第366話 天上の儀 ―支部長達の会食を楽しむ―
やがて、アヤメの部屋に人数分の食事が運び込まれてくる。淡々と机の上に料理を置いていく女中達に、アヤメだけでなくジャンヌ達もどことなく苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
途中、ロロが手伝おうとしたが、女中の一人に止められた。
「ご心配なく。全て私達が行いますので」
「え……ですが、これだけありますので……」
「お心遣いありがとうございます。しかし、“聖母”様のお弟子さんの手を煩わせるわけにはいきませんので……」
そう言って、女中達は料理を並べ、盃に飲み物を注いでいった。
準備が整うと、女中達は部屋を出ていく。呆気にとられるロロに、ロウガンがやれやれと言って口を開いた。
「ここの奴らはいつもあんな感じだ。そこまで気負わなくて良い」
「あ、そ、そうなんですね……」
「何と言うか、人形が動いているみたいで気持ち悪いよな……」
「ロロの所は、いつも賑やかだもんな」
アヤメの言葉に、ロロはコクっと頷く。
「そうですね。皆で楽しくたまちゃん達が作った料理を並べて、時には頭領も並べて、お酒が少なかったら、貯蔵庫から頭領が樽を担いできて、「これで大丈夫だな」って笑って……」
今頃、屋敷ではまた盛り上がっているんだろうなとロロは家の事を思い出す。
また、寂しがるといけないなと感じたアヤメは、ジャンヌとロウガンに視線を移した。二人はコクっと頷き、ロロに盃を向ける。
「では、今日は我らと盛り上がろう。引き続き、面白い話をたくさん聞かせてくれ、ロロ」
「俺も飲むが、気を付けろよ。飲み過ぎると、暴れちまうかも知れないからな……」
二人にそう言われたロロは、表情を明るくさせて、元気に頷く。
「はい! よろしくお願いします! ですが、ロウガンさんが暴れた場合、私はお土産話として、頭領に伝えますので」
「それは勘弁だな……まあ、何はともあれ、よろしくな……アヤメも」
ロウガンに盃を向けられたアヤメは、大銘水を注ぐ。仄かに輝く液体を見て、目を見開くロウガンに、アヤメはフッと笑った、
「さっきは品種改良っつったが、実はこの酒、ムソウの力で浄化された水で作った酒だ。しっかり味わえよ」
「お、おう」
アヤメに頷き、ロウガンは大銘水を呑む。その美味しさに目を見開き感激した。
すると、ガーレンが興味深げに自身の盃に大銘水を注ぎ、くいっと飲んだ。
「お、美味いな……リエンに頼んで、モンクに取り寄せてもらうか……」
うんうんと頷いて更に大銘水を呑むガーレンとロウガンに、レオニクスとレックスがワインを勧める。
「お前ら、こっちも飲んでくれって。チャブラの農園主が頑張って育てた果実から作ってんだぞ」
「我の方も頼む。これは300年物だぞ」
「いや、それは年代物過ぎて飲めねえ……」
レックスのワインをロウガンは受け取るが、レオニクスのワインは受け取らなかった。シュンとするレオニクスの手から、アヤメがワインをかすめ取る。
「じゃあ、俺が貰おう。ロロも飲むか? 酒精は低いって言ってただろ?」
酒瓶から盃に注いだ後、ロロの盃に向けたが、ロロは慌てて首を横に振る。
「い、いえ、辞めときます。レオニクスさんの果実水で満足です」
アヤメは、そうかと頷いて、酒を飲み進める。300年前の代物だが、熟成された味わいだけを楽しみながら、料理を楽しむアヤメ。品格も何も無いなとレオニクスは苦笑いしながら頭を掻く。
「ロロ殿には、新鮮な果実水の方が良いというわけか」
「本当に美味しいです。ゴルドに行けば、飲めるのですか?」
「季節ごとに違ったものが飲めるぞ。無論、運送依頼でもくれれば、クレナにも届けるさ」
「金とるのかよ」
レオニクスの言葉に、アヤメが口を挟む。たかだか果実水を飲むためだけに高い依頼料を払うのは、流石に嫌だとロロも思っている。残念です、と落ち込むロロに、ギャッツも頷いた。
「そういう時、十二星天様の転送魔法は便利っすよね。あれって、十二星天様にしか使えないんすか?」
「今のところはな。あの魔法は結構難しいんだ。俺もサネマサ様から習おうとしたんだが、無理だった」
