第337話 ツバキ奮闘編 ―リンネを救う―
通路に群がる魔物たちを蹂躙していくエンヤと、エンヤに掴まるツバキ。
立ちはだかる魔物は、オウガ、トロールなどの上級の魔物よりも上の存在は居ない。エンヤが通り過ぎると、そこには魔物たちの、バラバラになった肉片が転がるだけだった。
「けッ! 雑魚共が。いちいち邪魔してんじゃねえよ」
「人間に操られているということでよろしいのでしょうか?」
「多分な。マシロでも見たが、魔物を生み出す魔道具もあるんだ。魔物を意のままに操れる魔道具もあるだろ。やれやれ、俺達の頃に比べると、魔物を使役できることが良いことなのか、悪いことなのか分からなくなってきたな」
エンヤの時代では、魔物という生き物は、邪神族が生み出した、ただただ殺戮を繰り返すだけの生き物だった。その力は当時の人間では太刀打ちすらできずに、蹂躙されるだけだった状態が、長い年月とともに、人間という種族も力をつけた。
まさか、魔物たちをも支配下に置ける時代になるとは、とエンヤは頭を抱える。
「……魔道具が無くても、リンネちゃんはムソウ様を、トウガ様達は、レオパルド様を慕っているというのに……」
「ああ。普段はそうあるべきなんだよな。俺も……」
エンヤはふと、何かを思い出したかのように、暗い顔をした。
「どうかされましたか?」
「何でもない……しかし、そうなると、リンネもその魔道具にかかっている可能性も考えられるが……」
ツバキに心配されたエンヤは、すぐに表情を戻し、先を見据える。
これだけの魔物を操るのならば、リンネもその支配下に置かれているのではと不安そうにしているが、ツバキはエンヤの言葉を否定した。
「いえ、その可能性は低いでしょう」
「ほう……何故、そう思うんだ?」
「リンネちゃんも支配下に置かれているのならば、私でしたら、既にここに放っております。しかし、リンネちゃんの気配は動いておりませんし、そもそも、リンネちゃんはこのオークションの目玉商品となっております」
「つまり、大事な商品には傷を付けるわけがないってことか」
「そうです。リンネちゃんを御することに関しては、魔物商が使う、別の魔道具もありますから、わざわざ別の魔道具を使うことは無いでしょう。今は恐らく、リンネを買い付けた貴族の船にでも乗せられていると思います」
「なるほどな。なら、さっさとここを抜けよう。飛ばすぜ、ツバキ!」
話を聞いたエンヤは、リンネが船に乗せられ、出航される前に片を付けると、更に速度を上げて通路を進む。
ツバキには未だ、正体不明の大きな気配が気になって仕方が無かった。しかし、エンヤの戦いぶりと暴れぶりを見ながら、大した心配でも無いのかもしれない。今は、エンヤが出来るだけ、長く戦えるように力を蓄えておこうと、その身を休ませていた。
そして、通路の先に外の景色が見えて、幾つもの明かりが動いている光景が見えてくる。出口が見えてきたと、ツバキはその方向に指を指した。
「エンヤ様! あそこです!」
「おうよッ! オラアアアッッッ!!!」
最後の一撃と、エンヤは大刀で出来た風車を手にし、向かう先に思いっきり投げた。入り口に群がる魔物たちを全て切り裂きながら、風車は、通路の入り口を破壊しながら外へと飛び出る。
「うわあああああッッッ!」
「も、もう来たのか~~~!」
出口からは、様々な人間の声が聞こえてくる。
「人間は殺さないでください」
「分かってる。ちゃんと、その奥の船を狙ってる」
キョトンとするツバキ。その勢いのまま通路から出ると、巨大な倉庫の中に桟橋がいくつもあり、そこには貴族が所有していると思われる船が幾隻も泊まっていた。
マルドの港の中にアマンが作ったリエン商会専用の桟橋は、倉庫の中に専用の桟橋と、荷の受け取りや送り出しの為の受付などが入った建物が建っている。ツバキが出てきたのは、その建物の側だった。
