第33話―戦いが終わった後、ひと悶着する―
ミサキの作り出した結界は、傷一つついていなかった。やつの攻撃はほとんどこちらの方へは行かなかったからな。ミサキには無駄な魔力を使わせたか?
まあ、皆、無事そうだし、良かったことにしておこうか。
「よお、待たせたな」
俺が手を振ると、ミサキは結界を解いた。
「……はあ~、疲れた~」
「おお、ミサキ、よくやったな。ありがとう」
「気にしないで~」
俺が礼を言うと、ミサキはその場に座りながら、ニコッと笑う。
そして、俺はウィズの方を向いた。まだ、ちょっと元気がないようだが、顔色は先ほどまでに比べるとずいぶんと良くなっている。
「よお、ウィズ。具合はどうだ?」
「ええ、何とか。……ムソウさん、本当にありがとうございます」
「気にすんな。無事で何よりだ」
もともと、俺が勝手に仲間と思っているだけだからな。最初は、一緒に試験を受けた仲というだけの理由でここに来て、ウィズが俺に対してどう思っているかわからないが、本当に助けられてよかった。
「だが、素材は残してないな。報酬も無理そうだが、良かったか?」
「……ええ。そもそも、僕たちはこの依頼を達成することは出来ませんでしたから。そこは気にしていないです」
潔いな。ウィズはこう言っているが、レイカの方は、と顔を向けると、未だにすやすやと気持ちよさそうに眠っている。起こしても悪いので、後で説明して、納得してもらうことにしよう。
「……ムソウ」
「ん?」
ふいにハクビが声をかけた。なんだろうと思い、ハクビの方を向くと、俺のことをじろじろと見ている。
「なんだよ……」
「いや、その姿は一体……?」
ああ、そのことか。スキルの説明はまだだったな。俺はEXスキルおにごろしの説明を皆に話した。皆は、それを頷きながら聞いている。魔物たちは信じられないという目で見ているな。特に、青い龍……青龍だったか、こいつは、泣きそうな目で見ていた。
「……というわけで、これは神人の姿だな。今の俺は天界の波動というものを身に着けているらしい。俺というか、無間が、だがな……」
「なるほどな。種族そのものを変えるなんて、聞いたことがないが、ムソウならあり得そうだ……って、青龍殿、どうした?」
「……いや、我ら龍族は、神族によって生み出されたもの。長く大地と天界との間にできた結界の所為で、天界の波動を受け取ることは出来ないとされていたが、なんだろうなあ。ひどく懐かしさを覚えてな。感極まってしまった」
青龍はそう言って、俺を見ていた。ああ、そんな伝承だったな、確か。ともかく、龍族のこいつが言うなら、まず間違いなく、俺は天界の波動というものを纏っているらしい。自分の力に詳しくないとは俺も落ちたものだな。
「……で、ムソウ、いつになったら元に戻るんだ?」
「んー、ひとごろしの時はしばらくしたら戻ったから、たぶんそろそろじゃねえか?」
その瞬間、俺の体が輝きだす。そして、光が消えていくとともに、背中の羽根は消えて、髪は元の長さに戻り、体に描かれていた紋様はスッと消えていった。神人化は解けたらしい。
天界の波動も止まり、青龍が、ああっ! と言ってるが気にしない。
「戻ったようだな。んで、お前はいつ戻るんだ?」
俺は、未だ、狂人化しているハクビにそう聞いてみた。
「……なあ、ミサキ殿。私はいつになったら、元に戻れるのだ?」
「んーと、ただの支援魔法だから、もう少しかかると思うよー」
ハクビの問いにミサキはそう答えた。
「解除呪文をするのはどうでしょうか?」
ウィズはミサキにそう言った。聞けば、支援魔法にかかった敵に対して、それを解除する、解除魔法というものもあるらしい。そう言えば、ロウガンに、デーモンがそれをやって来るから気をつけろと言われていたが、ルーシーは頭に血が上っていたし、俺はそもそもミサキの魔法を受けていなかったから、どうでも良い問題だったな。
「あ! そっか! ウィズ君、あったまいいね~!」
ミサキは立ち上がり、ハクビに解除魔法をかける。すると、ハクビの姿は、いつものように戻っていった。
「うっ! 急に疲れが出てきた……」
ハクビはよろめき倒れそうになるが、四つ足の大鷲が、背中でハクビを支えた。
「あ、ごめん! 支援魔法を一気に解いたからね。その分の疲れが出たんだね。ぴよちゃん、なーいす!」
ミサキは謝りながら、その魔獣を褒めた。
「すまない、ぴよちゃん殿」
「気にするでないぞ」
ハクビと魔獣はそんなやり取りをしている。
……ん? さっきから気になっていたが……
「……なあ、ぴよちゃんっていうのは?」
「……ああ、我の名前だ」
俺の問いに、四つ足の大鷲、オピニンクスこと、ぴよちゃんが呟いた。この見た目でその名前か。凄まじい違和感を抱いてしまう。そんなことを思っていると、
「おい、ムソウとか言ったか? やっぱりミサキの付ける名前はおかしいよな!?」
突然、白い虎の魔獣、白虎が俺に話しかける。
「ん? ああ」
俺が頷くと、魔獣たちは一斉にミサキに向かって、
「そらみろ! 今日初めて出会った奴2人に俺たちの名前が変って言われたぞ! もう恥ずかしいぜ、がおちゃんなんて!!!」
え……あいつ、がおちゃんというのか……あの見た目で?