ロウガンの言葉に、ギャッツは目を見開く。
「え……ロウガンさんも無理だったんすか?」
「まあ、そもそも俺は魔法が苦手だからな。レオニクスはどうだ?」
「我でもあの魔法は使えん……いや、限定的には使える」
その言葉に、ロウガン達は感心したように頷いた。
「ほう……あの魔法は、行ったことがある場所を思い浮かべ、土魔法と風魔法を組み合わせ、現時点での状況を遠隔視した後、入り口となり、自分の体を分解する魔法陣を構築させ、遠隔視した対象の地に自分の体を再構築し出口となる魔法陣を――」
「ロウガン殿、辞めるのだ。ロロとギャッツがくらくらしているぞ」
ジャンヌが二人を指すと、ロロもギャッツも頭を抱えて目を回している。
「うぅ……考えただけでも途方も無いです~……」
「少なくとも二つの魔法を同時に……レオニクスさん、よく出来るっすね……」
転送魔法もミサキが開発した魔法の一つであり、熟練の魔法使いでも頭を抱えるほど困難なものだ。
長く生き続け、膨大な魔力を持つエルフであるレオニクスは、長い時間をかけてこの魔法を習得出来た。
「まあ、ゴルド限定だがな。あの魔法は距離が伸びるほど緻密な演算が必要となる。世界中を踏破したジーン様と、ジーン様がお作りになった魔法地図を持つ十二星天様くらいしか、転送魔法をこの世界で自由に使えるのは、居ないという事だな」
なるほどと頷くロロとギャッツ。そこへ、ロウガンがニカっと笑って口を開く。
「だから、今の若い冒険者は進んで色んな所に行った方が良い。そして、勉強すればこの魔法が使えるかも知れないからな」
酒も入り、上機嫌に笑うロウガンにアヤメが怪訝そうな目を向ける。
「そりゃ、可能性の話だろ? そんなんで、若い奴らをたきつけた所で……」
はあ、とため息をつくアヤメ。そう簡単には、冒険者達は動かないという事をアヤメは知っている。無論、ロロはああいった連中とは違うと頭では分かっていても、なかなか割り切れるものではない。
しかしロウガンは、ニカっと笑ってアヤメに顔を向ける。
「ああ、可能性の話だ。俺は歳だから、そういう可能性は残されてないが、ロロやギャッツにはまだそれがある。決して、それはゼロじゃない。いずれ、十二星天様以外にも、転送魔法を自由に使える人間が増えると、俺はその可能性を信じている」
「オッサンらしい台詞だな。だが……」
呆れたように息を吐くアヤメだったが、持っていたワインを飲み干すと、ロウガンにニカっと笑った。
「嫌いじゃない。俺も、その可能性を信じてみよう。いつか、ロロが転送魔法を使って、世界中を飛び回る日が来るのを楽しみにしていよう」
アヤメの言葉に、ロウガンは、おう! と返し、盃同士をカツンッと合わせる。
そんな二人に、ロロは慌てて口を挟んだ。
「待ってください! 私は転送魔法なんて出来ませんよ! そういうのは“魔法帝”様のお弟子さんのウィズさん達に期待してください!」
自分にはとても無理だと主張するが、アヤメ達はさらりとそれを受け流す。
「いや、大丈夫だ。お前は闘鬼神一の魔法の使い手だと皆が言っていた。“魔法帝”の弟子にも負けてないだろうよ。俺はお前の可能性を信じる」
「ロロも十二星天様の弟子だ。いずれ、ジェシカ様に教えを乞うこともあるだろう。頑張れよ」
「そ、そんなあ~!」
頭を抱えながら崩れるロロを、アヤメとロウガンは楽しそうに眺めていた。
もちろん本気で言っているわけではないが、可能性と言われると全くないわけではない。本人はこう言っているが、ひょっとしたらという期待もある。
ゆっくりとその時を待つとしようと言い合って、酒を酌み交わした。
すると、何か思い出したかのようにギャッツが口を開く。
「そういや、冒険者ムソウって男は、魔法は使えるんすか?」
その質問に、アヤメは首を横に振る。
「いや、鑑定スキルで視たら、一切の魔法適正なしと来た。属性攻撃も全くできない」
「ああ、魔力自体も少ないものだったからな」
ロウガンの言葉に、ロロも頷いて続く。
「確か、EXスキルが発現する際に、元々あった魔力が統合したのでないかと言っておりました」
話題がムソウのEXスキルの話になると、レックスが身を乗り出した。
