第372話 天上の儀 ―コモンの想いを知る―
「――これで、以上だな。色々あったが、全ての議題や要望について話し合うことが出来た。この結果をもとに、明日の天上の儀を進めていく。諸侯の協力に感謝する」
夕方、領主会議が終わり、アヤメはその場で伸びをする。元からあった議題についてはつつがなく話し合うことが出来たが、武術大会とクレナの騎士団については話し合うことが出来ず、更にエレナの件で無駄に緊張したと嘆くアヤメを、ワイツ、ノワール、そして、ブラウンが諫めていた。
そこに、シンキがやって来た。
「お疲れさん、アヤメ。さっきは助かった」
「おー、シンキ……じゃねえや、宰相さん……って、急に来るなよ。会議が終わったばかりの皆が委縮してんだろ」
急なシンキの登場に慌てて頭を下げるブラウンとワイツを指し、アヤメがぼやくと、シンキは慌てて二人の頭を上げさせる。
「いや、楽にしてくれ。お前らも疲れただろう。特に、ブラウン。初めての領主会議だったのに、悪かったな。本当はもう少し平和なんだ」
「あ、いえ、大丈夫です。シンジさ……いえ、シンキ様」
「本当は、アヤメが場を掻きまわして大変なんだ。まあ、今日は良い方向に転んだがな」
シンキが来ても平然としているノワールは、アヤメの背中を強く叩く。
せき込みながら、アヤメはノワールの襟を掴んだ。
「何しやがる!?」
「こんな風にな。次回はブラウン殿も気を付けろよ」
腹を抱えて笑うノワールだったが、ブラウンはその言葉に首を振った。
「いえ、勉強になりました。ありがとうございます、アヤメ殿!」
急に頭を下げられキョトンと眼を丸くするアヤメ。何があったのかとワイツとノワールに聞いたが、二人ともさてな、と首を振る。
しかし、その反応はどこか楽しんでいるような雰囲気を感じ、アヤメは深くため息をつき、ブラウンに視線を向ける。
「こういうのは真似しなくて良い。アンタにはアンタの出来る事だけを存分に発揮して、領主をやってくれれば良い」
「はい。それは承知しております。リーガンは出来ることもしなかった男でしたから……あの人の行方を追うことに関し、会議でも言いましたが皆さんに力をお借りすることもあると思いますが、よろしくお願いします」
「ああ。まあ、それに関しても明日の天上の儀でな。ただ、ギルドはまだしも騎士団は大丈夫か?」
そう言ってシンキの顔色を伺うアヤメ。シンキはため息をつきながら答える。
「何とかする。というか、リーの承認なくとも王と師団長達の考えが一致するなら、それが騎士団の総意という事にすれば良い」
「今日のエレナ様についてはどうお考えで?」
「アイツがああ言うなら、今のままで良いだろう。まさかたった一人の男の所為で、ここまで悩まされるとはな……」
「分かった。そのことはムソウに伝えておく。宰相様が頭を抱えねえように、お前はもう少し落ち着いた行動をしろってな」
頭を抱えるシンキに、冗談交じりでアヤメはそう言ったが、シンキは是非に、と頷く。重症だなと、アヤメは苦笑いした。
「ちなみにアヤメ。エレナはあれが本心だと思うか?」
シンキは、セインの嘘を見抜いたアヤメに、今日のエレナはどうだったかと尋ねた。アヤメは腕を組み、少しばかり思案を巡らせた後、コクっと頷く。
「多分、本音だろう。もっとも、本気で殺す気は無いだろうがな」
「と言うと?」
「雷帝龍の件がある。確かにムソウが雷帝龍を人界に引っ張り出したことになるのかも知れないが、あれは間違いなく雷帝龍の意志だ。あれだけ、雷帝龍の事を想っていた女なら、雷帝龍の言葉を信じる可能性は高い。更に言えば、雷帝龍が力を取り戻した理由もムソウの神人化によるものだ。
人界の為にとか言っているが、実際の所はそれは二の次で、龍族と共に闘ったものとして、ムソウに何かしら感じているかもしれないな」
「だから、手は出さないと……?」
「まあ、はっきりとは言えないが、今すぐに動くと言うことは無いだろう。少なくとも“龍心王”も、リオウ海賊団にムソウが挑むまでは何もしてこないだろうな」
