第306話―思わぬ客が訪れる―
その後、装備の手入れを終えて、グレンと談笑していると、日が傾き始めたからか、村人たちが買い物に来るようになった。
それぞれ、店先に並んだ野菜や牛乳などを買っていく。グレンとサーラは客の相手をするようになり、俺はその場でぼーっと立っていた。
話すことも話したし、日も暮れ始めてきたということで、俺もマルドに帰る準備をする。買い物に来た婆さんに、
「嫁さんを待たせたらいけないよ」
と、嫁も居ないのに言われたりもしたので、俺はその場を後にした。
「じゃあな。今度来るときは、皆と一緒に来るからな」
「おう。その時はまた、よろしくな」
「お気をつけて」
二人に見送られながら村を出て、神人化しマルドを目指して飛び立った。
そして、マルドに着いた後は、いつものようにツバキの家に直行する。今日は外での仕事だと聞いたが、流石にこの時間だと、皆、家に居るだろうと思い、大通りを歩いていた。
相変わらず賑わっていて、何とも楽しそうな光景ばかりが目に映る。
レイヴァンでは、その街の「裏側」というものを実感したが、この街は、どこが危ないのか、こうして見ると分からなくなるな。
時間が空いた時にでも、確かめてみることにしよう。
ふと、道に面して、一際大きな建物で、冒険者達が集まっている建物がある。
よく見ると、レイヴァンのリエン商会の本部に置いてあったものと同じ紋章が描かれた旗が立っている。
どうやら、ここがアマンとかいう男の店の様だ。外から見ただけだからあまり分からないが、中は武具や冒険者向けの魔道具、非常食や長旅の装備など、依頼に取り組む際に役に立つものが売っているようだ。
それに大きな酒場も併設されており、冒険者達はそこで飯を食いながら、各々楽しそうにしている。
また、宿もあるようで、この街に訪れた冒険者達はここを拠点に出来るようになっていた。
マルドの他の商人と、いざこざがあるとは聞いていたが、見た感じでは特に何もない。
流石に目に見えることはしないのだろうか。もしくは、他の店にも多くの客が居るあたり、本当のところは特に影響は無いのかも知れない。
問題を起こしている商人は、マルド商会、ターレン商会でもそこまで大きな力を持っているわけではないとのことだから、嫌がらせなども、気にならないほどの小さなものなのかも知れないな。
まあ、タクマ達には何も影響は無いようだから、俺が気にしなくても良いことだろうし、店自体は普通のようだし、と、言いつつも、タクマはここを俺に勧めなかったことから、大したものを売っているわけではないと思っている。
何より、グレン達からここを任されているアマンには、気を付けた方が良いと言われているので、これからも、ここに来ることは無いだろうなと思いながら、さっさとその場を後にした。
……にしても、今まで気づかなかったが、今日は冒険者達が盛り上がっていたから気付けたんだよな。それだけ、冒険者が集まっているということだ。
何かあったのかな。少し立ち寄って、話を聞いてみても良かったかも知れないな。
まあ、知り合いが居たわけでも無いし、今日のサーラじゃないが、情報を簡単に教えてくれるわけでも無いのでこのままで良いか……。
さて、空も暗くなっていることだし、とっとと帰ろう。リンネが心配しているといけないからな。
大通りを外れて、小さな通りに出ると、流石にこの時間は閑散としており、人の数もまばらだ。俺と同じく帰宅途中なのか、商人風の男や、家族連れに、挨拶される。返事したり、連れられている子供に手を振ったり(まあ、無視されたが……)しているうちにツバキの家に到着した。
「ただいま~」
家に向かって、声をかけると、中から小さな足音が聞こえてくる。
そして、ガチャっと扉が開き、リンネが飛び出してきた。
「おかえり~!」
……それと同時に、もう一人、リンネの後ろから飛び出してくる。
「おかえりなさ~い!」
「ッ!?」
ガツンッ!
