第343話―お返しをする―
リンネが子供達に連れて行かれた後、今度は大人達の方がツバキに寄って来る。
お互いに、昨晩から碌に寝ておらず、体調などを気遣い合っていたが、お互いに大丈夫と言うことを確認し、安堵した表情を浮かべる。
「メリアちゃんも良かったなあ。ツバキちゃんもリンネちゃんも無事に帰ってきて」
「ええ、そうね。いつもいつも、この子は私に心配かけてばかりなんだから……」
家の中から料理の盛られた大皿を持って出てきたメリアは、俺に皿を預けながら、ツバキの頬を引っ張る。
「痛い~……お母さん、痛いよ」
少しばかり、幼くなったようなツバキの言葉に、メリア達はクスっと笑う。
「まあ、この子も反省しているくらい元気にはなったから、皆、安心してね~」
「一番安心してるのは、メリアさんだったりして?」
「まあね……」
メリアはそのままツバキの頭を撫でる。少し恥ずかしそうにするツバキだったが、どことなく嬉しそうだった。
ツバキとメリアは、顔を見合わせてニコッと笑い合う。
「改めておかえりなさい、ツバキ。本当に、無事で良かったわ」
「うん。心配かけてごめんね。そう言えば、お父さんは?」
「あの人は、ちょっと寝てるわ。二人が帰ってきて、ゆっくりするまでバタバタしていたから。顔には出さないけど、私にはごまかせない所は相変わらずね」
いやまあ、普通自分の子供が危ないところに行ったら、心配するよな。平然そうに見えていたタクマはかなり無理していたらしい。今は、自室に戻って、ぐっすりと眠っているという。
不眠スキルを持つメリアは、これくらいはまだマシと言って、俺から大皿を受け取り、リンネの所に向かって、料理を子供達に振舞っていた。
相変わらず元気な様子に、ツバキも俺も、周りに居た者達も、笑っていた。
さて、改めて集まった者達に話を聞くと、皆、ツバキとリンネが心配で来たようだ。ちなみに、今まで、不眠スキルを持っている者はギラン達と一緒に事件の後処理を行い、その他の者達は家に帰って寝ていたらしい。
というわけで大丈夫だと、スキルを持っている奴にニカっと笑われたが、よく見ると、タクマほどでは無いにしろ、目の下にクマが出来ている。
……飯食ったら、そのまま寝そうだな。まあ、その時はコイツ等の代わりに俺が働こう。もう、正体もバレていることだし、神人化して光葬針をばら撒いて……って思ったが、そう言えば、あと残っていることと言えば、アマンを見つけることだけだし、俺がやったわけではないから、建物とかも最低限しか壊れていないし。
皆に確認すると、現時点で自分たちが出来ることは殆ど無いという。後は、今回のことについての聞き取りに騎士団が来るかもということなので、それに応じるくらいだという。
今回関わった人間で、これからも忙しくなりそうなのは、リエン商会のイーサンくらいで、ギランとハンナも、サネマサとシンキの用事が終ればここに来ることが出来るので、もうそろそろ来るとのことだ。
「イーさんが忙しいと言っても、肉体的に、というか、頭を使いそうな感じですね……」
「だな……まあ、アイツは今回の件はこちらの責任と言っているから、俺達はお言葉に甘えておこう」
イーサンの方は、これからリエン商会や他の商会のごたごた等で忙しそうだ。長が忙しいのなら、その腹心も忙しくなるというのは、当たり前かと納得した。
しかし、話には聞いていたが、リンネを助けるために、ここまでの人数が集まったというのは、何となく嬉しいなと感じた。ツバキの昔馴染みというのはこんなにも多かったのか。
俺とツバキは、よくぞこの人数に秘密を隠し続けていたんだなと苦笑いする。ほとんど、俺とリンネの事だが、俺はこの街に居ることは少なかったし、寧ろリンネが凄いなと感じた。
最終的に悲しむ結果となったが、俺としてはリンネが、俺の言いつけをきちんと守っていてくれて嬉しい。
少し褒めてやろうと思い、近づこうとしたが、ツバキに着物を掴まれて動きを止められた。
「あの……ムソウ様」
