第338話 ツバキ奮闘編 ―アマンの裏事情が判明する―
エンヤは、リンネを優しく抱きながら、頭を撫でるツバキの姿を見守っていた。ツバキの腕の中が気持ち良いのか、リンネは穏やかな顔をしている。
すると、そのまま目を閉じて、動かなくなった。よく見ると、再び眠ったようだ。
ツバキは、気づいていないようでなおもリンネの頭を撫でている。
―まるで、あの頃みたいだ……―
本当の母子のような光景だが、エンヤは、実際の、リンネの母親と、リンネのやり取りを何度も目にしてきている。
マシロに居た頃の事を思い出し、思わず目頭が熱くなった。
ぐっとこらえながら、手を当てようとすると、自身の変化に気付き、フッと笑みを浮かべた。
そして、ツバキに近寄り、肩を叩く。
「ツバキ、リンネは、また眠っちまったみたいだぜ」
「え……あ……本当ですね……」
ツバキはリンネがすやすやと寝息を立てていることを確認すると、そっと、自分の懐の中に入れた。
「それから、俺も……そろそろみたいだ」
エンヤは、ぼおっと輝く自身の体をツバキに見せる。そろそろ、刀精として顕現できる時間が終わるようだ。
ツバキは、あ、と言って、涙を拭き、エンヤに向き直った。
「……ここまでありがとうございました」
「ああ。お前も本当によくやった。これから、色々と面倒なこともありそうだから、気を付けろよ。万が一の時は、また、俺を喚ぶんだ。良いな?」
「その頃にはムソウ様もいらっしゃると思いますが……かしこまりました」
「良い子だ……じゃあな……」
ニカっと笑い、ツバキを撫でるエンヤ。そのまま光の粒子となり、斬鬼の中に戻っていった。
柄に手を置き、ありがとうございます、と呟くツバキ。自分ではどうすることも出来なかった状況をあっという間に覆してくれたこと、迷っていた自分の手を引き、背中を押してくれたこと。
やはり、どんな時でも頼りになると確信したツバキは、今度は、いざという時の切り札として、エンヤが思う存分に力を開放し、闘い抜けるように、自分も強くなろうと誓った。
さて、ひとまずリンネを救出するという当初の目的は成功した。今頃は、恐らくギランやハンナ達もここを目指している頃だろうと思ったツバキは、これからどうしようかと、首を傾げた。
すると、近くに居た冒険者達が寄ってきて、声をかけてくる。
「あの~、騎士のおねえさん?」
「え……あ、先ほどの……」
声をかけられたツバキは、顔を上げて冒険者達のほうに顔を向けた。皆、バラバラになった魔物や、気絶した貴族達を眺めながら、少し困惑したような表情だった。
ツバキは取りあえず、先ほど、貴族の男を倒す協力をしてくれた冒険者達に頭を下げた。
「先ほどは、ありがとうございました。感謝します」
「あ、いや、俺達も、お姉さんがさっきの魔物をどうしても取り返したいってのは通じたし、あの貴族達は、屑だって分かったから、こっちこそ、おねえさんに礼を言いたい……んだが……状況が分からない」
目まぐるしく変わる状況に、先ほどの貴族の発言。ほとんどパニック状態の中、頭に血が上ってツバキのやることに口も手も出さなかった冒険者達だったが、全てが片付き、落ち着いて辺りの惨状を目にし、よくよく考えると、とんでもない状況だということに気付き、動揺していた。
困惑する冒険者達にツバキは、自分がここに来た理由を話した。発端はリンネが攫われたことから始まるが、気が付けば、ここまでの事件になっていたと言うと、冒険者達は頷いた。
「大変だったな、おねえさん」
「いえ……目的は遂げることが出来たのでこれで良かったです」
「そうか……俺達も、貴族達の依頼で呼ばれた護衛だったが、おねえさんがオークション会場に攻め入っているってことに気付いたさっきの男が、貴族達に避難するように言ってな。まさか、足止めの為に魔物を出したのは驚いたぜ……」
