ん、やめてよ~!」
「ハッハッハ! 元気な子だな! お父さんとお母さんの言うことはちゃんと聞いているのか?」
「うん! おおじいちゃんとちがって、おともだちとなかよくしてる~!」
「ああ、オリビア。さっきのは違うんだ。ここのムソウ殿があまりに面白くてな。それで、笑っていたのだ。ムソウ殿が我々を楽しませてくれたのでな。その厚意に応えただけなんだ」
「そっか~!」
……納得すんな、オリビア。というか、変な言い訳するな、ジーン。ジトっと睨むと、ジーンはニヤッと笑みを浮かべながら、オリビアを撫で続ける。
ふと見ると、ツバキの側に居るリンネが、何か期待を込めたような目でオリビアを見つめていることに気付いた。
もの欲しそうな目で、オリビアと俺、ツバキ、そして、ダイアン達に視線を移していく。
ああ、なるほどと思っていると、リアが俺を小突いた。
わかってる、と頷き、リンネの手を引いてジーンの側に向かう。
「ジーン。良いか?」
「何だ、ムソウ殿。今、オリビアと――」
「な~に? おじちゃん!」
「……何か用か? ムソウ殿」
俺を無視しようとするジーンだったが、オリビアが体を俺に乗り出した途端、顔を向けて来るジーン。イラっとはしたが、面白い反応だと思ったし、子供の前でカッコつけたかったらこうなるよなとため息をついた。
「はあ……え~っと、まあ、ジーンにというより、オリビアに用があるんだが」
「なあに?」
「お前にお友達を紹介したいんだ」
そう言って、リンネを促すと、リンネは前に出て、オリビアにニコッと笑った。
「こんにちは! リンネは、リンネっていうの~!」
パッと両手を上げて、自己紹介するリンネ。そのままだなと思いつつも、上手く人見知りせずに出来たなと感じた。
今のリンネは獣人の姿だ。耳と尻尾を動かしながら、自分という存在を売り込んでいる。
三歳の女の子には怖がれられないかと思ったが、オリビアの反応は上々だった。
「うわあ~! おおじいちゃん、おろして~!」
「む? ……これは、まあ、仕方ないか……ほら」
すごく残念がるジーンとは裏腹に、地面に下りたオリビアは満面の笑みでリンネに駆け寄る。
「かわいい~! しっぽ! ふかふか~!」
「く、くすぐった~い!」
急にオリビアに尻尾をまさぐられ、リンネは身をよじりながら、尾でオリビアの頭を撫でたり、くすぐり返したりしている。
「あはは! くすぐった~い! え~っと……リンネちゃん!」
「うん! え~っと……オリビアちゃん!」
「リンネちゃ~ん!」
「オリビアちゃ~ん!」
お互いの名前を呼び合って、二人は抱き合う。
うん。仲良くなったようだ。これで安心、と思っていると、二人は手を繋いで、俺達の元に戻ってきて、ニコッと笑った。
「「おともだちができた!」」
「おう。リチャード達にも伝えて来い」
「「は~い!」」
仲良く手を上げて頷き、二人でリチャード達にも、友達が出来た報告を行っていった。
モンクでは友達に関して辛い目に遭ったが、ここでも何とかなりそうだな。
リンネは人間換算で三歳くらい。オリビアも同じくらいだ。何気に同年代の友達というのは初めてだなと、二人をほっこりとした気持ちで見ていると、ダイアン達もにこやかな顔をしながら口を開く。
「楽しそうだな、リンネちゃん。しかし、こうなると、海賊団討伐に引っ張ることも控えた方が良いのか?」
「そこのところはどうなの? 頭領」
「まあ、リンネの気持ち次第だが……ジーン、どうすれば良い?」
「ここは、オリビアの想いを優先に……と言いたいところだが、今はまだ、オリビアも外で遊ばせることは無いそうだ。そうだったな、リチャード」
「はい。まだ、家の外で遊ぶのは早いと思いまして……」
「一日中、私が見守っております」
リチャードの妻、リーデルはそう答えた。オリビアはまだ小さいので、基本的に家の外に出ることは無いそうだ。出る時は必ずリーデルかリチャードがそばにつく。
まあ、これには納得だ。三歳だもんな……。
