第373話 天上の儀 ―ジェシカの想いを知る―
コモンの気持ちが落ち着き、二人でゆっくりと茶を飲んでいると、再び部屋の戸が叩かれた。
アヤメは茶を置き、はあ、とため息をつく。
「次から次へと……誰だ?」
また、誰か相談でもしに来たのか、と頭を抱える。明日の為に色々とまとめておきたかったが、後回しにすることに決めて、アヤメは戸に近づいた。
「おう。誰だ?」
「あ、あの……ロロです」
部屋を訪れたのはロロだったが、少し声に戸惑いの感情が入っていることに気付き、アヤメは首を傾げる。
「ロロか。何か用か?」
「あ、はい。今晩は、コモン様とジェシカ様も城で過ごされると聞きまして、サネマサ様も呼んで、ご一緒に夕ご飯でもと思いまして……」
「ん? てことは、爺いも居るのか?」
アヤメが戸の外に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
「あ、ああ……居るぞ」
「わ、私も居ます」
サネマサに続き、ジェシカの声も聞こえてくる。明日の本会議の前に、クレナに居る時と同じ面子で料理を囲み、明日の英気を養いたいようだ。
レオパルドも呼びたかったそうだが、今は謹慎中で城には居ない。ミサキ達とも都合が合わず、ここには居ないようだった。
天上の儀の後も、ジェシカの弟子になったことを全世界に正式に伝える為の映像水晶に記録するという仕事がロロを待っている。
その他にもやることが多く、落ち着いて夕飯を摂ることが出来るのは今日で最後だ。
最後くらいは、ロロも見知った顔と落ち着いて夜を過ごしたいという気持ちに納得するアヤメ。
しかし、ロロの様子だけでなくサネマサとジェシカの様子もどこかおかしい。何かに戸惑っているような口調に、部屋の中に居るコモンも首を傾げた。
何かあったのだろうかと不審に思っていたが、このまま待たせるのは悪いと思い、アヤメは戸に手を掛けた。
「分かった。じゃあ、中に入って――」
そのまま扉を開き、三人を中に招こうとしたアヤメ。
だが、扉の前に立っていた人物を見て、目を見開き、固まった。
「ふむ。ようやく開けてくれたか」
「……は?」
扉の前には戸惑いを隠せない表情のジェシカと、ジェシカの陰に隠れて、少しばかり気まずそうな顔のロロ。
そして、頭を掻きながら苦笑いし、あさっての方向に視線をやるサネマサ。
その三人の前に立つ長髪の男。初日に見た格好とは違い、クレナの普段着のような長着を着た長身の男。
式典の頃と比べると、表情を緩ませており、微笑をたたえた顔つきはどこか幼く見える。
いや、鬼族の血を色濃く継いでいるこの男の実年齢は、元からぱっと見では分からない。
額から角を生やした鬼人、人界王オウエンは、アヤメが迎えてくれたことに一礼し、部屋の中を覗いた。
「おお、聞いていた通り、既にコモンも――」
アヤメと同じく口をあんぐりと開けているコモンに手を振ろうとしたオウエン。
その瞬間、アヤメは戸を閉じた。
「む? どうした、クレナ領主アヤメ殿。開けてくれぬか?」
「え……はあ? な、何だ……? 何が起きている?」
アヤメは扉に手を掛けたまま、コモンに目をやった。
コモンも口を開けたまま、我関せずと、首を振り続ける。
急過ぎる事態に、アヤメの頭の中は真っ白になったままだ。真っ先に思い浮かんだのはシンキだったが、先ほど見た感じだとこの場には居ない。それに、会議の時も何も言わなかった。
なら、この状況は益々何だと、困惑している間にも、外からオウエンの声と戸を叩く音が聞こえてくる。
「アヤメ殿、開けてくれないか? ここに居ると、シンキにバレてしまう。シンキが仕事をしている今がチャンスなのだ。ようやく、冒険者ムソウの話がそなたらから聞くことが出来る。だから、早く開けてくれないか」
「ほ、他を当たってくれ!」
絞り出した声でアヤメがそう言ったが、オウエンは食い下がる。
