第385話―疲れをとる―
皆との手合わせが終わって、俺が最初にしたのは、封印術を解くことだった。ゆっくり休みたかったが、闘技場の修復と、皆の怪我を治すためと言われ、仕方なく神人化し、皆の魔力を元に戻した。
良かったと胸を撫で下ろす皆を見ながら、再びリンネの尾に背中を預ける。
「って、おい! 何寝てんだ、コラ!」
「……あ? 何だ……サネマサか。どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃねえ! これ、どうするんだ!?」
サネマサはぽっきりと折れた刀を俺に見せつけるように詰め寄って来る。
「……だから、コモンに直してもらえば良いだろ。刀が折れたくらいでガタガタ言うな。まあ、よくあることだ」
「そうそうあってたまるか! ここで傭兵やる前からの、俺の零の刀なんだぞ!? 思い出が詰まってんのに……」
「知るか、そんなの……俺達に首突っ込んで、無理やり俺と闘ったお前が悪い。反省しろ」
「何が反省だ! 生き生きとしていた癖に……ってえ!」
ギャーギャー喚くサネマサの頭を、急に殴る者が現れる。ジゲンか? と思い、顔を起こすと、サネマサの背後に、アヤメが立っていた。
「何すんだ、アヤメ! いま、大事に話を――」
「うるせえ、爺いも修繕手伝えよ」
「うるせえって何だ!? 俺は大事な刀を折られたんだぞ!」
「知るか。ムソウと本気でやり合ったらそうなることくらい想定しておけ」
「何だと――」
「……って、叔父貴が言ってる」
「なっ!?」
呆れ顔でジゲンの方を指さすアヤメ。サネマサはそちらに視線を移し、俺も目を向けると、にこやかな顔で頷きながら、早く来いと手招きしている。
闘っている時は、刀を折り、サネマサを吹っ飛ばした俺に激高してきたが、冷静になって気にしないことにしたらしい。
サネマサはその場からジゲンの元へ駆けて行き、どういうことだ!? と、今度はジゲンに詰め寄っていた。
というか、そもそも、この依頼について、挑戦者、つまり、俺に向かってくる奴らの装備やけがなどは、自己負担だという事になっている。やれやれと思っていると、アヤメがこちらに顔を向けてきた。
「今日は仕事をほっぽって正解だった。まさか、お前が負けるところを見るとはな」
「……うるせえ。最後の最後でツバキと、お前のご先祖様と……コイツにやられるとは思わなかった」
そう言いながらリンネを撫でていると、俺の横で身を休めていたツバキがクスっと笑った。
「リンネちゃんが頑張ってくださいました。偉いですよ」
「クゥ~……」
ツバキもリンネを撫でて、リンネは嬉しそうな顔をする。
アヤメはフッと笑い、リンネの頭を撫でた。
「まったく……ご先祖様もそうだが、リンネ。大したものだったぞ。いつから、ムソウの所に居たんだ?」
アヤメの問いに、リンネの代わりにツバキが答えた。
「最初にエンヤ様が、ムソウ様に殴りかかった時からです。そこから、自分の姿を消して、ムソウ様に張り付いておりました」
ツバキの言葉を聞き、俺も、ああ、あの時からかと納得した。リンネの幻術と言うのは本当に大したものだな。今まで視覚と嗅覚を騙すことは分かっていたが、今度は触覚さえも騙されていたことに気付く。まったく重さも感じなかったからな。
エンヤと闘いながら気配を探ったりも出来ないし、完全に騙されたなと頭を掻いていると、リンネが顔をこちらに向けてくる。何だと思っていると、あの時、俺から奪ったピクシーの首飾りを咥えていた。
「ク~」
「ああ、ありがとう」
奪った本人から返してくれるとは思わなかったと、それを受け取り、首に下げた。幾ばくか……というか、だいぶ体が楽になった。いつも着けているから気が付かなかったが、俺は普段から、この首飾りに助けられていたんだな。
「なるほどな。しかし、ご先祖様が本気を出すと、嬢ちゃんの方はバテるってのはどうも、難しい問題だな」
「そうですね……モンクの時は大丈夫でしたが、今日はそうもいかなかったので……」
「まあ、コイツが相手だもんな……ちなみに、ご先祖様の全盛期ってどれくらいだったのだろうか?」
「今日がそれくらいだそうです。ですよね、ムソウ様?」