……ふと思い出したが、たまが両親を亡くして、あの宿を一人で掃除したりし始めたのも、確かそれくらいだったな。
……いや、たまが凄いんだよな。クサツ達も居たし、ジゲンも居たし。これは基準にはならない。たまが凄いんだ。
さて、というわけで、オリビアの側には両親が居て、友達と遊ぶとなっても、その親が家に来て、親子ともども遊ぶという事になっているので、偶に来てくれると嬉しいとの事だったので、海賊団討伐をしながら、偶にリンネを連れて、俺かツバキがリチャードの家に遊びに行くことが決まった。
「まあ、一番オリビアと遊びたいのは、ジーン様だと思いますけど……?」
リーデルの言葉に、ジーンは、恥ずかしそうに頷いた。
「う、む。まあ、そうだな……リチャード。悪いが、クレナの用事が終わり、儂がムソウ殿に合流した際は、ムソウ殿の借家に住むのではなく、お前の家に寝泊まりしようと思うのだが、良いか?」
「こちらは大丈夫です。元より、そのつもり、というか、ジーン様がその考えに至るということは、予測していましたので」
唐突にこの場で、ジーンがコクロに来た後の事も決まった。
そもそもそういう計画では無かったのか。まあ、一緒に住んでいた方が、何が起こってもすぐに連携できるからな。それに、ジーンも仕事がしやすいだろうし。
しかし、オリビアを目にしてからのジーンの様子を考えると、その方が良いだろう。気を良くしたジーンがリチャードに、お前も未来予知が出来るのかと、訳の分からないことを言って、皆で笑っていた。
そうしていると、何か、荒い息遣いが聞こえてくる。そちらを見ると、ルイが、恍惚した顔でリンネとオリビアが遊んでいるところを見ていた。
「普段は、私がロロに突っ込むのだけど……リンネちゃんとオリビアちゃん……良いわね」
「え~っと……流石に気持ち悪いです。ルイさん」
気持ちの悪いことを言うルイに、ツバキがすかさず突っ込み、ルイはハッとする。
「……あっ、ごめんなさい、ツバキさん。つい、よこしまな気持ちに……」
「ロロさんの事、言えなくなりましたね」
「違うの! 少し、魔が差したと言うか……ね?」
「分かりますよね、という顔をされても……まあ、気持ちは理解できますので、ロロさんには内緒にしておきます」
ツバキの言葉に、ルイはふう、と胸を撫で下ろす。何故、リンネとオリビアの二人を眺めて、よこしまな気持ちになるのだろうか。俺は、理解も出来ない。ルイとは、少し距離を置いた方が良いかも知れないな。
リチャードとリーデルまでも、あの人には気を付けようと言っており、ジーンとダイアン、リアが慌てて取り繕っている。
助けては……やらないぞ、ルイ。
ちなみに、リンネは現在、小さな獣の姿となっている。いつの間に、と思ったが、気付けばなっていた。
流石にオリビアは驚いたようだが、すぐに可愛いと喜び、更に楽しそうに遊んでいる。
どんな姿でも受け入れてくれている様子に、良い友達が出来て良かったと思いながら、その後、しばらく二人を眺めていた。
その後、日が沈み始めて来たので、流石に俺達は、拠点となる家に向かうことになった。
遊び疲れたリンネとオリビアは、少し寂しくなりながらも、またすぐに会えると諭してやると、二人で手を振り合った。
「じゃあね、オリビアちゃん! またね~!」
「またね~! リンネちゃん、おおじいちゃん!」
ジーンにまで律義に別れの言葉を投げるオリビア。気遣いが出来る良い子だなと、ジーンに視線を移すと、ジーンの方がリンネやオリビア以上に落ち込んだ顔をしていたので、リチャード一家が見えなくなった瞬間、全員でため息をついた。
「お前はさっさとクレナの仕事を終わらせろ」
「……うむ。そうだな」
「おしごとおわったら、リンネとオリビアちゃんとあそぼ~!」
「そうだな……リンネちゃん。オリビアと友達になってくれてありがとう。仲良くしてやってくれ」
「うん! リンネ、たくさんともだちできた~! たくさんたいせつにする~!」
