第333話 ツバキ奮闘編 ―アマンの店に行く―
ツバキの前に姿を現した男は、地面に座り、何かを記録していた。敵意などは感じないが、何が起こるのか分からない状況で、なおかつ怪しげな場所で、怪しげな恰好をしている男に油断していなかった。
ただ、ここで時間を潰すわけにもいかず、ツバキの方から、男に話しかけることにした。
「結局、貴方は何者ですか? この男の事を助けたかったのは何故ですか?」
ツバキの問いに男は記録を辞めて顔を上げる。
「ん? 助けたかったわけじゃねえ。ソイツは、うちが証人として生かしておいて欲しかっただけだ。さっきから見ていたが、結構、アイツの裏事情を知っていそうだからな」
訳の分からない返答に、ツバキは困惑するが、慌てることなく続ける。
「質問に答えてください。貴方は何者ですか?」
「ああ……この街で、身分を明かすのは勇気が要るが、まあ、仕方ないか……」
そう言って、男は立ち上がり、自らの外套を脱ぎ捨てた。顔から見えていたように、ツバキと同じくらいの金髪の男。痩せ身だが、筋肉はしっかりと着いている。指無しの手袋をはめ、腰には二本の短刀をぶら下げている。
そして、シャツの間から見せる胸部には、何か、入れ墨を入れているようだった。
男は、襟を持ち、その紋章を見せつけるとニカっと笑った。
「ご覧の通り、俺は、リエン商会の商人だ……が、自分でものを売ることはあまりない。やっていることは、商会内で怪しい動きだったり、違法な商売をしている奴らを取り締まっている。名は、イーサン。リエン商会の監査室室長をやっている。よろしくな、おねえさん」
男の自己紹介に目を見開くツバキ。警戒心は一気に解けて、イーサンに歩み寄る。
「貴方が……イーサンさん?」
「その呼び方、言い辛えだろ? 敬称付けないで、イーさんで、良いぞ」
「いえ、そういうわけでは……」
「ハッハッハ! よく言われるから気にするな。だが、その言い方だと、既に俺の事を知っている風だな。ひょっとして、俺がこの街で色々と調べごとをしていたってのも、周知の事実なのか?」
「い、いえ……恐らくそちらも気付いておりますでしょうが……ムソウ様から聞いておりますので」
あ、なるほどと手を叩くイーサン。
ツバキがイーサンと言う男を知ったのは、ムソウがレイヴァンで詐欺に遭ったという話を聞いた時だ。助けてくれた男が目の前に居るイーサンという男で、リエン商会内には、仲間を取り締まる部署があるということを知った。
その為、不信感全開だったイーサンへの態度は、すぐに軟化、ふう、と胸を撫で下ろしながら緊張を解くツバキ。
そんなツバキを見ながらイーサンはニカっと笑った。
「意外と無理してたんだな。終始冷静だったから、平気なものかと思ってたぜ」
「それは……まあ、あまり慣れないことをしてしまいましたから……」
情報を得るために尋問をすることはあっても、相手を脅し、あまつさえ、大けがを負わせる拷問は流石に初めてのツバキ。リンネの情報を得るに必要な事ではあったが、命を弄ぶような気がして、少しだけ罪悪感を覚えていた。
それを気取ったのか、イーサンはツバキに労いの言葉をかける。
「あまり、気にしなくて良いと思うぜ? 課程はどうあれ、おねえさんは目的に近づいたんだからな。あの男は伸びては居るが生きているし、こうやって、回復薬を与えれば、元通りだからな」
と、言いながらイーサンは男に上級よりも上の回復薬を与える。男の身体は強く輝き、全身の傷を癒し始めた。
それと同時に、男の身体をがんじがらめに縛り、口と目、ついでに耳を塞いだ。これで、何をされても大丈夫だろうと、すっきりした顔で立ち上がる。
「ご覧の通り、この男は俺の手で、今はこうなっている。おねえさんが気をもむ必要は無くなったな」
「いえ……ですが……」
「冒険者の男を捕らえるって、結構難しいからな。その手間を省いてくれたおねえさんには、後で商会から協力感謝費を送ろうと思う。事が終わったら、商会まで来て、この書類を出してくれ」
そう言って、イーサンは書類をツバキに渡した。得意げな顔をするイーサンに、ツバキは戸惑うだけだったが、無理やり書類を押し付けられたことに動揺し、思わず笑みを浮かべてしまった。
「フフッ……面白い方ですね」
「ようやく、柔らかい顔になったみたいで、安心した。これなら、俺の事を詳しく話しても問題ないな」
「あ……お手数おかけしました」
「さっきまでだと、下手なことを言ったら、斬られそうだったからな。さて……」
イーサンは、手ごろな場所を見つけ、そこに腰かけてツバキの方に向き直った。
「次は、俺から情報を、だろ? 何でも聞いてくれ」