正直、部屋を出ていった後のエレナや、昨日のカイハクが今まさにクレナでムソウと闘うこともあると思っていたがその様子は無かった。
そこまで下手な事をすることは、本人も言っていたように無いらしい。エレナの方も、セインと同じく少なくとも海賊団の件を片付けるまでムソウの事は保留にするという結論に至ったというアヤメの言葉に、シンキは納得した。
「ちなみに、アヤメが出した、ムソウを十二星天が監視するって提案は何だったんだ?」
「あれは殆どあの場をしのぐための冗談のつもりで言っただけだ。現状、ムソウはコモンに監視されているようなものだから、気を揉む必要すらないってな」
「それでセイン達が本気になって、ムソウと接触するって言った場合はどうするんだ?」
「それは無いだろ。“ギルド長”一派の者達は、レインに常駐することになっているんだからな。残るは、お前らと、“龍心王”、それに、“冒険王”だ。“龍心王”については賭けだったが、直接トウショウの里に来ることは無いとアイツは言っていたし、その言葉は守るだろう。残る“冒険王”についてはよく分からないから保留にしたが、アイツがクレナに来るなら丁度いい。コクロの活動の布石をたてることが出来るって寸法だな。
“ギルド長”の時と同様、ここまで上手くいくとは思わなかったが、まあ、上々だろう」
少なくとも、自分の思い通りにエレナが動いたことに関して嬉しそうなアヤメ。ブラウンからの視線は更に熱くなり、ワイツやノワールは改めて、大したものだと頷く。
シンキもまた、意外と考えた発言をしていたアヤメに、かつての“友”を思い出し、苦笑いした。
そして、ならばとノワールはアヤメと肩を組んでニカっと笑った。
「じゃあ、俺はその“冒険王”ジーン様に事の詳細を伝えておく。んで、ギャッツとルーカス師団長に、冒険者ムソウを迎える準備を整える手はずを取っておくとする」
「ああ、頼んだ。領全体に影響があることが起こった場合、最終的な決定権は領主が握っているからな。存分にその力を振るってくれ」
「はいよ。ククッ、とんでもねえ男と思っていたが、会うのが楽しみになってきた。冒険者ムソウにはよろしく伝えておいてくれ。来る時期が決まったら、また連絡してくれ。じゃあ、俺はそろそろ失礼する。アヤメ、今日は楽しかった。明日もよろしくな」
そう言って、ノワールは退室した。コクロにムソウが向かうことに関してはこれで一安心と、アヤメ達は頷いた。
その後、ブラウンも、これからよろしくお願いしますと、退室する。あそこまで頼られると逆に困ると頭を掻くアヤメに、ワイツやシンキは受け取ってやれと笑った。
「では、私も失礼する……っと、その前に……シンキ様」
ワイツは部屋を出る前に、シンキに向き直った。そして、その瞳をまっすぐ見つめる。
「どうした? 貴殿もまだ何かあるのか?」
「私は……私はムソウ殿に領だけでなく、娘の命も救っていただいたという大恩があります。この先、十二星天がどのような決断をしようとも、私個人としては、ムソウ殿を信じると決めております。ただ、そのことを伝えておきたい」
それはつまり、ムソウがエレナの言うように、人界に刃を向けることがあっても、少なくともワイツ個人としては、ムソウに力を貸す可能性があると示唆する内容だった。
名君と呼ばれる男の、ある意味とんでもない発言に、シンキは少し戸惑うが、すぐにフッと笑った。
「分かった。貴殿はそのまま、自分の思うがままに生きてくれ。俺は、出来るだけ皆が悔いを残さないように尽力するだけだ。不自由を掛けることもあると思うが、よろしく頼む」
「はっ……ではの、アヤメ殿」
「ああ。明日も助けてくれよ、ワイツ」
「ハハハ! 考えておく」
どこかすっきりとした面持ちでワイツは部屋を出ていった。
しばらくして、アヤメとシンキも部屋を出る。一応と思い、今日もロロの部屋に向かった。
そして、分かれ道に着くと、シンキはフッと笑って、立ち止まった。
