第397話―カドルと別れる―
祝言の翌日は、ジゲンの提案に乗り、俺含めて闘鬼神全体が休日を過ごすこととなった。
と言っても、高天ヶ原の片付けだったり、買い物だったりと、皆の動きはいつもと変わらないようだった。
後は、明日、屋敷を発つカドルと過ごしたりと、思い思いに過ごしている。皆がそんな感じなので、俺も何かしようと思ったが、十二星天の皆は居ないし、休みとしたのに、今日ばかりは楽しそうに修練に励むハルキ含む新生牙の旅団とカドルを見ながら邪魔しちゃ悪いなと思い、家から出ることにした。
ツバキとリンネはたまと共に、高天ヶ原の片付けの手伝いに行っている。こうなってくると、本気で何をすれば良いのか分からないので、いっそのことと思い、俺は依頼に出ることにした。
無間を持って、何か良い依頼は無いかと、ギルドへと向かった。
すると、朝っぱらから酒場の方で机に突っ伏している冒険者達の姿が目に入る。
聞けば、昨日の祝言からここでも宴会をやっていたそうで、冒険者達は潰れているそうだ。
大変だな、と思ったが、そう教えてくれたミオンはピンピンしている。
「お前は、飲まなかったのか?」
「いえ。私は……強いみたいです」
少し照れながら、ミオンはそう言った。なるほど。飲むには飲んだんだな。しかも、他の職員に後で聞いたところ、誰よりも飲んでいたらしい。人は見かけによらないな。
まあ、それだけ二人を祝っていたんだろうと、思わず笑った。
ちなみに、アヤメを始め、ショウブやシロウ達、闘鬼神の者達は、サンチョ特製の酔い覚ましを飲んでいるので、今日も絶好調だ。
なので、持っていた分だけの酔い覚ましを、一先ずその場に居る者達に振舞ってやった。職員、冒険者問わず感謝され、苦笑いする。
ふと見ると、バッカスとジーゴ達が居ない。これも確認してみると、昨日、祝言をやっている間に、この街の治安維持活動をしていた事に対しての礼として、現在、アヤメのおごりで、高天ヶ原でのんびりしているという。
ならば、今日は久しぶりに、一人での依頼だなと思い、依頼票を眺めた。
……
ゴブリンの討伐 報酬銀貨30枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
ワイアームの討伐 報酬銀貨30枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
ミニデーモンの討伐 報酬銀貨30枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
インプの討伐 報酬銀貨30枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル ※男性のみでの受注は禁止
スライムの討伐 報酬銀貨30枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
剣牛の討伐 報酬銀貨100枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
オークの討伐 報酬銀貨100枚 更さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
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・
・
ふむ……やはり、報酬の額は以前に比べるとだいぶ下がっているな。まあ、これだけ冒険者が居れば仕方が無いか。
だが、前に来た時に比べると、討伐依頼が増えている。なんでも、祝言の為に集まった各地の自警団の長からの情報らしい。ギルドが派遣した調査団ではなく、それぞれの自警団独自のものだが、念のためという事で、ここに貼り出されているそうだ。
とは言うものの、大体が下級の魔物の討伐で、強くても中級だ。上級は、あるにはあるが、昨晩レオパルドが話していた、元魔獣の大山のオウガとトロールで、これを俺が受注し、レオパルド達の仕事をまた増やすのは忍びないので、俺はオークの討伐の依頼を受注することにした。
ちなみにだが、自警団の長達は、祝言に来ていたシンキ達の協力もあり、転送魔法でそれぞれの街へと帰っていった。多忙なシンキは、クサツを温泉街に送る際、ついでにひとっ風呂浸かるか……と、少し疲れた顔をしていたので、俺とたま、そして、コウカの護衛と認めたツバキで、ぜひ、と勧めておいた。
さて、今日の依頼の場所は、雷雲山近くの森林地帯。カキシ領との境となっている場所だ。
街道は無いようだが、近くに人の集落がある。確認されたオークの数は少ないみたいだが、群れを成す前に討伐して欲しいという依頼だった。
緊急性は意外と高いんだなと感じ、これにした。
依頼票をミオンの元に持って行って、受注を済ませる。
「今日は闘鬼神の皆さんは、お休みと伺っていましたが、ムソウさんは出るのですね」
「あまり暇なのも体に悪いからな……」
「今日も帰りは早いのですよね? あちらの冒険者の皆さんに、特別依頼を勧めておきましょうか?」
「ああ……まあ、今日は構わないぞ」
何となく承諾したが、居るのだろうか。俺の強さは既に周知の事実だ。バッカスとジーゴ達以外に、そんな命知らずが居るのだとしたら、逆に会ってみたいものである。
そう言うと、ミオンはクスっと笑って、楽しみにしていてくださいと言った。
こうなると、出来るだけ早く帰って、準備する時間を稼ごうと思い、ギルドを出た後は、そのまま神人化し、依頼のあった場所まで全速力で向かった。
◇◇◇
さて、依頼先である森林地帯に着いたが、来る途中にワイアームやインプ、スカイグレムリンとぶつかり、天界の波動で勝手に消えていったが、あれ、依頼に出ていた奴らじゃねえよな?
