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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
ツバキが里帰りする
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第300話―港に戻る―

 エンヤが船で暴れていることを確認し、船も破壊されていったことを確認した俺達は、そろそろかと思い、リンネに魔法を発動させた。


「頃合いだ。リンネ、頼んだ」

「は~い! えいっ!」


 リンネは両手を天にかざし、その先に炎の球体を作り出す。火球のようだが、それだと周りから気付かれるのだろうかと思っていると、リンネはそれを上空に撃ちだした。

 すると、その魔法から、ピュ~という高い音が鳴り、そのまま空に向かった魔法は、ドオンッと大きな音を立てながら、光の残滓をまき散らす。

 それはまるで花火のようだと感じ、俺もツバキも少々驚いた。


「リンネ、今のは何の魔法なんだ?」

「んーとね、コモンくんにならったの! こまったときに、おししょーさまとか、ツバキおねえちゃんをよびたいときようにって!」

「コモン様から? それはまた、難しかったのでは?」

「ううん! いがいとかんたんだった! それで、どうかな? リンネ、ちゃんとできたかな?」


 少し不安そうに俺達の顔を覗き込むリンネ。難しそうな魔法を習得出来ていることに驚きながらリンネを褒めた。


「もちろんだ。良い魔法だった。あれだけデカい音と光を放ったのなら、すぐに騎士団も気付くだろう!」

「ええ。本当によくやってくださいました。偉いですよ、リンネちゃん!」

「ほんと~!? リンネ、がんばった~!」


 わ~いと言いながら、リンネは俺達に飛びついてくる。しっかりと受け止めて、ツバキと共に、リンネの頭を撫でた。

 さて、信号弾の魔法は撃ち上げたことだし、海賊船もボロボロだ。後はエンヤが帰るのを待つだけと思っていたが、無力化した割には、帰ってくるのが遅い。

てっきり、既に消えてしまい、斬鬼に戻ったのだろうかと思ったが、トウショウの祠で見せた様子は無かったし、ツバキも感覚的に、まだ向こうで闘っているとの事だった。


「何かあったのでしょうか?」

「さてな……少し行ってみるか……」


 俺の提案にツバキは頷く。無いとは思うが、エンヤが困る事態が起こったのかも知れない。本当にあり得ないと思うがな。

 ただ、このまま待っていても、何も出来ないので、俺が迎えに行くことにした。

 神人化するわけだが、海賊共に見られたらどうしようか……目立つよなあ……。


 まあ、向こうに着いたら死神の鬼迫でも使って、一気に気絶させれば問題ないかと納得し、スキルを発動させた。


「じゃあ、行ってくる。二人とも、船と皆を頼んだぞ」

「お任せください、ザンキ様」

「リンネ、まだまだがんばる~!」


 頷く二人に見送られ、俺はもはや原型をとどめていないながらも、未だしっかりと海に浮いている海賊船を目指した。

 すると、段々と近づいていくうちに、あることに気付き、更にそのまま全てが理解出来て、頭を抱えた。


―何……怒ってんだ……?―


 船から、凄まじい怒気が感じられる。思わず冷や汗を掻くくらいの強烈なものだ。俺の死神の鬼迫を受けたような、この感覚。間違いなく、エンヤのものだろう。

 どうしたのだろうかと思いながら、更に飛んでいると、もはや甲板と呼んでいいものなのか分からないほど、無残な姿となっている場所に、エンヤが立っている。

 普通に居るんだなと思いつつ、何をしているのだろうかと思い、更に近づくと、エンヤの目の前で行われていた光景に言葉を失った。


「……は?」


 そこでは、この船の乗組員だろうか、人相の悪い男共が、肌となり折れた柱に群がっている。よく見ると、そこには鎖で固定された女が居た。身なりから、何となく偉そうな奴という印象は受けるが、裸同然でよく分からない。

 あのデカい帽子は、船長の証だろうなと何故か納得していると、その光景を、薄く笑みを浮かべながら眺めているエンヤに気付いた。

 ……あまり、信じたくないが、この惨状はアイツが仕組んだらしい。さっきの怒気と言い、一体何があったのだろうか。

 ひとまず事情を聞こうと思い、近づいていく……が、このままだと話も出来そうにないし、何より目障りなので、思いっきり死神の鬼迫を海賊船全体にぶつけ、その場に居た全員を気絶させるとともに、エンヤの頭を後ろから殴った。


