第391話―披露宴を行う―
祝言が終わった後、たまと女中達は会場の準備に向かい、俺達は先ほどの待合室に戻る。
披露宴には、貴族とクサツ以外の自警団の長達は参加しない。身内だけでというアヤメの言葉に貴族達は、
「“刀鬼”と冒険者ムソウが居る中で、我らが居る道理はない。存分に楽しむことだ」
と、意外にもさっぱりした顔で妓楼を後にした。前の貴族だとこうはいかないとアヤメは胸を撫で下ろす。俺の中で貴族達への評価が更に上がった。
また、妓女達も四天女以外は参加しないこととなっている。皆、この後は普段の業務に戻るようだ。
と言っても、参加人数はそれでも多い。準備まで時間は掛かるだろうなと思いながら、待合室にて時間を持て余していた。
この場には、アヤメとショウブ、ジゲン、コスケのいわゆる親族たちも居る。ようやく落ち着けると、皆一息ついていた。
「はあ~……ようやく、解放された気分だな」
「アヤメ様、はしたないですよ」
「許してやれ、コスケ。ショウブと違って、アヤメは忙しかったからのお」
「何を言うんじゃ、ジロウ。妾も招待客の世話や、シロウが居なかった時の自警団の管理と忙しかったぞ」
「さっきの式に関しての話じゃ。ショウブは座っておるだけじゃったからのお」
「むっ! ジロウもコスケ殿も同じでは無いか!」
「ショウブちゃん。私もジロウ様ももう老いぼれだ。労わってくれないか?」
「……“刀鬼”がよく言うぜ……」
などと、あっちはあっちでゆったりとした時間を過ごしている。堅苦しそうな着物を着崩し、だらけるアヤメを宥めるコスケと、子供の様な言い合いをしているショウブとジゲンに、いつも通りに戻ったなと、心のどこかで安心した。
他の者達も、ゆっくりとくつろいでいる。祝言では司会をやっていたシンキも、披露宴では特にやることが無いらしく、他の十二星天と共に、談笑していた。闘鬼神の皆も、シロウとナズナの感想などで盛り上がっている。
リンネの方は、麒麟の二人と遊んでいる。一応、近くにはカドルとツバキを付かせているが問題ないようだ。妓楼のものだろうか、お手玉をしながら、楽しそうにしている。
クサツは、ここの居心地が悪かったのか、本心からか、たまの手伝いをすると言って、この場には居ない。エンライも同様に、クサツについていった。
というわけで、俺もゆっくりしようと思い、窓際に座り、ぼーっと外の様子を眺めていた。
どこもかしこも、二人を祝うように往来で酒を飲んでいたり踊ったりしている。旅をしてきた冒険者だろうか、事情が分からず、困惑した様子で、キョロキョロしながら、道を歩いていた。
ちなみに、今日もギルドは開いている。支部長も副支部長も不在だが、ギルドも天宝館も、それぞれミオンとヴァルナがまわしている状態だ。
どちらも祝言に参列するという話があったのだが、当日、皆が出払うのは良くないと、通常の業務を優先させた。
ミオン一人で大丈夫かと思ったが、ジーゴとバッカスがその補佐と、何かあった時の為に、ギルドを見回りの本部ということにし、ミオンの事を護ってくれるとの事になったので、アヤメは二人に任せたという。
今のところは何も無い様子だ。あいつ等、頑張っているんだなと街を見ながら感じていた。
「おい。頭領が、夕暮れ時でもねえのに、また、一人で黄昏てるぞ」
「疲れたんでしょ。頭領も歳だもの」
「いや……やっぱ、他人の祝言を間近で見てから、何か思うことがあるのかも知れないぜ」
「な、何を思うのですか?」
「そりゃ……まあ、奥さんの事とか? 後、コウカ様と、息子さんの事とかじゃねえか?」
「なるほど……コモン様、あの像作ったのは良いけど、こうなることは予測できたんじゃないの? 多分、頭領、あれ見た所為で寂しがってるのよ、きっと」
「そ、そう言われましても……僕は、シンキさんの言う通りに作っただけです。トウヤさんとも話し合いながら、細かいところまできちんとやり遂げました」
