第330話 ツバキ奮闘編 ―リンネが攫われる―
シオリ達に手を伸ばしていた男は、目の前に現れた見えない障壁に一瞬たじろぐ。リンネは、その隙を突き、結界を解いて、地面に火球を叩きつけた。
「えいっ!」
「うわっ!?」
足元から巻き上がる破片に、人攫いの男たちは、リンネ達から距離を取る。そこまでの威力は無い。何せ、リンネの後ろにはシオリ達が居る。巻き込まないように最低限、力を絞った甲斐があった。
リンネは、シオリ達を立たせて、取りあえず来た道の方へと走ろうとした。
「シオリちゃん! いこ!」
手を引くリンネだったが、シオリはリンネの姿を見ながら、目を見開き、硬直している。
「り、リンネちゃん……それ……」
ショウゴもアルスも、獣人化したリンネの耳や尾を凝視している。
今まで、人攫いや魔物商など「悪い大人」に対して、獣人の姿や本来の姿を隠すようにムソウやツバキに言われていたリンネ。
街に来た当初から、常に普通の少女の格好をしていた為に、事情を知っている者以外は、リンネの事は、普通の人間だと思っていた。
しかし、シオリ達を護る為、リンネは獣人の姿になった。急激な変化に、シオリ達は戸惑い、半ば、恐れているようだった。
最初から魔物の姿で接していたたまの時とは違う。突然の変化に、困惑していた。
幼いながらも、リンネは人一倍賢い。シオリ達が何に動揺しているのか、すぐに分かった。
しかし、どういう対処をすれば良いのかは、わからなかった。自分に怯えている、困惑しているのは伝わった。それに対して、自分が何をすれば、動揺を抑えることが出来るのか、リンネは思案する。
こんな時、ムソウや、ツバキならどうするか……どうしていたか……。
ハッとしたリンネは、尾を動かしシオリ達を包み込む。
「な、何!?」
「え……」
獣人化したリンネまでも、自分達に何かするのではないかと思ったシオリは一瞬、身を強張らせた。
だが、リンネから伸びている尾は、シオリ達の体を優しく包み込み、先っぽでで頭を撫でていた。
「り、リンネちゃん……?」
「……じょーぶ」
震えた口調で、リンネは何か呟いている。何を言っているのか分からなかったシオリだったが、リンネの尾から伝わる柔らかな心地により、段々と気分が落ち着いていた。
荒かった呼吸が、穏やかになってくる。
「……だいじょーぶ……シオリちゃんと……ショウゴくんと……アルスくんと……マナちゃんは……リンネが……リンネがまもるから……!」
泣きそうな顔ながらも、優しく笑顔を浮かべているリンネ。安心させるように、自分は危険な存在じゃないと伝えるように……今まで、遊んでいた仲の良い友達から、怖がられている辛さを隠すように、リンネは、シオリ達に笑顔を向けている。
その顔を見たシオリ達はハッとし、三人で顔を見合わせた後、リンネに頷いた。
「う、うん! リンネちゃん、ありがと! 早くここから逃げよう!」
「あ、ああ! やっぱりここは危ない所だったんだ!」
「リンネちゃんの言う通りだ! 今のうちに行こう!」
シオリ達は、その場から未だ慌てている様子の男達の間を縫って、来た道の方へと駆けていく。
姿が変わって不思議な力を使っても、リンネはリンネ。天真爛漫で優しく、妹のように可愛い存在だということには変わりない。
それに、リンネは自分たちを護ると言ってくれた。本来なら、「おねえさん」である自分たちがリンネを護るべきだった。
だが、突然の事態に怯えて、すくんでしまった自分たちを、反対にリンネが助けた。それだけで充分だった。それだけで、リンネの事を、今まで通りの友達と信じるに充分だった。
ここから逃げる為に、隠していた正体をさらけ出したリンネの為に、シオリ達は全力で走る。空き地を抜けて、路地へと抜けていった。
リンネはシオリ達の後を追うように走り、追いかけてくる男たちの魔法を放っていく。
「て~いっ!」
「グハッ! こ、このガキ~~~!」