「ん? どうかしたか?」
「あの……気付いていますか?」
少し困ったような、心配しているような顔になっているツバキに、俺は笑いながら頷いた。
「もちろんだ。段々と上達してきたな」
「いえ……こちらが殺気というのは何となく……ムソウ様の死神の鬼迫に比べると、かなり弱くは感じますが、突き刺さるというか、何と言うか……」
「へえ……お前はそう感じているんだな。やはり、俺の事は眼中にないってわけか……」
ツバキの言葉に頷きながら、そちらに視線が移らないように気を配る。
俺達が家から出て来てから今まで、皆から少し離れたところで椅子に座って飯を食っている一家が居る。父親と母親、それに子供が数人。更に、その周りにも、何人かの商人のような者達や冒険者のような者達が散らばっている。
ここに集まったツバキ達の昔馴染みにしては、距離を取っているし、先ほどからそいつらから、嫌な気配を感じていた。
間違いなく、ここに居る奴らとは無関係な者達ということはすぐに分かる。
ツバキも、気配を探る能力がずいぶんと上手くなったようである。これだけの人数の中から、皆とは違う人間を見抜けるとは。
まあ、明らかに、ここに集まった者達と違う気配だからな。皆は、ツバキとリンネが元気で、嬉しくて、楽しい様子だが、そいつらから感じられるのは、その真逆。
怒気とか、殺気とかで、今もツバキの命を虎視眈々と狙っていると言った感じだな。ただ、俺に対しては特に何も向けられていない。
本当に、上手いこと自分の事を隠し続けていたなあと、実感する。
何となく敵の正体が分かってきたところで、これからどうしようかという顔のツバキに、耳打ちした。
「じゃあ、取りあえず、ここに居る奴ら全員に、あいつ等が居るってことを伝えつつ、距離を取るように指示しろ。合図を出したら、EXスキルを頼んだぞ」
「かしこまりました……ムソウ様は、如何なさるおつもりで?」
「皆と世間話しするふりをしながら、あいつらに近づいていく。向こうが動いたら、お前はスキルを展開しろ。俺の準備が出来たら、合図ってな具合だ。いけるか?」
「かしこまりました。最後まで、リンネちゃんは私が護ります」
「上出来だ」
そして、ツバキと俺は二手に分かれて、ツバキは皆へ事の仔細を説明していき、俺の方は、目に付いたツバキの知り合いに声をかけては、改めて自己紹介をしたり、リンネを抱えて、自己紹介をさせたりしていた。
ツバキから話を聞いた者達は、ツバキと共に、それとなく現状を把握していく。今まで楽しかった空気感が少しだけ張り詰めたような感覚になった。
それに気づくリンネ。耳をぴくぴくと動かし、辺りを不安そうな様子で眺めては、俺の顔を覗き込んできた。
「おししょーさま……?」
「ああ、リンネ……お前にも伝えておこう」
俺はリンネに、事の仔細を説明した。なるべく向こうにバレないようにこそっと伝えると、リンネはハッとした顔つきになる。
不安にならないように、頭を撫でてやった。
「……だから、リンネも俺が合図したら、獣化して子供達を護ってくれ」
「いいの……?」
「良いに決まってるだろ。見てみろ」
獣の姿に変化することに関し、少しだけ、戸惑っている様子のリンネをマナ達の方に向ける。
すでに事情を聞いていたマナ達も、その親も、ニコッと笑って頷いた。
それを見たリンネは、ぱあっと笑顔になる。
「わかった! みんなは、リンネがまもる! おかえし!」
「良い子だ。リンネは皆にお返しをして、俺は、奴らにお返ししてやるからな」
コクっと頷くリンネは、そのまま、相手に気取られないように、皆の輪の中に戻っていった。
しかし、子供達も順応が早いな。周囲の者達もどこか相手を驚かせようする思いになっていることに気付く。これに関しては、昔も今も、よく感じていることだからな。
何となく呆れながら皆に視線を移すと、任せてくれと言わんばかりに、ニカっと笑い、頷いた。
そして、期待が込められた視線。これもまた、正体を明かしたことに関する弊害だろうなと頭を掻く。
