第394話―継承・牙の旅団―
やがて、痛みが収まったのかゆっくりと起き上がるシンキ。何も言わずに、ゆっくりと俺達の前に来ると、ムスッとした顔で睨んできた。
「……で? これは、どういうことだ? ツバキがコウカ様の護衛……? 何の話だ?」
矢継ぎ早に質問してくるシンキ。刀は収めているが、尋問するかのような態度に、思わず吹き出した。
「必死だな……良いから拳を緩めろよ。話しづらい……」
「先に手を上げた奴が言うんじゃねえよ……」
「あー、悪かった、悪かった」
謝る気のない謝罪でシンキに頭を下げた後、ツバキがコウカの護衛となった経緯を話す。
コウカは現在、ツバキが持つコウカの人形に宿っていて、ツバキと共に居るが、今日ここで、シンキにこのことを伝えたとしても、コウカはそのままツバキが預かり、これからも俺達と共に世界を回りたいという旨を伝えた。
全てを話したが、シンキは不服そうだ。
「それだけを教えたいがために、俺にここまでの事を? 何と……馬鹿馬鹿しい奴らだな……」
「あ、いや、これを提案したのは……」
「私よ、シンキ」
俺の言葉に続いて、コウカがスッと手を上げる。シンキが言うところの、「馬鹿馬鹿しい提案」をしたのは自分だと主張すると、シンキは呆れた顔になった。
しかし、何か言うことも無く、大きくため息をつきながら、ツバキに視線を移す。
「……それで、今の人界を見て回りたいと仰るコウカ様を御守りするのが、お前……だと?」
「はい。成り行きでそうなりました」
「お前に何かあれば、コウカ様もご無事ではなくなるのだぞ。その事は分かっているのか?」
「重々承知でございます。ですが、私に何があろうとも、コウカ様だけは御守り抜くと、約束いたします」
「……俺が言いたいのはそういう事じゃない。俺が言いたいのは、コウカ様を御守りするのは、俺だけの役目だという事だ。どこよりも安全な王城で、誰よりも強い俺が、コウカ様のお命を御守りする。お前達がコウカ様を連れ歩くことは認めることが出来ない」
やはり、俺達がコウカを連れて行く事については難色を示すシンキ。まあ、これは想定通りの反応だったので、特に驚きは無いが、ここからが、コウカと、ツバキの正念場だと思い、俺は二人に視線を投げた。
コウカとツバキは、コクっと頷いて口を開く。
「ねえ、シンキ。さっきも言ったでしょ? 私は、ずっと城の中に居て、この世界の事、元からよく分からないの。だから、今の時代の世界を……シンキ達が護ってきたこの世界の事をよく見ておきたいの。その為に、私はザンキについてきて、ツバキさんと一緒に行こうって思ったの。
ツバキさん達が私を連れまわしているんじゃない。私が、ツバキさん達についていくの」
「コウカ様は私が必ず御守りします。ツバキ様のお力と、エンヤ様も居ます。そして、私の事はムソウ様とリンネちゃんが護ってくださいます。闘鬼神の皆さんが護ってくださいます。安心する材料は整っていると思います」
「……邪神族の復活も近い。魔物の活性化も続いている。そして、ムソウの身は常に危険に晒されている。そんなところに、コウカ様を任せられるか。
コウカ様、お気持ちはわかりますが、このシンキ。シンラや父君であるエンマ様より、コウカ様のお命を御守りする任は未だ解かれておりません。貴女が何を言っても、私はこのまま、貴女を王都に連れ帰ります」
コウカとツバキの説得も、シンキには届かないようで、シンキはそのまま、ツバキが手にしていたコウカの人形に手を伸ばす。
側で眺めていた俺は、やれやれと思いながら、シンキの腕を掴んだ。シンキは、ジロっと俺を睨んでくる。
「ムソウ……幾らお前の頼みでも、今回ばかりは聞くわけにはいかない。俺は、コウカ様を御守りする近衛兵だ。何よりも、コウカ様のお命を優先する」
「それを言うなら、コウカは俺の義理の娘だ。娘の願いはどうやっても聞き届けてやる」
俺の言葉に、シンキは目を見開き、少々驚いたような、覚悟を決めたような顔つきになった。
「ほう……ならば、どうする……俺は、お前とここでどちらが正しいか決めることだっていとわないぞ?」
そう言いながら、闘気を立ち上らせて俺を威嚇してくるシンキ。どうやらこのまま闘って、勝った方にコウカを任せるという事にしたいらしい。
祝言でその考え方とは、また、無粋な奴だな。まあ、気持ちは分かる。というか、こういう状況で無ければ、俺もそれで良いと思っていた。
しかし、今日の所はそれだと気が引けると、指を鳴らしながらシンキを睨むエンヤを制し、ため息をついた。
「……まあ、落ち着けって。俺はな、お前に借りを返して欲しいって言っているだけだ」
そう言うと、シンキは闘気を収め、眉間にしわを寄せながら、不思議そうな顔をした。
「は? 借り? 一体、何の話だ?」
「とぼけるなよ。妓楼で言ってきただろうが。コモンに、コウカとカンナの精巧すぎる彫像を彫らせて申し訳なかったと。もう少し、俺に配慮するべきだったと。
俺は別に構わないが、お前が謝罪を受け入れて欲しかったから、じゃあ、次にお前を驚かす時は、それで相殺だと」
「……え」
キョトンとするシンキと、その場に居る者達全員。皆が、呆然とする中、俺はニカっと笑ってやった。
「さあ、あの時の借りを返す時だぞ、シンキ。俺に申し訳ないと思うのなら、俺の言うことを聞け。さもなくば、俺はお前を許さない。例え、コウカを城に連れて帰ろうが、俺はそのまま城に攻め入ってコウカを取り返すつもりだ。