リンネの言葉に、ジーンは満足げな顔でニコリと笑い、頭を撫でた。
リンネが大切にするもの。これからも増えていくと良いなと、ツバキと共に笑った。
「さて……待たせたな、ムソウ殿。では、貴族達が用意してくれた家に行くとしよう」
ジーンはそう言って、夜道を歩いていく。俺達はジーンについていったが、このまま家に行っても、飯は無いと思ったので、道沿いに並ぶ店に寄ったりしながら、家で食べる料理を買ったり、明日の食材を手に入れたりした。
そして、案内されたのは、街から少し外れ、近くに数隻の船が留まっている桟橋がある一軒家だった。
元々は、提供してくれた貴族の別荘だそうで、普通の一軒家よりも少し大きいくらいだ。部屋も居間を含めて、四部屋あり、風呂、厨房、厠も完備しているという。
桟橋に留まっている船は四隻。こちらは、海賊団討伐に使ってくれとのことで、船員にも近くに借家を用意し、滞在費を貴族やノワールが払っているという。
コクロの貴族の多くが、ジーンの親戚だったという事実も判明し、ますますここの貴族を信用するようになった。まず、貴族絡みで問題を起こすことは無いだろう。
「ここだが、少し狭いか?」
「いや。十分な広さだと思う。皆はどうだ?」
「何も問題ないっすよ。これが無料なんて最高っす」
「風が気持ち良いわ。この方角なら、夕日も綺麗だと思うし」
「寝る時、さざ波が気にならないかしら」
「耳栓でもしてろよ。リアの言うように、風が気持ちいいなあ~」
「ああ。ぐっすり眠れそうだ。休みの日は釣りなんかも出来そうだな」
「釣り……か……」
「変なものは釣らないでくださいよ、ハルキさん」
「大丈夫っすよ! ……多分」
ハルキが自信なさげに、ツバキから視線を逸らしていく。湖と違って、ここは海だからな。とんでもないものはとことんとんでもない可能性がある。特に「海王」の名が付くものも居るくらいだ。俺も釣ったし、ハルキでも釣り上げそうだと皆で笑った。
どうやら、ダイアン達も気に入ったようだ。気に入らなかったとしてもどうしようもないが、何となく安心した。
ルイは音が気になると言っているが、俺は寧ろこの音が良い。安備には海が無かったからな。モンクでは街中で過ごしていたし、さざ波が聞こえる家というのは初めてだったが、何となく落ち着くなあと思っていると、リンネが手を引っ張る。
「おししょーさま、はやくはいろ~!」
「そうだな。さあ、入るぞ」
リンネに促されるまま、俺達は家に入っていく。
玄関を開けたら、廊下があり、部屋が二部屋、突き当りで分かれて厠と風呂場、厨房と居間がある。一応、水は貯水槽があるみたいだったので、神人化して光葬針を入れて、この家でも聖なる水を出すことにした。
二階は、少し広い部屋が二部屋あり、一階にそれぞれ、チャン、チョウシ、ハルキが、俺とダイアンが同室となった。二階はリアとルイ、ツバキとリンネで分かれたようだ。
二階部分には屋外に張り出した場所があり、リンネと共に海を見ていたツバキが、
「ここから、すぐに海に飛び込むことが出来ますね」
と、やんちゃ気質が感じられる発言をして、リアとルイを少しばかり驚かせたようだ。
さて、荷物を置いていると、ジーンがそろそろクレナに帰ると言い出したので、見送ることにした。
「では、ムソウ殿。また、すぐに戻って来るからな」
「おう……って、目的はオリビアだろ? さっきも言ったが、さっさと帰って来いよ」
「お待ちしておりますね、ジーン様」
「じゃあね~!」
「ふむ……一応、儂らの目的は海賊団の討伐という事も忘れてないが……」
「じゃあ、オリビアちゃんも安心して遊べるように、とっとと海賊団を殲滅しましょう!」
「俺らも頑張るっすよ、ジーン様!」
チョウシとハルキの言葉を聞いたジーンは、フッと笑みを浮かべて、そうだな、と頷いた。
そして、俺達の前で転送魔法を起動させる。白い魔法陣が足元に浮かび、ジーンはそのまま手を振りながら、俺達の前から消えていった。
