第30話―ハクビが雪辱を晴らす―
ムソウがゼブルを蹴飛ばし、奥へと向かうのを確認した。散々暴れておいて、この場を任せてくれた辺り、意外と頭は冷静だったんだなと、苦笑いする。
あいつのああいうところは真似したいなと感じた。私は、頭に血が上ることはしょっちゅうあるからな。
ただ、味方にまで殺気を向けるようにはなりたくないがな……。
「ゼブル様ああああ!」
ルーシーは、ムソウに吹っ飛ばされたゼブルを追って飛ぼうとするが、させない。
ガンッ!
私はルーシーを攻撃するが、奴は大鎌で私の爪を防いだ。
「どこに行く気だ? アンタの相手は私だ!」
「チッ! 白餓狼の雌……お前などさっさと殺してくれる!」
ルーシーは大鎌を握りながら、口を大きく開けた。ブレスか!?
私は、その場を離れ、奴の放つブレスを躱す。
次にルーシーは大鎌で回転する刃をいくつか飛ばしてきた。私は爪でその刃を相殺していく。そのまま近づき、奴を引き裂こうとしたが、再び躱された。
「チッ! ちょこまかと!」
私は焦り、近接攻撃で奴に挑むが、奴は翼を使い、そこらを飛び回っている。気功波を使おうにも、狙いが定まらない。
クソッ!どうしたら……。私が、茫然としていると、ルーシーはいやらしい笑みを浮かべる。
「フフッ、何もできないみたいねえ~それじゃ、このまま、何もしないで頂戴」
ルーシーは何やら唱えると、私の足元に魔法陣が現れた。あの時と一緒だ。ミニデーモンの群れと闘った時と。あれより速い! これが、クインデーモンの力か!?
そして、私はまた、幻影によって動きを封じられるるのか!
私はその場から離れようとしたが、間に合わなかった。
あの時と同じく光が私を包んでいく……。
「くそっ……」
意識がもうろうとし出し、私は再び、幻の中に――
「封幻光!」
その時だった。突然、強い光がどこからか放たれ、辺りを包んだ。
そして、私の足元の魔法陣は消え、私の視線の先にはルーシーが居る。
……幻術に掛かっていないらしい……どういうことだ?
私は辺りを見渡した。すると、ミサキ殿が杖を掲げてニコッと笑っている。
「ミサキ殿……?」
「へっへーん! 言ったでしょ? ちゃんと支援するって」
どうやらミサキ殿が幻影魔法を解いてくれたみたいだ。
私はミサキ殿に頭を下げた。
「さらにさらに、身体強化(極)、スキルアップ(極)、従魔召喚! でてきて! ぴよちゃん!」
更にミサキ殿は私に強化魔法をかけてくれた。一つは肉体の能力を高めるもの、試験の時にウィズが自分にかけていたな。あれとは比べ物にならないくらいに強力なようだが……。
そして、もう一つはスキルの能力を高めるもの。いつも以上に気の流れがよく見える気がする。そして……
「ウオオオ~~~ッッッ!!! ガアアア~~~ッッッ!!!」
……私の持つ狂気のスキルも高まっていく。全身に力がみなぎり、爪と牙がより鋭く伸びていく。体毛は伸びて私の体を覆っていった。だが、意識ははっきりする。……そうか、これが狂気スキルを極めるということなんだな……。これが……私が目指している力……。
「ウオオーーーン」
私の遠吠えは洞窟内に響き渡る。
「アハハ! すごい! すごいよ! ハクビさん! とっても素敵だよ! 体毛は純白で、金目なんて! とってもきれいだよ!」
ミサキ殿は満面の笑顔でそう言ってくれる。……嬉しいな。初めて自分が白餓狼の獣人で良かったと本気で思える。
「……ありがとう、ミサキ殿。……ところで、そいつは?」
ミサキ殿の横には四つの足を持った鷲、上級の魔物である、グリフォンのような生き物がいた。ミサキ殿は、その魔物の背中を撫でながら、ニコッと笑う。
「私の召喚魔獣のぴよちゃんだよ~!この子で空を飛ぶと、気持ちいいんだ~」
どうやら、ミサキ殿は召喚魔法を使える……と、そう言えば、ミサキ殿の発明した魔法にそのようなものもあった気がするな。確か、契約した魔物を呼び寄せるという。なるほど、これがそうか。やはり、十二星天は計り知れない……って、ん?