「オークションの商品が魔物だったことにも驚いたけどね……従魔用の魔獣宴の魔物かと思ったら、どうも違うみたいだし……」
「にしても、凄まじいな……」
一人の男の冒険者が、赤く染まった海を眺めながら呟くと、他の冒険者達も頷く。
ムソウが居れば、浄化できるのに、と思いつつ、ツバキは女の冒険者に顔を向けた。
「あの……オークションの商品が魔物だったことに驚いたということは、会場では、魔物と知らされていなかったのですか?」
「あ、そうじゃなくてね、参加した客は、商品の一覧を事前に渡されるの。それに準じて、番号で競りをやっていく感じで、私達警護の人間には、何を売っていたのか分からないようにしてたのよ」
「貴族達はまだしも、冒険者である俺達が違法オークションに居られたら問題だからな。情報は隠しとけってことだ」
「ちなみに俺達の依頼内容は、それぞれの貴族によって若干の差異はあるかも知れねえが、「リエン商会の主催するオークション参加の為の、身辺警護」ってものだったな」
「なるほど……ひとまずは、合法の中で全てを終わらせるつもりだったというわけですね」
実態は違法だが、表向きは合法という内容の依頼だ。当然、ギルドでも受注することが可能になる。
そして、冒険者にとっては正体不明の品でも、客たちは把握している。ゆえに、客やリエン商会が商品は違法なものと隠し通せば、冒険者達も、何も気にすることなく報酬を受け取ることが出来るという仕組みになっていた。
なるほどと頷くツバキ。と言うことは、ここに最後まで残っていた冒険者達も、そこまで悪い人間では無く、寧ろ、貴族達に騙されたような存在だ。
呪われた者達は別として、何故、ここにはクレナのように、根っからの悪い考え方をする冒険者では無く、関わっていて気分の良い冒険者達が集まっているのかと疑問に思った。
まあ、すぐに、特に気にすることも無いかと苦笑いし、これからどうするかを話そうとした時だった。
「お、居た居た! ツバキさん!」
「ツバキちゃ~ん!」
ツバキは名前を呼ばれて振り返る。アマンの店へと続く通路から、イーサンとハンナが駆けてくる。二人は、辺りの惨状に若干引きつつ、ツバキの無事に安心した顔を見せた。
ハンナは駆け寄り、ツバキを抱きしめる。
「ツバキちゃん! 無事だった? 怪我しなかった? リンネちゃんは!?」
「は、ハンナちゃん、大丈夫。大丈夫だから……リンネちゃんも、大丈夫だよ」
ツバキは、胸の中ですやすやと眠るリンネをハンナに見せた。ハンナはほっとした顔になり、ツバキにニコッと笑った。
「良かったね、ツバキちゃん」
「うん。本当に……」
「それより、ごめんね。ちょっと前に来たんだけど、色々あって、遅れちゃった」
ハンナは、直接ツバキの事を手伝えなかったと残念そうにしたが、ツバキは首を横に振った。
「別に良いよ。ここ以外の事を全部押し付けちゃったのは、私だしね。そんなことより、何か変わったこととかあったの?」
「うん。え~とね……私には色々難しいから……」
ここに来るまでの事を説明しようとしたが、少し苦い顔をするハンナ。そのまま、そばに居たイーサンに視線を移す。
「あ、俺がすれば良いんだな?」
イーサンの言葉に、ハンナはコクっと頷く。すると、やれやれと頭を掻きながら、イーサンはツバキの前に出た。
「流石、冒険者ムソウの護衛だな。派手にやりつつ、一人で目的を果たすとは……」
「一人……では、ありませんが。それで、何かありましたか?」
「ああ。え~と、店を調べている間に、“大博徒”ギランと、このおねえさんと合流してな。アマン側の人間かと疑われて、最初は大変だったが、何とか説得して、その後は協力関係になったってわけだ」
ツバキと別れた後、店内を物色しているイーサンと出くわしたギラン達。アマン側の人間かと思い、掴みかかったが、ツバキとの関係や、自分の素性を明らかにし、穏便に済ませようとした。
