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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
世界が動く
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第390話―シロウとナズナの祝言―

 祝言当日、俺達は全員綺麗な着物や袴を着て高天ヶ原へと向かった。トウショウの里は今日、どこもかしこもお祭り騒ぎだ。

 皆、朝から酒を飲んだり、往来で踊ったりしながら、シロウとナズナの婚姻を祝っている。

 ジゲンの方は、料理の準備をするたまやアザミ達女中と共に、先に会場へと向かっている。コウシ達牙の旅団も、カドルと共に向かっていた。

 コモンは、王都に居るシンキやジェシカを迎えに、こちらも朝早くロロと出て行った。皆とは高天ヶ原で合流する予定だ。

 今日は、高天ヶ原で祝言をして、皆と食事を摂った後は、上街から下街までを練り歩き、夕方、刀精の祠にて、牙の旅団を見送る……という流れとなっている。

 予定通りことが運ぶと良いがな、と渡された進行表を見ながら、ツバキ達と共に笑っていた。


「さて……今日は、俺達はあくまで招待客だ。全員、粗相のないようにな」

「う~っす……って、今日は頭領も大人しくしているんすか? 余興とかは?」

「頼まれてないからしない」

「え~、つまらないっすね~」

「祝言を何だと思ってんだ、ダイアン。厳かな場でそんなことをしてみろ。下手をすれば恥だけかくぞ。それに、予定では四天女の舞のお披露目と言うのがあるらしい。それを邪魔して、俺が何かやっても良いのか?」


 そう言うと、ダイアンはハッとした顔つきになり、俺をまっすぐと見てきた。


「それは勘弁っす。絶対に」

「フンッ。アザミの前で、鼻の下伸ばすなよ」


 少しムカついたので言い返すと、ダイアンは顔色を悪くし、ルイ達に弄られながら大人しくなっていった。


「それにしても、四天女の皆さんの舞ですか。ナズナさんを祝う場で、ナズナさんが踊るのでしょうか?」


 ツバキの方は進行表を見ながら首を傾げる。確かに、それは少し違和感があるなあと思っていると、横からカサネが顔を出した。


「ツバキさん。本日の舞は三つに分かれておりまして、まず、シロウさんとナズナ様のお二人が、未来永劫続く夫婦円満を願った舞を踊ります。

 二つ目に、新郎であるシロウさんが、愛する新婦と家を護り抜く誓いを立てる舞を披露されます。

 そして最後に、四天女の皆様が、僕達招待客は勿論、アヤメ様やショウブさん、ジゲンさんのように、お二人を祝うという意味を込めた舞を代表で踊ってくださいます」


 饒舌なカサネの言葉に、俺もツバキも、思わずポカンとしてしまった。


「く、詳しいな、カサネ」

「隠密ですから。頭領の為に調べておくくらい、造作もありません」

「という名目で妓楼を楽しんでいたな? なるほど……」


 俺の言葉に、カサネは口をつぐみ、一瞬固まったかと思ったが、すぐに口を開いた。


「……という事で、祝言での舞というのは、何も祝うために披露するという意味以外にも、夫婦にとって大切な意味も持ち合わせているのですよ」


 どうやら、俺の事は無視らしい。カサネは、ツバキにばかり祝言の進行について説明していく。

 ツバキは、戸惑いながらも、はあ、と小さく頷いた。


「そういう事でしたか。しかし、最後の四天女の舞はどうするのでしょうか?」


 結局のところ、最初の疑問は解けていないなと思っていると、カサネは更に続けた。


「それがですね、ナズナ様がご結婚された事により、妓楼で客を取るという事が出来なくなりまして、四天女、というか、妓女を引退することになったのです」

「え……そうだったんですか。それは初めて知りました」


 再びツバキは驚いた顔となり、近くで話を聞いていた他の者達も、少しどよめき立つ。


「おい、カサネの奴、どれだけ妓楼に行ったんだよ……?」

「また、浮浪者に戻る勢いよ……」

「詳し過ぎだろ。何か、怖いな……」


 そんな言葉が聞こえてくるが、俺も若干同じ思いとなっている。少しカサネに引きながら話を聞くと、シロウと婚約し、ただ一人の男を愛する立場となったナズナは、コスケやアヤメの説得もあり、今後、客の相手はしないこととなり、主に妓楼の経営に関わる仕事をこなすこととなったようだ。

