第367話 天上の儀 ―ケイロン家を訪れる―
翌朝、目を覚ましたアヤメは、普段着に着替えた後、刀を腰に差して、ミサキの部屋に向かった。
「“魔法帝”、居るか? クレナ領主アヤメだ」
戸を叩き、声を掛けたが返事は無かった。今日はロロと一緒に街に出る予定だが、まだ寝ているのかと頭を掻く。
ため息をついていると、アヤメの側に見覚えのある人間が近づき、声をかけてくる。
「あ……アヤメ様」
「ん? ああ、ウィズだったか……」
声を掛けて来たのは他の部屋で寝泊まりしているウィズだった。
ウィズも支度を整え、ミサキ達と合流するために部屋に来たのだが、その前にアヤメが立っていて気になったようだ。
「魔法戦士団長ゆかりの人間でも、城の出入りは自由じゃないんだな」
「そうですね。俺は、顔が知られているわけではないですし、そもそも、事件の所為で存在自体を隠されていましたので」
ウィズは、過去の事件を引き起こした存在として、魔法戦士団長の兄と副団長の姉により、冒険者として登録されるまでケイロン家とはかかわりのない人間として育てられた。
存在が明るみになり、原因が判明されれば、幼いウィズに危険が及ぶという可能性を危惧した二人の行動により、ウィズは力をつけるまで安全に過ごすことが出来た。
ただ、それにより今の状況になっているので、困ったものですと、アヤメに苦笑いする。
「家に帰ったりはしているのか?」
「いえ、修行中の身なので。ただ、ミサキ様についていくと決めた時にはその報告もしましたし、今日も行く予定です」
「ふむ……なら、さっさと行きたいところだが……」
アヤメは再度扉を叩いたが、反応はない。
しかし、よく聞くと部屋の中から大きな声が聞こえてくる。声の主はハクビとレイカだという事はアヤメにも分かった。
「何だ? 朝から騒がしいな」
ミサキの声は聞こえないという事に気付くと、恐らく寝坊でもしてんだろうなと、ウィズと共にやれやれと肩をすくめた。
「先にロロさんの所に行ってください。俺は皆と合流してそちらに伺いますので」
「頼んだ。しかし、“魔法帝”の弟子とは思えないほど真面目な奴だな。師に似てきたロウガンとは大違いだ」
「ミサキ様も真面目な時は真面目なのですが……」
はあ、とため息をつくウィズと別れ、アヤメはいったんロロの部屋に向かった。昨晩は遅くまで支部長達と騒いでいたが、大丈夫だったかと、少し強引だった昨日の自分に反省する。
しかし、最終的にロロも師団長達、特にジャンヌと打ち解けていたので終わりよければ全て良しと、すぐに自分を許す。
そして、ロロの部屋の戸を叩き、声を掛けるとすぐに扉が開いた。
「あ、おはようございます、アヤメ様。昨晩はとても楽しかったです~」
ロロの満面の笑みを見ながら、さっきまで本当にどうでも良い考えをしていたとアヤメはニカっと笑った。
「おう。楽しめたようで何よりだ。あれからきちんと眠れたか?」
「はい! おかげで、今日はどこでも行けますよ~」
「そうか。だが、“魔法帝”の方が寝坊しているみたいでな。あいつらが揃うまで、ここで待っても良いか?」
「あはは……ミサキ様は、楽しみで眠れなかったのでしょうかね?」
苦笑いしながら、ロロはアヤメを部屋に入れた。ミサキを待つ間、ロロは少しばかり化粧をする。
気合入ってるなと眺めるアヤメの視線に、鏡越しに気付いたロロは、ふと、アヤメが化粧をしていないことに気付いた。
「アヤメ様はよろしいのですか?」
「ああ。俺はやらない主義だ」
「え~、アヤメ様ももっときれいになりましょうよ~」
化粧を施し綺麗な着物を着たアヤメを見たことがあるロロは、アヤメも化粧をするようにと促すが、アヤメはフッと笑い、首を振る。
「遠慮しとく。面倒くさいからな」
欠伸をつきながら伸びをするアヤメ。元来、ギルド支部長として、一日中を自宅兼ギルドで過ごすアヤメは滅多な事では化粧をしない。偶にやったとしても、心得が無いアヤメは、毎回ナズナに頼んでいた。
街に出る為だけに、時間を掛けて化粧をするのは馬鹿らしいと思い、そのままロロの化粧が終わるのを待っていた。
「そんなこと言って……アヤメ様でしたら、王都で良いご縁も訪れるかも知れませんよ」
「俺は、そんなの望んでない。容姿だけで人を判断する男に、俺がなびくとでも? 無い無い」
「正直なところ、アヤメ様はどのような方がお好きなのですか?」
「女はそういう話が好きだよな。ナズナの結婚を受けて、妓女達が話しているのを聞くことが増えて、俺も偶に聞かれるが……そうだな……」
少しばかり真面目に考えようと思い、アヤメは少し頭を巡らせたが、特に誰かと思い浮かぶことは無かった。
「ふむ……上手い言葉は出てこないな。まあ、そういう欲が無いからだろう」
「例えば……その、頭領とかは?」
「無いな」
即答するアヤメに、ロロはそんなはっきりと、と呟きながら、ため息をついた。
「何だ、その反応。あんな、手に負えそうにない奴の所に嫁ぐくらいなら、独身を貫いて自由を謳歌する。それに、アイツは死別の嫁に首ったけだからな。あれだけ自慢されると、寧ろ、早く再会しろと言いたくなる。まあ、ツバキの嬢ちゃんには悪いがな」
「で、では、ジゲンさんのような方は……?」
「例えが悪いなあ。ムソウが駄目なら叔父貴も駄目だろ。苦労が目に見えてる。シズさんも凄いよな……あ、エンさんもか」
「サネマサ様やコモン様は?」
