第378話 天上の儀 ―爆発します!―
十二星天の会議は、エレナのおかげでその後は何事もなく進んでいく。邪神族の襲来への備えについて終わった後は、邪神族や転界教、シンキの正体など、今まで隠してきたことを公表することについて生じるであろう問題とその対策。
「なかなか一般人には信じられない話だと思うよ。でも、領主は魔獣宴の神獣達の話を聞いて信じたみたいだし、シンキに言われたように、私も、昨日のうちに声を掛けてみたわ。結果は、龍じいはまだしも、他の龍達について、協力的なら協力するだろうとのことよ」
「そうか……なら、連絡が取れる奴にお前から……と、言いたいところだが、雷帝龍以外の龍族に関しては、分かるか?」
「さあ? 私もあの子達を束縛したいわけじゃないからね。でも、アータルは変わらずオウキの火山に居ると思うわ。行って、聞いてみれば?」
「お前は行かないのか?」
「私は……龍じいの側を離れられないから」
エレナの語る「龍じい」とは、神帝龍を指す。神族や鬼族が生み出した龍族の中で最初に生み出された存在で、他の龍族を統率する立場に居る存在だ。
壊蛇の襲来の際、エレナに応じ、カドル達に人界への介入を呼びかけ、自身も、人界を護る為に力を使った。
それも影響してか、邪神大戦当時と比べると、かなり衰弱しているという事を、シンキはエレナによって聞かされている。
人一倍、龍族と親しい関係のエレナが、そんな神帝龍の元を離れられないという事情は理解したシンキは、その言葉に頷いた。
「分かった。では、雷帝龍への協力要請をコモン、炎帝龍アータルには俺が当たってみる。おっと……そう言えば、地帝龍についても居場所が判明したが、そちらにも俺が行こうか?」
「アティラ? ……そう。悪いけど、お願い。ただ、こないだも言ったけど、それ以上の事はさせないでね。させるつもりなら、私か龍じいを挟んで」
「分かってる。後は、神獣達にだな。あいつ等には、後でレオに頼んでおこう。サネマサ、頼めるか?」
「ああ。分かった。ちなみにこれは、どのくらいの期間で行うつもりだ?」
「大体ひと月だ。ひと月後には、今回の事を人界全土に広めるようにする。その後生じる問題については、各地の領主達と共同で収めていく。全員、そのつもりでな」
シンキの言葉に、その場に居た者達は頷く。
「じゃあ、次だ……と言っても、もう特に無いか。エレナのおかげで早く済んだな」
「まあ、これくらいは……」
予想よりも早く会議が終わり、進行を途中から引き継いだエレナに頭を下げるシンキ。
エレナはすました態度で、小さく頷く程度に終わった。
考えはよく分からないが、少なくとも人界をどうにかしようとは思っていないという事を確認し、ムソウについてはその後考えることにしたシンキは、会議を締めようとオウエンに確認をとる。
「というわけで、オウエン。今回の天上の儀は以上だ。明日からの事もある。今日は切り上げるぞ」
「うむ、そうだな。しかしもう一つだけ気になることがあるのだが、良いか?」
オウエンの言葉に、シンキは時間も余っていることだしと頷いた。オウエンは、ジーンに視線を移した。
「ジーン。今のところで良い。魔物の被害が拡大していたり、今までよりも強力な魔物が出現している領はどこだ? 民達の平穏な生活が脅かされている主な場所を把握しておきたい」
オウエンは、邪神族の襲来に備える前に、現状で起きている魔物からの被害を抑えようと考えている。出来るなら万全な態勢で邪神族に挑み、そこに至る準備は、余裕をもって行いたいと語った。
ジーンは頷き、地図を広げる。
「本会合でも出ましたが、転界教が関与した領は他と比べて、魔物達が活発です。ただ、マシロ、モンクはギルドの冒険者の活躍により、昨年に比べ、平年並みに戻っております。
多くの魔物と、その集落が存在するオウキは、ミサキちゃんの活躍のおかげか、その被害は減少傾向にありますね」
「へへ~ん。結構頑張ったもんね~」
ジーンの言葉に大きく頷くミサキ。修行の為と、魔物討伐の依頼は、他の冒険者達に影響しない程度にこなしている為、広大な自然地帯が連なるオウキ領にしては、魔物の数も、魔物が形成する集落も、その数を減らし続けている。