「おお、あれだな。神人になるやつ。俺も見たが凄かったな」
チャブラとクレナの領境でツルギ達と共に山賊と闘っていた際に、ムソウが合流し、辺りの魔物を浄化した話を聞かせた。
ムソウの詳細を知りたかったギャッツ、レオニクス、ジャンヌの三人は驚きながら、その話に耳を傾けている。
レックスが神人化したムソウの話をすると、続いてロウガンとアヤメも口を開いた。
「神人になったムソウがデーモンロードを蹂躙する光景を映像で見たときは凄まじかったな……」
「あれと、何でも斬れるスキルと、鬼人になるスキルもあるんだよな……」
「それと、呪いさえ効かないという状態異常完全耐性というスキルも持っております」
二人にロロも補足を入れる。どういう能力なんだと困惑しているギャッツ達に、アヤメ、ロウガン、ロロ、そして、鬼人化したムソウと闘ったガーレンが説明した。
「ムソウが持っているEXスキルは、言語系のものを除いて六つだ。神人化して魔物や汚染されたものを浄化する事に特化したおにごろし、身体能力や一般的なスキル、更に武器を強化するひとごろし、固有能力である鬼火という力を使い、鬼人化するかみごろし、永久金属だろうと、龍言語魔法だろうと全てを切り裂くことが出来るすべてをきるもの、毒や幻覚、呪いさえもその身に受け付けない状態異常完全耐性、最後に、詳細は分からないが、星の加護というスキルを持っている」
「神人となった頭領は、ケリス卿と違い……というか、伝承の神族とも違って、その身から聖なる波動、天界の波動を放出し、それを自在に操って魔物や敵を倒します。反対に鬼人化すると禍々しい波動、冥界の波動を放出し、鬼火という技を武器に纏わせて強化して闘います。あと……若干ではありますが、好戦的になりますね」
「鬼人化して好戦的になるというのは元からの資質もあると思うが、凄まじい力だったな。コモン様の技も呑み込むほどの力だった。俺は、まったく歯が立たなかったな……」
「神人化してデーモンロードを浄化したアイツの姿はどこか神々しいものだというのは感じた。そして、ムソウから出ている天界の波動は強力なもので、下級の魔物ならそのまま滅し、更に呪いを解いたりも出来る。俺達もそれで助かった。
だが、特筆すべきは……」
「ああ。ムソウのスキルの中で一番あいつらしいのは、EXスキル、すべてをきるものだ。さっきも言ったが、その名の通り、全てを斬ることが出来る。こちらからは手出しが出来ない魂や、“魔法帝”の龍言語魔法、永久金属でできた物質、トウショウの里を滅ぼし尽くした神怒って邪神族の秘術も斬ることが出来る。叔父貴に聞いたが、空間も斬ることが出来るらしい。使い手であるムソウの腕前が凄まじいこともあるが、アレを越える力はなかなかないだろう。ムソウ曰く、ツバキのスキルも斬ることが出来ると言っていたからな」
四人の説明に息を呑むギャッツ達。資料ではそこまで詳細なことが書かれていなかっただけに、ムソウが持つ力に改めて驚愕する。半ば、畏怖の気持ちも抱き始めていた。
会議中にセインが激高した理由も、何となく納得できる気がし始め、更に戸惑うことになる。
「そんな男が……コクロに……」
どうしたものかと頭を抱え項垂れるギャッツに、アヤメはニカっと笑う。
「逆を言えば、ムソウが居ればリオウ海賊団も何とかなる気もするだろ?」
「いや……そうっすけど……」
それでも悩むギャッツに、ロロも付け加えて口を開く。
「大丈夫ですよ。頭領はお優しい方ですから。でなければコモン様やジゲンさん……“刀鬼”様も一緒に住みませんし、ジェシカ様やサネマサ様も友好的に接することはございません。迷い人ですが、常識はあります」
「そ、そっすか……でもなあ……」
ギャッツは未だに悩み、会ったことも見たことも無いムソウという男を恐れている。
俺達はここまでだったかと、レックスもガーレンも顔を見合わせため息をついた。
ロロは、自分の頭領がどうしてここまで支部長に恐れられるのかと、頭を抱えた。
どうしたものかとアヤメが考えていると、ギャッツと共に話を聞いていたジャンヌとレオニクスもギャッツに同調するように口を開く。
「その男は本当に大丈夫な人間なのか? そもそも人間なのか?」
