第347話―コウカの意志を聞く―
さて、俺はコウカにクレナで起こったことを話した。
十二星天と呼ばれる、邪神大戦の際にエンヤ達と共に闘った者達のEXスキルを継いだ者達、その中に居たシンジという男が、かつてコウカの護衛を務め、更に鬼族の指揮官であったシンキだということを話すと、コウカは驚いていた。
「シンキに……会えたの?」
「ああ。あれからすぐにな。今も元気に宰相やってるよ。お前にまた会うことがあったら、「元気にやっています。また皆でお会いしましょう」と伝えてくれって言われていた」
「そう……シンキが……」
長年、自分の一番近くに仕えていた男が今も人界で生きているということを知り、安心したようだ。
そしてコウカは、懐かしいものを思い出すかのような目をして、口を開く。
「……良かった。シンキが生きていてくれて……私、嬉しい」
「そうか。今度伝えておくよ。実はさっきまで一緒に居たんだがな……」
「そうなの? あの頃からシンキは、頑張り屋さんだったからなあ。今日もお仕事だったの?」
「まあ、そんなところだ。いつも忙しそうに、人界王と、この世界を護っているよ」
「そう……」
優しく微笑みながら、コウカは黙った。昔のシンキの事でも思い出しているのだろうか。今度会ったら、伝言はきちんと伝えたと言うことを、伝えておこう。
「それでな、コウカ。まだ、驚いたことがあるんだが……?」
「なに? 聞かせて、ザンキ」
ハッとした様子で顔を上げるコウカに、刀精の祠に行った時の事を話した。エンヤだけでなく、ハルマサ、ちっこいツバキ、ナツメ、アキラ、トウヤ、そして、タカナリもそれぞれ十二星天や、領主の持ち物に宿っていたことや、魂だけの存在となっても、俺と再会したと伝えると、コウカは更に驚いた様子になる。
「え……ザンキ、皆と再会できたの?」
「ああ。あれには驚いたな……」
「前に頭領さんが来た時は、タカナリ様もサヤ達と一緒に行方知れずになったって聞いたけど……もしかして、サヤとシンラにも……!?」
前のめりのコウカに、悪いと思いながらも、俺は苦笑いして首を横に振った。
「いや……サヤを最後に見たのはタカナリだということは分かったが、その後サヤがどうなったのか、カンナがどうなったのかは分からなかった」
「そう……なんだ……」
コウカはガクッと項垂れる。ようやく、シンラ……カンナと再会できると思ったのだろう。その希望を打ち砕いて悪いと思い、コウカの頭に手を置いた。
「すまねえな。ぬか喜びさせてしまった」
「……ううん。一番辛いのはザンキだって、知ってるから……ごめん。取り乱しちゃったね」
「俺は、大丈夫だ。おかげで、タカナリ曰く、サヤの最後の足取りは分かったから、それだけで充分だ」
「足取り?」
「ああ。行方知れずのうち、お前の魂は何故か、ここの魂の回廊に居るということは、俺が確認している。冥界に行かない理由は分からないが、少なくとも、そのまま輪廻転生、もしくは無に帰すということは無いから皆も安心している。
そして、カンナの方は未だ分からないが、タカナリが言うには、サヤはカンナの魂が大地に無いことを確認した後、冥界に向かって行った。冥界は、死んだ生き物の魂の行きつく先だからな。何か、手がかりが無いかと、向かったようだ」
その結果、理由は分からないが、サヤは人界に戻ってこなかった。カンナと会うことが出来たが、そのまま魂だけのカンナを人界に戻したうえで当時、行方不明だったコウカを探すということが困難だと判断したのか、そのまま、エンマの居る冥界に残ったということが考えられた。
そして、壊蛇の襲来で発生した、次元の歪によって弱くなった結界をケアル率いる天界の神族と、エンマ率いる冥界の鬼族が、前よりも強固にしたことで、三つの世界の繋がりが絶たれたことで、サヤも人界に戻ることが出来なかったのではと、コウカに説明した。
