第302話―待ちに待った瞬間が訪れる―
カジノを出た後、再び隣接する大きな商店街に入り、刀を買った。今回買ったのは、もはや懐かしさすら感じられる噴滅龍の牙で作られた大刀だ。無間に近い形状の為、前よりも幾分か、使いやすく感じる。魔力を込めると、若干炎が噴き出るようだ。
製作者は、天宝館のヴァルナ。また、世話になるなあと思い、金を払う。
金貨200枚……まあ、こんなもんだよなあと思いながら刀を背中に背負った。やはり、店に置いてあるものの中では高い部類のものらしく、周囲の者達や、店員に驚かれたが、カジノで勝ったということにして、無視していた。
「九頭龍のものよりは、やはり強度も落ちるよな?」
「恐らく。ですが、噴滅龍の牙から出来たものですので、そうそう壊れることは無いのでは?」
「まあ、そうだろうが、俺の場合は、壊れたからな。何となく心配だ」
「無茶をしない限り大丈夫だと思いますよ……無茶をして、身の丈以上のことをすればどうなるか、私も骨身に染みましたので……」
買い物をして、二百枚の金貨を払う俺を見て、すっかりとカジノに対しての未練が解けたようなツバキとリンネ。俺が背負った刀を見ながら、小さくため息をつく。
「おかねかせぎってたいへんなんだね~」
「ああ。さっきも言ったが普通はそういうもんだ。まあ、すぐにこれくらいは取り返してやるから、期待してろ」
「うん!」
「依頼に関しては、ザンキ様の望んだ結果にならないというのがいつもの事ですので、次回は今までとは反対に何も起こらないのでは?」
「それもまた良しってやつだ。平和にカジノで遊べるのなら、それに越したことはねえよ」
「そうですね……私も、今日のことはしっかりと反省し、次回につなぎたいと思います」
「次回は運任せのものではなく、俺がやったやつみたいなのをやってみろ。返ってくる分は少ないかも知れないが、自分の実力で決まる分、負けてもすがすがしい思いになるぞ」
「フフッ、考えておきます」
内心では、実際は俺も損をしたから、次がどうなるか分からない。ただ、あの永久金属を使った板割りに関しては、斬鬼ならいけると思っているし、最悪、エンヤにやらせれば何の問題も無いだろう。
あいつの場合、全てを素手でたたき割りそうだからな……。
さて、刀の新調も終わったということで、俺達は家路についた。
そして、家へと着くと、メリアが出迎えてくれる。
「あら、三人ともおかえりなさい。カジノは楽しめた?」
満面の笑みでそう聞いてくるメリアに、俺はそれなりに、と答えたが、ツバキとリンネは気まずそうな顔で頷く。
何かを察したメリアはツバキの頭にポンと手を置いた。
「その顔は、負けたみたいね~。お父さんそっくりよ」
「次は……勝つから……」
「リンネも~!」
「ほどほどにね。さあ、二人とも、まずはお風呂に入って来なさい。ご飯の準備をしないとね」
ツバキとリンネはメリアに頷き、風呂場へと向かった。
俺は、荷物を部屋に置いて、長着に着替えてから居間に向かった。
居間では、こないだ俺が勝ってきた荷物を、届け先ごとにタクマが分けていた。
「よお、帰ったぜ」
「ああ、ザンキさん、お帰りなさい。楽しめましたか?」
「金は増えたが、刀が駄目になった。結果的には大損といったところか」
「ハハハ、ザンキさんにも苦手なものはあるようですね。その調子ですと、ツバキもですか?」
「あいつらは、普通に負けた。結構悔しそうにしているところを見ると、お前の教育は間違っていないようだな」
「それは、良かったです」
安心したような顔で茶をすするタクマ。その口ぶりから、何となくこの結果は読めていた模様だ。流石、父親だなと思い、その後は、ツバキとリンネが風呂から出てくるまで、タクマの仕事を手伝っていた。