選べよ。俺を怒らせたままコウカを城に連れ帰るか、俺達にコウカを預けて安心して城に帰るか……」
選ぶ価値もない二択をシンキに投げかける。ほとんど脅迫だと、周りから聞こえるような雰囲気の中、薄く笑みを浮かべたシンキが口を開く。
「は、はは……馬鹿な事を。ムソウが王城に攻め入るわけ――」
「そう思うか? 大切な“家族”の為なら、俺は何だってやるって知らねえのか……?」
「い、いや……」
戸惑いを見せるシンキに、追撃の言葉をカドルとハルマサが投げかける。
「シンキ殿。知っての通り、ムソウ殿は、ダイアン殿達を襲ったというその一言だけで、デーモンロードを蹂躙し、樹海の一部を更地に変えた男だ」
「それから、何度も言っているように、国も滅ぼした奴だ。コウカ様の願いを叶えるためってんなら、それくらい……いや、もっと大きな事をするだろうな」
「ムソウ殿はこの世界で間違いなく最強の存在だ。そして、側には“刀鬼”殿も居るし、ハルキ殿達、闘鬼神も居る。ムソウ殿の側は、王城よりも安全な場所と言えるだろうな」
「というか、話を聞く限り、王城の方が危険じゃないのか? こないだは、ここのレオとブランの後継者が暴れたって聞くし、ソイツ含む、セインって奴らが王都に居て、そいつらとお前は敵対してんだろ? 何もしてこないとは思うが、そんなところにコウカ様を連れていく事については、馬鹿な俺でも何となくヤバいんじゃないかって思うぞ」
そう言って、確認を求めるようにエイシンやトウヤ達に、なあ、と顔を向けるハルマサ。皆、しばらく熟考した後、確かに、と小さく頷いていた。実際、アキラはレオパルドと共に、リーとの一件の場に居たわけだし、エイシン、トウヤ、ナツメ、ジーンは、ロロが激怒した、十二星天の会合の場に居たわけだ。
どちらが危険なのかは火を見るよりも明らかと、ハルマサに賛同する。
自分で言うほど、馬鹿じゃなくなったハルマサは、やはり頼りになる。流石だなと思っていると、ニカっと笑ってこちらを見てきた。後は、よろしくと言った顔に思わず頷く。
シンキは、少しバツの悪そうな顔になり、少々追い込まれた感じに口を開いた。
「い、いや……だからと言って……」
「まあ、確かにそう言う事なら、ますますコウカを王都に連れて行くのを見届けるわけにはいかねえな。コウカは俺達で面倒を見る。良いな?」
「ま、待て! 何勝手に決めて――」
「多数決だ。俺が面倒を見た方が良いと、この場で多くの人間が賛同している。それに……良いか? シンキ。よく考えてみろ?」
「な、何だよ?」
もう少しで落とせると思った俺は、駄目押しとばかりに語り掛けていった。
「お前とサネマサは互角の力を持っているよな?」
「まあ……技量の上では……」
「その、サネマサを俺は、刀が折れるまで叩きのめした。つまり、サネマサよりも俺の方が強い。これは分かるな?」
「まあ……そうだな……」
シンキは頷くが、サネマサから声を上げようとしていた。そこを、ジロウと牙の旅団が抑えて黙らせる。ジロウ達も、いい加減話を進めたいようだ。視線を送り感謝しつつ、本物の馬鹿はやはり違うなとため息をつく。
気を取り直して、再びシンキに向き直る。
「で、ツバキが技として使うエンヤだが……これは、俺と互角以上だ。これも理解できるな?」
「まあ……実際見たからな」
「そして、そのエンヤにツバキとリンネが加わるとどうなると思う?」
「は? ……どうなるんだ?」
「……俺は、自分で言うのもなんだが、先ほどカドルが言ったように、この世界でも“古今無双”だと自負している。
しかし……だ。エンヤにツバキとリンネ、つまり、ツバキとリンネが本気を出せば、俺に勝つことが出来るんだ」
「はあっ!?」
予想通り、かなり驚くシンキ。信じられないようだが事実だと告げ、あの日の、皆との手合わせについて、アヤメと共に解説していく。
シンキは、俺が皆に負けたという話は聞いていたようだが、実際に、俺を倒せたのは、ツバキとリンネによる作戦が大きな功だったという事は知らなかったようだ。
サネマサとジロウまでも、あの日はツバキとリンネが最強だったという話を聞き、シンキは開いた口が塞がらなかった。
「まさか……ムソウが……ツバキとリンネに……」
「信じられないようだが、事実だ。さて……俺の言いたいことが分かるな?」
呆気にとられるシンキに、追い打ちをかけていく。駄目押しの追い打ち、つまりこれが最後だ。
「お前は確かに強いが、今の王都は皆が言うように危険だ。まあ、お前は大丈夫かも知れないが、コウカは危ないかも知れない。何かのきっかけで、コウカがこの人形に宿っていることをセイン達に勘づかれて、お前の弱みとして利用されたらかなわないだろ?
そうならないようにするには、コウカを最初から王都に連れて行かなければ良いだけの話だ。
そして、お前よりも強い俺と、俺を負かしたツバキとリンネ、かつて、この世界で最強と謳われた傭兵を率いていたジロウと、牙の旅団の力を継いだダイアン達、更に、サネマサと共に壊蛇と闘ったコモン……お前らが危惧している世界最高峰の戦力である、俺達闘鬼神が、コウカを護るって言ってんだ。どちらが安全か……長年、人界の宰相をやって来たお前なら、分かるよな……?