普段は、荷の積み下ろしや積み込みで賑やかな桟橋も、夜中ということで普段は静かなのだろう。今は、少々騒がしい状況だ。
と言っても、威勢の良い、労働者や商人達の声は聞こえない。聞こえてくるのは、オークションの商品である魔物たちの鳴き声と、逃げ惑う仮面を着けた貴族やアマンの店の従業員や護衛の冒険者達の慌てふためく声。
そして、エンヤの放った風車のような手裏剣が、空中で大きく弧を描きながら、全ての船のマストを切り倒している音。
「え……」
呆然としているツバキの目に映った光景は、メキメキと音を立てながら、マストが倒れ、船体が半分に割れながら、海に沈もうとしている散々な光景だった。乗組員たちが次々に避難し、桟橋はある意味地獄絵図と言った光景だった。
ヒュンヒュンと音を立てながら、手裏剣はエンヤの背中に戻ってくる。エンヤはツバキを下ろし、大刀を担ぐとニカっと笑った。
「さあ~て……これで、貴族共も自分の家には帰れねえだろうな。さっさと海に逃げられたら厄介だったが、何とかなったな……」
「ムソウ様以上の無茶をなさいますね……しかし、これで世界も、少々はマシになるでしょう……」
エンヤの言うように、船を失った貴族たちは、自分の家に帰ることが出来ない。マルドの街中に逃げるということも出来るが、わざわざ危険を承知で、夜の街の外に出ることは無いだろう。
これで、違法なオークションに参加した貴族達を一網打尽に出来る。その中には、転界教に繋がっている貴族も居る可能性が高いこの状況。
それは良いことなのだが、やり方が無茶苦茶だと、呆れを通り越して、何となく可笑しい気持ちになったツバキは、フッと笑みを浮かべた。
すると、遠くの方から、貴族達の怒鳴る声と、一人の男の慌てた声が聞こえてきた。
「おいッ! どうなっているのだ!? 万全の警備体制だと言っていたではないか!」
「い、いえ、そのつもりでしたが……」
「つもりとは何だ!? こちらは、競り取った商品までも無駄にしたのだぞ! 責任は取らんか!」
「い、一度買い取った商品は、その時点で、貴方方のものなので、それ以降の責任は取れないです……はい……」
「何だと!? ……まあ、良い。私は、今回の目玉を頂いたからな……コイツだけは死守する! おい! そこの冒険者共! 報酬の倍の額を出す! 私を安全な場所まで送り届けろ!」
「な!? き、貴様! 自分だけ無事に逃げるつもりか!」
「私を誰だと思っておる! 少なくとも貴様より、位は上だ!」
「知ったことでは無い! 私は私が無事ならそれで良い。ほれ、どうした、冒険者共よ。私をあの者達から守護せよ」
一人の貴族の言葉に、護衛の冒険者達は頷き、その貴族の周りに集まった。貴族の男は、落ち着いた様子になり、一つの大きな箱を大事そうに抱える。
それを見た、ツバキとエンヤはハッとし、目を見開く。
「なッ!?」
「ありゃあ……!?」
男が抱えていたものは、小さな檻だった。そして、その中には、首輪をされた小さな生き物、六つの尾を畳み、眠っている妖狐。
目指していた、リンネの姿がそこにあった。
ツバキとエンヤは、その貴族を強く睨み、エンヤは大刀を振り上げ、ツバキは斬鬼の柄に手を置き、地面を蹴った。
二人の目的がこちらだと気付いた貴族や冒険者達、それに詰め寄られていた、アマンの店の人間は慌て始める。
「クッ……こっちに来た!」
「お、おい! どうにかするのだ! 私の身を護れ!」
「い、いえ……私も自分の命が大事……だ! テメエらには悪いが、退かせてもらう!」
店の男は、貴族たちを振りほどき、建物の方へと避難する。
貴族たちは男の行動に憤り地団太を踏む。
「クソッ! やはり、商人風情は、当てにならん! おい、冒険者共! あの女どもから、私の身を護るのだ!」
「こうなったら、私も力を貸そう。兵力増強の為、私が競り落としたものも使うとする!」