そして、しばらく経ち、ツバキとリンネが居間へと顔を出し、風呂が空いたと言ってくる。
俺は頷き、風呂へと入った。今日もまた、湯に浸かりながら、一日を振り返る。
海での釣りも、海賊への対処も上手くいったが、カジノで負けるとは、何とも言えないな。
しかしながら、賭場に行ったことが無かったので、新鮮な気持ちになったのも確かだ。正直に言えば、俺も少々悔しい思いをしている。こういうことなら、EXスキルを使って刀に負担をかけることなくすれば良かったとか、100枚も賭けることも無かったのでは、とか色々と後悔していた。
だが、過ぎたことはどうしようも出来ないし、こういう世界もあるもんだなと納得もしている。複雑な気持ちをしたなと思いながらも、良い経験は出来て満足だ。
海上での時間は全て楽しかった。釣りも出来たし、リンネも泳げるようになったみたいだしな。
何より、ツバキも両親や、友人たちと触れ合えて楽しかっただろう。
海賊が出たという、「不測の事態」も発生したが、それのおかげでエンヤも息抜き出来たので良かったと思っている。
……久しぶりに、エンヤの怒りを感じることが出来たのは、微妙な思いだがな。舐めてきた奴に対して行った制裁。恐怖によって海賊共を支配し、女船長を襲わせるというやり方は、正直な話、少しだけ引いた。
俺やサヤが居た時は、そんなことしなかったのにな。ある意味、エンヤらしいとは思うが、意外な一面を見たものである。
まあ、そんなエンヤの顔に唾を吐きかける女も大概だがな。あの時は、エンヤに言われたから刀を収めたが、本当にアレで良かったのかと、今更ながら疑問に思ってくる。
騎士団からの拘留が解けた後に、また何かしていようものなら、今度は俺が、本当に地獄を見せてやろうと決めた。
海賊団についても、こちらに危害を及ぼそうものなら、壊滅させてやる。実害は無いから、今のところは何もしないがな。コクロに行くときは気を付けよう。
そして、風呂から上がると、今ではすでに皆が飯を食っていた。更に盛られた赤い刺身……海王鮪のようだな。
カジノで負けた時の気分はどこへやらといった感じに、リンネとツバキが、舌鼓をうっている。
「おいしい~!」
「ありがとね~、リンネちゃん。ツバキもどう? 私の料理も美味しいでしょ?」
「改めて聞かなくても知ってるから……」
「可愛い子ね~」
少し照れたように、メリアから顔をそむけるツバキ。すると、廊下からそんな、一家の様子を微笑まし気に眺めている俺と視線が合う。
「あっ……ザンキ様……」
「どうした? 顔が真っ赤だぞ?」
「うぅ……恥ずかしいですね……」
俯くツバキを見て、皆が笑う。特にリンネが誰よりもツバキの隣でよく笑うので、ムッとしたツバキがリンネの頬をつまむ。
「いひゃい、いひゃい~!」
「……笑いすぎです」
「ごえんらは~い!」
ツバキが手を放すと、痛たたと、頬をさするリンネ。それを見ながら、何となくミサキに似てきたなと感じ、ああ放って欲しくないと頭を掻いた。
俺がツバキの横に座ると、先に食べていてごめんねと、メリアに謝られてきたが、気にするなと言って、俺も飯に手を付ける。
今日は、海王鮪尽くしだ。刺身や、焼き物、つみれ汁と様々ある。米も良く合うなあと箸が進んだ。
「明日からに備えて沢山召し上がってくださいね」
ツバキが酒を勧めてきたので受け取った。
「ありがとう。お前らは、ここの手伝いか?」
「ええ。ザンキ様は討伐依頼ですか?」
「ああ。間に合わせとはいえ、新しい刀の調子は確かめないといけないからな」
「そう言えば……無間の修復はいつ終わるのでしょうか……」
「聞いてはいないがすぐではないだろう。それに、出来たとしても俺が貰うのはクレナに帰った時だ。それまでの間も働けるようにしないとな……」
