第332話 ツバキ奮闘編 ―リンネの居場所を突き止める―
家から出て、皆と別れた後は、一直線にリンネ達が襲われた路地裏を目指すツバキ。
地図で見ると、臨海公園の近くだった。公園が近いということもあり、子供達も若干ではあるが、警戒心が緩んでいたのかも知れない。そこは仕方なかったと、納得したが……。
目的地に向かう途中にある、騎士団の駐屯地を目にする。灯りが消えて、既に誰も居ないことを察したツバキ。確かに、他の領でも、夜には閉めるものだが、何か起こった時の為、数人は常駐しているものだ。
まして、この街にはカジノがある。夜でも眠らない街と言うのに、街の平和を守る騎士は現在、いないという事実に、ツバキは忌々し気に舌を打つ。
憤る気持ちを抑えて、再び駆け出したツバキ。今は、目的遂行のために、先を急ぐことにした。
そして、路地裏の入り口に辿り着くツバキ。辺りを見ると、そこまでの数の人間は居ない。海に近いが、流石に港も、市場も、この時間に居る人間はまばらだ。
近くに誰かいれば、話を聞こうかとも考えたが、無理そうなので、早速路地裏に入ることにした。
足を踏み入れて数歩。立ち止まり、辺りの気配を探ってみた。未だ、ムソウのように完全には分からないが、近くに生物の気配があれば、察知することが出来る。今の所、路地裏の先にも近くにも人の気配はしなかった。
無論、リンネの気配も無い。ムソウに言われて普段のリンネを観察しながら、その気配の特徴を調べていたツバキ。いつもの、元気で明るい、子供らしさ全開の気配は感じられなかった。
「流石に……いない……か。どこへ行ったのか、分かれば良いのですが……」
半ば、諦めていた状況だったために、リンネが居ないということについては、すぐに納得できた。
しかし、路地を進んでいくうちに、更に気配を探った時、ツバキはハッとする。
―誰か……居る……?―
自分が進んでいる道の先に、何かの気配があった。気配の数は三つ。そのうち、一つは普段と同じような感じだが、二つは、朧げと言うか、消えそうと言うか、本当にそこに何かが居るのかどうか、分からないと言った感じだ。
感じられる気配の中に、リンネは居ないことは確かだ。しかし、こんなところに、しかも、こんな時間に誰が居るのか、ひょっとしたら、事件の関係者の可能性もある。
ひとまず、気配の主を確認しようと、ツバキは路地裏を駆けていく。
そして、着いたのは、恐らくリンネが攫われた現場と思われる広場だった。ゆっくりと歩を進めるツバキ。
夜の静寂に包まれている中、その広場に、小さな声が響いている。
「うぅ……お父さん……グスッ……お父さん……」
よく見ると、広場の奥の壁際に、小さな女の子が座り込み、項垂れたまま泣き声を上げている。
更に、よく見てみたが、三つ気配があったはずだが、二つの気配の主の姿は見えなかった。元々、消えそうで朧げだっただけに、この場で姿が見えないという状況に、ツバキはなるほど、とため息をつき、広場に居る、見覚えのある小さな女の子に歩み寄った。
「こんなところに居たのですか? マナちゃん」
「……へ?」
ツバキに優しく声をかけられた女の子は顔を上げる。それは、体中を土まみれにし、涙で顔を汚していたマナだった。
リンネやシオリ達と一緒に襲われた後、ずっとここに居たのか、どこかに行って戻ってきたのか定かではない。
だが、五体満足の様子に、ツバキは安堵した顔を浮かべる。
「ここで、何をしているのですか? 皆、心配しておりますよ?」
「えっと……あ! ツバキさん!」
ツバキの顔を見てもすぐに誰だか思い出せなかった様子のマナ。しばらく顔を見つめてきて、ツバキだと思い出すと体を起こし、ツバキを抱きしめた。
「こ、怖かったです、私……私……」
「ええ。ここは危険な場所だということはご存じですよね? 早いところ、皆さんが居る場所まで戻りましょう」
「あ、あの、ツバキさん……お父さんと、エスク君、ムルト君、それに……リンネちゃんが……」
「事情はすでに、シオリちゃん達から聞いております。早いところ、マナちゃんも安全な場所へ……」
ツバキはそう言って、マナの手を掴み、もと来た道を戻ろうとした。
しかし……
ヒュッ!