 これにより、ナズナもその一人だった四天女という立場も引退することに決まったようだ。


「それで、ナズナ様が抜けた四天女ですが、三人で四天女と言うのもおかしな話ということで、本日お披露目する舞で、ナズナ様の後任となる新たな四天女もお披露目の場という事にしたいそうです」

「え、もう決まったのですか!?」


 予想以上に早く、四天女の最後の一人が決まったという事で、ツバキは驚いていた。一体、どんな女なのだろうかと思っていると、カサネは頷きながら口を開く。


「はい。以前、高天ヶ原で働いておりましたツバキさんと入れ替わりに、四天女の新造となった方です。とても……愛らしい方です……」


 恍惚とした表情を浮かべるカサネ。若干顔を赤くしている。

 一同、カサネが何故、高天ヶ原に何度も行くのか分かった気がする。新造とはいえ四天女付きだ。別で客を取っていたのかも知れない。相当器量も良いし話も上手いのだろうな。

 そしてツバキも、あの子が、とその新造を思い出したらしく、納得した顔をしていた。


「ということは……カレンさんですね。なるほど……」

「はい。とてもいい子ですよね……」


 ツバキもすぐに納得し、カサネが相当入れ込む相手。どんなものか、妓女とかに興味が無い俺でも、若干気になってくる。

 しかし、新しい四天女とは言え、ついこないだまで新造だったという事は、十五かそこらだ。

 以前、高天ヶ原を訪れた際の禿の事もあるし、カサネ……お前……。


 俺達は、金の方はさておき、間違いだけは起こすなよ、と心の底からカサネの背中に訴えていた。


 さて、カサネの新しい四天女についての熱弁を聞いているうちに花街に入り、高天ヶ原に到着した。

 祝言ではなく、カレンという妓女のお披露目の方を楽しみにしているというカサネに、一応釘を差した後、俺達は中に入った。


 中では、招待された貴族や、クレナ各地の自警団の長達、それに、ジロウ一家の者達が、そこかしこで祝言の開始を待っていたり、そんな客達を妓女が相手をしていた

 ざわざわとしているなと思っていると、何人かが俺達に気付き、視線が集まってくる。


「む? あの者が冒険者ムソウと、EXスキルを使うという騎士ツバキか。見た感じでは、何も無さそうだな」

「こちらから何かしてこないのなら、何もしないとのことだ。やはり、以前、ここに居た者達は阿呆だったという事だろう」

「我らは何もしないようにしておこう……にしても、あれが資料にあった神獣の従魔か……何とも可愛らしい……」


 貴族達からはそんな声が聞こえてくる。視線が合うと、笑みを浮かべながら一礼し、何人かに至っては、リンネに小さく手を振るほどだった。

 なるほど。アヤメの言うように、前までこの街に居た貴族達よりは、幾分か、というより、だいぶマシなようだな。まあ、俺にとってだが。

 ただ、今後、この街にどのような影響を与えるかは未だ不明なので、俺も下手なことはしないようにしよう。

 話題に上がったツバキは、少しため息をつきながらも、仕方が無いですね、と少し吹っ切れた様子だった。

 何もしてこないならそれに越したことは無いと、ツバキの方も貴族達に何か言うことも無く、ダイアン達も面倒ごとは避けると言って、軽く会釈する程度に留め、中を進んでいく。


 すると、正面でショウブとジロウ一家のフクジが受付をしていることに気付き、近づいていく。


「おお、ムソウ殿。よくぞ参られたな」

「おう。改めて此度はおめでとう。コイツは闘鬼神一同からのご祝儀ってやつだ」


 俺は懐から皆から集めた祝儀袋を取り出し、ショウブに渡した。しかし、重さの所為で両手で持つことが出来ず、どさっと台の上に落としてしまった。


「多いのう。不躾な質問じゃが、どれくらい包んだのじゃ?」

「本当に不躾だな……え~っと、全部で金貨5000枚くらいか?」


 横に居るツバキに一応確認すると、コクっと頷く。通常、祝儀の相場は銀貨300枚程度らしいが、シロウにもナズナにも世話になっているし、ジゲンの縁者でもあるので、少し多めに包んでおいた。