ツバキにそう言われたが、正直、よく分からない。エンヤに関しては、取りあえず上限無く強いという印象しか無いからな。
「まあ、本人がそう言うのだから、そうなのだろうな。それに加え、邪神大戦時には、シンキのEXスキルも持っていた、と……」
「つまり、敵の攻撃を気にせず、ただただ暴れまわっていたという事か……改めて考えると凄まじいな……」
そう言いながら、何故か俺に引いた目を向けるアヤメ。アイツと互角の俺も、やべえ存在とでも言いたいのだろうか……。
まあ良い。エンヤと同等以上に見られることは、俺にとっては最上の誉め言葉だ。
……いや、そんなことは無いな。言い過ぎた。
「まあ、今まで通り、その件については嬢ちゃんが頑張るってことで……さて、取りあえず、建前上は特別依頼だ。で、お前が負けたってことで……」
アヤメは、俺に手を差し出す。起こしてくれるのか? とおどけてみせたが、なわけねえだろと更に手を前に出してくる。
なかなか、ノリが悪いなと思いながら、ツバキに視線を移した。
「任せた、金庫番」
「はい、かしこまりました、ムソウ様……アヤメ様。こちらが、ムソウ様からの報酬、金貨1000枚です」
「何で、嬢ちゃんから……まあ良い。これは後で皆に渡しておくから、お前らはゆっくりしてろ。さあ~て、仕事、仕事……」
アヤメは不思議そうな顔をしながらツバキから金貨の入った袋を受け取り、すぐに、真面目な顔つきになって、修繕作業に加わった。
仕事を放り出してとは言ったが、実は完璧にこなしているんだろうなと、ツバキと共に笑い合っていた。
すると、今度はアヤメと入れ替わるように、たまが俺の隣に飛びこんできた。
「おじちゃん! お疲れ様~!」
「お~う、流石の俺でも、疲れたぞ~」
「おじちゃん、ぐーたらしてる~! ツバキお姉ちゃんも、リンネちゃんもお疲れ様~!」
「ありがとうございます、たまちゃん。リンネちゃんはカッコよかったですか?」
「うん! リンネちゃん、カッコよかった~!」
「クワ~ン!」
たまが、リンネを思いっきり撫でてやると、リンネも嬉しそうに、尾を使って、たまを思いっきり撫でていた。
「だが、たまにとっては、爺さんが一番カッコよかったんじゃねえのか?」
「うん! おじいちゃん、ちょっとこわいところもあったけど、すっごくカッコよかった!」
満面の笑みを浮かべながらたまがそう言うと、声が聞こえたのか、離れたところで身を休めているジゲンが照れたような顔をして、コウシ達に茶化されている姿が見えた。
ちなみに、サネマサは修繕作業に入っている。何とも、残念な男だなと感じる。まあ良いや。
「俺も、爺さんが怒った時は怖かったな~。次から、あまり怒らせないようにしよう」
「おじちゃん。おじいちゃんは、とっても優しいんだよ~? だいじょーぶだよ」
「ああ、知ってる」
今日の事で俺がジゲンを恐れるようになったと思ったのか、たまが心配そうな顔をしたが、勘違いだと教えながら頭を撫でると、安心したようにニコリと笑った。
俺は寧ろ、たまの方が、ジゲンに怯えるかと思っていたが、俺の方も杞憂だったらしい。
まあ、当たり前のことかと、すぐに納得した。
俺達はまだしも、ダイアン達などはどうなのだろうか……少し気になるが、気にするほどでもないなと思った俺は、そのままツバキとたま、そして、リンネと皆の作業が終わるまでゆっくり待っていた。
ちなみにだが、疲労の方は既にとれている。こういうところは衰えを知らないなと、自分の体に満足していた……。
◇◇◇
しばらくして、全員の傷も癒え、闘技場の修繕作業も終わり、俺達はその場を後にする。
そして、受付にて、アヤメの手からジーゴ達に特別依頼達成報酬として、金貨1000枚が手渡された。
重い袋の中身を見ながら、ジーゴとバッカスは顔を輝かせる。
「本当に手に入った……しかし……おい、ジーゴ。これは等分だよな?」
「今日は気が合うな、バッカス。もちろん等分だ。ちゃんと分け合おう!」
「おう! んで、このままクレナのカジノに洒落込むぞ!」
「……それは一人で行ってくれ」
ジーゴの思いもよらなかった返事に、バッカスは、え~!? と声を上げるが、アイリーン達に咎められ、カジノ行きは諦めることとなった。