リンネの放った魔法を避けながら激高する男の一人。短刀を振り上げながら、リンネに詰め寄ろうとする。
身構えるリンネだったが、その時、男たちの中で一番偉そうだった男が、その男を止める。
「おい、やめろ! コイツは傷付けたら、駄目だろ」
「……チッ! 面倒くせえな。あとで回復薬でも使えば良いだろうが」
「その前に死んだら駄目だろ? こういう時はな……」
リンネの前に居るその男はニヤッと笑みを浮かべる。何かする気だと、リンネは両手を前に出し、結界を張ろうとした。少しでもシオリ達が逃げる時間を稼ぐべく、もうしばらく、男たちの相手をしようとした。
しかし、男の標的はリンネでは無かった。男は、未だ父親の傍らで呆然としていたマナの腕を引っ張り、その小さな体を抱えた。
「マナちゃん!」
突然の男の行動に、狼狽するリンネ。男は、短刀をマナに突き付けて高笑いを上げた。
「ハ~ハッハッハ! 人質は手に入れた! 今すぐそれを解いて、お前はこっちに来な! お前がこっちに来れば、この娘は解放してやろう。もちろん、さっきのガキ共も追わない! 悪い条件では無いと思うぜ?」
「り、リンネちゃん! 助けて!」
マナは、男の手の中でじたばたとしているが、子供と大人の腕力の差に、成す術もない感じだ。どう足掻いても、抜け出られない状況になっている。
リンネは、なおも結界を解かない。路地を背に、背後のシオリ達を護る為に展開し続ける。だが、それを続けるとなると、今度はマナの身が危ない。
男は、更にリンネを脅すために、短刀の刃先をマナの顔に近づけていく。
「ま、マナちゃん!」
「ククク……悩めば悩むほど、お友達が危なくなってくるぞ~? 神獣でもそのくらいは分かるよな?」
「リンネちゃん……助けて……!」
泣きそうなマナの顔に、徐々に近づく短刀。
リンネは、混乱していた。マナを助けようとすれば、自分の身や、シオリ達が危なくなる。だが、シオリ達を護っていれば、マナの身が危なくなる。
結界を解除し、リンネが男たちについていくのなら、マナやシオリ達は安全かも知れないが、その保証は全く無かった。
何せ、シオリ達を追おうとしている男達の目は本気だった。このまま返してくれるはずはない。
一体、どうすれば良いのか、とリンネは必死になって考える。
だが、次の瞬間。
「リンネちゃん! 危ない!」
「えっ……!」
ガチャン!
シオリの言葉と共に、首の辺りに重たい何かが置かれた感覚があった。見てみると、首輪のようなものが、リンネの首にはめられている。
そして、後ろを振り返ると、いつの間にか別の男が、にやりと笑いながら、その場に立っていた。
慌てて距離を取り、魔法を使おうとしたリンネだったが、急に体に力が入らなくなる。
「ゔ……な、なに~……?」
その場に跪くリンネ。頭が朦朧として、目が回っている感覚がする。重たい頭痛がして、気分が悪い。くらくらとしながらも立とうとしたが、体に力が入らなかった。
そして……
「あ……キュ……ウ……」
突然、首にはめられた首輪が輝き、リンネはとうとう抵抗できないくらいに、力が抜けて意識が薄れていく。
すると、自分の体も段々と小さくなっていくことに気付き、そのまま魔獣本来の小さな姿になってしまった。
「キュ……ウ……!? キュ……ウ……」
よろよろと立とうとしたが、全身に力が入らない。訳が分からないと思っていると、自身の体に誰かが手を伸ばし、そのまま抱えられた。
ゆっくりと顔を上げると、それはマナを捕まえていた男だった。
「ふぅ~。ようやく手に入れたぜ。手間、取らせやがって……しかし、この魔道具は優秀だな。お前みたいな奴でも無力化するなんてなあ~」
「キュ……」
その場で満足げに笑い声をあげる男。声を聞きながら、リンネは何とか身をよじって、逃げ出そうと思ったが、何も出来なかった。狐火を出すことも、結界を出すことも、幻術を使うことも出来なかった。