ツバキ達が近づいていくと、リンネを抱えた貴族を前に、冒険者達が陣形を組む。
「ツバキ! あいつらは俺が何とか……あ?」
エンヤが前に出て蹴散らそうとした瞬間、一人の貴族が手を上げた。その貴族の手には、怪しげな魔道具があった。龍の台座に怪しく黒い魔石が埋め込まれている。
貴族が魔力を込めると、魔石が輝きだした。
「なんだあ?」
「エンヤ様! 海です!」
「あ? ――ガフッ!」
ツバキの言葉に反応したエンヤが、海の方向に目を向けた途端、海から魔力の塊のようなものが飛んできて、エンヤを襲う。
何かの直撃を受けたエンヤは、そのまま吹っ飛ばされ、建物の壁に激突した。
「エンヤ様! クッ!」
次いで、海の方向からエンヤが受けたと同様の攻撃がツバキに襲い掛かる。ツバキは障壁を展開させて、その猛攻を食い止めた。
ある程度の攻撃が続き、それが止むと、海面が大きく泡立ち、盛り上がっていく。
「「グルオオオオオオオオ~~~ッッッ!!!」」
そこから出てきたのは、大きな魔龍のような生き物。ワイバーンのように翼をはためかせながら、港に降り立つ。
ツバキはその姿を見て、目を見開く。それは、見た目は普通のワイバーンそのものだったが、唯一違う箇所がある。
普通のワイバーンは頭が一つだが、そのワイバーンは頭を二つ持っている。
それぞれの頭は、牙をガチガチと鳴らしながら、ツバキを威嚇していた。
「な、何……あれは……!?」
ツバキは、その魔物を見たことが無かった。普段から、騎士団に置いてある魔物図鑑を読み、この世界に存在する魔物については、その特徴も含めて、全て分かっているつもりだった。
だが、目の前の魔物は見たことが無い。特徴はワイバーンそのものだが、一番大事な、頭の数が違う。ある意味、九頭龍のような魔物に、ツバキは震えが止まらなかった。
先ほどから感じていた、大きな気配はこれだったと、確信するツバキ。何とか、EXスキルで対応しながら闘おうと、刀を構えた時だった。
更に桟橋や、沈みそうな船の方から悲鳴が上がる。
「ひ!? ギギャアアアアああッッッ!!!」
「助けてくれえええええっっっ!!!」
そちらに顔を向けたツバキの目に、更に驚くべきものが映った。
貴族の男が手にした魔道具の光に反応するように、更に多くの魔物が、それぞれ自分が入っていた檻を内側から壊し、続々と出てきては、目についた乗組員や、作業員、貴族の従者たちを蹂躙し、喰らっている。
目を背きたくなるような光景だが、またしてもツバキは、その魔物たちを見て、ある異変に気付き、目が離せなかった。
「まだ……居るの……!?」
そこから出てきた魔物たちも、目の前のワイバーンのような魔龍と同様、見たことはあるが、どこか違う魔物だった。
見た目は普通のゴブリンだが、腕が四本ある者、オウガのようだが、手の先がカマキリの鎌のようになっている者、トロールのようだが、腕は四本、頭は二つとなっているものなど、その姿はどの魔物も、知っている魔物が変異したようなものだった。
上位個体でも無いのに、と、ツバキは、更に困惑する。
何が起きているのかと、ツバキが魔物たちと対峙していると、再び、貴族達の怒号が聞こえてくる。
「おい、貴様! 私の商品も巻き込まれてしまったではないか!」
「どうしてくれるのだ!?」
「知るものか! しかし、これは良いな! 魔物が私の思うがままだ!」
「調子に乗るでないぞ! あの女を亡き者にした後は、きちんと私の従魔を返してもらうからな!」
「別に構わない。私には、この「操獣石」と、「双頭ワイバーン」がある。雑魚魔物の一匹や二匹、どうってことないわ!」
魔道具を持っている男はその場で高笑いを上げ、他の貴族たちは恨めし気にその男を見ていた。