正直、そこまで暴れるつもりはないんだがな。皆の期待に応えるつもりで、準備を整えていく。
やがて、その場に居る全員に説明が終り、ツバキとリンネは配置につく。俺も、ギリギリまで奴らとの距離を狭めた後、掌に拳を当てて、ツバキだけに殺気を向けていた奴らを見据えた。
「今だ! ツバキ、リンネ!」
「はい!」
「うん! ……クワ~ン!」
俺は飛び出しながら合図を出す。その直後、皆の周りに障壁が張られ、リンネは子供達の前で、大きな獣の姿になる。子供達は、多少驚きつつも、キラキラとした目でリンネを眺めていた。大人たちは、分かっていたとは言いつつ、どちらかと言うと、呆然とリンネと、ツバキの姿を眺めている。
「なッ!?」
殺気を送っていた者達の中で、一際、強い殺気を放っていた小さな男の子は、俺の行動に浮足立った。
徐々に近づいていくと、周囲の冒険者風の者達や商人達、更に小さな男の子の家族と思われた者達が、俺に襲い掛かってくる。
「ガアアアアッッッ!!!」
「ウオオオオッッッ!!!」
それぞれ武器を抜いた者達、20人ほどが、俺に斬りかかったり、ツバキ達に魔法や気を撃ったりしているが、皆への影響はもちろん無い。
「オラァッ!」
俺に向かってきた奴らも、俺に投げられたり、殴られたりしながら吹っ飛んでいく。
やがて、敵わないと思ったのか、皆へ魔法を撃っていた者達は、俺に向けて魔法を撃とうとしてくる。
「ハアッ!」
「クワンッ!」
しかし、障壁を解いたツバキとリンネにより、ことごとく邪魔をされ、斬波や狐火を受けた者達はバタバタと倒れていた。
「クッ! な、何が起こってる!? お、お前ら! 俺を護れ!」
子供にしては野太い声を放つ、小さな男の子は、右手を大きく上げる。その手には、黒い魔石のようなものが握られていた。
その魔石が放つ輝きに呼応するように、倒した敵はむくりと起き上がり、怪しく赤く輝く瞳を俺に向けてくる。
「む!? 呪いか!」
「しまった! あの魔石……ムソウ様! お気をつけください! それは、マシロ、クレナの時に続く、呪いと同じものと思われるものです!」
手足に気を溜めながら構えていると、ツバキの言葉が聞こえてくる。と言うことは、「七つの大罪の呪い」の一つと言うわけか。
つまり、あれを手にしている少年は……。
俺は、そんな呪いを司る魔道具をこんなところで、という困惑よりも、思わず笑みを浮かべてしまった。
「よ~やく、見つけたぞ、この野郎! 逃がさねえから、そこで大人しくしてな!」
―死神の鬼迫―
「ひ、ひぃ!」
逃げられない程度に、腰を抜かすくらいの殺気をぶつけ返し、怪しげな少年を行動不能にさせた後、呪われた者達を見据えた。むくりと立ち上がっては、ゆっくり、俺の方に近づいてい来る。
「テメエらも馬鹿だな。こんな奴に操られるとは……だが、俺も今回の一件じゃあ、まだ、消化不良なんだ……きっちり……いつものように……ここでひと暴れしてやらああああああ!!!!!」
少し強めに死神の鬼迫を爆散させる。呪われた者達は、俺の殺気に若干の耐性が出来る為、気絶させるほどには至らないが、殺気立ってる顔も徐々に青くなり、その場から動けなくさせることには成功した。
俺は近い奴から順に、腹や顔に一発入れながら、敵を倒していく。
「無間が無ぇ事を幸運と思いな! 今、カジノに行けば、儲かるかもしれねえぞ!」
ツバキに殺意を抱き、リンネを攫った時点で、コイツ等が誰であろうと、あの野郎に与している時点で、俺の中ではほとんど抹殺対象だ。無間で暴れていたら、どうなっていたことか。
まあ、これでもだいぶ、手加減はしているがな。いつもなら、呪われているから、コイツ等には罪はないという考え方はしていない。それにしては、統率も執れているからな。
きちんと、魔法や気を放つ部隊は、少し離れたり、屋根に上っていたりと、今までに比べるとそこまで直情的では無いというか、冷静さを感じさせる動きだった。
