第328話 ツバキ奮闘編 ―リンネが遊びに出かける―
翌朝、リンネはツバキよりも早く起きて、その顔を舐めて起こす。
久しぶりに朝から凄い体験をしたなあと思いながら、ガクッと項垂れた後、しっぽを振りながら部屋を駆け回るリンネを、EXスキルで止めて仕返しをする。
それでも楽しそうにするリンネを見ながら、今日の所は仕方ないかと諦める。
今日は、リンネが一日中遊んでも良い日だ。昨晩、タクマ達への説得は早々に終わった。二人も快く納得してくれたが、今日は昨日客が少なかった分、多くなりそうだということで、私は朝から忙しいなと思い、リンネの頭を撫でる。
「私の分まで、しっかりと遊んでくださいね」
「キュウ~!」
「もちろん、その恰好は駄目ですよ?」
「キュ……は~い!」
ボフンと音を立てて少女の姿になるリンネ。両手を上げて、ツバキの言うことを聞いている。
ならば、良しと言って、ツバキはリンネを連れて、顔を洗い、朝食を摂っているタクマ達の元へと向かった。
「ん? ああ、おはよう、ツバキ」
「おはよう、お父さん」
「ととさま、おはよ~!」
「おはよう、リンネちゃん。昨夜はよく眠れた?」
「うん!」
そうかと言って、リンネの頭を撫でていると、台所からメリアが顔を出す。
「楽しみで眠れないかと思ったけど大丈夫そうね。今日はたくさん作ったし、お弁当も作ったから、しっかりと食べなさいね」
「わ~い! かかさま、ありがと~!」
リンネは嬉しそうに、メリアに礼を言って飛びつく。皿を持っていたメリアは、わあ、と言いながらも、その場にしっかりと立ち、皿を机に置いて、リンネの頭を撫でた。
「まるでツバキの小さい頃みたいね。でも、危ない所に行ったら駄目だからね?」
「そこは、ツバキの真似をしなくても良いから」
「は~い!」
不本意だが、二人の言葉に素直に頷くリンネを見て、仕方ないかと二人を責めるのは諦めた。
リンネがご飯を食べ始めると、ツバキは二人をムスッとした表情で見つめる。タクマ達はクスクスと笑いながら、ツバキをなだめた。
「そんなに怒らないでくれ。それにしても今日はよろしくね、ツバキ」
「はあ……分かった。それで、今日は……」
そう言って、マナ達と遊ぶことを楽しみにしているリンネを横目に、今日の予定を確認していく。
客が多くなりそうなのは、昼頃から夕方にかけてだ。ならば、夕方には家に帰ってきてとリンネに伝えると、わかったと頷いていた。
それまでは、お店の方につきっきりになりそうだから、家事の方は出来ないとメリアに伝えると、メリアも、分かったと頷く。リンネを撫でながら、
「おいしいご飯、たくさん作って待っているから、目いっぱい遊んで、早く帰ってきてね」
と、伝えていた。リンネは、うん! と元気よく頷き、朝食をかき込んでいく。口周りを汚すリンネに、それを拭きながらツバキは、外では誰も拭きませんよと注意すると、リンネはハッとした様子で、今度は落ち着いた様子で料理を食べ始めた。
今日は周りにちゃんと叱ってくれる大人は居ないが、マナはきちんとしていたし、他の子供たちも居るから大丈夫だろうと思い、リンネの頭を撫でていた。
そして、朝ご飯を食べた後、リンネはお弁当を持って、家の前に立っていた。そこに、マナと、昨日の子供たちがやってきて、リンネがそれを迎える。
「あ、マナちゃ~ん!」
「おまたせ! リンネちゃん!」
二人が手を取りながら喜んでいると、ツバキもそこに来て、マナ達を出迎えた。
「昨日ぶりですね、マナちゃん。今日はリンネちゃんをよろしくお願いします」
「あ、はい、お姉さん。じゃあ、リンネちゃん、行こ!」
「うん! じゃあね、おねえちゃん、ととさま、かかさま!」
「はい。皆さんにご迷惑をかけてはいけませんよ」
「わかってる~!」
「ツバキみたいに心配かけないでよ~」
「わかってる~!」
「変なところに行ったら駄目よ、ツバキみたいにね~」
「は~い!」
そのまま、リンネは手を振りながら、マナ達と駆けていった。
それを見送ったツバキは、ムスッとタクマ達を睨みつける。
「いい加減にしてよ……恥ずかしいったらなかったよ」