ジーンが居なくなり、一息つく俺達。その後、居間でここに来るまでに買った料理を食べ、時間をずらしながら風呂に入っていく。
少し狭くて時間が掛かったが、この辺りは、屋外に俺が買って持ってきていた、旅用の風呂場を常設することで解決し、明日からの風呂はゆっくりと楽しむことが出来るようにした。
やがて、飯も風呂も終わり、今後の為の会議をする為、俺達は居間に集まった。
なお、リンネは眠そうだったので、ツバキが寝かしつけた後、始めた。
「さて……と。こうやって、コクロに来たわけだが、明日から五日間、ツバキは別行動だ。だから、最初に決めていた編成を少し変えて、俺、ダイアン、リンネが空から、後の皆はリアが指揮する一つの部隊で行動してほしい」
本来なら、俺とリンネで空から、ツバキ、ダイアン、チョウシ、の部隊と、リア、ルイ、ハルキの部隊、二つの部隊で地上の島々を回る予定だったが、ツバキが騎士団の方に出向くので、一つの部隊にした。
三人はまだしも、二人一組となると、少し不安だからな。もっとも、全員腕は立つし、空からと言っても、俺とリンネも、皆の事が確認できる位置に居るので、あまり心配は無かったが念の為だ。
俺の提案に、ダイアン達は頷いた。
「了解っす。ちなみに、明日はどの島を?」
「ああ。ここから近い順に行っていくから、ここだな」
ダイアンの問いに、地図の島を指しながら答える。
そこは、本土から一番近い島だ。ここからでもよく見える。流石に、こんなに近くに海賊団の拠点があるとは思えないが、念の為という意味合いで行う。
ちなみに、村もあるようなので、午前中に聞き込み、午後からそれ以外の場所の調査を行う。
俺は、リンネと共に、近海を空から回ってみる。拠点があれば、気配を感じることが出来るからな。
そうやって、一つ一つの島を確認していくつもりだ。
「島は全部で三十近くあるから、一日に二島って日もあるよね?」
「ああ。地図で見ると、いくつかの島が纏まって、また離れて、纏まって、という風になっているからな。ツバキの合流も考えると、一週間でこの辺りは終わらせるぞ」
俺は地図で、本土の近くにある十の島を指す。ツバキが合流するまでには、この範囲の島を終わらせ、海上の調査も終える予定だ。
ツバキが合流すれば、そこから離れている島の調査も行い、更にジーンと合流したら、範囲を広げて調査する。
「……まあ、結構がばがばな予定だが、今の所できそうなのはこれくらいだな。何か意見はあるか?」
正直な話、この程度で見つかるのならば、これまでの段階で見つかっているはずだ。もう少し何かした方が良いのかも知れないが、コクロに来ても、思い当たる良い作戦なども無い。
皆はどう思っているのか確認したが、それぞれ、熟考した後、俺に頷いた。
「今の時点ではそれで良いと思うっす。どっちにしろ、俺は頭領に従うっすよ」
「流石に、私も同じ案だったから、特に無いわ。ジゲンさんから教えてもらった作戦も似たようなものよ」
ああ、そう言えば、リアはジゲンから色々と今回の事について打ち合わせていたようだったな。
一応、確認しておこう。
「ちなみに、ジゲンからは他に何を?」
「基本的には頭領と同じ考えよ。違うのは、気になった所に皆で集中砲火して、あぶり出すとか、海賊団に狙われやすい船を用意して、おびき出すとか、結構物騒な考えのものだったわ」
なるほど……牙の旅団ならでは、だな。俺もその考えがチラッと浮かんだことはあったが、近くの人間に迷惑をかけそうだからと封印していた。
しかし、おびき出すという作戦は良いと思った。ジーンと合流した時にでも相談しよう。
「ちなみに、おびき出すことはよくやっていたらしいわよ。いかにも金持ちという格好で、山を歩いて、山賊をおびき出した所をジゲンさんが……」
「えぇ……」
意外とえげつない作戦だな。ダイアン達が引いている。
