第399話―コクロの重鎮に挨拶する―
転送魔法により、一瞬でコクロに来た俺達。
モンクと同じく、耳を澄ませば、さざ波の音と共に、磯の香りが漂ってくる。聞いてはいたが、海が近いと言う事がよくわかる。
そして、転送魔法で送られたのは、領主の家の前。大きな白壁で黒い屋根の建物が目の前にあり、広々とした庭が広がっている。よく見ると、建物から庭まで、左右対称の造りとなっている。
コクロ領主ノワールは、どちらかと言えば、マシロのワイツ卿や、騎士団のコウカンのように、格式張った感じでは無く、領主にしては、アヤメのように、どこか砕けた感じの人間で、豪快な男と聞いていたが、意外と細かく、こだわりとかあるのかなと感じた。
まあ、自分の家くらいはきちんとしたいよな。大体をコモンや女中に任せているが、俺も、庭いじりとかしている。ノワールとは話が合いそうだと感じた。
コクロ領は、大小多くの諸島を纏めた領という話だったが、俺達が居るのは、まだ大陸のうちで、街の名前はアートルム。ノワールの屋敷の他、ギルドと騎士団の駐屯地もこの街にある。
更に、モンクのレイヴァンやマルドと同じく、大きな港もあり、他の領やコクロ内の領民たちが住む島々を行き来する船が出入りしたり、ルイの言っていたように、漁師の船や市場などもあるようだ。
何となく、感じはモンクと似ているので、住むにはすぐに慣れそうだ。
ちなみに、俺達がコクロに居る間も、この街に住むことになっている。そこには後で行く事になっているが、コクロの貴族には感謝だな。
それから、ジーンの生家、シルヴァス家もこの街にあるそうで、後でジーンが案内してくれるという。
と言っても、住んでいる人間は居ない。サネマサの生家のように、観光地となっているようだ。
今日はひとまず、領主ノワール、騎士団師団長ルーカス、そして、アヤメに疑惑の目を向けられているギルド支部長ギャッツに挨拶を済ませることが目的で、具体的な活動は明日からという事にした。
コクロの事を色々と理解する為にもその方が良いかと、ジーンの提案に頷いた。
さて、突然、俺達が転送魔法により現れたという事で、道を行き交う者達や、ノワールの家の門番はぎょっとした顔をするが、俺達の中からジーンが出てくると、道行く者達は、クレナでジゲンを見つけた者達のように、
「ジーン様だ!」
と、崇めるように手を合わせたり、ジーンと出会えたことを喜んでいたりしている。
門番も、俺達の事情は知っているのか、すぐに深呼吸して、気を落ち着かせた後、ジーンと、ノワールへのお目通しについて話し始めた。
俺達の方は、奇異な目で見られていたが、ジーンと一緒に居るなら無害だろうという結論になり、そこから、俺達が海賊団を殲滅させると大々的に広まっていることに行きつき、俺が、「冒険者ムソウ」で、皆が「闘鬼神という冒険者部隊」だという事に思い当たったらしく、どこか希望に満ちた視線を向けられるようになった。
その為、ダイアン達はどこか緊張した面持ちでササっと視線を外していたりする。こういうところは、胸を張って欲しいものである。
対して俺はと言うと……
「……何だ?」
コクロに着いた瞬間から、何か、違和感のようなものを感じていた。
具体的な事は言えないが、落ち着かない。何と言うか、監視されていると言うか、どこかから見られていると言うか。
しかし、周りを伺ったが、怪しげな人物は見つからない。気配を探ったが、俺が探れる範囲の外から俺や皆の事を伺っているのか、俺の気のせいなのか……。
そんなことを思っていると、背中越しにツバキとリアに小声で話しかけられた。
「ムソウ様……何か、感じませんか?」
「私達……見られてる?」
どうやら、ツバキとリア、それに、ツバキに隠れて恐れるような表情をしているリンネも、俺と同じことを思っていたようだ。
二人とも、闘鬼神の中で、俺以外に気配を探ることが出来る人間だ。リンネは、動物的な勘で何かを感じているのだろう。
「ああ。俺も感じている。リンネ、何か変な匂いとかするか?」
「ううん。でも……へんなかんじする」
「無理はするなよ」
「うん。リンネ、がんばる」
頭を撫でて安心させてやると、リンネは怖がった顔を辞めて、ニッコリと笑う。
ふむ、不安には感じているが、恐怖を感じているわけではない感じだな。という事はそこまで気にすることでも無いのか?