 ショウブは少々驚きつつも、ありがたい事じゃと言って、ご祝儀を異界の袋に納める。


「さて、ではこちらに記名をするのじゃ。それが済んだら案内に従って、上の部屋で待っていてくれ。既にサネマサ殿やシンキ殿も来ておる」

「ああ、分かった」


 俺達は一人一人、帳簿のようなものに名前を書いていき、一人の禿に従って祝言が始まるまでの間、待機する部屋へと移動した。

 移動する間、リンネはその禿と祝言が楽しみだという話で盛り上がっていた。どうやら、妓楼で働いている間に出来た友達らしい。

 禿によれば、たまを含めた女中達全員も料理の下ごしらえは終わっており、後は高天ヶ原に元からいる料理人に任せる段階だという事で、今は全員、待機しているか妓女たちの支度の手伝いをしているという。

 たまは、ジゲンと共にシロウとナズナの元に居るらしく、本番前には会えるとのこと。

 それまで、俺達もゆっくりしておくとしよう。


 さて、待合室に着き、禿はいったん下がった。普段は大宴会場の一つだというカサネの説明を横に聞きながら襖を開ける。


「お、来たな、ムソウ」


 その瞬間、中から声がかかる。それは、サネマサだった。黒い紋付の袴に身を包んでおり、普段よりもきちんと格好をしている。

 こないだ折った刀の事は、コウシ達の言葉通り既に気にしていない様子で、祝言が楽しみだったという感じの満面の笑みで迎えてきた。


 おう、と頷き部屋に入ると、サネマサ以外に、ジェシカ、ロロ、レオパルド、麒麟の二人、ジーン、コモン、ジロウ一家、そして、シンキも正装した状態で部屋の中に居た。

 ひとまず、ダイアン達にはゆっくりとしていろと命じ、リンネは麒麟の二人の所へ行って、それぞれの時間を過ごし始めた。

 俺とツバキは、天上の儀の事もあるし、シンキとジェシカに挨拶しておこうと思い、まず、シンキに近づいていった。


 式次第を読んでいたシンキは顔を上げ、俺達の方に視線を向けた。


「よう、ムソウ。しばらくぶりだな」

「ああ。色々とお疲れさんだったな」

「まあ……な。今回の天上の儀は、アヤメは生き生きと出来たみたいだが、俺の方は……まあ、聞いての通りだ。色々と疲れたな」


 小さくため息をつきながら、苦笑いするシンキに、何となく、悲壮感というものを感じた。仕方ない事とは言え、十二星天が完全に割れたのだ。頭を抱えたくなるのも無理はないだろう。

 ただ、祝言の前に、そんな顔はしないでもらいたいものである。やれやれと思っていると、ツバキが心配するようにシンキに近づく。


「ご無理はなさらないように」

「ああ、ありがとう。そういや、リーから何かあったか? コモンやサネマサからは何も聞いていないが……?」

「ええ、おかげさまで、今のところは問題なしです」

「そうか。それは良かったが、まだまだ油断は出来ない。何かあったら、コモンを介し、すぐに俺に伝えてくれ。出来る限りのことはする」

「そんな……たかが私の為だけにご無理はなさらないでください」

「たかが、じゃない。お前も俺の戦友の意志を継いでいる者の一人だ。そんなお前の為なら何でもやってやる。でないと、ムソウともどもエンヤやハルマサに怒られてしまうからな」