「だからこそっすよ。見てくださいよ、頭領のあの背中……何か、泣けてくるっすね……」
「お、おい、シンキ。お前が元気づけて来いよ。何となく、気まずいぞ……」
「何で俺が!? こういうのは“刀鬼”とか、ツバキがやってくれよ」
「儂は……疲れた」
「私は……あ、リンネちゃん、私達は大人しくしておきましょう」
「ん? うん……おししょーさま、どうかしたの?」
「多分、何でも無いと思いますので……」
「ほら、行けよ、シンキ」
「健闘を祈るっす……」
……背中越しに、何か、皆が盛大に勘違いしている声が聞こえてくる。普通に街の外を見ていただけなのに。
というか、普段から俺が一人でぼーっとしている時とか、皆、そんなことを思っていたのか? だったら、声でもかけてくれればありがたいのだが。
背後のシンキがため息をつきながら、こちらに近づいて来る気配がする。何となく、ここで振り返るのは恥ずかしくなってきた。
そして、皆……そういう話はもう少しコソコソとやってくれないだろうか。何も思ってない所で、全く違う事を話されてもどうしようもないのだがな。
俺も思わず、ため息をついていると、すぐ近くから戸惑った様子のシンキの声が聞こえてきた。
「お、おい……ムソウ」
「……あ?」
出来るだけ、こっちは何も気づいていないぞという態度を取りながら、振り向くと、やはり気まずそうな顔のシンキと、固唾を飲んでこちらを見守る皆の顔が目に入ってきた。
とぼけた様子で、
「ん? 何だ、やけに静かだな。何かあったか?」
と、尋ねてみると、皆は首を振りながら、視線を逸らしていく。それでも、チラチラとこちらの様子を伺っている事には気づいた。
「あ、いや、何かあったわけではないが……」
「どうした?」
一体、この状況でシンキは何を言い出すのかと思い、顔色を伺っていると、散々悩んだ挙句、あ、と言って口を開いた。
「そ、そういや、ロロに王都土産として、色んな本を貰ったそうだな。何か、面白いものはあったか?」
何の質問だろうか……。何となく、皆も、「えぇ……」という言葉が聞こえてきそうな顔を表情を浮かべていた。
俺は普通に、
「そうだな……ゴルドのギルド支部長レオニクスの物語と、ロウガンの話、それに、シルバ再興のジェシカの物語なんかは面白かったな。あれは全部実話なんだろ?」
「あ……そ、そうだ。レオニクス支部長なんかも千年以上の経歴を持っているが、俺やトウガ達が生き証人だ。ほ、他はどうだ?」
このまま、レオニクスってやつの話を聞きたかったところだが、シンキは思っていた回答と違うと言った感じに、更に、俺に話を求めてきた。
そこで、シンキの意図に気付き、乗ってやることにした。早く終わらせないと、この空気が延々と続く感じがした。
「まあ、まだ読んでないものもあるが、精霊女王の物語は殆ど読んだぞ。あれ、お前が著者だったが……サヤの事だよな?」
そう尋ねると、シンキはコクっと頷き、その場に腰を下ろした。
「すまねえな。サヤの事、勝手に物語にしちまって」
「俺に謝られても困る。サヤと再会した時、本人に謝れよ」
「そ、そうする……あと、それから、今日の祝言のあの像だが……もう少しお前に配慮するべきだったな」
「……何が?」
「いや、精巧に作り過ぎたと言うか、何か、嫌な事を思い出させたかと思って……」
段々と小さくなるシンキの声。本当に、そこまで気にしていなかったから、逆に申し訳なくなる。
確かに、前までは精霊女王の物語にしろ、今日の像にしろ、見た瞬間に頭が真っ白になって、昔を思い出して、感情が溢れていただろう。
というか、リンネがサヤに化けた時、実際にそうなったし、今でもならないという自信は無いからな。
まあ、絵とか動かない彫像ならば、何の問題は無い……とも言いきれないか。見た瞬間に、胸がざわついたのは確かだからな。
だからと言って、それについて俺から何か言うという気にはならないので、頭を下げるシンキに笑って、その肩に手をポンと置いた。