「爺いは馬鹿過ぎて話にならない。コモンは気を遣いそうだから旦那には向いてないだろう」
「ろ、ロウガンさんは? 昨晩は、楽しそうでしたし……」
「無えな。ああいう奴とは、子供の育て方で苦労しそうだ」
「ええと……」
「もう良いぞ、ロロ。さっきも言ったが、俺はそう言うのは求めていない。今のままで充分だ。叔父貴にも跡取りがどうとか言われたが、知ったこっちゃ無え」
「むぅ……アヤメ様、お綺麗なのに、勿体ないですよ」
ロロの言葉に、フッと笑うアヤメ。そう言えば、ナズナやミオンにも似たようなことを言われたことを思い出し、そう言うものかと若干ではあるが嬉しくなった。
「俺の事は良い。お前は居ないのか、そういう奴」
「え!? わ、私ですか!? い、居ませんよ~!」
ロロが所属する闘鬼神の男女比は、少し女が多いが、丁度いい感じとなっている。その状況下で過ごしていると、ロロにも恋慕する相手が居るかと思って尋ねてみたが、その反応を見て、居るなと確信したアヤメ。
シロウとナズナの事については解決したが、また楽しみが増えたとほくそ笑んだ。
「そうか、居ないのか……どんな奴だ?」
「だから居ませんッて!」
「ムソウとかは気付いているのか? 今度聞いてみるか」
「聞いても無駄です! い、居ないのですから!」
「はいはい。まあ、俺は応援しているから気にするなよ。存分に、楽しんでくれ」
「で、ですから! もう!」
プイっと顔を背けるロロ。鏡を見ながら今度は櫛で髪をとかし始める。
やれやれと思い、アヤメは立ち上がり、ロロの後ろ髪をとかしていった。
「まあ、隠すのは良いが、俺はムソウと違って、そう言うのはすぐに気付く性質だからな。今後を楽しみにしている」
「うぅ……こんな話を振った私が馬鹿でした……」
「いいや。お前は馬鹿じゃない。俺は楽しめた。にしても遅いな……」
化粧を終えてがっくりとするロロの肩をポンと叩きながら、アヤメは戸の方に目を向ける。
ミサキはまだ起きていないのかと頭を掻いた。
ふと、ロロに目を向けると、化粧を終えてやや大人びた顔つきになっていた。
闘鬼神の女中達も、元は妓女。そのあたりから教わったのかと思っていると、ふいに扉を叩く音が聞こえてくる。
「あ、ミサキだよ~。ごめん、ロロちゃん、アヤメさん。寝過ごしそうになっちゃった~」
「あ、はい! どうぞ、お入りください」
ロロは顔を上げて満面の笑みとなる。こないだ、顔を合わせて直接会話した効果か、ミサキが相手だからと言っておどおどとしている様子は無かった。
扉が開いて、中へ入って来るミサキ達は、最初に二人に頭を下げる。準備が出来たのなら構わないし、ミサキが遅れたからロロの化粧も終わったと、アヤメはミサキを許した。
「さて……じゃあ、行くか」
「あれ? アヤメさんは化粧しないの?」
全員揃ったし、街に出ようと立ち上がるアヤメの顔をミサキは覗き込む。よく見ると、ミサキもレイカもハクビも薄っすらと化粧をしていた。しかも、少し余所行きの格好をしている。
ハクビなどは、式典などと違い、ブラウスにロングスカートを履いており、アヤメは、こういう格好もするんだなと感じたが、顔を赤くして落ち着かなさそうにしているハクビを見て、ああ、着させられたんだな、と、どこか同情する気持ちになってしまった。
冒険者と言えども依頼に出るわけではないので気持ちは分かるが、そこまで気合を入れることなのかとアヤメは頭を抱えた。
「必要ない。買い物にいちいち見栄張っても意味無えだろ」
「え~、アヤメさん、綺麗なのに、勿体ない……」
「ですよね、ミサキ様! ほら、アヤメ様、ミサキ様も仰っていますし……」
ミサキに同調し、ロロはアヤメの顔を覗き込む。やらないといけないのかと、ため息をつき、アヤメは懐から紅が入った貝殻を取り出す。口と目元に紅を差し、これで良いかと、二人に顔を向けた。
「これ以上は時間が掛かるからやらないぞ」
「うん! これで良し!」
「では、行きましょうか。レインの街、楽しみです~」
「あ……今日はミサキちゃんとロロちゃんに挟まれるんだね……頑張ろ」
いつの間にか、ミサキとロロの両方に手を繋がれて、楽しそうながらもどことなく落ち込んだ様子のレイカの背中に、ウィズとハクビは深く感謝した。
「これで私も大丈夫だな。ところで、アヤメ殿はどこか行きたい場所はあるのか?」
「最初はロロの付き添いだけのつもりだったが、一か所だけ、ついでに行きたい場所はある。お前たちは、予定はあるのか?」
「最初に俺の実家に行って、その後は各自で自由に動くつもりです」
「そうか……ケイロン家には俺達も行っても良いのか?」
「大丈夫だと思います。アヤメ様は領主ですし、ロロさんもジェシカ様の弟子ですし、兄上達もすぐに了承してくださると思います」
「ふむ……魔法戦士団の訓練なども見ることが出来ればもうけものだ。さて、俺達も行くか」
アヤメは羽織に袖を通し、二人と共にミサキ達の後を追う。アヤメ達が居る、天上の儀などで集まった領主達用の部屋がある建物から、長い通路を進み、長い階段を下りていき、城の出入り口を目指す。
その途中には、自動で動く床や階段、人を載せて上下する小部屋等があり、その度にロロは驚いたり、感動したりしていた。
「凄い技術が……先ほどのエレベーターなどは、クレナにも作りませんか? 下街から上街までお年寄りでもすぐに行く事が出来ますよ」
