第318話―グレン夫婦をマルドに連れて行く―
翌朝、起きて作業に向かおうとすると、グレンとサーラに止められた。
今日の昼過ぎに、マルドへ向かうということなので、その準備を一緒にしたいようだ。他の冒険者達には、ツルギ達の方から説明してくれるとのこと。俺は分かったと頷き、二人の家へと向かった。
「準備っつっても、前みたいに野宿とかするわけじゃないが、一応、向こうで一泊するつもりだから、その準備だな。
あと、タクマさんの店に置きたいものなんかを持って行くつもりだ」
「あそこは、雑貨屋だぞ? 冒険者向きのものなんぞ置いても意味は無いだろ」
「無論、そんなものは持って行かない。そうだな……これなんかどうだろうか?」
グレンが取り出したのは、色とりどりの糸だった。手芸の材料にもなるし、持って行く所に持って行けば、冒険者向けの装飾品の材料にもなる、耐魔羊という羊の毛で出来た糸だ。一応、この村の名産品だという。値段も安価なので、問題なさそうだと思った。
「良いんじゃねえか? ただ、既に向こうにあれば分からないがな」
「まあその時は、運搬業が出来る商人としての魅力を語れば良いだけだな。サーラは何か持って行って欲しいものはあるか?」
耐魔羊の糸を異界の袋に入れながら、サーラに顔を向けるグレン。サーラは、う~ん、と考え込んだ後、居間にあった箱を取り出した。
「これ、置いてもらっても良いかな? 私や村のお婆ちゃんが作ったものだけど」
サーラが出してきたのは、手芸で作ったものだろう、胸飾りである。趣味で作っているのだが、完成したものをどうして良いかまでは分からず、そのまま保管しているらしい。
これが金に化けるのなら、村の収入源としても活用できると思っているらしい。素人目に見た感想だが、店に売っている既製品よりは良い出来だと思う。何と言うか、味がるような気がする。
困り顔のサーラに、グレンはニカっと笑った。
「ああ、良いぜ。交渉してみよう」
そう言って、グレンは、手芸品を異界の袋に収める。
「ありがとう、あなた。じゃあ、私は準備を進めておくわね」
「よろしく~」
サーラはそのまま、旅の支度を始めた。本当に夫婦仲が良いことで、同じ空間に居る俺の方は、若干恥ずかしくなるが、悪いことでは無いので特に気にせず、そのまま準備を進めた。
そして、ある程度の支度が整ったところで昼飯の時間を迎える。グレンは、皆に昼飯の招集をするための鐘を付きに村の中央へ向かい、俺とサーラは、飯を作っていた冒険者達と一緒に、机や椅子を出していった。
その後、作業をしていた冒険者達が戻ってきて、昼飯を食べ始める。
「ザンキと、グレンさん、それにサーラさんは午後からマルドだったな。明日の何時頃帰ってくるんだ?」
ジェイドの質問にグレンが応える。
「今のところの考えでは、夕方ってところだな。マルドで色々と買い物もしたいことだし」
「わかった。ザンキ、二人の護衛、しっかりとな」
「任せろ。無事に帰ってくるさ」
なら良し、とジェイドは頷き、午後からの作業に向けて飯をかき込んでいた。結界魔法の魔道具もあるし、外では神人化も鬼人化も出来るし、無事にマルドまで行くことが出来るだろうと考えている。
注意すべき点は、二か所。魔物の気配がした森だ。あそこさえ気をつけていれば何とかなるだろう。
「マルドと言えば、カジノもあるな……グレンさん、羽目を外すなよ」
飯を食っていた冒険者達からそういう声が上がると、グレンはフッと笑った。
「元々行く気は無い。ああいうところは、最終的に向こうの利益になるような仕組みになってるからな。勝っている奴が居る時は、寄らないのが吉だ」
グレンの言葉に、なるほどと頷く冒険者達。
「グレンさんは欲深なのか、違うのか分からないな。ちなみに、サーラさんはカジノとかに興味は無いのか?」
「私も……そうですね、あまり無いですね。あまりお金があっても、ここで使うことは無いですし。私が気にすることと言えば、久しぶりに都会に行くので、人に酔ってしまわないか心配です」
サーラの言葉に、冒険者達から笑いが起こる。それは盲点だったな。グレンと一緒に気を付けるようにしよう。