リンネの鼻にもかからないということは、本当に近くには誰も居ないようだ。呪いの感じでも無い。
というか、呪われた奴らからの気配は、圧倒的な敵意と殺意だけだからな。これはそれとも違う。
興味だけを向けられているという感じだ。ただ、良いように見られているわけでもなく、悪いように見られているようでも無く、本当に、何も感じないので不気味にとらえているだけか。
取りあえず、ダイアン達のみならず、ジーンすら何も感じていないようだが、俺とツバキとリアとリンネが感じている以上、何かあるのは確かだ。
しかし、今ここで何か言っても、変な騒ぎになるだけ。この事についても、ゆっくり調べると、ツバキ達と打ち合わせた。
「来て早々これとは……出鼻をくじかれた気分です」
「ホント、頭領と依頼に出ると、予想外に仕事が増えるわね……」
「ああ。だから、この事については、俺が調べる。二人は、決めていた事をやるだけで良い。それなら文句ないだろ?」
「まあ……そう言ってくれると助かるけど……」
早々に、リアに嫌味を言われたが、今回の事は、今の所実態が分からなすぎる以上、下手な事は出来ない。何かあっても良いように、俺が直接調べるという事で、リアを黙らせた。
頭の良い奴を、ほとんど力づくではあるが、黙らせることが出来て、またしても、あの頃のように、少し楽しく思った。
不思議そうな顔で覗き込んでくるリンネの頭を再び撫でていると、ジーンから声が掛かる。
「ムソウ殿。話が付いた。ノワール殿の所に行くぞ」
「ああ」
ジーンに頷き、母屋から出てきた、家の従者のような若い男に促され、門をくぐった。
綺麗な庭なだけに、ダイアン達は、このまま入っても良いのだろうかと、少し気まずそうだったが、早く来い、と一喝し、付いてこさせた。
領主とか、十二星天とか、既に慣れているだろうと思ったが、他の領になったらまだまだだな。やれやれとため息をつきながら、邸内に入っていく。
そして、通されたのは客間で、皆としばらく待っていると、部屋の戸が開き、一人の男が入ってくる。
長い黒髪を後ろで纏めた壮年の男。俺の少し上くらいだろうな。その割に、白髪などは見当たらず、若々しい見た目をしている。特に印象深いのは目だ。何とも威圧的で、底が知れない漆黒の色に満ちている。
この世界の人間が着るような、シャツという服の上に、黒の上着を着ており、更にその上に黒く長い外套を、ボタンを留めずに纏っており、胸と背中にはコクロ領の紋章が描かれていた。
その男こそ、コクロ領主、ノワール・コクロだ。
「この人が海賊っぽいわね……」
横のリアが、凄く失礼な事を呟くが、確かに、その通りだった。モンクで休日を過ごした俺の格好が海賊のようなものとタクマや周囲の人間に評されたが、まさしく、目の前のノワールもそんな感じで、この格好が、この世界で海賊の格好と言うのならば、この感覚は間違っていないのだろう。
とはいえ、本当に失礼だと思ったので、リアを小突いて黙らせた。
ノワールは部屋に入ると、真っ直ぐ俺の前まで来て、ニッと笑みを浮かべながら口を開いた。
「お待たせして申し訳ない、ジーン様。そして、冒険者ムソウ殿、騎士ツバキ殿、それから、闘鬼神の諸君。俺が、コクロ領主ノワール・コクロ。会えて光栄だ」
ノワールはそう言って、スッと手を出してくる。
「こちらこそ……貴殿と出会えて――」
「そんなに堅苦しくしないで良い。ノワールで大丈夫だ」
「……分かった。こちらも、会えて光栄だ、ノワール殿」
俺達はそのまま、挨拶をしながら、軽く握手を交わす。砕けた態度だが、律義なようで、俺の後はツバキ、リンネ、その後はダイアン達全員と握手を交わした。
ダイアン達はともかく、リンネはノワールの目に、若干ビクッとしていたが、ノワールの笑顔に安心したのか、直ぐにニコッと笑って、握手していた。
全員、慣れたようで安心し、早速会談へと移る。
「さて……改めて、ようこそ、コクロ領に。普段なら喜んで歓迎するんだが、今は事情が違う。クレナ領主も、よくやるよな。海賊団をアンタに一任とは、大きく出たものだ」
「まあ、その辺りの話は、事情と経緯を聞いたから気にしていない。気になっているのは、アンタの事だ」
「俺の? 何の事かな? ムソウ殿」
「天上の儀の資料だけじゃ、俺の事がよく分からないから、最初は渋ったそうじゃないか。どうだ? 実際、目の当たりにしてみて」