「じゃあ、俺はこっちだからここで別れる。アヤメ、今日は本当にすまなかった。余計に疲れさせてしまったな」
「気にするな。ご先祖様に恥じる真似はしたくないからな」
「今日のお前は、タカナリの様であり、エンヤの様だった。ムソウにも負けてねえぞ」
「嬉しいのか呆れてくるのか分からないことを言うのは辞めてくれ。それよりシンキ、俺もお前に一つだけ言いたいことがある」
その場で首を傾げるシンキに、アヤメはスッと近づき、胸を小突いた。
「アンタはもう、あまり一人で抱え込まなくても良い。もっと俺達や爺い達を頼れ……分かったな?」
アヤメの言葉に、シンキは、バレていたかと目を見開く。
邪神大戦が終わり、シンラを始め、かつての仲間達が去っていく中、最終的にシンキは一人になった。長い時間、王の補佐をしながらも、友人と呼べる者も少なかったシンキにとって、十二星天やムソウ、アヤメ等、かつての仲間達の意志を継いだ者達は、紛れもなく“友”と呼ぶべき存在だ。
にも関わらず、長年、皆を騙していたという自責の念もあり、更に今回の天上の儀で確定となった“友”たちの内紛等、シンキはそれをどうにかしようと一人で抱え込んでいる節があった。
かつて共に戦った戦友であり、自分を後継者と認めたエンヤの子孫が、もっと自分達を頼り、その辛さ、苦しみを分け与えるようにしろと言ってきた。
シンキはそれが嬉しく、アヤメに強く頷いた。
「分かった。今後ともよろしく頼む」
「ああ。じゃあ、俺も帰る。仕事、頑張れよ」
らしくない応援をした後、アヤメとシンキは、それぞれの方向へ歩き出した。
◇◇◇
アヤメが自室に戻り、資料の整理と翌日の準備をしていると、クレナ師団長のエンライが部屋を訪れた。
「失礼……結局、どうだった?」
「おう。ひと悶着はあったが、つつがなく終わった」
気まずそうな顔のエンライにそう言うと、エンライは安心したように胸を撫で下ろした。
「そうか。それで、明日はどうなりそうだ?」
「まあ、主な議題については、全ての会合で同じ結果になったから、後は、細かなところを決めていく。それから、それぞれの会議で漏れたことの洗い出しとかだな」
「あー……クレナ師団の人員についてはどうなった?」
「すまねえ。それは無理だった。時間が無かったのと、今は“騎士団長”が謹慎中だからな。領主だけで決めたら、また後でグダグダ言われそうだったから、辞めておいた」
「そうか……まあ、仕方ないな。今後、クレナ領内の各自警団の長達と、街を護っていくうえでの会合を開こうと思うが、出来るか?」
「それなら大丈夫だ。日取りと場所を調整しておこう……あ、シロウ達の祝言の時って手もあるな」
シロウとナズナの祝言には、ジロウ一家の者達だけでなく、トウショウの里の住民達や、ムソウ達闘鬼神の他、各集落の自警団の長も招待する予定だ。
自警団の長が一同に会する機会はほとんどない。丁度いいとアヤメが笑うと、エンライは頷いた。
「じゃあ、祝言の前日でも、終わった後でもよろしく頼む」
そう言って、エンライは立ち上がった。
「ん? もう出ていくのか?」
「ああ。明日のことが聞けたのなら、俺も準備を進めたいからな」
「そうか。本会議も荒れることが予想される。しっかりと準備しとけよ」
「何のだよ。闘いのか?」
「……お前の護りには期待している」
意地悪そうな顔をするアヤメに、エンライは、げっ、と言って愕然とする。
これでも、騎士団随一の防御力を誇るエンライ。例え十二星天が暴れても何とかなると、笑うアヤメに、エンライは深く長いため息をつきながら、部屋を出ていった。
一人になった部屋で、アヤメはクスっと笑う。
「冗談言ってる場合じゃない……か」
そして、すぐに真剣な顔になり、今日の会議でのエレナの言動を思い出していた。
紙と筆を用意し、気になったことを書き記していく。正直、議題についてはどうでも良く、寧ろこっちの方が大事と、作業を進めていった。