しかし、マルドの住民特有の、思い込みが激しい人柄というのが災いし、最初はギラン達も、イーサンの事を信用しなかった。
再び、一触即発という雰囲気になる中、イーサンはリエン商会の監査として集めていたギランの秘密を暴露。
マルド商会の、カジノの一部売上金を……と言ったところでギランが慌てて、イーサンの口を塞ぎ、そこからはイーサンの話を信じるようになったという。
ほとんど、脅迫だったんだなと、ツバキは苦笑いしながら首を振った。
「で、その後は、皆と一緒に店に残ったものを集めたり、倒れた冒険者達を縛り上げたり、ギランや、ハンナさん達は、ツバキさんの後を追っていたって感じだな。
一つ目の部屋に居た奴らは、ツバキさんが気絶させたみたいだが、既に置き上がっていた。だが、ツバキさんがカッコよかったって言って、すぐにギラン達と協力して次の部屋へ移動。呪いが解けた冒険者は、まだ起きてなかったから、そのまま縄で縛った」
「あ……呪いに掛けられていたというのは、既にご存じなのですね」
「ああ、その証拠も出てきた。無論、転界教って奴らとのつながりを示唆するものもな」
イーサンは、手に持った書類をひらひらさせながら、苦笑いする。呪いの魔道具もツバキが回収し、他にも強力な魔道具もあったことだし、疑ってはいたが、まさか本当に今回の件と、「転界教」が繋がっているとは思ていなかったツバキ。その後も、イーサンの話に耳を傾ける。
「そして、オークション会場でも、色々と資料や、貴族共の証拠集めをしてから、ここに来たってわけだ」
「あの、他の皆さんは?」
「ギラン達は、冒険者の大男に、ここは任せろ、魔物が居る中、一般人がこれ以上居るのは危ないと諭されて、店を出て、街からこの港に向かっている。冒険者達は、途中に転がっている魔物の死骸を異界の袋に詰めていた。
こっちのおねえさんは、ツバキさんの無事を早く知りたいっつって、ここに来たってわけだ。以上が、ここに来るまでの、俺達の動きだ」
「なるほど……」
「あ、そういや、ツバキさん。アマンの野郎はどこだ? 来るときには居なかったんだが……?」
イーサンの言葉に、ツバキは目を見開く。
「え……二つ目の部屋に居ませんでしたか?」
「ん? ああ。呪いが解かれた冒険者しか居なかった……てことは……」
苦々しい顔をするイーサンを見ながら、ツバキは激しく後悔した。イーサン達があの部屋に行った時には、アマンの姿は無かった。と言うことは、ツバキがそこから立ち去ってからそれまでの間に、アマンは何らかの手段を使って、店から居なくなったということだ。
一応、気配を探ったが、既にこの辺りに、怪しげな気配は無かった。リンネが既に港と聞き、慌てていたとはいえ、縄くらいは掛けるか、他の者達と同じく、気絶させて動けなくするべきだったと、ツバキはイーサンに頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
「ん? ……いや……大丈夫だ。最初から言っているように、これはリエン商会の責任だからな。アマンの身柄を拘束できなかったのは、俺の責任だ」
そう言って、ツバキを許すイーサン。笑ってはいるが、若干陰のある表情に、ツバキは再度頭を下げる。
「本当に、申し訳ありません」
「だから、気にすんなって! それより、この事件の裏で、色々とあったようだ。ソイツについて、これから説明するから、顔を上げてくれ」
手にした書類などを見せながら、ニカっと笑うイーサン。アマンを逃がす結果にはなったが、事件の全容は知りたかったツバキ。顔を上げてイーサンに頷いた。
「はい。では、お願いします」
「はいよ……っと、その前に、ハンナさん、それから、そっちの冒険者さん」
説明を始める前にイーサンは、ハンナと貴族の護衛をしていた冒険者達の方を向いた。
「どうした?」
「一応、ここの魔物の残骸と、そこの貴族達の後処理を頼みてえんだが?」
イーサンは転がっている貴族と魔物の死骸を指さした。