「それだけのことをアナタがしたってこと。それにしても、見慣れない子供たちも結構居たわね」
「うん。レオンさんの所と、モンジさん、それから、リノさんの子達は分かったな」
タクマが挙げた三人のうち、リノは昨日公園で出会った女のうちの一人で、後の二人は昨日出会った女のうち、リノ以外の二人の夫である。流石に、昔馴染みの者達の子供たちは分かっているようだ。
「でも、全員は分からなかったな。知り合いの子だったらどうしよう。僕も歳かな……」
「大丈夫よ。知らない人が増えるっていうのは、マーメイさんやマーシュさん達も嘆いていたことだからね。気にしなくても良いんじゃない?」
「……そうだね。あの子達の親が、そのままこの店に来てくれるとありがたいしね」
「もう。子供を商売に利用しないで。さ、じゃあ、私はお買い物に行ってくるから、タクマも、今日はツバキをよろしくね」
そう言って、メリアは街の方へと向かった。タクマはやれやれと言いながら、店の中から商品の入った箱を置いていく。
「じゃあ、ツバキ。今日はよろしく」
「うん。それにしても、お父さん達も、知らない人が増えているなんてね……」
「昔からの馴染みしか相手にしてないからね。この辺り以外の地区に住んでいる人に関しては、むしろ知らない人の方が多いよ。
子供に関しても、親同士の付き合いというものが無くなってからは、誰がどこの子供かとか、把握は出来ていないかな。それこそ、迷子が出てきたときとか、ギランさんも騎士の皆さんも凄く困ったことになるかね……」
そう言われると、リンネにあれほど昔の自分のようなことはするなと言っていたタクマとメリアの気持ちにも納得した。何度も引き合いに出されてうんざりしていたがそういう事情だったかと思い、二人を許した。
リンネの場合は、迷子になっても、最悪、魔法を使って居場所さえ教えてくれれば良いと伝えている。有事の際は、ムソウや自分との約束を忘れ、自身と他の子供たちを救うために行動しろと言うと、リンネは力強く頷いていた。
あの様子なら大丈夫だろうとツバキは感じ、久しぶりの父娘二人きりで、店の仕事をこなしていた。
予想に反し、昼前から客の出が増え始めてくる。忙しくしながらも、タクマは数か月に一度あるか無いかの大繁盛だと喜んでいた。
グレンと仲良くした効果が出て来たか、とどこか浮かれているようだったが、流石にそれは無いと、ツバキは呆れていた。
ムソウの方も、忙しくしているのだろうかと思いながらも、ツバキも客の相手をしていく。昔馴染みの他に、新規なのだろうか、見慣れない客も多かった。
昨日から話している、ここ数年で移住してきた住民だろうかと思いつつ、店や商品、自分の紹介を行ったりもしていた。
そして、昼ご飯を抜いて客たちの相手を続けているうちに、空になる棚が出始める。
それに伴って客も少なくなっていき、夕方前には、タクマの店は朝に比べて見違えるほど綺麗になっていた。
「……凄かったな、今日は……」
ふう~、と、長い息を吹きながら、椅子に座るタクマ。ツバキも、その場に腰かけて、空になった棚と、今日の売り上げを眺めていた。
「どうしたんだろ、急に……?」
「さあ……まあ、長く商売やっていると、こういうことがあるってカイガさんも言っていたし、今日はうちが辺りだったってところかな。それにしても、店の中がすっからかんになっちゃったな。在庫があるから良いけど、早速グレンさんの力を借りないとな……」
などと言いながら、タクマは売り上げの銀貨や銅貨を数え始めた。
あれだけあれば、当分は遊んで暮らせるが、タクマとメリアに限ってそれは無いだろうなと微笑むツバキ。
そこへ、お茶とおにぎりを持って、メリアが現れる。
「二人ともお疲れ~。簡単にだけど、お夕飯まで時間があるから、これ食べてね」
「ありがとう、お母さん」
「流石、頼りになるね」
「はいはい。それはそうと、お客さんのほとんどはやっぱり移住者がほとんどだったみたい。なんか、今日は他のお店の休みが重なって、困った人たちがこの辺りにも来たそうよ。マーシュさんの所も、リノさん、ランさんの所も大変なことになっていたんですって」