「そなたら以外に適任がおらんだろう。やはりシンキの話は分かりづらい。もっと長く、深く関わったそなたらから聞いた方が良いだろう?」
「じゃ、じゃあ、三人でやってくれ! ロロも居るし、爺いも居るから充分だ! 俺を巻き込まないでくれ!」
「いやいや、ギルド支部長として、領主として冒険者ムソウと一番関わっているのは、現在、城内ではアヤメ殿かコモンしか居ない。ロロ殿も居ることだ。より詳しく知るにはこの場が一番だろう」
「なら、コモンもそちらに渡すから好きにしてくれ! 本会議の前に王と懇意にしていたなど、誰かに知られれば大変だろう!」
「その為のサネマサ達だ。あくまで、我は明日の場でも中立と示す為の証人になってもらう」
「いや、元からこういうことをしなければ……これ以上面倒ごとを増やさないでくれ~!」
王が一人の領主と懇意な関係になった場合、天上の儀での発言も、王の意向として見られることになり、議論をするまでもなくその発言が通ることも考えられる。
今日の領主会議やギルド支部長会議では、アヤメに明らかな敵対意識を持つ人間は居なかったと思っているが、城の重鎮達や、明日の本会議に参加する貴族達などはその限りでは無い。
例え、今の状況がオウエンの気まぐれでも、後々面倒なことになるのはアヤメ本人、ひいてはクレナ領だ。
ようやく平和になったクレナ領に、また、貴族達から、要らぬ面倒ごとが降りかかるのは御免だと、アヤメはオウエンを拒んだ。
ただ、拒んだとしても王の機嫌を損なったとして何をされるか分からない。オウエンは気にし無さそうだが、他の目は分からない。
どちらが辛いかと天秤にかけたが、まだ後者の方がマシだという事で、オウエンを部屋に入れないようにしていた。
すると、アヤメの言葉に不満を覚えたサネマサ達から声が上がる。
「おい待て、押し付けるな、アヤメ。一緒に、シンキに怒られよう。なに、ジロウよりはマシだ」
「叔父貴の方がマシだ! 叔父貴の怒りは少し我慢すれば良いだけだが、宰相様はまだしも、貴族共はネチネチ来て面倒なんだよ!」
「あ、アヤメさん、それは大丈夫ですよ。皆さん、分かってくださいます。私達もアヤメさんやクレナに火の粉が飛ばないようにいたしますので」
「火の粉って言ったか、“聖母”さんよお! 取りあえずこの状況は面倒だと言っているのと同じだぞ!」
「アヤメ様……私を一人にしないでくださいぃ……」
「これは試練だ、ロロ。十二星天の弟子と言うのは、師が引き起こす面倒ごとを共に何とかするって相場は決まっている。いずれ進む道が、今になっただけだ。大丈夫だ、お前は一人じゃない。“聖母”と共に乗り越えてみろ」
戸の先から、ロロの呻く声が聞こえた。酷いことを言っている気にはなったが、ぐっと押し殺して、誰も部屋に入れまいとする。
すると、落ち着いた声のオウエンの声が再び聞こえてくる。
「む……アヤメ殿。ロロ殿が涙目になって来たぞ。流石に我も何か酷いことをしている気になってきた」
「そう思うなら、お引き取りを! 俺も明日の準備で忙しいんだ。分かってくれ、王様」
「ふむ……仕方ない。奥の手を使おう……」
オウエンのその言葉を最後に、外からの声が止まった。
潔く帰ったかと、胸を撫で下ろすアヤメ。結局部屋に残ったコモンに目をやると、依然戸惑った顔をしたままだった。
「これで良かったんだよな……?」
「そ、そうですね……陛下には僕が後から言っておきます」
「ああ。せめて天上の儀が終わった後にして欲しかったな……」
「ですね……あの、アヤメさん。ちなみにですが……」
「何だ?」
コモンは金槌と花鳥風月に目を配った。
「タカナリ様とトウヤさんは、乗り気でした」
「知るか……って、まあ、気持ちは分かるが、今は駄目だ。変な噂が立つと――」
タカナリ達に、天上の儀の本会合が行われる前に、オウエンと会食を行うことでどれだけ面倒なことが起こるかと説明しようとした時だった。