そう言うと、ノワールは訝し気な顔になり、腕を組んだ。
「……想像以上だな。まさか、これほどの力を持っているとは。こんな人間に、クレナの貴族共は喧嘩売ってたのか? 俺にはとても出来ない……やっぱり、コクロに住んでもらうのは……」
「おい……」
急に、俺がここに来たことを否定される感じがして、思わず突っ込むと、ノワールはニヤッと笑った。
「ハッハッハ! 冗談だ。まあ、天上の儀の時点では、確かにどうしたものかと思っていたが、あれだけ、“暴れ姫武将”がお前の事を訴えていたしな。それに、ワイツ卿も全幅の信頼を置いていたようだし、何より、今、アンタの隣にはジーン様が居る。それだけで、コクロ領主としては、アンタの事を信用するに足る材料となる」
意外とノリが良いと言うか何と言うか。恐らく最初の言葉も本音だろう。今でも、若干、俺に対して恐れているような気配を感じる。
まあ、それも微々たるものだ。疑っているような気配は感じない。何度か、ジーンに視線を移しては、その度に安心しているようで、俺の事に対しては、そのくらいにしか思っていないようだ。
天上の儀でのアヤメやワイツ達の言葉、更にロロの様子、そして、俺の隣に居るジーン。
コクロ出身の十二星天であるジーンが俺の事を信頼しているようなので、自分も信じる事にした、と言った感じだろう。
「ただ、俺はアンタを信用するが、確かにこれほどの力を持つ者が貴族を斬ってきたとなると、“ギルド長”や“龍心王”、それに、“騎士団長”は不安に思うだろうという事もよく分かる。今回の海賊討伐が良い方向に傾くと良いな」
初対面だというのに、結構、はっきりとものを言ってくるノワール。本音を隠してこないだけありがたいが、何だかなあと思う。
「まあ、その辺は俺に任せてくれ。今回の遠征に際し、コクロ領に迷惑をかけるつもりはない。無論、何かされなければ、貴族を斬ろうなど思っていない」
「そんな当たり前の事を堂々と言われてもな……まあ、ここの貴族達は信頼できるはずだ。ですよね、ジーン様」
ノワールに振られたジーンは、コクっと頷く。コクロの貴族達が安全だという事は、事前に聞いていたので驚きはしなかったが、問題なさそうだ。
貴族達の動向について疑っていたリアも、安心したような顔つきになっている。
「取りあえず、問題事は起こさない。というか、起こす気は無いって事だけは分かってくれ」
「ああ。ただまあ、海賊団についての揉め事は大歓迎だ。派手にやってくれても構わない」
そう言って、ノワールは満面の笑みを向けてくる。
う~む……いまいち、この領主の人間性がよく分からない。揉め事を起こして欲しいのか欲しくないのか……アヤメにしろ、ガーレンにしろ、揉め事は起こすなと言って来ていたが、この男は違うようだ。
領内での問題事は避けて欲しいが、ある程度の自由は約束するという事かと納得し、ノワールに頷く。
「それで、海賊団についてだが、俺よりも現場のギャッツやルーカスの方が詳しいだろう。詳しくはそっちで聞いてくれ」
「分かった。また、用事があれば尋ねるとしよう。今日は歓迎してくれてありがとう」
「ああ。やはり、噂以上に良い男の様だ。今後も、良好な関係を築けていけることを願っている」
俺達はその場で握手を交わし、ノワールとの謁見を終えた。
領主としての、威厳とかそう言うものはよく分からない人間だったが、俺から見ても、良い奴だという事は伝わった。裏で海賊団と繋がっているという事は、まずないだろう。
そう思い、皆にもノワールの印象に聞いてみたが、一様に、目が怖いと返ってきて、思わず笑いそうになった。
確かに、あの黒い目で、突然目の前に現れたら、怖いかも知れないなと笑い返し、次に面会する者のうち、先にノワールの家から近い騎士団の駐屯地に向かった。
ここでは、俺、というよりもツバキの方が相手をする。駐屯地に着くと、リンネを俺に任せて、入り口の所に立っていた門番の男に、話しかけていった。
「お仕事中申し訳ございません。少しよろしいでしょうか?」
「はっ! ご用件を……って、ジーン様!?」
門番をしていたのは、ツバキと同じくらいの若い男。声を掛けてきたツバキと、ツバキの後ろに居る俺達に視線を移し、ジーンを目にした途端、少し狼狽する。
「な、何故、このような場所にジーン様が!?」
「うむ。少し、師団長に用事があってな。取り次いでもらいたいのだが……」
「しょ、少々お待ちください!」