「だから、冥界に行けば、サヤに会えるかも知れないし、会えないにしても、エンマに聞けば、二人の事も分かるかも知れないってことが分かった」
「冥界……ね。私もここから出ることが出来ないのに、行く事が出来るの?」
「そこで詰まってる。冥界に行くには、一度死なないといけないみたいだからな……」
流石にそれは無理だと言うと、コウカは申し訳なさそうに頷く。
だから、コウカの願いを聞く時は、長くとも、俺が寿命で死んだときか、邪神族を倒して、大地を本当の意味で平和にすれば、世界を隔てる結界も無くなるかも知れないので、コウカもサヤやシンラ……カンナに会えるかも知れないと言ってやった。
「だから、もう少しだけここで待っていてくれないか? ようやく目途が立った……必ず、お前とカンナを再び、会わせてやるから」
「うん……信じてます、“古今無双の傭兵”さん」
「おう。任せろ」
頭を下げるコウカに、笑って頷いてやった。
「私も頑張ってみる……ということで相談があるんだけど……」
「ん?」
コウカが相談? 何だろうか……。
「相談って何だ?」
「うん。あのね、こないだ頭領さんがここに来て、ザンキと一緒に大地に向かったのを見届けて、あれからずっと考えていたの」
「何を考えていたんだ?」
「……私がここを出られる可能性……かな」
思わず、目を見開く俺にコウカは説明した。
以前、エンヤがここに来た時、エンヤは言っていた。このコウカの魂の回廊に俺が来るときは、魂を構成する意識の部分だけだと。その気配を追って、エンヤはここに来ることが出来て、帰りも俺の意識を追って、大地に帰ることが出来た。
このことから、壊蛇の襲来で強固になったと思われる結界の影響で、天界、冥界、大地は例え鬼族や神族であっても、自由に行き来出来ないようになってしまった。
しかし、魂の回廊に関しては話は別だと思ったコウカは、これから俺が人界にある俺の肉体に戻る際に、一緒に大地に帰ることが出来るのではないかと思っているようだ。
「理屈通りなら、私も頭領さんと同じ様に出来るかも知れない」
「それは……そうだな……だが、大地に戻ることが出来たとして、その先はどうするんだ?」
大地にコウカの魂が戻ることは出来ても、そのままだと、すぐに魔物の餌食になってしまうか、そのまま無に帰してしまう可能性がある。
それならば、来るべき時まで、ここに居た方が安全だと思った。
しかし、コウカはすでに意志を決めているらしく、俺をまっすぐと見つめてきた。
「その時は、私もザンキの持ち物とかに刀精として宿ることが出来ればと思ってるの。依り代があれば、私も大地で魂を残すことが出来るから」
「まあ……それはそうなんだが、何で急にそんなことしたいって思ったんだ?」
「それはね……私もここに居るだけじゃ駄目だって感じたから。ザンキに頼るだけじゃ駄目だって。
シンラに会いたい……ただ、それだけで、私はずっとここに居る。でも、皆の話を聞いたら、今も人界は大変な状況なんでしょ? シンラに会う前に、私は、シンラとの子孫達を……子供達を護らないとって思って……」
コウカの目は真剣だ。そんなコウカの思いに応えるべく、俺が居るのだが、人界で居間も起こっている邪神族の暗躍を俺達から聞いて、そんな状況の中で自分だけがカンナと会いたいとは思っていないらしい。
祈るだけだったコウカが、自ら人界を護りたいと思っていることに、何となく可笑しな気持ちになり、笑ってしまった。
「……お前が、大地に帰ったところで、頑張るのは俺なんだが……?」
「私も、出来ることはするよ。鬼族の姫として、冥界王の娘として、そして、初代人界王の后として、ザンキの手助けをすることだって出来るわ」
「豪気なもんだな」