おかげで、本気で殴り飛ばすことが出来る。ただ、殺すわけにはいかない。きちんと、それぞれで罰を受けるべきだと思っているし、万が一、アイツが逃げた時の保険だからな。
まあ、先ほどから、動けないようではあるが……。
こうやって、奴の目の前で、徐々に追い詰められていく恐怖を味あわせてやらねえとな……。
「オラ、どうしたあ! 最初の元気は終わりか!? だったら、さっさと寝ていろ!!!」
ただまあ、やはり呪いの影響下にあるからか、どれだけ俺が暴れても、必ず起き上がり、何度も俺に向かってくる。キリが無いと思い、辺りの敵を散らし、腰を抜かしている子供の方を向いた。
「う、わ……ッ!」
「テメエ、覚悟しろ! ツバキ、リンネ! そいつらの動きを封じろ! そろそろ、この茶番を終わらせる!」
「かしこまりました!」
「クワンッ!」
俺の指示に、ツバキとリンネは頷き、ツバキはそれぞれの敵を、障壁で作った立方体に閉じ込めて、動きを止めさせ、リンネは幻術で蔓を生み出し、敵に巻き付けて、拘束していた。子供達の目が更に輝き、リンネは得意げな顔をしている。
その時、皆の中から、聞き慣れない男の声が響いた。
「騎士と妖狐の嬢ちゃん達! 動きを封じたら、俺に任せろ!」
「「「!?」」」
その声に、俺、ツバキ、リンネは驚く。聞いたことが無い声だっただけに、皆の中に、既に敵が居たのかと思った。
しかし、その声と、皆から伝わる感情に、嫌な気配は無かった。何だろうかと思ったが、あっちはツバキに任せ、俺は、後ずさろうとする少年の前に立つ。
「あ……あ、く、来るな! 来るなあアアアッッッ!!!」
魔石に力を込めながら、逃げようとする少年。何となく、既視感があるなあと思いながら、ゆっくりと少年に近づいていく。
「大方、自分の店、潰された仕返しにでも来たか? そもそもてめえは終わりだろうが……すでに、まともな騎士団と、リエン商会も動いているってのに、ここを襲って、どうする気だったのか謎だな……」
「う、うるさい! 俺にはまだこれが――」
少年は、魔石を掲げて、呪いの力を行使する仕草を見せる。問答無用で、それをかすめ取った。
「あ……!」
「お前、聞いていたよりも、結構馬鹿なんだな」
「な、何だと!? この俺が――」
「いや、馬鹿だろ。だから、ルーザーって部下に良いように使われていたんじゃねえのか?」
「はあ? 何言ってる!? あの野郎が、俺を使っていたんじゃねえよ! 俺が奴らを、使っていた! あいつ等の力と財力を使い、俺がリエン商会の頭になるはずだったんだよ!」
「いや、だから、それも終わりだろ。もう、お前がツバキへの復讐しか考えていなかった間に、色々と動いてんだ。騎士団か、十二星天、もしくは、リエンのどこに突き出されるのが良いか、選べよ……」
「は! 俺がやったって証拠はどこにも無いだろ!?」
「……お前、この状況でよくそんなこと、言えるなあ……ツバキやここに居る者達の証言があれば一発だろ。最悪、伝令魔法でも使って、今のお前の発言を証拠にしたって良い」
「そんなもの、幾らでも改ざんできる! まだだ! まだ、リエンも、ここには居ない! あの野郎は確たる証拠も無いのに、動くなんて馬鹿な真似はしねえからな! イーサンの努力も無駄に終わるってものだ!」
どうあっても、降伏はしない様子の少年、もとい、アマン。俺としては、どうなろうと、このまま一発ぶん殴れば、後はどうでも良いんだがな。
転界教と繋がっていた者達は、シンキに引き渡したし、これまで、そして、今後の参考になりそうな呪いの魔道具の一つも手中に収めたことだし。
ただ、アマンをこのまま放置というのも気が引ける。黒幕がコイツじゃないだけに、アマンの良いようによっては全ての罪がルーザーのものになる可能性も確かに考えられる。
コイツが、やったことなんて、ここで魔物商や奴隷商を営むにあたって、ちょっと違法なことをしたことと、ルーザーとセバスの口車に乗って競りを開いたこと、そして、リエン商会を乗っ取ろうとしたことくらいだ。