「ッ! ハアッ!」
突如、空を切る音が聞こえてきて、ツバキは刀を抜く。どこからともなく飛んできた短刀は、斬鬼の刃に弾かれ、地面に転がる。
マナは驚いてしりもちをついたが、ツバキは慌てることなく、斬鬼を鞘に収めた。
「ふう……そろそろ姿を見せたらどうですか? 正直、バレバレです。まさか、私のような女を襲うのに、コソコソ隠れないといけないほどの方なのですか?」
やれやれと言った感じに、ツバキは気配を感じる先を見つめる。
ツバキの言葉を挑発と受け取ったのか、そこからスーッと姿を現す、外套を纏った男。苦々し気な表情を浮かべながら、ツバキに短刀を向ける。
「何で分かったんだ!?」
「隠蔽スキルで姿を消したら、気配も弱まるという話は本当だったのですね。精進しないと……」
「質問に答えろ!」
自分の居場所が分かったことに対して、憤慨する男。挑発に乗らずに、姿を現さなかったら、まだ、こちらも困るようなものなのに、単純そうで良かったと胸を撫で下ろすツバキ。
クスっと笑みを浮かべて、そのまま笑い出すツバキ。
「このッ!!! クソ女が!」
ツバキの態度に、更に憤慨した男は、短刀を振り上げてツバキに向かってくる。
慌てることなく、男の攻撃を躱し、更に足を引っかけて転ばした。
「うおッ!?」
ツバキにとっては、素人同然の動きの男を制するのは簡単だった。大きな音を立てて地面に突っ伏し、顔を上げる男の前に、斬鬼の切っ先を向ける。
「ひいっ!?」
「まあ……貴方が何者で、今の状況で何を企んでいるのかは、大体わかりました……ですが、まだわからないことも多いのですよ。なので、私の質問に正直に答えていただけますか?」
じりじりと、切っ先を近づけられ、男はガクガクと震えはじめる。
リンネの件と関わりがあるのかどうかは不明だが、人攫いなのは確実だ。何かしらの情報を聞き出すために、ツバキは慣れない尋問を進める。
「まず、貴方はどこの――」
だが、その瞬間、ツバキの背後から別の男の声が聞こえてくる。
「止まれ! じゃねえと、この娘を!」
「お姉ちゃん! 助けて~~~ッッッ!」
それと同時に聞こえてくるマナの悲鳴。ハッとして背後を見ると、いつの間にか、もう一人の男が現れており、その腕でマナを抱えている。乱暴に短刀を突きつけた状態で、ツバキに怒声を浴びせている。
襲ってきた男に集中していて、もう一人の気配について失念していたツバキ。これも、一つの反省点だなと思いながら、ツバキは再び男に向き直る。
「え~っと、どこまでいきましたっけ? ああ、そうでした。まだ、何も始まっておりませんでしたね。では、質問いたします。貴方はどこの店に――」
まずは、素性を明らかにするため、男達にどこの店に雇われたかを確認しようとする。もしも、雇い主が分かれば、そこにリンネが居る可能性もあるし、居なかったとしても、この街の奴隷商や魔物商の元締めは同じなので、何らかの情報を持っている可能性はある。
アマンの店に行くことは確実だが、とにかく、リンネの情報を掴みたいツバキは、捕らえた男から情報を得ようとする。しかし、またも背後に居る者達が、ツバキの言葉を遮った。
「お、お姉ちゃん……助けて~!」
「おい、女ァ! この娘がどうなっても良いのかぁ!? さっさとそいつを、こっちに渡せ!」
どこか慌てる様子の男とマナ。男の方は、これだけ騒いだのだから、早くしないと警ら中の騎士が来るとでも思っての行動だろうと納得……するわけない。何せ、ツバキの推理だと、男も騎士団と繋がっているから。恐らく別の理由がある。
それはさておき、マナも慌てている様子だ。これは単純に、早く助けて欲しいから。ここで事件が起きたのは、少なくとも昼過ぎで、今は真夜中だ。マナの話だと、連れて行かれた「お父さん」の後を追おうとしたのか定かではないが、その頃から、マナは、ここに居たと考えられる。
