第353話―モンクを発つ―
モンク編ラストです
しばらく大金が手に入った喜びを分かち合っていると、エンヤの体が輝き始める。斬鬼に戻る時間が来たらしい。
「お、もうか。楽しかったぜ、ツバキ。ありがとな」
「いえ。こちらこそ、お世話になりました」
「次は、戦いの時を除いたら、クレナに帰った時か?」
「まあ、そうだな。コウカの事もあるし……」
「それまではゆっくりとしておこう。じゃあな、皆」
「じゃ~ね~!」
手を振るリンネにニカッと笑い、エンヤの体は無数の光の粒となって、斬鬼に戻っていった。
エンヤが残した金貨と、それぞれ手に入れた金貨を見ながら、ツバキは困った顔をしながらも、クスっと微笑んでいた。
「私が言い出したこととは言え、凄いことになりましたね。どうしましょうか?」
「最初に言ったが、管理はお前とジゲンに任せる。まあ、主に屋敷の維持費だな。後は……クレナの復興費に充てるとしよう」
「と言うことは、コモン様にもお渡しするのですか?」
「そうだな。というか、ほとんどコモンに渡すことになるな。屋敷のことや武具の調達には必要になるし……後は、皆への給金に回してくれ」
「かしこまりました。ですが、ムソウ様にもお金の使い方というものを改めて知っていただきたく思いますのでよろしくお願いします」
「是非ともそうしてくれ」
最終的に凄い額の金を手に入れたが、元はと言えば、俺の金銭感覚がおかしいのが原因だからな。このあたりはツバキからしっかりと学んでいくとしよう。出来るだけ、ジゲン達には内緒で、と頼むと、ツバキもリンネも素直に頷いてくれた……悪戯っ子のような顔でな。
これは、すぐに皆に広まるなと思いながら、金貨を異界の袋に収める。
「そういや、ツバキも異界の袋とか欲しいんじゃねえか? 何なら買ってやるぞ」
騎士であるツバキは、異界の袋は持っていない。何かと便利だから、ツバキ個人の物もこの際に買おうと思ったが、少し悩んでからツバキは首を横に振る。
「それは、クレナに帰ってからアヤメ様に相談してみます。ひょっとしたら、無料でくださるかも知れませんし」
「ああ、その方が良いか」
ひとまずこの話は保留と言うことにして、俺はそろそろ帰ろうかと、椅子の上でぐったりとしているギランに声をかけた。
「お~い、ギラン。大丈夫か~?」
声をかけるが上の空と言った感じだ。よく見てみると、何かぼそぼそと呟いている。
「あそこで……辞めとけば……こんな……はずじゃ……」
熱くなり過ぎたと反省しているようなギランだが、先ほどの場合、勝負が長引いた原因は俺とエンヤにある。そこは反省しても意味が無いぞと苦笑した。
さて、反応が無いギランをどうするかと思っていると、今度はツバキがギランに声をかける。
「おじちゃん、そろそろ、帰りますよ? このままだと寂しいのですが……?」
「……ん? ああ、そ、そうか! もう、帰るのか!」
ギランはハッとした様子で、スッと立ち上がる。ツバキの言葉だったからなのか、俺達がもう帰ることに安心したからなのか、やけに元気なギランに思わず呆然とした。
「元気だな。じゃあ、まだやる――」
「いや! もう、夜も遅いし、メリアちゃん達も心配しているだろうし、早く帰った方が良いぞ、ムソウ殿! というか、帰ってくれ!」
最後に本音をぶつけてくるギラン。俺とツバキは顔を見合わせて笑っていた。
「おじちゃん、ごめんなさいね。勝ち過ぎました」
「な~に、この程度、三日もあれば取り返すさ! それに、この賭博は面白いからな。今後もここでやっていくつもりだ」
「ほう……ならば、俺がまたここに来たいと思う楽しみも出来たな……」
「い、いや、アンタは……はあ~……まあ良いか! 次はこうはいかないからな! 覚えておけ、ムソウ殿」
もはや、全てを諦めて吹っ切れた様子のギラン。はたから見れば出禁になりそうな俺に、再戦を挑んでくるのは、俺の方も凄いなと思わず感心してしまった。やれやれと思いながら、ギランと固く握手する。
「もちろんだ。次も楽しみにしている。また、ツバキが里帰りするようならここで遊ぶとしよう」