今は、ふざけている空気だが、マルドに行けば、人攫いも居る可能性が高いからな。まして、こないだ聞いた感じだと、そう言った者達の元締めであるアマンが、あの街に居ることだし……。グレンも関わり合いになりたくないと言っているので、少なくともアマンの店に俺達が近づくことは無いが、それ以外の場面でも、そういうことには気を付けておこう。
さて、皆は飯を食い終えた後、マルドへ向かう俺達を見送ると言って、村の入り口まで来てくれた。暇そうにしていた村人たちも何人か集まり、グレンとサーラの旅の無事を祈っている。
ツルギ達は、これからの移動用にと村の中へ置いていた馬車を持ってきてグレンに渡す。荷台に毛布を敷き、サーラがくつろげる空間を作った後、三人で馬車に乗り込んだ。
「じゃあ、ジェイドさん。皆の事はよろしくっす」
「ああ。予定が遅れないようにしておく」
「皆さん、村の事はお任せしました」
「了解っす、サーラさん」
「村の平和は、私達ムソウ一派にお任せください」
「もちろん、俺達にもな」
冒険者達の言葉に、サーラとグレンは安心したように頷く。
「じゃあ、そろそろ行くぞ。皆、また明日な」
そう言って、俺は馬を歩かせ、馬車を動かす。俺達の姿が見えなくなるまで、ツルギ達は手を振っていた。
◇◇◇
荷台にサーラ、御者台に俺とグレンを乗せた馬車は、街道をずんずんと進んでいく。急いでいるというわけではないが、日が暮れないうちにと思っているので、少し速度は上げている。とは言うものの、一本道なので、この調子なら大丈夫だと思った俺は、馬車の幌の上に陣取り、辺りを警戒していた。
「サーラ、座り心地はどうだ?」
「ええ、大丈夫よ。あなたこそ、大丈夫?」
「いやいや、俺の本職は行商人だぜ? これくらいは余裕だ。ザンキ……じゃねえな、ムソウは?」
「ああ。俺も問題ない。それから、ザンキのままで構わない。どうせ、マルドに着いたら同じことだからな」
辺りの気配を探りながら進む俺。相変わらずグレンはよく喋る。サーラの方は、荷台で本でも読んでいるようだ。揺れる馬車の中でよくやるなあと感じる。
「お……そろそろ森だな。グレン、黙っておいた方が良いぞ」
「……分かってる」
流石に、森に入るとグレンは黙り込む。音に刺激されて魔物が寄ってくる可能性も低くは無いからな。
とは言うものの、やはり魔物は森の奥に居るようで、近くに気配は感じられない。
「やっぱり、問題ないようだな。ちなみに、奥の魔物は狩ってはいけないのか?」
「駄目だということは無いだろうが、狩る必要が無いし、向こうも襲ってこないのだったら、このまま行こうぜ」
「まあ、そうだな……」
残したところで感じられるのは、下級の魔物の中でも更に弱い魔物だ。俺が気にすることでも無いだろうし、ここまで出てこないとなると、魔物の方が人間に恐れているのかも知れない。
このままで良いやと納得し、そのまま俺は何もせず、死神の鬼迫をばら撒くだけに留めて、馬車を進ませた。
その後、森を抜けてグレンは大きく息を吐く。意外と、気を張り詰めていたんだなと思っていると、荷台からも大きく息を吐く声が聞こえてきた。
「ん? サーラさんも緊張していたか?」
「え、ええ。やはり、周りは危険だけというのは、緊張しますね……」
「大丈夫だぜ、サーラ。俺が居るからな」
「アナタもガチガチだったじゃない。ザンキさんが居てくれて良かったわ」
荷台から顔を出し、幌の上に座る俺に微笑むサーラ。グレンは悔しそうに再びため息をついていた。
「ま、グレンのおかげで安全に馬車が動いてるんだ。アンタも、このまま御者台に出て、隣でグレンと居てやれ」
「フフッ。そうですね」
サーラはコクっとうなずき、御者台に出てグレンの横に座った。馬を引くグレンの肩の上に、頭を乗せてくつろぎ始めている。
グレンは、ちらっと俺の方に振り返って満面の笑みを向けてきた。見せつけんなと、手を振ると、グレンは再び前を向き、馬車を進ませた。
残る難所は、もう一つの森だけ。それまではまた、見晴らしの良い街道が続く。俺も少々緊張を解いて、そのままくつろいでいた。
「ふう……チャブラの時と一緒で暇だな……」
「良いことじゃねえか。魔物も居ないから、安全だ」