もしそうなら、他の冒険者の仕事を奪った気になって、申し訳ない気持ちになって来る。
まあ、いつも通りだし、仕方ない事かと思い、そこまで気にせず、森の中を進んでいく。
そこで、あることに気付いた。この森、道という道は無いが、足元は開けており、普通に歩くことは出来る。そして、よく見ると、ナオリグサ等の薬草や自然の山菜などがあちこちに生えている。
恐らく、近くの集落の者達が、定期的に採集しに来ているのだろう。確かに、ここに魔物の群れが居たら面倒だな。ナオリグサ採取の依頼も常時貼り出されていることだし、そう言った意味からも、記載されている数のオークを倒しても、気を抜かないようにしよう。
そう思い、息を整えた後、辺りの気配を探った。
森林に来た時から、僅かに獣臭は感じていた。確実に居ることは居る。だが、どれくらいの規模なのかは分からない。静かに気配を追っていくと、正面、右手、後方、三方向に、魔物の気配があることに気が付いた。
「オーク……いや、他にも居るようだ。後ろの奴と正面の奴は、気付いているようだな……っと」
気配の先に居る奴らから、こちらに向けている敵意のようなもの感覚から、後ろと正面の者は気付いている。右手に居る奴は、警戒している感じだ。
だったら先に、右手に居る奴の様子を見て、と思った瞬間、後方からの敵意が強くなり、何かが飛んでくる音が聞こえる。サッと態勢を低くすると、大きな鉈が回転し、木々の枝を斬りながら飛んできて、側にあった木で止まった。
「ブオオオオオオ~~~ッッッ!!!」
そして、聞こえてくるオークの雄たけび。右手に居た奴からも、敵意のようなものが感じられ、正面の敵も、気配を強くさせながらぐんぐんと近づいて来る。
「せっかちな奴らだな」
俺は無間を抜き、辺りにあった木を斬って見晴らしを良くした。すると、正面の木の背後から、槍や鉈の出来損ないのようなものを持った、直立する猪のような魔物、オークが襲い掛かってきた。
「ブオオオオオオ~~~ッッッ!!!」
「うるせえッ!」
我先にと飛び出てきた、槍を持つオークを一刀のもと両断し、その後ろに居た二匹を蹴り飛ばした後、二匹を重ねたうえで、斬ったオークが持っていた槍で串刺しにした。
正面の三匹を倒した瞬間、背後からも五匹のオークが襲ってくる。
「さっきはよくもやってくれたなっ! お返しだ!」
襲ってきた五匹のオークが武器を掲げる中、俺は突進し、振り下ろされることなく、無間で横に一閃。まとめて五匹のオークをいっぺんに両断した。
オークはこれで終わりと、無間についた血を払う。すると、今度は俺の右手から、何かが爆発する音と共に、近くの木が弾け飛んだ。
「何だッ!?」
慌てて身構えると、辺りに舞う土煙の向こう側から、バースト・ボアが現れた。残った気配はコイツのものだったようだ。
バースト・ボアの牙は、起爆性である。うっかり刀で受け止めると、爆発をもろに浴びてしまう。
なので、すべてをきるものを発動させ、突進してくるバースト・ボアを、まずは横に一閃。起爆させることなく牙を斬った後は縦に一閃。
勢いを殺さないまま俺に向かって来ていたバースト・ボアは、縦に二つに分かれて斬られ、俺の後ろにあった木にぶつかった後、ドチャっと倒れた。
今一度、辺りの気配を探り、近くに魔物の気配が無かったことを確認した俺は、無間を背負った。
「オーク以外にもバースト・ボアが居るとはな。オーク達の仲間かどうかは定かではないが、まあ良いだろう。さて……」
直立する猪と爆発する猪。変わってはいるが、猪は猪だ。恐らく、同じようなものだろうと思いつつ、倒せて良かったといつものように素材を回収し、トウショウの里に帰った。