「どこかの傭兵さんの奥さんに、影響されちゃったかな。祈るだけじゃ駄目なの。私も、皆の力になりたい。ちゃんと、カンナやサヤと再会した時に、心配しなくて良いんだよって、言えるように……もう、二人に心配されないように、私も動きたいんだ」
「そうか……」
色々と考え、少し悩んだが、こういう女は俺が何を言っても無駄だ。止めても自分のやりたいことをやるのだろう。
だから俺は、何も言わずに、やれやれと頭を掻いた。
「はあ~……分かった。じゃあ、俺についてくるのは認める。多分もう少ししたら、俺も目を覚ますだろうから、その時に、また話しかけてくれ。依り代となるモノを決めるとしよう」
「わかった。ありがとう、お義父様」
「……だから、その呼び方は辞めろ。ただ、状況によってはシンキに改めて、お前の魂を渡すことになるが、良いか?」
「シンキが良いって言うのなら、良いよ」
多分、喜んで引き受けると思うぞ。正直、冥界王と呼ばれる男の娘の魂を、俺が管理するというのは、何となく気が引ける。
流石にシンキを今日のうちに呼び戻すというのは辞めておくが、コウカの目論見が成功したら、クレナにシンキを呼んで、刀精の祠でシンキに事情を説明して、押し付けるとしよう。
再び、同じ娘の護衛をすることが出来るんだ。シンキも喜ぶだろう。
さて、そんなことを思っていると、俺の体がぼんやりと輝き始める。やはり、仮眠だからか、いつもよりここに居られる時間は短いようだ。
「おっと。もう……か。いきなり本番だが、大丈夫か? この空間に未練はないか? 何千年もここに居たんだろ?」
「時間の感覚なんて、ほとんど無いよ。それに、こんな白いだけの寂しい空間に、未練なんて……もう、貴方がここに来た時点で、覚悟はしていたから」
「あ、なるほど。それで俺に会いたかったのか……わかった。そうとなれば、俺は大地に帰る。しっかりと追ってこい」
そう言って、コウカの頭を撫でると、ニコッと笑って、俺の手を両手で包み込むコウカ。
「あったかい……必ず、成功させて見せるから……」
「ああ……さっさと、来いよ……コウカ……」
そのままコウカを抱き寄せて、俺は目を閉じた。俺から溢れる光は強さを増していく。
思わず目を閉じた所で、いつものように俺の意識も、徐々に落ちていった……。
◇◇◇
「……さま! おししょーさま!」
「ムソウ様! 起きてください!」
気が付くと、俺は暗闇の中で、必死そうなリンネとツバキの声を聞いていた。
……ああ、暗闇じゃない。目を閉じているだけだ。ゆっくりと目を開けると、予想通り、どこか必死そうなリンネとツバキの顔が目に映った。
「ああ……二人とも、帰って来たんだな。おはよう」
「おししょーさま、おきた!」
「こんな時に、呑気ですね! これはどういうことなのですか!?」
体を揺さぶってくるツバキを尻目に大きく欠伸をかく。窓を見ると、空はほんのりと赤い。あれから、夕方頃まで眠っていたようだ。
「結構眠っていたんだな……今晩、普通に眠ることが出来るのか怖い……」
「そ、そんなことより……ムソウ様! これは、何なのですか!?」
ツバキはなおも必死そうに、俺の体を掴んでくる。そして、リンネと一緒に俺の顔の横を指さしていた。
何だろうかと思い、そちらに顔を向けると、そこには光る球のようなものがふわふわと浮かんでいた。
「ん? ……ああ、なるほど……」
俺は、眠気にさいなまれつつ、全てを理解してその光の球に手を伸ばした。暖かな波動が、手を伝わってくる。
「……成功、したのか?」
―うん……そうみたい……―
「そうか……そこから姿を変えて、コイツ等にも事情を話すことは出来るか?」
―……やってみる―
突然現れたであろう光の球と何か言っている俺に、呆然としているツバキとリンネ。
取りあえずこれは問題ないと言って、光の球の様子を見守る。
これでも、鬼族の魂だ。依り代が無くても、精霊族のように姿を変えて、普通の人間とも話をする事が出来るのではないかと思ったが、どうやらそれは正しかったらしく、光の球は輝きを強めていった。