この魔物、よく見たら顔の辺りが獅子のようで、口元には鋭い牙が覗いている。それに、尾も長く、四つ足の鷲というよりは、翼の生えた獅子のようだ。……まさか……
「み、ミサキ殿……こいつはひょっとして、グリフォンの長、オピニンクスか? 天災級にも引けを取らないっていう、あの……伝説の……」
目の前に居る魔物の正体に気付き、ミサキ殿に確認していると、どこからか、声が聞こえる。
「左様。我はオピニンクス……だ。白餓狼の娘よ……なかなかの洞察力だな」
どこから、声が……って、目の前のオピニンクスからか!?
さすが、知性が高いだけあって人語を使うとは……と、恐ろしくどうでも良いことを考えてしまった。大概の魔物はそれが出来る。ゼブルもルーシーも出来ているし、ここらのミニデーモンだって出来ている。私が居た白餓狼の群れにも何体か居た。
圧倒的な強者を前にすると、幻影魔法にかからなくても、頭の中は訳の分からないことになるのだなと、呆然とする。
「も~う、ぴよちゃん、そんな話し方だと、ハクビさん、怖がるでしょ~」
まるで、愛玩動物でもあやすかのように、ミサキ殿はオピニンクスを撫でながら、話しかけている。
「……ミサキ様。その呼び方いい加減何とかなりませんか?」
「え~、だって、子供のころは可愛かったじゃない。ピヨピヨ言ってて、私の肩に……」
「ゲフンッゲフンッ。ミサキ様、分かりました。ところで……」
「あ、そうそう! ハクビさんを乗せて、あのえっちぃサキュバスやっつけるの協力してあげて!」
ミサキはルーシーを指さす。ルーシーはこちらを見ながら、大鎌に力を込めていた。今度はオピニンクスも相手ということで、向こうは本気で来るみたいだ。いくら、ミサキ殿に強化して貰ったとはいえ、私に災害級の魔物が倒せるのだろうか……。
「……フム。我らは自分が主と認めたもの以外、背には乗せんのだがな……」
ミサキ殿が呼んだ、オピニンクスは私を見ながら、苦い顔をしている。無理もない。大きな翼で空をかけるその姿は、まさに神獣と言うべき雄々しさと誇りを持っている。本来なら、ミサキ殿を乗せるということも難しいのだろう。
しかし、私はもう、アイツから逃げるわけにはいかない。今度こそ、ウィズと、レイカを助けたい。二人は、私のけがを治してくれた恩人だから……。
そして、私を助けてくれた、ミサキ殿とムソウの為に、私はアイツに勝たなければならない。
私は、オピニンクスに頭を下げた。
「頼む!……偉大なるオピニンクス殿。私に力を貸してくれないか?」
私はぴよちゃんに頭を下げた。すると、私の目の前から、ふう、という息を吐く声と共に、オピニンクスが口を開く音が聞こえてくる。
「……よかろう……恥を捨ててまで、獣である我に頭を下げるその気骨、見事だ。アイツとは大違いだ……白餓狼の娘、ハクビよ。我の背に乗ることを許す」
そう言って、オピニンクスは足を折って、私に背中を向ける。
「感謝する!」
私はオピニンクスに跨り、ルーシーの元へと飛んだ。
「私は二人をきゅーしゅつするよ~! ぴよちゃん! ハクビさんを頼んだね~!」
「まったく、ミサキ様は……。ハクビよ、いまいち締まらんが、行くぞ!」
「ああ!」
私は目の前のクインデーモンを見据え、全身に気を集めた。あの時の屈辱は忘れない。今度こそ最後だ。
「白餓狼にオピニンクス……極上の獲物……あんた達纏めて、ゼブル様に捧げてやるわ!」
ルーシーは鎌を何度も振って、斬波のような刃を幾つも放ってくる。オピニンクスは、それらを躱しながら、一気にルーシーとの間合いを詰めていった。
「ハクビ! 今だ!」
「すまない! 狼爪斬ッ!」
合図と共に、私はオピニンクスから離れ、上からルーシーに爪を振るう。ルーシーは鎌でそれをいなし、私の体は空中へと投げ出された。
「そうなったら、身動きとれないわよね!? 終わりよ――」
「させん!」
無防備になった私に、ルーシーは鎌を振り上げる。だが、オピニンクスが、突風を巻き起こし、ルーシーの体勢を崩した。
「このッ! 獣風情が!」
「やらせるか!」