「ああ、それは良いかもな。もう、闘宴会の馬鹿どもは居ないことだし……あれは、屋外でも使えるものなのか? “魔法帝”」
「地下に造れば何とか……もしくは、エレベーター用の建物を作るか、だけどクレナの山は高いからなあ~。でも、コモン君なら何とか出来るかもね~」
「ふむ……もう少し早く作っておけば、叔父貴も下街と上街の行き来を楽に出来ただろうに……」
現在、クレナでは不在のアヤメに代わり、ジゲンが毎日、下街のムソウの屋敷から上街のギルドの行き来を行っている。ジゲンは魔法で空を飛ぶことも出来るが、体力を使って歩いていくか、魔力を使って飛んで行くか、どちらにせよ、苦労することに変わりはない。
自由に下街と上街を行き来することが出来るようになった今、そこから生じる住民達の不具合も解消していく必要があると、アヤメは考えていたが、そんなアヤメの言葉を聞き、ロロはクスっと笑った。
「ジゲンさんは、通勤中に街の様子が見られると喜んでおりましたよ」
「ん? そうか……悪さする冒険者を斬ってなきゃ良いが……」
「もう……ジゲンさんはそんな方じゃないですよ。理由もなく刀を振り回したりしません」
「逆を言えば、理由があれば拳を振り上げ、刀を抜くってことだ。叔父貴の沸点は低いからな。お前らも気を付けろよ」
たまのおかげで、昔ほど荒々しい性格ではなくなったとはいえ、時折見せる気迫や、祠でのムソウとの手合わせ、闘鬼神への稽古などで、根は変わっていないと笑うアヤメ。
下手をすればムソウよりも厄介だから気を付けろと、アヤメはロロの頭をポンポンと撫でる。若干、違和感を抱いたような顔をするが、ロロもどこか納得したらしく、それもそうですねと頷いた。
やがて、一行は城の大広間を抜けて、出入り口に辿り着く。外へ出ようとする、衛兵の一人が声を掛けてきた。
「これはこれは、ミサキ様。それにクレナ領主様。これから、お出かけですか?」
「うん! 街でお買い物しようと思ってね~」
「コイツ等も一緒だが、面倒は俺達で見る。出ても良いか?」
「結構でございます。お手数をおかけしまして申し訳ございません。では、こちらにどうぞ」
衛兵はアヤメ達を足元に大きく描かれた魔法陣の上に立たせる。これは対になった魔法陣同士の間でのみ転送魔法を使うことが出来るというもので、ここと、街側の城の入り口に使われている。
衛兵は全員が乗ったことを確認し、魔力を込めた。魔法陣が輝き、アヤメ達が見ていた景色は城内から外の風景へと一瞬で変わった。
王都に来てから窓から見るだけだった空も見えることが出来る。ふと、城の方を見てみたが、巨大な壁が見えるだけで全体像は分からないくらい大きい。花街に新しく出来た高天ヶ原よりも何倍も大きな様子に、改めてアヤメとロロは、苦笑いする。
それでも、建物から出た解放感もあり、ロロ達は大きく伸びをした。
「ふう~、ようやく城から出られましたね~」
「城自体が大きいからね~。まあ、街はもっと大きいけど、ここはまだ貴族街だから、お買い物するには向いてないかな。ウィズ君、さっそく実家に行っちゃう?」
王都レインは巨大な城郭都市であり、また、城と、貴族の街、レインの住民達が住む街と、クレナのように分けられている。それぞれの街の間には壁と共に大きな川が流れているが、城で使われていたような限定的な転送魔法で行き来することが出来る。貴族の街と住民達の街の間にはそれと言った制約はなく、比較的自由に行き来することが可能だ。
有事に際は、住民全てが早急に避難できるように、大きな橋も備わっているが、普段は上がったままとなっている。
ギルド、騎士団の駐屯地は住民達が住む区画に存在するが、貴族の街には、ウィズの実家兼魔法戦士団の駐屯地もあるため、騎士団の一部隊である魔法戦士団と、貴族により選ばれた冒険者達がこの街の治安を守っている。
ウィズは、実家のある方向を見ながらミサキに頷いた。
「そうですね。今の時間ですとどちらも居ると思いますので行きましょう」
一行は、ウィズの案内でケイロン家の邸宅に向かった。
大きな門の向こう側では戦士団の人間が訓練している。外に魔法が飛ばないように、内側から結界を張っているが、あちこちでバチバチと音がしていて、何とも危ない感じがすると、ロロは身を震わせた。
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
「アハハ、大丈夫だよ。私の魔法はそんなにやわじゃないから~」
「俺はどちらかと言うと、ここまで魔法が飛んでくることに驚いている。皆、下手なのか?」
魔法が飛んでいるという事は、的から外れているという事で、それがあちこちから聞こえているという事は、魔法を撃ち出すことが下手なのでは、とアヤメは怪訝そうな顔をする。
いくら魔法戦士と言えども、駄目な部分は駄目なのか? と首を傾げるアヤメにウィズ達は苦笑いする。
すると、門の近くから声が聞こえてきた。
「下手というわけではないのです。こういった場合、避けたり受け流すことが出来ていると私達は判断しております」
門の側から一人の女がアヤメに近寄っていく。全身鎧を身に纏い、背中に盾と剣を背負った、凛とした顔つきをしていたが、その女も、ウィズと同じように苦笑いした表情を浮かべている。
「ん? アンタは……」
「姉上!」
アヤメが誰だと聞こうとした途端、ウィズがそう言って、女に近づく。