「それはそうだが……」
「アンタはやっぱり戦闘狂のようだな」
グレンはため息をつき、サーラはクスクスと笑っている。別に闘いが好きだっていうわけじゃないんだけどな。
「ずっと思っていたんだが、この領は比較的に魔物の被害とか少ないのか?」
「まあ、カジノ目当ての冒険者が多いからな。その分、魔物も少ないのは確かだ。あと、魔物商が乱獲していることも、要因の一つではあるな」
魔物商が扱う魔物は、俺にとってのリンネのような、冒険者や貴族たちが連れる従魔用のものだ。主な取引先は、レオパルドが管理している魔獣宴となっている。
だが、それはいわゆる、表向きの、きちんとした魔物商だ。裏では、冒険者や腕利きの傭兵たち、更には山賊や海賊などと密約を交わし、魔物を乱獲しているということもある。
魔獣宴の魔物は、例え神獣でなくても、主に下級から、中級の魔物が多いということから、人間でも従わせることが出来るが、より強い魔物を欲する者には、上級以上の魔物を提供する場合もあるという。
その際に、特殊な魔道具を使って、魔物の力を封じ込めるという手法を取っているらしいが、詳しいことはグレンにも分からないらしい。
「商人の間では、裏の取引をしている大きな魔物商の所には、災害級さえも操ることが出来る者も居るって噂だ。それも、魔道具の力だろうがな」
「何となく、転界教とか絡んでそうだな……」
ケリスも使っていた、生き物の魂を使った強力な魔道具だと、そういうことも出来そうなものだからな。
実際、純粋な龍族であるカドルも操られていたわけだし。それに、ケリス自身も、リンネの力を封じていたらしいしな。
やはり、怪しい動きをする者同士は、どこかで繋がっているのかも知れない。調べるのなら、そう言ったところから当たるのは間違いではないな。改めて、ムソウ一派のイブキには話を聞いておこう。
「まあ、今は好都合だと考えておこう。俺達もゆっくりできるしな。ザンキも、あまり苛つかずに、ちゃんと護衛していてくれよ」
「はいはい……っと、二つ目の森だな。気を引き締めて行くか」
グレンの言葉に頷いていると、マルドへの行程、二つ目の森が見えてくる。
俺は、息を大きく吸って、スキルを発動させた。
―おにごろし発動―
無間が真っ白に輝き、俺の体を天界の波動が包み込む。それと同時に神人化が完了した。
そして、光葬針を出し、馬車の前に二体、馬車の横にそれぞれ二体ずつ、後方に三体、上空に四体、それぞれ騎馬兵、歩兵、上空に鷲の形を模した者達を作りだした。
「これで、充分だろうな……」
「おぉ……久々に見るが、凄いな……」
「まあ、これでどこから何が来ても大丈夫だろうな」
さらに言えば、誰も襲って来ないだろう。死神の鬼迫を放ちながらというのも、やろうと思えば出来るのだが、あれも意外としんどいからな。これで良いだろう。
グレンはまだしも、この力を初めて目の当たりにしたサーラは、目を見開き、俺の作り出した鎧武者の戦士や、飛び回る鷲たちを眺めていた。
「す、すごいですね……あの、皆さん、よろしくお願いします……」
恐る恐るといった感じにサーラが頭を下げるが無論反応は無い。誰もサーラに一瞥することなく、馬車についていく。
一応、騎馬する戦士というのも作ったが、心なしか、俺達の馬車を引く馬も、驚いたように光葬針の騎馬兵を見ているようだった。
その二つの光景が面白く、つい、吹き出してしまう。
「コイツ等は基本的に何もしない。お辞儀しても応えないからな」
「あ、そうなんですね……こちらも、ザンキさんのお力ですか? 何とも……」
「“規格外”だろ?」
「ええ……貴方の言ったとおりね……」
若干引いている様子のサーラ。ここでもまた、俺のことを“規格外”認定した人間が一人生まれた。
馬の方も、俺の言葉が理解できたのか、何も気にしないことにしたのか、今は落ち着いて馬車を曳いている。コイツは何も言わないが、恐らくコイツも俺のことを、変な人間だと思っているに違いない。
まあ、これで俺の苦労も幾分か減ったわけだし、このままで良いやと来るなら来いと思いながら、そのまま馬車を曳かせた。
結果としては、今回も何も起こらなかった。森を抜けたところで光葬針を収め、神人化を解く。