俺への借りもあり、何が正しい選択か……さあ、答えを出す時だぜ?」
自分でも分かるくらいに、悪い笑みを浮かべながら、シンキの肩にポンと手を置いた。
シンキは、難しい顔をしながら頭に手を当てて、熟考している。
しかし、どう考えても、一つの答えにしか結びつかないようで、最終的に顔を真っ赤にしながら、盛大にため息をつき、ツバキの肩に手を置いた。
「……分かったよ。ツバキ、コウカ様を……俺の代わりに……頼む」
ついに、コウカをツバキに任せると認めたシンキ。ツバキはシンキに頷き、拳を胸に当てた。
「はっ! 騎士団マシロ師団師団員ツバキ、宰相様からの任、しかと承りました。身命を賭し、“鬼姫”コウカ様を御護りします!」
「調子の良いことだ……リンネもよろしくな……コウカ様、結構、我がままだけど、怒るんじゃないぞ」
「うん! リンネもがんばる!」
いつの間にか近くに来ていたリンネはシンキの言葉にやる気を見せる。諦めたように笑いながら、シンキはリンネの頭を撫でていた。
そんなシンキをコウカが小突く。
「そっか……シンキは私の事をそんなふうに思ってたんだ……」
「……実際、その通りかと……私は、コウカ様と、そして、今はオウエンの我儘に付き合わされております……」
「そう……ね。フフッ、今回もありがとう、シンキ。さ、シロウさん達のお祝いを再開させよ」
「……はあ。分かりました」
自由なコウカに頭を抱えるシンキだったが、一応、話は纏まったと言って、ここでの段取りを再開させた。
ほとんどの者が、ようやくか、と重い腰を上げ、配置に着く。
そして、ここでの段取りはコウカからの祝辞が終わった所から再開する。
続いては、いよいよ、牙の旅団が依り代の力を解かれる時だ。
正面にコウカとシンキが並び、その前にアヤメが立ち、横にカドルが並んだ。
そこに、ジロウとサネマサを先頭に牙の旅団が並び、更にその後ろに、闘鬼神からダイアン達と、ミドラの武具を継いだナズナ、タツミの武具を継いだショウブが横に並ぶ。
全員が揃ったところで、アヤメが口を開く。
「ではこれより、クレナ領直轄傭兵部隊、牙の旅団、継承の儀を執り行う。牙の旅団団長、ジロウ・クレナ、サネマサ・タケダ両名、前へ」
「「はっ!」」
厳かに名前を呼ばれた二人はアヤメの前へと立った。そして、アヤメは丸めた木簡を取り出し、開いた。
それは、かつて牙の旅団が先代領主、ガロウ・クレナに提出した、一種の血判状のようなもので、傭兵部隊に所属する者の名前と共に、どんなことがあろうとも、クレナ領を守護すると言った旨の言葉が綴られた、契約書のようなものだった。
これを、領主から団長達に返還されることはつまり、その任を解くという事になる。
突然の死によって、活動不可という事になった牙の旅団は、暫定的に解任という事になっていたが、正式な手続きを以って、解任されたというわけではない。
つまり、今ここで、コウシ達の牙の旅団は、一応の区切りを迎える。
木簡を開きながら、そこに書かれた名前を読み上げるアヤメの声は、少しばかり震えていた。
「牙の旅団団長、ジロウ・クレナ、サネマサ・タケダ。以下団員、コウシ、シズネ、ミドラ、ロウ、タツミ、ソウマ、エンミ、チョウエン、サンチョ。
これまで……長きに渡る、我が領への……奉仕……見事だった……今日より……今日……」
そこで、目に手を当てるアヤメ。体を震わせながら、必死に何かに耐えていた。
静まり返る洞窟内だったが、ナズナ、ショウブ、シロウからは、我慢しきれなかったのか、鼻をすする音が聞こえてくる。
俺の横で、心配そうな顔をするリンネとたまを落ち着かせ、俺達はその光景を見守ってた。
しかし、しばらくするとアヤメは意を決したように、目をこすり、口上を再開させた。
「傭兵部隊牙の旅団! これまで、我が領への奉仕、貢献、依頼達成、真に大儀だった! 今日、この時より、その全ての任を解く! これより先は、次代を紡ぐ者達を、しっかりと見守っていてくれ!」
「「「「「はっ!」」」」」
アヤメの言葉に、牙の旅団は大きな声で返しながら頷く。そして、アヤメの手から、木簡がジロウの手へと返還された。
今、この瞬間、ジロウ達が率いていた「牙の旅団」という傭兵部隊は、解散された。
コウシ達は、しばらく感慨に更けたように、アヤメの姿を見ていたが、すぐにフッと笑い、アヤメに向かって、
「本当に……立派になったな」
と、呟いていた。その瞬間、何かが切れかのようにアヤメの目から、再び涙がこぼれ始め、アヤメはその場で泣き崩れていた。
それを目にした牙の旅団の皆も流石に泣きそうな顔になる。
しかし、泣き崩れるアヤメをタカナリと意外にもエンヤに任せることにして、コウシ達はダイアン達に振り向いた。
「さて……じゃあ、改めてお前ら。後は任せたからな。チャン、せめて俺よりはモテてくれよ。この刀を持った男はモテないと後世で語られたら嫌だからな」
「ウッス! まあ、任せてくださいよ、コウさん!」
ここから、改めてコウシ達から後継者達に武具を贈っていく。それはつまり、先ほど解散したばかりの牙の旅団が、アヤメの言葉通り、次の時代を紡ぎ、見守ると決めた者達を認めたという証となる儀式だ。
コウシから妙な激励を受けたチャンは、胸を張って刀を受け取っていた。
「まったく、これだから、男は……ルイ、ああいうのには引っかかっちゃ駄目よ。私みたいに、良い男を見極めるのよ」
「こういうのって、引き際が肝心だと思うけど……ま、いっか」
どういう継承なのだろうかと頭を抱えるやり取りをするシズネとルイ。サネマサから、真面目にしろと怒られ、ジロウはため息をついていた。
それを見た二人は、顔を見合わせ、クスクスと笑い合っている。息は合うらしい……。
「ふむ、この中では俺がナズナちゃんをきちんと祝えるな。ほら、もう泣くんじゃない。おじちゃんも泣きそうになるじゃないか」
「はい゛……ずびばぜん……」
「綺麗な顔が台無しだな……まあ、それだけ俺達の事を想ってくれているから良いが。これで分かれというわけでは無いんだ。夫婦生活で困ったことがあれば、ここに来ると良い。おじちゃんが相談に乗ってあげるからな」