「全くだ! この際はっきり言おう! もうニョロちゃんとは呼んでほしくない!」
青龍も怒っている。ニョロちゃんって……どっちかって言ったら蛇じゃねえか……。ただまあ、青龍の見た目は、ワイバーンと違って、翼も無いし、胴の長いトカゲ……つまりほとんど、蛇に見えなくも無いがな……。
「ミサキ様、皆が言うなら私も言います。ほうちゃんというのはやめてください。せめてほうさんにしてください……」
火を纏った鳥のような魔獣、たしか、朱雀だったか? 丁寧な口調ですごく怒っているのがわかる。でも、怒るところ、そこか……。
「ワシもじゃ。かめじいというのはやめてくれ。たしかに皆よりも年上じゃが、年寄扱いはやめて欲しいものじゃ」
大きな亀のような魔獣、玄武だったかな。……こいつはこのままでいいんじゃないか?
というか、本気で怒っているのが分かるのが、玄武だけだ。後は正直、どうでも良いと感じる。それに、人の飼っているというか、使役している魔物の名前など、俺にとっては本当にどうでも良いよなあと思いながら、その光景を眺めていた。
ミサキはぽかんとして、四神の話を聞いている。
すると……
「うわあああああああああああん!!!」
あ……泣きだした。突然の大泣きに、俺も、ハクビも、ウィズも口を開けて、ミサキたちの方を見ている。
「だって、だって、だって! 皆小さいときは本当にそんな感じだったじゃない! 急に大きくなって強くなった皆がわるいだも~ん!!!」
ミサキは泣きながら、そんなことを言っている。いや、想像はつくだろう、こうなるって。四神なんて大層な名前を持っているくらいだからな。もうすこし、頭を使ってほしいものだがな。
あーだこーだと、ミサキたちの言い合いは続く。ぴよちゃんだけは、俺達の方、というか、ハクビに寄り添って、一緒にそれを眺めている。
「あんたは、いいのか?」
「うむ。私がここを離れるわけにもいかんだろう」
と言って、ハクビの方を見る。ハクビは、すまないと言うが、ぴよちゃんは気にしていないみたいだ。一緒に闘って、ずいぶんと仲が良くなったようだな。
それに、オピニンクスがなのか、ぴよちゃんがなのか分からないが、どうやらこいつ自体が穏やかな性格をしているらしい。
「それに、ハクビ殿にもぴよちゃんと呼ぶことを許した。だから、もういいのだ」
ぴよちゃんはフッと笑みを浮かべ、再びミサキ達の方を眺め始める。あの四神とミサキよりはこいつの方がだいぶ大人みたいだな。話が一番合いそうな気がする。
俺達は、未だ続いている子供たちの言い合いを眺めていた。
「……わかった! そんなに言うなら考えがあるからね!!!」
ミサキはそう言うと、俺の方にぐんぐんと近づいてきて、俺の腕を引っ張っていく。
「皆がそこまで言うなら、ムソウさんの付けた名前にするから! それが嫌なら、皆の名前はそのままなんだからね!」
ミサキは四神たちにそう言い放った。
「……は?」
俺が驚いていると、四神達は懇願するような目で、俺の方を見た。頼むから良い名前を付けてくれと、目で訴えかけている。
……おいおい、そんな目で見るなよ。
しかし、何で俺が、と考えたが、恐らくあれだろうな。俺がエイシンとカンナの名前を付けた話を昨日したからだろうな。
「……はあ。仕方ない」
俺が答えると、四神達は喜んでいる。コイツ等は、俺が名前をどう付けるのかは、知らないが、少なくともミサキよりはマシだと思っているようだ。そんなに期待されても困るが、引き受けてしまった以上、ミサキに負けるわけにはいかないなと感じた。
「ミサキ、手加減しないからな」
「じょーとーだよ!」
フンッと鼻息を吹きながら、胸を張るミサキ。
俺は四神達を後にして、皆の方へと向かった。
はあ~……なんで俺は人に名前を付けることがよくあるのだろうか……。戦いも終わったばかりなのに……早く風呂に入りてえなあ……。