「まぶし~!」
「何が!?」
「落ち着け、二人とも。ちゃんと説明するさ」
慌てるツバキとリンネを制し、安心させていると、光の球は形を変えて行き、徐々に大きくなった。
そして、光が収まると、そこには、いつも、魂の回廊で見ていた、桃色の髪に巫女装束の鬼族の娘、コウカの姿があった。
「「……え?」」
気の抜けた二人の声と共に、流石、鬼族だと感心する俺。
「形を変えることは出来たみたいだな。話すことは出来るか?」
「え~と……どう?」
少し恥ずかしそうに、俺の顔を見上げるコウカ。きちんと声も聞こえてくるし、問題ないと思った。
「ばっちりだな。じゃあ、二人に説明を……って、どうした、お前ら……?」
改めて紹介をと思い、ツバキとリンネを見てみると、ぽかんと口を大きく開けて固まっていた。リンネはともかく、ツバキまでそうなると、どうしていいのか分からない。
「む、ムソウ様、そ、そちらの方は……!?」
ようやく口を開いたツバキだったが、珍しく慌てている様子で、何となく新鮮な気持ちになる。
……あ、斬鬼が強い光で点滅している。姿を現したコウカに、アイツが反応しているのかも知れない。
コウカは不思議そうな顔で、ツバキとリンネ、そして、斬鬼を目にした後、俺の顔を覗いてきた。
「ねえ、ザンキ。この子達は? それに、あの刀……」
「ん? まあ、そうだな。やはり、急にお前が出てきて、少々驚いたみたいだ。ちょっと待ってろ」
そう言って、輝く斬鬼をツバキに渡した。
「あ、え……?」
「驚いている所悪いが、アイツを出してくれないか? 話すだけなら、そこまでの力は要らないんだろ?」
「え……ハイ……あの……?」
「大丈夫。コイツは、俺の知り合いだから。リンネも、安心していろ」
「へ……あ、うん……」
口を開けているリンネだったが、俺の言葉には頷いた。なおも、コウカの方を見ていたが、コウカが、フッと笑みを浮かべて手を振ると、何か人見知りするように、ツバキの後ろへと下がる。
これもまた珍しい反応だな。まあ、相手は鬼族で、魂だけの存在だからな。普通の生き物とは違うというところに、違和感があるのかも知れない。
この状況を打破するためには、やはりエンヤの力も必要だと思い、ツバキを少々急がせた。
一体何が起きるのかと半信半疑気味のツバキだが、言われるように斬鬼に手を置いて、瞑想した。
「暴れるのは無しです……偶像術・奥義・闘鬼神」
「闘鬼神?」
ツバキの技名に、首を傾げるコウカ。闘鬼神の名は、コウカも知っているからな。不思議そうに、ツバキを眺めている。
コウカが見ている前で、ツバキの手の中にあったザンキは輝きを強め、そこから刀精としてのエンヤが姿を現した。
「……あ」
「おい!」
ポカンとするコウカだったが、それとは反対に、姿を現した途端、コウカの肩をガシッと掴むエンヤ。その姿をまじまじと見つめている。
「何で!? 何が起きた!? 何でお前がここに!? 魂の回廊から出られなかったんじゃねえのか!? というか、本物か!? 邪神族とかが変装してんじゃねえよな!?」
「あ、う、と、頭領さん、落ち着いて……本物だから……」
「いやいや! 何が起きたんだって! どうやってここに!?」
「と、頭領さんの真似しただけだよ……ザンキの意識を追って……というか、頭領さん……凄く怖い……ね」
「いや、それは……」
体を揺さぶられ、疲労の色を見せるコウカからいったん手を放すエンヤ。
直後、俺の方にパッと視線を移し、今度は俺の両肩を掴んだ。
「どうなってるんだ!」
「良いから放せよ。ちゃんと話すから……」
「お前は、訳わかんねえことする天才か!」
不本意なことを言われてしまう。今回の件は、ほとんどコウカ一人の行動なんだがな。いつになく慌てているということもあり、エンヤを見たツバキとリンネもオロオロとする。