その瞬間リンネは、自分の首についている気持ちの悪いものが、自分の力を封じ込めているということがすぐに分かった。
どうすれば、良いのかと思っていた時、男はにやりと笑って、道の先に目を向けた。
「さあ~て……じゃあ、あいつらも連れて行くか……まあ、ほとんどおまけみたいなもんだがな……おい! ガキ共を連れて来い!」
主犯格の男は、部下の男たちに命令を下す。分かったと頷いた数人の男たちは、シオリ達に近づいていった。
「ひ、ひい!」
「く、来るなあああ!」
「た、助けてえええ! お父さん! お母さん!」
身を固めるシオリ、僅かながらも抵抗しようとするショウゴ、泣き出すアルス。意に介さずといった感じに近づいていく男達。
せっかく、リンネのおかげで助かりそうだと思ったシオリだったが、今度こそ駄目だと思った時、数人の男たちが、ついにシオリ達の体を抱え上げた。
「は、はなして~!」
「金の生る木を放す馬鹿が居るか。お父さん達の言いつけを守らなかった自分たちを恨むんだな。ハーッハッハッハッハ~! ……ん?」
シオリ達を抱えて、再び空き地の方へと歩こうとした男達。
順調な仕事だったと、余裕の態度で子供たちを連れ去ろうとした。
その瞬間……
「え? ……キャッ!」
「うおッ!? な、何だ!?」
突然、シオリ達の体がぼおっと光を纏い、三人の体から緑色の炎が噴出した。その炎は、シオリ達を抱えた男たちを包み込み、全員、熱さと痛みで悶えていた。
「グギャアアアア~~~ッッッ! 熱い、熱い~~~~!!!」
「み、水! 助けてくれ~~~ッッッ!」
「グアアアアッ! な、何をした!? クソガキ共があああッッッ!?」
男達はシオリ達を放し、地面を転げまわったり、辺りを走ったりしながら、火を消そうとした。だが、なかなか消えないその炎に焼かれ、なおも苦悶に満ちた叫び声を上げる。
シオリ達も何が起きているのか分からなかった。目まぐるしく変わる状況にオロオロとしていると、突然、主犯格の男から大きな声が聞こえてきた。
「キュ……キュア~~~ンッッッ!!!」
声の主は、獣姿のリンネ。何かを訴えるように、懇願するように、シオリ達に向けて叫んでいる。
何を言っているのかは分からない。しかし、三人は、はっきりと、リンネが「逃げろ!」と言っているような気がした。
シオリ達は、リンネの方を向いて強く頷き、目から涙を浮かべて街の方に向けて駆け出した。
「分かった! リンネちゃん、待っててね! すぐに、助けを呼んでくるから!」
家に帰れば、騎士だというお姉ちゃんと、冒険者だという男が居る。二人に話せば、きっと大丈夫だと思いながらなおも走り続けた。
不思議と、男達からの追手は来なかった。それもそのはずで、よく見ると主犯格の男は、リンネとマナに満足したのか、部下の男に追うなと指示を出し、その場で優越感に浸っているような顔で笑っていた。
今すぐにでも、ひっぱたいてやりたいが、自分には出来ない。
必ず、助けを呼んでくるから! と、リンネに向けて念じ、自分達はその場から、逃げ去っていった。
◇◇◇
「そのあと……疲れて、動けなくなって、夜になるまでずっと、近くの公園に居たの……でも、リンネちゃんもマナちゃんも結局、帰ってこなかった……うぅ……」
今までの経緯を話し終えたシオリ達はその場で泣き続ける。想像を越えていた事情に、困惑するも、親達は、子供達の頭を優しく撫でて泣き止ませていた。
「リンネちゃんが……魔獣……?」
「ど、どうなってんだ……? どういうことなんだ……?」
再びざわつく、ツバキの家の前に集まった者達。シオリの話の流れから、リンネが人攫い達に魔獣にされた、のではなく、リンネが元々魔獣だったことに気付き、皆、ツバキを見ながら、動揺の色を隠せない。
ツバキは一人、シオリ達から聞いた話を頭の中で反芻し、何が起きているのか推測していった。