ほとんどが、ルーザーの手引きだし、最後に至っては、全く俺は関係ない。俺が騎士団やシンキに突き出すのは少し違う気がするし、かと言って、後で来るギランに任せても、結局、色々と言って、この場から逃げることが出来る気がする。
せめて、この場にリエンかイーサンが居てくれたらいいのになと思っていると、少しだけ余裕を取り戻したアマンが、俺を煽ってくる。
「ど、どうした!? 何も言えないのか!? 俺をどうするんだ? そら、言ってみろよ! 大体、テメエは誰なんだよ!? あの女に惚れたかなんかした冒険者か? 女に騙されて用心棒とか、終わってるな! 女のご機嫌取りの為に、リエン商会の俺に与するとか馬鹿――」
「黙ってろ……五月蠅い……!」
「ひい!」
若干イラついたので、少し強めに死神の鬼迫を当てる。ビクッと体を強張らせるアマン。血の気も引いて、顔が真っ白になり、ガタガタと震える。
その衝撃で、スキルが解けたのか、アマンはゆっくりと少年の姿から元の姿に戻っていく。
やせ形で片眼鏡をかけた長髪の男になったアマンを見て、ああ、やっぱり似てるなあと、やはり、口だけだった「王の十本指」を思い出し、ため息をつく。
そういや、あの時も「狂神剤」とかいう、怪しげな薬を回収することが出来たんだよな……。
ひとまず、俺の目的は達成できたし、どちらにせよコイツは終わりになると思うから、ギランが来たらイーサン、もしくはリエンでも呼んでもらって対処するまで、どこかでふん縛っておこうかと、縄をかけようとした時だった。
背後で、陽気な男の声が聞こえてくる。
「お! すげえな。効果はちゃんとしてるみたいだ……いまいち、呪われたことも、呪われた奴を見たことも無かったから分からなかったが、こういう奴らが増えるんなら、これはどこでも必要になるな」
「ん?」
声のする方に振り返ると、ツバキやリンネが動きを封じた者達に、一人の男が近づき、何かを振りかけてはその度にはしゃいでいるという奇妙な光景だった。
声の感じから、先ほど聞こえてきた者と同一人物だということに気付く。
そして、男が何かを振りかける度に、呪われた者達の体が輝き、何か黒いもやのようなものが抜けた途端に、一人一人意識を失っていった。
「かけるだけなら……そこで見ている皆も手伝ってくれねえか? これだけ居ると、俺も辛いし、これだけの人数を捕まえている嬢ちゃん達も辛いだろ?」
男は、周囲の者達に、先ほどから呪われた者達に撒いているものと同様の液体が入った小瓶を渡していく。
皆も若干戸惑っていたような様子だったが、ツバキとリンネを見ながら、二人の為とそれを受け取り、男の手伝いをしていた。
何者だろうかと不思議そうな顔をしている者も居る。皆も知り合いでは無いようだ。しかし、何やらギョッとした顔になっている者も居る。
正直、外套を被っていてよく分からないが、歳は俺くらいだろう。皆と協力しながら、呪われた者達を解放していく。
アマンは、呪われた者達が次々と解放される様子を、驚愕した顔で見つめていた。
「な、な、何を使っているのだ!? あの男は!?」
「さて……ん? ……あれは……!」
俺は遠目から、男が手にした小瓶についた紋章を見て驚いた。そこには、ジェシカが設立した治癒院の紋章が描かれている。屋敷で作った薬をあれに入れていたからよく覚えている。
どうやら、男の手にした薬は「呪殺封の薬」らしい。ならば呪いを解けるのは当然かと納得する。俺も最初からあれを使えば良かったな……。
しかしあの男、何故、未だにそこまで流通していないあの薬を大量に持っているのだろうか。レイヴァンとかではすでにどの店にも置いてあるのか? 疑問は尽きないが、何にしても、向こうの方も無事に片付いて良かったと思っていると、その男は皆に礼を言って、俺達の居るところまで近づいて来る。
「本当に、よく効く薬だな……良いものを貰ったぜ……」
「あ、ああ。それは良かったな……」
「隠さなくて良い。俺は、全部知っているからな。もちろん、コイツの事も……」