さぞかしひもじい思いを……と、普段のツバキなら思うだろう。
しかし、シオリ達の話を聞き、今日、自分の目で確かめた事実や、ギラン達との作戦会議によって構築された推理では、もはやツバキにとって、それはどうでも良いことだった。
はあ、とため息をつき、ツバキは再びマナを抱える男を……特にマナに視線を向けた。
「……猿芝居は、もう辞めてください。それ以上されますと、私は本気で怒ります……」
冷酷に放たれた言葉に、男もマナも唖然とする。
「お、お姉ちゃん、それは、どういう――」
「言葉の通りですよ、マナちゃん。全部、演技なのでしょう? 怖がる必要は無いのですから、もう、そんなことは辞めて、その男とどこへなりとも行ってください……私には、この男が居れば充分ですので……」
その言葉を聞いたマナは、更に慌て始め、目から大粒の涙を流しながら、ツバキに訴えかけた。
「な、何を言ってるの!? 私は、本当に怖かったの! シオリちゃん達が逃げた後、リンネちゃんも、エスク君も、ムルト君もこの人達に見つけられて、攫って行って、お父さんも連れて行かれて……ずっと、一人でここに居て、寂しかったの! ねえ、お願い! ツバキお姉ちゃん! 助けて!」
バタバタと暴れるマナを男は更に強く抱えて、短刀を突きつけて黙らせる。短い悲鳴を上げたマナは、そのまま男の腕の中でおとなしくなっていった。
しかし、それも意に介さずといった感じに、ツバキは口を開く。
「あのね、マナちゃん。そもそも、貴女……いいえ、貴女達の行動はおかしいんです。
まず、普通の子供ならそこに何があろうとも、こんな所に来ようと言うわけがありません。マルドでは古くから、そう子供達に教えていますから。そして、そんな場所へ貴女のお父様が行ったことなど、もっとあり得ません。わざわざ人攫いの出やすい場所に、自分の子供を連れて行くとは……。他の子供達だけを連れて来るのならまだしも、我が子をここに追いやるとは聞いたこともありません」
「い、いや、でも……」
「そもそも、貴女や、貴女のお父様、それにエスク君とムルト君でしたか? 貴女達は、ここにお父様が働く見世物小屋があるから、ここに来ようというものでしたね? それが、どこにも無いというのは、一体全体、どういうことなのでしょうか?」
「それ……は……?」
徐々に雲行きが怪しくなってくるマナと、男達の表情。
シオリ達の話では、明らかに嘘をついていたマナ。その時点で、幼いとは言え、今回の件についてマナが怪しい存在だということは明白だ。
何も反論が無いことを確認したツバキは、更に続ける。
「それから、この状況も、そもそもあり得ないのですよ。この方々が人攫いなのでしたら、わざわざこういう状況にはなっておりません。商品になるマナちゃんを手にしたのでしたら、さっさと逃げれば良いのです。通常、依頼主に安全に商品を届けることが出来れば、人攫いの仕事は終わりですからね。仲間だとか、そういう情は無いと聞いていましたが、ずいぶんと、仲間想いの方々なのですか? 貴方方は……?」
「ぐぬ……」
「そ、それは……」
ツバキの言葉に、人攫いの男達も黙る。本来なら、一人の男の手にマナが居る時点で、人攫いとしての役目はほぼ終わったと考えても良い。見た目が良いツバキも連れて行きたいと推測することも出来るが、男達は最初からツバキを襲ってきていた。
となれば、ツバキに商品としての眼中は無く、目的はマナ一人のはずだ。
マナを手中に収めた今、さっさと依頼主の元に連れて行けば良いはずだが、マナを人質のように扱い、もう一人の男を取り戻そうとする人攫いの行動は、明らかに普通じゃないと確信するツバキ。