「……じゃあ、これは貸しって事にしておく」
「え……?」
「正直に言えば、全く気にしていない。今日は、シロウ達の祝言だからな。俺にいちいち伺いを立てても駄目だろ。
だが、お前がどうしても謝るというのなら、貸しという事にしておいてやる」
キョトンとしているシンキの肩を叩きながら、俺は立ち上がった。
「いずれ……サヤみたいにお前を驚かせるが、今回の件と相殺で素直に許してくれって言ってんだよ。楽しみにしてな」
そう言い残して、シンキの前を後にした。後ろから、戸惑うような、困惑するような、シンキの呻く声が聞こえるが気にしない。
そして、ツバキに視線を送り、少し意地悪な笑みを浮かべると、納得と言った様子でツバキは頷き、コウカの人形を見せてきた。
わずかだが、バレないように光を点滅させている。頼むぜ、と頷いた後、皆の方にも目を向けた。
「お前らも、余計な事考えねえで、さっさと支度しろ。そろそろ……だ!」
と言いながら、襖に手を掛けて、思いっきり開けた。
「わっ!」
待合室の外には、たまとアザミ、それにクサツが驚いた顔で立っている。
「準備は終わったのか?」
「わ~……びっくりした~! 私が驚かせようと思ったのに~!」
我に返ったたまは、部屋に入りながら、俺に飛びついてくる。そっと抱き上げ、頭を撫でてやると、アザミがため息をついた。
「作戦失敗……流石、頭領」
「おう。それで……?」
「はい。お食事の用意は完了しました」
「分かった。行くぞ、お前ら!」
披露宴会場の準備が出来たという事で、俺達は移動する。たまを床に下ろすとリンネと麒麟たちが真っ先にこちらに向かい、四人仲良く、手を繋いで会場に向かった。
ポカンとしていた他の者達も、俺の声で我に返り、ぞろぞろと立ち上がり、部屋を出て行く。
俺を元気づけると、皆に勝手に任されたシンキは、コモンやレオパルドにブツブツと愚痴を言いながらも、俺からの「悪戯」を少し恐れるような感じで、部屋を後にしていた。
すると、ツバキが、こちらも悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、
「ますます楽しみになりましたね」
と、耳打ちしながら、コウカの人形を見せつけてきた。
そうだな、と頷き、俺達も、宴会場へと向かった。
◇◇◇
さて、たま達に案内されて宴会場に着いたわけだが、襖を開ける前から、部屋の中の様子がおかしい。
襖越しではあるが、部屋の中が光り輝いているようだ。何だろうと思ったが、中に入って、すぐに理由が分かった。
用意された「大銘水・天上」と光鱗魚の料理が、卓の上で強い光を放っている。特に魚料理の方は、切り身で、天を舞う龍、翼を広げた鳥、大地を駆ける虎、悠然と歩く亀の見事な飾り料理が描かれていた。
「あれも……たまの作品か?」
「うん!」
恐る恐る聞くと、たまは元気よく頷いた。すげえな。いつの間に作ったんだよ。
聞けば、ミサキの従魔である四神を意識して作ったらしい。資料を渡してくれたレオパルドと両手を叩き合わせているが、そのレオパルドも、ジーンも、麒麟の二人までも、料理とは思えない、たまの芸術とも呼ぶべき作品に、目を見開いていた。
コモンから、食べないとたまちゃんが悲しみますよ、という旨の言葉を聞き、微妙そうな顔をしている。
主食はその、たまの飾り料理で、後は肉から他の魚、野菜からありとあらゆる料理が並んでおり、無論、それらでも飾り料理がちらほらと置かれている。
たま以外の女中達も、その腕をしっかりと上げているようだと感心し、それに相まって、この輝きと、本当に食うのが勿体ないなと感じた。
会場にはコの字型に盆が置かれており、既に分けられた御膳が置かれているが、無くなったら、側に居る妓女、あるいは闘鬼神の女中が、真ん中の卓の上に置かれた料理を取ってきてくれるらしい。
そう聞いて、取りあえず席に着こうと、席順を確認した。
「爺さん達は、シロウ達に近い方が良いよな?」