「“龍心王”エレナ……大地の為に、ムソウを消す……“ギルド長”と違って、筋が通った理由だ。恐らく本心だろう……ムソウが強大な力を持っているから……なら、アイツの力については疑ってはいない……その割に……」
エレナが言っていた言葉の一つ一つは真実であり、本音であるとアヤメは考えていた。大地の安寧を望む姿勢は、昔から変わっていない。同じく、大地を護ってきた龍族、特にそれらの王である神帝龍に懐いているところから、違う世界の人間だったエレナも、この世界を護るという使命に似た気持ちを持っている。
ある意味、十二星天の中で一番その座に就く心意気を持っているという評価をアヤメは感じていた。
なので、大地を護る為に、強大な力を持つムソウを殺すという理由にはどこか納得した。
しかし、ムソウは現状、大地にとって害のあることはしていない。寧ろ、魔物や壊蛇が荒らした大地を浄化したり、邪神族に関係のある者達を斬ってきたりと、大地の平和を維持する事しか行っていない。
アヤメからすれば、クレナ領内に蔓延っていた魔物達を放っておいた十二星天や他の冒険者達よりはよほど大地並びに王城に貢献していると考えている。
だから、寧ろエレナは、ムソウと共に大地を護っていくと思われるのだが、今日の様子からその気はさらさら無いという事が判明した。
「何故だ……こういう場合、手を取り合おうとするだろ……というか、何故、“ギルド長”も“龍心王”も“騎士団長”も、闘いの道を選ぶ……?」
ムソウには、天災級の魔物をもたった一人で打ち倒せるほどの“武力”を持っているという事は、ついに王城にまで事実だと響き渡っている。
“武力”については納得している者達が、その者と手を合わせることもなく、討とうとしている事に、アヤメは首を傾げる。
いくら十二星天と言えども、一人で天災級の魔物の相手は出来ない。出来たとしても、必ず大きな痛手を負うことになる。
天災級の魔物を一人で倒す男に本気で挑んだらどうなるか、考えなくてもすぐに分かる。
ほとんど自殺行為にも関わらず、セイン達がそれを実行しようとする理由が分からなかった。
エレナは、打ち倒す覚悟は出来ていると言ったが、打ち倒すことが出来るとは言っていなかった。セインもリーも、一人ではそこまでの強さではない。せいぜい、ロウガンと同等か、僅かに上。少なくともサネマサよりは弱い。だからこそアヤメは、セインが激高しても冷静でいることが出来た。
しかし、エレナは自身の強大な力に加えてEXスキルを介して龍族の力を使うことも出来る。単純な力の大きさでは、ムソウと同等か、それ以上の可能性が高い。
そこからムソウを倒すという自信が生まれているのかと思ったが、エレナはムソウとぶつかる気は無いようだ。
ぶつかるとすれば、セインとリーと三人で来るか、あるいは、人の居ない所で闘うか……そもそも闘う気があるのかすら怪しくなってくる。
しかし、ムソウを排除する気はひしひしと感じたことも事実。
考えれば考えるほどよく分からなくなってきたアヤメは、大きく息を吐き、頬杖をついた。
「やはり、雷帝龍について、“龍心王”もムソウに思うところはあるってことなのか……? トウショウの里に来てくれりゃ、話が早いんだがな……」
もしくは、カドルがエレナの元で、ムソウの誤解を解けば良いのだが、エレナが普段どこに居るのか分からない以上、目立つ存在のカドルをあちこちに飛ばすわけにはいかない。
エレナがトウショウの里に来ることに関しても、本人曰く、ムソウと対面したら何をするのか分からないと自覚している以上、そんな危険な人間を領主としては街に入れるわけにはいかない。
いずれ、奇跡が起きて世界のどこかでムソウとエレナがばったり会うという状況になるまで、この問題は解決しないと結論付けた。
いったん、エレナについての考察で一息つくアヤメ。煙管を咥え、煙をくゆらせていると、突然、部屋の戸が叩かれた。
「失礼します。コモン・ロンドです。アヤメさん、よろしいですか?」