その代わり、白餓狼の群れの勢力が広がっているが、ミサキ達の尽力と、白餓狼の長、コウガの意向で、人間には手を出さないでいる。寧ろ、他の魔物達への牽制も行われており、オウキは平和そのものだった。
「うむ。それについてはよくやったな、ミサキ。ウィズ殿達、今後ともよろしく頼む。特にハクビ殿。我はあの時、そなたが白餓狼と人族の架け橋となって欲しいと言ったが、あれは半ば本気だ。期待しておるぞ」
「は、はあ……」
オウエンの言葉に、ハクビは戸惑いながら頷く。それと同時に、ミサキがやれやれと肩を上げ下げした。
「王様~。あまり、私の弟子に重圧掛けないでよね~」
「ハハハッ! すまぬな。だが、あのミサキの弟子と言うのなら、嫌でも期待はするというものだ。今後も、ウィズ殿やレイカ殿ともども、修行に励むのだぞ」
「あのって、何よ~!」
オウエンに膨れっ面を見せるミサキの背後で、ウィズ達は戸惑いながら頷く。ハクビは、どうしたものかと宙を見上げていた。その光景に、オウエンはまた一つ笑い、再びジーンの方を向いた。
「さて、少し話が逸れたな。他の領はどうだ?」
「はっ。この大陸については、問題は無さそうです。ゴルドもシルバも、もちろんレインも、目立った魔物の動きはございません。「精霊女王の懐」に存在するという豊富な魔力を求める魔物も、ここ5年ほどは確認されておりません」
「ふむ……あそこの護りはシンキに任せておるからな。引き続き、警戒は怠るなよ、シンキ。あの場所は、我らの聖地だ。何があろうと、必ず護り通せ」
「ああ。それは、二代目からの“王命”だからな。何かあれば逐一伝える」
ゴルドに関しては神帝龍の影響で元々魔物が近づかない。シルバは、支部長兼師団長のジャンヌの活躍もあり、魔物の被害が少ない状態が続いている。
そして、レインはシンキや魔獣宴で暮らす神獣の影響で、魔物が近づかない。それにより、この大陸自体に、魔物が近寄らない結果となっている。
その中でもシンキは、かつてシンラが最初に召喚された場所である「精霊女王の懐」の守護を代々任されている。今後もそれを続けていくと、オウエンに頷いた。
「さて、他の領について、モンクに関しては、元々の冒険者の数も多く、強大な魔物の痕跡は少なくなっております。
そして……邪神族に連なっていたというケリス卿が暗躍していたクレナですが、事件以降はここ数十年と比べると目に見えて、魔物達の数が減っております」
「ほう。そんなにか。生態系の過剰な変化については何か影響はあるか?」
「それをこれから調べるところです。何か変わったことが無ければ良いのですが……サネマサ。お前が思いつく限りでは何かあるか?」
ジーンは、クレナ出身で、かつてはクレナ最強の傭兵団を率いて、領内を知り尽くしたサネマサに問いかけた。
「いや、特には無いな。レオの調査結果は何て書かれていたんだ?」
「取りあえず、ここ数十年から劇的に変わったという事は書かれていた。しかし詳細なところは、レオにも分からなかったようだがな」
「ふむ……俺は分からねえな。何せ――」
サネマサは長くクレナを離れていた。なので、事件の前後で何が変わったのかいまいち、把握していない。
それに、劇的に変化した大元の理由はムソウである。魔獣の大山の浄化を始め、クレナの樹海に関しても、サネマサが実際に確かめたわけではないので、自分はよく分からないと説明しようとした時だった。
再び、セインの嘲笑のような笑い声が聞こえてくる。
「はっ! また、例の奴か? 色んな所で迷惑かけてるみたいだな。ジーンも仕事が増えて辛いだろうよ」
「……はあ?」
やれやれと言った感じに、肩を上げ下げするセインをサネマサは睨み返すが、気にしたふうでも無かった。
名前を呼ばれたジーンは、ふう、と小さく息を吐く。
「セイン……私は別に、仕事が増えて迷惑を被っているとは思っていない。変化があれば、何度も調べることは大切な事だ。お前もよく言うだろ? 情報は大切だと。変化していく情報を確実なものにする為に世界中を渡り歩くのは、嫌いなことでは無い。寧ろ好きな部類だな」