何せ今日は大損だったから……とは、言わない。俺まで未練タラタラだと二人には思われたくないからな。
ひとまず、損した分の金貨200枚分は稼いでおかないと、家に帰ってジゲンやダイアン達に笑われ、ナズナ達には呆れられそうだ。クレナよりも報酬の額が少ないから、重複依頼なり、群れの殲滅なりしながら、明日からも稼いでいこう。
ふとツバキの顔を見ると、何やら難しそうな顔で考え事をしていた。
「どうかしたか?」
「いえ……なんでもありません……」
まあ、良いかという顔で何かに納得したようなツバキ。俺と同じく不思議そうな顔で見つめているリンネに気付き、大丈夫ですよと頭を撫でている。
何だろうなと思ったが、自分で解決できたなら良いやと飯を食い進めた。
そして、今日も満足だったと言わんばかりに全ての皿を綺麗にした。飯を作ったメリアは、俺よりもリンネの食べっぷりに嬉しそうな顔をして、リンネを抱きしめている。
しばらく終わりそうも無かったので、片付けは俺とツバキで行った。
その後、それぞれ部屋へと戻り、俺は人型の姿でも泳げるようになったとキラキラとした表情で報告してくるリンネを褒めて、眠りについた。
◇◇◇
翌朝、装備を整えて、依頼へと向かう一日ぶりに着た、いわゆるクレナ風の服装。やっぱりこの方が落ち着くと感じる。
それに、ピクシーの首飾り等、身体能力向上の効果が付いた装備も付けて、体も軽い。改めて、この装備の大切さを知ることになる。買い物に行くときは、外した方が良いと言われたが、衣に隠して身には常に着けておこう。
今日は日が眩しく感じる……そろそろ夏か。
てことは、俺がこの世界に来てから一年経つってわけだな。何度も感じるが、色々とあったな。
この世界に来た時に比べると、ずいぶんと立派なものになったなと、胴当てをなぞる。この胴当ての元になっている部分を作ったのはトウヤだ。
あの時は何も言われなかったが、勝手なことをして、怒られなかったと何となく安堵する。
刀を折ったから、ヴァルナには怒られ……そうも無いか。結局、今も持っているのはアイツの刀だからな。分かってくれるだろう。
さて、感慨深げに思うのはもうやめてそろそろ向かおう。今日も船ではなく、街を出て神人化して行くつもりだ。早めに行って、出来るだけ高い報酬の依頼を選ばないと、誰かにとられるからな。
ツバキとリンネの行ってらっしゃいという言葉を受けて、家を出ていった。
そして、しばらく飛び続け、割と早めにレイヴァンに到着した後は、ギルドに直行した。
中へ入ると、いつもよりも冒険者の数は少ない。朝が早いこともあるが、そう言えば、天宝館の荷物を運ぶための護衛に、何人か出払っていることを思い出した。
あの時の段階で、クレナに行く冒険者は結構な人数になっているということは分かっていたが、いつもよりもがらんとしているここのギルドは新鮮な気持ちがする。
寂しい気はするが、いつもは大勢の人間が群がって見えない依頼票がよく見えて、ここは楽だなと思いながら、どんな依頼があるのかを確認していた。
すると、後ろから声をかけられる。
「よお~! ザンキのおっさん!」
「ん? ……ああ、アンタか」
声をかけて来たのは、ジーゴ。大きく手を振りながら、こちらに寄ってくる。前にも見た仲間達も一緒のようだ。
「ずいぶんとご機嫌のようだな。カジノで勝ったりしたのか?」
「いやいや。昨日からバッカスは居ないし、おっさんも居なかったから、ゲン担ぎが出来なくてな。二日連続でカジノには行ってねえよ」
「アンタ、意外と真面目なんだな」
「意外とって何だよ?」
その見た目で、とは言わない。
「で? 上機嫌の理由は?」
「おう、聞いてくれよ。昨日この辺りにオウガが出てな? 上級依頼だった上に、数も居たから、討伐数も稼げて良い稼ぎになったんだよ~」