「分かった。私は、海に浮いている魔物を除去するから、船を取って来るよ」
「じゃあ、俺達で桟橋の魔物と貴族共だな」
「魔物に殺されちゃった人たちはどうする?」
「あいつらは……後で故郷に送り返そう。出来るだけ丁重に、固めておこう」
イーサンの頼みに頷き、冒険者達はそれぞれの作業を始める。ハンナは、ツバキに、またね、と言って、自分の船を取りに外へと出ていった。
「よし。じゃあ、俺が集めた情報について説明していくが、そうだな……何から話そうか」
「結局、転界教とのつながりを示唆するものというのは何だったんですか?」
「ああ、それからだな。え~と、これを見てくれ」
そう言って、イーサンがツバキに渡してきたのは、何枚かの書類。それを見たツバキは、目を見開く。
「こ、これは……!」
それは、商人が何かを買った際の明細のようなものだった。誰から何を買ったのか、日付と共に、その一覧が記されている。
商人の欄は伏せてはいるが、店の名称は全て、アマンの店と同じものだった。
そして、商品の名称はよく分からないものだったが、商品を店に卸した者の名は、どれもツバキが目にしたことのある名前だった。
マシロで呪いの事件を引き起こしたミリアン卿、クレナの動乱を引き起こしたケリス卿、行方不明になったチャブラ領の元領主リーガン……その他、チャブラの賢人や、そこで気絶している貴族達の名など、その数はかなりのものだった。
「商品として卸す、というよりは、行商のグレンの時のように、そいつらから誰かに運搬するようにと言う依頼の、控えみたいなもんだがな。この資料と、そこに名がある、あの貴族共が居れば、結構役に立つだろ?」
「役立つどころではないかもしれません。一気に転界教に近づける可能性があります……」
店に残されるくらい、雑に扱われていた証拠にしては、結構重要な情報だと感じたツバキ。騎士団や、ギルドではなく、十二星天の誰か、それも信頼する人間に、これは渡した方が良いと考えた。
ツバキの考えにイーサンも同意する。
「そう言うことなら、コイツはアンタに預けておく。冒険者ムソウへの詫びとして持って行ってくれ」
「リエン商会では、使わないのですか?」
「逆にここまで大ごとだと使えない可能性がある」
モンク最大の商会と言えど、多くの貴族や世界中の名士、更には元領主が絡んでいるとなると、リエンでもどうしようも無い問題となる可能性が出てくる。下手をすれば返り討ちになると思い、イーサンは、資料を持つ意味をそもそも失っていった。
その書類と、更に詳しい明細が書かれた書類を、ツバキに渡した。
「そこに書いてあるものと、ケリス卿の屋敷から出てきた手記を照らし合わせて、一致すれば、こことの関係も確実なものとなるだろう。アンタ達の良いように使ってくれ」
「かしこまりました……それにしても、アマンが、ここまで転界教と深く関わっていたとは……」
そんな危険な男と同じ街に住み、リンネを攫うまで、自分達と関りを持たなかったのは、ある意味幸運だったと感じた
もしも、アマンが、ムソウや、ムソウに関わるツバキとリンネの事を把握していれば、もっと多くの人間に被害が及んでいたかも知れないと、背筋を凍らせる。
しかしイーサンは、そんなツバキの言葉を否定した。
「いや、正確に言えば、アマンと転界教の繋がりは、ごく最近のもので浅かった」
「……え?」
「この事件で暗躍していた奴は、アマンとは別の人間だ」
イーサンの言葉に、耳を疑うツバキ。アマン以上に厄介な人間がこの街に居るとは思えなかった。
「一体誰なのですか? これほどの騒ぎを引き起こしたのは……」
「オークションや、嬢ちゃんとこの妖狐を攫った実行犯はアマンだが、そそのかした人間は別に居るってことだ。
大量の魔物と、魔道具を用意し、アマンに取り入ると見せかけて、裏ではとんでもない計画を練っていた男……それは、ここの店を任されていた、ルーザーだ」