その女は、ウィズの姉であり、魔法戦士団の副団長であるリズ・ケイロンだった。
リズは、ウィズに、やれやれと言って、ため息をついた。
「ミサキ様はともかく、アヤメ領主様もいらっしゃるとは聞いてないぞ。こういうことは言って欲しかったのだが……?」
「す、すみません。急に決まったことですので……」
「弟子入りの件と言い、お前の周りはいつも急だな。それに……」
リズは次に、ロロに目を向けた。急に視線を移され緊張するロロだったが、ミサキにニコッと笑われて落ち着きを取り戻していく。
「あちらの冒険者が、“聖母”様の弟子か……お二方が来ると知っていれば、相応の対応をしたというのに……」
そう言って、リズはウィズの額を指でつく。
「痛いです……すみません、姉上。本当に急だったもので……」
「まったく……ミサキ様、アヤメ様、申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。あに……団長と共に、皆様を迎える準備を整えておりますので」
「うん! わかったよ~」
「待つついでに訓練を眺めてても良いか?」
「もちろんです。では、ウィズ。客人を案内するのだ」
「分かりました。さ、では、皆さんこちらにどうぞ」
また後程、と下がっていくリズの代わりに、ウィズは一行を訓練場へと案内していく。
そこでは、魔法を飛ばしたり、武器に魔法を纏わせて模擬戦闘の訓練を行っていた。
普通の剣が燃えたり、水を纏ったり、風の刃により長さを変えながら斬り合ったり、更に魔法で防いだりしている光景にロロは息を呑んだ。
「こ、これは……いつまで続くのですか?」
「最後の一人が魔力枯渇で倒れるまでと聞いてますが、倒れても魔力回復薬を飲ませるのでこれで終わりではありませんよ」
「か、過酷ですね……うち以上です……」
魔法を使い続けたり、魔物により魔力を吸われたりすると陥るのが、デーモン達に捕まった際にウィズとレイカもなった魔力枯渇である。魂を流れる魔力が少なくなることにより、肉体に大きな影響を及ぼす症状だが、充分な休養をとるか薬を飲めば回復できる。
訓練場の端に置かれた大量の魔力回復薬を眺めながらロロは引きつった顔になった。
「しかし、確かに大したものだな。あれは、属性付与されていない普通の剣だろ? よくもまあ、あれだけの魔法を付与できるものだ」
実は下手なのではと疑っていたアヤメも、多種多様な魔法を使う戦士団一人一人の腕前に感心するようになっていた。
アヤメのように、属性付与の効果を与えられた刀を持っている場合は、本人の適正属性に関わらず、魔力や気を込めるだけで、属性攻撃が可能となる。
しかし、普通の武器に魔法を付与させるには、それなりに鍛錬と経験を積まなければならず、それに加え、適正属性以外の魔法を使うとなると、更に多くの修練が必要となる。
自分よりも若い見た目の人間が、少なくとも自分以上に苦労したという事を感じ、その訓練に魅入っていた。
「俺は、この刀じゃないと属性攻撃も火と風くらいしか出来ないからな……」
「二つ出来る分、それでも凄いと思うけど……」
「確かに……アヤメ様も充分だと思いますよ」
ここに居れば、大したことの無いように感じると、アヤメは自分の力を嘆くが、即座にミサキとウィズが否定する。
普通の人間が普通の武器に魔法による属性付与を行う場合は、一つがやっとである。エルフや精霊人、この場に居る魔法戦士達など、元々の魔力が高い者達でも二つがやっとだ。
そこまで魔力が高いわけではないアヤメが、二つの属性を付与できるのは、どちらもアヤメの適正属性という事もあるが、幼い頃からシロウ達と共にジロウに鍛えられたことも要因の一つではある。
ミサキ達に凄いと言われたが、それに至るまでの苦労を思い出し、何となく苦笑いした。
その時だった。
「危ないです!」
突如訓練場の方からアヤメ達の方に向けて魔法が飛んでくる。一行が居た場所は、結界の内側なので、魔法が防がれることはない。
火球、水球、轢弾、衝風、それぞれの属性の下級の魔法の他、上級の魔法も飛んできていた。
「わっ!」
「マズイッ!」
「間に合うか!」
何故、こんなにも多くの数、種類の魔法が飛んできたのか首を傾げたのも束の間、ミサキ達は慌てて魔法を防ごうと身構える。
しかし、今は依頼で使うような装備を持っていないため、いつもよりも準備が遅れた。ロロは杖も持っていないため、オロオロとするばかりである。
ようやくミサキが結界を張ろうとした時、アヤメが手を上げてそれを制する。
「任せろ。肩慣らしに丁度いい……」
「あ、アヤメ様!?」
不敵に笑みを浮かべるアヤメは慌てるロロ達の前で刀を抜いた。
「後にしようとしたが、ここで新技を試してみるか……偶像術・花鳥風月ッッッ! 奥義・天栄王ッッッ!!!」
アヤメが刀を掲げると、花鳥風月の刀精、タカナリが姿を変えた四本腕の鬼神……ではなく、赤、青、黄、緑の甲冑を纏った鎧武者が四人出てくる。それぞれ、その色に対応した属性の炎、水、砂塵、風を纏った刀を持ち、アヤメの動きに合わせて刀を振り上げる。
「五光大斬波ッッッ!!!」
アヤメが刀を振り下ろすと、四体の鎧武者とアヤメ合わせて、五つの斬波が放たれる。アヤメ以外の斬波は、それぞれ対応した属性が纏われている。火属性の魔法には水簾斬波が、風属性の魔法には岩で出来た斬波が当たり、魔法を防ぐとともに、アヤメの斬波と共に訓練中の戦士達に向かっていく。