そして、天宝館のヴァルナに魔物の死骸を渡す。もう、俺がどれだけ魔物を倒しても驚かれなくなっている。
淡々と受け取って、素材の剥ぎ取りを他の職人達と共に行っていった。
「……良し。終わったぜ、ムソウ。食用のものは別に渡しておこうか?」
「ああ、ありがとう」
融通を利かせて、街にある店に卸す分以外の肉を渡してくるヴァルナ。これで、リンネ達の胃袋もしばらくはもつだろう。
まあ、まだまだうちの食料は大量にあるからな。モンクのものもあるし、これまでの依頼の分もあるし、異界の袋のおかげで腐ることは無いし。
しかし、せっかくの厚意だからありがたく貰っておこう。いつ、何が起こるか分からないし、最近、リンネも良く動く分、前にも増して飯を食うからな。他の者達も同じ。
今日の飯も豪勢になりそうだとほくそ笑みながら、肉を異界の袋に入れていく。
「あ、それから、前頼まれていた、お前の羽織と着物が完成した。ついてきてくれ」
ヴァルナはそう言って、自分の工房に、俺を案内していく。
そして、壁に立てかけられた羽織を俺に見せてくる。
前と同じ、全体的に紫の、頭巾付きの羽織で、頭巾のふちから、襟、襟下、裾、袖には炎を象った刺繍が施されている。背中には闘鬼神の紋章もあり、両方とも金糸のようなもので出来ているのか、工房の照明の光を反射させてキラキラと輝いていた。
金糸なら、汚すのは嫌だなと思ったが、ヴァルナによると、これはカドルの髭らしい。リンネのものと違って、トウガ達の抜け毛と同じく、カドルの素材本来からもたらされる付与効果を引き出すことは出来ないが、見映えが良いので使ったとのこと。勿論、羽織全体には防汚効果が付いている。
大部分に使われている素材は、耐魔羊の毛、ギリアンがマシロから贈ってくれたベヒモスの鬣、繋ぎに、トウガ、トウウの抜け毛に加え、カドルの髭。それらを一本の糸にして、そこから布を作り、羽織にしたという。
そして、留め具には地帝龍アティラの鱗を加工し、宝石のようなものにしたものを取り付けており、元から高い耐久性を持つこの羽織を、更に頑丈にしているとのことだ。
備わっている付与効果は、各種耐性や身体能力向上は勿論、「環境適応」というものもある。これは、自然環境による障害から身を護るというものであり、暑い時は涼しく、寒い時は温かくなり、雨の日などは水を弾き、風が強い日などは、その影響を軽減してくれるものとのこと。
職人が付与できる、付与効果の中でも珍しいものらしく、発現に至った経緯を、ヴァルナがコモンから聞いた話では、恐らく、環境を司る龍族である、地帝龍アティラの鱗が影響したとのこと。更に、力を失っているとはいえ、同じ龍族であるカドルの素材も近くにあるので、ここまでのものになったらしい。
暑い時か寒い時、どちらかに強いものというのは、まあまああるらしいが、どんな環境にもと言うのは珍しいらしく、良い仕事をしたと笑いながら、ヴァルナは羽織を渡してきた。
「この他、まだまだ細かい効果はあるだろうが、詳しくは館長から聞いてくれ。細かい調整の方は、館長がやったからな」
「本当に、ありがとう。ようやく、恰好が付くというものだ」
祝言の時は良いとして、ここ最近は羽織が無かったから、自分でも何となく威厳というものが無いような気がしていた。
これで、箔がつくなあと思い、羽織の袖を通す。着てみると、あいつ等の抜け毛も使われているという割に、触り心地は文句なかった。最近はあまり無いが、獣の姿の時に俺の肩の上に収まるリンネも、これなら納得するだろう。
そして、若干暑かった工房だが、羽織に袖を通した途端、少しだけ温度が下がった感覚になる。さっそく、環境適応の効果を実感し、満足した。