今回の事件の元凶の名を聞いたツバキはハッとする。ルーザーは、少女に扮したアマン、マナの父親として、リンネの前に姿を現し、子供たちを路地裏へと連れ込んだ張本人だ。
アマンと共に、オークションを開き、つい先ほどまで、この場所で、オークションから避難してきて、激怒する貴族達を諫めていた。
ツバキは、ルーザーが逃げた、リエン商会の建物に視線を移す。
「では、早くあそこに向かわないと……」
「ん? あそこに奴が居るのか?」
「ええ。逃げて行きました」
「……何で、八方塞がりの建物の中に逃げたのか謎だな……」
確かに、とツバキは頷く。店の方は、もはや逃げるのに使えないからわかるのだが、あの騒ぎの中だったら、街の方に逃げても良かったのにと感じた。
追い詰められた人間は、最終的には自分にとっての最高の砦に逃げる。しかしそれは同時に、自ら追い詰められていくということかと頭を掻いた。
「……では、確実に捕まる恐怖の時間を味わわせてやりますか」
「意外と恐ろしいことを言うんだな、ツバキさんは……」
「見た所裏口などは無さそうですね。では、入り口の方で続きをお聞きしましょう」
建物の出入り口はいくつかあるが、入り口以外は、どこも瓦礫で埋もれている。ただ一つ残る出入り口の近くに行き、確実に身柄を抑えるようにしようというツバキの提案に乗るイーサン。
見た目とは裏腹に怖いおねえさんだと、頭を掻きながらツバキの指示に従った。
「まあ、今頃はあそこに残した自分の悪事の証拠でもかき集めている頃だろう。後で騎士の皆さんの手間を省く為に、こうして置いた方が良いか」
「ここの騎士は当てにならないのでは?」
「そこは、同じ騎士であるツバキさんがどうにかしてくれ。騎士団との癒着の証拠も出て来たからな」
更なる書類を見せてくるイーサン。ツバキがそれを見ると、ここ最近、マルドの騎士達に送金したという証明書が出てきた。
と言っても、直接的なものではなく、物資支援という名目で、多額の賄賂を送っていたり、軽度の犯罪を見逃してもらう代わりにと、幾らか袖の下を包んでいたというような内容だ。
「こんなものまで……しかし、商人と言えど、こういうものを残しておくというのは、何故でしょうか?」
「本格的に騎士団に目を付けられた時の保険だろ。これ見せつけて、騎士団の不正を盾に、自分達の罪を軽く、もしくは失くしてくれって脅す為のな」
騎士団まで脅す対象にするとは、厚顔無恥も良い所。ただ、罪の減刑を条件に金を受け取る騎士も居るということに、ツバキは頭を抱える。この辺りはきちんと報告しないと、故郷であるマルドが、この先も大変なことになると、深くため息をついた。
「こちらを提出してくだされば、イーさんやリエンさんが裁かれることは無いでしょう。私も協力します」
「ありがたい。じゃあ、さっきの続きだが、ルーザーがこの街でやろうとしていたことと、やっていたことについてだ。これを見てくれ」
イーサンは、ツバキの前にルーザーが転界教の関わりを持っていたと確信できる資料と、とある計画が書かれた資料を広げた。
まず、転界教関連の資料だが、そこに書かれていたのは、とある男とのやり取り。何時、どこで、何を受け取ったのか、自分は何を渡したのか等、事細かに書かれている。こちらも、後で揉め事が起きた時用にと、残しているといった感じだった。
「こちらの資料と、転界教の繋がりというのは?」
「わからねえか? ルーザーが相手にしている男の名前をよく見てみろよ」
ツバキはイーサンが指さす、相手の名前を確認した。
資料には、「セバス・クロード」と書かれている。
それを見たツバキの目が開かれた。
「こちらは……確か……」
「ああ。クレナの動乱の首謀者、ケリス・ゴウン卿の屋敷の執事だった男だ。確か、例の事件以来、ムソウ一派って冒険者達が行方を追っていたな。シンジ様の要望で」