「おう! 最後までマルドを楽しんでくれて感謝する! ツバキちゃんもリンネちゃんも頑張れよ!」
「はい。次もおじちゃんに勝てるように頑張ります!」
「リンネも~!」
ツバキとリンネの二人にそう言われたギランは嬉しそうに二人の頭を撫でた。
そして、俺達はギランと同じく悔しそうな顔をしている従業員たちに別れの言葉を言って、カジノを出た。
ふと、立ち止まり、暗い町の中で一番に輝くカジノに振り返る。未だに人の出入りは多い。本当に、俺達の稼ぎなどあっという間に取り戻すんだろうなと思い、再びツバキの家を目指して歩いていった。
街を進みながら、ツバキはあちこちに視線を移しながら故郷の光景を目に焼き付けていた。当分はまた帰って来られないからな。しっかりと余韻に浸らせようと思っている。
しかし、ゆっくりと歩いていると、リンネから急かすように腹の虫が聞こえてくる。あれだけ昼に食べたというのに、仕方のない子だなと思った。
ずいぶんと遅くなったが、メリア達にはしっかりと伝えているはずだ。若干不安だが、怒ってないよなあと思いつつ、少々早歩きになっていた。
「あの、ムソウ様」
「ん? どうした?」
「ここを発つのはいつにしましょうか?」
「お前に合わせる」
「そうですか……では、明後日ということでよろしいですか?」
「ああ。構わない。明日中に、悔いのないように挨拶を終わらせておけ」
「はい……」
少しばかり、寂しそうな顔で頷くツバキ。何なら期間を延ばしても良いと言ったが、クレナではシロウ達の祝言も控えているということで、出来るだけ早く帰って、予定を組むようにしたいと言って了承した。
俺の方は、この街の皆には特に、関わりが無かったので、挨拶などはもう終わっている。明日はクレナに帰る準備を整えることにしよう。
リンネは子供達に会ってくると言うことなので、明日はツバキとリンネが外に出ていく代わりに、俺がタクマの店を手伝うことにした。
「お手数おかけします」
「気にすんな。さて、明日に備えてさっさと帰るとしよう。いい加減、リンネの腹も限界そうだからな」
「むぅ……おなかすいたぁ~」
段々と元気が無くなってくるリンネを肩車してやった。そして、気を紛らわせるためと、ツバキが、コウカが入ったコウカの人形をリンネに手渡す。
リンネは、街の夜景を見せつけるように人形を掲げながら、俺の肩の上ではしゃいでいた。そういや、エンヤ達の時代、この辺りはどんなだったのだろうか。さっきまでの間に聞いておけば良かったな。
そうやって、昔と今を比べたりするのも面白いと考えながら、マルドの街中を進んでいった。
やがて、大通りを抜けて、ツバキの家へと続く道に入る。大通りに比べて、更に夜も更けていて俺達の足音しか聞こえないほどの静寂の中、何となく俺達は黙っていく。
だが、その中でもリンネの腹の虫は鳴りやまない。一つ鳴る度にリンネは恥ずかしそうに苦笑いし、ツバキはクスクスと笑っていた。
少し急ぎ足に進んでいくと、ツバキの家が見えてくる。灯りはまだ点いていた。
それが見えた途端、リンネは俺の肩から飛び降りて、玄関に向けて駆けて行く。
「おそくなってごめんなさ~い!」
家に向かってそう叫ぶリンネ。謝罪から入るとは思わなかったと、ツバキと顔を見合わせて笑った。
しばらくすると、玄関に人影が浮かび、ガララっと戸が開く。
「おかえりなさい、リンネちゃん。話は聞いたから、大丈夫よ。沢山、稼いだ?」
家から出てきたメリアはにこやかにリンネを迎えて頭を撫でていた。
「うん! リンネ、がんばった~!」
「そう。今日は存分に楽しめたみたいね。その分だと、お腹も空いているかしら?」
「うん! おなかぺこぺこ~!」
「ふふ、じゃあ、すぐに入りなさい。沢山用意しているから。貴方達もね」
リンネを家の中に入れながら、俺達に視線を向けるメリア。どうやら怒ってはいないようだが、若干眠たそうな顔をしている。
気まずい思いをしながら、ツバキはメリアに頭を下げていた。
「お母さん、ごめん。ちょっと遅くなっちゃった」