間違いなくリンネは、人攫いか、魔物商の手の者、もしくはその両方に攫われた。それは分かっている。
しかし、それが偶々なのかどうかは、怪しい所だ。シオリ曰く、獣人化だけで留めていたリンネは、男達から怪しい首輪をつけられて、魔獣の姿になった。ただの小さな子供を攫うだけなら、そんなものを用意する必要は無い。
まるで、最初からリンネがそういう種族だと分かっての行動にしか見えなかった。
だが、リンネはマルドに来てから、ずっと自分の側に居るか、メリアやタクマとこの家に居る。そんな者達に接触したことは無いはずだ。リンネの正体が、魔物商などに伝わることはあり得ないと思っていた。
―まさか、どこかで接触していた?―
そんなはずはないとは言い切れない。普通の客を装って、タクマの店に来てから、リンネに鑑定を使えばすぐに判明することだから。
しかし、この店に来る客は、大抵が昔馴染みであり、タクマが良く知る人物だけだ。知らない者が来れば、すぐに分かる。まったく、誰も知らない者が買い物に来たとすれば、今日だけだが、今日はリンネは居ない。だから、この店で接触していたというのは、間違いだろう。
他は……と、思っていた所で、ツバキに、ある疑問が浮かんだ。
「シオリちゃん。一つ聞きたいのですが、よろしいですか?」
「グスッ……うん……」
ツバキの問いかけに、涙を拭うシオリ。今は落ち着かせた方が良いとは思ったが、この状況では仕方ないと割り切ったツバキは、シオリ達に質問する。
「一緒に遊びに行ったマナちゃん達は、今、どこにいますか?」
リンネが、タクマの店以外で知らない誰かと接触しているとすれば、後はマルドで出来たシオリ含めた子供達しか居ない。未だに、行方が分からない子供達含め、仲が良さそうだったマナがこの場に居ないのが、どうしても気になる。
話の途中から、マナ以外の見知らぬ子供達、つまり、ツバキやギラン達が先ほどまで追っていた、マルド商会の商人の息子という子供が急に居なくなったこともずっと引っかかっていた。
結局のところ、彼らはどうなったのか、彼らは誰だったのかこの場で確認し、居場所が分かれば、会って事情を聞く、どうなったのか分からないのであれば、リンネ以外にも攫われた可能性ありとして、早急に行動しなければいけなかったのだが、シオリは、分からない、と呟くだけで、それ以上は言わなかった。
しかし、同じく泣いているだけだったアルスが、ポツリと口を開く。
「僕……知ってる。マナちゃんは、その後も、ずっとマナちゃんのお父さんの側に居た……リンネちゃんが、僕たちを護っている時も、ずっとお父さんの側に居て、ジッとしていた……他の子達は、気が付いたら、本当に居なくなってた……怖い人たちが、出て来た時にはもう……」
「どのタイミングで居なくなったか、分かりますか?」
「えっとね……煙が出てきて、怖い人たちが出て来た時には、もう居なかった……」
つまりは、意表を突く、煙玉のようなものが投げられた時の混乱に乗じて、その場から逃げたと考えられた。煙に驚き、男達に怖がって何も出来なかったショウゴ達に比べ、どこか違和感がある行動だとツバキは感じた。
ただ、結局、その子供たちの行方は、分からないままに終わったが、無事だという可能性は高い。ひとまずこの件については、頭の中から外すことにした。
そして、もう一人、よく分からない人物が居る。自称・“魔法帝”の弟子であるマナの父親だ。まあ、ミサキに魔法について習ったというのは、十中八九嘘だろうと思っている。客寄せの為の口上で、それをする者は多い。その男も同じだろう。
重要なのは、男の行動。マルドに入る際に門番からも喚起されているように、この街の路地裏には、近づかないという絶対の決まりを破り、更には、そこに子供達を連れて行くという暴挙に出ている。
確かに、多少、魔法を扱える人間ならば、路地裏に入ってもそこまでの問題は無い。それも道化師の格好をした男だ。そもそも人攫いが標的と定めるはずがない。