門番の男は慌てた様子で駐屯地の中に入っていく。
有名人は大変だなと、ダイアン達と笑っていたが、頭領も人の事は言えないと返され、複雑な思いとなった。
ツバキの方は、身分を証明するための騎士団の首飾りと、コクロ滞在に必要な、遠征滞在許可証を異界の袋から取り出し、ジーンと共に、先ほどの騎士が帰って来るのを待っている。
その後、しばらくすると、門番の男が帰ってきて、俺達を中に入れてくれた。
「か、確認が取れました。十二星天ジーン・シルヴァス様、冒険者ムソウ様、騎士団マシロ師団師団員ツバキ殿、そして、闘鬼神の皆さん、どうぞ、こちらへ!」
「ああ、ありがとう」
「お疲れ様です」
門番に頭を下げながら、ツバキとジーンは建物の中に入っていく。俺達も二人の後を追っていった。
中に入ると、他の領の駐屯地と同じく、領民が困りごとなどを騎士団に話している場所が設けられており、ここで働く職員たちが忙しそうにしていた。
建物内には、真っ黒の全身鎧を身に纏った騎士が見回りをしたり、何か話していたりしている。
武装した俺達が入ってくると少し身構えるが、側に騎士の首飾りをしているツバキと、特にジーンを目にして、少し戸惑った様子になるも、害は無いと認められたのか、業務に戻って行った。
ただ、ここに居ても、ジーンが領民達に目立ってしまう。騎士団の業務に差し支えるとして、早々に師団長の執務室へと向かった。
執務室へと続く扉の前で、ツバキは深呼吸し、扉を叩いた。すると、中から男の声が返ってくる。
「む……マシロ師団……いや、今は冒険者ムソウの護衛というツバキ殿か?」
「はい。十二星天ジーン・シルヴァス様のご案内により、ここまで来ました。冒険者ムソウ様もいらっしゃいます。お仕事中とは思いますが、入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
向こうから、入ってきても良いという了解を得られたので、ツバキは扉を開き、俺達は騎士団コクロ師団師団長のルーカスと対面した。
こちらは、ノワールより少し若いくらいの男で、今は軽装だが、側にここの騎士が来ているような真っ黒の鎧と、三又の槍が立てかけられている。普段はアレで闘うらしい。
金色の髪を短くし、目は青く、穏やかな顔つきをしていた。少し鼻が高く、どことなく、気品を感じさせる顔で、ノワールよりも領主っぽい顔をしている。
ルーカスは、ツバキを始め、俺達を見渡しながら、笑みを浮かべた。
「ようこそ、ジーン様。それに、冒険者ムソウ殿。お会いできて光栄だ」
「本当に光栄に思っているのか疑問だな」
「ハッハッハ! 正直に、嬉しく思っている。海賊団をどうにかしてくださるのだからな。それに……貴公が、モンクの事件をたった一人で解決に導いたという、EXスキルを持つ女騎士、ツバキ殿か……」
ルーカスは、俺と握手した後、ツバキに視線を移した。笑みを浮かべながらも、目は笑っていない感じで、観察するように眺めている。
少し、ドキッとした様子のツバキ。それが伝わったのか、ルーカスは瞬きを一つして、ツバキに笑った。
「ああ、すまない。女性の体はじっくり見るものではないな」
「あ、いえ……」
「そんなに緊張しないでくれ。さ、立ったままではなんだし、座ってくれ。ジーン様もムソウ殿も、そちらの皆さんもどうぞ」
丁寧にツバキに頭を下げ、ルーカスは俺達を長椅子に促す。そして、職員に茶と菓子を持って来させて振舞ってくれた。
リンネが茶菓子に喜んでいる中、ルーカスは俺達に向き直る。
「今日来るとは聞いていたが、全員で来るとは思わなかった。ジーン様まで……」
「今日の儂は、あくまで案内人という立ち位置だ。用事があるのは、こちらのツバキ殿とムソウ殿だ。儂の事は無視してくれて構わない」
「十二星天様を無視……まあ、よろしいでしょう。では、ツバキ殿。ひとまず、遠征滞在許可を出すから書類を」
「はい。こちらです」
ツバキは用意していた書類と、アヤメ、エンライが連名で署名した書状をルーカスに渡した。
こちらの書類には、まあ、何と言うか、ツバキが俺についてきた経緯等が書いてあり、俺が見ると恥ずかしい内容も少し書かれている為、俺は何となく視線を窓の外に投げていた。
しかし、視界の端で、書状を読んでいたルーカスがフッと笑みを浮かべている事に気付き、少し顔が熱くなる。