何ならと、ツバキは捕まえている目の前の男に、更に斬鬼の切っ先を近づけていく。
マナを抱えた男は、やめろ! と必死になって止めてきた。
更に、確信を持ったツバキは、ふう、と息を吹き、マナ達の方を見据える。
「ですから、もう、貴方方は帰っても大丈夫です。私には、何の問題もありません。ああ、ですが、貴方方の帰る先にリンネちゃんが居るのだとしたら、こちらの男から聞き出し、そこに行き、貴方方ともども、息の根を止めてみせます。簡単な話です。ここで私に斬られるか、帰って私に斬られるか、です。貴方方が、今回の一件に何の関わりも無いのでしたら、話は別ですが……」
まあ、その可能性は限りなく低い。何せ、リンネ達に嘘をついたマナが居るから。この期に及んで、何の関係も無いというのはおかしな話だ。
そんなマナを、ツバキはジッと見つめる。
「……特に、貴女は許しません。リンネちゃんを危険な目に遭わせた張本人である貴女には、それ相応に痛い目に遭ってもらいます。このまま攫われるも良し。そこまで言うのなら、そこの男を即座に斬り捨て、貴女を回収した後、皆の前に連れて行って、事の仔細を全て話していただきます……この意味、子供と言えど、分かりますよね?」
「あ……う……」
ツバキの迫力に圧されたマナは、何を言うことも無く、ただただ狼狽している。その目は、どこか決してバレないと思っていたものが明らかになり、愕然としてい顔だった。
何も言えないでいるマナの代わりに男が声を荒げる。
「て、テメエ! 騎士がそんなことをしても良いのか!? 子供を斬り捨てるような真似、許されるわけがねえだろ!?」
「子供を連れ去ろうとしている方が何を言っているのですか? ……それに……騎士? 私は、お金を貰っただけで、この街の平和を脅かすようなここの騎士とは違います。
……私は、護りたいものを護る、助けたいものを助けることが出来る騎士です。その為なら、鬼になることだって構いません……それで結局、どうするのですか? こちらの男を助けるために私に斬られるか、さっさと雇い主の元へ帰るのか、いい加減決まりましたか?」
ツバキは、今度は斬鬼を、男とマナに向ける。早く何らかの行動に移さないと、ツバキの方から、男達に斬りかかるつもりだ。男達を斬り捨てた後、マナをゆっくりと問い詰めることも出来るので、ツバキの思う通りの結果になる。出ても引いても不利になる状況の中、男達の動きも固まった。
すると、突然、男に抱えられたマナが声を荒げる。
「チッ! あの女を連れて行く計画は変更だ! いったん退くぞ!」
子供らしからぬ太い声と、荒々しい口調。咄嗟の事で、ツバキ自身も若干驚いてしまうが、頭の中では、全ての線がつながった感覚がして妙にスッキリしていた。
しかし、その一瞬の隙を突き、マナを抱えていた男は、懐から何かを取り出し、地面に叩きつける。
「ッ!?」
それは、強い光を放つ閃光玉と、煙を発生させる煙玉を混ぜたような道具。光を浴びたツバキは目が眩んでしまうが、すぐに回復。しかし、煙に巻かれてしまい、男達の姿を見失う。
「オラッ! お前も来い!」
「た、助かるぜ……!」
マナを抱えた男の声に反応する、ツバキが捕らえていた男。よろよろと立ち上がり、路地に向かう足音が聞こえる。
「逃がしません……」
ツバキは、即座に、道の途中を塞ぐようにEXスキルを発動、見えない壁を作り出した。
「げぶっ!? は、はあ!? な、何だこれ!?」
壁にぶつかり、狼狽する男の声が聞こえてくる。
「お、おい! 何してんだ!? さっさと来い!」
「コイツは、ここに捨ててろ! お前、絶対に口を割るなよ!」
もう一人の男の声にかぶさるように、マナの怒号が聞こえてくる。ツバキの障壁に何も出来ず、男の事は見放すつもりのようだ。
「え、ちょ! ま、待って下せえ! アマンの旦那あ!」