「そうですか……では、その際はよろしくお願いします」


 頭を下げるツバキに、シンキは、おう、と頷く。それを横目に、実はもう一人、ツバキに付いている者が居るんだよなあと、思わず出そうになった笑みをぐっとこらえていた。

 この楽しみは祝言後の刀精の祠までとっておこう。

 そして、天上の儀の事諸々の話は後で良いかと思い、シンキの挨拶を切り上げ、次にジェシカの方へと近づいていった。

 ロロと何か楽しそうに話をしていたジェシカは、俺達に気付き笑みを向けてくる。


「あら、ムソウさん。お久しぶりです」

「おう。コイツが弟子入りしてから、ちゃんとした挨拶はしてないと思ってな。うちのロロが世話になっている。今後とも、よろしく頼む」


 改めて、ロロの弟子入りについて、ジェシカに頭を下げた。

 すると、ジェシカはクスっと笑って、はい、と頷く。


「お世話になっているのは私の方こそ、です。こちらこそ、よろしくお願いします」

「ああ。ところで、サンチョもコイツを後継者と認めたようだが、良いのか?」

「ええ。サネマサさんやジロウさんの盟友の方にもお認めになられたのです。ロロさんは本当に凄い方だと思いますよ」


 そう言いながら、ロロの頭を撫でるジェシカ。ロロは顔を真っ赤にしながら、慌て始めた。


「そ、そんなっ! わ、私は……」

「俺も凄い奴だと思っている。天上の儀で立ち回りは何とも面白いものだったからな」

「しばらくは、こちらで弄ることが出来ますね」


 俺に続き、ツバキもそう言ってクスクスと笑い始めた。ロロは更に顔を真っ赤にしていく。


「と、頭領はまだしも、ツバキさんまで! もう! 私は反省したのです! 掘り返さないでください!」

「はい。ロロさんは、ムソウ様にも出来ない、反省と行動の自重というものが出来る方です。凄いと思いますよ」

「……おい」


 ロロを笑っていた俺の顔から笑みが消える。ツバキめ……それくらいは俺にも出来る。


「……それは……褒めているのですか? 貶されているのですか?」


 ロロはジトっと、ツバキを見つめるが、ツバキはあっけらかんと、もちろん褒めておりますと、笑みを浮かべたままだった。

 頬を膨らませながら、ロロはツバキに、意地悪ですぅ~とぼやき始める。

 すると、またもジェシカがクスっと笑みをこぼし、口を開いた。


「ふふっ、やはり、ロロさんはムソウさん達と一緒に居た方が生き生きとされていますね。少し、羨ましいです」


 そう言って、更にロロの頭を撫でるジェシカ。その表情はどこか寂しそうで、何かを夢見ているような目だった。何を思っているのかは大体分かる気がする。

 今日の祝言は、かつて人界に多大な貢献を成したジゲンと、クレナ領主であるアヤメ、更に十二星天であるサネマサに縁がある者同士のものであり、こうして十二星天から六人も参列している。

 ミサキは、まあ、良いとして、後の五人も、何かのめぐりあわせというものが違っていたら、ここに居たのかも知れないな。

 今まで、同じものに感動し、笑い、泣き、怒り……様々な事を経験し、心を通わせていた仲間は、もう居ない。

 ならば、今居る者だけでも、ずっと大切にしよう。そんな感情がジェシカから伝わってきた。


 そんなジェシカの心の変化に気付いたのか、ロロは不思議そうな顔をしていたが、不意にハッとして、口を開く。


「あ、あの……ジェシカ様」

「……え、あ、はい、何でしょうか?」

「あの……髪は整えましたので……」

「あ……ごめんなさい。今日は、シロウさんとナズナさんの祝言ですからね。明るく行きましょう」


 ロロの言葉に、顔色を明るくさせたジェシカは、少し乱れたロロの髪形を直し、これで大丈夫と、ニコッと笑った。

 何となく、ジェシカが“聖母”たる所以が分かった気がする。ひとまず落ち着いた様子に、やれやれと思っていると、ジェシカは、次に俺の顔に目を移した。


「そう言えば、ムソウさん。お髭が……」

「おう。ちゃんと整えたぞ。流石に伸ばしっぱなしで行くのは良くないと思ってな」

「いえ……いっそのこと、全て剃ればよろしいと思います」

「剃らない。俺はこれで良いんだ」


 せっかくここまで伸びて、昨晩いい感じに整えたのだから、寧ろ剃る方が勿体ない気がする。今日は誰が何と言おうともこのままでいくと言うと、横からツバキと、ロロのため息が聞こえてくる。