「……なるほど。任務に私情を挟むのは感心しないが、これは仕方ないようだな。マシロ領主ワイツ様も、クレナ領主アヤメ様もお認めになられている以上、私から言うことは何も無いな。ノワール様も、何も言っておらなかったのだろう?」
「はい」
「ふむ……ならば、私もここに署名するだけだが、事前に伝えてもらったように、有事の際は、この街の守護を頼みたい。それは、問題ないか?」
ルーカスの問いに、ツバキが確認を求めるように俺に顔を向ける。俺が頷くと、ツバキはルーカスに頷いた。
「はい。ムソウ様と海賊団の総力戦となった場合、私は皆さんと共に、この街の守護に当ります」
ツバキの言葉に、ルーカスは安心したように頷いた。
「ありがたい。では、団員への紹介も兼ねて、明日から数日の間、こちらに来てもらうことになるが構わないか?」
「えっと……ムソウ様、大丈夫ですか?」
何かあった時、ツバキは俺の元から離れて、ここの師団員として騎士としての任務を遂行することになる。
そのためには、コクロ師団の者達と連携しなくてはならない。関係を密にするために、これから数日、ツバキはここで活動するようになる。
この事は聞いていなかったので、ツバキは再び、俺に確認を求めてきた。
「俺は不安になるが……仕方ないか。構わ……ないぞ……」
すごく悩んだが、ここで、俺の勝手で騎士団を掻きまわすわけにはいかない。背に腹は代えられないから、ツバキの別行動について納得した。
しかし、俺の言葉を聞いて、リア達から声が上がる。
「はっきりしないわね……頭領、嫌なら嫌ってはっきり言えば良いでしょ?」
「煮え切らないっすね。ツバキさんに、側に居てくれって言えば良いんすよ」
「こんなにも、決断力が無い頭領は初めて見たわ。情けないわよ?」
「いつもみたいに、行って来い! ってビシッとしてれば良いんすよ!」
などと、若干、イラっとすることをぐちぐちと言ってくる。
「お前ら、黙ってろ!」
「それっす! そんな感じで、ツバキさんに頑張れって言えば――」
「うるせえな! 黙れ! 俺にだって悩む時くらいあるんだよ!」
「あ~、やっぱ悩んでんすね。そりゃ、ツバキさんが抜けるのは痛いっすけど、数日っすよ。すぐに慣れますって!」
「そういう事じゃなくてだな……」
ツバキが抜けることに関して、少しキツイなとは思っている。リアと同じく、冷静に様々な状況に対応し、なおかつ戦闘に置いても攻守に長けている為、俺とツバキとリンネ、そして、ダイアン達という二つの部隊を作って、広く海賊団の事を調べたりも出来る。
そういう作戦も考えていたが、ツバキが抜けるとなると、それも出来なくなる。
まあ、これに関しては、出来たら良いという考えであってツバキが居なくなっても、通常通りに俺が指揮官となって、ダイアン達と共に、海賊団を調査するつもりで居た。
ただ、ツバキが数日の間、日中だけだったとしても、俺やリンネから離れて行動するという事に関しては、少し気が重くなっている。モンクではそれが原因で、ツバキに面倒ごとを被ってもらったからな。
まして、ここはツバキの故郷ではなく、コクロ領だ。騎士団として行動するとはいえ、また、何かあった時に側に居てやれないのは辛いと感じる。
そういう事情で悩んだんだが、本当の事を言っても、ダイアン達には茶化されそうだ。
何か、面倒な事態になって来たなあと頭を抱える。助けを求めようにも、ジーンはポカンとしているし、ルーカスは、微笑まし気に俺を見ている。
リンネは不思議そうな顔をしながらも、ツバキに、がんばってね、と言っては、苦笑いするツバキに頭を撫でられていた。
額に手を当て、項垂れていると、クスっと笑ってツバキが肩を叩いた。
「そんなに落ち込まないでください。すぐに合流しますので。ですよね、ルーカス師団長?」
ツバキの言葉に、ルーカスは頷いた。
「ああ。面通しと、各班の動きを確認する為、何日か、訓練に参加するだけだ。そうだな……五日ほどだな」
「五日か……」
思ったほど長くは無いと感じた。それに、活動内容は訓練が主みたいだから、街に出て面倒ごとに巻き込まれるような感じでも無い。
俺は顔を上げて、ルーカスに頷いた。
「分かった。ツバキの事をよろしく頼む。本当に、頼んだぞ!」
「あ、ああ、分かってる。他師団とは言え、騎士は騎士だ。私はその身柄を預かる身。団員の身は護ってやるさ」
ルーカスの言葉に安心した俺は、ツバキとルーカスの話を再開させる。ダイアン達から、ようやくか、とため息をつかれ、再びイラっとしたが、まあ良い。今は許しておこう。