「ツバキ! なにかあったの!?」
そして、部屋の外からはメリアの心配する声が聞こえてくる。
このまま部屋に入ってきて、コウカの姿を見られると困ることになりそうなので、俺は扉に向けて声をかけた。
「あ、メリア。こっちは大丈夫だ。俺も居るんだし、何も心配ない」
「何の問題もございません」
……コウカも、メリアに大丈夫だと話す。更に慌てるメリアの声が聞こえてくる。
何で、お前が話すんだと、コウカを叱って黙らせた。
「ちょっと、ムソウさん!? 今の声は――」
「何でもない。本ッ当に何でもないから、安心してくれ……頼む」
半ば、懇願する気持ちでメリアにそう言うと、小さなため息とともに、返事が返ってきた。
「……わかったわ。また、ツバキとリンネちゃんに危ないことしたら、許さないからね」
「それは絶対に無いから安心してくれ」
「はいはい。じゃあ、私はご飯、作ってるから、そっちの用事は手短に、ね」
そう言うと、メリアは部屋を離れていく。
深くため息をついて、部屋を見渡すと、未だ固まっているエンヤとツバキとリンネ。
そして、気まずそうな顔で苦笑いしているコウカの姿があった。
「ごめん……ね?」
「まったくだ……さて……ひとまず皆、座ってくれ。経緯を説明する」
俺は皆を座らせて、まずツバキとリンネにコウカを紹介した。流石にツバキは、最初は疑いの方が強かったが、エンヤに本物だと聞いて、少し驚いていた。
「あ、貴女が……コウカ……様」
そして、コウカに向けて平伏する。この世界に生きるツバキにとっては、今も名が伝わっている、神話の住民だからな。
エンヤ達と比べて、衝撃は大きいらしくある意味、この世界の住民らしい行動に出る。エンヤと俺で顔を上げさせようとしていると、コウカがクスっと笑みをこぼす。
「そんなこと、しなくても良いよ。顔が見えないのは、嫌」
「そ、それは……」
「私の子孫……オウエンって言ったかな? その子は、こういうことを強要する子なの?」
「い、いえ、そんな事はございません」
「では、顔を上げてください。え~と……ツバキさん」
コウカの言葉に、ゆっくりと顔を上げるツバキ。コウカはツバキの頬に手を当てて、ニコッと笑った。
「綺麗な人だね。これから、私達も友達になるんだから、よろしくね」
「は、はい……恐悦至極にございます……」
勢いと思いっきりの良さは、サヤに似ているなと頭を掻く。
すると、リンネがコウカの手に顔を近づけてスンスンと鼻を鳴らしたりしていた。
不思議そうな顔をするコウカをリンネはジッと見つめる。
そして、コウカの手に手を伸ばした。しかし、リンネの手はコウカに触れることなくすり抜けた。
「わ! どうなってるの!?」
サッと手を引っ込めるリンネに、何か合点がいったような顔のコウカが口を開く。
「あ、ごめんね、驚かせて。私から何も匂いがしなかったから、不安になっちゃったかな? そして、触れなくてびっくりしたの?」
「う、うん……おねえちゃん、なんなの?」
「私は今、魂だけの存在だからね。触ることも、臭いをかぐことも出来ないんだ。今の頭領さんみたいに、誰かの気で疑似的な肉体を持っているわけでもないから、貴方達が悪意を持たない限り、私に何かすることは出来ないわ。無論、私も貴女達に何も出来ないけどね」
「わ!」
悪戯っ子のような顔で、コウカはリンネの胸の辺りに手を突っ込む。リンネは自分の胸から背中に突き出ている腕を見て、ギョッとした顔になり、ツバキの背中に引っ込んだ。
本気で怯えた表情をしているリンネを見ながらケラケラと笑うコウカ。やれやれと頭を抱えていると、エンヤがコウカの頬を引っ張る。
「おい! リンネを怖がらせるんじゃねえ!」
「痛たたたた! 頭領さん、痛い!」
「お仕置きだ! 大体、何でここに居るんだ!? ちゃんと、説明しろ!」