「お……やっぱり、迫力あるな。手甲とかはもう少し待ってくれ。せっかくだから、雷帝龍の鱗なんかも使ってみたい」
「分かった。ただ、一週間後にはコクロに行くんだが……」
「まあ、何とかやってみるが、あまり期待はしないでくれ。こっちも休みながら、良いものを作りたいからな。館長と違って……」
流石、ヴァルナ。適度に休みつつ、仕事は完璧にこなしてくれる。防御向けの装備は、今のところは必要ない感じだが、コクロに行ったら分からないし、羽織を着てから改めて思ったのだが、道具の付与効果による恩恵は、やはり大きい。皆との手合わせの時の事もあるし、出来る限りの準備は怠らないようにしておこう。
さて、ヴァルナと話すことも終わったので、天宝館を後にし、ギルドへと向かった。
依頼が終わったという報告をしようとしたが、ここで闘鬼神の冒険者と出会った。
「ん? モーリス、イアン、サーシャ、シアン。何してんだ?」
「あ、頭領だ。新しい羽織、出来たんすね」
四人は、俺の羽織をまじまじと見ながら、感嘆の声を上げる。やはり、何となく嬉しくなるな。
「似合ってるっすよ」
「ありがとう。で、お前らは?」
「依頼の受注です。頭領は?」
「依頼の帰りだ。家に居ても何もすることが無かったからな……」
「リア達の鍛錬に付き合えば良かったのに」
「帰って暇だったら付き合うとする。それに、そういうお前らも結局はここに来るか」
「休みはありがたいんすけど、俺達は冒険者っすからね。明日、カドル様を見送った後、取り組ものを選ぼうと思って」
「ダイアン達に負けてられないからね」
そう言って、サーシャ達は依頼票を眺めている。強くなろうと先を急ぎ過ぎて大けがをされても困るので、俺も後ろから覗き込んでいると、そこまで子供じゃないと言われたので、任せることにした。
その間に、俺は依頼の方の報酬を受け取りに行く。
「よお、帰って来たぜ、ミオン」
「相変わらず早いですね。そして、仕事も……完璧です」
天宝館で貰った査定受け取り票と依頼書を眺めながら、ミオンは微笑みながら、奥から報酬の入った袋を持って来る。
「では、こちらをどうぞ。この度もお疲れさまでした」
「ありがとう。さて……と。特別依頼は発生しているか?」
出る前に聞いた件を尋ねてみると、ミオンは苦笑いしながら首を振る。
「促したのですが、駄目でした。またの機会を」
チラッと酒場に居る冒険者達に視線を移す。何を感じたのか分からないが、俺と目が合った冒険者達は、首を振りながら視線を逸らしていく。
なるほど。ジーゴ達ほどの気骨がある奴は居ないようだ。少しつまらないが、逆の立場なら、俺だってやりたくない。何となく安心して、ミオンに笑い返した。
「とっとと、あの依頼票剥がせ」
「そういうわけには……あちらは、アヤメ様のご意志なので」
「調子の良いことを……まあ良い。さて……じゃあ、俺も次の依頼を……」
ごゆっくりと頷くミオンと別れて、俺もモーリス達と共に依頼票を眺める。
「お、頭領も依頼っすか?」
「ああ。お前らは決まったか?」
「インプの討伐に行こうかと……」
インプと言えば、サキュバスの幼体で、そこまで知性は高くないが、同じように男を魅了する厄介な相手だ。
現にその依頼も、男だけでは受注不可となっているが、サーシャが居るからモーリス達も受けられる様だ。
先ほどは心配するなと言われたが、やはり心配になる。こそっとサーシャに耳打ちした。
「大丈夫そうか?」
「向こうの魅了を打ち消せば、相手は雑魚だからね。何とかなると思う」
「どうやって、打ち消す気だ? こういう場合は、魅了されることを視野に入れて作戦を立てろよ」
「もちろん、考えてるわよ。インプの魅了如き、私の魅了で……って冗談よ。そんな顔しないで頭領」