そんなやり取りを横目に、俺とジゲンは、シロウとナズナに、闘いの感想を求めていた。
「どうじゃ? 儂らの祝いは受け取ってもらえたか?」
「最高の贈り物のつもりだったんだが?」
戦いが始まる前に、二人の祝言の祝いと言ったのだが、シロウとナズナは微妙な顔をしていた。
「う~ん……まあ、凄いものは見れたが……」
「いえ……ですが、お二人らしいと言えば、らしいのですが……その、凄すぎて……」
「というか、俺達もそれどころじゃなかったし……爺さんも刀折られて未だに怒ってるし……」
「「アイツは気にするな」」
「んだとお!?」
俺とジゲンの言葉に、サネマサは怒り、再びあーだこーだと文句を垂れ始める。折った時はやり過ぎたと思ったが、ここまで文句を言われる筋合いはない。
覚醒までして殺しにかかってきた奴に全力で応えただけだ。俺に非は全く無いと今では思っている。
しかし、シロウとナズナにはいまいち祝いとして受け取ってもらえなかったようで、ジゲンと二人で少し落ち込んだ。
「ふむ……ならば別で用意するか」
「だな。確か、祝言は……もう一か月切ってるんだよな。ちゃんと考えねえと……」
「二人とも……良いんだぜ? 二人には、返しきれないほどの恩を、既に貰ってるから……」
「ジロウさんは勿論、ムソウさんにも、たくさんお世話になりましたから……」
「そうはいかない。俺からもきっちりと祝わせてもらう。な、爺さん」
「うむ。子供達の晴れ舞台くらい、見栄を張らせてくれ」
どうしても二人を祝いたいと申し出る俺達に、シロウとナズナは顔を見合わせ、フッと笑みを浮かべながら頷いた。
「分かった。楽しみにしておくよ」
「出来れば闘い以外でお願いしますね」
シロウとナズナに、分かったと頷き、ジゲンと何を贈れば良いのか、式までに打ち合わせることにした。
そして、俺達は明日から取り組む依頼を一通り受注し、帰路につく。ジーゴとバッカス達は、このまま宿に向かうとのことで、ここでお別れとなった。
「じゃあな、ムソウ。次はまた一緒に依頼にでも行こうぜ」
「ああ。また、声でもかけてくれ」
「ジゲンさん、今日は参考になったっす。ついでにムソウを倒せるとは思わなかったが、いずれ、俺達だけで倒せるように鍛錬を続けるっすよ」
「うむ。儂も楽しかった。また、暇なときにでも家に遊びに来てくれるとありがたい。その時は茶でも出そう」
俺達はその場で握手を交わし、また、他の者達も仲良くなった者同士で握手したり、一緒に依頼に行く約束を取り付けていた。
殊の外と言うか、思った通りと言うか、ツバキとリアが人気だ。それに、何故かダイアンも人気だ。困惑しながらもそれぞれに頷いているダイアンを見ながら、俺達は笑っていた。
冒険者同士の交流と言うのは、やはり良いものだな。
その後、俺達は別れ、帰路につく。と言っても時間はまだ昼だ。先に、サネマサにより女中達が転送魔法で家に送られ、飯の用意をすることとなった。サネマサは全員を送り届けた後、未だ、忌々しげな顔で俺に怒鳴ってきた。
「良いか! 新しい刀が手に入ったら、お前で試し斬りだ! 分かったな!?」
「あー、分かった分かった。次は、そう簡単に折れないようにって、コモンに言っておけよ」
「このッ……絶対、次は俺がお前をぶっ飛ばしてやる!」
そう言いながら、転送魔法で王都に帰って行くサネマサ。内心、面倒くさいなと思ったが、三日経つか、新しい刀が手に入ったらすぐに忘れると、サンチョ達に言われて、それもそうかと、サネマサの事はすぐに忘れて、俺達は家に帰っていった。
そして、結局その日は、昼飯を食った後、午後からは皆、俺も含めて家でゆっくりとしていた。俺みたいに本を読む者、調合を行う者、ツバキに習って手芸を行う者、ジゲンの茶に付き合う者……寧ろ、アザミ達女中がよく働くなあと思うような一日だった。
夕方になり、ロロとコモンが帰ってくる。サネマサから話を聞いたらしいコモンは、対邪神族の新装備を最初に試してもらうことが出来ると、苦笑いしていた。
その発想に、俺とジゲン、牙の旅団は大笑いする。これ以上の適任は居ないなと思い、皆で盃を合わせた。
