第35話―今日も野宿をする―
俺達が山を下りたころには、すでに日が暮れていて、辺りは薄暗くなっていた。今日も昨日と同じく野宿だな。
オウガたちに預けられた魔物の子、リンネは俺の肩に乗っていたが、しばらくすると魔獣たちの方へ行ったり、ミサキたちと戯れたりもしだした。最初は警戒していたハクビやウィズも、今では、頭を撫でたりして、遊んでいる。特に嬉しそうなのはミサキとレイカだ。レイカはリンネをギュッと抱いて、うっとりとしている。
ミサキは皆にもこんな時があったと、まるで親のようなことを言いながら、四神を眺めていた。少し、複雑そうな顔をする四神。それを見ながら不思議そうな顔をするリンネを、ミサキはよしよしと言いながら頭を撫でていた。
そういや、こいつの種族は何なんだろうな。
俺は鑑定眼を使い、リンネを視た。
妖狐
高い魔力をもつ魔獣。山奥などに棲み付き、めったに人前に現れない。
……ほう、俺が思ったように、やはり狐だったか。しかし、高い魔力を持つ……か。俺の世界では、よく狐に化かされた、とかって聞いてたが、こいつも幻術とか使えるのだろうかな。
嘘か、真かはわからないが、山にいた魔物たちも、強くなると言っていたからな。こいつには、期待しておこうか。
「キュウ?」
俺が考え事をしていると、リンネが俺の肩に乗り、顔を覗き込んできた。俺はリンネの首元を撫でてやった。
「キュウゥゥゥ~……」
リンネは気持ちよさそうにして、うっとりしている……。可愛いな。
「ムソウさんにも可愛い従魔が出来たね~」
ミサキが横に来て、俺と同じ様に、リンネの首元をくすぐった。リンネはまたしても、嬉しそうな顔をして、ミサキの指に頬を当てている。
「従魔?」
「うん! 私みたいに、冒険者が魔物を使役することだよ。結構、そういう人も居るからね。後で、ギルドに帰って、リンネちゃんをムソウさんの従魔に登録したら、街に入る時も楽だよ~」
あ、そうか。可愛いとは言え、こいつは魔物だ。街に入れる時は気をつけないといけないだろう。ミサキによると、他の冒険者にも、魔物を従えている者は多く、ある者は一緒に闘ったり、ある者は荷物を持たせたり、馬車を引かせたりしているそうだ。
その際に、ギルドで、自分がどんな魔物を従えているかを登録しておくと、街に入る際に、余計な調べを行わずに済むという。
そう言うことなら、マシロのギルドに帰ったときにでも、リンネを俺の従魔として登録した方が良いだろうな。
「それで、ミサキは妖狐という魔物には詳しいか?」
「う~ん……私も初めて見る魔物だからね。めったに人の前には現れないっていうし、鑑定スキルでもそう出たからね。
でも、リンネちゃんが優しくて、人に害を加えるような魔物じゃないってことは何となく分かるよ」
ミサキの言葉に頷く。リンネは人懐っこい魔物のようだからな。初めて、俺と目が合った時も、俺に牙を剥くことはしなかった。リンネはきっと、優しい心を持った魔物なのだろう。
そして、今はまだ単純に純粋なのかも知れない。少なくとも、善悪の区別を自分で選べるくらいには育てないとな。オウガ達と敵対することになるのは、必ず避けないといけない。その上で、人間も味方だと思わせる……なかなか難しそうだが、何とかやっていこうと思った。
「……それでさあ、どうする~?」
ふと、ミサキが俺に声をかけた。
「ん? なにが?」
「いや、だからさ、今日もここで野宿するの? って話」
「ああ、そのことか。もちろんそうしたいが……」
俺はミサキの周りにいる魔獣たちを眺めた。
「こいつらはどうすんだ?」
「この子たち?……皆どうする? もう帰る? もう少しいる?」
ミサキは魔獣たちに尋ねる。
「俺はもう少し居たいな。その方が面白そうだ」
ミサキの質問に、すぐさまリンガが応えると、魔獣たちは頷いた。どうやら、他の魔獣も残りたいようだ。
「う~ん。ただ、お前らデカすぎるからな……全員で寝れる場所を探すのは一苦労だぞ」
俺がそう言うと、今度は、青龍が口を開いた。
「では、小さくなれば良いのだな?」
え……出来るのかと思っていると、四神はそれぞれ目を閉じて、瞑想し始める。ぴよちゃんだけは、ハクビとレイカ、ウィズを背負ったまま動かない。
これから、一体何が始まるんだと、四神を眺めていると、突然、それぞれの体が輝きだした。
そして、それぞれ段々と小さくなっていき、人の形を成し始めた。
光が収まると、四神は人の姿に変わっていた。
青龍のジンランは、青い髪をして、青い着物を着ている精悍な青年。
朱雀のエンテイは、赤い髪をして、赤い着物を着ている美しい女性。
玄武のサンロウシは、白髪で白ひげをたくわえて、緑色の着物を着た仙人のような老人。