怯えるように、泣き崩れるように、叫ぶ男。気配を追うと、既にマナと男の気配は遠くに行っており、近くには捕えていた男の気配しか無かった。
そして、ゆっくりと煙が晴れていくと、その場で絶望したような顔の男が障壁を叩いている姿だけが残っていた。
「……あのお二人は、逃げることを選びましたか……」
「ひぃ! く、来るなあああ!」
ツバキに怯え、後ずさる男。しかし、障壁のおかげでどうすることも出来ない。ツバキは、男の顔の真横に刀を突きつけながら、ゆっくりと見下ろす。
「では……これより、尋問を始めます……いえ、一種の拷問ですね……」
「お、俺は、何も知らねえ! 何も話さねえからな!」
「正直に答えない場合……」
ツバキは、刀を引き、鞘に収める。狼狽えるだけだった男は、思わずホッとする。
だが、その直後に、男の身体がゆっくりと浮かび上がっていった。
「なッ!? ちょ、えっ!? こ、これは、なんだ!?」
自分の体が浮いていることに驚いた男は、その場から離れようとしたが、前後上下に何か板のようなものがあり、自分はそこから動かないということに気付いた。
男の周りに箱のように障壁を張ったツバキは、自身の足元にも障壁を張り、男と一緒に上空へと上がっていく。
徐々に、高くなる景色。ついに、そこらの建物よりも高い位置に到達した。普段なら、カジノの夜景が綺麗だなと思うところだが、今回は拷問、つまり、秘密を話させるための脅しに使われているということで、男の顔は徐々に青ざめる。
ツバキの方は、今度ムソウとリンネと一緒に楽しむために使うとしましょうと、淡々と思いつつ、男の方に真顔を向けた。
「……さて。貴方は私の力によって、ここまで来ました。綺麗な眺めですね……しかし、貴方が私の質問に正直に答えなければ、貴方の目に映る光景は、一瞬で、このマルドの美しい景色から、薄汚れた路地裏の硬い地面だけとなります……よろしいですね?」
「ひぃ! や、やめろ! な、何を聞きてえんだよ!?」
男は慌ててツバキに向き直る。初めてこういうことをやったが、ムソウのように上手く出来て良かったと安心するツバキ。
嬉しい気持ちを抑えつつ、男にいくつかの質問を投げかける。
「ではまず、貴方と先ほどの二人……マナちゃん含め、人攫いの一味と言うことでよろしいですか?」
「そ、それは……」
「……何か?」
最初の質問で、男が言い澱むのでツバキは手を前に出し、障壁を消す仕草をする。
その瞬間、落とされると思った男は、慌てて口を開いた。
「ち、違う! 俺達は、人攫いじゃない! 俺達は冒険者だ! アイツに雇われた――」
「アイツ? ……ああ、さっき名前を言っていましたね。それは商人のアマンさんでよろしいですか?」
「あ゛……」
男はバッと口に両手を当てる。
はあ、とため息をつきながら、今度は、障壁を少しだけ傾ける。
「……あのですね、こちらも忙しいのです。その態度は、まあ、私の質問への回答ということで受け取りますが、急に黙るのは辞めてください」
「わ、わかったから、辞めてくれ~! や、雇い主は、アマンの旦那で間違いねえ! で、さっきの男は、俺の兄貴だ!」
「ああ、兄弟で冒険者でしたのね。それで、お兄様は貴方を助けるのに躍起になっていた……と。仲がよろしいことで何よりです。あの時の貴方の口ぶりですと、あの場に、アマンさんも居たようですが、どこに居たのですか?」
「あ、あの女だ! 擬態スキルで、化けてたんだよ!」
なるほどと呟くと同時に、マナ……アマンが抱き着いてきた自らの袴を見て、忌々し気な顔をする。後で、ムソウに浄化してもらおうと決めた。
マナの正体がアマンが擬態した姿だとすれば、リンネの正体がバレた理由というのもすぐに分かる。元が何の理由かは不明だが、少女の姿をしながら、この街の情報を集めているうちに、タクマの店で働くリンネを見て、正体に気付いた。