「ああ、すまないのお、ムソウ殿。お言葉に甘えさせてもらう」
「じゃあ、俺達は、あっちで良いか」
「いやいや、頭領とツバキさんも、シロウさん達に近い方が良いっすよ」
「どっちにしろ、後々席なんか関係なくなりそうだし、気にしないで良いと思うわ」
牙の旅団やアヤメ達をシロウ達に近づけようと思い、俺達は別に離れても構わないと考えていたが、リアの言葉を聞き、それもそうかと納得し、俺と、妓楼で世話になったツバキは、二人に近いところに座った。
後は、特に要望など無いと思ったが、
「おい、強面。僕は、リンネの近くが良い! お、お兄ちゃんだからな!」
「わたくしはお爺様の近くに……!」
と、麒麟の二人から要望があったので、キキ、ジゲン、たま、リンネ、リン、俺、ツバキ……という順番を気にしながら、席についていく。
リンはまだしも、キキは本当に、どうやったらあそこまでジゲンに懐いたのだろうか。
俺と同じく不思議に思ったアヤメとショウブがジゲンに聞いたところ、
「まあ……お主らと同じことをやったまでじゃ」
「ああ……」
「なるほど……」
と、二人は心当たりがあるらしく、何度も頷きながら納得していた。
ちなみに、たまがクサツの近くでという要望も出て来たので、それも考慮しながら、席順を決めていく。たまに手を引かれるクサツは大層嬉しそうにしていた。
その後、全員が席に着いたところで、アザミが立ち上がり、例の拡声の魔道具に口を当てた。
「皆様、大変お待たせいたしました。これより、新郎シロウ様、新婦ナズナ様、ご結婚を祝う、宴を開催いたします。本日は存分にお楽しみください。
それでは最初に、シロウ様、ナズナ様による、「誓婚の舞」の披露に移ります。皆様、拍手でお迎えください」
アザミの、普段は聞かない綺麗な声に少々驚きながらも、俺達は拍手を送り、シロウとナズナを待った。
すると、広間の奥の襖が開くと共に、控えていた楽器を持っていた妓女が演奏を始める。どういう登場の仕方をするのだろうかと思っていると、そこから刀を携えたシロウと、鈴を持ったナズナが出てきて、俺達の前で舞を披露し始めた。
シロウは刀を振り回しながら勇ましく、ナズナは鈴を鳴らしながら艶やかに、表情を変えながら二人とも、優雅に舞っていた。
ただ、以前と同じく、俺は舞の良し悪しが分からないので、少し周りをちらっと見回した。大丈夫だ。皆も感動している様子だ。
「ナズナさんは、四天女だからこれは分かってたが、シロウの旦那も見事なもんっすね。あれも、ジゲンさんが教えたんすか?」
「いや……儂はああいうのに学は無いからのお。現に、儂も今、シロウの出来に驚いておる。一体誰が……?」
「ああ、あれはナズナとアザミがこの一週間で仕上げた。あの侍女長は教えるのが上手いようだな」
アヤメの言葉に、目を点にした俺達の視線が、アザミに集中する。ニコッと笑みを浮かべながら、頷くアザミ。満足そうに、二人の舞を見ている。
確かにここ最近、家を空けることがあったが、祝言の準備以外にそんなことをしていたのか。アヤメや、特に四天女から、高天ヶ原に欲しい人材と何度か打診があるほどだ。
その甲斐あって、領主であるアヤメから見ても、まあ、及第点くらいにまでは成っているという。やはり、辛口なんだなと皆で笑っていた。
ちなみに、この舞もカンナとコウカを模ったものらしく、ここに来る前のカサネの説明にあったように、夫婦の永遠の愛を願うものだという。
主にシンキの影響だろうが、ホント、二人の夫婦模様と言うのはどういうものだったのだろうか。いずれ、見てみたいものである。
やがて、演奏が終わる同時に、二人の舞も終わり、シロウとナズナは俺達に頭を下げた。
そして、盃を手に取り、乾杯の音頭を取り始めたので、俺達も盃を掲げた。
「えーっと……皆、今日はありがとう。皆のおかげで、今日を迎えることが出来た。本当……皆のおかげで……」
シロウの言葉に、ジゲンやアヤメ等、二人の間を取り持とうとしていた者達は吹き出しそうになる。