そんなことを思いながら、ハクビたちが居るところに行くと、皆も、気の毒なものを見るような目で、俺を見ていた。レイカは……まだ眠っているな。起こすのも悪いから、そのままにしておこう……。
「面倒なことになっているな……」
「……ああ」
ハクビの言葉にうなずくとウィズが俺の肩に手を置いた。
「ミサキ様の契約した魔獣に名前を付けるという名誉なことをしているというように考えときましょう」
名誉? 嘘でもそれは思いたくはないが、元気になったばかりの、ウィズの優しさに水を差すようなことはしたくないな。俺は頷く。
「すまないな、我の仲間たちが迷惑をかけるな……」
ぴよちゃんが謝ってきた。こいつも苦労してんな。そして、こいつは本当に大人だな。ミサキも見習ってほしい……。ついでに、四神たちもな。
「ああまあ、いいってことよ。それよりもだ……」
俺は皆の顔を見渡して、名前を決める話し合いを始めた。
「さて、どうしようか?」
「うーん……ウィズはどう思う?」
「そうですね……ぴよちゃん様、彼らの特徴はなにかありますか?」
「見たままだからな。そうだな……青龍は空を飛ぶのが我や、朱雀よりも上手い。やはり、我らでも龍には敵わないな。
朱雀は、見ての通り、炎の扱いはミサキ様の契約した魔物たちの頂点に立つほどだ。先ほどのように、我が協力することもあるが、今回は我はひょっとしたら要らなかったのかも知れないな」
「そんなことを言うな。私は助かった」
「ありがとう、ハクビ殿」
「……で、白虎と玄武は?」
「うむ。白虎はとにかく、素早く、ハクビ殿にも引けを取らないほどだ。密林の中での戦闘では、知らぬ間に奴に負けているだろうな。
玄武殿はみての通り、とにかく硬い。座して動かずとは彼のことを言うのだろうな。昔、我が挑んだ時にはすべての攻撃をはじき返され、どうにもできなかったくらいだからな」
「ふむ。なるほどな。とりあえず全員の特徴が分かったが……問題はどんな名前にするかだよなあ」
「そうですね。それぞれの特性を表すような名前がいいのでは? 皆さん、恐らくその特性に誇りを持っていることでしょうし……」
「ああ、ウィズ。それはいいな。ハクビはどう思う?」
「確かに良いな。……それだとこういうのはどうだ?」
「それならば、我にもあるが、どうだ? ムソウ殿……?」
と、言う具合に、俺達の話し合いは続いていく……。意外と楽しい。そして、話し合っていくうちに、ハクビは白虎、ウィズは朱雀、俺が青龍、ぴよちゃんが玄武の名前を決めることになった。それぞれに意見を出して、皆にどうか? と確認する。
流石に、ぴよちゃんは、付き合いが長いだけ、良い名前を考えるのに、そこまでの時間はかからなかった。問題は、俺達三人だ。どうしたものかといくつか提案をしたのだが、他の三人が微妙な顔をした場合、それは止めておいた。
ただ、少なくとも、皆、ミサキよりはマシな名前を考え付くもんだなと、笑いながら、四神の名前を決めていく。
「……よしッ! 決まった!」
その後、それぞれが納得する名前が思いうかび、俺達の話し合いは終わった。俺たちはミサキと四神達の前に立った。
「決まったようだね~。じゃあ、発表しちゃって!」
ミサキは俺達と四神の間に立ち、そう言った。
「では、まず私から……」
ハクビが白虎の前に立つ。
「白虎殿。貴方は誰にも負けない素早い動きで敵をかく乱し、鋭い牙と爪で圧倒すると聞いた。素晴らしい敏捷性をもつ、密林の王者だと。ゆえに貴方の名前は、林牙だ」
「リ……ンガ、リンガか! 素晴らしいぞ! 気に入った!」
ハクビの言葉に、白虎は嬉しそうに一吠えし、そこらを飛び跳ねている。
「次は俺です」
ウィズが朱雀の前に立つ。
「朱雀殿。貴方の操る炎は比類なきものと聞きました。敵を燃やす猛き炎だけでなく、味方を癒す温かな炎をも操るあなたはまさに炎の化身です。ですから、あなたの名前は炎帝です」
「エンテイ……悪くないですね」