「だ、だから、頭領さんの真似しただけ! ざ、ザンキ! 助けて~!」
「二人とも、騒ぐな……説明してるから、黙ってくれ、エンヤ」
少しだけ、殺気をぶつけてエンヤを黙らせた。また、メリアが心配してここに来るだろうがと、皆に言い聞かせた後、コウカがここに来ることになった理由を説明した。
一番動揺しているエンヤの真似をしただけだと言うと、エンヤは、ああ、と額に手を当てる。
「なるほど……それで、コウカはここに居るんだな。だが、この後はどうするつもりなんだ? そのままじゃ、危ないだろ」
「うん。だから私も、ザンキの持ち物に憑依するつもり」
「で、落ち着いたらシンキに事情を話して預けようと思っている。流石に荷が重いからな……」
コウカが宿るものを最終的にはシンキの手元にという話は、今初めてしたんだが、若干コウカから抗議の目が向けられる。
しかし、エンヤとツバキは賛成してくれた。
「その方が良いですね。ムソウ様は常に危険な状況に追い込まれますから」
「その点、シンキは王城に居ることが多いし、何より、お前を護るものといえば、アイツが適任だ。ここは従ってくれ」
「む……皆と一緒に今の世界を見たかったのに……」
「我がまま言うな。平和になったら、ザンキを護衛にしてゆっくり回ったらいい」
ふくれっ面のコウカの頭をポンポンと撫でるエンヤ。コウカは納得したように、コクっと頷く。
「それで、私は何に宿ろうかな?」
「ああ、それなんだが……」
俺はひとまず、自分の道具や憑依しても大丈夫なものを並べていく。後でシンキの持ち物に宿るまでの、期間限定的なものになるので、壊したらいけないものは除外だ。
つまり、壊れても良いものなんだが、なかなか数は無い。闘いの時に使うクナイや針などの消耗品が主なところである。それらをジッと見ながらコウカは不満そうな顔をする。
「これだと……ザンキ、間違えて投げたりしない?」
「自分の事だから、何も言えないが、恐らく……異界の袋にずっと入れておくというのも出来るが……」
「異界の袋?」
袋を取り出すと、コウカは首を傾げる。あの時代には無かったものだからと、エンヤが説明した。その表情はどこか不満そうだ。
「保存したいものをずっとそのままの状態で保存できるって代物だが、これは辞めといた方が良いぞ。入れられた感覚はあるが、中に居る感覚はない。入れられたと思ったらすぐに出される感覚になって、朝だったのにすぐに夜になっていたりする感覚はどうにも気持ち悪いからな……」
あ、エンヤは無間に居る間は異界の袋の中に入っていたことがあったから、入れられるという感覚は知っているのか。話を聞く限り、本当に俺がこの世界に来た時の感覚に似ているようだな。
この袋を貰った時には違う説明を受けたが、どちらにせよ、変な感覚になることは間違いないようだ。
エンヤの説明を受けながらコウカは、苦い顔をする。
「むう……シンキの所に行くまででも良いから世界の事を見ておきたいな……」
先ほども言ったが、ずっと魂の回廊に閉じ込められていたコウカとしては、今の人界を見て回りたいようだ。そうなると、クナイなどに宿って異界の袋に入れたままというのは無しだな。俺が気をつければ良いだけの話だが、自信はない。闘いの時というのは、即座の判断でその場にあった武器を使うからな。うっかり、投げてしまわないことも無いだろう。
流石にコウカが宿ったものを敵に打ち込むようなことになるのは避けたいし、俺の場合、気に載せて撃つこともあるので、下手をすれば破壊してしまう。というか、その状況になることが多い。
武器は駄目だ。別のものに、と思い、コウカの魂の依り代は何にしようかと皆で悩んでいる時だった。
「あ……でしたら、良いものがあります」
ふと、ツバキが何かを思い出したかのように立ち上がる。
そして、箪笥を開けてごそごそと何かを取り出した。