「まあ……こうして、俺はナズナと結婚できた。この場は、俺達からの感謝の気持ちだ」
「皆さん、本当にありがとうございます。今日は楽しんでください。乾杯!」
二人の言葉に皆はそれぞれ盃を合わせ合い、披露宴が始まった。シロウとナズナはその後、招待客一人一人の元へと向かい、挨拶を行っていった。ジロウ一家や牙の旅団からは、シロウに今後の激励の言葉が飛び交い、闘鬼神からは、二人を祝福する言葉と共に、
「何卒! ナズナ様をお幸せに!」
と、泣き叫ぶカサネに、うるさい! という突っ込みの声が上がっていた。
十二星天やカドル、エンライ等からの祝福には、若干緊張していたみたいだが、アヤメとショウブ、コスケの場では普段通りに会話していた。
「皆、ありがとう。本当に、長い間、待たせてしまったようで……」
「けっ! まったくだ。まあ、これで長年の肩の荷も下りた。今後は、お前らの夫婦生活を眺めながら、裏で笑っていてやるよ」
「アヤメさん……酷いです……」
「シロウ、ナズナを泣かせるでないぞ。泣かせたら、妾がお前を泣かせるからの」
「泣かせるか! それに泣かねえよ。今更お前に何かされたところで泣くわけねえだろ。今は、毎日が楽しいからな」
「ふん! 目の前で見せつけてくれるのお……」
「ショウブさんも、早く良い人を――」
「うるさいわい!」
「おめでとう、シロウ君にナズナちゃん。あの日……花街で皆を保護した時の事をまるで昨日の事のように思い出す」
「コスケさん……俺達の方こそ、ありがとうございます」
「長年、私の側でお力を貸してくださいましたこと、本当に感謝します。コスケさんも、私にとっての、もう一人の“父”です」
「ハハハ……いかんな……嬉しくて……歳かな、私も……」
コスケは、その場で涙を流し始めた。孤児となり、物乞いをしていたショウブ、シロウ、ナズナをジゲンが拾った時、側に居たコスケはその日から、ジゲンと同じく、二人の成長を見守ってきていた。
ジゲンが行方をくらましても、得にナズナの成長を、一番近くで見守っていた。そして、ジゲンの代わりに花街や高天ヶ原を護ってきた。
初めて会った時や素行の悪い客に対しての態度も、それによるものだ。ジゲンが居ない間、ジゲンのように、花街を護ってきたコスケ。
長年の苦労も報われるように、幸せになった二人を祝う涙は流れていった。
コスケは必死になりながら、涙を拭い、ニコッと笑った。
「さ、さあ、私の事は気にせず、早く、二人の“父親”の所に行っておやりなさい」
コスケにつられて、涙を浮かべ始めていた二人だったが、それを拭い、二人はこちらにやって来た。
そして、最初にたまの前で笑みを浮かべる。
「たまちゃん、今日まで、何から何までありがとな」
「ううん! 私も楽しかったし、お兄ちゃんとお姉ちゃんが笑う顔、見たかったから!」
「ふふっ、ありがとう。これからも、ムソウさん達と一緒に、いつでも遊びに来て良いからね」
そう言いながら、ナズナはたまの頭を撫でる。たまはぱあっと顔を明るくさせながら、うん! と頷いた。
妓楼という場所に、たまを連れて来ることに難色を示していたが、新しい高天ヶ原は、たまのような小さな子供でも楽しめるところがある。それに、そういう事なら連れて行くことも悪くはない。
ジゲンと共に、何度でも遊びに来てやるとしようと思っていると、続いて二人は俺達の前に立った。次は俺達で、最後にジゲンらしい。
流石と言うべきか、キキとリンは黙っている。場はわきまえるらしいと内心で笑っていると、シロウから口を開いた。
「旦那、今日はありがとう。ずいぶんと待たせてしまった」
「待ってたのは、ナズナだろ? 結局、手紙を届けることなく、俺はお役御免だ。責任は取れよ」
「せ、責任って……」
「ナズナを幸せにするだけだ。簡単だろ?」
「お、おう……それは、任せてくれ」
シロウの答えに、上出来だと返しながらシロウと盃を合わせた。