「ありがとうございます」
今日の主役の一人であるナズナに、刀を継がせるミドラは他の奴らよりも誇らしい顔となっている。自慢げに、皆を見回しては、少しだけ嫉妬に満ちた顔を向けられていた。
「ッたく、ミドラの野郎……まあ、良い。こっちは、雷帝龍様に認められた男が後継者だからな。ハルキ、色々と大変だと思うが、お前なら絶対に期待を応えると信じている。覇槍の中から応援しているからな! 一緒に、ジロウを倒してやろう!」
「ウッス! 打倒“刀鬼”、ゆくゆくは、頭領っス! 牙の旅団最高威力攻撃の名を以って、活躍するっス!」
昨日の宴会で涙は枯れたのか、ハルキはロウの言葉にもしっかりと頷き、カドルにも誓いを立てるように、槍を掲げた。
そして、思わぬところで、挑戦的な態度を取られた俺とジロウは、ハルキが俺達を超える日を楽しみにするように笑った。
「大丈夫ですか、ショウブちゃん。僕達は後にします――」
「今で良い! 妾だけ後じゃと、恥ずかしいじゃろうが!」
「ハハハ、分かりました。では、どうぞ。ショウブちゃんも強くなりましたね……」
「当り前じゃ! 妾も目標はお主らでは無いからの! 妾の目標は――」
「ええ、分かっております。僕と同じ、ジロウさん、ですよね。同じ夢を持つ者同士、これからは共に、あの、大きな背中を追いかけましょう」
タツミとショウブも、ジロウを倒すと言って、意気投合していた。流石にそれはきついなと慌てつつ、嬉しそうなジロウを皆で笑いながら見ていた。
「俺達もジロウを……と、行きたいところだが、ダイアン。お前はまず、あの女を大切にするんだぞ。泣かせたら承知しねえからな」
「祝言で、何、不穏な事言ってんすか。そんなのあたりまえっすよ。アイツは俺が護ります」
「ほう……アイツって? はっきり言えよ」
「ゔ……あ、アザミは俺が護るっす」
「ふむ……まあ、今はそれで許してやろう」
やれやれと言った感じに、手甲を渡すソウマ。ダイアンは未だにアザミの色気に当てられたままなのか、皆と居る時は何も感じないが、アザミの前では少し挙動が怪しくなる。
隣で、仕方ない男、とアザミがぼやく声が聞こえてくる。一応は、俺の下で冒険者達を纏める存在だ。これからも、しっかりして欲しいものだなと感じた。
「貴女には……私から言うことは、もう無いかな……」
「何言ってるのよ。まだまだエンさんには及ばないわ。もっと頑張らないと」
「向上心も流石ね……貴女はまだまだ強くなる。その、強くなった力で、何を護るのか、しっかり考えるようにね。私みたいに、突発的な行動で、一生を台無しにしないように」
「ええ。でも、偶には感情的になっても良いかなって、こないだは思ったわ。あの時は、頭領も倒せたし、私に何も出来なかったとしても、スッキリしたしね」
「だからって、サネマサみたいになったら駄目よ?」
「それは分かってるわ」
エンミの言葉に、サネマサが反論する前に、リアが即答し、サネマサは黙った。そんなサネマサをエンミは一瞥し、フッと笑った後、リアに弓を渡す。
しっかりと受け取ったリアは、なおもぶつくさ言っているサネマサの顔すれすれに矢を放ち、黙らせた。得意げなリアに、ジロウ達は笑っているが、サネマサは呆然としている。俺達も若干引きながら、黙り込んでいった。
「おお……あの女、エンミに似て来たな。チョウシ、あの女は怒らせない方が良いぞ」
「いや、そもそも女を怒らせるってこと自体、考えたことないっす」
「ん? それは俺も無いが……じゃあ、何で俺やコウシは女に嫌われているんだ? 何もしてないのに……」
「……あ、分かってないんすね。だからモテないんすよ、お二人とも。まず、女の気持ち考えることから始めないと」
「……お前に言われると腹立つ」
ブスッとした顔で、チョウシに刀を渡すチョウエン。上から言っているようだが、チョウシは意外と、女にモテる、というか、好意的にみられることが多い。理由は分からないが、チョウエンの重たい刀を振り回せるほどの男だが、手芸が得意だったり、意外と料理も得意だったりと、意外と繊細な男だったりもするからと考えている。
しかしながら、恋人という存在は居ない。闘鬼神の中でも、それっぽい奴は居ない。モテるけど、愛されないという、よく分からない人間性を持っている。
二人の言い合いを見ながら、どっちもどっちなんだろうなと、アザミ達女中に確認すると、その通りです、と頷かれた。
これからは、せいぜい二人で模索しながら、モテていけ、と思いながらチョウシを見守ることにした。
「さて……俺から言いたいことは昨晩言ったが、ロロ、最後にもう一つだけ言いたいことがある」
「はいっ! 何でしょうか?」
「薬師や医師に大切なのは、死を恐れない勇気と胆力だと思っている。その点、いざという時のお前の勇気は素晴らしいものだ。今後も、それを忘れることなく、ジェシカさんや、ムソウの元で、もっと多くの人間を救ってみせろ! 俺も力を貸すからな!」
「分かりました! サンチョさん!」
神具である杖を掲げながら、サンチョに強く頷くロロ。ジェシカも満足げだ。
改めて見ると、本当に大層な人間になったなあと感じる。十二星天の弟子で、牙の旅団の後継者で、更に、天上の儀によって、多くの、世界の重鎮達と繋がりを持つ女……。
何だろう……立場的には俺の方が上なのだが、何か、凄く遠い存在な気になって来るな。
しかし、いつもの可愛らしい満面の笑みを見て、更にその場で躓き、サンチョに支えられるロロを見て、いつも通りだなとすぐに、その考えは辞めた。
ただ、十二星天がロロを見つめる視線は、凄く期待のこもったものだという事に気付き苦笑いする。重圧に圧し潰されるなよ、と心の中で投げかけた。
その後、全員の継承が済んだ頃、落ち着いたアヤメが戻ってきた。鼻をすすりながら、アヤメは皆に頭を下げる。
「取り乱して悪かった。儀式を続行する」
その様子に、安心したのか、コウシ達はニカっと笑った。
「ああ。頼んだぞ、クレナ領主アヤメ殿」
そう言われて、アヤメがジトっとコウシに目を向ける。
「む……コウさんがいつもと違って……優しいと……俺……」