「ちょ、アヤメ様――」
「危ない――」
ミサキが今度は、戦士団を護るように結界を張ろうとした。このままだと、訓練で疲弊した戦士団にアヤメの斬波が当たってしまう。
何を考えているのかというウィズ達の前で、アヤメは未だ笑みを浮かべたままだ。
訓練中とは言え、魔法を飛ばしてきた戦士達に制裁を与えようとしているのかと、ウィズ達がアヤメの事を疑っていると、戦士団の方からひときわ大きな声が聞こえてくる。
「総員、伏せろ! 城郭障壁ッ!」
その瞬間、戦士達を護るように障壁魔法が展開され、アヤメの放った斬波から戦士達を護る。
そして、障壁を解くと共に、強い光を放つ大剣を掲げた壮年の男が、アヤメに向かっていった。
「フッ!」
アヤメも、花鳥風月に魔法を纏わせて、その男に突っ込み刀を振るう。大きな音と共にぶつかった二人は、そのまま何合か打ち合い距離をとる。
「ほう。光魔法を纏わせるか。流石だな」
「そちらも、風と……炎の属性ですか。二属性を同時にとは……成長されましたね」
アヤメが纏わせたのは、先ほど話していた風と炎の二つの属性を合わせたもので、刀身を纏っている風は、炎を纏い、敵を鋭く、深く焼き切ることが出来る。更に近づくことも阻まれるほどの熱気を放っており、アヤメとぶつかった男が纏う鎧のあちこちに煤も付いていた。
対して、男が大剣に纏わせているのは強い光を放つ魔法で、敵の視界を防ぐことが出来ると同時に、光を熱源とさせることにより、光を強めるごとに、刀身の温度も上げることが出来、男と同様、アヤメも羽織や衣に煤をつけていた。
「申し訳ない。少し汚してしまったようですな」
「これくらいは良い。元々、闘い用のものだからな」
「ふむ……では、それ以上ボロボロにならぬよう、お気を付けを!」
「テメエも部下の前で恥かかねえようにな!」
お互いに地面を蹴って更に打ち合う二人。得物の大きさや重さにより、男に分があるが、アヤメはムソウとの稽古により、大きな得物の弱点やそれに対する戦い方などは熟知している。動きでかく乱し、隙を伺っていたが、刀から放たれる光に目が眩み、なかなか狙ったように攻撃が出来ない。
しかし男も、花鳥風月から放たれる強い熱風により、近づく時は少しばかりの気合を入れることもあり、その隙を突かれてアヤメに攻撃され、それを防ぎ……という事が繰り返され、なかなか勝負はつかなかった。
ならばと思い、アヤメは距離をとり、そこから燃える斬波を放とうと、気を貯める。
「甘いですぞ! 水簾障壁!」
男は、地面に大剣を刺し、地面から水を噴き上げさせ、壁を作った。
それを見たアヤメはニヤッと笑みを浮かべる。
「甘いのはお前だ! 煉獄斬波ッ!」
アヤメはそのまま炎で出来た斬波を放つ。男が生み出した水の壁により、それもかき消されると誰もが思った瞬間、アヤメの斬波は障壁に当たり、巨大な水蒸気爆発を引き起こした。
「ぐあっ……!」
凄まじい衝撃により、男は吹っ飛んでいく。アヤメは風を纏わせた刀で水の障壁を切り裂いた後、男に近づき首筋に刃を当てる。
「俺の勝ちだな」
「ふむ……参りましたぞ、アヤメ様。腕は衰えていないようですな」
「お前もな」
ニカっと笑いながら、アヤメは男を立たせる。
そこへ、ミサキ達と共に、慌てた様子の男が駆け寄ってきた。
「あ、アヤメ様! 申し訳ございません! 訓練中の出来事とは言え……」
「ん? お前は……」
「魔法戦士団長のアイギス・ケイロンです! この度は団員が行き過ぎた真似を……」
「構わない。楽しめたからな」
頭を下げるアイギスを、アヤメは笑って許した。向かってきた壮年の男も、アヤメに頭を下げたが、寧ろお前は下げるなとアヤメは男の行動を止める。
不思議に思ったミサキ達はその光景に首を傾げていた。
「アヤメさん、その人と知り合い?」
「ああ。この男はレンブ。元は、ジロウ一家の人間だった男だ。ずいぶん前にここに入ったんだが……今は班長か何かやってんのか?」
「ハッ……アイギス団長の下で、魔法戦士団第三班の班長をしております。改めてアヤメ様、ご無沙汰しております」
おう、とレンブの肩を叩くアヤメ。元々はジロウに拾われて、自警団の一員としてクレナの街を護る傍ら、タツミから魔法、ジロウから武芸を学んだ後、二つを合わせて魔法武術士となった。
その後、アヤメにも自らの技を伝授し、アヤメは花鳥風月の扱いを覚えていく。そして、その腕を見込まれたレンブは、アヤメの推薦で、魔法戦士団に入団することとなった。
アヤメの話を聞いたミサキ達は驚いた顔を見せる。その中のロロを見たレンブは、そっと近づき、口を開いた。
「お主が噂の、“聖母”様の弟子かな?」
「あ、はい。ロロです」
「ふむ。あの、我らが住んでいた家に住んでいるそうだが……ジロウ様は息災か?」
「それはもう……まだまだ衰えを知りません」
「そうかそうか! 流石だな。ロロ殿、ジロウ様によろしく伝えておいてくれないか? 儂はこの通り、元気だと」
「はい! かしこまりした」
片や十二星天の弟子、片や魔法戦士団の班長、立場は違えど、同じような環境で生きてきた二人はすぐに意気投合した。クレナに帰った際は、稽古をつけてやるというレンブの言葉に、ロロは笑って頷く。
すると、アイギスがため息をつきながらレンブの肩を叩いた。