「我も流石にそこまでの人間は見たことが無い。十二星天様以上だ……」
「まあ、お前らの気持ちは分かるが、ムソウはそこまで大層な人間じゃない。ちょっとしたことで怒りもするが、何だかんだで良い奴だってことは確かだ」
三人に、どこか諦めのこもった声でアヤメがそう言って、ロロは隣でコクコクと頷く。どうか信じてくださいと言う念が込められた目で見られ、ジャンヌ達は、ばつの悪そうな顔をした。
「そ、そんな目で見ないでくれ、ロロ殿。ムソウという男を信じたくないわけではないのだ。ただ、個人の力が凄まじいというだけで、戸惑っているのだ」
「確かに……誤解はされます……でも、頭領は良い人です……私達を……助けてくださいました……」
次第に涙声になるロロに、ジャンヌは慌てる。あ~あという顔で、アヤメやロウガンはジトっとジャンヌ達に目を向けた。
「ろ、ロロ殿、泣かないでおくれ。その……そうだ、またチョコレートをあげよう。先ほどのものよりも上質なものだ」
「……いただきます」
「我の果実水も飲んでくれ。何なら、ムソウという男にお土産として持っていても良い」
「……いただきます」
「あー……分かったっす! 俺も、ムソウって男がコクロに来るのを首を長くして待ってるって伝えて欲しいっす! 歓迎するって言ってくれ!」
「……ありがとうございます」
半ば強引に、ロロを元気づけるために、ひとまずジャンヌ達はムソウを信用することにし、ロロが段々と落ち着いていく中、アヤメ達は腹を抱えて笑っていた。
「まあ、ムソウが恐ろしいってのは分かるが、本当にそこまで気構え無くても良いってことは確かだ。特に、ジャンヌ。ムソウにはツバキって女騎士が常に側に居る。お前と同じ騎士がそこまで一緒に居るってことがどういうことか分かるだろ? ムソウも、人界の事を大切に思ってるってことだ」
アヤメの言葉に、ロロをあやしながらジャンヌは頷く。
「ああ……議題にも出ていた、EXスキルを使う騎士の事だったな。モンクの事件で、マルドの住民達の中心に立ち、解決に導いたという……明日の会議ではそのことについてしっかり話し合うとのことだが……確か、マシロ師団所属だったな。何故、ムソウの元に居るのだ?」
普通、騎士は配属された領以外で任務に就くことは稀であり、マシロに居るはずのツバキが、クレナに居る理由が分からないジャンヌは首を傾げる。資料にもそのあたりの事は曖昧に書かれていた為、どういうことかとロウガンに尋ねた。
「それは……まあ、ツバキの意志を汲んだ、ワイツ様とコウカンの厚意ってやつだ」
「ツバキ殿の意志? どういうことだ?」
ジャンヌの言葉に、ロウガンはニタっと笑って、小指を上げた。
「まあ、こういう事だ」
そのしぐさに全てを察したジャンヌは目を見開き、身を乗り出す。
「は!? ど、どういうことだ!? そのようなことがあり得るのか!?」
「どういう事かは知らないが、そうみたいだな。で、名目上は、現在ツバキは、冒険者ムソウの護衛任務に就いているという事になっている」
「そんな無茶な……ことでも無いのか。直属の上司であるコウカン殿と、配属先の領主であるワイツ様が御認めになっているという事は……しかし、何でまた……?」
更に首を傾げるジャンヌの肩にアヤメがポンと手を置く。
「まあ、そういうわけで、お前と同じ女騎士も慕うってことだ。ムソウはな」
「う、む……私はムソウより、そのツバキという騎士に興味が沸いて来たぞ。どのような人間なのだ?」
「そうだな……真面目で真っすぐで、清純とか高潔って言葉がそのまま人になったような感じだな」
「あ、事件の後処理をしたインセンは、騎士の鑑って言っていたぞ」
ジャンヌの問いにアヤメとガーレンはそう答えた。どういうことだとアヤメとロウガンはガーレンに聞き返す。
モンクの事件以降のインセンの様子が語られると、ロウガンとアヤメは大笑いした。
「ハッハッハ! 流石ツバキだな! クレナへ行っても変わってないらしい!」
「罪作りな奴だな。ムソウって奴が居ながら、他の師団長を魅了するとは……」
「アヤメ様! ツバキさんはそんな方ではありません! ツバキさんは、頭領一筋で、綺麗ですが驕らず、いつもお優しく、誰に対しても平等に接してくださる綺麗な方です!」