「え……よろしいのですか? リエン商会の監査の方なのに、大事な情報を話してくださるのですか?」
「ああ。リエンの旦那に、「冒険者ムソウ、及び、ムソウの関係者には全面的に協力しろ」と、言われている。何のつもりだろうな……まあ、恩を売りたいのか、単純にムソウを敵に回したくないのか、そのあたりだろう。なので、おねえさんの質問には全て答えるつもりだ」
会ったことも無いリエン商会の長が、ムソウに対して、怪しい程好意的だということに、ツバキは首を傾げる。
ただ、ムソウ自身も会ったことが無いリエンという男に対して好意的だということを思い出し、特に気にせず、イーサンに頷いた。
「わかりました。嘘を言いましたら、許しませんよ?」
「だったら、これで録音でもしてくれ」
そう言って、イーサンが出してきたのは、録音機能がある魔道具。騎士団でも、尋問の際に使うことが多いので、ツバキも使い方は知っていた。魔力を込めて魔道具を起動させると、台座にはめられた緑色の魔石が輝く。
ひょうきんな態度で、お見事、と笑うイーサンに、ツバキは色々と質問をしていく。
「ではまず、イーサンさんは何故ここに居らっしゃるのですか?」
「アマンの事を調べていたんだ。ついこないだから、何故かリエンの旦那が、「俺の目指す夢を妨害する奴は、この商会には置かねえ」って言ってな。怪しい商売や、詐欺とか犯罪をする奴らを徹底的に調べ上げるようになったんだ。
まあ、それ以前に、アマンは怪しい噂しか無かったからな。俺が専属で調べていた。その際に、今日のオークションと、おねえさんが探している妖狐の事、そして、妖狐を探しに来るだろうおねえさんも攫うって計画を知って、ここに来たってわけだ。決定的な瞬間を、動画なり、写真に収めれば、リエンの旦那本隊が動けるからな」
「では、リンネちゃんが攫われた時は、どこに? ここには居なかったのですか?」
「いや、あの時、俺もこの場に居て、一部始終を見ていた」
イーサンの言葉に、ツバキの表情は一気に悪くなる。その瞬間、刀を抜き、イーサンに突き付けた。
「……何故、助けてくださらなかったのですか?」
あの時、この場に居たのであれば、イーサンがリンネを助けることも出来たはずだ。イーサンは冒険者ムソウの関係者には全力で協力するように、と指示を受けている。だからこそこうやって、ツバキに協力しているが、事件が起こった際に、リンネを助けなかったイーサンの行動は矛盾している。
そう感じたツバキは、半ば脅しをかけるつもりで、イーサンに刃を近づけていく。
それでも、イーサンの態度は変わらない。まるで、この状況が分かっていたと言わんばかりに、落ち着いた態度で、ツバキの目をまっすぐと見ていた。
「今、おねえさん達が置かれている状況……確かに、俺の責任とも言えるだろう。あの時、俺が動いていたら、何か変わっていたかも知れないというのは確かだ。
だがな、ちょっと、順番が違うんだよ」
「順番? 何の順番ですか?」
「俺は、おねえさんとあの妖狐が、冒険者ムソウの関係者ということは知らなかった」
イーサンの言葉に、目を見開くツバキ。このモンクで、最も情報収集能力に長けているはずの、リエン商会の男が、それを知らないというのは考えられなかった。
「どういう……ことですか?」
「俺は、この街でアマンにべったりだったからな。それ以外の情報は抜けていることも多い。冒険者ムソウが、この街に滞在しているという話は、リエンの旦那も知っていたから、俺も知っていたことだが、何処に誰と居るのかは知らなかった。
おねえさんの実家に、従魔を連れて来たという情報は流石に入ってきていない。ムソウの身辺を探っていたら、分かっていたのかも知れないな」
「では、私達がムソウ様の関係者だと知ったのは、何時ですか?」
「ついさっきだ。攫われた妖狐がアマンの店に運ばれたことを確認した後、逃げた子供たちが気になって、またここに来たら、臨海公園で落ち込んでいるのを見てな。保護しようとしたら、男が近づいて行って、そのまま、おねえさんの家まで連れて行った。
俺も、ついていくと、俺が調べていた人物のうちの一人である、“大博徒”ギランが居たから、これは何かあったなと思い、俺もあそこでおねえさん達の話を聞いていた。そこでようやく、おねえさんが冒険者ムソウの護衛で、攫われた妖狐は、ムソウの従魔だって知ったんだ」
そう言って、最後に、これは完全に俺の落ち度だなと呟き、項垂れるイーサン。まさか、ムソウとギランさえも繋がっているというのは、本気で思っていなかったらしい。