そして、次にツバキとリンネが二人に祝いの言葉を贈る。
「ナズナさん、シロウさん、おめでとうございます。ナズナさんは不器用ですので、シロウさんがしっかりと助けてくださいね」
「ナズナおねえちゃんはおっちょこちょいだから~!」
「んっ……リンネちゃん、私も、最近はちゃんとしているのですよ。もう、何も無いところで転ばなくなりました」
いや、普通の人間は、何も無いところで転ばないんだが……。
「……シロウさん。よろしくお願いしますね」
「あ、ああ、嬢ちゃん。任せてくれ」
「ツバキさんは、私をどういう目で見ているのですか?」
「私も苦労しました……」
「うぅ……助けられました~」
祝う気があるのか分からないツバキの言葉により、ナズナは顔色を悪くする。しかし、すぐに二人で顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
「フフッ、本当に、色々な方に助けられてきました。今後も、よろしくお願いします」
「こちらこそ、です。共に、協力し合っていきましょう」
「リンネちゃんもよろしくな。ケリスの一件では、リンネちゃんにかなり助けられた。もちろん、今でも頼りにしている。でも、偶には俺の事も頼ってくれよ」
「うん! リンネもね、おにいちゃんがすごいってしってるから、おにいちゃんのこともたよる~! それにね、リンネ、おにいちゃんならぜったい、おねえちゃんをたのしくすることができるっておもってる! がんばってね!」
……ある意味、ここに集まった人間の中で、一番良い言葉で二人を祝福するリンネ。シロウとナズナは嬉しそうな顔で頷き、リンネの頭を撫でた。
ここで、子供は? と、聞くほど、俺は野暮ではない。出掛かった言葉をぐっと飲み込みながら、俺は二人にジゲンを指しながら、早く行ってやれと急かした。
二人はコクっと頷き、ジゲンの前に来た。ジゲンは、その場で優しく微笑みながらシロウとナズナを見つめていた。
「ふむ……ようやく儂か。待ちわびたぞ、色々と……」
「お、おう。待たせて悪かった」
「申し訳ございません」
苦笑いする二人に、ジゲンは、ふむ……としばらく何かを熟考した後、懐に手を入れた。
「……やはり……何か違和感があるのお」
「「……え?」」
キョトンとする二人の前で、ジゲンは懐からあるものを取り出し、ニコッと笑った。
「二人にとっておきじゃ。誰かにやらされるのは嫌じゃが、今日は特別じゃ……少々、待ってくれ……むん!」
ジゲンは懐から取り出したものに魔力を込める。それは、事前にシンキから貰っていた、時間魔法を起動させる魔道具だった。魔道具が輝き、ジゲンの体を包んでいく。
これは俺も知らなかった。無論、ツバキも、牙の旅団も、闘鬼神も、十二星天の何人かも知らないことだったらしく、皆、目を点にしてジゲンを見つめている。
魔道具を渡したシンキは良いとして、サネマサは知っていたようだ。後で聞いたところによると、見送るなら、二人の“親”である“刀鬼”としてと、サネマサと話し合って決めていたそうだ。
ジゲンを包んでいた光は徐々に収まっていき、その中から、以前刀精の祠で見た、若かりし頃のジゲン……いや、“刀鬼”ジロウがそこから現れた。
「え……は……?」
「じ……ジロウ……さん……?」
当然、シロウとナズナはあまりの出来事に驚いている。二人だけでなく、あの時、刀精の祠に居なかった者達も同様の顔をしていた。
ただ、今回のジロウは俺も初めて見る姿だ。あの時よりはもう少し歳をとっていて、今の俺くらいの見た目である。
キキとリンに関しても、大きく目を見開きながら、何も言えないようでジロウを見ていたが、ハッと我に返ったキキが戸惑いながら、ジロウの袖を掴む。
「お、お爺様……そのお姿は……?」
そんなキキに、ジロウは一つ咳ばらいをしながら、笑みを向けた。
「ああ……キキ。少し、静かにしてくれても良いか? 二人とゆっくり、話したいんだ」
「え……は、はい!」