「何回、綺麗って言ってんだ。ムソウの時より、必死になってるぞ、ロロ」
いつの間にか元気になっていたロロもツバキがいかに素晴らしいかと熱弁する。あまりの気迫にジャンヌはたじたじだった。
「む……お、お前たちがそこまで言うのなら、明日の会議で改めてコウカン殿やインセン殿に聞くとする。その上で、ムソウという男について考えるとしよう」
「そうしていただくと助かります。ツバキさんの事を知れば、必ずジャンヌさんも頭領の事を分かってくださいます」
「そ、そうか……しかし、本当に……どのような騎士なのだ? それほどの者ならば、我が師団にも欲しい人材だ……」
ジャンヌは、ツバキより以前の、歴史上初の女騎士だ。彼女が士官学校を修め、正式に騎士になったことで女性でも騎士になることが出来ると世界中に認められるようになる。
そこから、騎士に志願する女性も増えたが、ツバキのように武王會館に出たわけでもない者達は、男でも根を上げる苛烈な訓練や、配属先での男女比に精神的に堪えられず、騎士団を辞める者も多い。
そこで、少ない女騎士のほとんどは、ジャンヌが師団長を務めるシルバ師団に配属されることが多く、ジャンヌは多くの女騎士を受け入れ、共にシルバを守護している。
女性らしい気遣いで、細かなところまで街の治安を護り、ギルド師団長も兼ねていることもあり、魔物が街近くに出現した際には、迅速に騎士や冒険者を指揮し、華麗に闘う様に、シルバの“戦乙女”と呼ばれるまでに至る。
そんなジャンヌが、今度はツバキに興味を持っている。凄い人たちが集まっているんだなあと、自身も十二星天の弟子という、人界でも重要な立場に就いたロロは呑気にそんなことを思っていた。
ひとまず、ムソウとツバキのことについては話が纏まり、ギャッツの不安も少しは落ち着いたようで、アヤメとロロは安心している。
続いて、話題は今日あった師団長会議の内容に移った。いつもより、会議を進行することに徹していたアヤメの態度に関し、師団長達は本当に感心していた。
特にロウガンは嬉しそうな顔をしている。酒も入り、上機嫌にアヤメに酒を注いでいた。
「いやあ~、本当に丸くなったな、アヤメ。無事に全ての議題について有意義に話し合うことも出来たし、対策も練ることが出来た。今までは、会議をぶった斬ってグダグダぬかしていたんだがな……今日は本当に良かったぞ!」
「酔ってんなあ……ここまで笑うお前を見たことが無い……」
「それほど、ロウガン殿はアヤメ殿に感謝しているのだ。付き合ってやれ」
「お前ら……まあいい。ところでロウガン。今日に関して聞きたいことがあるんだが……?」
ロロを囲んで盛り上がっているジャンヌ達は放っておき、アヤメはロウガンとコソコソと話し出す。ロウガンは、未だ陽気な顔で、アヤメと強引に肩を組んだ。
「おう! 会議の後にも、その内容の復習か! 何だ!? 何でも聞いてくれ!」
「酒臭えな……今日の“ギルド長”の様子……お前はどう見る?」
「なッ!?」
アヤメからの問いにロウガンは目を見開く。神妙な面持ちのアヤメに圧され、肩に回していた腕を放し、少々沈んだ顔になった。
「何故、それを聞くんだ?」
「ちょっと言いづらい事情が……いや……ロウガン。お前は、“ギルド長”と爺いの関係については何か聞いていることはあるか?」
アヤメの更なる質問に、ロウガンはしばらく考え込んだ後、深くため息をついた。
「はあ~~~……その分だと、やはり何かあるんだな?」
自身の盃に酒を注ぎながら、ロウガンはアヤメをジッと見据える。
「ああ。その様子だと、直接聞いたわけではないが、何か勘づいていると言ったところか?」
「まあな。何となく、サネマサ様やセイン様、ミサキ様の雰囲気と言うか、感じでな。十二星天内で、何か派閥争いのようなものが起きている気がしていたんだが……」
「その通りだ。俺はムソウから聞いた。ああ、ちなみに、ムソウは“魔法帝”から聞いたらしい。よく気付いたな」
「伊達にあの方達を長く見ているわけじゃない。いつの頃からか、十二星天内に、溝が出来たような気がしていた」