「だが、アンタが面倒ごとを押し付けられたのは確かだろ? 俺達十二星天の手を煩わせるとは、大した男だな」
そう言って、喉を鳴らし始めるセイン。少しは話を聞けと、ジーンは訴えかけるが、こちらにも気にした様子は無かった。
オウエンは、頭を抱えながらセインを諫めるために口を開く。
「セイン……今は我がジーンと話しておるのだが?」
「だから?」
「我の問いに関係のない発言は控えて貰えぬか?」
「関係が無いことは無いだろ。クレナの環境が変わったのは、その男が原因なんだからな……あー、そう言えば、俺もまだ言いたいことがあったな……」
セインはそう言ってオウエンから視線を外し、ジェシカの方を……正確にはロロに目を向けた。
視線の先に居たジェシカは、キッと睨み返すが、意に介さない様子のセインは嘲笑をたたえながら、ロロに口を開く。
「なあ、テメエらの頭領って野郎が、大いに活躍し過ぎるから他の冒険者の仕事が減ってんだ……あまり、調子に乗るなって伝えてくれないか?」
頼みというよりは、脅しのような文言に、サネマサ達は眉を顰める。
「おい、セイン。それは、どういう意味だ?」
「あ? 言った通りそのままだ。冒険者ムソウが所かまわず、やたら魔物を殲滅するから、他の冒険者の仕事が減ったって報告があってな。周りの冒険者にも平等に仕事が行き渡るように少しは配慮しろっつってんだ」
「増えた魔物をムソウが斬って何が悪い? 魔物が居れば、それだけ人界に影響が出るだろ」
「その為に俺が創ったギルドだ。だが今では、一人の男によって、ギルドが払うべき依頼料が他の人間に行き渡らなくなっている。魔物を倒すのは結構だが、依頼を独占するのは駄目だって話だ」
ムソウは、依頼を重複して挑むこともあれば、群れの殲滅を目指して依頼を選ぶという事はある。
しかし、他の冒険者達の依頼を奪ったり、独占しようとしているわけでは無いと言おうとした時、サネマサに代わり、コモンもムソウを擁護する為、口を開いた。
「ムソウさんは依頼の独占など行っておりません。毎日、自分に合ったものを選んでいるだけです」
「コモン……お前も知っているだろう。クレナの噴滅龍や破山大猿、その他、いくつかの超級依頼を独占されたことを。おかげで、一人の男が大金を手にする事態になったじゃねえか。一冒険者としては、あまりに逸脱した行為だ」
「それは、クレナで冒険者が仕事をしていなかったことが原因でした。どれだけ働きかけても、妓楼に入り浸るだけ。クレナに来るのは完全に遊びだけという感じでした。
アヤメさんがどれだけそれを訴えても、セインさんは他の領の冒険者をクレナに回すことさえしなかったじゃないですか。依頼をこなす冒険者が居ない以上、そこに居て仕事をこなす冒険者に仕事を頼まれたのは当然のことだと思います」
クレナの依頼がなかなか減らず、魔物達の数が増えた経緯をコモンは説明する。と言っても、これは、アヤメが今まで、天上の儀などで訴えて来たことだったので、その場では周知の事実となっていた。
しかし、サネマサが何も行動を起こさなかった為に、セイン以外の者達も、特に気に留めるようなことでは無いと感じていたことも間違いではない。
なのでサネマサは何も言わないようにしていたが、コモンの説明に、フンッとどうでも良いという態度となった。
「知るかよ。前から言っているが、冒険者は自由なものだ。俺が仕事を強制するものじゃない」
それは、セインが長年、ギルドを設立した当初から言っている方針の一つだ。冒険者と言うのは自由な存在で、束縛や、拘束などは無く、全てを自分の責任で行う者達の事だ。
かつてのセインは、自分達十二星天は、確かに今まで人界やそこに住む者達を引っ張ってきたが、これからは、この世界の人々がそれぞれの想いや願いで生きていくようにと言う思いを込めて、基本的に、冒険者は自由なものとコモン達に説明してきた。
しかし、その事が原因で、クレナが大変な事になったのも事実だ。その時の状況によって、こちらから冒険者達に仕事のあっせんなどを行った方が良いのではという考えと同時に、コモン達は、それならムソウも自由に冒険者をしても良いのでは、とセインに反論しようとした。