口調も態度も姿勢も目つきも、何もかも先ほどまでのジゲンとは違うが、キキは素直に、ジロウの言葉に頷き、ススっと身を引いた。
やれやれと言った感じにジロウは小さくため息をつきながら、再びシロウとナズナに視線を戻す。
「さて……二人を祝うなら、この姿で、だ。どうだ、懐かしいだろ? あの頃に戻ったみたいでな」
「いや……え……?」
未だ状況を理解できていないシロウとナズナは戸惑ったままだ。
ジロウは、はあ、とため息をつき、シロウの胸を小突いた。
「まったく……こんなことで、いちいち動揺するな。今時、時間魔法で少しの間だけ若返るくらいよくある話だ。夫婦になれば、こういうことの連続だ……と、昔、兄者が言っていたぞ」
よくある話ではないよな、と俺達が首を傾げている中、シロウとナズナはようやく状況を理解できたようで我に返った。
「あ……い、いや、親父……? な、何で……?」
「爺さんの時のままだと、何か違う気がしてな。二人を祝うなら、あの頃の姿の方が良いと思ってな」
「く、口調や態度が違いすぎますよ……?」
「たまが怖がるかと思って変えたって言っただろ? まあ、それは杞憂だったが」
ジロウは確認の為、たまに視線を送る。たまはジロウの言葉に嬉しそうに頷いて応えた。
それを見た二人は、納得と言った感じに静かに頷く。
「本当……迫力あるな、親父。俺にとっては、どう足掻いても追い抜かせそうにないくらい大きい……」
苦笑いしながらそう言ったシロウの言葉に、ジロウはニカっと笑った。
「何言ってんだ。お前は俺を追い抜いている。俺は結婚なぞしなかったからな」
「いや、そういう意味じゃなく……あれ? 本当はしたかったのか? 例えばシズさんと……?」
「ん゛っ! ……いや、そういうわけじゃない。何度も説明しただろ? 俺はいつ死ぬか分からない身だったんだから――」
少し顔色を悪くするジロウの言葉に、遠くからシズネが反応した。
「今ならまだ間に合うわよ!」
そして、大きく手を振るシズネだったが、ジロウはさらりと無視する。
「……どっちにしろ、その気は無かった。俺に女を幸せにすることなんざ出来ねえよ。苦労させることが目に見えている。これは、こないだアヤメが言っていたとロロ殿に聞いたから間違いない」
な? と今度はアヤメに確認の為の視線を送るジロウ。アヤメは唖然としながら、ゆっくりとロロに視線を送った。ロロの方はバツの悪そうな顔で固まりながら、そっと視線を落とす。
どうやら本当の事らしい。
「まあ、そんなわけで、女を幸せに出来るお前は、既に俺を越えている」
「そ、そう言うものか……?」
「私は……私達は、ジロウさんの所で幸せでした。勿論、今も……」
ジロウは女を幸せに出来ない。それは違うとナズナはジロウに訴えかけた。そうは言っても、ジロウと共に過ごす間は、本当に楽しい毎日だったと、ナズナに続き、シロウもそれに頷いていた。
ジロウは少し驚いたように目を見開いたが、やがて、フッと笑みを浮かべながらナズナの頭を撫でた。
「それは……お前達が俺の“子供”だったからだ。“子供”を幸せにするのは、“親”の役目だ。だから……本当に、お前達が結ばれて良かったと、心の底から思っている。
そして、お前達が居たから、俺のやって来たことは無駄じゃなかったってことの証明にもなっている……本当に……ありがとう」
「親父……」
そう言って、二人に頭を下げるジロウ。今は、シロウ達がジロウに長年の感謝を述べる場だが、ジロウもシロウ達が居たから、幸せだったと感謝していた。
そして、顔を上げて、ジロウはシロウの事をまっすぐと見つめた。
「シロウ。お前は、昔は泣き虫で、弱々しくて、頼りない存在だった。だからこそ、俺は、お前に強くなって欲しかった。強くなって、強く生きて、アヤメやコスケ達と一緒に、この街を護って欲しかった。
お前は、俺のそんな思いに応えるように、どんどん強くなっていった。俺の技を継ぎ、俺の想いを継ぎ、今日まで、ジロウ一家の二代目頭領として、下街を……この街の者達を護ってきた。