「“魔法帝”や爺いの話だと、10年ほど前らしい。俺は全く分からなかったがな……」
ため息をつきながら頭を掻くアヤメに、ロウガンはフッと笑う。
「まあ……お前はあの頃からそれどころじゃないようだったからな。さて、今日のセイン様についてだが、あそこまでムソウに嫌悪感……いや、もはや憎悪を抱いているとは思わなかった」
ロウガンは、セインがムソウについて快く思っていなかったことは知っていた。
きっかけは精霊人の森での一件。下手をすれば、騎士団と共に討伐軍を仕向けるところだったのを、サネマサが止めた件を聞いていた。
その為、その後のムソウには、少し慎重になるように注意し、セイン達王都には、ムソウがマシロで起こした功績を伝え、出来るだけムソウの評価を下げないようにしていたが、セインと何人かの十二星天、それに一部貴族の反応は変わらなかった。
サネマサ達がムソウについて高く評価している件もあり、この頃から十二星天内で何か確執のようなものがあると確信し、その後の動向を気にしていたが、クレナで天災級の魔物を倒そうが、脅威を斬ろうが、貴族を亡き者にしたという部分にのみ注目し、セイン達はムソウを処断しようとした。
そして今日、ムソウの話になっただけで、セインがあそこまで激高するとは思わなかったとロウガンは語る。
その理由も聞いたが、アヤメ同様、ムソウの活躍に関し、民の心が王城あるいは十二星天ないし自分から離れることを恐れ、どこか嫉妬に似た感情を持っているという部分に関しては、セインの本心では無いと考えていた。
「セイン様がムソウを排除しようとしている理由があんな理由なわけない。少なくとも、俺の知ってるセイン様は、そんなことを考える人間じゃなかったはずだ。もし本当にそんなことを考えているのならば、“刀鬼”様にも同様の見方を向けるはずだ」
「まあ、その片鱗は見られたがな。しかし、お前の言うように、昔の“ギルド長”はあんな感じじゃなかったというのは理解できる。寧ろ、叔父貴の強さに憧れを抱いていたようだったし、クレナのギルド支部長になるのは叔父貴だと思っていたくらいだからな。叔父貴の代わりに俺を支部長として迎えた時に、少しだけ落ち込んでいた顔は忘れない。絶対、見返してやると誓ったものだ」
「ああ。俺も普通の冒険者として活動している際に、何度もセイン様から助言をいただき、サネマサ様と共に強くなる手助けをしてくださった。セイン様も、サネマサ様と同様、この世界の誰もが強くなっていく事については、寧ろ喜んでくださっていた。
それに、まずは人界に住む民の生活という考え方を持っていて、ミサキ様やコモン様、ジェシカ様と共に数多くの魔道具の開発を行い、リー様、ジーナ様、ミーナ様、レオパルド様とは、世界中の人の住む街の防衛機能を見直したりしてくださった。民達の評価を気にする姿勢は無く、自分がやりたいからという言葉に、俺達はどれほど感動したか……」
少なくともギルド創設当時のセインからは、今日のようなセリフは出ないだろうし、ムソウの功績については、喜んでそれを受け入れた上で、問題があった貴族を独断で斬ったことについては、ギルドの統括として、きちんと注意をするはずだと、ロウガンは考えている。
話を聞いたアヤメは、ふむ、と頷き、口を開いた。
「……やはり、“ギルド長”は変わったと考えるべきか?」
アヤメの言葉に、ロウガンは静かに盃に入った酒を飲み干し、ゆっくりとアヤメに頷く。
「ああ。何があったか分からねえが、セイン様はお変わりになられた。今日に関しては流石に俺も着いて行けない」
幼い頃より、今の十二星天の活躍を間近で見てきたロウガンがここまで言うということは、よほどの事態に既になっているとアヤメは考えた。
心の底から敬っていた存在が変わり、どうしたものかと項垂れるロウガンに少し同情したアヤメ。ワインの入った酒瓶を手に取り、ロウガンの盃に注いだ。
「変わった……か。何があったんだろうな……」
「アヤメは、何かあって、セイン様が変わったと思っているのか?」
「何も無くてあそこまで変わらないだろ。確実に十年前に何かあったと考えている」
「しかし、そんな心当たり、俺には無いんだよな……という事は、ギルド関係ではないのかも知れないが……」