もしくは、既にリエン商会の情報網でこの街にムソウ達が来た時点で、自分達に目を付けたうえで、少女の姿でリンネに近づき、機を狙っていたか。
どこかの貴族並みに用意周到なことだなと、感心しながら、次の質問へと移る。
「ちなみにですが、少女の姿をしたアマンと一緒に居た子供達と、父親を名乗っていた男は、どなたですか?」
「こ、子供の方は俺達だが、親父役はアマンが用意した奴だった。ひ、昼間、ま、魔獣を攫って行ったのは、本物の人攫いだから、俺達も素性は知らねえ!」
「と言う事は、マルド商会に登録していた商人も、貴方たちですか?」
「い、いや、商人は本物のリエン商会の商人だ。俺達は息子役をやっていただけだ」
偽の家族を作るために利用されただけの男。商人の方は、間違いなくアマンの所からマルド商会に向けられた、密偵のようなものだと確信したツバキ。
この情報は、後でマルド商会に何か注意を受けた際の材料にしておくと決め、リンネを攫った際の情報及び、どこに運ばれたのか、アマンたちはどこに「退いた」のかを聞き出すことにした。
「では、次の質問です。リンネちゃん……魔獣はどこに?」
「そ、それは……」
「……分かりました」
ツバキは、EXスキルを解除。男はツバキの作り出した障壁という支えが無くなり、地面へ向けて真っ逆さまに落ちていく。
「う、うわああああああ~~~ッッッ!!! ガフッ!!!」
大きな音と共に地面へと叩きつけられる男。ツバキも降り立つと、手足をありえない方向に曲げ、口から血を吐き出している男が、小さく呼吸をしながら苦悶に見た表情をしている。
「ひゅぅ……ひゅぅ……た、助け……」
叫ぶ気力も無いのか、肺がつぶれたのか、弱々しい言葉しか、男からは聞き取ることが出来ない。
冷たい視線を向けたまま、ツバキは懐から下級の回復薬を取り出した。
「これより、貴方の傷を治しますが、完治はさせません。そうですね……逃げられないように、足の傷は残しておきます。助かりたければ、正直に話してくださいね」
そう言いながら、ツバキは足を除いた胴体部分を重点的に、回復薬を振りかける。男の身体は仄かに輝き、複雑骨折と内臓の損傷は治ったようで、男は手を回し、幾らか呼吸を楽にし始める。
男の状態を確認したツバキは、刀を抜いて男の顔の前に突き出した。
「さて……最後にもう一度聞きますね? リンネちゃんは……どこですか?」
「ぐぅ……あ、アマンの店の……地下に……置いていった……」
ツバキの冷酷な態度に、観念した男は、とうとう全てを話し始めた。
男によれば、今夜、アマンの店主催のオークションが、アマンの店にて開かれるらしい。主な客は、正体を隠した貴族や、各地の裏社会に生きる者達。つまり、そのオークションは、所謂、表に出来ないものだ。
扱う商品の中には、無論、奴隷や、珍しい魔物、強力な魔物も揃っている。アマンは、リンネを今日のオークションの目玉にしようと、人攫いを雇い、更に男のように、冒険者を雇い、リンネを攫ったという。
昼間の準備は、その為か、と感じたツバキ。しかし、アマンの店はそこまで広かったかと首を傾げる。
「会場もアマンさんのお店なのですか?」
「競り自体は、店で行う……置けない商品は、港にある倉庫だ……無論、多くの魔物もそこに居る……」
「ということは、リンネちゃんは港ですか?」
「いや……あの魔物は、客たちに見せつけるために、まだ、店に居るはずだ……買い手が確定したら、港に移送される……アマンの店から港へ続く地下道から……」
地下道……カジノなどにはあると聞いていたが、一商人の店にもあるとは驚きだと、ツバキは感心する。港にある自分の店専用の倉庫と、店を繋ぐ専用の道のようなものだ。