ケリスの従者の男の名は、もしも見かけたらということで、闘鬼神にも伝えられていた。現状、転界教に最も近い手がかりとして、シンジを介し、ムソウからツルギ達にチャブラの元領主リーガンという男と共に行方を追わせていた人物である。
結果として、転界教の実態が謎過ぎる、その力も計り知れないことから、ツルギ達に行方を追わせるのは中止させたが、その相手の名前をここで見るとは思わなかったと、ツバキは、驚いていた。
「何故、ルーザーはこの男を?」
「経緯は分からねえが、一緒に入っていた手記には、互いの利益の為と書かれていた。セバスの方は、保身と主を喪う原因になった冒険者ムソウ及び、“刀鬼”ジロウへの復讐に向けての力を蓄える為で、ルーザーの方は、セバスが持っていた財宝や、魔道具を得るためだな。今回のオークションの商品だったやつだな。
あと、互いに転界教本部の目的を果たすという一致の目的もあったらしい」
そう言って、イーサンは何かの計画書のようなものを出してきた。
計画書にはそれぞれ、「強欲の呪いを利用したモンク掌握」と「合成魔獣人界拡散計画」と記されてあった。
文面だけではよく分からないが、不穏な雰囲気というのはよく分かる。
一つ一つ確認するが、一枚目の呪いについてはマシロ、クレナに続いて三度目の経験なので、ツバキにはすぐに理解できた。
呪いを発生させる元になる魔道具は、アマンが持っていたもので、現在はツバキが保管している。元は、ケリスの従者セバスが持っていたらしい。ケリスの屋敷から大切に持ち去ったもので、ルーザーと共に、呪いの力により、ミリアンやケリスのようにモンク領を手中に収める予定だった。
「強欲」の呪いは、人々が何かを強く欲する時の心に侵入し、それらを増長させて対象を操るというものである。
ツバキ達が闘った冒険者達は、貴族達に忠誠心があったわけでなく、アマンやルーザー、連れてこられた貴族に借金があったようであり、そこを付け込まれたらしい。
ちなみに、この計画でルーザーはアマンも呪い、操るつもりだったようだ。リエン商会を乗っ取る心を増長させ、裏から操り、まずはマルド、そこからリエン商会、最後に騎士団、ギルドを巻き込み、モンク全土を掌握するという計画だった。
このことから、アマンは転界教との関りは殆ど無く、寧ろ利用されるところだったと判明し、イーサンはやれやれと頭を掻いた。
「部下の躾がなってねえってのはこういうことだな。セバスをアマンに紹介したのはルーザーだったが、アマンはその時に転界教の話を聞き、更に金と力を手に入れるために利用したかったようだが、そこをルーザーとセバスに利用されていたみたいだな。まあ、どっちもツバキさんのおかげで失敗したようだが」
商人が自分の利益の為に、互いを利用しあうという話は珍しくも無いが、よりにもよって商会を乗っ取ろうとしている一派閥の長と、その部下だ。乗っ取ったところで、部下にも信用されていなかったんだなと、イーサンは呆れていた。
ツバキも、悪い噂が多く、気を付けろと言われていたアマンではなく、目立たないその部下の方が、危険な存在だったことに気付き、情報戦に置いても、アマンよりも、ルーザーの方が上だという事実に、呆れを通り越し、アマンに憐れみさえ覚えていた。
今は姿を隠しているが、時間の問題だろうと頭を掻く。
「呪いを使った領地掌握については以上のようですね。ちなみに、セバスは……ケリスの従者は今どこに居るのでしょうか?」
「最後のやり取りを記した手記には、スーラン村で依頼をこなしているムソウ一派を殲滅しに行ったって書かれていたが……」
セバスの行方について、少し迷いながらもイーサンはそう言った。ルーザーもケリスと同様、もしくはセバスの方がそうしたのかも知れないが、やり取りを記録したものを持っていたらしい。
そこに書かれていたことを言ったつもりだが、イーサンの言葉を聞き、ツルギは頭を抱えた。