咄嗟にリンネを抱え、後から飛び出してきた奴の頭を、つい、反射的に殴ってしまった。
「痛ったあああいですぅ~~~!!!」
リンネと一緒に飛び出てきた奴は、頭を抑えながらその場にしゃがみ込む。リンネは、俺の腕の中から、心配そうな顔を向けていた。
頭を抑えながら泣いているのは、クレナの俺の屋敷に居るはずのロロだった。
何故、ここに居るのか、一体、何が起きているのだろうかと、頭の中が真っ白になっていると、家の中からツバキが出てくる。
「あら……ですから、辞めた方がよろしいと……」
「うぅ……反省しました……」
「でしたら、早く立ち上がってください。玄関先で座り込まれますと、流石に邪魔です」
「……ツバキさんも……頭領みたいになってますぅ……」
ガクッと項垂れたまま、ロロはツバキに腕を引っ張られて立ち上がった。
ツバキは、ため息を一つつき、俺に顔を向けてきた。
「え~と……本日もお疲れ様です。ザンキ様」
「あ、ああ、ただいま、ツバキ……で?」
何故、ここにロロが居るのかと聞くと、取りあえず、中に入ってから、という話になり、荷物を部屋に置いた後は、居間へと向かった。
そこでは、今日の売り上げの計算をするタクマの横で、椅子に座ったロロが、リンネに頭を撫でられながら、涙目ながらも癒されているような顔をしている。
何をやっているのかと、頭を抱えていると、タクマが俺に気付き、顔を向けた。
「あ、ザンキさん、お疲れ様です」
「おう。少し邪魔するぞ」
タクマはニコッと笑い、どうぞと、俺に椅子を出してくれた。
その間にも、リンネに頭を撫でられ、自分はリンネを抱きかかえながら恍惚していたロロは、俺が目の前に座ると、身を震わせながら、こちらに顔を向けてきた。
「あ、あの……驚かせてしまい、申し訳ありませんでした……」
「いや、それは良いが、何で、お前がモンクに……って、リンネ……」
「な~に?」
「お前はツバキの手伝いを頼む」
こちらが話しているというのに、リンネによってだらけ切った様子になるロロ。見かねて、リンネを台所に行くように指示した。
「は~い! おししょーさま、きょうも、リンネとおねえちゃんで、おいしいごはんをつくるからね~!」
「ああ。ついでに、これも頼む」
残念がるロロとは対照的に、やる気を見せるリンネに、ソード・オクトパスの身を渡した。今日倒したものだと伝えると、リンネは目を輝かせながら、台所へと向かう。
「よし。これで話しやすくなったな。で、何で、お前はここに居るんだ?」
「あ、はい。私は、今日はジェシカ様のお手伝いで、モンクに来ることになりまして……」
ジェシカの手伝いとは一体どういうことかと、話を聞いていくと、こないだまで、ジェシカは、俺の屋敷から汲まれる聖なる水を元に新薬の生産を行っていた。傷を治すだけでなく、呪いを防いだり、治したりすることが出来る呪殺封の薬や、以前、俺と実験した魔物が近くに寄ってこないようにする薬などである。
それを、王都にある治癒院でも大量に作ることが出来た後、シンキと協力し合って、人界全体に流通させていくという話だったが、ギルドを通じて売り出すには、ジェシカ達と対立しているセインの許可が無いと不可能だ。
そこでジェシカは、いったん、世界規模の商会であるリエン商会に、薬の売り付けに来たという。
リエン商会が面倒を見るなら、ギルドを介することなく、一般の民衆にも薬が行き渡るというジェシカの目論見は、リエンの二つ返事で達成されることになった。
今日は、リエン商会の、あの倉庫で試しにと薬を売り出したということで、その手伝いにロロが来たという。
何で、コイツなのだろうか。暇だったのか?
「そして、レイヴァンでの作業が終わった後は、マルドのお店にも置きたいということで、この街に来ました」
「マルドの店ってことは、あのアマンって奴の店か?」
「はい。それと、リエンさんからの希望で、マルド商会や、ターレン商会の方にも赴きまして、ジェシカ様は、薬を売りつけておられました」
危なかった……。珍しく効能に優れている新薬を、リエン商会だからと言って、アマンの所だけで売り出すとなると、また、揉め事の種になりそうだな。
しかも、その薬には俺も関わっているから、アマンの所だけで独占ということになれば、二つの商会から目を付けられかねない。
ジェシカの判断と、それを許したリエンには感謝だな。
「なるほど……ちなみに、お前は俺と関係する冒険者だってことは言ってないよな?」
「え……言ってはいけなかったのですか?」
「その言い分だと、言ったのか?」
「いえ。尋ねられませんでしたので、言いませんでした。恐らく皆さんは、ジェシカ様に雇われた冒険者だという認識しか持っていないと思いますが……」
「なら、良い。実はな……」
少し困り顔のロロに、俺は自分の置かれた状況を説明した。
ここでは、ザンキと名乗り、正体を隠していることとその理由、アマンという男に、あまり関わりたくないことと、アマンの店のことなども話した。