「では、セインさん。ムソウさんも――」
しかし、その時、部屋の中でぽつりと小さな声が聞こえてきた。
「何故……でしょうか……?」
コモンは口を閉じ、声のした方に目を移した。そこには、先ほどから俯いたままのロロが居る。ずっと黙っていたロロが喋り始めたので、コモン達は目を見開き、ロロに注目した。
セインもまた、ロロに視線を戻し、馬鹿にしたような、厭らしい顔つきになっていった。
「ああ、この場にビビってた奴がようやく口を開いてくれたか……で? 何だって? 俺の言うことを、ちゃんと、テメエらの頭領さんって奴に伝えてくれるんだよな?」
「セインさん! 貴方――」
完全にロロを馬鹿にしたような物言いに、再びジェシカが怒り、立ち上がろうとした。またか、と思いながら、近くに居るミサキがジェシカを諫めようとしたが、その瞬間、ジェシカの肩をロロが掴んだ。
「ろ、ロロさん……?」
「……ここは……私が……」
あまりにも落ち着いた、静かな声に、ジェシカは驚いた。ジェシカだけでなく、ミサキも驚いたままその場で動きを止める。
そして、ロロはスッと立ち上がり、セインに正面に向き直った。その姿に、コモンやサネマサも驚いた。
ロロの目が涙を流した後のように、赤く腫れていた。どうやら今まで俯いていたのは、泣いていたからのようである。
人知れず、静かに泣いていたロロに気付かなかったのは、それだけ、我慢しようとしていたからなのだと、コモン達は察した。
それと同時に違和感を覚えた。ロロの表情は、いつものような泣き顔ではなく、セインに対して、どこか同情をするような、憐れむような……それでいて、ロロの怒りも感じてくるような、複雑な想いが伝わってきた。
どうしたものかと顔を見合わせたが、ロロの行うことを見届けようと、シンキに促され、コモン達はそれに従った。
セインはそんなロロの様子にさして態度を変えることなく、尊大な態度でロロを睨みつけた。
「で? 俺の言伝を伝える気になったか?」
「……いいえ」
セインの言葉に、ロロは首を振る。思っても見なかった返答に、セインのこめかみに青筋が浮かんだ。
「あ? 俺の言うことが聞けないのか? ジェシカの弟子とは言え、一冒険者に過ぎないお前が、“ギルド長”たる俺の言葉が聞けないのか? ムソウって奴はどういう教育を――」
「頭領は……関係ないです……!」
少し力のこもった声で、ロロはセインの言葉を遮る。
その態度に、セインは激高した。
「じゃあ何だ!? テメエの意志で、俺の言葉が聞けねえってのか!? ふざけんなよ、小娘が! 俺の言うことを聞けないってことがどういうことか分かってんのか!?」
普段のロロなら委縮してしまう迫力を放つセインだったが、ロロもそれに応えるように、怒鳴り返し始めた。
「分かりません! 私達の命を軽んじ、矛盾だらけの言葉を並べる貴方の言葉など、聞けるわけもありません!」
ジェシカがセインに怒った時、ロロも怒っていた。セインに対しては失望という気持ちでいっぱいになった。
それと同時に、自分の中で何かが吹っ切れてしまった。ロロはそのまま、自分の想いを口に出していく。
「貴方は仰いました! 冒険者は自由だと! でしたら、頭領も自由に生きて良いはずです! それを、貴方は縛り付けようとするばかりか、この世から排除しようとなさっています! 私達を救ってくれた頭領を! それは許しません! 貴方方が何を仰ろうと、私達は頭領の味方です!」
「強大な力を持つ者を抑え込んで何が悪い!? 歯止めが効かない強者はただの害悪だ! テメエらの頭領がそれだ! そんな野郎を放置する危険性が分からねえわけじゃねえよな!? 排除しようとして何が悪い!?」
「だとしたら……だとすれば、私は貴方が恐ろしいです! 頭領と同等の力を持ちながら、私達の命を軽く見ている貴方が!」
そう言って、ロロはエレナにも目を向けた。