オピニンクスに狙いを定めるルーシーめがけて、私は壁を蹴り、再度引き裂こうとする。しかし、間一髪のところで躱された。
そして、空中の私をオピニンクスが受け止め、再び、私はその背中に跨った。
空での戦いという慣れない経験を補うほどの活躍を、オピニンクスはしてくれる。私がミスをしても、すぐに助け、私もオピニンクスを助けられている。ミサキ殿の魔法のおかげだ。これなら、クインデーモンにも引けを取らない。
その後も、私が気功波を放つと、風を起こし、軌道を変えたり、速度を上げたりしてくれる。これにより、ルーシーにもダメージは通るようになった。
……だが、まだ足りないようで、ルーシーからの攻撃が緩まることは無い。
「フンッ!飛べるようになったからって、舐めないことね。ホーミング・レイ!」
ルーシーは鎌の先から、無数の光線を射出する。光線は軌道を変えながら私に向かってくる
「オピニンクス殿!」
「うむ!」
オピニンクスは、素早く旋回し、光線を躱す。だが、光線には追尾効果もあるようで、私についてくるみたいだ。オピニンクスは飛びながらそれらを弾いたり、転回して光線同士をぶつけて相殺したりしている。
ふむ……流石はオピニンクスだが、この戦い方では決着はつかない。
そして、オピニンクスも私の思いを汲んでか、あまり自分は攻撃しないようにしているみたいだ……。
……こんなにも、嬉しいことは無い。オピニンクスは、私がルーシーに抱く怒りを感じてくれている。
その思いに、応えなければ……。
「おい! いつまでもちょこまかすんなよ! さらに遠距離からの攻撃ばかりして。……ひょっとして貴様は怖がりなのかな?」
私はルーシーを挑発してみた。このまま、私に近づいてくれればいいんだが……。付け焼刃の挑発だが、果たして効くだろうか。
「なんですって!? 私が怖がり? ここから、逃げ帰った貴女がそれを言うの!?」
……む?ルーシーの様子が変わった。先ほどまでは、こちらを余裕で挑発し、何でも来いと言った感じだったが、少々取り乱してくれているようだ。畳かけてみよう。
「……そうだな。この場所で、あの時と同じよう迷彩トカゲの外套を着て、姿をくらませてまでして私を狙ったのは戦略だものなあ。私が怖いってわけじゃない……よな。
……いやいや失敬した。つい、私は貴様が本当は怖がりで、愛しのゼブル様が居ないと、姿を消さなければ手を出すこともできないただの怖がりなサキュバスちゃんかと――」
「うるさあああああああああああい!」
ルーシーの怒号が、広間内に響き渡る。……ふむ、私の挑発に乗ってくれたみたいだな……。向こうに行ったムソウが、目を丸くしながらこちらを眺めているのが見える。安心しろと、目で伝えると、そうか、と頷いているな。
「よくも! この! 私を! 侮辱してくれたわね! 白餓狼の! 雌ごときが! この私をオオオオオオ!」
怒気をまき散らすルーシーの姿が変わっていく。体が一回り大きくなり、人間のようだった肌がずるりと落ちた。
そして、その中から、デーモン本来の毒々しい色した肌が現れる。肩から、顔にかけては悪魔族独特の紋様が描かれている。……本性を現したみたいだな。
「そこまで言うなら見せてあげる……。サキュバスの本気を……!」
どこが、サキュバスだ。あれで男を魅了し、精力を取り込むとは、なかなか信じられない話だな。そう言えば、ムソウには、ルーシーの姿はどう見えているのだろうか。まあ、先ほどの様子から察するに、どうも思っていないということは分かるがな。いまいち、あの男がどういう人間なのか、未だに分からない。人間かどうかも怪しいものだ……。
さて、本性を現したルーシーは、鎌に魔力のようなものを集め高めていく。いや、あれは魔力じゃない。あれは……
「……おい、それは人間の魂か?」
ルーシーを睨んでいたオピニンクスが、突然口を開いた。オピニンクスの問いに、頷くように、ルーシーは嫌らしい笑みを浮かべる。
「クフフフフ、そうよ。私たちサキュバスは人間の魂が大好物なの。魂は魔力や気の元となるもの。ゆえに、人間一人分でもすごく強力なの。さあ~て、今まで私は何人の人間を食べてきたでしょ~か?」