メリアの言ったランという人物は、昨日公園で会った女の一人だ。昨日のうちに、羽を伸ばせていて良かったなあと、ツバキは苦笑いした。
「でも、店休日が重なるって話は、聞いたことが無いな。何かあったのかい?」
「さあ? まあ、明日からは通常に営業するらしいから、本当に今日の稼ぎは、今日だけのものになりそうね。気を抜いたら駄目よ?」
「分かってるよ。ただ、商品が無くなっているから、明日、港に買い付けに行かないと……」
「グレンさんが居てくれたら良かったのにね」
「そうだね、ツバキ。まあ、それは次回のお楽しみということにとっておこう」
グレンの口の上手さはムソウから散々聞いている。安い出費で、大量に高品質のものを買い付けてくれると、メリアもツバキもグレンには期待している。その分、あまり重圧をかけると、サーラに怒られそうだと、メリアと一緒に笑っていた。
「さて……と。じゃあ、私はお夕飯の支度に戻るわ。ツバキは、もうしばらく、タクマについてあげてね。リンネちゃんももう少ししたら戻ってくると思うから」
「うん。まだ、帰ってない所を見ると、本当にお腹を空かせていると思うから、たくさん作っておいてね」
「はいは~い」
まだ、夕暮れまでは時間があるが、リンネは未だに帰ってきていない。今頃、目いっぱい遊んでいて、それが終ると、お腹を空かせながら、目いっぱいにここに帰ってくるだろう。
そう思い、タクマの手伝いをササっと終わらせて、メリアの手伝いをしようと考えたツバキは、おにぎりを頬張り、店の片づけに手を付け始めた。
◇◇◇
その日の夜、ツバキはこの街の騎士団の駐在所に居た。一人ではない。
今朝、遊びに出ていった子供たちがリンネを含めて未だに戻ってきていない。ずっと待っていたツバキだったが、リノやモンジが家にやってきて事の顛末を説明。驚くツバキ達の元へ、レオン夫妻がギランとハンナを連れてきた。
話を聞いたギランが、商人仲間などに声をかけて探し回ったが、日が沈んでも、リンネ達が帰ってくることは無かった。
そこでツバキは、騎士団の駐在所に行き、迷子の子供を預かっていないか、もしくは何か話を聞いていないか確認しようと提案する。
家の事はタクマ達に任せて、ツバキは着替えてここに居た。
「いつも見回りはやっているだろ? どこかで子供たちの姿を見た人間は居なかったのか?」
皆の代表としてギランが騎士たちと話をしていた。ツバキや他の親たちは、黙ってそれを見守っている。
困ったような顔をして、ギランの対応をしている、この街の騎士団を任されている男はどこか頼りなさそうな態度だった。
「さ、さあ……子供なんて、そこらに沢山いますので、こちらでは分かりませんよ」
「路地裏とか危ない場所はどうだった? あんなところに子供が居たら、これだけ騎士が居るんだから分かるだろ?」
「この街の路地裏が入り組んでいることは承知のはずです。全ては回り切れませんよ。というか、常日頃から、あのあたりには近づかないようにと、私達も言っているではありませんか。仮に、子供たちがああいった場所に行ったとしても、それは私達の責任ではありませんよ」
その言葉に、子供の心配をしていたレオン達は激高する。
「何だと!? 街を安全に保つのはアンタらの仕事だろ! 常日頃から俺達に注意喚起する前に、変な奴らは捕縛することも出来たはずだ! それを怠り続けたのはお前らだろうが!」
「そうよ! もしも、子供たちに何かあったら、アナタ達の責任なんだからね!」
マルドで言うところの「何か」とは、犯罪に巻き込まれるということ。その為、路地裏や、怪しい店の前には近づかないようにするという注意喚起は、騎士団によって行われてはいる。
しかしながら、それをよく理解しているのは大人だけであり、子供は何が危険なのか、どうして行ってはいけないのか判断をする力は持っていない。
日も沈んで、どこからも子供たちが出てこない以上、そう言った場所にリンネ達も入っていった可能性は高くなる。