そして、再び泣きそうになるアヤメ。昔に戻ったのではないかという声が牙の旅団から上がるほど、今のアヤメは少々不安定な精神状態となっているようだ。
コウシは慌てて口を塞ぎ、ジロウとサネマサがアヤメの様子を伺った。
「大丈夫か? 何ならこの先は俺が……」
「……いや……大丈夫だ、叔父貴……これは、俺の……クレナ領主の役割だ」
ニッと笑うアヤメに、ジロウとサネマサは頷き合い、定位置に戻った。
アヤメは大きく深呼吸し、咳ばらいを一つついた後、再び、口を開く。
「重ね重ね、すまない。さて、牙の旅団継承の儀は、それぞれ済んだようだな。ではこれより、新生牙の旅団任命式に移る。団長ジゲン、前へ」
「はっ!」
アヤメの言葉に、ジロウは返事をして前に出る。今は、ジロウのままだが、仕方がない。少し違和感があるなと思ったが、まあ、気持ちの問題だなと納得し、式を続けた。
さて、これから行うのは、先ほど解散したばかりの牙の旅団を、闘鬼神の一個部隊として、新たに創設するというものだ。
解任して、すぐ任命と言うのもおかしな話だが、これは一種のけじめ。先ほど解散したのは、コウシ達による牙の旅団。これから設立されるのはダイアン達による牙の旅団だ。
ダイアン達は、冒険者パーティー闘鬼神の中の、独立した傭兵部隊となってもらう。
ちなみに、以前、冒険者と傭兵と言うのは違うという話をしたが、改めて聞いたところによると、冒険者は、セインが設立した、世界規模の機関、冒険者ギルドに属し、各領の依頼に応え、ギルドが指定した報酬を得ることが生業だ。
一方、傭兵は、各領の領主のいわゆる私兵として活動し、領主が指定した依頼に応え、領主が指定した報酬を得ることが生業となる。
つまり、ギルド指定の報酬よりも領主指定の報酬が高い場合、その分だけ得をすることになる。
しかし、傭兵として活動できるのは、属した領に限るという制限はある。
セインの掲げる、冒険者は自由、という理念はここから来ているらしい。せっかく、大きな力を持っているのなら、領ごとに分けるのではなく、その力を、世界のどこでも使えるようにしたい、というところから、ギルド設立に至ったようだ。
なるほど。この考え方をしていた、というところからも、セインの豹変ぶりは以上だなと感じた。
さて、アヤメの前に立ったジロウは、懐から新生牙の旅団の名が記された木簡を広げ、忠誠の辞を述べ始める。
「我、闘鬼神ジゲン・クレナ、並びに、冒険者ダイアン、リア、ルイ、チャン、チョウシ、ロロは、クレナ領所属の傭兵部隊、牙の旅団として、主、クレナ領主アヤメ・クレナに忠誠と、我らが力を以て、このクレナに、永遠の平穏をもたらすことをここに誓う」
そう言って、ジロウは跪き、木簡をアヤメに差し出した。
アヤメは、それを受け取り、刀を鞘ごと抜いて、ジゲンの肩に置いた。
「我、クレナ領主アヤメ・クレナは、そなたらの忠誠を受け入れる。今後も、我が領の為、我が依頼に応えよ」
……俺が、というか、大概、冒険者になる時と言うのはあっという間で、あっさりとしたものだったが、傭兵になるというのはこんなにも厳かなものなんだなと、思わず息を呑む。
そして、俺がタカナリから、大陸王直属の傭兵になった時の事を思い出した。俺は、勅令が記された木簡を叩っ切ったな……。
俺も少しは、きちんとした方が良かったかと、タカナリに目を向ける。どうやら同じことを思い出していたらしく、ニッと笑みを浮かべながら、
「私の子孫を見習え」
と、訴えてきた。余計なお世話、性に合わないと首を振って応えてやると、やれやれ、と言った感じに、肩を上げ下げしていた。
これにて、新生牙の旅団の旗揚げは完了した。ちなみに、ミドラ、タツミの武具を継いだナズナとショウブとサネマサは新たな牙の旅団には入っていない。
冒険者ではないにしろ、ジゲンも居るし、籍くらいは入っても良いんだがなと思ったんだが、ナズナからは、
「私は、高天ヶ原の管理人です。私にも、護らないといけない方々が大勢いますので」
と、断られ、ショウブからは、
「妾は、ジロウ一家の副長じゃ。シロウだけにトウショウの里を任せるわけにはいかん。そもそも、妾はギルドの副支部長じゃ。一冒険者の部隊に加わることは許されない」
と、断られ、サネマサからは、
「俺は、武王會館の“大師範”だ。あくまで、お前とは対等で居たい」
と言った感じに、三人から断られた。それぞれに、自分の中で護りたいものがあり、俺達に頼ることなく、それを行っていきたいという強い意志を感じた俺は、三人の言葉を受け入れた。
……横で、天宝館の長であるコモンがばつの悪そうな顔をしていたが、まあ、良しとしよう。
コウシ達から改めて受け取った武具を手にしたダイアン達は、気持ちを新たにした様子で、ジロウと共に、「牙の旅団」という、かつて、この世界で最強だった傭兵部隊の名を受け継いだのであった。
そして、継承の儀が終わると、アヤメは引っ込み、続いて雷帝龍カドルが前に出る。
「では……コウシ、シズネ、ミドラ、ロウ、タツミ、ソウマ、エンミ、チョウエン、サンチョ。これより、我が施した魂の依り代の力を解く。もっとも、ここは刀精の祠。すぐに変わったという気は起きないかも知れないがな……」
そう言って、カドルはコウシ達の顔を見渡した後、フッと笑った。
「きっかけは、九頭龍という魔物だったが、そなたらに、力を与えたこと、我は誇りに思う。幾千年経とうとも、エンヤ殿やタカナリ殿……シンラ様達の思いは確実に受け継がれていた。その事を教えてくれたこと、感謝する」
カドルの言葉に、コウシ達も頷いた。
「こちらこそだ。雷帝龍様。貴方のおかげで、俺達は親友を救うことが出来た」
「好きだった人に、改めて好きって言うことが出来た」
「親友が自慢する“子供達”の祝言を祝えた」
「最高の後継者が出来た」
「僕が教えたかったことを、教えることが出来ました」
「親友と、また、酒を呑むことが出来た」
「仲違いした気持ちを、もう一度、交らわせることが出来た」
「また、新たなダチが出来た」
「相変わらず、馬鹿やってばかりの親友に、改めて文句を言うことが出来た」