ニカっと笑いながら、金貨の入った袋を俺に見せてくるジーゴ。群れの完全達成だったらしい。特別報酬が入り、装備も整えたということで、新調した武器や防具も見せつけてきた。
「おお、良かったじゃねえか。俺やバッカスが居ない時に良い依頼があるってのは、面白いな」
「ま~な。俺の運ってのは、俺の意図しない所で生まれるらしい。まあ、昨日頑張り過ぎたから、今日は休むがな……」
そう言いながら、ジーゴは服をめくり、腹を見せてくる。すると、包帯が巻き付けられていた。聞けば、オウガにやられたらしい。大変だなあと思ったが、名誉の傷だぜとニカっと笑うジーゴを弄りたくなり、その部分を小突いた。
「痛って~! 何すんだよ、オッサン!」
「悪ぃ、悪ぃ。しかしこれだと、今日もゲン担ぎは無理そうだな」
「一日で治してやるから、覚悟しとけよ! ……っと、そういや、オッサンも、またすげえもん持ってんな」
ジーゴは、俺の背中の大刀を指さしてくる。
「ああ、これか……」
「前は持ってなかったよな? 前の刀はどうしたんだ?」
ずいずいと詰め寄ってくるジーゴ。人のことは言えないが、何ともむさくるしい。
俺はありのままを話すことにした。
「昨日、マルドのカジノ行って、永久金属の板割りをやったんだ」
「あ~、向こうのカジノにはそういうのがあるって聞いたな。それで? まさか、オッサンが負けたのか?」
「いや……10枚斬ったら、前の刀が折れてな。だから、コイツを買い直したんだよ」
ため息をつきながらそう言うと、ジーゴは目を見開く。
「ほう! 流石ザンキのオッサンだな~! 全部斬ったってことは、アダマンタイトも斬ったのか! てことは10倍だから、結構な儲けが出たってわけだな? それで、この刀を買ったってわけか?」
「……いや。全然足りなかったから、元々の所持金で買ったんだよ……」
「……は?」
ジーゴはキョトンとしながら、そのまま固まった。ジーゴの仲間も絶句しながら、俺と背中の大刀を眺めている。
しばらく沈黙が続いた後、ジーゴは、腹を抱えて笑い出した。
「ハハハッ! 何だ、そりゃ!? てことは、大損じゃねえか! ザンキのオッサンでも、カジノには弱いんだな! ハハハハッ! 痛ててて……くくっ」
大笑いするごとに傷が痛むようだが、なおも笑い続けるジーゴ。他の者達もクスクスと笑い、俺は少々恥ずかしい思いになった。
「大金持ってて、カジノに勝ってもそんなことになるとは、オッサンもすげえ人間だな!」
「うるせえな。お前と違ってカジノには勝ってんだから良いだろ?」
「その前向きさは見習いたいもんだ……まあ、良い勉強になったってことで、次に勝つときは、ただ勝つだけにしとけよ」
「はいはい……」
未だ笑い続けるジーゴ達に再びため息をつき、俺は依頼票を確認した。
今日はオウガのような上級の依頼は発生していないようだ。多くある討伐依頼も下級のものである。
だが、その中に鉄鋼蟹という、海辺に出てくる鋼鉄で覆われた蟹の魔物の討伐依頼を見つけ、知らない魔物だから丁度いいと思い、それを選んだ。
鉄鋼蟹は数が多いから、下級でもそれなりの稼ぎにはなるかも知れないというジーゴの助言を信じ、受付のシアの元へと向かう。
「よお、シア」
「はい! あ、ザンキさん。こんにちは」
「ああ。これを受注したいんだが?」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
シアは、依頼票を受け取ると、資料と支給品を持ってきてくれた。
「お待たせいたしました。こちらが、魔物の資料と、依頼のあった場所への簡単な地図となります。鉄鋼蟹の外殻はとても固いのでお気をつけください」