騒ぎ始める親たちの中でツバキだけは黙っていた。静かに、リンネの事を想っている。
―あれだけ言ったのに、リンネちゃんは路地裏に行った……? いえ、リンネちゃんはそんな子じゃない。もちろん、レオンさんの所の子も、リノさんの所の子も、この街の事は分かっているはず。何せ、あの子達の親は、私が起こした事件を知っているから……少なくとも、皆は、この街のあそこに行くとどうなるかはわかるはず……なのに……―
考えれば考えるほど、子供たちの行動が分からなくなる。さらに言えば、何かあったとしても、リンネには、非常時には自分の力を使っても良いと伝えてある。
何か理由があって使えない? もしくは、まだ遊んでいるとか……? いや、リンネだけならまだしも、他の子供たちが全員帰ってこないのはおかしい……。
そう考えていた所で、ツバキは一つの疑問が思い浮かび、騒ぐ皆の後ろで手を上げた。
「あの、すみません。行方が分からない子達の中にはここに居ない方のお子さんも居たはずです。彼らの行方は分かっているのでしょうか? 親御さんの姿は見えないようですが……?」
ツバキがそう言うと、皆は黙り、騎士団の男はツバキに顔を向けた。
「先ほどから思っていたのだが、貴女は何だ? 何故、ここに居るのですか?」
皆よりも一回り、ギランと比べれば二回り歳の離れた女が居ることに関して、騎士団の男は疑問を抱いているようだ。ツバキは、あ、と言って、首から下げていた騎士団の証を男に見せる。
「失礼しました。私は、騎士団マシロ師団、師団員のツバキと申します……が、今はここ、マルドに里帰りをしておりまして、私が護衛をしております、冒険者の方のお嬢様も、皆さんの子供たちと同じく行方不明になっておりまして……」
ツバキの言葉に、騎士団の男は目を見開き、部下の男に首飾りを調べさせた。本物だということが分かると、男は頷き、口を開く。
「はあ、そうですか……しかし、貴女も騎士だというのならば、今回の事は未然に防げたのでは?」
やれやれと言った感じに、男はツバキに視線を送る。若干、侮蔑が込められている嫌な視線にツバキは眉を顰めながらも、激高することなく毅然としていた。
「あの、質問に答えていただけますか? ここには居ない、子供の親御さんはどうされたのですか? 子供たちは?」
「ふむ……ここに居ないということは、その方々のお子さんは無事だということでしょう。ひょっとしたら、皆さんのお子さんたちもすでに家に帰っているかもしれませんよ」
つまりは、報告が無いということだ。ここでツバキは再び考え込んだ。ならば、その子供たちから話を聞こうとも思ったが、誰がどこの子供かわからないので、それは不可能だった。
一応、他の親にも話を伺ったが、ツバキ同様、馴染みの子供たちの顔は知っているが、自分の子供たちがどこの子供と遊んでいるのかは把握しておらず、その子供たちの家がどこにあるのかは分からないそうだ。
だが、ここでギランがツバキに口を開く。
「いや……マルド商会やターレン商会に出入りする商人の家族構成や住所なら何とか出来るかも知れない」
「本当ですか!?」
「ああ。本部に掛け合えば、何とかなるだろう。早速聞いてみるぞ!」
ギランは、ツバキの馴染みの中でも唯一、マルド商会に出入りしている人間だ。町の中でも顔役の一人となっている。
ツバキがお願いしますと、頭を下げるとギランは騎士団の駐在所を出ていった。
これで何か分かれば安堵するツバキ達に、騎士団の男がため息をついて口を開く。
「あ、そちらで何とかなりそうですね。では、今日の所はお引き取りを」
その一言に、ついにツバキも堪忍袋の緒が切れたように、頭の中で何かが弾け、男に詰め寄った。
「先ほどから貴方の、皆さんに対する受け答えを見ておりましたが、何ですか? 本当に士官学校を卒業したのですか? これだけ子供たちの事を心配されているレオンさん達に、もっと必死に対応しないのですか? 普通の騎士ならばこの時点で、対策を講じる場を設置し、迅速に騎士を街中に配置し、子供たちを探す手配を整えるはずです。