「ムソウ様がここまで頑固とは思いませんでしたね……」

「勿体ないですよ、頭領。私も、髭は無い方が良いと思います」

「そう言われてもな……前にも説明したと思うが、これはサヤがな……」


 と、俺は髭を伸ばしている理由と、剃らない理由をジェシカ達に聞かせる。ツバキには何度目だろうか。いい加減、納得して欲しいものである。

 ロロとジェシカには初めて話したからか、少しばかり驚いたような顔となっていた。


「なるほど……つまり、ムソウさんの奥様が、髭はあった方が男らしい、と……変わった考え方の方だったのですね」

「そう言われると……若干だが、腹立つな。だが……」


 サヤの事を悪く言われた気がして、ジェシカに一瞬苛ついたが、確かに、サヤは少々変わったところがあったのかもしれない。

 普通、夫婦喧嘩で包丁を投げてくるような事はしないだろうし、日常茶飯事に悪戯を仕掛けてくることは、一般的には無いと思うし……。


「……そうだな。サヤは少しだけ、皆と違っていたのかも知れないな」

「ちなみに、ムソウ様にとって、サヤ様が明らかに他と違うと感じるのはどんな所でしたか?」


 顔を覗き込んでくるツバキに、俺は即答した。


「そりゃあ……俺を好きになってくれたことだろ」


 そう言うと、ツバキはすました顔で微笑み、ジェシカとロロは照れたように顔を赤くして、驚いた様子で俺の顔を見てきた。

 そんなに可笑しなことを言ったのだろうかと首を傾げていると、突然、後ろから頭を小突かれる。


「あ痛てっ! ……って、サネマサか。どうした?」

「人の祝言で惚気るなよ」

「あ、悪い」


 一応謝るが、反省する気は無い。祝言の前に惚気るのは駄目だとか、縁起が悪いとか聞いたことが無い。変な質問をしてきたツバキが悪い。

 ……あ、さっきツバキがロロに言った言葉通りになったな……まあ、良い。


「ところで、サネマサは何でここに居るんだ? 牙の旅団として、爺さん達に付かなくて良いのか?」

「いや、これから皆の所に行くつもりだから、声を掛けておこうと思ってな。もう少ししたら、お前の所の女中がここに来るから、今のうちに厠なり色々と済ませておけと伝えておいてくれ。あ~っと、ジェシカ、今、シンキに声を掛けづらいから、お前に伝えておくが、十二星天はムソウ達とは別に会場へ案内されるからな」

「あ、はい、わかりました」

「よし。じゃあ、また後でな」


 突然現れたサネマサは、連絡事項だけ伝えて、そのまま部屋を出て行った。

 あそこまで忙しそうに、更に、闘い以外で真剣に自らの役割をこなすサネマサは新鮮な気がする。

 ジェシカもロロも、ツバキでさえも、先ほどのサネマサに違和感を抱いたようだが、緊張をごまかしているだけでは? というツバキの推察に、俺達は頷いていた。


 兎にも角にも、そろそろ時間らしい。言われたように、部屋でくつろいでいる奴らに、サネマサからの連絡事項を伝えて、お呼びが掛かるのを待っていた。

 すると、襖が開き、アザミを先頭に三人の女中が部屋に入ってきた。


「皆様、大変お待たせいたしました。これより会場にご案内いたします」


 そう言って、闘鬼神、ジロウ一家、十二星天をそれぞれ、アザミが連れて来た女中の後ろに並ばせて、最初に十二星天、次にジロウ一家、最後に闘鬼神の順で部屋を出て行く。

 麒麟の二人と離れたリンネが俺の元まで戻ってきて、うずうずとした様子で俺の手を握った。


「向こうに行ったら、俺が良いと言うまで、大人しくしてるんだぞ」

「は~い」

「静かにしているのですよ」

「わかってる~。キキおねえちゃんと、リンおにいちゃんにもいわれた~」


 自信満々に胸を張るリンネ。なるほど……ならば、キキとリンの事は気にしなくて大丈夫そうだな。最後まで頭の中にあった心配事が無くなって良かった。


 さて、アザミに案内されて会場に到着し、中に入った。

 大きな広間の正面には、見慣れた鬼族の女、コウカと、見慣れない精悍な男の彫像が立っている。

 その雰囲気から、誰に聞かずともそれが初代人界王シンラ……俺の息子であるカンナだという事は分かった。

 二人は、この世界における夫婦の象徴になっているからな。祝言などでは、この二人に、永遠の愛を誓うのだろう。


 ……しばらく、カンナの彫像を眺めていた。ロロが王都から買ってきた精霊女王の物語の、挿絵で成長したカンナの姿は知っていたが、こうして彫像で見ると……なるほど。立派になっていたものだな。

 あの時……お前の十歳の誕生日を祝う会で、俺はお前とサヤを喪った。もし、何かが変わって、お前をあの時助けることが出来たなら、俺が今目にしているお前とも、共に闘うことが出来たのだろうか……。


「……ムソウ様?」

「……ああ。行こうか。俺達の席は……」


 ツバキに声を掛けられた俺は、闘鬼神を伴い、決められた席に座る。


 彫像を正面に、向かって右側にコウシを先頭に牙の旅団とジロウ一家の者達が並び、左側に、シュンカを先頭に四天女とこの妓楼の男衆や位階の高い妓女たちが並んで座っている。