しかし、この作戦でジゲンやサネマサは、多くの山賊や夜盗を殲滅してきたそうだ。姿を見せない相手になら、この作戦は有効かも知れないな。
ただ、誰が、所謂囮をするのか……。一番安牌なのは俺なんだが、顔が割れ過ぎている。
しかし、ツバキやダイアン達のうちの誰かが、というのは危険過ぎる。どのくらいの規模で、襲ってくるのか分からないし、異名持ちの冒険者でも壊滅に追い込まれるのだからな。
すぐに逃げられる陸地はまだしも、海上になると話は変わって来る。
最悪、俺が変装すれば良いのかも知れない。いよいよ見つからなかったら、ジゲン達の作戦を真似てみることにしよう。
「分かった。ひとまずは、その作戦は無しだが、頭の片隅には置いておこう」
「実践する際は私に。皆さんの実力は把握しております。もしくは、私が囮になります。スキルは護りに長けておりますし、いざとなればエンヤ様がいらっしゃいますので」
あー、その方法もあるのか。海賊団がどれくらいの規模で囮となるツバキを襲おうとも、ツバキが自分をスキルで護り、エンヤが海賊団を殲滅することも出来るのか。
その間、俺達で闘いの影響が周りに及ばないようにする。
なるほど。少し現実的なものになって来るな。
「エンヤ様、暴れ過ぎて拠点が分からなくなることになりませんかね?」
チョウシの言葉に、その心配もあるなと思った。というか、今の状況がまさしくそうだもんな。
気持ちは分かったが、エンヤが暴れ過ぎたおかげで、モンクに出た海賊団が発狂し、尋問どころでは無くなったという……。
苦笑いしながら、ツバキは斬鬼に、大丈夫ですよね、と語りかける。刀は、自信なさげに点滅し、何となく、俺も苦笑いした。
「もしも、そういう場面になっても大丈夫だろう。エンヤは闘鬼神の初代頭領だからな。周りに迷惑をかけることはしないだろう」
少し皮肉を込めて言ってみたが、斬鬼は強い光を放ち、アイツの厚顔不遜な顔が堂々と頷く光景が頭に浮かんだ。
俺の言葉に聞いて、こういう状況なら、流石に無茶はしないだろうと、チョウシ達も納得し、囮作戦についての話は終わった。
「さて、他に確認したいことは、内通者の件だ。今日会った奴らはどう思う?」
仮に、海賊団に情報を流している奴らが居るとすれば、という仮定の話で、一先ず、今日ここで出会った、領主ノワール、騎士団師団長ルーカス、そして、一番怪しいとされたギルド支部長ギャッツについて、皆はどう感じたか、と念の為聞いてみたが……。
「あの三人は問題ないでしょ。特に、ギャッツ支部長はあり得ないわね」
最初に内通者の存在を切り出したリアが真っ先に口を開き、ノワールたちはシロだと訴えてきた。他の者達も同様の反応だ。
「……だろうな。怪しい気配は特に無さそうだったし、ルーカスの方は分からないが、ギャッツに関しては、例え、海賊団がこの街を直接襲うことがあっても、大丈夫そうな印象だったぞ」
「あの情緒の変化はどうにかして欲しいけどね……」
「まあな。ちなみに、俺達に握手を求めてきた人間にも一応気を付けてみたが、呪いとかそういうのは、感じなかったな」
「それじゃ、一先ずこの街は安全と考えても良いんすか?」
ノワール達が問題なしという事だし、住民達に怪しい雰囲気も無い以上、この街は大丈夫だろうというダイアンやルイ達。
しかし、俺は首を振って、皆の言葉を否定した。
「いや、そうとも言えない」
「え……どうして?」
「……ツバキ、リア。今も感じているか?」
「……ええ」
「……はい」
不思議そうな顔をするダイアン達の中で、ツバキとリアは、辺りを見ながら不穏そうな顔をする。
これは何かあったと困惑し始める他の奴らに、取りあえず落ち着けと制し、事情を話した。
「どういうことっすか?」
「実はな……コクロに来てから、何か、変な感覚がするんだ」
「変な感覚って?」
「ああ。何かに見られているような、監視されているような……」
「監視、というより、何て言えば良いんだろう? 注意を向けられている感覚かな……」