ガタッ
突然、部屋にあるクローゼットから物音が聞こえてきた。
何だと思って、コモンと共にそちらに目を開けると、クローゼットの扉が開き、中から先ほどまで部屋の外に居たはずのオウエンとサネマサ達がのそっと出てきた。
「「……は?」」
呆然とする二人の前で、オウエンは満足げな顔をしていた。
「ふむ。ようやく中に入れたな」
「あ、あの……陛下。こちらは……?」
不思議そうな顔をするロロ達に、オウエンはフッと笑みを浮かべる。
「この城は、本来、一つの街だったという話は聞いたことがあるか?」
「は、はい。建立当時はそうでした、と」
「この部屋を含め、ロロ殿や、他の領主たちが現在泊っている部屋は、元々、かつてレインで過ごしていた民達が住む家だった。だから、入り口の他に裏口もあるというわけだ。今は、各部屋のクローゼットから、緊急時の非常口として使われておる。確か……我より十代ほど前の人界王の頃からこうなったようだな」
オウエンの説明に、ロロは、だから普段の王城で働く者達に比べて部屋の数が多いのかと納得した。シンラの代から変わらない王城に、ムソウもいつか来ることが出来ればと思い、クスっと笑みを浮かべる。
ただ、至る所で老朽化というものもあるらしく、オウエンはコモンに、ゆっくりで良いから修復しておくようにと話しかけた。あんぐりと口を開けたまま、コモンは頷く。
アヤメは、頭が真っ白になったまま固まっていた。ジェシカとサネマサに目をやると、苦笑いしながら、申し訳なさそうに視線を外した。
ロロは、先ほどの事もあってか、少しムッとした様子でアヤメの顔を見ている。
更に固まっていると、オウエンは、アヤメの顔を覗き見てきた。
「どうした、アヤメ殿。何を呆けておるのだ?」
「いや……え……? は……?」
声を掛けても、アヤメは固まったままだった。すると、コモンがアヤメの肩にポンと手を置く。
黙ったまま、諦めましょうと、訴えてくるコモンに、アヤメは深くため息をついて、意識を取り戻した。
部屋に入れた……入られた以上、追い出すわけにはいかない。後はどうにでもなれという思いで、アヤメは小さく頷き、花鳥風月を手に取った。
そして、ゆっくりとサネマサに近づいていく。ポリポリと頭を掻きながら視線を逸らしたままのサネマサはハッとした顔で、アヤメに視線を戻した。
「いや、アヤメ、これには――」
「フンッ!」
アヤメは花鳥風月を鞘に収めたまま、サネマサの頭を殴る。
ガツンと良い音がして、サネマサは頭を抑えた。
「痛ててて……」
「おい……爺い。アンタはこれから、王様や俺達の飯を、一人で誰にもバレず、宰相様にもバレねえように持って来い。隠蔽でも偽装でも何でも使って、ここに飯持って来い。そして、誰もここに近づけないようにしろ。ついでに、城の酒、幾つかくすねろ。良いな?」
「お、おう……アヤメ、怖い――」
「あ゛?」
「いや、何でも……じゃあ、行ってくる」
睨むアヤメにサネマサは何も言えず、すごすごと部屋を出ていく。
再びため息をつき、気を落ち着かせていると、満面の笑みのオウエンが、アヤメの前に出る。
「気が利くな、アヤメ殿。さて、今宵は楽しむとしようか」
「……良い気なもんだ……飯が来るまで時間はある。コモン、ロロ、それまで王様にムソウの事を簡単に、“聖母”、アンタはこうなった経緯を説明しろ」
「は、はい、わかりました。陛下、こちらです」
「うむ。冒険者ムソウの事を教えてくれ、コモン」
「では、アヤメさんはこちらに」
コモンに促されたオウエンは嬉々とした表情で椅子に座り、アヤメはジェシカと共に別室に移る。
その際に、未だムスッとした顔のロロに、少し頭を下げた。ロロがアヤメを少し小突いて来たので、頭を撫でてやると、機嫌を直したようにクスっと微笑む。
「この件は頭領に伝えておきますね」