……良かった。真面目な顔して、何、体くねらせてんだと思っていたが、冗談か。安心した。
「正面から戦わずに、奇襲をかけるつもりよ。それが駄目なら目くらましとかして、とにかく、インプの視界に私達が行かないようにするわ」
「そうか。なら、後で天宝館に行って、炸裂弾なり閃光弾なり用意するようにな」
「私も光の魔法が使えるけど……そうね。一応、用意しておこうかしら」
サーシャの説明に安心した俺は、モーリス達がインプの討伐に向かうことに納得した。
「それで、結局頭領は?」
「ああ、俺は……これだな」
他人の心配する前に自分こそ、という事で、俺は今日取り組んだオークの討伐と同格の、剣牛の討伐を受注しようと、依頼票に手を伸ばす。
しかし、横からスッと手が伸びてきて、取ろうとした依頼票をかすめ取られた。
「貰った~!」
「あ? ……って、バッカスじゃねえか。何しやがる?」
依頼を横取りしたのはバッカスだった。相変わらず隠蔽スキルと浮遊スキルの組み合わせで、足音と気配を上手く隠して近づいてきたようだった。
バッカス達は、天宝館でゆっくりしていると聞いていたが、受注の為に出てきた様だ。依頼票を手にしてはしゃぐバッカスの横で、アイリーンが頭を抱えている。
「バッカス……ジーゴはまだしも、オジサンを怒らせるのは辞めた方が良いんじゃない?」
「何言ってんだ。ムソウはこの程度じゃ怒らねえよ。な?」
ニヤニヤしながら、俺の方を見てくるバッカス。
まあ、昨日の事もあるし、それまでの、シロウ達の祝言に関して、幾つか手伝ってくれたこともあり、バッカス達には恩もあるし、依頼を横から奪ったことに関して、怒りは湧いてこない。
……ただ、少しだけイラっとはした。それに、祝言に関して手伝って恩を感じているのは、ジゲンやシロウ達本人で、俺はそこまで関係ない。
許してくれるんだろ? というバッカスに真顔で頷き、その腕を引いた。
「あ、あれ? ムソウ?」
戸惑うバッカス。ため息をつくアイリーン。
手を合わせながら、ご愁傷様、と言っているモーリス達。
そのまま、ミオンの前にバッカスを連れて来た。
「……ミオン、今良いか? 特別依頼が発生した。挑戦者はバッカスだ。準備してくれ」
「……え?」
バッカスはポカンとするが、一部始終を見ていたらしいミオンはすぐに状況を理解し、満面の笑みで頷いた。
「かしこまりました、ムソウさん! では、こちらへどうぞ」
そう言って、受付台から結界魔法の魔道具を持って出てきた。
闘技場へ向かうミオンについていこうとした時、バッカスは状況を理解し、慌て始める。
「待て待て待て! そんな気は無い! この依頼はお前にやるから勘弁してくれ!」
「もはや、依頼がどうこうじゃないんだ、バッカス……少し、苛ついたから、発散に付き合ってくれ……」
「ふざけんな! あ、アイリーン! 助けてくれ~!」
必死にアイリーンに手を伸ばすバッカスだったが、アイリーンはプイっとそっぽを向く。
「嫌よ。私は昨日の疲れを落としておきたいの」
「ぐぬ……そ、そこのお前ら! 自分達の頭領を鎮めるために俺に力を――」
アイリーンに断られたバッカスは、モーリス達に視線を移す。
「……あ、頭領が闘うんだ。今後の参考に見ていくか」
「そうだな。俺達にはまだまだ荷が重い……」
「そうね。異名持ちと頭領の一騎打ちは参考になるからね……」
モーリス達もバッカスを無視し、俺達と共に闘技場へと移動する。
騒ぎを聞きつけた、他の冒険者達も、状況を理解し、酒場からこちらに移動するようになった。
「“影無し”とムソウの一騎打ちか……見ておくか」
「ああ。面白そうだからな」
「酔い覚ましの恩がある。ムソウを応援するぞ~!」