そもそも、アマンとムソウが繋がっていないので、ムソウの周りについても、そこまでの調査はしていない。ムソウがこの街に居ることも長くは無いので、実際に誰と繋がっているのかも、不明瞭だった。
更には、ツバキの存在もあまり知られていない。従魔であるリンネの事は、種族は知らなくても、冒険者ムソウには従魔が居るという事実は知っていても、それがいろいろな姿に変化し、未だに謎も多い妖狐と言うことで、存在を確認するまでには至っていない。
ツバキに関しては、ムソウが有名になるきっかけとなったクレナの一件で、際立った動きが無かったことから、あまり名は知れ渡っていないというのが、イーサンの所見だった。
一応、筋の通ったイーサンの言葉に、ツバキは納得し、刀を収めた。
「失礼しました」
「いや、気にすんな。あの時、俺があの妖狐とムソウの関係性を知っていれば、こうならなかったのは事実だ。アンタ達、上手く身分を隠せていたと思うぜ? マルドにムソウが居るって情報はあったが、何処に居るのかは知らねえし、話を聞けば、ここ数日はスーランに居るらしいからな。道理で、あんな目立つ奴の姿を確認できないわけだ……」
「それは……すみません」
「謝る必要は無いだろ。面白いな、おねえさんは……」
クスっと笑うイーサンに、冗談を言っている場合かと叱責するツバキ。ただ、その分、先ほどの気まずい感覚は無くなって、話しやすい環境にはなったと思い、ツバキは尋問を進める。
「ひとまず、貴方への誤解は解けました。ただ、リンネちゃんが攫われるのを傍観していたというのは流石に納得できないのですが……」
「まあ、あの優しそうな妖狐を連れて行かせたというのは確かに、悪かったなとは思う。ただ、アマンとルーザー、それに人攫いに扮した冒険者二人相手は流石になあ……」
監査室室長として、他の商人よりは腕は立つイーサンだが、四人相手だと、自分の身が危ないと判断し、その時は、どこかの珍しい魔物という認識しか無かったリンネを取り返そうとは思わなかったという。まあ、それは仕方ないかと、ツバキは納得した。
「普段は、戦う必要は無い方ですもんね……」
「まあ、あれくらいなら、リエンの旦那は片手間で遊べるだろうがな……」
「あ、そう言えば、ルーザーというのは誰の事ですか?」
「アマンにここの店を任されている奴で、道化師役をやっていた奴だよ。“魔法帝”の弟子、ってのはもちろん嘘だが、それなりの魔法の使い手ではある。何せ、表向きは装飾品の魔力付与を生業にしているからな」
ここで、「マナの父親」の正体も判明する。冒険者の男は知らなかったようだが、貴重な情報だと、イーサンに頭を下げる。
詳しく聞くと、アマンはこの街にある自分の店の経営はしているが、運営はルーザーに任せているという。普段、アマンは少女の姿になったり、まったくの別人に変装したりして、この街の他の二つの商会の情報収集や、裏で運営している魔物商や奴隷商の仕事をしている。
「魔物商などの仕事は分かりますが、二つの商会の情報収集とは?」
「まあ、ありきたりな、悪い噂を集めて、マルド商会とターレン商会を潰すために動いている」
「え……二つの商会は、リエン商会や、アマンを味方につけることに関して、好意的じゃないのですか?」
「商会側はそうだろうが、アマンは違う。ターレン商会の港運営の権利と、マルド商会のカジノ運営の権利を奪おうと躍起だ。だから、二つの商会にそれぞれ密偵を送り、商人達を煽り、自分の店を襲わせて、「あそこに居る人間は、店を出しただけで襲ってくる危険な奴ら」という印象を植え付けたりもしている」
ここ数日、アマンの店について聞いていた、店への迷惑行為についての真相も、イーサンの口から理解したツバキ。そんなことがあるのかと目を見開く。
「リエン商会側は、このことを把握していたのでしたら、何故、動かなかったのでしょうか?」
「動けなかったんだ。確たる証拠は無いし、実際、被害を受けているのは、リエン商会のアマンの店だからな。こちらから、自演ですって伝えるのは、それこそ、商会全体の信用度に関わる。こっちも、こっちで、生き延びるためには必要な判断だった。
結果、マルド商会とターレン商会のそれぞれの多くの商人が、巻き添えで何らかの処罰を食らったり、中には騎士団に連行された奴も居る。アマンに金を握らされている騎士は、無論、アマンの言うことしか信じないので、そこまでの調査はしない。
二つの商会も、大きすぎるがゆえに、全ての商人に、深い調査はしないから、密偵は送り放題で、これからも、色々とやるだろうな