さて、翌日は俺も依頼に出た。と言っても、魔物討伐のような大した内容ではない。新しい高天ヶ原用に、たまとジゲンが暮らしていた温泉街へ、湯を大量に汲んでくるというものだ。
何故、この依頼を選んだかと言うと、シロウとナズナの祝言の招待状が完成していたらしく、クレナ各地の集落の、代表者、つまり自警団の長達も呼ぶことになっているので、それを届けてくれと、アヤメから闘鬼神に頼んできた。
俺は、たまに、皆と街の様子を見に行って欲しいと言われたので、ツバキとリンネを伴って、あの温泉街を訪れていた。
久しぶりに見るなと思っていると、門番が近づいて来る。
「うお!? 誰かと思ったら、たまちゃん連れてった、冒険者の……ムソウ殿か!?」
その門番は、この街の自警団の長であるクサツの部下だったクツマだった。目を見開いて驚いた顔をしている。
「おう。高天ヶ原の湯を汲みに来たついでに、クサツに用があって来たんだが、今居るか?」
「あ、ああ、居るが……ムソウ殿、幾つか聞きたいことがあるんだが……?」
「どうせクサツにも聞かれる内容だろ? アイツに話すから、後で良いか?」
クツマが聞きたいことなど、俺にも予想はできる。トウショウの里の事件の事、今回の天上の儀で決まった事、それに伴って、ここに住んでいたジゲンが、クレナで有名だったジロウだったという事。
色んな人間に説明するのはもう慣れたが、何度も同じことを言うのは流石に不快だ。クツマに話したところで、後でまたクサツにも聞かれて説明するのも時間の無駄だと思い、断った。
困惑しながらも、クツマは納得してくれた。
「分かった。じゃあ、俺の方は後で団長に聞くとして、一つだけ、どうしても聞きたいことがあるんだが……?」
「何だ?」
「たまちゃんは、元気か?」
心底心配しているという顔のクツマに、俺は笑って頷いた。
「ああ。毎日、美味い飯を作ってくれている。コイツとも、毎日仲良く遊んでくれているしな」
そう言って、リンネを指すと、クツマは笑みを浮かべながらリンネの頭を撫でた。
「そうか~……え~っと……嬢ちゃん、名前は?」
「リンネ~!」
「そうか、そうか。リンネちゃん、これからも、たまちゃんをよろしくな」
「うん! リンネ、たまちゃんとずっとなかよし~!」
リンネの返事に満足した様子のクツマは、俺達を街の中に入れてくれた。
まるで、遠い親戚のようなやり取りに、どこかほっこりとした気持ちになる。
一応、トウショウの里のように人が群がられても困るので、旅人用の外套を羽織り、それについている頭巾を被って、顔が見えないようにした。
さて、あの時は、噴滅龍の所為で厳戒態勢だった温泉街だが、あの時言っていた、大きな宿屋というものも完成したらしく、新しくなる前の高天ヶ原くらいの新しい建物が建っており、観光客のような者達も、それなりに多く道を行き交っていた。冒険者の数も多く、聞けば、自警団が雇い、常駐している者も居るという。
ならばこの街は安全だなとツバキと話していると、屋台から美味そうな匂いが漂ってきて、リンネの腹が鳴った。
「おししょーさま、おなかすいた~」
「ふむ……仕事が終わるまで我慢、と思ったが、無理そうだな。ツバキ、湯の調達と招待状の件は俺一人で済ませておくから、その間、リンネと一緒に観光でもしててくれ」
「かしこまりました。ちなみに、お仕事が終わりましたら、私達もお風呂に入りますか?」
「あー……そうだな。温泉にも長く浸かっていなかったことだし、そうするか」
「では、この辺りでお待ちしておりますね」
そう言って、ツバキはリンネの手を引いて、屋台街の方へと進んでいった。
言われて気付いたが、最後に温泉というものに入ったのは、ここが最後だったな。家の風呂が気持ち良いからというのもあるが、やはり疲れを落とすには温泉が一番だな。
昨日の事もあるし、今日はゆっくりとさせてもらおう。
というわけで、まず仕事をちゃちゃっと終わらせる為に、クサツの居る屋敷に急いだ。
アヤメ曰く、ここに引かれている源泉から湯を貰ってくるように話を通しているらしい。
早速、門番に声を掛けると、ここに居たのは、新入りだったらしく、さしたる反応も見せず、すぐにクサツに取り次いでくれた。