となれば、港で待っていれば、リンネの買い手が必ず来るかと考えたが、既に、リンネの行方を追うツバキが居ることを把握しているアマンが、自分の店へと帰っている。何らかの対策はしていることも考えられ、結局、この後はアマンの店に向かうことに決めたツバキ。
ようやく、男から聞きたい情報は聞けたと、首筋から刀を引っ込めると、男は安堵の表情を浮かべる。
「た、助かった……お、おい、正直に話したんだから、助けてくれよ……」
自分の足を指さす男。
ツバキは、男を一瞥しながら、あ、と言って刀を振り上げた。
「そうでしたね……今から楽にしてあげましょう……」
ツバキは、男をジッと見つめながら、斬鬼に気を溜める。
突然、臨戦態勢をとり、自分を斬ろうとしてくるツバキに男は震えながら慌てていた。
「な!? は!? お、おい、正直に話したら、助けると言っただろうが!?」
「助かりたければ、正直に話してくださいと言いました。正直に話したのは、貴方が助かりたいから。私は貴方の事情は知りませんと、最初に言いましたが?」
「て、手負いの、俺を斬るとは……それでも騎士か!? 犯罪者の方がお似合いだ!」
「この状況で、私を挑発ですか? 愚かとしか言いようが無いですね……。
犯罪者はどちらですか? 子供達を襲い、怪我を負わせようとしたり、人攫いや奴隷商に売ろうとしたり……犯罪者を街から除くのは騎士の仕事です……。
そして、リンネちゃんを連れ去った……私が貴方たちに怒り、斬るのは当然でしょう。いい加減、諦めてください……」
冷たく言い放つツバキの目を見て、男は背筋が凍っていた。今までのように、人を見る目をしていない。そこらに落ちるゴミを見ているような厭な目つきにより、男の頭の中は、斬られるという、確実に近づいて来る真実だけで頭がいっぱいになってきた。
「あ……ア……」
複雑骨折した脚を引きずりながら、後ずさろうとする男の背後に、ツバキは障壁を展開させる。またも自身を追い詰める見えない壁に、男は、とうとう絶望していった。
「あ……あ……アあああぁぁぁ~~~!!!」
「それでは……さようなら……」
半狂乱になる男に斬鬼を振り下ろそうとするツバキ。
斬鬼の刃が、男を頭から真っ二つにする瞬間だった。
「嬢ちゃん! ちょっと待ってくれ!」
突如、路地裏に響く若い男の声。ツバキは男の頭に刃を当てた所で止める。周囲に気が拡散され、衝撃が襲って来たと共に、男は恐怖で気絶した。
ツバキは刀を収めながら、男に上級の回復薬を掛けて傷を治療する。
そして、声が発せられた方を向いて、ため息をついた。
「……ようやく、出てくる気になったようですね。危うく、貴方の目的であるこの男を斬る所でしたよ?」
「……ん!? ひょっとして、気づいていたのか!?」
「ええ。貴方の困惑するような、戸惑っているような気配が、強く感じられました。この男を生かしたいという思いが強く伝わってきましたよ」
「あ……ああ……そうか……」
「貴方は分かりやすい人間のようですね。さて……そろそろ姿を見せてくださいませんか?」
「……はいよ~」
気の抜けた返事と共に、ツバキの目の前に、スーッと暗闇から男が姿を現した。頭にターバンを巻き、黒い外套を被った若い男だった。十代後半で自分と同じくらいの男が、その場に現れて座り込む。
胸元に首飾りを輝かせた金髪で、モンク初日に絡んできたナンパ男を想起させ、弱冠ではあるが、ツバキは不快感を示した。
アマンの店に行く前に、用事が増えたとため息をつくツバキ。今の所、敵か味方かわからないので、臨戦態勢を崩さないよう、男の様子を伺っていた。
アマン……アマン……AMAN……MANA……マナ、良し、これでいこう。
と言うことで、決まった名前ですwww