そして、護衛と言う名目で、冒険者を集め、マルド商会のカジノで借金を負った奴らも誘い込み、手駒にすることに成功。オークションの安全な開催に踏み切り、目玉として、目を付けていた妖狐を攫ったってのが、今回の経緯だろう」
イーサンの口から語られたのは、結局はこの街全体の問題に、リンネが巻き込まれたという結論だった。
自分たちが知らない間に、商会や、冒険者、更には騎士団も混じって、大きな渦が地元であるマルドを襲っていたということに愕然としたツバキ。
深くため息をついて、イーサンの方を向いた。
「わかりました……質問は以上です。ありがとうございました、イーサンさん」
「おう……で、おねえさんは、どうするんだ?」
「当初の予定通り、アマンの店に行って、リンネちゃんを助けます。私はその為にここに来ているので」
「その結果、おねえさんが、騎士団に捕まることになってもか?」
すでに、騎士団はアマンに掌握されている。妖狐と言う商品を強奪されたとアマンが言えば、そういうことになる可能性も大きいだろうし、実家も危ないかも知れない。
しかし、ツバキは胸に手を当てて、イーサンに頷いた。
「構いません。私には、リンネちゃんと、ムソウ様の側に居ることが全てなので……」
今、こうしている間にも、リンネは苦しんでいるかもしれない。そのリンネの帰りをタクマとメリアも待っている。その為にハンナやギラン達は必死にそれぞれの行動をしている。
この後に、どんな困難なことが、自分達に襲い掛かって来るのか、ツバキも予想がつかない。
だが、時には譲れないものもあるということ、その為には、どんなことをしてでも、成し遂げるということを知っているツバキは、リンネを助けに行くということを曲げなかった。
「では、私は行きます。また、機会があれば、後日お会いしましょう」
イーサンに別れを言って、路地裏を、街の方へ戻ろうとした時だった。
はあ~、と長いため息をつき、イーサンが口を開く。
「待ちな、おねえさん。最後に、もう一つだけ、聞いてくれ」
「何ですか?」
ツバキは立ち止まり、振り向くと、イーサンはその場に立ち、ニカっと笑っていた。
「自分の目的の為に、真っ直ぐになる姿勢は、俺も嫌いじゃない。だから、俺も、おねえさんに最後まで協力することにした」
「というと……?」
「俺も、アマンの店に行くぜ。そもそも、こうなったのは、半分俺の所為みたいだからな。確かにこのままリエンの旦那に報告したとしても、アマンを追い出すことは可能だろう。実際に、俺はその現場を押さえたんだからな。
だが、ここで帰ったら、多分、俺もリエンの旦那に怒られちまう。大事なお客様を危険な目に遭わせるなってな。
だから、俺もおねえさんについていく。で、アマンがオークションを通じて何をやりたいのか、この街で何をやりたいのか、全部全て暴いたうえで奴を告発し、その全てを、打ち砕いてやる」
そう言って、ツバキの隣に立つイーサン。冒険者の男は取りあえず、そばにあったゴミ置き場に閉じ込め、街の方へと歩こうとしていた。
ツバキは、イーサンの行動に目を見開き、慌てて付いていく。
「ほ、本気ですか? 何が、起きるかわかりませんよ? 私は貴方の身まで護り切る自信は……」
「俺は別に闘いに行くわけじゃねえよ。アマンの不正を暴きに行くだけだ。ここまで、監査である俺の手を煩わせたんだ。アイツを商会から追い出し、俺も久しぶりに休みを取りてえし、商売もしてえし、カジノにも行きてえ。そして、倒れるまで酒を飲んで……とにかく、俺も、俺の目的の為に、おねえさんを利用するってことだ」
「利用って……まあ、べつに構いませんが……」
「その代わり、おねえさんへの礼はきちんとする。ことが終って、おねえさんや、おねえさんの実家、あの冒険者、“大博徒”ギラン含めて、他の商人や騎士が何かしようもんなら、リエン商会が黙ってねえって、広めてやるからな。情報戦のエキスパートを舐めんなってことだ」
「それ、結局、リエン商会にばかり、不都合をかけることになっていませんか? その方が怖いですよ……」
「元々身内の問題だ。それで良いんだよ。まあ、何か思うことがあるのなら、冒険者ムソウに、アマンはどうなっても良いが、俺やリエンの旦那には良くしてくれってとりなしてもらえると助かる……」
「それは……フフッ、分かりました。必ず、イーサンさんの活躍をお伝えしておきます」
とうとう観念したツバキは、イーサンの同行を許可した。イーサンはニカっと笑い、拳と掌を合わせる。
「感謝するぜ、ツバキの姐さん!」
「それは辞めてください、イーサンさん。では、行きましょう!」
「おう!」
ツバキとイーサンはその場から駆け出し、全速力でアマンの店へと向かって行った。