「ああ。勝手にしてくれ、もう……」
クスクスと笑うロロの声を背中に、アヤメはジェシカについていった。
話を聞いたところ、今日、ロロはミサキ達と共に、城の中を一通り見て回りながら楽しんでいたそうだ。
城にある様々な魔道具や、十二星天の偉業をまとめた記念館、太古から伝えられる宝物殿などを楽しんだ後、魔法の勉強をしようと、一行は図書館を訪れる。
そこに居たのが、調べものをしていたオウエンで、ロロはウィズ達と共に驚くが、ミサキは相変わらずの様子でオウエンに声をかけた。
その後は、オウエンと共に、ミサキと魔法の勉強をしたり、オウエンの調べものを手伝ったりして過ごした。
気を良くしたオウエンは、今晩は皆で晩飯を食べながら、色々と話をしたいと提案した。ミサキはすぐに頷いたが、その時、オウキとリヨクの重鎮達がその場を訪れ、今日はミサキと明日に向けて話し合いたいと申し出た。
オウエンは仕方ないと言って、ミサキは諦めたが、その場に残ったのはロロ一人。シンキも交えて三人で会食でもしようかと思ったが、ロロはミサキ達が居なくなった後は、オウエンに委縮してばかりだった。
このままだと、会食どころでは無いと諦めかけた時に、二人に近づいてきたのが、サネマサとジェシカだった。
ロロがオウエンと一緒に居ることを不思議に思った二人は事情を聴き、ならば、ロロと親しいアヤメとコモンを誘って、クレナのごたごたで流れてしまったムソウとの会談の代わりをしようと、サネマサが提案。その後、アヤメの部屋を訪れて現在に至るというわけである。
「……なるほど。全ての元凶は爺いってわけか……」
「い、いえ、陛下のお心遣いを無にするわけにもいかない中での、苦肉の策と……」
「それに俺を巻き込んだのは、爺いって事には変わりないだろ。本当に面倒くさいことしてくれたな。“魔法帝”にも、文句を言ってやる」
オウエンがミサキ達を諦めたのは、その場で、アヤメが先ほど言ったことと同様に、一部の領主と人界王が本会合の前に懇意にしていた場合の事を説明したからである。
もっとも、ミサキとしては大歓迎だったようだが、それぞれの重鎮達の進言もあったので、オウエンはミサキ達を諦めるしか無かった。
何故、自分の言い分は通らなかったのかと、アヤメは項垂れた。
しかし、過ぎたことは仕方が無いと割り切り、顔を上げる。
「明日の会議に関わることは話さねえぞ。さっきも言ったが、俺にも領のことがあるからな」
「ええ、それはもちろんです。ただ、陛下はもちろん、シンキさんも何も気にしないかと思いますが……?」
「それは分かってる。だが、城の貴族達の耳に届くのは避けたい。今まで、叔父貴や爺いのおかげで俺の面子が立っていたようなものだからな。これをネタに、また貴族達がクレナ領をゆすることは避けたい」
「貴族の皆さんも、ジロウさんやムソウさんが居るクレナに手を出そうとは思わないのでは?」
「そうなると、また、ムソウの話がこじれてくる。お前らも、それは嫌だろ?」
「……そうですね」
ケリスが貴族達と共にクレナを操っていた頃は、ジロウ達が大きな“武力”を以て、ギリギリのところで介入を抑えていたが、現在はジロウが一線を退き、その力も衰退していると考えている貴族達。アヤメの力を示さなければ、また、かつての状態に戻ってしまう。
トウショウの里に住んでいるムソウが介入し、貴族達の牽制となることもあるが、度が過ぎると、ムソウに対する王城からの評価が更に悪くなってしまう。
今でさえ貴族達からの評判が悪いムソウがそうなってしまっては、今回の天上の儀での努力も無になってしまうばかりか、アヤメの管理責任も疑われ、最悪の場合、領主の座を降りることになる。
一部の者達は理解があるが、貴族達のクレナに対する介入は度が過ぎることが多い。度が過ぎる介入に、ムソウの度が過ぎる牽制は、悪影響しか生まない。