男はニカっと笑って、アマンを指す。全部知っているとはどういうことかと首を傾げていると、アマンが男に怒気をまき散らす。
「な、なんなんだ! 次から次へと分けの分からねえ連中が! 俺の邪魔をしてんじゃねえ! 答えろ! 誰だ、テメエら!」
「誰って……まさか、まだ、この御仁が誰かわかってねえのか? 平和な頭だな……花でも咲いてんのか? それ摘んで売ったら、儲けられるかもな!」
「ぶふ!」
男の言葉に、思わず吹き出してしまう。想像したらかなり面白い。
「な、何だと!? この男はどうでも良いんだよ! テメエが誰だ!? 商人か!? ただの商人が、俺の邪魔して良いと思ってんのか!?」
「あ? 駄目なのか? この御仁の事も知らず、更には、この家の事も、今回の一件の事も、事が起こってから知ったって感じの、情報不足駄目商人を舐めたら駄目なのか? あのな、そう言うことは、いっぱしの商人を名乗れるくらいになってから言ってくれ」
「はあ!? テメエ、俺が誰だか知らねえのか!? 俺は、リエン商会を継ぐ男だぞ! これからも、リエンのアホを騙し、追い出し、その実権を握り、世界を回す男だ! テメエみたいな野郎に舐められるほど、落ちぶれてねえんだよ!」
未だ虚勢を張るアマン。そういや、三割ほど居たアマン側のリエン商会の商人も、今回の一件でおおかた追い出されて今までの罪を償う為に騎士団に投獄されるのだっけか。
本当に何も知らないのか、本当に虚勢なのか、何となく、男の言うように、コイツは駄目な商人なんだろうなと感じる。
……地味に、最近は「おっさん」と呼ばれることが多かっただけに、「御仁」と呼ばれるのが嬉しい。
そんな男は、威勢の良いアマンに対し、喉を鳴らして笑っていた。
「ん? リエン商会の長に就いて、世界を回す? 落ちぶれてない? ハッハッハッハ! お前、商人じゃなくて芸人か? 少し面白かったぞ、その冗談。すでに、商人アマンは今回の件でリエン商会の長リエンに、商会を追い出される、アマン側の商人も追い出されるって、周知の事実となっているのに……そこまで言われると、流石に腹が痛いな」
「はあ? 今回の事件? 何のことだ? 全部、ルーザーがやったことで、俺は関係ないだろう!?」
ここまで来て、バックレようとするアマン。この状態でも逃げようとする態度の大きさは、確かに商人じゃなくて芸人に近い気がする。
そんな、アマンの態度にも男は笑うのを辞めない。
だが、ここで気付いた……男の目は全く笑っていない……。
「いやいや、さっき自分で自白していたじゃねえか。俺があいつらを使っていたってな。その証言があれば、充分だろ。それに、呪いの道具も使っていた辺り、黒幕では無いにしろ、マシロ、クレナで起こっていた大事件に関係している人物ということは明白だろ。もう一回言うぞ。お前は終わりだ、観念しな」
「は! 何を言うかと思えば。呪いの魔石は、「人を混乱させて意のままに操る魔道具として、ルーザーに渡された」と、言えば良いし、大体、俺の証言がどうした? さっきも言ったが、ここに居るテメエらも、この男も、ギランやイーサン、あそこの女騎士が証言したところでどうなる!? 確たる証拠も無えのに、リエンは俺を商会から追い出すなんてしねえんだよ! あの馬鹿、未だに俺の事はどこかで信じているからな! 例え、騎士団に捕まろうが、リエンのアホはどうもしないだろうさ! もう一回、捕まった奴らを買い戻し、貴族達を仲間につけて、権力を得た後、俺がリエン商会を奪ってやる!」
「……つまり、俺達の言葉では、リエンを説得できそうにない、と……?」
「そうだと言っている! てか、テメエが何なんだよ!?」
アマンは男と、その場に居る俺含め、全ての者達に、勝ち誇ったように笑い声を上げる。ただ、どちらにせよ、商人として終わっていると言うことには皆、気付いているので、どうにかしてリエンを説得すれば何とかなると思い、アマンの事は特に気にしなかった。
これ以上、良い争っていても、何も無いと、男に声をかけようとすると、外套の男は立ち上がり、ため息をついた。