しばらくすると、家の中から、クサツと、ツクマと同じく、前来た時にクサツと共に居たノボリが顔を出してきた。
「おお、ムソウ殿。ご無沙汰だな」
「おう。突然、悪いな。今日は俺が湯を汲みに来たぞ」
「ああ、それは承知の上だが……いくつか聞きたいことが」
「やっぱりか。ツクマにも言われた。まあ、全部に応えてやるから、何でも聞いてくれ」
「では、中へ。その間、俺の方で湯を汲んでおきます」
ノボリに屋敷の中へ促され、俺は湯を入れるようにと預かった異界の袋をノボリに渡した。
そのまま、客室に案内され、クサツに茶で、もてなされる。
「お……美味いな」
「いやいや、ムソウ殿に褒めていただくと、お世辞でも嬉しいものですな」
「世辞なんかじゃない。本当に美味いぞ。少なくとも、爺さんよりは……」
そう言うと、クサツはハッとした顔で、神妙に口を開く。
「あー、その話だ、ムソウ殿。その……ジゲンさんが、あの“大侠客”だったというのは……」
「本当だ。一から説明するとな……」
ジゲンの事を“刀鬼”じゃない方で呼んできたのはなかなか無かったので、誰だっけと思いながら、ジゲンの事情を説明していった。
クサツは、何度も頷きながらも、その顔は若干青くなっていた。
「ふ、む……私達は……クレナの“大侠客”に、け、喧嘩を売っていたというわけか……」
「不器用に色々とやろうとした結果ってことだな」
「おぉ……たまちゃんにはまた会いたいと思っていたが……不安になって来たな」
そう言いながら腹をさするクサツ。事情があったことにも納得し、良い感じに二人を送り出したが、ジゲンの正体を知り、次に会った時に報復にでも遭うのではと思っているようだ。
そんなクサツに、俺は一枚の紙きれを取り出す。
「そんなお前にこれを渡しに来た。まあ、呼んでくれ」
「え? あ、はい…………え!? む、ムソウ殿! こ、これは……!?」
シロウとナズナの祝言への招待状を読み終えたクサツは、跳び上がりそうになる。
内容は、場所と日取りは勿論、二人の挨拶なのだが、クサツ宛のものには特別に、たまから、
「まってるよ~!」
の、一言と、ジゲンの、
「来て下さればありがたい」
という一言が添えられている。たまの言葉は嬉しいが、ジゲンからの言葉が、今のクサツにはただの悩みの種になってしまっているようだ。
「う~む……ムソウ殿は、意外と意地悪なのだな……」
「いや、偶々だ。で、どうするんだ?」
ニヤニヤしながら聞いてみると、クサツは、頭を抱えて散々悩んだ挙句、全てを諦めたような顔で頷いた。
「もちろん、参列させていただこう。祝言前後にも色々あるようだからな。ジゲン……いや、ジロウ殿にはそのように伝えてくれ」
結局、クサツは参列する意向を示した。二人を祝いたいという事は勿論、祝言の前日か翌日かに、今後、邪神族との闘いに向けた、街の防衛に関する会合を、各集落の自警団の長と、騎士団師団長エンライの間で行われる。
どちらも大切な事と、クサツは、ジゲンに斬られる覚悟を決めた。まあ、そんな覚悟をする必要、無いんだけどなと内心では笑いながら、クサツの言葉に頷いた。
「わかった。爺さんと、たまにも良く伝えておく。ツクマにも言ったが元気にしているぞ」
たまの事を話すと、見てわかるくらいに表情をほころばせた。
「おお、そうか……良かった。そういう事ならば、祝言に行く事も楽しみになって来るというものだ」
「それは何より。ちなみに、祝言の料理は、たまが作ることになっているから、それも楽しみにしてろよ」
「む? たまちゃん一人に作らせる気か? 流石に、ムソウ殿と言えども怒るぞ」
ジトっと見てくるクサツ。たまの事になると強気になる。ジゲンがたまの祖父なら、コイツ等は兄みたいだな。
「そんなわけねえだろ。俺の家の女中も一緒だ。一応は、たまの部下だぞ」
「む……そうか。それならば言うことは無い。楽しみにしておこう」
クサツは、安心したように茶をすする。やれやれと思いながら話を進めた。
一応、この街にも邪神族の事と転界教の事は既に知れ渡っているそうだ。最初は戸惑いや不安な声も上がったが、今は落ち着いている。