「心配すんな。新しい刀の試し斬りには丁度いいだろう」
「あ、そう言えば、武器が変わっておりますね? 何かあったのですか?」
不思議そうな顔で大刀を覗き込むシアに、またか、と頭を抱える。
すると、後ろからジーゴが、ぬっと顔を出した。
「へへへ、シアちゃん、あのな――」
余計なことを言ってくるジーゴの腹に肘鉄をくらわせる。
ゔ、という短いうめき声を上げたジーゴは腹を抑えながら、その場に膝をついた。
「あ、あの……ザンキ……さん?」
「何でもねえよ。今回も、数が多そうになりそうだからって、ガーレンに伝えておいてくれ」
「は、はあ……かしこまりました。では、ザンキさん。お気をつけて」
おう、と返して、俺はギルドを出ていく。腹を抑えながらも、意地悪そうな笑みを浮かべながら気を付けてな~というジーゴを見ながら、絶対今日も、群れの殲滅を達成してやると誓った。
さて、レイヴァンを出た後は、地図の通り東の海岸沿いを進んでいった。
しばらく歩いていると、砂浜に銀色に輝く外殻を備えた、人間よりも大きな蟹の魔物を何体も発見する。鑑定スキルで確認すると、討伐対象である鉄鋼蟹だったので、俺は噴滅龍の大刀を抜き、蟹の大群に向けて駆け出した。
「オラアアアアアッッッ!!!」
気を込めると、刃全体が燃え上がる。便利なものだなと思いながら蟹を斬っていった。
鉄鋼蟹は大きなハサミを、俺に向けて殴りつけるように振り下ろしてくるが、動きは遅い。同じような見た目の大鎌カマキリは速かったが、こちらはどちらかと言うと、完全武装した重戦士のような印象だ。
鎧を纏っていて、普通の中級の魔物よりは固く感じるが、噴滅龍の大刀を以てすれば、簡単に切れていく。
また、そこから飛び出る炎は、やすやすと外殻を熱していき、それによっても殺すことが出来ていた。
そして、試しに斬波を放つとアヤメが行うように、燃える斬波も放つことが出来る。無論、あれよりも炎の威力は小さいようだが、次から次へと現れる蟹を殲滅するには十分だった。
五十ほど居た鉄鋼蟹はあっという間に減っていく。
ゴゴゴゴゴ……
「ん? またか!」
ある程度斬っていくと、突如、辺りが地鳴りを鳴らしながら大きく揺れる。いつものように上位個体でも出たかと思い、その場を離れると、俺が立っていた砂浜が盛り上がっていき、砂の中から大きな蟹が姿を現した。
ワイバーンほどの大きさの蟹は、丸太よりも太い足と、家よりも大きなハサミを備え、全身を外壁のように分厚く、重そうな外殻で身を包んでいる。
鑑定スキルで視ると、その蟹は、鉄鋼蟹の上位個体である、カタフロクラブという名前の魔物だった。
普段ならため息をつくところだが、今日はカジノの所為で状況が違う。結局良い稼ぎになったなと思いながら、カタフロクラブと、ハサミを鳴らしながら、俺に襲い掛かってくる鉄鋼蟹に向けて、大刀を大きく振り下ろした。
「大斬波ッッッ!!!」
刃から放たれた巨大な燃える斬波により、直撃した鉄鋼蟹は消し飛び、両翼に居た蟹たちは熱により、真っ赤になりながら死んでいく。
そして、後方でハサミを大きく広げながら俺を威嚇していたカタフロクラブを真っ二つに焼き切った後、消えていった。
わずかに残った蟹の残党も倒し、辺りの気配を探って蟹が居ないことを悟ると、俺は大刀を背中に背負った。
「おっし! これで今日も完全達成だろう。上位個体も出てきて言うことは無いな。さて……」
―おにごろし発動―
鉄鋼蟹をあらかた倒し終えた俺は、いつものように神人化し、死骸を回収する。今回は、血のようなものは出ていないので、辺りの浄化は行わない。
ただ気になったのは、吹き出した刃で斬った所為か、辺りに立ち込める芳しい香り。固い鉄鋼の外殻に覆われていた中身が、刃から放出された炎によって焼けているようだ。