「貴女もです! 頭領がこの先、人界の敵に回るかも知れないから、今のうちに排除する!? 私からすれば、貴女も同じです! 龍族と同等の力を持つ貴女が、私達に牙を剥かないとも限りません! ですが、それは無いと私達は断言できます! それは、貴女方を信じているからです! どうして……どうして頭領の事は信じられないのですか!?」
ロロの言葉に、流石のエレナもわずかに戸惑った表情となる。動揺する気持ちを抑えながら、ロロに目を向けた。
「……ムソウって人の事を信じるに足る情報が少ない。寧ろ、嫌ってる理由の方が多い。シンキやクレナ領主さんには言ったから伝わっていると思うけど、カドルを人界の問題に引き込んだ罪は重いわ」
「それはカドル様の意志だと申し上げたはずです! 信じられないのならば、クレナに来ても良いとアヤメ様は仰ったはずです! 何故、起こしにならないのですか!?」
「そこまで聞いたはずなら、その先も知っているはずよ。ムソウって人と直接対面なんて事になった時、私が怒りのあまり何をするか分からないから。ムソウとぶつかって、街に迷惑をかけることになるかも知れない。だから――」
「その時は、私達が全力で街の皆さんを護ります! 私が死んでも、貴女が頭領を信じるきっかけになるのなら、私は死んだって構いません! それでもお越しになりませんか!?」
「……そうね」
どうあってもエレナはトウショウの里に来ないという意思を示す。
ロロはギリッと歯を食いしばり、机を叩いた。
「それは……それは、貴女が頭領の力を恐れていると解釈してもよろしいのですね!?」
「ええ……そうよ……私は、貴女達の頭領さんが怖いわ。何かあって死にたくないから、クレナには行かない……」
「そうですか……では、この件は、しっかり頭領とカドル様にお伝えします。
そして……セイン様……貴方も、頭領の力を恐れているという事でよろしいですね?」
ロロは、エレナからセインに目を向ける。挑発ととられかねない言葉まで飛び出し、コモンとサネマサはロロを止めようとしたが、ジェシカに制された。
いざという時は責任を取るから、と訴えかけられ、二人はそれに従う。
しかし、コモン達の予想通り、ロロの言葉に、セインは更に怒った。
「何だと!? 俺が、この俺が、ムソウを恐れているだと!? おい、小娘! 生意気言うのも大概に――」
「ではなぜ貴方も頭領に会いに来られないのですか!? ここに頭領を呼んで処断すると言うばかりで、クレナに来て話をしようともしません! 何故ですか!? 何故、直接会ったこともない私達の頭領に、そのような酷いことを申されるのですか!?
シンキ様のように直接トウショウの里にお越しになって、頭領とゆっくり話すことで解ける誤解もあるというのに!」
「何で、俺がわざわざ動かねえといけねえんだ! それに、そんな野郎と話すことなど何も無い! 俺の気にくわねえことを何度も、何度も、何度も繰り返す馬鹿に、何で俺が会いに行かなきゃならねえんだよ!」
「貴方の仰っている事は矛盾だらけです! 人伝手に聞いた頭領の話を曲解し、誤解から事実と全く異なった印象を頭領に与え、その結果、処断する……事実の真偽を確かめようとしない! 話せばすぐに分かることを、確かめずに……!」
「はっ! 話すことなど何も無い! 強大な力を持ち好き放題やる奴は屑だって相場は決まってんだよ!」
「どこの相場ですか!? 貴方の世界の相場ですか!? ここは貴方の世界とは違うのです! そんなのただの偏見です! 貴方は頭領が怖いだけです。このままの状態ですと、闘っても勝ち目がない。つまり、力で抑圧することは叶わない。だから、クレナに来ない……無理な事を主張して、頭領を処断したいと仰っている事、ご自身で理解されていますか!?」
「チッ……この俺が下手に出てればいい気になりやがって! もう勘弁しねえ! ぶっ殺してやる!」
セインの怒りはついに頂点となる。腰に下げた銃を抜き、ロロに向けた。ジェシカと違って、ロロは普通の人間だ。引き金を引き、少し力を込めるだけで、すぐに殺せる。
コモンとサネマサはセインの攻撃を止めようとするが、間に合わない。ミサキとジェシカはロロを護ろうと障壁の魔法を発動しようとしたが、そこでロロが、自分の身を護ることなく、更に続けた。