すると、サーラとグレンの二人から、ふう、という息を吐く声が聞こえてきた。
「ん? あれだけしたのにも関わらず緊張していたってか?」
「いや、あれだけ囲まれていたらな……」
「どうも落ち着かなかったと言いますか……」
じゃあ、どうしろとと、首を傾げながらも、無事に森を抜けたということで再び一安心し、馬車を進ませた。空を見上げると、日が傾き始めている。着くのは、夕方だろうなと思いながら、俺はその場に腰を下ろした。
◇◇◇
その後、しばらくすると、海が見えてくると同時にマルドの街が見えてくる。ようやく着いたかと、俺達は笑い合い、街の門まで来た。
「着いたな。じゃあ、俺は門番に馬車を預けてくる。サーラとザンキは先に中で待っていてくれ」
そう言ってグレンは門番に促され、馬車を移動しに行った。俺とサーラは一足先にマルドの門をくぐる。
夕暮れ時だが、相変わらず多い人の量に、サーラは若干目を回しているようだった。
「相変わらず、人が多いですね」
「いつもこんな感じだ」
「ええ。この視界に入るだけで、スーラン村の人口を越えてしまうでしょうね」
やはり、人が少ない場所から、一気に人が多い場所に移動するとこうなるのかと、呆然とするサーラを見ながらそう思った。
「今まで村から出たことは?」
「そんなに多くはありませんね。マルドには小さいときに何度か来たことがありますが、レイヴァンには行ったことはありません。船旅も……したことが無いですね」
「また、グレンにでも連れてってもらえ」
「そうですね。その時はまた、護衛の方をお願いします」
俺としては、そういうのは夫婦二人で行った方が良いと思いながらも、分かったと頷いた。
思えば、サヤと結婚して、カンナをもうけても、旅行なんぞには俺も行ったことが無かったな。エイシンに家を任せて行くことだって出来ただろうに。
まあ、そういう小さな後悔も、この先どこかで解消できるかも知れないと思うだけで、前よりは気分は楽だがな。
そんなことを話していると、手続きを終えたグレンが戻ってきた。
「二人とも、お待たせ~。それじゃ、行くか」
「ああ。だが、今はもうこんな時間だ。宿とタクマの家、どちらから行く?」
「ひとまず挨拶したいからな。案内してくれ」
「分かった。サーラ、人が多いからな。グレンから離れるなよ」
「はい。かしこまりました」
「ザンキ、そういうのは俺が言うんだよ」
グレンはやれやれと言いながら、サーラの手を握る。サーラはフッと笑って、グレンの手を優しく握った。
お互い、それぞれの手を決して放すなよと、ほとんど自分に対して皮肉を込めながら苦笑いし、俺達はツバキの家を目指した。
歩きながら、道に並ぶ露店を指さし、初めてここに来た時のリンネとツバキのように、サーラにあれは何とか、これは何とか、グレンが説明している。
どこに行っても、仲が良いことだなと思いながら、俺も分からないものを説明している時などは、俺も聞き耳を立てていた。
そして、大通りを抜けて家へと続く道に入ると、サーラが首を傾げる。
「あら、ずいぶんと寂しくなりましたね」
「ああ。ここから先は――」
と、サーラの疑問に答えようとした時、グレンが口を開く。
「表の大通りは、冒険者や旅人を相手にした商人たちが軒を連ねている。どの商人も、ここのマルド商会やターレン商会に与した、俺達みたいなギルドで登録した商人達だ。レイヴァンと同じくマルドは、南北と東西に大きな道が伸びていて、どこもかしこも盛況だ。無論、王都で定められた規定に基づいた奴隷商、表向きの良い方だと職業斡旋場や、魔物商なんかもある。道の先は、港だったり、カジノもあるようだな。
半面この通りで店を出しているのは、マルドに住んでいる住民たちを相手にしている。店も昔馴染みのものが多く、そういう人たちは、そもそも冒険者達を相手にする必要は無いから、ギルドにすら登録していない。となれば、異界の袋も持っていないから、商品を運ぶ時は、荷車を使う。だから、こういう道も広いんだ。
まあ、マルドの商人の中にもギルドに登録せずに大通りに店を出す者も居るがな。ショバ代を払わせて他の商人に商売をさせるよりも、自分で稼いだ方が早いって考えの人間も居る。稼げなかったら、俺達みたいな別の商人に場所を提供すれば良いからな」