ロロは時折首を傾げながらも、面倒ごとに巻き込まれたくないし、ツバキやリンネと安全に過ごしたい旨を伝えると、納得してくれたように頷いた。
「かしこまりました。私も気を付けます」
「ああ、頼んだ。それで、お前がこの家に居る理由は何だ?」
「買い物を楽しんでいましたら、聞き覚えのある元気な声が耳に入り、その声をする方に向かうと、リンネちゃんの可愛らしい笑顔と、ツバキさんがいらっしゃいまして……」
二人に会った時のことを思い出し、うっとりとするロロ。ルイが居れば、気持ち悪いと言って、辞めさせるのだが、俺はため息をつくだけにとどめた。
薬の件が片付き、少しばかり自由な時間を貰ったロロは、ジェシカと別れて買い物を楽しんでいた。
そこでタクマ達の店に行き当たり、ツバキとリンネと鉢合わせた後、少しだけ店の手伝いをして、今に至るという。
今日はここで俺達と飯を食った後、アマンの所で宿をとり、明日迎えに来るジェシカと共に屋敷に帰るとのことだ。
「そうか。別にここに泊まっても良かったんじゃないか?」
「いえ……ジェシカ様がお部屋を取ってくださったので……」
「女一人で外泊なんぞ危ないだろ」
「頭領は時々、私達にもお父さんのようになりますね。ご心配なく。治癒院の方々も一緒ですので。
それに、私も毎日鍛えられていますから」
杖を抱きながら、自信満々に胸を張るロロ。まあ、ロロは闘鬼神でもたまを除いて最年少だが、こう見えて、屋敷の中では魔法の扱いに関しては、一、二を争う天才肌だからな。それに関しては、特に心配事も無いか。
俺は、分かったとロロに頷いた。
「ならば、俺からも特に何も無いが、どこへ行こうと、お前や皆は、俺の闘鬼神の一員だということは忘れるな。何かあったら、絶対に俺を頼れよ」
「かしこまりました、頭領」
さて、ロロがここに居る理由も分かったところで、俺は風呂に向かった。もうすぐ料理も出来るということなので、早めに済ませるとしよう。
風呂に入ると、今日もまた、一日の疲れがじんわりと溶けていく。
いつものように、天井を見ながら、一日を振り返る。
海での戦闘は、なかなか楽しかったが、これが冬になるときついかも知れない。特に北の地域だと、海に入るのは良いが、それから帰っている途中などに、体が凍ってしまう可能性はあるな。
今はつけていないが、ヴァルナから貰った脚絆などの防寒具がどのように効果をもたらすのか、若干楽しみでもある。
ただまあ、次に行くときは船で行きたいものだとは感じたな。ゆっくりと船旅というものもしてみたい気がする。
スーラン村の件に関しては、予想以上に色々と決まっていったことには驚いている。この分だと、予定通りに事が運びそうだ。
二週間後からは、向こうの作業をしながら、ついでに集まってきた冒険者達やツルギ達とも親交を深めるとしよう。ここ最近での、世界のことが分かるかも知れないからな。
転界教の動きにつながりそうなものがあれば、一つ一つ対処していくとしよう。
さて、そろそろ飯が出来た頃かと思い、風呂から上がって長着に着替えた。
その場にあった椅子に座り、髪を拭いていると、戸の方から誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。
「ザンキ様、お夕飯の準備が整いました」
「ああ、今行くよ」
返事をすると、戸が開き、ツバキが顔を出してきた。
「あ、既に着替えていたのですね。お声が近かったので……」
「おう。すぐに行くから居間で待ってろ」
「いえ、お手伝いします」
ツバキはクスっと微笑みながら、手ぬぐいと櫛を手に取り、俺の髪を整えていく。
「自分で出来るから良いって」
「偶には、私にもやらせてください」
「ったく……」
時折、温風が出る魔道具を使いながら、優しく俺の髪の水気を拭い、櫛を入れていくツバキ。朝から晩まで、よくもまあ、ここまで尽くしてくれるものである。
何となく、気持ちよくなってきて、眠くなってきた時、ツバキは俺の肩を叩いた。
「終わりました」
「ああ……ありがとう」
その瞬間、目が覚めたように返事すると、ツバキはクスっと微笑んだ。
その後、二人で居間に向かうと、既にリンネとタクマ、メリア、それにロロが飯を食っていた。
野菜炒めの他に、ソード・オクトパスの焼き物もあり、今日も美味そうな料理が並んでいる。
今日もまた勢いよく料理を食べるリンネ。口の周りを汚していると、ロロが手ぬぐいをとって、リンネの口周りを綺麗にしていた。
「相変わらずの食べ方ですね~」
「ロロおねえちゃん、ざつ~!」
力が入っているのか、ツバキにされるよりもリンネは痛そうな顔をしている。
やれやれと思いながら、皆に出迎えられ、俺とツバキも席についた。
ふと見ると、そんなロロも、口の周りが少し汚れている。それを見たツバキは、あ、と言って、手ぬぐいを手に取った。
「へ!?」
「ロロさんも汚してますね。今日はルイさんもリアさんも居ないのですから、きちんとしてください」