朱雀はその場でウィズに炎を浴びせる……が、熱くない。むしろ、暖かくて気持ちいい。
そして、ウィズを見ると、わずかに残っていた、怪我が治り、顔の表情も、良くなっていった。朱雀はウィズに優しく微笑むと、その場で嘶きをあげた。
「ふむ、次は我だな」
ぴよちゃんが玄武の前に立った。
「玄武殿……昔、貴方と手合わせをした際、貴方はその強靭なる自身の体で私の攻撃をすべて弾いてみせた。まるで、山のように。あの時の出来事はいつまでたっても忘れない。
それに貴方は年寄扱いはやめてくれと言ったが、我はその長年培った知恵と、力でこれからも我らを導いてほしいと思う。ゆえに貴方の名前は山老子だ」
「サンロウシ……か。ふむ、オピニオン殿がそう言うなら仕方あるまいな……」
ドシンッと地響きを立てて、玄武はぴよちゃんに頭を下げた。
「最後は俺だな」
俺は、青龍の前に立つ。
「青龍、お前が空を駆ける様はまるで風のように優雅だと聞いた。いざ、闘いとなればその鋭い牙で、敵を切り裂くとな。ゆえに、お前は刃嵐だ」
「ジンラン……ムソウ殿、かたじけない。懐かしき天界の波動のみならず、良い名前をくれたことを感謝する!」
青龍は雄たけびを上げて俺に頭を下げた。
思いのほか、俺達が決めた名前はすぐに、皆、気に入ってくれたようだな。いやあ、良かった良かった。
俺達と、四神達は、その場で喜び合った。
「む~~~~~~~! 何さ何さ何さ!皆の薄情者~~~~~!!!」
あ、ミサキがまた泣き出した。
「グスッ……ひどいよ~……一生懸命考えたのに~~~……」
一生懸命考えてあれだったのか……。何歳の時につけたのだろうか分からないが、今でも変えない当たり、愛着があるのか、今も同じような思考しか出来ないようだ。
……というか、転生者は生まれ変わる前の記憶を持っているから、この世界で何歳の時につけたとか、あまり関係ない話だったな。名前を変えなかったのは、後者が理由か……。
ただ、泣いているミサキを見て、流石に酷いことをしたなあと思っていたのだが、ジンランが、気にするな、いつものことだと言ったので、じゃあ、気にしないようにした。
すると、ぴよちゃんが、ミサキの方に行く。
「ミサキ様。我はぴよちゃんのままです。そんなに泣かないでください」
「グスッ……でも、ぴよちゃんも皆と同じような、カッコいい名前が良いんでしょ?」
おお、カッコいい名前って認めちゃってるな。俺たちが頭を抱えていると、ぴよちゃんは続ける。
「……先ほどまではそう思っていました。しかし、ハクビ殿にぴよちゃんと呼ばれてからは気にしなくなりました。
気に入っているというわけではないですが、ミサキ様のおかげで、ハクビ殿と共に誇りある一戦を楽しことが出来ました。
ゆえに、我はミサキ様の付けたこの名前のままでいいです。それに、大恩人がつけてくださった名前は、簡単には捨てられません……」
「グスッ……ありがと、ぴよちゃん……」
ミサキはぴよちゃんの背中に顔を埋めた。うん、良い光景だ。しかし、ぴよちゃんははっきりと、気に入らないと伝えながらも、ミサキを励ますあたり、本当に大人だなと感心した。
四神達に聞くと、ミサキが契約した多くの魔獣たちの中でも、ぴよちゃんは最古参らしい。それゆえに契約魔獣の中ではミサキのことを誰よりも理解しているのだという。
だから、同じ災害級の魔獣とはいえ、格下であるぴよちゃんに、四神達も頭が上がらないという。
いつもミサキに振り回されている側の代表が、ぴよちゃんなのだから、文句は言えないとのことだ。本当……四神たちは、もう少し、ぴよちゃんを見習った方が良いと思った。
「さて……そろそろいいかあ~、皆」
俺は手を叩き、注目を集める。そろそろ外に出たいからな。早く切り上げてゆっくり温泉にでも浸かりたい。俺の言葉にミサキもぱっと顔を上げる。
そして、皆と一緒に洞窟の出口へと歩いていった……。