「やれるものならどうぞ! その瞬間、頭領は確実に貴方方を敵と認定します! そのお力で、私の仇をとってくださいます! 頭領はそういう方です! 誰が何と言おうとも、ご自身が信じた者達を最後まで信じ抜き、護り通す方です!」
その言葉に、苦々しい顔になるセインとエレナ。セインはしばらく固まり、弾丸を放つことなく、銃を下ろした。
そして、エレナから、今、ムソウを相手にするのはマズいと諭され、銃を仕舞いながら、ロロを強い殺気のこもった目で睨みつける。
「小娘が……結局、ムソウって男に頼りっぱなしか……」
最後にと悪態つくセインに、少し気が落ち着いてきた様子のロロは言い放った。
「頭領を頼って何が悪いのですか? 私達の事を信じてくださる頭領を、私達が信じて何が悪いのですか? ……貴方方は頭領を恐れています。ですから、セイン様も最後の最後で私を殺せませんでした。その事実は変わりません。
最初に、コモン様は仰いました。セイン様がどこで誰に喧嘩を売ろうと勝手です。ですが、それは、セイン様ご自身でご解決なさってください。
私は……人の命を何とも思わないご様子の貴方よりも、私達のお優しい頭領の事を信じていきます」
「フンッ! テメエら諸共、冒険者の資格をはく奪してやる……」
「出来るものならどうぞ。そうすれば、頭領の身は本当の意味で自由です。何も考えることなく、頭領は敵に集中できます。頭領を抑えたいのなら、悪手でしかございませんね」
「クソッ! いい気になるなよ、小娘が! 俺様に喧嘩を売ったことを、いずれ後悔させてやる!」
セインはそう言って、椅子を蹴り飛ばしながら部屋を出ていく。シンキが止めようとしたが、エレナが間に入り、貴方じゃややこしくなると言って、シンキの代わりに、エレナがセインについていった。
それに続き、オルソン姉妹も、ロロに強い嫌悪感を向けながら、会議室を出ていく。
その場には、肩で息をしながら気を落ち着かせていくロロと、オウエン、そして、ムソウの事を良く思っている者達だけが残った。
静まり返る会議室だったが、静寂を破り、ジェシカがロロに駆け寄る。
「ロロさん……大丈夫ですか?」
優しく、肩に手を置かれたロロは振り返り、フッと小さく笑みを浮かべた。
「ジェシカ様……申し訳ございません……やっちゃいました……」
「良いのです……よく頑張りましたね……」
ジェシカはロロの頭を優しく撫でた。ロロの行動は、ジェシカ達が心のどこかで燻ぶらせていた思いを体現したものだった。
だから、この場で先ほどの行動について文句を言うものは一人も居ない。
しかし、これで十二星天内での亀裂は本格的に刻まれることとなった。それは深く、埋めようがない程だ。
長年、共に闘い、笑い、泣きながら、楽しく過ごしてきた仲間を失った気持ちとなり、やりきれないという思いで溢れ、それぞれ何も言えなかった。
それを感じ取ってか、ロロは、ジェシカの胸に顔を埋め、震えながら泣き始めた。
「すみません……皆さん……すみません……頭領……」
十二星天内の仲を乱してしまった責任と自分の勝手な行動で、更にムソウを追い込んだと思い、ロロは何度も謝罪の言葉を口にしていた。
ジェシカはそのまま、気にすることは無いと、ロロを優しく抱きしめ、再び頭を撫で始めた。
コモン達は、ロロの事はジェシカに任せ、今後の事を話し合うことに決めた。
「陛下……申し訳ございません」
「気にするでない、コモン……我こそ……我が至らぬばかりにこのような……」
コモンの言葉に、オウエンもこの場に居る者達への謝罪の気持ちでいっぱいだった。人界王として、もっとやるべきことがあったのではと何度もため息をつく。
「いや……オウエンは悪くない。悪いのは、十二星天を管理する立場だった俺の責任だ」
シンキもまた、かつてはセインと共に、ムソウを処断しようとした過去があり、更には、サネマサやジェシカが嫌うような政策を、セインやリーの言葉だけで採用してきた責任がある。
責められるべきは自分だと、皆に許されたつもりだった心に、再び自責の念が募っていく。