「ありました……こちらは如何でしょうか?」
ツバキが取り出したのは、首飾り……なのだが、首から下げるひもには小さな人形が付いている。
それは、白い衣に赤い袴を身に着け、桃色の髪をした女を象ったもの。
コウカは目を見開き、それを指さした。
「それ……私?」
「はい。王都で購入したものです。コウカ様のお姿は今の時代にも伝わっているので、このようにお守りとして売られていたり、小さな子供達が遊ぶ人形としても販売されています。絵本なんかもありますね」
へえ……そうなんだ。店に入っても、子供向けの棚に行くことが無いから知らなかったが、世界中にコウカを象った玩具や商品というのが存在するらしい。
ちなみに、販売元は王城で、収益の大部分は城の維持費となっているらしく、結構売れているという。
たまの土産はそれでいこうと思っていると、コウカは立ち上がり、ツバキが手にしている首飾りをまじまじと見つめた。
「何か……恥ずかしい……」
「あ、申し訳ありません。ですが、凄く人気なのですよ。コウカ様とシンラ様にあやかり、夫婦仲や、恋愛に関しての運気を上げるものとして、女性に人気のものです」
「そう……なんだ……」
ちなみに、武運を上げる為のサネマサを象った御守りや、魔法使い向けのミサキを象った御守りもあるらしい。十二星天関連は、ミサキ発案らしく、アイツの性格が垣間見える。
呆然とするコウカに、エンヤは笑っていた。
「良いじゃねえか。それなら間違って捨てることも無いだろうし、何より、お前にぴったりだと思うぞ」
「……そうだね。わかりやすい……ね」
「問題はこちらを誰が身に着けるかなのですが……」
そう言って、ツバキ達は俺に視線を向ける。
改めて首飾りと言うか、御守りを見たが、どうにも女の子らしいと言うか、やはり子供っぽいと言うことで、少々難色を示す。
「これを……俺が? 変じゃないか?」
「……はい……変です」
即答されると、嫌な気持ちになる。
「そう、はっきり言われると……」
「ですが、違和感しかありません」
「俺もそれは思っているから別に良いが、人に言われるとすごく腹が立つのは何故だろうか」
「そう言われましても……わかりました。では、こちらは私が身に着けるとしましょう」
小さくため息をついて、ツバキがそう言った。コウカとエンヤが驚く中、リンネが声を上げる。
「え~! リンネがほしい!」
「いけません。こちらは大事なものですからね。遊んでいる最中に無くしたりしたら大変です。これは私が着けます」
「かわいいのに~!」
「それに、貴女に渡すと、食事の度に汚してしまいそうですから、駄目です」
「う゛……!」
普段から口の周りを盛大に汚すくらいの食べ方をするリンネは罰の悪そうな顔で黙ってしまう。
そこは、その首飾りをきっかけに頑張るということで良いのではないかと思ったが、自信は無さそうだ。コウカの依り代を汚すという未来を感じたのか、リンネは大人しくなった。
不満そうな顔をするリンネに優しく微笑み、ツバキが頭を撫でる。
「基本的に私が持ちます。ですが、貸してと言われればお貸しします。もちろん、色んな条件を付けますが、それらを護ってくださるのでしたら、リンネちゃんがこちらをお持ちしてもよろしいです。シンキ様にお渡しするその日まで、私とリンネちゃんの二人で、コウカ様をお守りしましょう」
その言葉を聞いたリンネはぱあっと顔を上げる。
「いいの!?」
「はい。約束を守っていただけるのなら」
「うん! リンネ、おねえちゃんとやくそくする! コウカおねえちゃん、まもる!」
「良い子です」
首飾りを手に取りながら、嬉しそうな顔をするリンネ。依り代になると決まったわけではないが、やる気満々な様子に、コウカは、クスっと微笑み、頷いた。
「わかった。じゃあ、その首飾りにしようかな。ツバキさんも、リンネちゃんも頼りになりそうだから」