などと言いながら、助けを求めるバッカスの手を払いながら、俺達の横を通り過ぎていく。
その際に、何人かの冒険者に、頑張れよ、と肩を叩かれ、おう、と応えてやった。
誰も助ける気が無いことを感じ、バッカスは唖然とする。
すると、ギルドの二階からアヤメの声が聞こえてきた。
「お~、騒がしいと思ったら、特別依頼か。ムソウの相手は……モンクの“影無し”か……」
「ん!? 支部長! 助けてくれ~! ムソウを止めてくれ~!」
とうとうアヤメにまで助けを求めるバッカス。一瞬不思議そうな顔をするアヤメだったが、皆の様子から状況を察したのか、ああ、なるほどと頷き、ニカっと笑った。
「“影無し”! 死ぬんじゃねえぞ~!」
「ふざけんなああああ~~~!!!」
アヤメにも見放されたバッカスは、俺の腕の中で雄たけびを上げる。
俺は、無茶はするなよと苦笑いするアヤメに手を振りながら、闘技場へと向かっていった……。
……
……
……
◇◇◇
翌日、朝めしを食べた後、皆でカドルを見送るため、闘鬼神勢ぞろいで庭へと出た。
この中で依頼の準備をしているのは、昨日のモーリス達と、数人の冒険者達とバッカスから奪い……快く譲ってもらった剣牛の依頼に取り組む俺、ツバキ、リンネ。
そして、ダイアン達、牙の旅団部隊だ。ならしという事で、カドルを雷雲山まで送り届けるついでに、周辺の調査を頼んだ。
ちなみに、十二星天はコモンも含めて、全員、仕事に出て行った。別れは昨晩のうちに済ませたらしい。見送りに出られず申し訳ないと言うコモンに、人界を平和に保つことも十二星天の役目と、カドルは笑って許していた。
庭でカドルは、皆と別れの言葉を交わした後、最後に俺とジゲンに顔を向けてフッと笑った。
「本当に、世話になったな。全盛期に近い力を取り戻せた。重ね重ね、礼を言う」
「いい加減聞き飽きたが、まあ良い。あの約束、忘れるなよ。邪神族が封印を破った際は――」
「我とシンキ殿が一番槍、であろう? もっとも、雷たる我より迅い者など居らぬ。我が誰よりも最初に、邪神族を屠ってくれよう」
「頼もしい言葉だな」
自身に満ちた顔になるカドル。普段はこの屋敷に収まるくらいに自身の体を小さくしているが、今は、本来の巨大な姿……ケリスの事件での際、最後に見せた、全盛期の姿となっている。
ワイバーンを一撃で屠れるくらい巨大な爪、全てを噛み砕きそうな強靭な牙、全身をバチバチと纏わりつく雷。普段、縁側でのんびりとしている者とは思えないほどの様相に、カドルの言葉はいちいち信用性があった。
分かっているなら良いと頷くと、続いてジゲンがカドルに頭を下げる。
「カドル殿……コウシ達の件、本当に感謝する。まことに楽しい日々じゃった」
「うむ。今日ばかりは素直に、その感謝に頷くだけにしておこう。我も、湿っぽい別れと言うのは苦手だからな」
「ほっほ。最後まで、ありがたい限りじゃの」
「“刀鬼”……いや、ジゲン殿。我もお主に会えて良かった。「天を駆け、地を砕く雷こそが最強」……ジゲン殿が雷の力を以って闘うことは、我の誇りだと思っている。我は、ジゲン殿が思う雷の印象を崩さぬように、更に強くなると約束しよう。そして、お主も、昨日渡した我が一部を以って、その技量、更に高めてみせよ」
「うむ。儂も歳じゃと思っておったが、まだまだ成長できることが分かった。その機会を与えてくれたカドル殿に報いるとしよう」
カドルはジゲンに、楽しみだ、と頷く。ハルキ、ジゲンの他にも、約束通り、カドルは俺達全員に自身の素材を渡してくれた。
ジゲンが貰ったのは、カドルの牙と鱗だ。牙は刀に組み込み、雷を使った技の威力や性能を上げるそうだ。鱗はたまの御守りにするという。今のお守りと合わせることで、結界の強度を上げる効果を与えるそうだ。