「む……皆には内緒にしてくださいよ~。特に頭領」
口を拭かれて恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらロロはこちらに視線を送る。
俺はハイハイとだけ頷いて、飯にありついた。ソード・オクトパスの肉は、歯ごたえ抜群だった。あれだけ動き回ることが出来るのだから当たり前かと思いつつ、これだったら、ソフトクトパスの方が良いなと思ったのが、率直な感想。
それでも、まあ、ツバキ達が作ってくれた分、美味いからな。顎は疲れるが、残すわけにはいかないと思い、食べていると、クスっと笑う声が聞こえた。
顔を向けると、にんまりとした顔で、メリアが見ている。
「よく食べるね、ザンキさん。今日もお疲れだったのかしら?」
「まあ、な」
「そう。私達には硬くて食べられないから、それは一人で食べても良いわよ」
メリアの言葉にハッとし、皆の更に目を向ける。確かに誰も、タコの身を皿に載せていない。
リンネでさえも、載せていない所から、普通の人間は、これを食うということはしないようだ。出来上がったものを、味見と称して、リンネがつまみ食いした時に、絶句するほど硬かったらしい。
普通は、薄く切ったものを湯でくぐらせるか、干物にしてよく煮込んでから食べるそうだ。
では、何故、焼き物にしたのかというと、俺だったら食べるのではないかという、メリアの遊び心らしい。
それを知った俺は、顎の力も抜けて、頭を抱えた。
「食いもんで遊ぶな」
「あらら、ごめんなさいね~。でも、もう作っちゃったから食べてね。ちなみに私が作っちゃったけど」
「はあ……わかってる……」
しかも、ツバキとリンネが作ったものではないと知った俺は、ひとまず食べやすいように一口大にタコの身を切り、口に運び続けた。
「頭領は相変わらずですね~。皆さんに揶揄われながらムスッとしながらも、美味しそうに料理を食べるんですよね~」
ロロは、俺が飯を食べる姿を見ながら、くすくす笑っている。
「あ゛?」
お前も比較的、周りから揶揄われながら、飯を食っているだろうがと突っ込みたくなるが、一睨みするだけで済ませる。いつも通り、少し顔色を悪くしながら、ロロは青い顔をして黙った。
ツバキとリンネがロロを慰めていると、タクマ達はクスクスと笑い出した。
「ザンキさんの恐ろしい姿は初めて見ましたね」
「あ、悪い。忘れてくれ」
「いいえ~、気になるわね、クレナでのザンキさんがどうなのか。ロロちゃん、教えてくれる?」
ニコッと、微笑みながら、ロロに顔を向けるメリア。ロロは、嬉々としてクレナでの俺のことについて話し始めた。
散々、俺やツバキから聞いているだろうが、やはり、冒険者達から見た俺と、ツバキやリンネから見た俺とでは、色んな見方が違うようだ。
何となく、ツバキ達よりは、恐ろしい感じの人間だと語っていくロロ。辞めさせようと思ったが、タクマとメリアは楽しそうに聞いているし、ここで止めると、本当に俺が恐ろしい人間に見えてしまうので、諦めて、隣で俺もロロの話を聞いていた。
「お一人で、災害級の魔物を倒されたり、貴族の方々を脅したり、十二星天様や領主様にも上から目線で、とにかく怖い方です。
……ですが、私達をお救いくださったり、何も無かった、私達に仕事と、冒険者としての力をつけてくださったり……ジゲンさんと一緒にクレナの問題も解決されて……本当に、尊敬できるし、頼りに……なります……」
良いことを言ってるなあと思ったが、段々と自信を無くしてきたように声が小さくなってくる。そこは最後まできちんと言って欲しいなと、少し可笑しな気持ちになってくる。
コイツ、普段、こんなことを思っていたのか。何となく嬉しいな。
タクマもメリアも、どこか安心したように……と言うか、分かってたとでも言うように頷いていた。
「お仲間の皆さんからも慕われているとは流石ですね」
「リエン商会とは大違いってところかしら?」
メリアは笑っているが、リエンとうちでは少し事情は変わってくるだろう。うちに比べると、向こうの方が圧倒的に大きな組織だし、莫大な利権も関わってくることから、商会に与している者達からのリエンに対する思いというものも複雑なものになっていくだろう。
俺はやはり、あそこまでは大きくなりたくないなあと感じた。
俺のことを話し終えたロロは、やりましたよ! という顔で胸を張っていたので、リンネと一緒に頭を撫でてやった。
「さて、俺の話はもう良いだろ。最近、皆は何やってたんだ? 今度はそれを聞かせてくれよ」
「たまちゃん、げんき~?」
「ええ、皆さん、元気ですよ。それに、楽しいこともありましたし……」
何か、クスクスと笑っているロロに、俺達は首を傾げる。何かあったのだろうか……。良い酒の肴になりそうだなと期待しつつ、皆でロロの話に耳を傾けた。
その内容は、ロロの言うように、何とも面白いもので驚くようなものだった。