それをしようともせず、皆さんから話を聞こうともせず……貴方はここで何をしているのですか!?」
通常ならば、こういう事態になった場合、騎士団では例え子供でも行方知れずの者が出た場合、街を守護する者として、見回りを強化したり、すぐさま行動に移すはずだ。
なのに、ここの騎士達はこういう状況になっても、詰め所でのんびりとしながらこちらの様子を伺っていたり、中には仕事を終えて帰ろうとしている者も居る。
マシロではこんな光景は見たことが無かったと、ツバキは呆れを通り越し、静かに怒っていた。
ツバキに詰め寄られた男は、ゔっ、と言って後ずさるも、すぐさま態勢を立て直し、ツバキに向き直った。
「そ、そのようなことを言われても……ここは、マシロとは違うんですよ、ツバキ殿」
「マシロと違うからこそ、一刻も早く対応しなければなりません。それだけ、この街は危険なのです。先ほど、リノさん達が仰っていたように、何かあれば、貴方方……いいえ、この場合、貴方の責任問題になりますよ?」
脅すような口調で、男の反論を押し返すツバキ。実際そうなのだから、これ以外に言いようがない。
対応できる案件に対応しなかったことについては、不慮の事故ではなく、その街の守護を統括する者に対しての責任問題となり、最悪の場合、懲戒解雇となる。その重要性も理解していないような男の行動に、明らかな違和感を覚えていたツバキ。
だが、ここまで言っても行動を起こさない男は、更にため息をつきながらツバキに返した。
「そんな大げさな……たかだか、小さな子供たちが迷子になっているだけでしょう? 何もありませんよ。それに、間もなくそちらで解決もしそうじゃないですか。となれば、我々が動くことも無いでしょう。
まあ、今日の所は皆さんも帰って、子供たちを出迎えてやってください。その方が子供達も喜びますよ」
「ちょ、ちょっと、何なの!?」
騎士の男の合図とともに、その場に居た何人かの騎士が、レオン達の腕を掴み、外へと向かわせる。そうは言っても相手は、日ごろ鍛錬を行っている騎士だ。成す術もなく、一般人であるレオン達は、そのまま駐在所を出ることになる。
ツバキも腕を掴まれたが、すぐに振りほどいた。だが、何人かの騎士に囲まれ、威圧されるように睨まれる。ここで問題を起こすのは得策じゃないとハンナに説得され、仕方ないと思い、出口に向き直った。後ろから、気の抜けた騎士の男の声が聞こえてくる。
「仮に、ですが、明日の朝になっても子供たちが戻ってこないようでしたら、またお越しください。その時は全力で捜査網を敷きますので。無論、その時は協力してくださいね、ツバキ殿」
「……分かりました」
空返事しながらツバキはハンナと一緒に駐在所を後にした。
少し離れた所に集まっていたレオン達は、騎士団の駐在所を睨んでいる。
「クソッ! 何なんだ、あの態度! アイツ、絶対子供いないぞ!」
「子供どころか、嫁も居ないわ! あんなのと結婚する人なんて、この世にいるものですか!」
「ふ、二人とも、落ち着いて」
あまり言うと、不敬罪で捕まってしまうこともあるので、ハンナは悪態をつく者達を鎮めていく。
ツバキは駐在所を見つめながら、先ほどまで抱いていた疑問をハンナに確認していた。
「ねえ、ハンナちゃん。マルドの騎士……というか、モンクの騎士ってこんなだったかな?」
「え? いや、どうだろ……少なくとも、レイヴァンの騎士は普通だった気がするよ?」
「だよね。だって、ここの師団長は人格者で有名だものね……」
マシロに居た頃も、故郷であるモンクの事は気にしていたツバキ。無論、その地を守護する騎士団の事も把握していた。
モンク師団の師団長の名はインセン。“鉄腕”という異名を持ち、武器を持たず、徒手空拳で闘う男だ。インセンは、コウカンやエンライよりは若いが、港があり、カジノなどの娯楽施設も多くあるモンク内で度々起こる揉め事を払拭しようと、人口が多い街には自分の師団を分断し、派遣するという仕組みを作った。これにより、騎士団の師団本部が設置してある街だけでなく、領地全体の治安の平衡を保つことを目的として活躍する師団長として、コウカンも高く評価していた男である。