恐らく、あの貴族が持っている魔道具は、魔物を操るものとツバキは考えた。魔物たちの前に障壁を作り出し、対応しつつ、ツバキは貴族に怒号を浴びせる。
「貴方! 何をしているのですか!? 今すぐ、その魔道具を収めなさい!」
高笑いを上げていた貴族は、フンッと鼻を鳴らし、ツバキに怒鳴り返す。
「何をしているか、だと!? たかが女騎士の分際で、貴族である私に逆らうな!」
「そんなことを言っている場合ですか!? あの魔物たちは何ですか!? その魔道具は!? 貴方方は、この世界をどうする気なのですか!?」
「どうする気かなど、くだらないことは言わないでもらおう! 私達は、既にこの世界を回しておる! この世界を預かる我々は、魔物さえも率いる力を手にしているのは当然の事だろう!?」
貴族の言葉に、唖然とするツバキ。こんな時でも、自らの権力を振りかざし、魔物を操り、自分達を襲うのならまだしも、貴族たちにとっては味方であるはずの、普通の人間達をも殺している現状に、ツバキは更に憤る。
「その力は、世の為に使われるべきです! 貴方方が民の為に存在しているのは承知です! 貴方方がいらっしゃるから、私達が安心して暮らしていけるのは承知しております! 貴方方の力は、民達の生活を護ってこそ、発揮されるものなのです。
その力は、人々を苦しめ、恐れされるものではありません!」
騎士であるツバキは、貴族達が普通の人間をまるで物のように考えていることが許せなかった。平然と、違法な商品を扱うオークションに参加するのが許せなかった。
クレナの一件もあり、貴族という存在に対し、彼らを守護する立場に居るツバキは、騎士としての自分は何なのか分からなくなっていた。
人の上に立つ者として、自覚し、立ち振る舞えと説くツバキの言葉に、貴族の男はフンと鼻を鳴らし、嘲笑った。
「何を言っておるか……民の為に、我々貴族が居るのではない。我々の為に、人民が居るのだ! 民草の為に、我らの尊き血があると? 調子に乗るのも大概にせよ、女騎士! 我々貴族が民草を支えているのではない! 貴様らが、我々や我々の財産を支えておるのだ! この世に生きる以上、魔物も、神獣も、龍族も、鬼族も、我々の下で生きなければならん!
それをどうしようと、私の勝手だ。私の安全を確保できず、我が財産を投げうってでも得たものを護れない役立たずなど、魔物の餌にでもなっておれば良いのだ!」
貴族が語る非情な一言に、ツバキは強い怒りを覚えた。
自分は何を護る為の騎士なのか、今まで、貴族たちを警護したのは何故だったのか……憧れて、苦労して入隊した騎士としての自分……それが分からなくなるほどに、頭の中が真っ黒になっていく。
「ん? どうした!? 女騎士! とうとう私の“力”の前に怖気づいたか? ならば、貴様も、“役立たず”……いや、私達の命を狙った不届き者として逝くが良いッッッ!」
貴族の男は手にした魔道具に更なる魔力を込める。
魔石は更に輝きを増し、魔物たちは雄たけびを上げながら、ツバキに向かって行った。
ツバキは、男の言葉を聞いてから、ただ、呆然とそこに立ち尽くしていた。今までの人生を全て否定されてきた感覚となり、体が動かないでいた。
その時――
「ガアアアアアアアッッッ!!!」
突如辺りに雄たけびが轟き、その場に居た者達は、魔物含めて足がすくんだ。
「ハッ……!」
その声に、朦朧としていたツバキが顔を上げると、吹っ飛ばされたエンヤがその場からこちらに飛んできて、魔物たちを掃討していく。
「なっ!? 貴様、まだ――」
「やかましいッ! クズ共がッッッ! テメエは……黙ってろオオオオオッッッ!!!」
「ヒィッ……!」
貴族達は、エンヤに凄い形相で怒鳴られ、その場にしりもちをつく。
エンヤはツバキの肩をガシッと掴み、その顔をまっすぐと見つめた。
「しっかりしろ、ツバキ! アイツの言葉をそのまま鵜呑みにするんじゃねえ!」
「エンヤ様……私は……」