「まったく……まあ、今日は恐らくムソウさんに引っ張られたんでしょうけど、あまり心配かけないでよね」
メリアの優しい言葉に、ツバキはコクっと頷き、家の中に入っていく。
……違うんだけどな。カジノにはツバキに連れて行かれた様なものなんだが……。そう思ったが、言うほどの事でも無いと思い、俺も家の中に入った。すでにタクマは眠っているらしい。三人でそっと部屋に戻り荷物を置いて着替えた後、居間に向かった。
用意されていたのは大きな魚の煮物。尾から頭まで全て揃っている。全部食べられるかなと思っていたが、リンネが勢いよく食べていた。白身なのだろうが、しっかりと味がついていてどれも美味い。というか、骨も食うことが出来て、何とも食べやすいものだった。
「メリアおねえちゃんのりょうり、やっぱりおいし~!」
昼間あれだけ食べたというのに、リンネの口は止まらない。リンネの中で飯が美味い順位というものがあるとすれば、今日のリエン商会の物よりも、メリアやたまの料理の方が上らしい。
眠たそうにしていたメリアも、元気を取り戻し、いつもの調子になっていく。
「ほんと、良い顔して食べてくれるから嬉しいわ。でも、それもあと少しなのよね。いつクレナに帰るのか決めたの?」
「うん。明後日にする。今日、ギランおじちゃんにも挨拶できたしね。だから、明日はハンナちゃんとかカイガさん、マーシュさん達にも挨拶に行くから」
「リンネも、シオリちゃんたちに、さようならしたい!」
「あら、分かったわ。じゃあ、明日もムソウさんが家の手伝いに?」
「ああ。今日買ったものをタクマにも渡したいからな」
「了解。明日、起きたらあの人に伝えておくわ。さ、早く寝たいから、ちゃちゃっと食べちゃって!」
俺達は頷き、メリアが用意した料理を食べていった。
夕飯後、ツバキとリンネを風呂に行かせて、俺は神人化してメリアと一緒に皿を洗った。なるべく早く終わらせようと少し力を入れるとメリアは喜んでいた。
その後メリアは、部屋に戻り、俺もツバキの部屋に向かった。長くやっていなかった無間を手入れしたり、今日皆で集めた金をどう使うか等、色々とやっているうちにツバキとリンネが風呂から上がってくる。
交代で俺が風呂に入り、ゆっくりと疲れを落とした。今日も色々とあったなあと天井を見上げる。
モンクを発つ前にリエンとしっかり語り合うことが出来たのは良かった。予定していた会食とは程遠いものだったが、同じく一団を率いる者としての話が聞けて満足だった。今後も、いい関係を築ければと俺も思っている。
ギルドに行ってジーゴ達と会えたのも良かった。何をやらかしたかは知らないが、元気にやっているようだから大丈夫だろう。いずれクレナに来るとも言っていたし、その日を楽しみにしておくとしよう。
まあ、その前にクレナに戻ってバッカスの様子も見ておかないとな。入れ違いにならないと良いが……。
カジノは……楽しかったな。まさか俺が提案した遊びであそこまで稼げるとは思わなった。正直、あの大金は予想外である。それも、エンヤは置いておいて、リンネが一番儲けるとはな。
後半は、エンヤが出来るだけリンネが勝つように勝手に動いていたからな。エンヤの子供は娘だったという話を聞いたが、それでリンネやたまに優しいのかな。
少し、優しすぎると言うか過保護な気もするがな。それで困ることは無いから別に良いんだが……。
さて……今日は初めてツバキの怒りというのを直接感じたな。ああなるのかと、思い出しながら思わず身震いする。サヤとは違う感じの怒り方だった。本当、ゆっくりと近づいてきて、確実に息の根を止めるような、首筋に刃を当てられるような感覚になった。
俺も皆から怖いと言われることが多いが、ダイアンやジゲン達もツバキが怒った所を見たら、考えを改めてくれるだろう、
……そう言えば、ツバキとジゲンを除いて、俺の屋敷内で怒ったら一番怖い奴というのは誰だろう。コモンは……怖かったな。皆もそう言っていたし、闘宴会も怯えていたことだし。
地味にたまとリンネが一番怖いかも知れない……何だかんだ、いつも楽しそうな奴ほど一番怖いというのは世界が変わっても、変わらない理屈だと思っている。