そして、見世物小屋があると嘘をつき、子供たちを路地裏へと引きずり込んだ。
その時点で、男の素性と行動はかなり怪しいと、ツバキは感じている。
ただ、その娘であるマナは、自分も実際に会っている。どこにでも居そうな、普通の女の子だったということは確認していた。リンネも懐いていたことだし、男が怪しいと言っても、マナの行動については、どこも不審なものは感じられなかった。
やはり、今回の事は偶々なのか。もしくは、人攫いとマナの父親が繋がっていたのか。リンネや、ショウゴ達と同様に、マナもそれに巻き込まれただけなのか……。
様々な憶測が頭に浮かんでは、どこか違和感があり、なかなか決定出来ずにいる。
こうしている間にも、リンネちゃんが危険な目に遭っているかも知れない。というか、すでに遭っている。力を封じられ、魔物商に囚われ、寂しい思いをしているはずだ。一刻も早く行動に移したかった。
だが、何から手をつけたら良いのかと、ツバキは考え込んでいた。
正直な話、不安と、最悪な結末への恐れで、胸はいっぱいだった。こんな時、ムソウが居ればと、柄にもなく思ってしまう。
そんなツバキの状態にその場に集まった者達も、動揺の色を隠せないでいる。
「どうすりゃ、良いんだ……? というか、リンネちゃんが……魔獣……?」
「俺達……魔獣を助けに行くのか……?」
厳密に言えば、リンネは、人族の味方である神獣だが、そんな事情は全く知らず、リンネを助けることに、一種の不信感をあらわにする者。
「何言ってんだ!? ツバキちゃんにとっては、大事なものなんだよ!」
「そうよ! それに、リンネちゃんがどれだけいい子なのか、貴方達も知っているでしょ!?」
戸惑う者達と違い、この店に来て、リンネと触れ合ったり、子供を通じて、リンネの姿を見てきて、リンネは安全、むしろ、ツバキにとってかけがえのない存在だということを知っている者。
「どうすりゃいいんだ!?」
「マルド商会の商人絡みなら、あいつらに任せた方が……」
「ああ……俺達もあいつ等には目を付けられたくないからな……」
今回の一件に、この街に君臨する商会に与する商人が関わっており、そもそも、この件に関わろうとすることに対して消極的な者……。
様々な声が上がり、更に混乱していくツバキの家の前。行方知れずの人間が、少なくともマルド商会の人間だということを確かめているので、ギランにも半ば冷ややかな目が送られる。
居心地の悪そうなギランだが、判断はリンネの保護者であるツバキに任せた。その視線は、ツバキに向けられる。
周囲の者達からの、さまざまな疑惑や、混乱を孕んだ視線を向けられ、ツバキも少しずつ動揺していく。
―どうすれば……どうすれば……!―
集まった者達が納得し、安全に、かつ、確実に、リンネを探し、救い出す方法。色々、頭を回らせたが、結論はなかなか出ない。
徐々に動悸が高まり、呼吸が荒くなっていく。異変に気付いた、ハンナが、ツバキに駆け寄った。
「ツバキちゃん! 大丈夫!?」
心配して声をかけるが、ツバキの耳には、ハンナの声は聞こえていないようだった。
真っ暗な空を見上げて、そのままゆっくりと目を閉じる。
―どうすれば……誰か、私に……!―
その時だった。ツバキの脳裏に、いつもそばに居る、ムソウとリンネが思い浮かんでくる。頭の中のムソウは、ツバキの頭をそっと撫でて、フッと笑みを浮かべていた。
―俺もまだまだだな……やはり、お前が居ないと駄目だ……そんなに落ち込まねえで、これからも、一緒に居てくれないか? ツバキ―
それは、クレナの騒動の後に、自分が何の役にも立たなかったことを謝罪した際に言われた言葉。そんな自分でも、ムソウに頼られているような言葉が、ツバキには嬉しかった。
ハッとして、目を見開くツバキに、ムソウの肩の上に乗っていたリンネが獣人化して、ツバキに飛びつく。そのまま、ツバキをギュッと抱きしめた後、ニコッと笑った。