「あの男は間違いだらけだ! この世界に生きる者すべてが自分たちの為だけに存在する? バカかッ! 俺達は、そんな奴らの為に、邪神族と闘っていた訳じゃねえ! カンナも、シンキも、ケアルも、エンマも、皆、ここで幸せに生きたかったから、この世界を護ったんだ! 普通の人間が、普通の人間らしい暮らしを送ることが出来る為に、俺達は闘ったんだ! そこに、上も下も何も無い!」
まあ、俺は邪神族も魔物も気に入らなかったから戦っていた、という言葉をぐっと飲み込むエンヤ。
そのまま続けて、ツバキに語り掛ける。
「あの男が言ったことで、ツバキが迷っているのは分かる。だが、今回の目的は見失うな! お前は何故、ここに居る? 何故、そこに立っている? 何故、刀を握っている? 落ち着いて、思い出してみろ……」
「私は……」
ツバキは胸に手を当てて、エンヤの目をまっすぐと見た。そして、目の前の魔物達から、座り込む貴族達、立ちはだかる冒険者達……その奥で、これは自分のものとばかりに、小さな檻を抱える貴族と、その中に眠るリンネ。
魔道具の影響は無いようで、未だに意識は無いようだった。
ツバキは、その目を開き、リンネの姿に手を伸ばす。
「私は……リンネちゃんを……私の護りたいものを……護りたい……です……」
ツバキの言葉を聞いたエンヤは、フッと笑みを浮かべ、ツバキの頭を撫でた。
「それで良いんだ。お前は、お前が護りたいものだけを護れば良い。あの男が、気に入らない者を除外するってんなら、お前も、護りたいものを選べばいいだけの話だ」
撫でながら、ツバキの頭を動かし、悪戯をするような笑みになるエンヤ。
「ッたく……戯言を真に受けて、固まりやがって……訳の分からねえ状況ではあるが、俺が居るんだ。ザンキの代わりに、な。最後までお前は、自分が助けたいものを助けろ」
「は、はい……分かりました。分かりましたから……やめてください……」
少しばかり鬱陶しそうにしていたツバキがそう言うと、エンヤは、ハイハイと言いながら、ツバキの頭から手を放す。そして、手にした大刀を肩に担ぎながら、エンヤは魔物たちに向き直った。
「さて……と。さっきは油断してみっともない姿を見せちまったが、受けちまったところで、普通のワイバーンのブレスと大差ない感じだったな。んで、あの中で一番強いのは、あの魔龍か……俺は、どうすれば良い?」
不敵な笑みを浮かべるエンヤ。迷惑をかけたにも関わらず、最後まで自分の指示に、想いに、身を委ねるエンヤに、ツバキは大きな安心感を覚えて、斬鬼を抜いた。
「では、魔物の殲滅をお願いします。きちんと調べないといけないのでしょうが、この事態では仕方ないでしょう。あれを外に出すわけにはいきません。徹底的にお願いします」
「徹底的に……か。了解だ。じゃあ、それが終ったら、あの貴族共も吹っ飛ばすが……良いか?」
「ええ、構いません。私はあの人達を、護るべき存在から除外しました」
「クククっ、上等だ。じゃあ、リンネは任せたぞ」
「はい。あの冒険者達は、まだまともそうです。私が行動不能にした後、リンネちゃんを必ず助けます」
ツバキが目を向けた所、冒険者達は、先ほどの男を中心とした、貴族達や、背後に居るリンネを抱えた貴族に、微妙そうな目を向けている。半ば、睨んでいる人間も居れば、これから斬られるとしたら、仕方ないかと考えているような者達も居る。
護衛として呼ばれ、依頼に忠実な冒険者と言えど、その者達も、貴族達が言うところの、「役立たずの民草」だ。自分が、依頼主にどう思われているかを理解し、周りの惨状を目にし、半ば諦めた表情をしていた。
合図とともに出るつもりだが、案外、あっという間に、片が付きそうだとツバキは思い、出る準備を整える。
「では……行きます!」
「行くぜ! 雑魚共があああッッッ!!!」