あの二人に対しては、何時までも優しく接していこうと誓った。
さて、少しばかりくだらないことを考えてしまい、風呂の湯がぬるくなってきた。沸かし直すのももったいないと思ったので、そのまま上がった。
着替えて部屋に向かうと、既にリンネが獣の姿で布団を被り、ツバキの横で寝ていた。器用に尾で、コウカの人形を包み込んでいる。
そっと中に入って静かに座り、リンネの頭を撫でてやった。
「意外と、疲れていたのか?」
「朝から船旅、お買い物、カジノ、でしたからね。私も今日は意外と疲れましたね……」
そう言って、大きな口を開けて欠伸をするツバキ。にやにやと見ていると、恥ずかしそうにして顔を逸らした。
「……意地悪です」
「お前も、もう寝とけ。灯り消すぞ」
「はい……おやすみなさい……ムソウ様……」
頭を撫でながら寝かしつけると、ツバキもゆっくりと静かになっていき、寝息を立て始めた。少しだけ布団を直し、リンネの頭も最後に撫でてやった。
ふと、コウカの人形が手に当たった。俺は苦笑いしながら、口の前に人差し指を持ってくる。
「……内緒だからな」
そう言って、灯りを消して俺も布団を被った。こうなると、俺も眠たくなってくる。明日は手伝いをしながら家の手伝いと、俺の用事を済ませることになる。
早く起きないとなと思いながら、俺の意識は深いところに落ちていった……。
◇◇◇
翌朝、誰よりも速く起きた俺は、ツバキとリンネを起こさないように着替えた後、顔を洗って居間へと向かった。すでに台所ではメリアが朝飯の支度と、ツバキとリンネの弁当を作っている。
声をかけてから居間へと向かうと、タクマが茶を飲んでいた。
「よう、昨日は遅くなってすまなかったな」
「ああ、ムソウさん。おはようございます。楽しめたようで何よりです」
顔を上げたタクマに、一応頼まれたものを買ってきた報告と、今日の手伝いの計画、それから、明日、クレナに発つことを説明した。タクマは頷きながらフッと笑みを浮かべる。
「寂しくなりますね……」
「また里帰りさせてやるさ」
「ありがとうございます、ムソウさん。ツバキの事、これからもよろしくお願いします」
改めて頭を下げるタクマに、もちろんだと頷いた。
その後、朝めしが出来るまでの間、買ってきたものを異界の袋から出していき、荷物の確認を行う。タクマは数量を確認すると、立て替えた金を払ってきた。
しかし、今日まで世話になった礼にと、それは受け取らず、代わりにいくつか手芸の材料と、工芸品を買った。これで、この店でも土産を買うという目的は達成したと、一安心していると、ツバキとリンネが起きてきて、朝飯も出来上がる。
居間へと向かい、皆で朝食を食べた。
「さて、ツバキとリンネちゃんは、今日はどこに行くんだい?」
「市場と、こないだ手伝ってくれた皆の所に行くつもり」
「シオリちゃんに、じゃあねっていってくる~!」
「分かった。あれから安全になったとは言え、路地裏には行かないようにね」
「もうそんなことしないってば」
一応は、リエン商会とマルド商会、それにターレン商会の三商会と、騎士団により、違法な商売をする商人達は殆ど撲滅したと言っても良いが、店を持たず、商会にも与していない奴らに関しては、未だ根絶したとは言えない。
引き続き、騎士達の警らを強化するとともに、街の人間達は路地裏など人目に付きにくい場所へ入り込むのは禁止されている。更に念押しするタクマの言葉にツバキとリンネは何度も頷いていた。
「さて、俺はどうしようか?」
「前と同じようにして構わないわ」
「暇になる時間はあるだろうか。明日の準備もしておきたいんだが」
「多分、昼過ぎくらいには落ち着くと思いますので、そこから夕方にかけては大丈夫ですよ」
「分かった。俺の方はのんびりとしておこう……」
そうは言っても、この家に置いて、俺は客人であり、年長者でもある。最後の最後は、少々ゆっくりしたって誰も怒らないと感じていた。
静かに、何も起こさず過ごすことにしよう。
さて、飯を食い終えた後、ツバキとリンネは支度を整えて家を出ていった。