「はあ……確かに、モンクの一商人である俺だろうと、ここに居る、今回の被害者の関係者達だろうと……ここに居るのがクレナの事件をたった一人で解決した冒険者ムソウだろうと、あの嬢ちゃんがその護衛を務める女騎士だろうと、その従魔が神獣である妖狐だろうと……証言だけでは証拠にならない。口裏を合わせたと言われればそれまでだからな。
確かに今までは、確たる証拠も無いのに、せっかく同じ荷を曳いてくれることになった仲間を追い出すのはどこか躊躇ってきた……」
「「「「「……え」」」」」
男の言葉に、キョトンとする俺、ツバキ、そして、その場に集まった者達。何が起きているのかと固唾を飲んで、男とアマンの様子を見つめる。
アマンの方は、嬉々とした顔から一変……再び顔を真っ白にさせて、男を凝視した。
「な……! あっ……! えっ……ま、まさか……!?」
そんなアマンの前で男は立ち上がり、纏っていた外套を脱ぎ始める。
「だが、つい最近だ……商会の方向性を変えることにした……俺の名を盾に好き放題する奴らは、俺の人生に……夢に邪魔な存在だ……そいつらは問答無用で追い出すことにした。
そして、お前はすでに、俺の中じゃ、仲間でも何でもねえよ。よくもまあ、俺の商会で好き勝手やってくれたな……ここまでやるとは流石の俺も思わなかった……この代償は高くつくぞ……アマああああンッッッ!!!」
男は外套を投げて、その姿をさらけ出す。頭に帯のような布を巻きつけた壮年の男。耳には金色の耳飾りをしているが、金持ちらしい雰囲気はない。無精ひげを生やしつつ、その目は、少し疲れているようだが、今は怒りに燃えているという感じだ。
腰には二振りの短刀の他に、投棍棒、鎖の他、異界の袋、そして、何故かそろばんをぶら下げている。
目を引くのは、男の背中に描かれているもの。一人の男が、武器や薬、野菜や果物など、さまざまなものを積んだ荷車を曳いているという変わった柄の紋章が描かれている。
それは、レイヴァンに行く度に見ていた、リエン商会本部に掲げられた旗と同じ紋章だった。
「り、リエン! バカな! 何で――」
「やかましい! テメエを牢屋にぶち込むために決まってんだろうが!」
男は、アマンの襟をつかみ、自分に引き寄せながら、アマンの頬を思いっきりぶん殴った。
「グへえっ!」
情けない声を上げたアマンは、そのまま吹っ飛んでいき、アマン達がくつろいでいた机とその上に乗っていた料理の中に突っ込んでいく。
そして、そのまま白目を剥きながら気絶した。
「ふぅ~……ちょっとだけ……本ッッッッ当にちょっとだけ、スッキリしたな……さて……」
男は、隣で呆然としていた俺の方に振り向き、フッと笑みを浮かべた後、口を開いた。
「よし……と。俺が誰だかわかるよな? ムソウ殿」
「あ、ああ……そりゃまあ、ここまでされると何となくは……」
「少々驚かせてしまったようだな。これから、良い関係を築きたいんだ。そんなに緊張しないでくれると助かる。アンタも、緊張されるのは苦手だろ?」
本当に、俺の事を全て知っているような口ぶりで話しかけてくるから、少し怖いなと思った。流石、情報通のグレンを上回る情報通……商人の中の商人、世界一の商人だなと感じた。
取りあえず心を落ち着かせるために深呼吸していると、男はスッと、手を差し出した。
「改めて、だ……俺は、リエン商会、商会主のリエンだ。会えて嬉しいぜ、冒険者ムソウ殿」
「ああ。こちらこそだ。色々と話したいことがあるんだが、ひとまず……」
「分かってる。皆にもちゃんと謝罪と説明をしないとな……」
少しばかり寂しい目をしながら、苦笑いするリエン。その目は、ツバキと、リンネ、周りに居るマルドの住民たちを映している。
アマンと違って律義な奴、と頭を掻く。コイツはそこまでしなくても良いのになと思っていた。
出来るだけ、ササっと済ませて、コイツと飯を食って、酒を飲みながら色々と話したいと思う俺だった。