 四天女の中に、見慣れない女が一人。あれが、カサネの楽しみにしている新しい四天女かと視線を移す。

 化粧はしているが、確かに他の四天女に比べて幼い感じがする。パッと見た感じだと、ロロやミオンくらいかと思う。

 ふと、カサネに目をやると、顔を赤くしながら恍惚した顔でその妓女、カレンを見ているが、横からルイに小突かれ、俺がジトっと見ている事に気付き、その仕草を辞める。


 コウシ達と四天女は、所謂親族席という事で収まっているようだ。先頭にはそれぞれ空いた席がまだ残っている。あれは恐らくジゲンとコスケの席だろう。コウシ側には二つ。たまもあそこに座るようだ。

 そして、彫像の両側で、同じくこの祝言を見守るように、十二星天が横に並んでいる。レオパルドの側には麒麟の二人が大人しく座っており、流石にこの場で騒ぐようなことはしないようで安心する。

 ジェシカの側には、ロロが座っており、居心地悪そうに、戸惑った顔でこちらも大人しくしていた。


 コウカとカンナの彫像のすぐそばにはシンキとアヤメが立っている。俺達の世界で言うところの神主や斎主のようなものに当てはまるのだろう。アヤメも今日ばかりは、正装し薄っすらと化粧をしていて、普段とはまるで別人だなと感じた。

 その前の、空いている二つの席、新郎と新婦の席の後ろにはショウブが居る。アイツがあそこにいる意味が分からないのでツバキにコソッと聞くと、立会人と見届け人を兼ねているとのこと。

 真剣な眼差しに、今日ばかりはショウブが大人に見えた。


 そこに、貴族と自警団の長が決められた順で座っている招待客の席が続く。一応、位の高い順にするというのはこの世界でも暗黙の了解であるらしく、波風が立たないように配慮した。

 俺も、席順には口を出し、どれだけ二人と親しくても、俺達はトウショウの里の一住民であり、冒険者だ。

 というわけで、招待客の中でも末席に座ることにした。まあ、これに関しては、皆も俺も特に気にしていなかったが、肝心のシロウとナズナが難色を示していたが、ジゲン達が一番近くで二人を見られるのなら、後はどうでも良いだろと笑って返した。


 さて、俺達も決められた席に座り、仕事を終えた女中達も全員揃ったところで、シンキとアヤメが頷き合い、拡声の効果を持つ魔道具を手にし、口を開いた。


「ではこれより、トウショウの里自警団ジロウ一家頭領シロウと、高天ヶ原管理者ナズナの祝言を見届け人、クレナ領主アヤメ・クレナ、人界宰相シンキ、トウショウの里自警団ジロウ一家副長ショウブの元、執り行う」

「新郎新婦、入場」


 二人の厳かな声に合わせ、会場の襖が開き、周りで妓女たちが演奏を始める。

 そして、白無垢のナズナと、ジロウ一家の紋が入った衣を纏ったシロウが入場、二人の後にはジゲンとたま、コスケが続いた。

 シロウもナズナも、真っ直ぐと前を見ながら俺達の間を進んでいく。

 この世界での祝言で、新郎新婦は、夫婦の象徴であるカンナとコウカを意識した格好になることが多いようで、ナズナの方は鬼の角を模した髪飾りを身に着け、シロウは祭祀用に作られた刀を帯刀している。自分の姿を模している女が、自分の彫像の前で永遠の契りを結ぶというこの光景を、コウカはどう見ているのかと、ツバキの首飾りに視線を落とした。特に反応は無いが、何となく、コウカの嬉しそうな顔が思い浮かんでくる。


 二人に続く、固まった面持ちのたまは、リンネの顔を見ると緊張もほぐれたようで、ニッコリと笑いながら、ジゲンと手を繋いで進んでくる。

 ジゲンとコスケは感慨深いような、今までの二人を思い返すような、何とも言えない顔をして、二人の背中を見つめていた。

 その場の雰囲気からか、ナズナの色気からか分からないが、招待客の中からは小さく感嘆の声が上がり、闘鬼神の中からもそんな声が聞こえてくる。


「ああ……ナズナ様……お美しい……」

「ちょっと、カサネ。うるさい。それから、気持ち悪い……」

「まあまあ、ルイ。許してやれって」

「シロウさんも、こうして見ると立派ですね」

「普段は……ね……」

「私達も、いずれ……ね。ダイアン」

「お、おう……」


 戸惑うダイアンに、クスクスと笑い声が向けられる。面白かったが、流石に耳障りだったので、いったん皆を静かにさせた。そういうのはこの後の宴会にとっておけというと、皆は黙って、二人を見送る。