ムソウやジゲンが行動を起こさないようにするのもアヤメに与えられた役目だと自覚している。
ジェシカもそれを理解し、ムソウが闘鬼神の頭領であり、ロロが闘鬼神の一員であり続ける為には、細かな面倒事も避けないといけないと実感した。
「申し訳ございませんでした、アヤメさん。少し考えが足りませんでしたね」
「もう良い。これから、アンタらには頑張ってもらう予定だからな。それでチャラだ」
「ありがとうございます」
一応、皮肉のつもりで言ったのだが、とアヤメは頭を掻く。
そうは言いつつ、心の中では、ジェシカに苦労を掛けることに若干戸惑いを見せていた。
ケリスに呪われたジロウの傷を癒したのはジェシカだ。ジェシカにも大恩があると感じているアヤメは、複雑な思いを抱きながら、それは顔に出さず、茶をすすった。
チラッとコモン達の部屋を覗いたが、コモンとロロの話に、オウエンはのめり込んでいるようで、部屋にはまだ、サネマサは戻ってきていない。
もう少しかかりそうだと、アヤメはジェシカに向き直る。
「“聖母”、今日の会議の事は聞いたか?」
「え? いえ、まだ……今日も何かございましたか?」
「ああ。実はな……」
コモンに続いて、アヤメはジェシカの想いを知ろうと、今日の会議での、エレナの様子を説明した。
話を聞いていたジェシカは、ハッと目を見開き、そのまま項垂れていった。
「そうですか……エレナさんも……」
セインやリーに続き、エレナまでもがムソウに強い嫌悪感を示し、会議を途中退出したという事実に衝撃を隠せないでいたジェシカ。
ただ、その理由もどこか納得できるようなもので、何も言えずに口を閉ざしたままだった。
「“ギルド長”や“騎士団長”と違って、“龍心王”に対してはどこか不信感を抱かないでいるように見えるのは、アンタも“龍心王”は昔から変わっていないと感じているからか?」
「は……はい。何も変わっていないエレナさんが、ムソウさんと敵対している事実が、悲しいです」
「まあ、他人の好き嫌いには口出しできないものだからな……しかし、ちょっとは変わったんだろ? 議決を採る時は“ギルド長”側の意見に賛成するようになったとか……?」
「ええ……ですがそれも、その根底に人界を想う彼女の考えがあったからで、無理な事を仰っているわけではありませんでした……」
「無理やりなこじつけとかでは無かったんだな……?」
「多少強引と思ったことはありますが……それでも、確たる思いというのは常に持っておりました」
アヤメはジェシカの言葉に納得する。アヤメ本人も、人界第一というエレナの確固たる思いは伝わった。同時に、ムソウが危険という本気度も伝わったことは事実だ。
はっきりと分かっているからこそ対応はしやすいが、なかなか面倒な事だなとも思っている。
現にジェシカも、だからこそまだ、エレナの事は信じている節があり、出来れば敵対したくないという意思を感じる。
ジェシカは、シンキがムソウの屋敷を訪れた際、明らかな敵意を向けた。これに関しては、シンキに不満があったことと、元からそこまで親密な関係では無かったことが理由として挙げられる。
それに対し、エレナとは親交を育み、疎遠になったとはいえ、嫌い合っているわけでは無いと感じているジェシカもコモンと同じく、どうすれば良いのか分からないと言った状況だった。
「仮に……エレナさんとムソウさんがぶつかった時、私はどうすれば……」
「お……それを聞こうと思ったんだ。アンタはどっちにつく?」
「アヤメさんはどうするのですか?」
「少なくとも、クレナでそうならないようにする。仮にそうなったら、ムソウにつく」
「即答……まあ、それは仕方ないですね……」
「コモンにも言ったが、アンタらは長く生きていける分、迷い続けることが出来る。今はそれが枷になっているようだがな……」
ジェシカは俯いたまま、小さく頷いた。