「こちらの都合に従わせて申し訳ございません。ですが、私もツバキ様のEXスキルを継いでおりますし、リンネちゃんも守りに長けた能力を持っております。そして、いざとなったら、エンヤ様もいらっしゃいますので、必ず、コウカ様をお守り致します」
「フフッ、シンキよりも頼りになるかも……じゃあ、よろしくね、ツバキさん、リンネちゃん」
コウカの言葉に、最初は戸惑っていたと言うか、怖がっていたリンネもツバキと一緒に頷いた。
「それから、頭領さんも、また、よろしくね」
「ああ。ザンキと一緒に、必ずお前をサヤとカンナに会わせてやる。約束だ」
「頭領さんは約束を絶対守る人だからね。信じるよ」
エンヤは、コウカの言葉に強く頷き、頭を優しく撫でていた。
そして、コウカはリンネが手にした首飾りを手で包み瞑想する。すると、首飾りとコウカが共鳴するようにぼおっと光を放つようになった。
刀精として、首飾りに宿る準備を整えたらしい。コウカは最後に俺に目を向けてきた。
「じゃあ、ザンキ……いえ、お義父様。改めて、よろしくお願いします」
「だから、その呼び方は辞めろ……刀精になったら、鬼族や龍族でも魂の感知は出来なくなる。お前が大地に居るということは俺達以外には内緒にしておく。まあ、クレナに帰ったら、刀精の祠で俺の家の奴らには説明するがな。
シンキに預けるまで、その中でゆっくりと楽しんでくれ」
「うん……ようやく、“嫁入り”出来た気分……」
「はいはい……」
俺が頭を掻いていると、そのまま悪戯っ子のような顔でコウカの魂は光の粒子となり、首飾りの中へと入っていった。
見た感じ、依り代に宿ったというのは感じたが、実際の所は分からない。
しかし、光の収まった首飾りにリンネが額を当てると、ニコッと笑顔になった。
「このなかから、コウカおねえちゃんのたましいをかんじるよ~!」
「お……なら、成功したんだな。ありがとう、リンネ」
「うん! はい、おねえちゃん」
「ありがとうございます」
俺が褒めてやると、リンネはそのままツバキに首飾りを渡した。
そう言えば、リンネは神獣だからいずれは、カドル達のように自分の力で依り代になることも出来るわけだよな。その力に目覚めるのは何時になることかと思っていると、長いため息をつくエンヤの声が聞こえてきた。
「はあ~~~……凄い展開になったな。箱入り娘だったが、行動力はサヤと同じくらいってところか……?」
「アイツに影響されたんだろ、多分。それより、これでツバキは、お前と、ハルマサとちっこいツバキ、そして、コウカが宿ったものを身に着けるようになるわけだ。ずいぶんと大所帯になったな……」
「ですね……責任重大です……まさか、コウカ様を……」
勢いだったとはいえ、やはり、責任は感じている様子のツバキ。首飾りに手を当てながら、若干落ち込んだ顔になっている。
そんなツバキをエンヤが撫でた。
「俺も付いてる。リンネも居るんだ。そんなに背負うことは無い」
「エンヤ様……ありがとうございます」
ニカっと笑うエンヤの顔を見て、ツバキの負担も若干減ったようだ。
「よし、それで良い。じゃあ、俺も斬鬼に戻るとする。リンネも、元気でな」
「は~い! おやさま、じゃーね!」
リンネを撫でながら、エンヤは光の粒子となり、そのまま斬鬼に戻っていった。
騒がしい二人が居なくなり、ふと見ると、窓の外は暗くなっていた。
「結構、時間が経っていたんだな……飯でも食うか」
「ですね……色々あって少し疲れました……」
「ごはんたべたら、ねちゃいそ~」
「そのまま寝ないようにしないとな……さて……」
昨日から今日まで、本当に色々あったなと、三人でため息をつきながら、部屋を出た。廊下から伝わる美味しそうな匂いにつられて居間へと向かい、何があったのかという目で見てくるメリアとタクマはひとまず置いて、俺達は料理にありついていた。