「……と言うことは、セバスはスーラン村、ですか……」
「だな。確かあの村、今はムソウ一派の他に大量の冒険者、そして……」
「ええ。ムソウ様ご本人がいらっしゃいます」
ということで村については恐らく大丈夫だろうと、ツバキとイーサンは頷き合った。一応、邪神族の眷属というケリスの術式で強化されているようだが、一般の冒険者はまだしも、ムソウならば問題は無いだろうと結論付ける。
そして、マルドで色々と動きがあったと言うことは、セバスが村を襲うのは少なくとも今日以降と予測がついた。ムソウから何も連絡が無いと言うことは、今日までにそういうことがあったとは考えづらい。
ひとまず、村の事、セバスのことについてはムソウに伺いを立てるということで、次の資料の件に移った。
「じゃあ、次の資料だが、正直、これが一番大ごとになりそうな雰囲気だった」
「題名からすでに、そんな感じですね……」
ツバキは最後に残っていた資料を手に取る。「合成魔獣人界拡散計画」という、ある意味呪いを使った計画よりも、恐ろしそうな文面だ。
字面と、先ほどまで相手していた魔物を思い返し、ツバキの頭の中は、嫌な予感でいっぱいだった。
そして、同じことを思っていたのか、イーサンから口を開く。
「まあ、結論から言えば、この計画はあそこに転がっている変な魔物、「合成魔獣」を、オークションを通じ、世界中の貴族、名士、富豪を介し、人界全土へばら撒くって内容だった」
「なるほど……では、あれも転界教からの「商品」というわけですか?」
「みたいだな。そういう魔道具があるのか、腕利きの研究者とか魔法使いが居るのか分からないが、あの魔物たちも、裏の商人を通じて、ここに運ばれてきていたようだな」
「送った相手等は、分かっているのですか?」
「コイツは……うちの商人だな。ということは、仲介か? 面倒くせえな……」
送ってきた相手から、今回の危険な魔物をばら撒くという計画を根絶させられるかと思ったが、既にいくつかの仲介を挟んでいることから、送り主の正体が明らかになることは困難となった。
そもそも、「合成魔獣」という存在が何なのか気になったツバキは、資料を手に取り、目を通した。
……
○合成魔獣○
魔法により、異なる魔物、あるいは同じ魔物同士を結合させ、生み出された魔物。元となった魔物の特徴や、技、スキル、魔法を継ぐことが出来る。
生み出された合成魔獣は、結合させる魔物たちのうち、より強力な方の意識が継承される。
○研究結果○
スライムとグレムリンの結合結果
通常のグレムリンが使うことの無い、酸を飛ばす技を身に着ける。
ゴブリンとオウガの結合結果
オウガの凶暴性が増す。上位のゴブリン以上の場合、オウガの意識が消え、オウガがもつ魔法耐性が強化された上位ゴブリンが誕生する。
オウガとトロールの結合結果
五分の確率で、オウガ、トロール両方の意識が残る。どちらも、魔法、物理、両方に大きな耐性を備える。
大鎌カマキリとオウガの結合結果
オウガに鋼鉄の外殻が備わり、肘から下が鎌の形状となる。
ワイバーン同士の結合結果
翼、首が増える。結合させるワイバーンの数が増えれば、その数に応じ首も増え、元のワイバーンが使える属性ブレス、魔法を引き継ぐ。いわゆるヒュドラ種の魔物となる
デーモンとサキュバスの結合結果
魔力、肉体、凶暴性が強化されたサキュバスとなるが、理性は無く、リリスよりも能力は下。リリス曰く、知性があるクインハーニィ、クインハーピィの方が上との見解。
……
発見された資料では、マシロでムソウが見たヒュドラや、ジゲンやサネマサが相対したケリスが使っていたような、龍言語魔法を用いた魔物の融合体ではなく、生きた魔物同士が、魔法により合成されてあらたな魔物となる方法や、色々な配合の結果などが纏められている。
先ほどまでツバキが対峙していた、どこかおかしな魔物たちは全て、この合成魔獣だった。