ちなみに、俺が貰ったのは鱗と牙だ。これはどちらも防具に使う。コモンに渡して、昨日受け取られなかった、防具に使ってもらっている。
他の者達も同様に、コモンにカドルの素材を預け、目を輝かせるコモンは、街の防備を固める作業を急がないとと張り切っていた。
こうして、ここでやるべきことは終わった様子のカドル。ダイアン達を背に乗せて、宙へと浮かんでいく。
「ではな、闘鬼神の諸君。また、依頼があった際は会おうでは無いか。それまで、待っておるからな」
「「「「「はいっ!」」」」」
「アザミ殿達にも世話になった。時折、茶を飲みに来ることもあるかも知れんが、その時はまた、よろしく頼む」
「「「「「お待ちしておりますっ!」」」」」
「たま、リンネ、そして、ロロ。お主らも、早く大きくなるのだぞ。我のようにな」
「「は~いっ!」」
「か、カドル様~! その括りに私を一緒にしないでください~!」
「ツバキ殿。シンキ殿では無いが、コウカ様の事は任せたぞ」
「はっ! 身命を賭してお守りします!」
「うむ。では、行くか、ダイアン殿、リア殿、ルイ殿、チョウシ殿、チャン殿……そして、ハルキ殿。振り落とされるでないぞ」
「そこは心配なく……ただ……」
「パチパチするわね……」
「それは我慢してくれ……むんっ!」
ダイアン達の為、体にまとわりつく電撃を抑えるカドル。
そして、最後に俺達に向けて手を振ってきた。俺達もそれに応えると、カドルはコクっと頷き、雷雲山の方に飛んで行く。
流石に、人を乗せているので、雷のようにとまではいかないが、それでも速い。
あいつ等、大丈夫かなと思っているうちに、カドルの姿は見えなくなった。
「さて……無事に見送ったことだし、俺達も行くか」
「はい。それにしても、また、寂しくなりましたね」
「ここはいつも、どんな時も賑やかだろ。なあ、リンネ」
「うん! それに、あいたくなったら、あいにいけばいいの!」
「フフッ、そうですね」
リンネの言葉に、ツバキは微笑みながら優しく頭を撫でる。他の者達も、リンネに頷いていた。
「ジゲンさん。会いに行くときは言ってくださいよ。ちゃんと、御守りするんで」
「ほっほ。頼もしいのお。お主らが儂に護られぬようにするんじゃぞ?」
「そうならねえように、今日は俺達の稽古、お願いします!」
「む……今日は、たまに茶を習おうと思ったのじゃが……」
「おじいちゃん、頑張ってね! おいしいお茶を用意して待ってる!」
「ふむ……分かった、たま。すぐに終わらせるからの」
刀をギュッと握り、皆を一瞥するジゲン。その背後で俺は、ジゲンに鍛錬を申し出た勇気ある冒険者、アドラの肩に手を置く。
「頑張れよ」
「う、ウッス!」
冷や汗を掻きながらも頷くアドラに、昨日、何だかんだ、俺の苛つきを発散させるくらいにまで闘ってくれたバッカスを思い出し、希望を見出した。
もう一回、頑張れよと言った後、ツバキの元へと向かう。
「さて……待たせたな」
「はい。リンネちゃん、お願いします」
「は~いっ! ……クワンッ!」
リンネは巨大化し、俺とツバキを背中に乗せる。
「今日は、宿場町近くだな。少し遠いが、まあ、リンネなら大丈夫だろう」
「クワンッ♪」
「帰りは夕方になりそうですね。たまちゃん、美味しいご飯をお願いします」
「は~いっ! おじちゃん、ツバキお姉ちゃん、リンネちゃん、行ってらっしゃ~い!」
手を振るたま達に頷き、リンネは屋敷から飛び出していく。
カドルが居なくなって少し寂しくなったが、ここが俺達の家だという事には変わりない。
次にカドルが来た時も変わらずに、アイツをきちんと出迎えてやろう。
リンネの背中で揺られながら、そんなことを思い、俺は笑っていた。