「さて、ではツバキ殿は明日からよろしく頼む。しかし、それ以降はムソウ殿の護衛の任を全うするように」
「はっ。拝命いたします」
「うむ。あー、それから、最後に一つ、ツバキ殿の耳に入れておきたいことがある」
「え、はい。何でしょうか?」
キョトンとするツバキ。これ以上、何かあるのだろうかと、俺達も首を傾げた。ジーンも知らないようで、目を向けると、さあ、と肩を上げ下げする。
ルーカスはツバキに、ニッと笑って、口を開いた。
「あくまで内々にだが、海賊団と雌雄を決する日が来るとして、その日、コクロに、リエン商会が冒険者を募り、モンクから船団を率いて来るという話は聞いているな?」
「はい。それが何か?」
「その船団の中に、冒険者に混じって、シルバ師団のジャンヌ殿が加わるそうだ」
「え……じゃ、ジャンヌ様が!?」
驚くツバキ。ジャンヌと言うと、天上の儀でロロに良くしてくれたギルドのシルバ支部長だったな。支部長と共に、騎士団の師団長も兼ねているという、女騎士だ。
“戦乙女”の異名を持つほどの勇壮な女らしいが、そんな女が応援に、それも周囲には秘密にして来るという事に、ツバキは戸惑いを隠せないようだ。
「な、何故、ジャンヌ様が? それも、内々に、というのは……」
「まあ、早い話が、お前という女騎士がどういう人間なのかを確認したいとのことだ。アヤメ様やロロ殿の話を聞いて、興味が沸いたと言っていたな。
ムソウ殿がシルバに来るという事が無い限り、ツバキ殿には会えないと考えたらしく、この機会にここに来るそうだ。
まあ、シルバ領もリオウ海賊団の被害に遭っている領の一つだからな。そこの騎士団とギルドを率いている身として、自ら動きたいらしい。私としては、それが本音だと思っている」
「は、はあ……なるほど……」
ジャンヌがツバキに興味を示し、寧ろ好意的だという事はロロやアヤメから聞いていた。
騎士団を除名しようとするリーに、領主達から嘆願書が出されたこともあったが、その中にジャンヌも署名したほどだ。
会ったこともない者に、そこまでされるとはとツバキも最初は戸惑っていたが、今は寧ろありがたいと思えるくらいにまで至った。
そして、話を聞いてみると、ツバキは女の騎士として、一人の人間として、ジャンヌに憧れているそうだ。そもそも、女でも騎士になることが出来るという事を最初に示したのがジャンヌで、ツバキの目標としているらしい。
そんな人間が、自分が騎士で居続けることを認めてくれたという事で、喜んでいたが、今日ばかりは少々驚いたようである。
まあ、ルーカスが言うように、海賊の被害に遭っている領の師団長として、あるいは、ギルド支部長として、奴らを直接叩きたいという気持ちも分かる。俺がシルバに行かない以上、会う機会があるとするなら、絶好な状態だ。
なおも信じられないことが起きているという顔のツバキの横で、冷静にそう思っていると、ルーカスは更に続けた。
「内々にというのは、セイン様やリー様にバレないようにと言うことだ。正直な話、お二人はムソウ殿と、ムソウ殿に与するツバキ殿を良い目で見ていないというのは私達でも分かる。
今回の海賊団殲滅依頼は、依頼主という事になっているコクロ領以外の領は協力しないという決まりがある。そこにシルバ領のジャンヌが加わると分かれば、何をして来るか分からない。だから、秘密にすれば良いと、ジャンヌは考えたみたいだな。何とも、あの女らしいが、戦力が増えることに越したことは無い。私もギャッツも、すぐに承諾したよ」
他の領からの協力は出来ないって……リエンは大丈夫なのだろうか……と、思ったが、リエンは、モンク領として動くのではなく、あくまでリエン個人として、コクロのギルドに依頼を出し、それに応じた冒険者に金と装備を提供するだけで、それは問題が無いとのことだ。流石、リエン。その辺りは抜かりないらしい。
そして、ジャンヌがこそっと来る理由にも納得できたが、そうまでしてここまで来るというのが面白い。
ジャンヌらしいというルーカスの言葉に、ジャンヌという女も清廉潔白の真面目な奴に見えて、案外、思いっきりの良さはあるのかも知れないなと感じた。
ちなみに、目の前のルーカス、話に出ているジャンヌ他、マシロのコウカン、モンクのインセン、そして、クレナのエンライ等は、師団長会議でのリーの言動を目の当たりにし、半ば、リーに対して、不信感のようなものが生まれているという。