あの時……そう。お前に「零の刀」を与えた日……俺は、お前がちゃんと俺の意志を継いでくれているってことを確信出来て、本当に嬉しかった。
これからはナズナを……俺の“娘”を頼むぞ」
そう言って、シロウの胸に拳を当てるジロウ。ジロウの言葉を聞きながら、シロウは目から涙をこぼしながら、何度も頷いていた。
「ああ……ああ! ありがとう……親父ぃ……! 俺を……“息子”と……呼んでくれて……“息子”に……してくれて……!」
泣いては涙を拭うシロウに、やっぱり治らねえか、と優しく諭しながら、笑うジロウ。
泣いてはいるが、最初に会った時と比べると、自信もついたシロウは確かに、ジロウと同じくらい大きな存在だと感じた。
アイツも、もっともっと強くなるだろうと、俺もシロウの今後を応援することにした。
続いて、ジロウはナズナの顔をまっすぐと見つめる。こちらは、既に涙を流しながら、鼻をすすっていた。それを見たジロウは、クスっと笑、ナズナの頭にポンと手を置いた。
「似たもの夫婦だな……」
「す……すみま……せん……!」
「いや、良いんだ。寧ろ、お前はそれで良いんだ、ナズナ。
自分の気持ちに正直になるというのは、お前の良いところだ。
お前には武器など持たせず、ショウブと一緒に普通の女として幸せになって欲しかったが、お前も、アヤメやコスケと一緒に、この街を護っていきたいと、あの頃、俺に言って来ていた。お前にも、強い意志というものがあると、俺に何度も見せつけてくれていた。
そして、不器用ながらも、ここを……高天ヶ原を護ってきた。お前の、その、何事にも一生懸命な姿に、これだけ多くの者達もついて来るようになった。器のデカさという意味では、お前も俺を越えている。
今後も、シロウの事をしっかりと支えるのも良いが、ここの事を頼むぞ。
この先も俺に、お前の強さと、それによって得た、お前なりの幸せというものを見せつけてくれ!」
「は、はい! ジロウさ……“父さん”!」
ナズナは飛び出し、ジロウの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。ジロウはしっかりと抱き止めて、ナズナの頭をポンポンと撫でながら、ナズナをあやしていく。
その光景に、ある者は賛辞を贈り、ある者は涙を流し、ある者は、二人ばかりずるい! 妾も褒めるのじゃ、とジロウに喚き、ある者はあいつ等もまだまだ子供だな、と笑っていた。
そして、誰からともなく、ジロウ達に拍手が贈られ、会場全体が割れんばかりに拍手で包まれていった。
やれやれと言った感じに、ふう、とため息をつくジロウ。そろそろ、ナズナも落ち着いただろうと、その身を放した。
「さて……もう良いだろ……って、駄目だ。泣き過ぎて化粧がぐちゃぐちゃじゃねえか。宴会始まってすぐだが、お色直ししねえとな。コスケ、アザミ殿、四天女殿。ナズナを頼めるか?」
ナズナの顔を隠しながら、ジロウはコスケ達の視線を送った。
コスケはすぐに頷き、スッと立ち上がる。
「お任せを。にしても、流石ジロウ様です。高天ヶ原の妓女をこうも簡単に泣かせるとは……私、感服いたしました」
「冗談言ってねえで、早くしろ。この後はシロウの舞もあるんだからな。この間に……シロウ、取りあえず酒でも飲みながら、今度は夫として、父親としての心構えってやつをムソウ殿に聞いておけ。この中だと、ムソウ殿しか適任が居ないからな」
「お、おう!」
涙をぬぐいながら、シロウはすぐに頷き、俺に、伝授、おねがいします! と元気よく頭を下げてきた。
俺に振るのかよと思いながら、ジロウに視線を送ると、何かニヤニヤしていた。仕方がないなあと思いつつ、俺は、シロウに対して色々と聞かれたことに答えていく事にした。
どこまでも俺を振り回す“一家”……いや、“一族”かと頭を掻きながら、俺なりの心構えを伝えていった。