「知らん。知りたくもない」
「クフフ! 正解はね、2000人よ! あなたたちはねえ、これから2000人の軍勢と闘うのよ!」
ルーシーの鎌が大きくなり強く輝きだす。2000人の魂の力か……。かつての100年戦争の原因となった魂の結晶はアレよりすごいのか。……想像もできないな。
またしても、激しくどうでもいいことを考えてしまったな。さて……。
「……オピニンクス殿。奴はおそらく次で最後の技を出すと思う。私も今の私で出来る最強の技を出す」
その技は、かつて、私が住んでいた集落の、頂点に立つ白餓狼の長が教えた技だ。
私が、あそこを離れる際に、次会う時は、その技で俺を殺せと教えられた技。それ即ち、狂気スキルを完全に極めた際に使うことが出来る奥義だ。
ルーシーを完全に消すには、もう、この技しかない。そう考え、体中に気と力を溜めた。オピニンクスは、私の言葉に、静かに頷いてくれた。
「うむ」
「……それでだ、私がオピニンクス殿から離れたら、どうか、ミサキ殿のところへ向かってほしい。そして、ウィズたちを救う手助けをしてほしいんだ。貴方を巻き込みたくは……ない」
ぴよちゃんは、目を大きく見開いた。そして、
「……見事だ。ハクビよ。そなたの願いは我が聞こう。そして、ここまで共に戦えたことを誇りに思う」
「ありがとう」
私の技が決まらなくても、二人は助け出す。そして、後はミサキ殿と、オピニンクス殿に賭ける。そう思いながら、なおも気を溜めていく。
そして、技の準備が整った瞬間、私たちはルーシーを見据え、突進していく。ルーシーも鎌を構えて突進してきた。
私はオピニンクスから飛び出しルーシーに向かう。ぴよちゃんは私に風を送り、私の速度を上げた。
フッ……本当に助かる。私の方こそ、この戦いは私の誇りだ。
「喰らいなさい! ジャック・ザ・リッパー!!!」
「すべてを屠れ!奥義・餓狼転喰!!!」
ルーシーの放つ攻撃に私は両手を上下に大きく開き、そこから体に溜めた気を一気に放つ。私の気や斬撃は、オオカミの頭の形を成して、ルーシーの元へと飛んでいく。
ガキンッと二つの攻撃は激突する。しかし、私の攻撃の方が押されている……やはり、まだ奴の攻撃の方が強いか……だが、
「えっ、何!?」
ルーシーは自ら放った、技を見て驚く。自分が放った斬撃が私の攻撃に取り込まれていく。その度に、私の攻撃は威力を増すように、大きく膨張していく、
「ま、まさか、私の技を吸収しているの!?」
「その通りだサキュバス。吸収するのはお前らの専売特許じゃない。……まあ、吸収するというよりは食べているんだがな」
私の技は、ルーシーの斬撃を全て喰らい、斬撃を纏った。そして、そのまま、ルーシーへと向かう。
「2000人分の魂だったか……お前を倒せるんだ……これで浮かばれるだろうな」
「クッ、来るな!キャアアアアアアアアア!」
私の技が直撃し、狼に食われ、その中でルーシーは切り刻まれていく。少しの肉片さえ、この世に残らず、ルーシーの全てを平らげた狼はスッと消えていった……。
「さて……」
私はウィズとレイカを助けるため、ミサキの方へと振り返る。
「……よくやったな、ハクビ……いや、ハクビ殿」
だが、そこにはオピニンクスが佇んでいた。私は、ハッとして、立ち止まる。
「……む?ミサキ殿の元へ行ってくれと言ったはずだが?」
「あれだけの戦い、最後まで見届けなければ、我の気が収まらん」
「私の願いを聞くと言っていったが、オピニンクス殿は約束も守れないのか?」
「お前の願いは聞いたが、叶えるとは言っていない。それに、ミサキ様の命令はお主に協力すること、だからな。我は使命を全うしただけだ」
やれやれ。ぴよちゃんもムソウと同じ、闘いが好きな者なのかも知れないな。こうなると、最初の威厳あるたたずまいは何だったのだろうかと、頭を抱えてしまう。……だが、悪くないと思った。
「……フッ。では改めて、私は二人の救助に行くが、オピニンクス殿はどうする?」
「我の使命はお主に協力することだ。ともに参ろう。それと……」
オピニンクスは、私に背中を向けながらこう続けた。
「ぴよちゃんで、良い」