そんな人がこの地を守護していたということは知っていたのに、先ほどの男の態度、それに、他の騎士の態度は何なのだろうかと思っていると、レオンが忌々し気に、マルドの騎士について説明を始めた。
「コイツは、あまり大っぴらに出来ない話なんだがな、ここの騎士連中、商会で違法なことをやっている商人や、店から賄賂を貰って黙らされているって話だ。ちょっとやそっとのことじゃあ、騎士団は動かないらしいぞ」
「そんなことが……」
「あくまで噂だがな。だが、明らかに違法な商売をしている奴が、騎士団に捕まったわけじゃねえのに、何度も出入りしていたり、前に子供を泣かしている商人のすぐ横を警ら中の騎士が通っても、何もしていなかったからな。何か、変なつながりがあるというのは確実だ」
レオンの言葉に、ツバキは項垂れた。自分と同じ騎士が、自分の故郷でそんなことをしているなんて、と気分が悪い。
クレナでは冒険者が、ここでは騎士団が腐敗していることに気付き落胆するが、クレナと違うのは、それもこの街だけだということ。ことが済んだら、レイヴァンに行って、インセンに進言しようと決めるツバキだった。
「それで、これからどうするの?」
さて、騎士に頼ることは諦めたツバキ達。ここから、リンネ達をどうやって探し出そうかと尋ねるハンナやレオン達にツバキは応えた。
「取りあえず、ギランさんを待ちましょう。そして、私達が知らない子供たちの住所が分かったらそこへ行って、話を聞きましょう」
「それでも分からなかったら?」
「ひとまず、私の家を本部ってことにして、後は人海戦術でこの街のいろんな所を探します。何かあったらいけないから、一応私とギランさん、それからハンナちゃんの三つの部隊に分かれて……」
「あ、それなら、俺の知り合いの、元冒険者の飲み仲間を引っ張ってくる。さっきは騎士相手だったが、俺も腕っぷしには自信があるからな。戦力になる奴らが多く居た方が良いだろ?」
「そうですね……レオンさん、お願いします」
レオンの申し出をあっさり受け入れるツバキ。昔、酒場ってどんなところ? と好奇心旺盛なツバキとリュウガンを連れてレオンが酒場に連れて行ったところ、酔っ払い同士の喧嘩が発生した。
しかし、居合わせていたギランと共に、拳骨でその者達を酒場の外に追い出したレオンの強さを知っているツバキは、どうかよろしくお願いしますと深々と頭を下げていた。
その後、ギランが資料を持ってツバキ達の元へとやって来る。駐在所の中に居らず、外に居るツバキ達と、既に明かりが消え始めている駐在所を見て、困惑するギランに、事の経緯を説明。
ギランはやれやれと頭を抱えながらも、ツバキの提案に頷き、資料を皆に渡した。
そこには、加入している商人の顔写真と、その家族の写真、更には住所が詳細に書かれている。
何かあったときの為、登録しているとのことだが、結構な機密情報なので、本部を説得するのに苦労したと言うギラン。脅したんじぇねえのかと笑うレオンをその妻が注意している横で、ツバキとリノは資料を丹念に見ていた。
「この中に、今日の子供達は居ますか?」
「え~と……あ、居た!」
パラパラと資料をめくっていると、リノはある家族の詳細が載った一枚を指さす。
リノが指していた子供の顔は、確かにツバキも見覚えがあった。
ここからそう離れてはいない場所に居を構えていることを確認したツバキ達は、そのまま、その住所へと向かった。
……しかし、ここでもツバキ達は、あることに気付き、驚愕することになるのである。
本文には書いていない裏設定。
ツバキの昔馴染みの間で何か起きた場合、ギランは顔が広く、組合長として影響力がある人間ということで、皆の中心に立つことが多く、ハンナは冒険者として、何かあった時の為の武力として頼られることが多いです。
無論、例えば、今回のようにそれ以外のマルドの住民たちにも困ったことがあれば、二人が中心となり、マルドを知り尽くした者達が一堂に会し、原因を解決します。
だからこそ、ここの騎士団の怠慢を招いているのかもしれませんね。