二人を見送ったのち、洗濯と家の掃除を終えて、タクマの店の商品を並べたり、店の前の掃除をしたりした。
棚も全て埋まっているということで、昼前から客足が増え始め、相手をしているうちに午前が終る。タクマと交代で昼飯を食った後は、言われていたように、客足が途絶えて来たので、俺は部屋に戻って荷物の確認を行った。
と言っても、大事なものや買ったものは全て異界の袋に入っているので、ほとんど装備品の確認だった。
無間と鎧は問題なかったが、手甲の皮の部分が少し剥げて来ていることに気が付く。それから、長く着ていた羽織にも所々ほつれていたり、生地が少なっている個所などがあった。
九頭龍との闘いの後、修復したと言っても、完全にしたわけでは無いし、その後も、エンヤやジゲンとの手合わせもあったからな。
金も手に入ったことだし、コモンとヴァルナに、装備の一新を頼んでも良いかも知れない。帰ったら諸々相談してみることにしよう。
後は、ツバキの装備だ。と言っても、ここには鎧しかない。これに関しては、クレナの事件で完全に破損したものから新品同様に修復したからな。スキルもあるし、ほとんど傷が無い、というか、新品そのものだ。綺麗に使っているものである。
ツバキの鎧は当分の間、変えなくても良いだろう。もしくはもう少し軽いものに変えてツバキの動きを良くさせるか、それ用の装備品を新たに買うか、もしくは作ってもらうかだがな。
リエン商会で買った魔物の素材にはどんなものがあるのだろうかと興味は沸くが、俺が素材を見た所で何も分からない。天宝館での楽しみに取っておこう。
お、素材と言えば、アティラから貰ったものもあったな。龍族の素材は珍しいということだから、ありがたく使わせてもらおう。牙や鱗一枚といえど、龍族のものだからそれなりに大きい。これで、鎧や手甲の強化が出来れば、文句は無いだろう。
さて、そうやって荷物の確認を終えた頃に、メリアが買い物に出かけていく。帰ってくるまでの間に、晩飯の下ごしらえとタクマの手伝いを頼まれたので、最初に台所に向かった。
ちっともゆっくり出来ないなと苦笑いしつつ、まな板に向かった。今日はタスタという麺類の料理と、何かしらの魚介料理と汁物が並ぶと言っていた。
最後の晩飯はツバキの好きなもので埋めると張り切っていたので、メリアの気持ちに応えてやるため、綺麗に野菜を切っていった。
その後、タクマの手伝いに行くと、メリアと一緒に、ツバキ達も帰ってきた。途中で合流したらしい。まだ、店が終っていないうちにリンネが駆けてきて飛びついてくる。俺が抱き上げると、客に来た者達は、こぞってリンネの頭を撫でたりしていた。
「シオリ達とはちゃんとお別れできたか?」
「うん! また、あそぼってやくそくした~!」
嬉しそうに語るリンネを見て、買い物に来ていた家族連れの子供達も、リンネとまた遊ぼうと言ってくる。一人一人に嬉しそうに頷くリンネを見ながら、クレナに帰ったら、今度は、たまと一緒に、クレナでも多くの友達を作ってくれると嬉しいなと感じていた。
いや、ひょっとしたら、既に居るかも知れないな。今のように、リンネの知らないことはまだまだたくさんある。それらを知っていく事も大事な事なんだよなと一人、頷いていた。
「よし、じゃあ、ツバキ、悪いがこのままこっちを手伝ってくれ。特にツバキは、最後に親孝行しておけ」
「え……あ、はい」
「リンネはメリアと一緒に晩飯の用意だ。今日はお前が美味い料理を作ってくれよ」
「は~い!」
俺の急な指示にも関わらず、ツバキは支度をしてタクマと一緒に仕事をし始め、リンネはメリアに連れられて家の中に入っていった。
ツバキの方には最後に親孝行しておけというつもりだったが、買い物に来ていて、ツバキが今日行けなかった昔馴染みの者達とも、別れの挨拶が出来たようで、後でタクマに感謝された。
その後、日が暮れて仕事を切り上げ、皆で晩飯を食べた。クレナの皆に迷惑をかけたら駄目だの、毎日きちんとご飯を食べろだのと言う両親の言葉に、ツバキは分かってると、何度も頷いていた。