少しくらい食っても良いかと思い、何体かの肉を食った。固い外殻に覆われていた割には、柔らかくて美味い。
重たい体の割には筋肉質でも無く、肉を噛むよりも力を使わずに身を噛み切ることも出来て、気付いたらかなりの量を食べていたことに気付いた。
こうなってしまっては、査定売却金も減ってしまうなと、(そこそこ満腹になりながら)死骸の回収作業を再開させて、その場を後にした。
◇◇◇
その後、昼過ぎにレイヴァンに戻り、ギルドへと向かった。朝よりは人が多く居る。以前よりは少なくなっているとは言え、いつものように依頼票が貼り出されている辺りには、人が集まっており、酒場では多くの人間が飯を食っていた。
……が、一つ気になったことがあるとすれば、ガーレンの執務室がある二階へ続く階段の前に人だかりが出来ていて、そいつらが二階へ行くことを阻止するように、ギルドの職員があくせくしている。
何だろうなと思いつつ、いつものように素材の査定をしてもらおうと、シアに声をかけた。
「よお。何か大変な感じだが、依頼の素材を――」
「あ、ザンキさん! すぐに私について来て下さい!」
俺が声をかけると、シアは受付から飛び出し、俺の手を引く。有無を言わせない様子に何も言えず、そのままついていくと、シアは、皆が集まっている階段に向かって行く。
「皆さん! 申し訳ありませんが通してください!」
「あ、シアちゃん……と、ザンキさん!?」
「アンタ、何やったんだ!?」
集まっている者の中には、以前ここで一緒に楽しんだ者達も居た。皆の言葉に、どう答えて良いか分からず首を傾げながらも、シアは俺の手を引っ張る。
「お、おい……シア、どうしたんだ? あいつら、何を気にしているんだ?」
「来れば分かります!」
だったら、今、教えて欲しいものだと思いながら、ため息をつきながら歩いていく。
向かったのはやはり、ガーレンの執務室だった。何か、話しでもあるのかと思ったが、扉の前に立った瞬間、違和感に気付く。
「……何だ?」
執務室から、何か異様な気配が漂ってくる。何か、大きな力のようなものが押し寄せてくるような感じだ。
だが、不思議と嫌な気配はしない。どこか懐かしいような、会いたいと願っていた者にようやく会えるというような、妙な高揚感のようなものも感じる。
「ふう……では、ザンキさん。中へどうぞ」
「あ? ……ああ」
中へ促すシアに頷き、俺は戸を叩いた。
「冒険者ザン……ムソウだ。ガーレン、居るか?」
「お、来たようですね」
「そのようですね。入れて差し上げてください」
「はい! かしこまり――」
中から返ってきた声は二つ。一つは妙にかしこまった様子のガーレンのもので、もう一つは、嬉しそうな若い男の声だった。
その声を聞いた瞬間、目を見開き、俺は戸を自分から開けた。
「ぶべっ!」
変な声と共に、戸に重みが加わる。気にせずに開けると、ガーレンが鼻を抑えながら涙目になっていた。
「酷いな……今、開けようとしたんだが……」
「あ、すまない……それより……」
ムスッとした顔で睨んでくるガーレンを抑えつつ、俺は執務室の部屋へと入る。
他のギルドと同様に、ガーレンの机と、面会用の向かい合った長椅子と広い卓が置かれている。
その長椅子の側にはもう一人の客人と、卓の上には布で巻かれた長物が置かれている。
客人は、俺と目が合うと、いつものようにニコッと笑って、俺に頭を下げてきた。
「お疲れ様です。ムソウさん……いえ、頭領」
「コモンか……何か用か?」
「ええ。とても大事な用件があり、ここまで来ました」
「ったく……」
部屋に居たのは、コモンだった。いつものように、闘鬼神の紋章が描かれた羽織を纏っているということは、今日は天宝館の館長として、ではなく、闘鬼神の一員として来ているようである。