「レンブ班長……ひょっとして、アヤメ殿に魔法が言ったのは貴殿の指示か?」
「いえ、それは違います。偶々です。偶々、魔法が逸れた場所にアヤメ様が立っておりました」
「その割に数も多かったように思えたが?」
「今は乱戦の訓練をしておりましたので。魔法しか使ってはいけないという副団長や団長の言葉を忠実に守っておりました」
「う……それにしては過激だったな。危うく領主様や“魔法帝”様を危険に晒すところだったぞ」
「ふむ……それだけ、私の班員の腕があるという事。私からすれば、どれもまだまだですが、団長が仰るのならば、皆も喜ぶでしょう」
「いや、そう言うことを言っているのではなくてだな――」
「それに、あの程度ならば、“魔法帝”様の手を煩わせることは無いでしょう。ですな? ミサキ様」
突然レンブに視線を移されたミサキは思わず頷いた。
「え、あ、うん。お義兄さん、大丈夫だったから、良いよ~」
ニッコリと笑うミサキに、アイギスは慌てた。
「み、ミサキ様! 幾らウィズが弟子だと言っても、「おにいさん」というのは、少し……」
「え~、でもいつかは……」
ミサキがそう言いかけた途端、咳ばらいをしたハクビが割って入る。
「んんっ、あー、アイギス殿。ところで、何故こちらに来られたのかな?」
「え……あ、ああ、ハクビ殿。中の準備が整いましたので、皆さんを呼びに来ました。ミサキ様、アヤメ様、それから、皆さん、どうぞ中へ。ウィズ、皆さんを応接室にお連れしてくれ」
「兄上は?」
「私はここで説教を終えた後、すぐに向かう」
ジトっとレンブに目を向けるアイギスに対し、レンブはどこ吹く風と、頭をポリポリと掻きながら、再びアヤメに向き直る。
「では、アヤメ様。お元気で」
「ああ、お前もな。しっかり励んでくれ」
「失礼します、レンブさん」
手を振るアヤメとロロに頭を下げた後、レンブはアイギスの説教を満たされた思いで受け始めた。
一方、ウィズに連れられたアヤメ達は、家の中の応接間に通される。そこには茶菓子が用意され、正面にリズが座っていた。
「来ましたね。改めまして、ようこそおいでくださいました。当主に代わり挨拶させていただきます。皆さんはこちらへどうぞ」
リズに言われて、アヤメ達は座っていくが、一人分、茶が少ないことに気付いたウィズがオロオロとしていると、リズが声を掛ける。
「ウィズ、お前はこっちだ。お前も、我が家の一員なのだからな」
そう言って、自分の横をポンポンと叩くリズ。ウィズは嬉しそうな顔で頷き、そこに座った。ウィズの隣に座れなかったミサキは、ムスッとしながら菓子を頬張り始める。
ハクビとレイカが頭を抱えながらため息をつくが、リズはそれに気づかず、アヤメの方に体を向けた。
「アヤメ様とは初めましてですね」
「そうだったか? 確かに、アイギスとは何度か会ったことがあるが、お前は初めて見た気がするな」
「はい。先ほどはお見事でした。流石、ギルド支部長、クレナの“姫武将”と称えられることはございますね」
「何か抜けている気がするが……まあ良い。あんなのは防げて当然だ。いついかなる時も気を抜かないようにしないとな」
「素晴らしいですね。聞いたか、ウィズ。お前も冒険者ならば、いかなる時も武器を携帯し、どんな状況にも対応するのだぞ」
話を聞いていたウィズは突然の言葉に、しどろもどろになる。
「い、いや、実家で襲われるとは思いませんので……それに今日は買い物――」
「アヤメ様を見ろ。こんな日にも刀を携帯しているではないか。何が起こるのか分からないのだから、日ごろから準備を怠るな」
リズの言葉に、戸惑いながらも頷くウィズ。同様に闘いの装いをしていないハクビ達も思わず頷いた。
そこへ、レンブ達への説教を終えたアイギスが戻ってくる。
「やれやれ、お待たせいたしました。レンブ殿にも困ったものだな」
長椅子に座りながらため息をつくアイギスにアヤメはニカっと笑った。
「腕は立つだろ? なら、良いじゃねえか」
「そういう問題では……それにしても、今日はどうされました? アヤメ様とロロ殿が来るとは思いませんでした」
「まあ、成り行きでな。ところで、お前達は今日の師団長会議には出席しないのか?」
「ええ。私達は騎士団の一部隊なので、何かを決定する時に決定権はございませんので」
魔法戦士団は、リーが直接率いる、騎士団レイン師団の一部隊であるため、決定権はリーにある。その為、師団長会議には基本的に参加することは無い。
不便なことも多いが、レインや王城を護ることに集中できるとアイギスは笑っていた。
その後、その場は、主にウィズ達の近況や、転界教などの話題を中心として話し合っていた。
「モンクで起こった事件に、ウィズの件が関わっているという話は、真なのですか?」
「まだ、可能性の段階だけどね。でも、キマイラは合成獣の代表的な存在だから、全くないとは言えないかな。一応、天上の儀が終わったら、転界教の尋問が始まるから、何か分かったら教えるね」
「ありがとうございます、ミサキ様。しかし、かつて我が家を訪れた者達が転界教とは……そこまでの組織なのだろうか」
「多分な。ケリスもその一人だったし、モンクで捕らえられた貴族も、関わっていることが示唆されている。この辺も、意外と物騒な所かもな」
アヤメは窓の外に見える、貴族達の屋敷を眺めた。その中には、元ケリスの屋敷も見える。クレナのものと同じく、一番大きく荘厳な造りとなっているのですぐに分かった。