鬱陶しそうにしていたが、どことなく嬉しそうな顔をしている。微笑まし気に眺めていたが、ツバキとリンネを泣かせたら許さないと最後にメリアに言われて、少しドキッとしながら俺も二人に頷いていた。
◇◇◇
翌朝、俺達は準備を整え、少しばかりツバキの部屋を掃除した後、朝めしを食べて家を出た。見送るメリアとタクマにツバキは振り返る。
「じゃあ……行ってきます!」
たった一言そう言って、ツバキはニコッと笑った。もっとないのかと思ったが、タクマもメリアもクスっと笑みを浮かべて頷いた。
「うん。ムソウさんの所で、頑張ってね」
「偶には手紙を送るのよ。私達も返すから」
二人の言葉に、大きく頷いたツバキ。くるっと回って二人に背中を向ける。羽織に就いている頭巾を被り、俺達の方に歩いてきたのを確認し、俺とリンネも二人に手を振って、家から離れていった。
町の中を歩きながら、ツバキはずっと黙っている。少しだけ俯いていて、リンネがその顔を覗き込もうとしていた。
そんなリンネを抱き上げ、そっとしておくようにと、言っておいた。
その後、マルドの街を出て、リンネにトウウの姿に変化して貰った。
ツバキはそのまま、黙ってリンネに跨る。俺もそれに続き、ツバキの肩に手を置いた。
「帰るぞ。準備は、良いか……?」
俺の問いに、ツバキは黙って静かに頷く。リンネに合図すると大きく翼を広げて上空へと飛び立った。
すると、ツバキは顔を上げて、マルドの街を眺めた。海面が朝日できらめき、幾つもの漁船が海に出ている。ここからでもわかるくらい港も、街もにぎわっているようだ。
しばらくそれを眺めていたツバキだったが、目の辺りをごしごしと拭い、スッキリとした顔でこちらに振り向いた。
「お待たせいたしました。帰りましょう、クレナに」
「腫らした目で地図が読めるか? しばらく、俺に体を預けておけ」
「いえ……大丈夫です! では、リンネちゃん、お願いします!」
「……!」
ツバキの言葉に、リンネは大きく頷き、クレナの方向に向けて飛んで行った。
やはり、実際にタクマ達と別れたら、何かこみあげてくるものがあったようだな。泣いてはいなかったようだが、周りは見えていなかったようだ。
マルドの街中から門の所まで、俺が知っている顔も含めて何人か見送りに来ていたというのは黙っておこう。
さて、色々とあったが、ツバキの里帰りはこうやって終わったわけである。
俺の方も、グレンに会いに行くというだけだったが、ここでも転界教関連の事件に巻き込まれるとは思わなかったな。
だが、奴らに関しての重要な証人も証拠も回収することが出来たから、ある意味「儲けた」と思うことにしておこう。
懐も随分と温かくなったしな。これで胸を張って帰ることが出来る。
……っと、やはりしばらく飛んでいるとツバキが俺に体を預けてくる。やれやれと思いながら、体を支えてやった。
そういや、ここにマルドに行った最初の日、タクマ達と色々と話をしたな。
何となくそんなことを思い出し、顔が熱くなってくる。クレナに帰るまでに冷めてくれるとありがたいなと思いながら、リンネの背中でゆっくりとしていた……。
これにて、ツバキの里帰りは終わりました。最後、駆け足になって申し訳ありません。ネタ尽きました……。
今回描きたかったものは、ツバキとリンネとムソウの関係性を高めるようなものでしたが、上手くいけてましたでしょうか。どちらかと言えば、リンネとツバキの関係が加速した感じですね(あとエンヤも)。
ムソウさんの闘いよりも、ツバキ奮闘編などは楽しく書いていました。
そして、転界教の事や、十二星天内の問題、コウカの一大決心など、さらっと次につなげる為のストーリーも描くことが出来て良かったです。
皆さんのご感想、お待ちしております。
次回は再びのクレナ編。シロウとナズナの祝言を軸に、天上の儀など、ムソウを取り巻く世界の情勢などをお伝えします。正直、ムソウさんの活躍などはあまりない、休憩編と受け止めてください。
私もしばらく休息と受け止めて、次々回のコクロ編、ゴルド編への英気を養っておきます。
では、また。