「てことは、十二星天内で何かあったのか……? しかし、それなら爺い達も分かるよな……」
「考えてもやはり浮かばないな……まあ、原因が分かったところで俺達には……」
アヤメから注がれたワインを飲み、つまみに手を伸ばすロウガン。どことなく哀愁のようなものが感じられ、アヤメはふう、と息を漏らす。
「今のままじゃ何も出来ないが、原因が分かればそこから解決策が思い浮かぶかも知れないと俺は思っているが?」
「というと?」
不思議そうな顔をするロウガンに、アヤメはフッと笑みを浮かべた。
「今は真っ暗な道をただひたすらに呆然と歩いているだけの状態だ。何も見えず、何を目標にしているか分からない。
しかし原因が分かれば、そこを目指し、何があろうとその尻尾を掴むために進み続けることが出来るというわけだ。“ギルド長”が変わったことに原因があるのならば、それを排除して元に戻すことも出来るかも知れない。元に戻ったら、昔の十二星天に戻るかも知れない。俺は、その可能性に掛けるって言ってんだよ」
そう言いながら酒を飲み干し、ニカっと笑うアヤメ。
ロウガンは目を見開き、顔に笑みを浮かべた。
「なるほど……可能性、か……一本取られたな。俺が、それを見誤るとは……」
「見誤っていたんじゃない。見つけられなかっただけだ。さて……取りあえず俺は、“ギルド長”や爺い達の間にある不穏な空気を取り除きたいと思っている。このままだと、転界教、邪神族という外の脅威に加えて、内部分裂もありうるからな。来る邪神族との闘いに向けて、まずはそこをどうにかしないと、前に集中できない。
幾らムソウが居ても、それだと駄目だ。万全の態勢で、敵に挑み、勝利し、今後も大地のを護っていくために、まずは出来そうなことをやっていく。お前はどうする? マシロの“猛将”さん」
空になったロウガンの盃に大銘水を注ぎ、酒瓶を机に置くアヤメ。
ロウガンは、再びニカっと笑って、酒瓶を手に取った。
「無論、協力させてもらおう。俺も、師匠達が仲間の事で頭を抱えているという姿は見たくないからな。原因究明の為、そして解決の為、力を振るうとしよう、クレナの“姫武将”殿」
アヤメと同様、ロウガンは空になっているアヤメの盃に大銘水を注いだ。
そして、互いに盃同士を合わせるとともに一気にそれを飲み干した。
二人は笑い合いながら、その後も互いに酒を注いでは競うように飲み始める。
賑やかな声に気付いたジャンヌ達は、楽しそうに酒を飲む二人を見て目を丸くする。
「ほう……放っておいたが、犬猿の仲同士だった二人がずいぶんと仲良くなったものだな」
「むう……アヤメも暴れることになったら、もう手が付けられないぞ。皆、今のうちに準備を整えておくのだぞ」
「いや、大丈夫だろ。あれだけ楽しそうにしてるんなら、何も問題ないはずだ……多分」
「あ~あ。レオニクスが持ってきたワイン、無くなっちまった。少し興味が出て来たのに……」
「にしても、ずいぶんと楽しそうっすね。何かあったんすかね?」
「アヤメ様……良かったですね~。私達も飲みますか!」
楽しそうにロウガンと飲み続けるアヤメの様子にロロも嬉しくなり、同調しようとして机に置かれた酒瓶に手を伸ばすが、それをアヤメはサッとかすめ取る。
「駄目だ。これは俺が……いや、俺達が飲むからな」
「すまねえなあ~」
そう言うロウガンだが、満面の笑顔だ。少しも申し訳なさそうにしていない。大笑いしながらロウガンはそのままワインを呑んでいく。
呆気にとられる皆の前、特に落ち込むロロに、アヤメは果実水を注ぎ、機嫌を直させるとともに、ロウガンにはそっと、酔い覚ましを少しずつ飲ませて、完全には酔わないようにしていた。
「あ、アヤメ様は、酔っておられないのですか?」
「ん? ああ。これくらいは、な……」
まだまだ余裕だと笑みを浮かべるアヤメに、その場に居た全員はあんぐりと口を開け、ロウガンはまだまだ、と言いながら夜更けまで酒を飲み続けていった……。
その後、酔い潰れたロウガンを、アヤメが呼んだサネマサが部屋まで連れて行くまで、師団長達の親睦会は続き、アヤメは充実した思いで寝床についた。