「明らかな敵意とか殺意とかでは無いのですが、どうも気持ち悪いのです」
どう言おうかと思っていたが、ツバキとリアが助け舟を出してくれた。監視されているという事になれば、少し落ち着きが無くなるからな。
監視とはまた違うものだという感覚もある。俺達を注意して見ているのではなく、コクロ全体を、俯瞰的に見ている感じだ。丁度、俺達が景色を眺めているような感覚である。
一応、今日一日を通して、建物の中に居る間は、特に何も感じないが、外に出ると感じることから、俺達に、というより、コクロ全体(もしくはこの街全体)を眺めているという感覚だという事が分かった。
なので、この家に居る限りは大丈夫だろうと言うと、少し狼狽えていたダイアン達が胸を撫で下ろした。
「それにしたって、心配っすね。どこ行っても気配を感じるってことは、逆を言えば、どこででも感じられるほどの気配って事っすか?」
「それほど大きいというものでも無いんだ。まあ、これも爺さんみたいに誤魔化すことが出来るから、確かでは無いと思うがな」
街全体で気配を感じるくらい大きなものということは、それだけ、気配の大元が強大な力を持つという事だ。
無論、そんな奴は、今日近くには居なかったから、スキルか何かで誤魔化しているという事は確実となった。
「まあ、そんなわけで、この気配の大元についても、俺が個人で調べてみるとする。不安な点は取り除いておかないとな」
むしろ、こちらの方が海賊団より苦労する可能性がある。仮に、コクロ領内を眺める程、強大な力を持っているのだとすれば、ただの人族ではないだろう。
海賊団なんぞよりも、厄介な相手になることこの上ない。
ダイアン達にも、俺の考えが伝わったのか、無理に俺についてこようとせずに、この件は俺に一任することに納得するように頷いた。
「さて……取り合えず、今日はここまでにしておこう。じゃあ、ツバキ。明日から、気を付けてな」
会議を終えて、ツバキを応援するように声を掛けると、クスっという微笑みで返された。
「ありがとうございます。ですので、今日はご一緒に寝ますか?」
「……リンネと一緒に居てやれ」
「ふふっ、かしこまりました。では、おやすみなさい」
ツバキは、今日も成功、という満足げな顔で小さく頭を下げながら、部屋へと戻って行く。
やれやれと思っていると、リアとルイがジッと俺を見ていることに気が付いた。
「どうした?」
「……何でも。私達も寝るわ。おやすみ、頭領、皆」
「また明日ね~」
そう言って、いそいそと二階へと上がっていくリアとルイ。
一体何だったのだろうかと、ダイアン達に顔を向けた。
「どうしたんだ、あいつ等」
「さ、さあ?」
「……ふん。まあ、良いや。俺達も寝るか。明日に備えねえとな」
「う~っす。ダイアン、頭領と同部屋、気を付けろよ」
「リンネちゃん曰く、寝相は良いみたいだから、何かあるとすればお前が悪くなるぞ~。気を付けろよ~」
「分かってる! ったく……頭領、これ、耳栓っす。俺、いびき五月蠅いんで、付けといてください」
「え……波の音を聞きながら寝たかったんだが……仕方ないか。くそっ……」
「ふわ~あ……意外と眠てえな。チャン、チョウシ。人の事は良いから、さっさと寝かせてくれよ~」
何故か眠そうなハルキ。特に動いたわけでも無いのだが……。
しかし、ハルキを見ていると、こちらも眠たくなる。同室のチャンとチョウシは分かってると頷きながら、部屋へと戻り、俺とダイアンも部屋に戻った。
そして、互いの寝具に横になり、灯りを消した。
「じゃあ、頭領、お休みっす~……グゥ~……」
「……あ、本当にうるせえんだな……まあ、この程度なら、マシだな……」
寝初めだからか、いびきをかいていてもそこまでの音ではない。しばらく窓から、月と海を見ながら、波の音を聞き、ダイアンのいびきになれた頃、布団を被って眠りに着いた。
明日から、どうなることやら。これだけの人数で、規模も大きい依頼だ。
上手く、皆を操れるように頑張ろう……。