「ん? ああ、良いぞ」
部屋を訪れたのは、天宝館の仕事を終えたと思われるコモンだった。ふと、窓の外を見てみると、日が少し傾き始めている。
結構長く考え事をしていたのかと、軽く背伸びをした。
「お疲れの様ですが、何をされていたのですか?」
「別に。少し考え事をな。それで、何か用か?」
「あ、大した用じゃないんです。今日の会議の様子をお伺いしたくて……」
気まずそうな顔をするコモンにアヤメはため息をついた。
「まずは俺の心配をしてくれたら嬉しかったんだがな……」
「い、いえ、もちろん、アヤメさんも心配でしたよ! ですが、どこも何も無さそうですし……」
「まあ、何とかなったのは確かだからな……良いぜ。話してやる」
アヤメは、今日の会議で起こったことを事細かにコモンに説明した。
話を聞いたコモンはそうですかと、安心反面、不安だという顔で頷いた。
「エレナさんも感情を露にしたんですね……」
「しかも理由が、俺でも納得できたものだからな。扱いに困る……」
「ご苦労をおかけします」
同じ十二星天がアヤメの頭を悩ませているという事で、コモンは頭を下げた。アヤメはフンッと鼻を鳴らし、笑みを浮かべた。
「それは、ムソウに言ってやれ。一応、お前の頭領でもあるんだからな」
「は、はあ……そうですね……」
コモンは小さく頷き、ガクッと項垂れる。ため息ばかりつくコモンをアヤメはどうしようかと悩んだが、一つ聞きたいことがあったので尋ねることにした。
「なあ、コモン。お前は、ムソウと“龍心王”がぶつかった場合、どちらの味方に付く?」
アヤメの質問に、コモンは目を見開いて戸惑いの色を見せた。
「え、そ、それはどういう……?」
「俺は……領を救ってもらった大恩がある。コウさん達を九頭龍から解放してくれて、また会わせてくれた大恩がある。叔父貴を連れて帰ってくれた大恩がある……仮に、“龍心王”だけじゃなく、“ギルド長”や“騎士団長”、それに王城がムソウの敵になっても、俺はムソウの味方でいるつもりだ……お前はどっちにつく?」
アヤメも、ワイツと同じく、例え王城とムソウが敵対するという事態になっても、ムソウの味方でいるつもりだ。今でも領主として、ギルド支部長として、ムソウがこの世界で生き続けるように出来る限りの事をしている。
だが、それ以前に、アヤメ個人としてもムソウを護りたいという強い思いがある。
それを感じたコモンは、しばらく何も言えずに思いを巡らせた。アヤメは答えを急かさずに、黙ってコモンの回答を待っている。
そして、コモンは顔を上げて、クスっと笑みを浮かべた。
「ホント……凄い覚悟ですね。ここからでも、タカナリ様の喜ぶ声が聞こえます」
「はぐらかすな。ちゃんと答えろ」
「……そうですね。僕は……どうしましょうか……」
苦笑いを浮かべながら、コモンはアヤメに目を移し、花鳥風月に目を移し、最後に自らの金槌に目を移した。まるで答えを求めるかのような仕草に、流石に、まだわからないかと、アヤメが思っていると、コモンはポツリと呟き始める。
「僕は……闘鬼神の一員です。ですがそれ以前に十二星天です。エレナさんやセイン君、リー君達とも仲間だと思っています。セイン君とリー君はまだしも、エレナさんとは……闘いたくないです」
「何故、二人と“龍心王”は違う、と……?」
「セイン君は変わったと思います。ですが、エレナさんは変わっていないと思っています。僕は、かつてのエレナさんが……人界を第一に思うエレナさんの事が好きです。その上でエレナさんはムソウさんを敵視しています。僕が好きなままのエレナさんが、そのままでムソウさんと闘おうと思っている……僕は、どうすれば良いのかわかりません。何もしないかもしれません……」
思わぬところで、エレナに対するコモンの想いを知ったアヤメ。普段なら茶化すところだが、この場ではそういう気に全くなれない。
その想いがコモンを悩ませる大きな要因となっていることを知り、何となく聞かなければよかったとアヤメは頭を抱えた。