現在は無人で、閉鎖されているが、転界教は貴族達にも根を張っていることも考えると、レインの貴族街も安全な場所では無いのかも知れない。城に一番近い場所にあるからこそ、この先、用心に越したことは無いとアイギス達に忠告した。
「まあ、レインの護りは我らにお任せを。ミサキ様はウィズやハクビ殿、レイカ殿の修行に専念してください。調子はどうですか?」
「ウィズ君の方は、今のところは大丈夫……だけど、弱ったらキマイラの思念に呑み込まれそうなのは変わってないかな……」
ミサキは苦笑いしながら答えるが、ウィズは膝を掴み、がっくりと項垂れている。
ウィズの魔力のほとんどは、過去に植え付けられたキマイラのものだ。魔法の連射など、常人では耐えられないような大量の魔力を消費しても問題ない反面、気を抜けばキマイラの思念に囚われ、暴走してしまう状態に陥る。
デーモンの時に暴走しなかったのは、思念ごとキマイラの魔力がゼブル達に吸収され、ウィズの魂の中でキマイラも弱っていた為である。
狂気スキルと似たようなもので、現在はレイカ、ハクビと共に修練を積んでいるが何度か暴走を引き起こしたこともある。
落ち込むウィズだったが、すぐにミサキは励ましの声をかけた。
「大丈夫だよ、ウィズ君。暴走はハクビさんで慣れてるし、何度もやって、徐々にキマイラの思念を倒してしまえば良いんだから。暴れても、私が抑えてあげるよ」
「ミサキ様……すみません。ありがとうございます」
顔を上げたウィズはミサキに頭を下げる。少し複雑そうな顔をしているのは、同じく暴走しては手を焼かせているハクビ。
白餓狼の長、コウガも加わりその度に傷を負いつつ、確実に強くなっているので、ミサキ曰く、すぐに狂気スキルを極められるとのこと。
レイカは、元からの素質が高く、また、魔法戦士のように魔法を武器に纏わせることも可能だ。ミサキの下では、より多くの魔法を習得し、それを生かすために修行を続けている。おかげで上級の魔法の他、結界魔法もいくつか習得できるまでに至った。
「ウィズの方は、魔法の腕は上がったか?」
リズの問いに、少し照れたような顔をするウィズ。どうしたのだ、と顔を覗き込んでいると、ミサキが嬉しそうに答えた。
「ふふ~ん。お義姉さん、ウィズ君は本当に凄いよ~。暴走しても魔力を消費したらキマイラも弱くなることを利用するために、龍言語魔法を教えているけど、もう少しで完成しそうだよ」
「「「ぶっ!」」」
ミサキの言葉に、アイギス、リズ、そして、隣で話を聞いていたアヤメが茶を吹き出し、ロロは口をあんぐりと開けて呆然とした。
「ウィズ! それは本当か!? 本当にお前が、龍言語魔法を……!?」
慌てるアイギスに、ウィズは照れたまま頷いた。
「は、はい……まだ、一つだけですが……」
「一つだけで良い! な、何を習っているんだ?」
「降り注ぐ火の雨を……原理は分かりましたので、後は土魔法を組み込めば……」
「か、完成するのか……?」
「はい……その分、凄まじい量の魔力が必要ですね。ミサキ様のように少ない魔力で効率よくというのは難しいですが、慣れればいつかは……」
「う、む……そうか……」
アイギスは頷きながら震える手で茶を飲む。しかし、器からこぼれてしまい、ウィズがそれを拭き取っていた。
ミサキ、エレナ、そして、災害級以上の魔物や、カドル達龍族、神獣のみが使えると云われる龍言語魔法を、普通の人間が行使するという報告は、未だに存在しない。
一発で、千を超える魔物を滅ぼし、一つの街を滅ぼしかねない力を持つその魔法をウィズが使えるかもしれないという話は、アイギス達にとって、喜ばしい反面、頭を抱えるというものだった。
「ウィズ、お前がクレナに来るときは前もって言えよ。ムソウと同等の扱いをしないといけないからな」
「それは大げさですよ、アヤメ様。そんなにホイホイと撃つわけではございませんので」
「ムソウもそう言って、ホイホイとあちこちであの力を使ってる」
「そ、そうですか……」
「ウィズ、お前の探求心と、ろうそくの火よりも小さな炎を生み出しただけで泣くほど喜んでいたお前が龍言語魔法を使うまでに至った努力は素晴らしいものだ。しかし、使えるようになったら、必ず私達に報告するのだぞ。それほどの力を手にするという事なのだからな」
「え、ええ、もちろんです。しかし、姉上、そこまでのものなのですか?」
「そこまでのものだ! 私や兄ですら完成できないのに……」
一応、アイギスもリズも、龍言語魔法に挑戦したが、習得することは出来なかった。というか、十二星天でも使える人間はミサキとエレナしか居ない。
それほど難しい魔法を習得するという事は、ウィズ本人にとっても、人界にとっても重要な事である。
必ず報告をしろと念を押すアイギス達の言葉に、ウィズは頷いていた。
「わかりました。まあ、まだまだ先の事だとは思いますが……」
「完成間近の人間がよく言うな。まあ、取りあえず、ミサキ様の所でも腕を磨き過ぎているという事は分かった。今後も励むんだぞ」
「はい。いずれ必ず、キマイラの力をものにし、兄上や姉上に恩返しします。そして、再来年に開かれる武術大会で、お二人を越えます!」
ウィズの言葉に、既に超えていそうだなと苦笑いしつつ、二人は優しく頷いた。
―武術大会……そんなのもあったな。昨日の会議では特に話は無かったが……本当にやるつもりなのだろうか……?―