「あ、だから、人が一気に少なくなったように見えたのね。よく見ると、やっぱりまだ、村の人口よりも多いかも……」
「まあ、そういうことだ。ちなみに、これくらい人も歩いていて、広い道なら良いが、ここより狭い道とかには気を付けろ。本当にやばい奴が多いからな」
グレンはサーラの手を少し引き、自分の近くに寄らせた。
「うん、それは分かってるけど、そういうところがあるって分かってるなら、騎士の皆さんが回っているんじゃないの?」
「回ってるだろうな。だが、違法商人は騎士が回る時間ってのが分かるんだろう。騎士が来たら看板を下げて、通り過ぎたら看板を出したりもできるようだ。
後な、これは大きな声では言えないが、騎士団との癒着もあるって噂もある。上を狙わずに、例えば門番をしていた騎士だったり、警らする騎士だったりを狙ってな。大金を手にしたい気持ちは分かるが、そういうところはきちんとして欲しいものだぜ……」
グレンはやれやれとため息をつく。
俺の言いたいことを全て行ったグレンは、そのままサーラと共に近くの露店に向かい、夜食だろうか、串焼きと飲み物、他に軽食となるものを買いに行った。
あいつの口の方が“規格外”ではなかろうか。流石の俺も、あいつには敵わないなと改めて実感する……。
まあ、根切交渉しながら店主を圧倒するグレンを楽しそうに、微笑まし気に見つめるサーラを見ながらどうでも良いと思った。
その後、買い物を終えた二人と一緒にツバキの家に到着した。家の前では、タクマとリンネが店の片づけをしている。今日も頑張っているなと嬉しくなり、リンネに近づいていった。
「よお。ただいま、リンネ」
「あ、おししょーさま! おかえり~!」
声をかけると、リンネはぱっとこちらに振り向いて飛びついてきた。
「元気だな。疲れてないのか?」
「うん! まいにち、たのしいよ~」
「そうか。それは何よりだ」
「おししょーさま、つかれてる?」
「いや。今日はここに来るだけだったからな。お客さんを連れて来たぞ」
リンネを抱き上げて、俺の後ろに居たグレンとサーラを見せる。手を振るサーラと、ニカっと笑うグレンをジーっと見つめるリンネ。人差し指を頭に当てて、う~んと考えている様子。
すると、何かに思い当たったようで目を見開き、ニッコリと笑った。
「あ! おにいちゃん、おししょーさまのおともだち!」
「お。……思い出したか。前に会ったもんな。あの時は、クレナの高天ヶ原の前で、静かに掃除をしていたもんな。話せるようになったのは聞いていたが、予想以上に……」
「よそういじょうに?」
不安そうな顔でグレンの顔を覗き込むリンネ。予想以上に酷いとでも言われるのかと、怯えているようだ。
そんなわけないのになと、面白くなって黙って眺めていると、グレンは俺の思った通り、ニカっと笑ってリンネの頭を撫でる。
「予想以上に可愛くなったもんだなあ~! しかも、商人の手伝いとは、見どころのある子だな」
グレンの言葉に、ぱあっと笑顔になっていくリンネ。続けてサーラも人差し指でリンネの頬をつつき始める。
「ほっぺもぷにぷにね。ホント、可愛いわ。この子がリンネちゃんで、その……ザンキさんの……」
そこまで言いかけてサーラは黙る。今は家の外で、どこで誰が話を聞いているのか分からない。リンネの正体を口にしないように、気を遣ってくれていた。俺は、感謝しつつ、サーラに応える。
「そうだ。俺の大切な家族だ。さあ、リンネ。改めてグレンと、サーラさんに挨拶するんだ」
「うん! えっと、リンネは、リンネ!」
「ああ。改めてよろしくな。俺は商人のグレンだ」
「妻のサーラだよ。よろしくね、リンネちゃん」
グレンとサーラは、再びリンネの頭をくしゃくしゃと撫でる。リンネは顔中に笑顔を浮かべて俺の腕の中で喜んでいた。
すると、仕事を終えたタクマも俺達の方に近寄ってくる。
「おかえりなさい、ザンキさん。僕だけ置いて盛り上がらないでくださいよ」
「あ、すまねえな、タクマ」
「いえ、それよりも……」
タクマは、期待を込める目でグレンに視線を移す。リンネを撫でていたグレンは、それに気づき、タクマと向かい合った。