 俺はと言うと、何となく自分達の祝言を思い返しながら、二人がこれから、カンナに永遠の愛を誓うのだと思うと、何かこみあげてくるものを感じ、黙って二人の背中を見ていた。


 そして、二人が用意された席に座り、ジゲン達もそれぞれの席に座ったところで式次第に沿って、祝言は進んでいく。


 まず、二人の門出を祝い、願う修祓。アヤメが二人の前に出た後、掌に気を込めながら祓い言葉を口にする。


「今日、ここで夫婦の契りを結ぶ二人に、三界の加護を」


 それに続き、アヤメは溜めていた気を蓮の花の形に変えて、二人に降り注がせた。花は、二人に当たるとぱあっと消えていき、光の粒が新郎新婦を包んでいく。

 この儀式、以前までは、「精霊王の加護を」という口上だったが、人界の歴史が偽りであり、かつては神族も鬼族も人族と共に大地を護っていた存在であったため、この口上となった。無論、人界でこの口上で修祓を行うのは、ここが初である。

 上手く出来るかと頭を抱えていたアヤメだったが、成功して良かったという顔を一瞬だけ覗かせた。


 しかし安心したのも束の間。続いて、アヤメとシンキによる祝詞奏上が行われる。

 こちらも、台詞の一部が今までと改変されており、必死で覚えていくアヤメというのは見ていて面白かった。

 努力の甲斐あってか、二人はつつがなく奏上を終わらせた。その時、ツバキの首から下げていたコウカの首飾りが少しだけ光った気がした。

 分かりました、とでも言っているのだろうか。今からでも、この首飾りを出来ればコウカの彫像にぶら下げたいものである。


 続いて誓杯の儀を執り行うが、ナズナは酒が苦手だ。どうするのかと思ったが、シロウが先に酒を飲んでいる間、ナズナはコソッと懐からサンチョ特製の酔い覚ましを取り出し、服用した。

 一瞬の早業だったが、ジゲン達は気付いたらしく、少し吹き出しそうになっていた。ナズナは顔を赤らめながら、スッと姿勢を正し、盃を手に取る。

 ここで使われている酒は、「大銘水」の極を越える、天上だ。大銘水・極に更に俺が天界の波動を注ぐことによって完成されたそれは、もはや光る水である。

 眩しそうにしながら、それを呑み続ける二人は全てのみ終わった後、体に何の影響もないことを感じ、どこかホッとした様子となっていた。

 ちなみに、ここまで天界の波動が濃い飲み物だという事で、呪いも癒すことが出来ると、鑑定結果で出ていた。

 ケリスの事もあり、おあつらえ向きだろと、式の前にシロウに尋ねた所、まあな、と少し焦った顔で頷いていた。


 誓杯の儀を終えた後は、指輪の交換だ。妓女の一人が持ってきた指輪をお互いの指にはめる。

 ちなみに、この指輪は、俺とジゲンで用意した。まあ、作ったのはコモンだが。

 俺を討伐するという特別依頼の際、俺達の闘いを二人に捧げると言ったが、シロウもナズナも、どこか不服そうだったため、二人への依頼として、俺とジゲンで指輪の材料を提供した。

 俺からは、地帝龍アティラから貰った素材と、雷帝龍から貰った牙、リンネの爪、そして、壊蛇の鱗の一部だ。わざわざシンムの里のサネマサの成果に赴き、ジゲンと共に回収しておいた。

 ジゲンからは、その壊蛇の鱗の一部と、かつて、ジゲンが若かりし頃、単独で倒したという、今でいうところの災害級の魔物、焔神スルトという魔物の核だ。何かに使えるかと今まで残していたそうだが、永遠に消えない炎を宿すと言われるスルトの核なら、永遠の愛を誓う二人にはぴったりと惜しげもなく提供した。

 コモンは素材を受け取りながら、


「こうして見ると、ジゲンさんの方が“規格外”ですね……」


 と、苦笑いしていた。ジゲンはこの他にも非公式で災害級の魔物を幾つも狩った実績がある。はて? と首を傾げるジゲンに、よくもまあ、他人の事を散々“規格外”だと言えたものだと、ため息をついた。