しかし、今はそうも言ってられない状況だ。アヤメはコモンの本心を探るために、更に切り込む。
「それは……例え、どういう結果になっても後悔したとしてもか?」
「……後悔は……したくないです。ですが、僕に出来ることは無いと思います……何もしなくても……いえ、何もしない方が後悔するかも知れませんね……。
僕は何をやるべきか分からないのです……」
手を組みながら項垂れるコモンを見て、どう聞いてもこれがコモンの本当の気持ちと納得したアヤメは頷きながら、口を開いた。
「お前の気持ちは分かった。俺は、何が何でも、ムソウと“龍心王”を少なくともクレナでは顔を合わせないようにする。外で鉢合わせする分までは保証できないがな」
「すみません……」
「いや、気にするな。迷っているのは多分お前だけじゃない。宰相様も、爺いも、“魔法帝”も、十二星天は皆、迷い続けていると、俺は見ている。なまじ長く生き続けるから、迷い続けることだって可能だ。俺達には終わりがあるからこそ、それが出来ない。答えが出るのはまだまだかかりそうだな」
「はい……」
「宰相様にも言ったが、お前らはもう少し周りを頼った方が良い。偉業を成しただの、壊蛇を倒しただの言って、何でも自分だけで抱えようと思うな。
その点、お前には天宝館の他に大きな“家族”も居るんだから他の奴らよりはマシな方だぞ。叔父貴の事ももっとこき使っても良いんだからな。
誰かに力を借りるのは、案外簡単で、楽なもんだぞ」
ニッと笑いながら茶をすするアヤメに、コモンは目を見開く。
そして、金槌を手に取り、そこに宿るトウヤの声に耳を傾けた。
―これからも、僕にもっと頼ってくださっても大丈夫ですよ。あと、なんだかんだでザンキさんは、面倒だと言いながら、誰も傷つかない最善策を導き出すことが出来る方です。全部終わった後に、相談してみるのも手ですよ―
コモンはトウヤの言葉に更に驚く。今の悩みの中心はムソウである。そのムソウに、自分の悩みを解決するために相談するというのはおかしな話だと感じた。
「よろしいのでしょうか……?」
―もちろん。貴方も、ザンキさんの“家族”ですから―
そう言われて、コモンの胸の中にある重い気持ちが、少しだけ軽くなった気がした。ため込んでいた思いが、本当に少しだけスッキリした感覚になっていった。
思わず表情を緩ませていると、その瞬間をアヤメは見逃さなかった。
「お前の強みはそれだな。刀精の声をいつでも聴くことが出来る。俺は、いちいち祠に行かないといけないからな。今も、ご先祖様が何を考えているのか気になるってのに……」
花鳥風月を小突きながらぼやくアヤメの姿に、コモンは可笑しな気持ちになって、クスっと笑った。
「では……聞いてみますね……なるほど……」
コモンは刀を手に取りながら、うんうんと頷きながらタカナリの言葉を聞いていた。
先ほどまでに比べて随分と楽しそうな様子に、アヤメはどこか安心した気持ちになっていた。
やがて、分かりましたと言って、コモンはアヤメに刀を返す。
「何て言ってた?」
「トウヤさんと同じことを……「世界で一番頼りがいのある人間がすぐそばに居るのだから、存分に頼ることだ。私が認めた“古今無双の傭兵”の名は伊達ではない。いつも面倒な事でも確実に遂行していた男だ。コモン殿の悩みとやらも、アヤメの悩みも、あっという間に解決するだろう」と……トウヤさんもタカナリ様も、意外と人遣いが荒いみたいですね……」
「人遣い、というか、ムソウ遣いだな……怒られねえか?」
まるで、全ての責任をムソウに圧しつけても大丈夫だという二人の言葉に、コモンとアヤメは首を傾げる。
その瞬間、コモンの槌と、花鳥風月が、強い光で点滅した。アヤメが首を傾げる中、コモンはクスっと笑った。
コモンには二人の声が聞こえていた。
「「問題なし」」
同じタイミングで放たれた言葉に、コモンは腹を抱えて笑いそうになった。
胸の中に渦巻いていた重たいものは、既に軽くなっていた。