「あ、どうも。商人のグレンっす。今日は、ここに居るザンキの紹介で来たんすけど」
「ええ。分かっております。お待ちしておりました、グレンさん。僕は、この店の主、タクマと申します。ザンキさんに話を伺ってから、ずっと気になっておりました」
「それは、こちらもっすよ。色々と確認したいこともありますし、こっちも色々と持ってきましたので、詳しい話は、明日でも大丈夫ですか?」
「僕は今からでも構いませんよ。丁度、今、娘と妻が晩御飯の支度をしているところですし、ぜひ、うちに上がってください」
唐突な申し出に目を見開くグレン。どうしようかと、サーラと視線を合わせたが、サーラも困惑しているようだ。
「え~と……いきなり押しかけて、夕飯までというのは、流石に……」
「大丈夫です。いつも、多めに作っておりますので」
いつの間にかグレンの手を掴み、家へと促しているタクマ。流石のグレンも、根負けしたように、苦笑いしながら、タクマに頷いた。
「分かりました。その方が、手っ取り早く話が出来そうっすからね。お言葉に甘えるとします」
「お邪魔いたします」
グレンとサーラが頭を下げると、タクマは二人を家へと連れて行く。俺もリンネを抱きながら、家へと入っていった。
「ただいま~」
「おかえりなさ……っと、今日は大勢いらっしゃいますね」
台所からツバキが顔を出し、そこに居るグレン達に目を丸くする。遅れてメリアも顔を出し、少々驚いた様子になった。
「え~と……タクマ、これはどういう状況なの? こちらのお二人は?」
「今さっき、ザンキさんが商人のグレンさんと、奥さんのサーラさんを連れて来たんだ。色々話したいし、今日はここでご馳走したいんだけど大丈夫かな?」
タクマが二人を紹介すると、グレンとサーラはツバキとメリアに頭を下げる。
二人は、なるほど、と頷き、すぐに笑顔になった。
「そういうことなら大丈夫よ。ご飯が出来るまでもう少しかかるからね」
「少し、量を多くしないと……リンネちゃん、今からでも手伝えますか?」
「は~い!」
ツバキの頼みに、リンネは手を上げて返事する。そして、俺の腕から飛び出して、台所へと向かった。
タクマは、スッとグレン達に向き直り、居間へと促した。
「というわけですので、こちらへどうぞ」
「あ、ど、どうもっす……」
流石のグレンも、タクマの勢いに押されたのか、いつもの勢いは、なりを潜めていた。
「あ、それでは私は、お夕飯のお手伝いをいたします」
サーラはそう言って、台所へと向かおうとする。しかし、それをメリアが止めた。
「いえいえ。お客様にそのようなことは……」
「気になさらないでください。主人も、これからお仕事の話になりそうですから、私が居ても邪魔でしょう。ですので、こちらで皆さんのお手伝いをいたします」
「そう……分かったわ。うちは、たくさん食べる人が二人も居るからね、手伝ってくれるなら、ありがたいかな」
そのうちの一人は俺の事か? とメリアに視線を移すと、メリアは、クスっと笑っている。後の一人はリンネだろうな……。
いつの間にか砕けた態度になっているメリアの言葉に、サーラはクスッと微笑み、頷いた。
「お任せください。こう見えても料理は得意ですから」
「主婦はそういうものじゃない? お手並み拝見しましょうか」
そう言って、二人は台所へと向かい、グレンとタクマは居間へと向かった。
「タクマさん、見た目と違ってぐいぐい来るんだな。流石、マルドの商人だ……」
こそっと、俺に耳打ちしてくるグレン。そうは言いつつ、ここからは巻き返すという強い意志が込められた顔をしている。
勝ち負けは無いんだろうが、取りあえず頑張れと言うと、任せとけと気合を入れてタクマについていった。
さて、俺はどうしようかと思っていると、台所からツバキの声が聞こえてくる。
「あ、忘れていましたが、ザンキ様」
「ん? どうした?」
「お風呂の方は沸いておりますので、どうぞ。本日もお疲れ様です」
「ああ。ありがとう……」
忘れられていると思ったが、そうでも無かった。
ツバキの気遣いが嬉しく思い、少しだけ心が暖まったと感じ、俺は風呂へと向かった。