「……もう、諦めていた未練ってやつを消化することが出来た。本当に、感謝する」
コウシ達はそれぞれの言葉で、カドルに礼を言った後、その場で跪いた。
カドルは、コウシ達に頷き、瞑想を始める。
「ふむ……エレナには、不信感を抱かせることとなったが、やはり、我の行動は間違っていなかったようだな……さて……牙の旅団よ。今、この時より、我の楔より解放され、己が魂の思うままにするが良い!」
その瞬間、コウシ達の体が輝き始め、それぞれの体から、一つずつ光の玉が浮かび上がった。
それは、雷帝龍カドルの鱗。コウシ達がずっと、仮の肉体として使っていた依り代である。
コウシ達を包んでいた光は収まっていき、そこから、再びコウシ達が姿を現した。
今、俺達が見ているのは、依り代の力を使った姿ではなく、ここ、刀精の祠の影響によるものである。
無事に、コウシ達の魂は、雷帝龍の鱗から離れた様だ。
自らの体の調子を確かめていたコウシ達は、それぞれ顔を見合わせて、ジロウとサネマサ、それにアヤメ達含む、俺達に顔を向けた。
「さて……と。じゃあ、せっかくジロウが、俺達を見送るために若返ってくれたんだ。爺さんに戻る前に、刀精に成るとするか」
「いや……俺は別に、お前らを見送るためにこの姿になったわけじゃないんだが……」
頭を掻くジロウに、コウシは腹を抱えて笑った。
「ハッハッハ! まあ、良いじゃねえか。……なあ、ジロウ、サネマサ」
「どうした?」
「……何だ?」
コウシは、大きく息を吸って、ニカっと笑った。
「また、しばしの別れだが、どんな姿になっても、俺達は親友だ! 今後とも、よろしく頼むぜ!」
そう言った瞬間、コウシは宙に浮き、人の姿から人魂のような形に変化した。
ジロウとサネマサは、強く頷き、コウシに手を振る。
「当り前の事を改めて言うな!」
「少し恥ずかしいじゃねえか! さっさと行け!」
顔を赤らめるサネマサに満足したように、コウシは上下に動き、その後、チャンの持つ刀へと飛び込んでいった。
やれやれと思っているジロウだったが、休む暇を与えず、突然、シズネが駆け出し、ジロウの頬に唇を当てた。
「はあっ!?」
「うふふ、最後の最後でやったわ。ようやく、夢が叶った」
「きゅ、急に何するんだ!」
「あらら~、ジロウがそんなに慌てる姿、初めて見たかも……今後も、色んなジロウを安全な場所から見られるなんて、こんなに嬉しいことは無いわね~」
「このッ……! シズ――」
「じゃあ、私も行くからね~! サネマサ、それに、頭領さんも、想ってくれる人にはきちんと応えてあげなさいよ~!」
「は? 何の話だ!?」
取り乱すジロウとサネマサをよそに、シズネもコウシと同様にルイの鞭へと飛び込んでいった。
突然名前を呼ばれた俺は、唖然としている。隣でツバキがクスクスと微笑む声が聞こえてくるが、俺はその顔を、見ることが出来なかった。
少しばかり、忌々し気な顔をするジロウに、今度はミドラとタツミが近づき、肩に手をポンと置いた。
「まあ……下手に未練を残されるのは嫌だろ? これで良かったんだよ」
「何がだよ……ああいうのは、大事な時に取っておけと……」
「今が、その大事な時だったという事ですよ。女の人の事が分かってない所は相変わらずですが、たまちゃんの教育は頑張ってくださいよ」
「それは……いや、その時は相談してくれよ」
「無理だな。俺は、ナズナちゃんの相談相手になったからな」
「僕はショウブちゃんです。ショウブちゃんにも、良い相手が現れると良いのですが……」
チラッとショウブに目を向けるタツミ。余計な事を言うな~! と、ショウブは声を張るが、さらりと受け流した。
「何はともあれ、ジロウさん。どうしてもと言う時は、声を掛けてくださいね」
「また、ここで色々と話すとしよう……その時は、新婚さんの愚痴なんかを酒のつまみにしてな」
「……お前は飲めないだろうが」
そうだった、と間抜けたことを言って光の玉へと変わっていくミドラと、お元気で、と一言残したタツミ。二人もそのまま、ナズナの刀と、ショウブの鉄扇に飛び込んでいく。
ショウブは、ふん、とため息をつき、ナズナはミドラが宿った刀を大事そうに抱え、シロウに向かって、
「心強い味方が出来た」
と、得意げになっていた。
シロウはこれから、頭の良いミドラを味方につけたナズナの尻に敷かれるのだろうか……。
そんなことを思っていると少し笑えて来る。
ここまで、普通に別れをしていないと思うジロウとサネマサは、少々疲れた顔をしていた。そこへ、ロウ、ソウマ、チョウエンの三人がやって来る。
「何だ? お前らも俺に何か、変な事をしていくのか?」
「もしくは、俺にか? 何ならここで決着付けた上で、刀精に成るか?」
ジロウとサネマサは、いっそのこと、ロウ達に関してはそのあたりの事を突っ込んでくるだろうと予測を立てて、少しばかり臨戦態勢に入るが、ロウ達は首を振った。
「いやいや、お前らは、もう、良いんだ」
「どこまでやっても、敵わないって分かってるからな。それは、さっきも言ったが、ハルキ達に任せるとする」
「問題は……テメエだ!」
ジロウやサネマサとは戦わないと言ったが、突如声を荒げながら強く指をさすロウ達。その先には……俺が居る。
キョトンとするジロウとサネマサ。そして俺。何で急に……と、思っていると、ロウ達は声を荒げた。
「良いか!? テメエとはいずれ決着をつける! 若造の癖に、これまで散々やってくれた礼はきちんとするからな! ダイアンが、いずれ!」
「ハルキと一緒に、テメエにも俺達の奥義、「龍尾一閃」を直撃させてひーひー言わせてやる! いずれ!」
「その時まで、せいぜい、新生牙の旅団含む、闘鬼神の総団長としてふんぞり返ってろ! 必ず、その座をチョウシ達が貰うからな! いずれ!」
……何とも、迫力の無いと言うか、情けない凄みだ。三人が口を揃えて言うところの「いずれ」とはいつだろうか。
そして、先ほど、俺を越えると言ったハルキはまだしも、巻き込まれたダイアンとチョウシは固まって、俺とチョウエンを交互に見ていた。