そんな、シンキの肩を、最も、シンキやセインに怒りの矛先を向けていたサネマサが叩いた。
「もう辞めようぜ……シンキ。誰が悪いとか無えよ。気にしていたらキリがない。それよりも、今後の事だが……」
「ええ。そうですね。陛下、ひとまず、ロロさんをセイン君……いえ、セインさんから護るという意味で、今日から一足早く、クレナに戻してもよろしいでしょうか?」
先ほどの様子から、セインがロロを襲うという事は考えられない。恐らく、ロロが言ったことは、本当にセインにとって図星だったのだろう。
あれだけ、処断と言いながら、自身からムソウに近づこうとしなかったのは、ムソウの力を恐れていると考えられる。
となれば、セインからロロを護るには、ムソウが居るクレナの家に帰すことが一番だと結論付けた。
オウエンは、コモン達の言葉に頷き、ロロはアヤメ達よりも一足早くクレナに帰ることが決まった。
そして、セインについては、これから荒れる予想がついている人界を更に混乱させない為という建前で、十二星天の地位の剥奪は見送ることとなった。
本音は、危険な思想を持っている事に気付いたオウエン達が、ロロの言ったように、強大な力を持つセインをこのまま野に放つ事が危険と判断した為である。
人界に住む民達の為にも、余計な事をしないようにと、その場に居た十二星天達で決めた。
その後、ロロはミサキ、ウィズ達含む、天上の儀の間に世話になった者達に別れの言葉を告げて、ジェシカと共にクレナに戻った。
ムソウの代わりにと、この間にロロを側で見守っていたアヤメは事の顛末を聞き、多少は驚いたが、流石ムソウの“家族”と、ニカっと笑って、ロロの頭を撫でた
こうして、ロロにとっての天上の儀は幕を閉じたのである……。
◇◇◇
「……というわけです……」
俺の部屋に居るロロはそう言って話を締め括る。
リンネの散髪を終えて、ロロはいつ帰ってくるのだろうかと思っていたその日の夕方に、ジェシカに連れられて帰ってきたロロは、目を腫らし、酷く落ち込んだ様子だった。
ただいまです~とか言いながら陽気に帰ってくるものかと思っていただけに、その様子に少々狼狽えてしまった。
何があったのかと聞こうとしたが、ジェシカからそっとしておくようにと言われ、俺も、ツバキも、ジゲンも、ダイアン達も、たまとリンネでさえ、その様子を気にしながらも、何も言わないロロをしばらく放っておいた。
そして、飯を食い終えた後、今回の天上の儀について話すと言って来たので、俺の部屋に招いた。
部屋には俺とツバキの他、ジゲン、ダイアン、リア、そして、カドルと、ロロの膝の上にリンネが居る。
最初は……というか、昨日までは楽しく王都暮らしを満喫していたという旨の内容だったが、今日、それが一変し、十二星天同士の会議で大変なことが起こった……というか、ロロが起こしたという内容だった。
セイン相手に、ロロが怒った……にわかには信じられないが、ロロの様子から真実だったのだろう。よほど酷いことを言われたのかと思っていると、言われたのは俺で、それに対してロロが、今までため込んでいた思いをぶちまけたというのがあらましの様だ。
というわけで、ツバキやダイアン、それにリアなどはロロを怒る気になれないようで、何と声を掛ければと、困った顔をしていた。
そして、エレナの俺に対する話を聞いたカドルも酷く落ち込んでいるようだった。
しかし、コイツはまだ良い。少なくとも、俺と関わっているから敬遠しているというわけではなく、寧ろ、これも俺に責任がいって、俺が居るからカドルに会いに来られないという事が明らかとなった。
となれば、雷雲山に帰った時にでも、誰かに言伝を頼めば会うことも出来る。無論、俺は会わないがな。
……さて、どうしたものか、この状況。
そして、どうやって、リンネを撫でながら、肩を震わせるロロを慰めようか……。
天上の儀について何が起こったか理解したわけだが、皆の表情は重く、戸惑いを隠せないようだ。
しかし、何故か……本当に、何故か分からないが、俺はこの状況が面白く感じてしまった。
まったく……。
無理やり感がありますが、王都編を終わらせました。