もっとも、全員、今、自分が護っている領に関しては、そのまま護りたいと願っているので、騎士団を辞めることは無いそうだが、リーとセイン、二人に背くこともやむなしと割り切っているそうだ。
なので、二人の言葉をしっかりと遵守するという気はさらさらなく、ジャンヌは自分の目的を果たす為に、思い切ったことをしたという。
ツバキは、困惑したまま聞いたことを整理し、ふう、と息を吐いた。
「私は、皆さんの中でどのような騎士になっているのでしょうか?」
「最初に言ったように、モンクで起こった事件をたった一人で解決した、EXスキルを持つ女騎士。これについては、インセンが熱く語っていたからな。ジャンヌ以外の師団長達も、間違いなくお前に興味は示しているだろう。エンライから聞いてないのか?」
「いえ……聞いてますが……」
「まあ、明らかに良いように目立っていることは確かだ。若手の中では、マシロのリュウガン、ゴルドのヒューズ、シルバのフィーナと同じく、次の師団長候補に名が挙がっている」
「えぇ……リュウガン君はともかく、ヒューズさんとフィーナさんと比べられているなんて……」
「いや、比べるどころじゃない。あの三人よりも早く出世するだろうという評価だ。若手最有力候補と言った方が良いか」
師団長達が向けている自分の評価に、ツバキは頭を抱えていたが、先ほどの俺とは逆に、ダイアン達から、賞賛の声が上がる。
「ほえ~! すげえじゃないっすか、ツバキさん! 師団長候補ですって!」
「流石ね。まあ、今までの功績を考えたら当然と言えば当然か」
「師団長になるとしたら、どこの領っすか? やっぱりクレナっすか? それとも、故郷のモンクっすか?」
「どっちにしても、応援するわ。クレナ以外だと少し寂しくなるかもだけど」
「頑張ってくださいよ、ツバキさん」
「俺達も、しっかり応援するんで!」
「皆さん……辞めていただけませんか……?」
俺と同じく、出来るだけ目立ちたくないというツバキ。皆に、思いもよらないことで褒められていき、ジトっとダイアン達に目を向ける。
しかし、リンネに、
「おめでと~、おねえちゃん!」
と、言われて、更に項垂れた。何か悪いことをしたかと、リンネは不思議そうな顔でダイアンや俺の顔を覗き込んできたが、何でもないと言って、頭を撫でた。
まあ、ルーカスの話を聞くと、次世代の師団長、もしくは騎士団の幹部候補は、先に挙げた三人以外にも、領ごとに多く居るらしく、ツバキはその筆頭に立っているに過ぎないらしい。
だから、今すぐにどうのという話ではないらしく、安心してくれというルーカスの言葉に、ツバキは顔を上げた。
「とは言うものの、ツバキ殿はまだ若いからな。これから、多くの経験を重ねれば、将来的に、という話になっているという事には納得してくれ。コウカン殿もそれを望んでいたからな。上司の願いは聞くものだぞ」
「はあ……分かりました」
流石に、今でも直属の上司という事になっているコウカンの名が出れば、ツバキもルーカスに頷くしか無いか。
俺と共に、自分も世界の大きな流れの中心に立っていることを認識したようで、ツバキは深呼吸して、ルーカスに向き直った。
「では、改めて明日からよろしくお願いします。ただ、今の私は、あくまで一人の騎士です。特別扱いは無しでお願いします」
「無論、そのつもりだ。師団員たちにもそう伝えておく。その為に、ツバキ殿はムソウ殿達から離れて行動してもらうことになるが、大丈夫か?」
先ほど決めたように、ツバキは最初の五日間、俺達から離れて行動することになる。騎士として行動する以上、俺達とも離れて行動するという事になる。
ツバキは、少し悩んだ顔をしたが、ルーカスに頷き、側に居るリンネの頭を撫でた。
「というわけで……明日からしばらく、リンネちゃんから離れる事になりました。いつでも側に居ると申し上げましたのに、ごめんなさいね」
「ううん! おねえちゃん、がんばってね! リンネも、がんばる!」
リンネの言葉を聞いて、ツバキはニコッと笑って頷いた。
「良い子です。では、こちらと、こちらをお願いします」
そう言って、ツバキは簪とコウカの人形をリンネに託した。騎士としての仕事をするにあたっては、必要のないもの、というか、集団で行動する騎士団に置いて、一人の騎士個人が、目立つことをするのはあまり良くないらしい。