その気は無いっス!!! と顔で訴えてくる。分かってると思いながら、俺はロウ達に笑ってやった。
「上等……何度でもかかって来い! その度にぶっ飛ばしてやらあッ!」
「「「今に見てろ!」」」
三人は、どことなく、更に情けなさを思わせる捨て台詞を吐きながら、それぞれ、ダイアンの手甲、ハルキの槍、チョウシの刀へと飛び込んでいった。
やれやれと思っていると、ジロウとサネマサが顔を見合わてぼそぼそと何か言っている。
「あれはあれで辛いな……」
「ああ。完全無視だぜ、俺達の事。何か……もう、本気で嫌になって来たな……」
「いや……大丈夫だ。残っているのは、エンミとサンチョ。あいつ等は俺含めた牙の旅団でも、常識人だ。きっと素晴らしい――」
と、言いかけた途端、いつの間にかすぐそばまで来ていたエンミがジロウの肩をポンと叩く。
「私が何だって?」
「え、エンミ。いつの間に……」
「さっきから居たわよ、まったく……サネマサも、そんなに心配そうな顔をしないで。皆みたいに、何かやりたくなってくるじゃないの」
「な、何もしなくて良い! 変な事は――」
「分かってるって。でも……皆の別れ方も、多分、真面目なものだったと思うから、そこは分かってあげてね」
何故だか、先に刀精となった者達を弁護するようなエンミ。その言葉に、二人は首を傾げた。
「そういうものか?」
「そう言うものよ、サネマサ。逆にさ、普通の別れってなんだろ?」
「そりゃ、俺達だけじゃなくて、アヤメ達にも何かさ」
「ううん。私達は、アヤメちゃんや、ジロウ、たまちゃん、ナズナちゃん、シロウ君、ショウブちゃん、そして、頭領さん達には、また、明日にでも会おうと思えば会えるのよ。だから、特に言うこととか、思い浮かばないの。
でも……サネマサ、アンタは違うでしょ? アンタは、クレナに居ないんだから、また、何時会えるか分からない。だから、アンタの心に、残るように、皆も変な事したんじゃないかな?」
「……そういうものか?」
「サネマサは、頭悪いんだから、すぐに私達の事、忘れそうじゃない」
「そ、そんなことないって! お前達の事なんて、忘れようと思っても忘れられねえよ!」
サネマサの言葉に、エンミは満足そうな顔をして頷いた。
「うん。だったら、良いわ。偶には……会いに来てね」
「お、おう。当然だ」
任せてくれと言わんばかりに、サネマサは胸を叩いた。
そして、エンミはジロウに向き直る。
「ジロウ……さっきも言ったけど、私達は、またすぐに会おうと思えば会える。だから、ここで改めてって事は言わないでおく。
ただ、これが一つのけじめなら、改めて、ジロウに言いたいことがあるの」
「……何だ?」
不安そうな顔をするジロウに、エンミはクスっと笑った。
「たまちゃんを大切にね、おじいちゃん。こうして比べると、私は、おじいちゃんの時のほうが好きかな」
そう言って、見たこともないような、子供の様な顔で笑い始めるエンミ。ジロウは少し驚いた顔になり、俺の横に居るたまに視線を移した。
嬉しそうな顔で何度も頷くたまを見て、ジロウもフッと笑みを浮かべた。
「お前も……当たり前の事を改めて言うんだな」
「「分かっていても、確認はしっかり」……私が、牙の旅団に入って、最初にジロウから教わった事よ。「お前が分かってても、サネマサが分かってないから意味がない」ってね」
「ああ……そうだったな。だが、お前達に言われなくても、たまの事は大切にする。サネマサはともかく、俺の事は信じてくれ」
「うん。信じてる。サネマサ、これからも、しっかりとジロウや、ジェシカさん達の話を聞くのよ」
「分かってるって! ッたく……忠告、感謝する」
ぶっきらぼうなサネマサと、笑みを浮かべるジロウの前で、エンミはゆっくりと光の玉となり、リアの弓に飛び込んだ。
先ほどまでと比べると、ジロウは満足げな顔をしていた。良い別れ方が出来たという感じだ。
しかし、エンミの最後の言葉にサネマサの方は不満げだ。依り代に魂が定着し、自由にこの祠で会えるようになった時には、文句の一つでも言ってやると憤慨していた。
そんな二人に、最後に残っていたサンチョが近づいていく。
「やれやれ……流石エンミだ。良い感じに刀精に成りやがった。俺は、あんな良いことを言えねえぞ……」
どうしたものかと頭を抱えるサンチョに、ジロウは笑った。
「まあ……エンミが言ったように、俺はすぐにでも、また会えるからな。家には、コモン君も居ることだし、何か聞きたいことがあれば、また話せるからな……」
「ん? 何か聞きたいことでもあるのか?」
「庭の薬草や花については、お前の方が詳しいだろ? 今後も頼りにしている」
ジロウがそう言うと、サンチョは目を見開いた後、少しため息をついて苦笑いした。
「お前は闘い以外は駄目駄目だな。今だから言うが、お前が作る茶、そんなに美味くないぞ?」
「ん? そ、そうか……精進しないとな」
少し驚いたような顔のジロウ。せっかく俺達が黙っていたのに、あっさり喋りやがってと、少しだけサンチョを恨めし気に思った。
「茶はたまの方が美味かったし、なんなら、サネマサも美味かったな。あれには流石に驚いた」
サンチョの言葉に、分かりやすいくらい嬉しそうにするサネマサと、ムッとした様子になるジロウ。まさか、サネマサに負けているとは思っていなかったという顔だ。
「まあ、俺は武王會館で、茶を教える側の人間だからな。ある程度は美味く作るさ」
そういうものか、とツバキにコソッと確認したが、作法もそうだが、味も良いとのこと。というのも、サネマサは、全てのスキルを極めており、無論、調理スキルも極めている。
よって、サネマサが作るものは全て美味くならないとおかしいとのことだ。
確かにな。極めておいて、不味いものを出されても困るだけだし、今まで何をしてきたんだと疑いたくなる。
というわけで、サネマサの茶は美味く、ジロウの茶は不味いという事がサンチョによって明らかとなり、サネマサの機嫌も直っていく。
サンチョはやれやれと言った感じに、サネマサの胸を小突く。
「お前はすぐ調子に乗るなあ……だが、そういうところは、俺は割と好きだぜ」