皆が盛り上がる中、アヤメはそんなことを考えていた。
十二星天を除く、この世界で一番強い者を決める大会で、10年以上前から計画が始まっていた。ギルド、騎士団、武王會館の発足からしばらく経ち、一般の民衆の中からも力を付けている者が多くなった今、主に人材の発掘を目的とした催し物である。
五年前から開催を全世界に通知し、再来年の開催に向けて、各地で力を付けている者も多いが、昨日行われたギルド支部長の会議では議題にも上っていなかった。
邪神族の襲来が予想される今、それどころでは無いと判断したのだろうが、中止なら中止という発表を行わなければならない。
―明日の会議で確認してみるか……―
ひとまず、領主会議で話題を振り、明後日の天上の儀で議論する方向に持って行こうとアヤメは考えていた。
そして、話題はムソウとツバキのものになっていく。ウィズ達からマシロでのことを聞かされていたアイギス達は、その頃からムソウの動向を伺っていた。
しかし、クレナでの一件と、先日モンクでの事件によりツバキという騎士の名も王城に響くようになり、ますますその実態を知りたいようだった。
「ムソウという男は良いとして、ツバキという騎士はどんな騎士なのだ?」
「どんなって、普通の……いや、普通ではないか。少し強引なところはあるな。だが、きちんとした騎士としての矜持は持ち合わせている」
謎の多い力を持つ二人ではあるが、少なくとも人界に悪影響を及ぼすわけでは無いと、アヤメ達は語った。
ツバキも、EXスキルを手にしたとは言え、有事の際は騎士として行動している。今回のモンクの事件がそれだ。動かないマルドの騎士に代わり、事件を解決に導いたという結果がある。
力に奢ることは無く、力を持つ者としての自覚と共に、それに見合った行動はきちんとこなしていると、アヤメやミサキ、二人と共にクレナに住んでいるロロは語った。
話を聞いたアイギスとリズは、ふむ、と頷き、ウィズに顔を向けた。
「お前は、ここを出てから本当に素晴らしい方々と縁が出来たのだな。少し羨ましいぞ」
「それは……はい。ありがたいです」
「ウィズが世話になったこともあるし、アヤメ様が仰るように、人界の脅威になりうる男では無いようだな。ツバキという騎士も気になるし、他はあまり意識していないが、神獣を使役しているとの報告も聞いている。こちらから余計なことをしなければ、何の問題も無さそうだな」
「そうですね。ムソウさんは、基本的に面倒ごとは嫌う方でしたから」
「面倒ごとを好む人間は居ないと思うが……まあ、そういう事ならお前の方も安心だ。ちなみに、お前は冒険者ムソウとは闘ったのか?」
「い、いや……俺は闘ってないですが、ミサキ様とハクビさんは、手合わせをしました」
ウィズの言葉に、興味ありげに、アイギス、リズ、アヤメ、ロロはハクビに視線を移した。ミサキの事は資料に書かれていたが、ハクビの事は初耳だったようだ。
ハクビは、少し微妙そうな顔をして、ウィズを睨んだが、ウィズは慌てて視線を逸らす。
「やはり、ハクビさんは凄い方なのですね。頭領と手合わせとは……」
「ロロ、多分、お前が思っているものとは違う。そのように爽やかなものではないぞ」
「どのようなものだったのだ?」
「手合わせと言うか……暴走した私を止めたという内容だ」
「狂人化したハクビ殿を容易く止めるとは……なるほど」
「ツバキの方とは改めて手合わせをしたぞ。もっとも、決着はついていないがな」
「いずれその決着を、か……ツバキもクレナに来てから更に強くなった。期待していた方が良いぞ。アイツは、叔父貴と爺いに教えを乞うているからな」
「クレナの“刀鬼”に“武神”か……私も負けていられないな。ミサキ殿、今後も頼むぞ」
「また、無理して狂人化しないでね~」
「ゔぅ……わ、わかった」
ミサキの言葉に、シュンとなるハクビ。その様子に、一同は笑い、更に話は盛り上がっていた。
◇◇◇
さて、しばらくすると昼前になり、食事をどうするかという話になったが、今日はレインで食べたいというアヤメ(本当はロロ)の願いにより、一行はその場を後にすることになった。
「天上の儀が終わり、オウキに戻る前にも、一度顔を見せに来るのだぞ。お前は、私達の家族なのだからな」
アイギスの言葉に、ウィズは嬉しそうに頷き、ミサキ達はその場を後にした。
そして、街に向かう為の魔法陣の元まで歩いていく。その途中、アヤメはとある屋敷の前で立ち止まった。そこは、ケイロン家からも見えていた、ゴウン家の屋敷跡だ。
長年にわたり、クレナを裏で操り、私腹と力を肥やしていた元凶が住んでいた場所。クレナの屋敷は神怒により無になったが、ここではまだ、ケリスの痕跡が残っている。
忌々しいと睨んでいると、ふいに、ロロの声が聞こえてきた。
「アヤメ様? どうされました? 早く行きましょうよ!」
ロロはそう言ってアヤメの手を掴む。アヤメは、ロロの笑顔と、着物に描かれた闘鬼神の紋章を見て、どことなく安心した気持ちになり、頷いた。
過去は過去と割り切り、これからは、頼れる人間達と、クレナを護っていこうと思い、ロロにニカっと笑った。
「悪ぃ、悪ぃ。皆に土産を買うんだったな。ちゃちゃっと行くか」
「はい! 楽しみですね~」
魔法陣の近くで手を振るミサキ達に追いつき、手続きを済ませた一行は、そのままレインの街へと転送されていった。