そして、白虎のリンガは、白髪なのだが、ところどころ黒い模様が付いていて、ハクビのように尻尾と、頭の上に耳が付いた、獣人のような女性。
変化した四神の姿に目を見開くが、ハクビたちは平然としている。聞けば、知能が高い魔獣は、人語を喋るだけでなく、人の姿にもなれるらしい。
そう言えばゼブルや、ワイアームの娘たちがそうだったもんな。そう考えれば、不思議ではないか……。
って、それよりも気になることがある。
「……リンガ……お前、雌だったのか?」
俺は人の姿のリンガに聞いた。
「ん? なんだ、ムソウ。俺が女なのは嫌か?」
「いや、嫌じゃないんだが、驚いただけだ。魔獣の時は男の声だったし、何より口調というか、感じが男だからな」
「そこの、白餓狼の娘も同じようなものだろう?」
リンガはハクビを指さして言った。……確かにな、そんな気もする。特に、感情が高ぶったときのハクビは、正直、女とは思えないからな。
そこで気づいた。こいつら、なんか既視感があると思ったら、頭領に似てるんだ。あいつも、男らしくはあったものの、女らしくはなかったからなあ。頭領が女だと知ったときの仲間たちの表情は今でも鮮明に覚えている。
そうか。皆こんな気持ちだったんだな。今ならわかるよ……。俺はつい、あの時のことを思い出して、噴き出してしまった
「ん? 何笑ってんだ?」
「フッ、いや、すまない。なんでもない……」
「そうか……?」
リンガは不思議そうに俺を見ていた。
「……さて! 皆も小さくなれたし! ここで野宿決定だね!!!」
そう言うと、ミサキは昨日のように、異界の袋から、大きな家を出した。昨日と同じ家だが、この人数でも大丈夫そうだ。そもそも、ミサキが四神を呼んだ時でも大丈夫なように、ちょっと広めのものを買ったとのこと。
昨晩は気付かなかったが、まだ部屋はあるらしい。なら、大丈夫かと思い、俺達はそれぞれ荷物を置いて、くつろぎ始める。
「さてと、では我々は、狩りにでも行くか。ウィズとレイカはどうする?」
「俺は火を起こしたりしています」
「私は……もう少し、休みたいな……」
ハクビたち三人は、そう話していた。む? どうやら、家を持ち運んで野宿するというのは、この世界の冒険者として当たり前のことのようだ。皆、特に驚いた様子もなく、平然としている。昨日、驚いた俺は少し恥ずかしくなった。よし、黙っておこう……。
その後、ハクビはぴよちゃんと共に狩りへ、ウィズは、焚火の準備へ、レイカはミサキと共に、家の中へと入っていった。ハクビには一応、昨日の川のことを伝えておいた。
さて、俺は何しようかな、と考えていると、ふと、四神達が目についた。お、そうだ。この機会に……。
「なあ、お前たち」
「ん? なんだ? ムソウ」
俺が四神に声をかけると、リンガが応えた。
「飯の用意ができるまで暇だから、俺と手合わせしてくれねえか?」
俺は四神達に稽古を願い出た。言い方は悪いが、ゼブルがあんなだったからな。少し、物足りない感がある。
十二星天が使役する災害級の魔物である四神とやり合う機会なんて、そうそうないだろう。この機会に、ちゃんとした災害級の強さと、この世界の強者という者達が、いかなものなのか確かめようと思っていた。するとリンガと、ジンランが目を輝かせる。
「おう! いいぜ! 実はお前の戦い見てから疼いていたんだ。やろうぜ!」
「我もその提案は受けよう」
二人は、喜んで俺の提案を承諾してくれた。
残ったエンテイは、レイカの具合を診ると言って、家の中に入っていく。ウィズのことといい、あいつは優しい奴みたいだな。闘いが好きというわけではなさそうだ。
そして、サンロウシは、今日はもう疲れたと言って、ウィズの起こす、焚火の方へと歩いていった。ほんと、爺さんみたいだな……っと、そうだ。
「サンロウシ、なら、リンネの様子を見ていてくれないか?」
「おお、ムソウ殿。それでしたら、引き受けよう。さあ、リンネ、おいで」
リンネは肩の上で俺の顔を見ている。不安なのか?
俺がリンネに笑って頷くと、
「キュ~~~!」
と言って、サンロウシの元へ駆けていった。いずれはリンネを連れて戦うこともあるのだが、今日の所はリンネも回復したばかりだ。ああやって、遊ばせておいた方が良いだろう。
ここにはミサキも居るし、エンテイも居る。それにサンロウシは見てくれは爺さんだが、そこらの魔物には負けない力を持っている。何かあっても大丈夫だろう。……まあ、この森の魔物たちが、リンネを襲うとは思えないがな。
「さて……じゃあ、ここでは闘い辛えから、向こうでやるか」
俺はリンガとジンランを連れて、皆から、少し離れた場所へと移動していく。晩飯前の軽い運動くらいにはなって欲しいものだと、ゼブルと闘った時以上に、二人に期待していた。