合図とともに、ツバキは地面を蹴り、真っ直ぐ、リンネの居る方向に向けて駆けていく。
エンヤは、魔物たちの方に突っ込んで行く。それを見た、貴族の男は、慌てて魔道具を起動させた。
「あ、あの者を殺すのだ! 魔物どもおおお!」
魔石の輝きを浴びた魔物たちは、エンヤに次々と襲い掛かっていく。
立ちはだかる双頭ワイバーンは二つの頭を使って噛み付き攻撃を仕掛けてきた。
その連撃を、軽くかわし続けるエンヤは、頭に手を当てて、何か、悩んでいる顔をしている。
「ヒュドラとか、ケルベロスとか、あと、こないだの九頭龍とか見る度、思ってたんだけどよ……」
などと言いながら、エンヤは、口を広げてブレス攻撃をしようとしていた二つの首のうち、一つを掴むと、もう一つの首に顔合わせになるようにぶつけた。
「「グロオオオオオ~~~ッッッ!!!」」
その瞬間、お互いの口の中でブレスが暴発。大爆発を起こして、双頭ワイバーンの頭部がボロボロとなった。
「多頭ってそれ、逆に不利じゃねえか?」
そして、エンヤは大刀を振り下ろし、ワイバーンが真っ二つになるように切り裂く。空中に居たワイバーンはそのまま絶命し、海に落ちてあっという間に、海面を赤く染める
あっという間に双頭ワイバーンを無力化したエンヤは、桟橋や船の残骸に居た、他の魔物達も相手にしていく。
腕が四本あろうと、頭がいくつもあろうと、エンヤの前では、その意味すら分からなくなるほど無意味だった。
それぞれ、斬られ、殴られ、蹴られ、引きちぎられ、潰され、刻まれながら、ただの肉塊になり、辺りを文字通りの血の海に変えていった。
全ての魔物を倒し、エンヤは頭をポリポリと掻く。
「後で、ザンキに浄化して貰うか……さて……」
そして、エンヤは、呆然とするだけだの貴族達に向き直って、指の骨を鳴らした。
「はあ……本ッ当に、さっきの台詞は腹が立ったな……アヤメの所でも思ったが、この時代の貴族は屑ばかりだ……何のためにあれだけ頑張ったのか、俺まで分からなくなる……あんな奴らの為にも、邪神族の事を隠しているなんて……俺が言うのもなんだが、シンキも大変だな……」
「ひ、ひい! ま、待ってくれ! た、助けてくれ! い、命だけは……!」
殺されると思った貴族たちは、それぞれエンヤに助命を懇願する。特に声が大きいのは、魔物を操っていた貴族。誰よりも声を張り上げながら、時折、媚などを売ってくるが、エンヤは意に介さず、貴族たちを無視して近づいていく。
「ザンキが貴族や王族と関りを持ちたくないって言ってたが、正解だな。アイツじゃあ、すぐに爆発しちまう。というか、実際斬ったか……それでも、まあ、俺よりはマシだろうが……。
トウヤやアキラは、この実態知っているのか? ちったあ、自分の後継者に貴族たちの統制を執って欲しいもの……いや、アイツ等はそんなのめんどくさがりそうだな。この時代に居るのか知らねえが、特にルージュはやらねえか……何せ、アイツを俺に押し付けたのは、アイツ等だったからな……」
かつての仲間達を思い出し、その仲間達と同じ様な性格の人間が十二星天となっているということを確認していたエンヤは、コモン達十二星天が貴族たちの統制を執ることは無いだろうと結論付けた。
ただまあ、クレナの件から、サネマサだけは期待が出来ると感じている。クレナに帰ったら、コモンを通じて、サネマサに頼み込もうと決めたエンヤだった。
「あの時は俺に、今はザンキに面倒ごとってわけか……“親子”と言えど、それは嫌だな……」
などと呟いていると、エンヤは貴族たちの前に立った。
縋り寄って来る貴族や、手を合わせ、頭を地面にこすりつける者達に向けて、拳を振り上げる。
「で、お前たちは、そのまま堕ちとけ!」
「ヒイイイ~~~ッッッ!!!」
貴族たちは、情けない悲鳴を上げながら、エンヤから拳骨を食らっていく。