―リンネは、おねえちゃんのこと、ぜっっっったい、きらいにならない! リンネとおねえちゃんは、かぞくー! だからね、おねえちゃんは、リンネがまもる!―
それは、常日頃から、リンネがツバキに対して嬉しそうに言ってくれている言葉。
ツバキにとって、リンネは家族そのものだと思っているが、その言葉を聞くたびに、リンネも、ツバキの事を家族だと思ってくれていることを嬉しく思っていた。
ゆっくりと目を開けるツバキ。混乱していた頭も、スーッと覚めていく感覚があり、心地よかった。
そして、シオリ達を逃がした際に見せたリンネの行動と、これまでのリンネの事を思い返していた。
クレナの騒動の後、目を覚ましたツバキが、最初に見たのは、獣人化したリンネの姿。後で聞けば、ケリスから自分を取り返し、護り、眠っている間、ずっと看病してくれていたのは、リンネだった。
何が起きても、どんなことがあっても、リンネは泣き言を言わず、弱音を吐かず、ジゲン達と共に、街の復興の手伝いをしていた。
いつも、誰かの為に行動していたリンネ。その姿を思い返し、ツバキはクスっと笑みを浮かべる。
「……そうでした……アナタはそういう子でした……」
ポツリと呟くツバキ。隣に居るハンナでも、その言葉は聞こえなかった。
「ツバキちゃん? どうしたの? 大丈夫?」
心配になって声をかけたが、ツバキは笑みを浮かべたまま、家の前に居るタクマ達の前まで歩いていった。
考えが決まったのなら、説明してくれと声を上げる者達や、心配の声を上げる者達。
ツバキは、それら一切を無視して、家の前まで歩を進める。
「ツバキ……大丈夫?」
「ごめん……僕たちが余計なことを……」
そもそも、リンネが外に出て遊ぶことになったのは、店の手伝いを一生懸命こなしているリンネに、タクマとメリアがご褒美のつもりで提案したからだった。
二人は、こんなことになってしまってと謝るが、ツバキはフッと笑って、二人の顔を上げさせた。
「大丈夫……私の時もこんな感じだったんでしょ? 二回目だから、皆も慣れているようで、ちょっと安心してる」
ニコッと満面の笑みを向けるツバキ。タクマ達は、何でこんな時に、と言った具合に目を丸くしていた。
そして、ツバキはくるっと皆の方を向いて、斬鬼を抜いた。
「取りあえず、皆さんを静かにさせます。エンヤさん、一瞬だけ協力してください」
訳の分からないことを呟く自分の娘に、色々とあり過ぎておかしくなったと思ったメリアは、ツバキの肩に手を伸ばそうとした。
「ちょ、ツバキ――」
その瞬間、ツバキの持つ刀が強い輝きを放った。
「偶像術……奥義・闘鬼神ッッッ!」
―ウオオオオオッッッ!!!―
どこからともなく……いや、ツバキの刀から、突然誰かの声が聞こえてきた。街中に響きそうなとも思えるその声により、ざわざわとしていた皆はハッとし、声のする方……ツバキに目を向ける。
呆気にとられているギラン達は、ツバキの前に突如として現れた、斬鬼の刀精、エンヤの姿をまじまじと見ていた。
エンヤは、皆を見渡した後、くるっとツバキに振り返った。
「静かになったな……じゃねえってッッッ! おい、ツバキ! こんなことの為に、俺を出すんじゃねえ! こんな時に倒れられたら、ザンキに怒られるだろうが!」
皆を静かにさせる為に、と使っていい技じゃないと、エンヤは慌てながら、ツバキに怒鳴る。
しかし、当のツバキはケロッとした様子で舌を出していた。
「いえ、これくらいは大丈夫ですよ。薬もありますし、闘うわけではありませんから、気力が枯渇することもありません」
「いや、だけどよ~……って、そんなことも出来るようになったのか?」
「いいえ、たった今、出来るようになったんだと自分でわかりました」
ツバキが偶像術を使う場合、爆発的な戦力であるエンヤを出すために、ツバキは大量の気力を使うことになる。その力を得て、エンヤも本来以上の力をふるうことが出来るが、それはごく短い時間に限定される。