「頭領」と呼んでくることには未だ慣れないが、言うほどの事でも無いので、流しておこう。
ついでに、トウヤが宿っている大金槌もコモンの側に置かれていた。以前のコモンは持ち歩かなかったが、最近はEXスキルの特訓などもあり、普段から身に着けているようだ。
「元気か?」
「まだ、頭領がクレナを発ってから、そんなに経ってませんよ。皆さんもお元気です」
「そうか。予定を変えて悪かったな」
「いえいえ。連絡は受け取りましたのでご安心ください。ジゲンさんも、たまちゃんも、皆さん、ツバキさんのことを想い、ごゆっくりと、とのことです」
お、意外と寂しがっても居ないようで、少々傷つくが、心配はしていないようでどことなく安心した。リンネが居ないということで、たまが寂しがるかと思ったが、そうならないあたり、向こうは向こうで楽しいのだろうと納得する。
「それは何よりだ。にしても、来るなら前もって来ると連絡してくれれば、良かったのにな」
「何か、ありましたか?」
俺は王都からの荷を天宝館に運ぶために、昨日の朝に発った奴らのことを話した。
「お前が来るのを知っていたら、転送魔法であいつらも苦労しなかっただろうに……」
「アハハ……確かに彼らには苦労を掛けることになりましたね。給料を上げないといけません……。
ただ……僕も昨日まで忙しかったものですから……」
やれやれと頭を掻きながら、コモンは卓上の長物を手に取って、満面の笑みを浮かべてくる。
ふと、背後でガーレンの唾を呑み込む音が聞こえてくる。先ほどの様子から、コモンに畏敬の念のようなものを抱いているようだ。
長く、クレナに居て、アヤメの反応ばかり見ているから忘れがちになるが、ギルド支部長であっても、十二星天という地位は偉大なものになるのだなと、改めて感心する。
だが、ガーレンの緊張の理由はそれだけではないだろう。俺も若干、気を張っている。
部屋の外にまで感じて来ていた、妙な違和感の正体。それは、目の前のコモンが手にしている長物から感じられてくることが、ここで分かった。
それが近づいてくる度に、圧迫されるような、切なくなるような、焦がれるような気持が溢れてくる。
布の奥に何があるのか……。
それは、言われなくても分かるものだ。
何故昨日、カジノで損をして、今、俺が背負っている大刀を買ったのかとため息をつきながらも、心の中で、ただただコモンと、トウヤ、それに、これを作るために手を貸してくれたシンキに、深く感謝した。
大金槌の中から、自信満々でやり遂げた顔のトウヤが目に浮かぶ……。
「頭領……こちらが、生まれ変わった、頭領の愛刀……神刀「無間」です!」
コモンは手にした長物の布を一気に剥ぎ取り、その中身を見せてきた。
「ッ!」
その瞬間、布の中から感じられてきた力の波動が、形を変え、鋭く俺を突き刺すように、あるいは、大きく斬りつけてくるように、俺に向かって飛んできた。
俺は、躱すことも無く、弾くことも無く、ただただ、その波動を受け入れる。
―温かい……―
その波動は、見た目と違って温かく、俺の体を駆け巡っていく。俺はゆっくりと手を伸ばし、コモンの手から、無間の柄を握った。
すると、無間は強く輝き、更なる波動を俺に流し込んでくる。逆に、俺の中の何かの力を、自ら刀全体に馴染ませているようだ。
何をしているのか分からないが、何となくは分かっている。コイツにゆだねようと思い、そのまま、身を任せていた。
やがて、体内と刀を巡る力が、緩く、収まっていき、無間は輝きを小さくしていく。
俺の手の中には、前と見た目は殆ど変わっていない、俺に闘う力と、護る力を与え続けてくれていた、愛刀無間が、しっかりと、収まっていた。