落ち着いた要因に、同じく公表された俺の存在が大きかったとクサツは語った。
「噴滅龍の一件、破山大猿の一件に加え、数々の災害級、超級依頼の達成を私達は知っているからな。十二星天様に加え、ムソウ殿の存在のおかげで、世界各地で巻き起こった不穏な気配も収束に導かれていると、旅人の話で聞いている」
「そんなにか?」
「ああ。特に、ここクレナを始め、マシロ、ソウブ、グリドリ、モンク等、これまでムソウ殿が訪れた領の者達は、ムソウ殿の強さを知っているからな。そう言った者達により、噂が広まっているというわけだ」
「ああ、それについてはここ最近、俺自身がひしひしと感じている。家に、俺に会いたいと押しかけて来る者達も居るくらいだからな」
「すっかり有名人だな。しかし、ジロウ殿も言っていると思うが、その名を変に利用されぬよう、気を付けることだ。もっとも、私はムソウ殿の名を使ってどうこうしようとは思っていないから安心してくれ」
「それはありがたい。俺は平穏に暮らしたいからな。たまを始め、家に住む奴らの為にも……」
その方が良い、寧ろそうしてくれと、クサツは頷いた。
俺の名がこの世界の人間達の支えになっているという話は嬉しいのだが、その所為で、俺や、皆に迷惑が掛かるという事は避けたい。あくまで俺は、自分の目的の為、邪神族や転界教関連の事件を解決していくつもりだ。
クサツのように、理解してくれる奴が増えてくれることを願いたいと思う。
そして、クサツ曰く、俺や十二星天以外にも、自分が住んでいる領や場所を護る為に、これからどうすれば良いのか模索している者達も現れているらしい。
クサツもその一人で、祝言前後に行われる会合は願っても無いことと、楽しみにしているそうだ。中には、ジゲンの時代に傭兵稼業を行い、自警団として街を護っている者も居るらしく、そういった者達と交流を深めることは楽しみらしい。
俺も暇なら、その会合を覗いてみたいなと思った。一応、自分が住む領の事だしな。何か、力になれることがあれば、クレナの為に、俺も協力するとしよう。
さて、一通り話し終えた時、丁度ツクマが湯を汲み終えて、異界の袋を持ってきた。中身を確認し、アヤメに渡された代金を支払った後、クサツの家を後にする。
夕方ごろにトウショウの里に帰ることを意識しても、まだまだ時間はある。温泉にはゆっくり浸かれそうだと、意気揚々とツバキとの待ち合わせ場所へと歩いていった。
何処に居るかと、辺りを見回すと、「足湯」と書かれた場所で、ツバキとリンネの後姿が目に入った。近づいていくと、うっとりした様子の二人の声が聞こえてくる。
「きもちいいねえ~」
「そうですね。たまちゃんもこちらのお湯で育ったのですね。何だか、感慨深いです」
「いつか、たまちゃんとここにきたいなあ~」
「ええ。その時は、皆さんでまた来ましょう……あっ」
二人の会話を聞いていると、突然、ツバキがこちらに振り返った。
「おかえりなさい、ムソウ様。意外と早かったですね」
「おう。気配でも感じたか? やっぱり隠蔽スキルが無いと駄目だな」
「結構、上手くなったと思いませんか?」
ああ、と頷いていると、リンネが立ち上がり、俺に飛びつこうとした。
「おししょーさま~!」
「おっと、まず足を拭け。汚れるぞ」
「あ、そうだった~」
リンネは立ち止まり、ツバキに足を拭かれて草履を履き、俺に飛びついた。
「おししょーさま~、おんせんいこ~」
「ああ、そうだな。ここの温泉は、一つだけだから分かりやすいよな……」
ツバキも足を拭いて、俺達の横に立つ。そのまま、新しく出来たという温泉宿の建物に入ろうとした。
……ふと、足を止めてたまの家があった場所に目を移す。そこは、この建物の一部となって、あの小さな宿は見る影もなかった。
代わりに、何か石碑のようなものが作られており、大きな石には、「感謝」と書かれ、そばには赤子を抱いた優しそうな顔の夫婦を囲む、多くの人間と一人の老人という奇妙な構図の絵が描かれていた。
そして、その石碑の周りには、きちんと世話をしているのか、色とりどりの花が添えられている。
流石、温泉街の自警団は粋だなと一人笑いながら、温泉宿に入っていった。