その言葉に、ジロウ含め一同、へ? という顔をする。サネマサが調子に乗る時と言うのは、大抵良いことが起きない。というか、サネマサは前世でそれが原因で死んだと自分で語っていた。
調子に乗ってガンガン突き進み、怪我を負って、それをサンチョが治す。いつも、サンチョがこぼしていた愚痴だ。
そんなことを言っていたにも関わらず、サンチョはそう言う部分がサネマサの良いところだと語る。どういうつもりだろうかと思っていると、更にサンチョは口を開いた。
「お前のその前向きなところが、俺達が死んだ後のジロウを救ったんだ。俺が居た所でどうしようもなかっただろう状況を、お前が変えたんだ。
生きている時も、お前のそういうところに何度救われたか分からない。それは、この世界で生きている人間、全てにも共通する。世界最強の力を持つから、お前が敬われているんじゃない。お前を好きな奴ってのは、お前のその前向きなところに惹かれているんだ。
調子に乗れって言ってるんじゃない。だが、そういうところは、変えずにいてくれよ」
サンチョの言葉に思わず納得する。呪いの後遺症……いわゆる精神面での痛みは、どんな薬でも魔法でも、治療は難しい。ジェシカでさえ、あの時のジロウを完全には救えなかった。
仲間を斬ったジロウの心を癒したのは、間違いなくサネマサだ。確かに、少々あぶなかっしいとさえ思うほどの、サネマサの性格は、時として良い方向に転がるかと感じた。
ジロウもサネマサの隣で、目を閉じながら、微笑をたたえている。
アヤメ達は、少々首を傾げていたが、何も出来なかったあの時、サネマサが居たから、ジロウが戻ってきたという事は感じていたらしく、どこか納得した顔になっていた。
サネマサは、サンチョの言葉をかみしめるように聞き、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう、サンチョ。だが、俺が何時でもそんなだったのは、お前らが居てくれたからだ。本当に頼れるお前らが居てくれたから、俺は前に進むことが出来たんだ」
「ハハッ、お前は口が上手いな。そして、幸運だ。今もこれからもまだ、ジロウも居る他、ムソウ達も居て、俺の後継者でジェシカさんの弟子、ロロが居る。これからもしっかり、突き進んでいけよ」
「ジェシカの弟子で、お前の後継者だろ」
「順番なんてどうでも良いんだよ……まあ、少し気にしていた所ではあるがな……さて……じゃあ、そろそろ……」
サネマサと笑い合い、最後の挨拶を終えたサンチョ。未だに自分よりも、サネマサの方が茶が美味いという事に対してぶつくさ言っていたジロウを諫めた後、俺達の方に向き直った。
「え~っと、皆の様子を見ていたら、俺が最後になっちまったから、俺が締めの挨拶といこう。これにて、牙の旅団は正式に解散し、名と俺達の力はダイアン達に継がれることとなった。
だが、刀精となっても、これからも永遠にクレナの護り刀となると、ここに集まる皆、我らが親友サネマサ、ジロウ、そして、初代クレナ領主タカナリ様、エンヤ様、“鬼姫”コウカ様に誓おう。では……しばしの別れだ!」
サンチョは、牙の旅団の総意を以って、この場を締め、ロロが持つ錫杖の中に飛び込んでいった。
これより、牙の旅団は依り代となった武具に刀精として宿る為に、半日ほど、体……というか、魂を依り代になじませるという。
その間は、ここでも出現することは出来ず、コモンも声は聞こえないらしい。
それでも半日だ。明日には、ここに来ればジロウ達もまた、コウシ達に会える。だからこそ、コウシ達の別れもあんな感じだったのだろう。
まあ、俺達も余韻ってやつに浸りたいから、明日会いに行こうとかは思っていない。
サネマサとジロウは、しばらく無言で、ダイアン達の武具と、牙の旅団の旗を眺めていたが、二人同時に、フッと笑った。
「何か……ようやく、一区切りついたって感じだな……」
「ああ。え~っと、最初の、チョウエンが入ってきたのはどれくらい前だっけか?」
「もう、50年ほど前にはなるのか?」
「そんなに経つのか……あっという間だったな……」
「色々あった……その分、俺……いや、儂も……」
そう言った瞬間、ジロウの体が輝き始める。ふと、十二星天達の方に目を向けると、あ、という顔をしたレオが、何の反応も示していない時間魔法の魔道具を手にしていた。
どうやら、魔力を込め続けたことで、限界を迎えたらしく、台座にはめられた魔石にひびが入っていた。
時間魔法が解けて、ジロウの輝きが徐々に収まっていき、そこから、年老いたジゲンが姿を現した。
「……こうやって歳をとったのじゃから」
「ハハハ……そうだな。コウシの言葉……どんなになっても、俺達は親友って……縁起でもないこと聞くが、ジロウ。お前、死んだらどうする?」
「……本当に縁起でも無いのお……まあ、良いか。そうじゃの……」
サネマサの質問に、顎に手を置いて熟考するジゲン。
しばらく考え込んだ後、この場に集まった一同をぐるりと見回す。
最終的に、シロウ、俺、そして、最後にたまに視線を移した後、苦笑いしながら頭を抱えた。
「ふむ……誰のものに宿るか、迷うところじゃの……」
どうやら、ジゲンも死んだ後は、誰かの武具に刀精として宿りたいようだ。候補として、シロウの刀、俺の無間、たまの何かと思ったみたいだが、答えが出ず、悩んでいるようだ。
そんなジロウを見ながら、サネマサはフッと笑った。
「いや、お前の場合は決まっているだろ」
そう言って、サネマサはジロウの耳元でコソコソと口を開く。ジゲンはハッとし、ニコリと笑って頷いた。
「ほっほ……そうじゃったのお……」
一体、サネマサは誰の事を言ったのだろうか。
いや……考えなくても分かる。ジゲンの視線は、俺……の、横に向けられている。しかも目線が下がっていた。
分かり切った答えに、選ばれなかった俺もシロウも、まあ、仕方ないことだよな、と納得しながら頷き、本人も気付いたのか、嬉しそうな顔をしている。
隠したいのか、咄嗟に視線を外すジゲンだったが、バレバレだと俺達は静かに笑っていた。
長くなりました……登場キャラが多いとこうなるのか。
気を付けます……。