ムソウが寿命を全うし、エレナ達が落ち着くまで、ジェシカは迷い続けるのか。迷い続けたまま、ロロの師を続けるのか。そう考えたアヤメは、ジェシカが不憫でたまらなかった。
しかし、アヤメには何も出来ないという事は自覚している。自分だけでなく、ジロウにも無理だと感じた。限られた時の中で生きる自分達には、無限の時を生きる人間の気持ちは最後まで理解できない。
だからアヤメは、コモンに送った言葉を、ジェシカにも話した。
「なあ、“聖母”。アンタらはもう少し、他の人間を頼った方が良い。少しは気が楽になる」
「それは……今もやっているつもりです。ですが答えは出ないまま……」
「最近になって、アンタにも頼れる奴が多く居たことが分かっただろ? 俺のご先祖さんを頼っても良いし、コモンや爺いの前任者を頼っても良い。アンタの前任者もそれを望んでいるはずだ。何なら、ムソウを頼っても良いって、ご先祖さんは言っていたぞ」
その言葉に、ジェシカは顔を上げ、キョトンとする。
「え……ムソウさんの事で悩んでいることをムソウさんに相談するのですか? それは、何とも……」
「俺もそう思ったが、ご先祖さんとコモンの前任者曰く、もっとも頼りがいのある“古今無双の傭兵”を舐めてもらっては困る、とのことだ。面倒だと言いながら、なんだかんだで全てを解決するだろうだってよ」
アヤメの言葉に、ジェシカはハッとし、何かを思い出したかのように、首飾りを取り出した。見ると、首飾りが仄かに光を放っている。
そこから感じる暖かな気配に、首飾りに宿るナツメも、タカナリ達の言葉に賛同しているようだと感じた。
そして、自分は最後までジェシカの味方だと聞こえた気がした。
呆然とするジェシカだったが、ふっと笑みを浮かべ、首飾りにコクっと頷く。
「少しだけ……少しだけ、皆さんのお仲間さんに力を借ります。よろしいですか?」
ジェシカの言葉に頷くように、首飾りは強い光を放ち、収まっていった。
どこかすっきりとした顔つきになるジェシカは、アヤメに視線を移して、クスっと微笑んだ。
「アヤメさんは人が良いですね。まるで、ジロウさんの様です」
「最近よく言われる。爺いの様だと言われないのが救いだ。爺いは優し過ぎる……というか、あまいからな」
「厳しいですね……」
「暴走気味になることもあるから、アンタらが見てくれると助かる」
「フフッ、お任せください」
自身に満ちた顔をするジェシカを見ながら、アヤメは安心したと、胸を撫で下ろした。
そうしていると、寝室の扉を叩く音が聞こえ、そっとサネマサが覗き込んできた。
「あ、アヤメ……飯、持ってきたぞ……」
「おう。ちゃんと酒は持ってきただろうな?」
「お、おう。準備するからもう少し待ってくれ」
委縮しきっているサネマサをジェシカと共に笑いながら、部屋に戻ると、ロロとコモンが机の上に料理を並べていた。
ジェシカも手伝おうと、二人に近づいていく。
「ロロさん、お手伝いしますよ」
「え、よろしいのですか?」
「ええ。私は貴女の師です。もっと頼ってください」
「は、はあ……ありがとうございます」
こんなことで、とロロは胸を張るジェシカに首を傾げるが、何かを察した様子のコモンがクスっと笑い、そのまま三人は料理を並べていった。
それを満足げな顔で見ているアヤメに、オウエンが話しかける。
「何を話しておったのだ? ジェシカの様子が変わったようだが……?」
「大したことじゃない。それよりも……爺い、本当に誰にもバレてねえんだな?」
「お、おう。大丈夫……だ」
「そこは自信持ってくれ。はあ……」
ため息をつくアヤメをオウエンは不思議そうな顔で眺める。
どこか怯えている様子のサネマサと、苦々しい顔をするアヤメ。そんな二人を放っておき、この状況についてもどこ吹く風という顔のオウエン。
三人を見ながら、コモンとジェシカはクスクス笑いながら、準備を進めていった。