ルーザーもとい、転界教は、これら危険で普通の魔物よりは強力な力を持つ魔物たちを、貴族達を通じて世界中にばら撒く計画を立てていたらしい。
「ばら撒くのでしたら、普通に人界各地に運べばいいものを、何故、いったん貴族達に渡るようにしたのでしょうか?」
「それは単純に、金を稼ぐ為だろうな。金だけ貰って、後はどうなっても良いって感じだ」
「なるほど……一応、魔物を制御する魔道具もあったことですしね」
魔獣封環と呼ばれる、魔物商が強力な魔物を封じるために使う首輪、リンネが使われていたものは、それに爆弾が取り付けられたもので、それは魔物の行動を制限し、人に従わせるというものだった。
その他にも、原理は分からないが、貴族が使っていた魔道具も、魔物を操る力を持っていた。
既存の魔物同士を融合させて、予想以上の力を持つ新しい魔物を生み出しても大丈夫なような対策は取っていたようだ。
貴族達に魔物と共に、そう言った魔道具を売りつけたのは、効果を測るためと、イーサンとツバキは結論付ける。
要約すれば、今回転界教は、ルーザーを通じ、マルドで呪いの力を悪用し、リエン商会、マルド商会、ターレン商会を掌握し、そのままリエン商会をも乗っ取ることで、モンクを中心として、世界中の物や金の動きを統制しようとしていた。
レイヴァンを狙わなかったのは、ルーザーの、リエン商会での立ち位置もあるが、騎士団とギルドの支部があることが、一番の要因と言える。今まで、それで失敗しているからだ。
今回は、ギルドも無く、騎士団も当てにならない状態、加えて、ムソウも十二星天も居ないという、転界教にとっての条件が整い、決行出来たと考えられた。
そして、オークションでの真の目的は、合成魔獣を、貴族を通じて世界中に解放し、ケリスのように、多くの魂を回収しようとしたか、民衆の混乱を招き、恐怖を煽り、大地を掌握しようとしていたか……。
どちらにせよ、マルドを足掛かりに、人界に対して宣戦布告を行おうとしていたことには変わりなかった。
「表での動きもそうだが、根回しの方も、流石に凄いな。もう少し騎士団がちゃんとしていれば、色々と考えながら、慎重に、内々に俺達だけで済ませるなんてしなくても良かっただろうに……」
そもそもルーザーやアマンが行っていたことは違法行為だ。魔獣宴が管理した販路ではなく、密猟や魔道具を使って無理やり従わせた魔物を、従魔として販売したり、人を攫って奴隷としたりと、リエンが掴んでいるだけでも、その違法行為の数は計り知れない。
しかし、騎士団とアマン達が癒着しているため、少々な事では騎士団は動かない。
ならば泳がせて、勝手に大ごとを起こしてもらうか、大きな違法行為をしでかすまで待つというのが、リエンやイーサンの考えだったが、その所為で今回の件を引き起こすことにもなったと、少しばかり反省もしていた。
気まずそうに、ツバキの横顔を見ると、ツバキは資料を読みながら小さくため息をつき、頭を抱える。
「リンネちゃんが攫われ、今に至るまで、動かない騎士団……確かに、絶好の機会ですね……」
リンネを助けることは出来たが、行方不明になった時点で、あの路地裏には騎士が居なかったということも容易に想像できる。
というか、騎士団には助けを求めた。しかし、騎士団はこちらの言うことを聞かず、結果として、多くの一般の人々を巻き込むことになった。
消えかけた怒りの炎が、静かに燃えているのをイーサンは察し、背筋が凍る思いをする。
「解決……出来たわけねえよな……?」
頭を掻きながら尋ねるイーサンに、ツバキはコクっと頷き、立ち上がる。
「ええ、まだです。ここの騎士団を告発する為にも、リエン商会にて、正式にアマンへの対応をしていただく為にも、そして、私の怒りを鎮めるためにも、早いところ、ルーザーを捕らえましょう……」
冷たい視線を建物に向けるツバキの言葉に、イーサンはただただ従うしか無かった……。
推理回の説明回疲れる……。