ならば、エンヤがそこまでの力を使わないという状況下であれば、少ない気力で長い時間、エンヤを顕現させることが可能になる。
頭の中で考えてはいたが、ムソウが村に出て行くことも重なって、なかなか試せないでいた。この状況で使って、上手くいって良かったと胸を撫で下ろすツバキ。
エンヤはやれやれと頭を掻く。
「ったく……無茶すんなあ。ザンキに怒られるのはお前だな」
「フフッ、一緒に怒られましょうか」
「そうだな……さて、と……」
ツバキの冗談のような一言に、エンヤはフッと笑みを浮かべ、その後、皆の方に向き直った。
「さ~て……お前ら! そのまま静かにしてろ。ツバキがこれからの事をお前らに話す。口挟んだら、俺がテメエらを八つ裂きに――」
「エンヤ様……それは駄目です」
「……冗談だ。とにかく、騎士であるツバキがリンネ捜索の作戦を立てる。お前らはその通りに動け。分かったな?」
知らない、見たことも無い者に命令されるという、訳の分からない状況に追いやられるギラン達。
だが、目の前の人物の様相……古より伝えられる鬼族のように、頭からは角が伸び、鋭い爪と牙を備え、何より、背中に背負われた、風車のように組まれた大量の大刀と、辺りを取り巻く炎のような気の動きに、絶対に刃向かってはいけない相手と判断した一同は、素直に頷く。
「「「「「わかりました……」」」」」
それをエンヤは満足げにツバキの方に振り返った。
「これで良いな?」
「はい。流石のお手前です」
「はいはい……じゃあ、俺は刀に戻るぞ」
これ以上、刀から出ていると、ツバキが余計な力を使ってしまう。
それに、変な力を使う奴として、皆や、ここの住民たちに知れ渡るのは、エンヤとしても嫌だった。そもそも、それがあるので、ツバキもここではそこまでの力を使ってはいなかった。
その判断を覆し、リンネの為に自分の力を使って、エンヤを喚び出した。それほどの事態になっていると判断したのだろう。
ならば、ここに留まることは、この先の、何かあったときの為にならないとエンヤは、刀の中に戻ろうとした。
しかし、ここで驚いているような顔をしたメリアとタクマと目が合った。
「あ、あのっ……」
どこか怯えている様子のメリア。いつものような、少しばかりおちゃらけているような雰囲気は感じられない。
エンヤは、フッと笑ってメリアに歩み寄った。
「あ~……そんな怯えた顔をしないでくれ。俺は、お前らの娘の“力”の一部ってやつだ」
「力……?」
「ああ……大したもんだぜ、お前らの子供はな。親が立派だからか? コイツが本気を出したんだ。もう大丈夫だぞ」
「は、はあ……」
ニカっと笑うエンヤを前に、ただただ頷くだけのメリアとタクマ。こんなにも困っている両親は、初めて見たなあとツバキは笑った。
「では、エンヤ様。そろそろお戻りに……」
「おう、分かった。それから……リンネを見つけるのに、俺の力が必要になることがあれば、必ず喚べよ……絶対だからな」
「ええ。約束します」
ツバキの言葉に、満足した様子のエンヤは、そのまま光の粒子となり斬鬼の中に入っていった。
得体の知れない者が姿を消して、ひとまず落ち着く家の前。ハッとしたハンナがツバキに駆け寄ってきた。
「つ、ツバキちゃん! い、今のって、海賊を倒した時に居た……」
「ハンナちゃん、落ち着いて。今からしっかりと皆に説明するから……」
そう言って、ハンナ、タクマ、メリアの三人に笑みを向けたツバキは、しーんとする皆の中に入っていく。
―今度は私が、アナタを助けます……!―
どんなことがあっても、自分を護ってくれていたリンネ。そのリンネが、今、確実に辛い目に遭っている。だから自分も、どんなことがあっても、リンネを護ると誓った。
何があっても、どうなろうと知ったことでは無いと決心したツバキは、自らの考えを説明し始めた。