あくまで、ツバキはコクロ師団に世話になり、特別扱いはされないという事なので、この間は、リンネに、簪や人形ごと、ちっこいツバキとハルマサ、そして、コウカの事を任せた様だ。
リンネは嬉しそうにそれを受け取り、強く頷いた。
その光景を見ていたルーカスは微笑まし気に笑みを浮かべる。
「そちらの話はついたようだな。しかし……ツバキ殿とムソウ殿の従魔は、本当の親子の様だ。少し、心苦しいものを感じるな」
「あはは……ちなみに、コクロ領には、人攫いなどの被害は無いのですか? モンクほどは聞いたことが無いのですが……?」
「まあ、あそこが極端に多いからな。モンクに比べれば少ないが、それでも海賊団の影響か、月に何度か、報告は聞いている。ツバキ殿、そして、ムソウ殿。その子をしっかりと護るのだぞ」
「ええ、分かっております」
「言われるまでも無え」
ルーカスの忠告に俺とツバキ、そしてダイアン達も頷いた。
モンクのような事は決して起こさせない。リンネは常に、俺達の目が届くところに置くようにする。何が起こっても対処できるように。
例え、相手が誰であろうとも、俺達の誰かが傷付けられれば、俺達で報復に出る。海賊だろうと、貴族だろうと。
その点だけは注意してくれと伝えると、ルーカスは生唾を飲みながら頷いた。
「うむ。海賊団に関しては問題ないが……ノワール様からも聞いたと思うが、ここの貴族はムソウ殿と敵対しようとは思っていない。貴族達も海賊団に煮え湯を飲まされているからな。
だから、何か起こったとしても、存分に暴れてもらって構わない。なんなら、今日からムソウ殿達が滞在する屋敷に、衛兵を付けるが……?」
「それには及ばない。全てを騎士団に任せたら困ることもあるからな……」
夜襲をかけられたとして、衛兵が事前に対処したのでは、俺達の怖さというものを相手に伝えられない。
やるなら、直接俺が、徹底的にと決めているので、ルーカスの申し出は断った。
ニッと笑ってやると、ルーカスは引きつった顔を浮かべながら、ツバキとダイアン達、それにジーンに視線を移した。
「大丈夫そうだな、ツバキ殿」
「え、はい……お心遣い、ありがとうございます」
「君達も安心して、コクロで暮らせそうだな。私達の力は必要なさそうだが……」
「あー……うっす。ありがとうございます」
「何かあった際は、頼みますぞ、ジーン様」
「その際は、騎士団とも協力するからな」
「それは勘弁です……」
一体、ルーカスたちは何を話しているのだろうか。分からないな、全く。
首を傾げるリンネを膝に乗せて、一緒に皆を眺めていた。
その後、ルーカスとの話を終わらせて、俺達は騎士団を出た。ノワールの時と同じく、皆に印象を聞いてみたが、意外と普段は真面目そうだと返ってくる。
さっきも真面目な感じだったと思ったが、一歩引いたところから見ていると、事あるごとに俺やツバキの反応を楽しんでいたと、皆は語った。
確かにな。ツバキが師団長候補だという話をしている時は、何がそんなに嬉しいのかと言いたいくらい、ご機嫌だったからな。
ある意味、コウカ達のように悪戯好きかと思うが、街の様子を見たり、話していた内容は、真面目なものだったし、部屋の中もきちんと整理されていたので、普段は真面目な人間だろうという皆の言葉は何となく理解できた。
というか、よく見ているなと感心する。恐らく、話の中心が、俺やツバキが主だったからな。退屈だったのだろう。
しかし、次に会うのはギルド支部長のギャッツなので、今度は寧ろ、ダイアン達が中心となって、会談することになっている。内容は、ちょっとした挨拶と、ギャッツの方が、ダイアン達の力を調べたいというものだった。
と言っても闘うわけではない。話をしたり、鑑定の魔法石を使って、能力の確認などを行う予定である。
向こうはそれで用事を終わらせるが、こちらは、ここに来る前に、海賊団と繋がっているかもしれないという疑惑の目を向けていた相手である。
この機会に、ギャッツという人間を見極めると打ち合わせると、全員、特にリアと、ツバキが頷いた。
ジーンは最後まで、ギャッツは大丈夫だと言っていたが、最終的な判断は俺に任せるとして、今回も居ないものとして扱ってくれと言って来たので、その頑張りに報い、さっさと切り上げて、ジーンの生家に行こうと思った。
しかし、その考えは、ギャッツを一目見た瞬間に、ただの杞憂だったことが判明し、俺達は凄まじく脱力した……。