無論、殺しはしない。それは、ツバキの信念だからだ。どれだけ、侮蔑の言葉を向けられても、ツバキの刀は、人を殺すのではなく生かす刀である。それを知っているエンヤは、バラバラに引き裂きたい気持ちを抑え、気絶させるだけに留める。
そして、その後は生きることが辛くなるくらいの地獄を見せてやれば良いと淡々と貴族達を気絶させていった。
ある意味、初代人界王に仕え、人界という国を興した最初期の人物に、直接叱りを受けるという栄誉を与えられているという形だが、誰もそれに気づくことは無論無く、エンヤもただの憂さ晴らしの為と、容赦なく打ち続けた。
◇◇◇
エンヤが、魔物たちを相手取っている間にツバキは冒険者達との距離を詰めていく。
自分を護れと言う、リンネを買った貴族の言葉に、やれやれと言った感じに、冒険者達は得物を構えた。全く、やる気も敵意も感じなかったツバキは、冒険者達の顔が、苦笑していることに気付く。
これはもしかしたら、と思ったツバキは、斬鬼を振り上げながら、冒険者達に声を上げる。
「どいてください! 私は……私はリンネちゃんを取り戻したいだけです! 今すぐ、道を開けてください!」
ツバキの声を聞いた冒険者達は一瞬目を見開き、ククッ、と喉を鳴らし、少しばかり、すっきりした顔つきで、ツバキと視線を合わせた。
「「「「「りょ~か~い」」」」」
「「「「「ど~ぞ~」」」」」
気の抜けた返事と共に、冒険者達は二つに分かれる。ツバキの目の前には、リンネを抱えた貴族へと、一直線の道が出来た。
護ってくれると信じていた冒険者達が道を開けたことについて、貴族の男は信じられないものを見ているような顔で、冒険者達に怒鳴り散らす。
「き、貴様ら! 何をしておるのだ!? わ、私を護らんか!」
憤る貴族にやれやれと思った、一人の冒険者が振り向いて、ニコリと笑った。
「はあ? 何言ってんだ、このお貴族様は……」
「な、何だと!? 貴様、私を誰だと――」
「日頃、俺達が苦労して倒している魔物を操る魔物の親玉みたいなもんだろ? 更に、そんな俺達の命なんぞ、貴族達が生きていくためだけのものと切り捨てるって……どっちかって言ったら、魔物だな」
「ふ、ふざける――」
「それより、良いのか、魔物さん? 俺を叱る暇あったら、逃げた方がまだ良かったのにな……」
そう言うと、男はサッと、横にずれる。するとその背後から、既にそこまで来ていたツバキが貴族の男に飛び出してきた。
「しっかりな……偉大な騎士の、おねえさん」
「感謝します!」
自分の言いたいことを言い、やって欲しいことをやってくれたと、男は全てをツバキに託し、肩をポンと叩いた。
ツバキは、男を始め、その場に居た冒険者達全員に礼を言って、貴族の男との間合いを一気に詰める。
「これで終わりです……」
そして、ツバキは斬鬼を逆手に持ち、柄の先端を貴族の男に向けた。
貴族の男はなおもリンネの檻を抱えて、放そうとしなかった。
「や、やめろ! この妖狐は私のものだ! 私が、私だけが持つ、私のものだ!」
「リンネちゃんは「もの」ではありません……リンネちゃんは、私の……私達の……」
狼狽える貴族の男の側に来たツバキは、万感の思いを込めて斬鬼の柄を、貴族の男の腹に打ち込んだ。
「ごっ……がはっ!」
「“家族”……です……」
貴族の男が倒れると同時に、リンネの入った檻を斬鬼で斬ったツバキは、リンネの体を優しく抱き止めた。
「リンネちゃん、迎えに来ました。ツバキ……ですよ?」
眠っているリンネを起こそうと、ツバキは語り掛けたが、目を覚まさなかった。
ひとまず、リンネの身は取り返したが、意識は戻らない。シオリの話では、リンネは首輪をはめられてから、意識を失ったと聞いた。
今もはめられている、その首輪が意識を失っている原因と判断したツバキは、その首輪も、斬鬼で斬ろうとした。
するとここで、冒険者の中に居た女が、ツバキを引き留めた。