 シロウとナズナは、自らの指にはめられた指輪を眺め、顔を見合わせて笑い合っていた。

 そして、胸に手を当て、カンナとコウカの彫像の前に跪き、頭を垂れて誓いの口上を述べ始める。


「「本日、私達は初代人界王シンラ様、“鬼姫”コウカ様、並びに、こちらにお集まりいただいた皆様の前で夫婦の誓いをいたします」」

「我、トウショウの里自警団ジロウ一家頭領シロウは、様々な脅威が降りかかろうとも、この街と、我が家族、そして、愛する人を護り抜くことを初代人界王シンラ様に誓います」

「我、妓楼高天ヶ原管理人ナズナは、この地に集まる者達を癒し、我が家族、愛する夫を永遠に支え続けると、“鬼姫”コウカ様に誓います」

「「これらの誓いを立て、今後とも周囲の人に感謝し、また、我らを育ててくれた“親”に最大限の感謝を捧げ、お互いをいたわり、大切にしていく事を、ここに誓います」」


 その瞬間、ツバキが下げていたコウカの御守りが先ほどよりも強く輝き出し、俺とツバキ、輝きに気付いた闘鬼神の者達は若干慌てる。

 気持ちは分かるが、もう少し待ってくれという思いで、必死に首飾りがシンキ達の目に映らないように隠す。

 お前の所為で、二人の誓いの言葉が頭に入ってこないじゃないかという愚痴を心に隠しながら、首飾りを抑えて、二人を見守った。


 どうやらこちらには気づいていなかったらしく、誓いの言葉を終えて、二人はスッと立ち上がる。そして、お互いに向き直って、そのまま誓いの口づけを行った。


 首飾りの一件で慌てていた俺達も、その厳かな雰囲気に一瞬で目を点にし、二人を見ていた。

 当初は、お互いに照れなどもあり、なかなか進展しなかった二人の仲だが、こうして、一つの決着を迎えられたことは、妓女達にとっても、自警団にとっても、何より、ジゲンやコスケにとっても感無量だろう。

 幼い頃から二人を見ていたアヤメやショウブ、それに牙の旅団も、満足げな顔で、表情を緩ませながら二人の門出を見守っている。


 そして、シロウとナズナは、ゆっくりと退場していく。嬉しそうな顔で、夫婦としての最初の一歩をしっかりと踏みしめていた。


 ふと見ると、ジゲンとコスケの目からは涙がこぼれていた。泣きながら、二人を見つめ何度も頷いている。

 そして、誰からともなく、小さな拍手が聞こえてきて、それに続くように、会場獣が拍手の音で包まれていく。それが伝播するように、コウシ達も、サネマサも、四天女も涙を流し、皆から、祝福の言葉が投げかけられていった。


「ナズナ様、おめでとうございます!」

「シロウ! ナズナちゃんを幸せにしろよ!」

「ここまで待たせやがって~! 俺達の苦労に応えろよ!」

「二人ともおめでとうございます!」

「お幸せに~!」


 それぞれの言葉に、笑顔で手を振りながら応えていくシロウとナズナ。ふと、二人と目が合うと、二人とも、自信満々と言った感じに、小さく頭を下げてきた。

 何だろう……俺よりも幸せになるとでも言いたげだ。きっとなれるさ、と思いながら、笑って頷き返した。


 ……この事は後で披露宴にてしっかり確認するとしよう。


「ふたりとも、おめでと~!」


 我慢しきれなくなったのか、大きな声でリンネが二人に手を振る。嬉しそうに、シロウとナズナもリンネに手を振り返した。

 ……あまり考えたことが無かったが、リンネが嫁に行くとき、俺は大手を振ってリンネを送り出すことが出来るだろうか。今から不安になる。

 相手については当人同士の問題だが、良い奴だと良いな。今の所……。

 ふと、俺の頭に、トウガの姿が目に浮かんだ。なるほど……俺は意外とアイツの事は信用しているんだな。いずれ、そうなる未来もアリかと思いながら、リンネの頭を撫でた。


 そして、出口にてシロウとナズナは振り返り、深々と頭を下げ、アヤメの声が響いた。


「以上を以て、二人の祝言の一切を終了する。今後とも続く、二人の永遠の旅路に、更なる祝福を!」


 その瞬間、二人へ送られる拍手の音が一気に大きくなり、シロウとナズナは、退場した。

 割れんばかりの拍手と、祝福の声はその後もしばらく続いていた。


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