「ちょっと待って、おねえさん! その首輪、爆弾がついていて、無理やり取ろうとしたり、斬ったりしたら、即座に爆発するって!」
「何ですって!?」
女の言葉に、ツバキは言葉を失った。首輪を取ると、リンネは目を覚ますかも知れないが、その直後に爆発を起こし、リンネの体が傷つくかも知れない。
鍵で開けるしか無いと言うことだが、鍵穴は無い。首輪に登録された者の魔力でないと開錠出来ないということで、今、この場に居る者では、リンネの首輪を取り外すことが不可能と言うことが明らかになった。
「そんな……ここまで来て……」
ツバキはその場に跪き、項垂れる。せっかく、リンネを助けるために、ハンナやギランを始めとして、街の知り合いを説得し、自分達の身が危険なことになるという覚悟も決めて、ここまで来たのに、最後の最後で、リンネを助けられないと知ったツバキ。
弱い呼吸をしながら、目を瞑ったままのリンネを見つめ、ツバキの目から涙が溢れてくる。
「リンネちゃん……ごめん……なさい……ムソウ様……ごめん――」
何度も頭を下げるツバキ。自分が付いていながら、リンネを辛い目に遭わせてしまった。せっかく助けたと思ったら、それが叶わないものだと知った。
助けられたはずなのに、助けられなかったリンネと、ツバキと同じくリンネの事を大切に想っているムソウに、ツバキは謝ろうとした。
その時、視界に映るリンネに、ぬっと手が伸びる。その手は、両手で、リンネと首輪の間に手を入れて、
「フンッ!」
そのまま、首輪を引きちぎった。刹那、手にした首輪の破片を目にも止まらぬ素早さで、海の方に投げると、その直後、海上でボンッという大きな爆発が起こった。
「え……?」
ツバキが顔を上げると、海の方を見つめるエンヤが、首輪の外されたリンネを抱えていた。
「お? 上手くいったな。やっぱり、即座に爆発ってのはふかしだったか……さて、と……」
エンヤはくるっと、ツバキに向き直り、リンネをツバキの胸に押し当てた。
「……これで、一件落着だな。ザンキに怒られなくて済むぜ……お前を泣かせたってなったら、俺はアイツに殴られる……」
ツバキは、リンネを受け取り、苦笑いするエンヤの顔を見上げた。
そして、ゆっくりと視線を下ろし、首輪も無くなって、少しばかり落ち着いてきた様子のリンネを眺める。
見ると、少しばかり怪我をしているようだった。意識を失う前はシオリ達を護る為に、闘っていたのだから、恐らくその時のものだ。
ツバキはリンネの体に、ムソウが作った、黄金神薬を与える。体の傷を癒すとともに、先ほどの貴族の男が使ったのは、魔物に対しての呪いという可能性もあるので、一応使ってみた所、傷だけを癒して、それ以外は反応が無かった。
安心したツバキは、リンネの体全体を見つめていた。他にも、どこかケガをしてないかと、じっくりと観察する。
すると……
「キュ……?」
ピクリと、リンネの瞼が動き、ゆっくりと目を開けた。おぼろげなその瞳に、ツバキの顔をしっかりと映していた。
「リンネ……ちゃん……大丈夫……ですか……?」
「キュ……ウ……キュ……?」
様子を伺うツバキに、リンネは首を傾げる。すると、何かに気付いたように、ツバキの顔に自分の顔を近づけて、頬についていた涙をペロッと舐めた。
「キュウ~!」
そして、にっこりと笑うリンネ。その顔を見たツバキは、リンネをゆっくりと抱きしめ、優しく頭を撫で始めた。
「良かった……リンネちゃん……本当に……良かったです……もう……大丈夫です……」
「キュ? キュウ~……」
しっかりと、リンネを抱きしめるツバキ。もう放さないという思いと共に、今まで、よく頑張ったと、リンネを褒めていた。
リンネは、しばらく不思議そうにしていたが、ツバキに撫でられ、その優しさに触れて、ツバキの腕の中で、暖かな気持ちに包まれていた。