「痛えッ!」

「何やってんだ……お前……?」


 狼狽するエンヤは、振り向き、俺の姿を確認すると、目を見開く。


「ざ、ザンキ!? なんで、ここに?」

「なんでも何も、お前が帰ってこなかったからな。心配で来たんだが……何だ、この状況は……?」


 頭を掻きながらその場に降り立ち、裸で重なりながら気絶している男たちを指す。

 エンヤは、フン、と鼻を鳴らしながら、忌々し気な顔をして、口を開いた。


「俺を怒らせた罰だ」


 何ともエンヤらしく、呆れる理由だなと感じた。エンヤ曰く、襲われていると思われた女はやはりこの船の船長らしく、口の減らないガキの様だったらしい。

船をバラバラにして、エンヤなりの平和的な解決をしようと思っていた時に突っかかってくるなど、とにかく鬱陶しかったそうだ。


「たかだかそれくらいで、ここまでか。何されたんだよ……?」


 ため息をつきながら、帰ってツバキに何と説明しようかと思っていると、ブスッとした態度で、エンヤは口を開く。


「唾……かけられた……」






 ……俺は、全てを忘れて、刀を抜きながら女に近づく。死神の鬼迫をぶつけ、九怨を振り上げた。


「……斬ろう」


 すると、俺の肩を慌てた様子でエンヤが掴む。


「お、おい! 何やってんだ!? コイツ等は、騎士団に預けるんじゃ?」

「あ? 何言ってんだ? コイツは俺が地獄に叩き落してやる……」


 仮にも、俺の“親”である女に、あろうことか唾を吐いたんだ。決して許されるわけないと、エンヤを振りほどき、女の首筋に刀を当てた。

 気絶してるのが救いだな。痛みも無く、地獄へ行けるだろうと思い、刀を上げると、再び慌てた様子でエンヤが俺の動きを制する。


「どうどう、ザンキ! もう良い! 殺さなくて良い! ツバキに怒られるぞ!?」

「む……それも……そうだな……だが……」

「思わぬところで、嬉しいことが起こったな……お前が、俺の為にそこまで怒ってくれるとは……」

「“親”の顔に唾を吐かれた“息子”が怒るのは当然だろう……まあ、お前が言うなら、俺も勘弁してやろう。相応の罰は受けているみたいだからな……」


 エンヤに制され刀を仕舞う。エンヤはニカっと笑って、満足そうな顔で俺に肩を組んできた。


「本当に、“孝行息子”に育ってくれたなあ、お前は……」

「良い“親”が育ててくれたからな……さて、そろそろツバキの所に帰ってやろう。心配してたからな」

「お、そうか……なら、早く帰ろう。コイツ等が何者かも分かったし、俺が出ていられる間に報告もしないとな」


 お、ただただ怒っていただけではなかったんだな。ちゃんと、コイツ等の正体も調べてくれていたらしい。

 流石、抜け目ないなあと感心し、俺はエンヤと一緒に海賊船を飛び立った。


 そして、ツバキとリンネが待つ船に戻ると、ツバキはほっとした顔でエンヤを出迎えた。


「おかえりなさいませ、エンヤ様」

「おう……すまねえな。少し時間がかかっちまった」

「いえ、ご無事で何よりです」


 この姿のエンヤは、致命傷となる傷を受けると、他の刀精と違って、無に帰すからな。エンヤの強さを一番信じているとは言え、何か起こっていたらどうしようかとツバキは不安だったようだ。

 しかし、どこもけがをしていないエンヤを見て、フッと笑みを浮かべる。


「もっと、エンヤ様が闘えるように、私ももっと、強くなりますので……」

「ああ。ありがとな、ツバキ……」


 優しくツバキの頭を撫でるエンヤ。先ほどまで激怒していた女とは思えないほど、穏やかな顔だ。

 そして、エンヤは更に、リンネの元へ行き、ニカっと笑った。


「リンネも、よくやったな。素晴らしい魔法だった」

「えへへ……」


 魔法を撃ち上げたリンネにも、優しく頭を撫でるエンヤ。洞窟の時と同じく、リンネにはとことん優しいようだな。


「それで、遅くなったのはどうしてでしょうか? 何かあったのですか?」

「ん゛!? そ、それはだな……」


 ツバキの質問に、顔色を悪くし、言葉を詰まらせるエンヤ。ああ、やはり、先ほどの「お仕置き」については、ツバキには言いたくないらしい。

 割と、酷い内容だからな。正直な所、かなり性質の悪いものに感じた。俺もあまり見たことが無いような内容だっただけに、若干引いている。

 まあ、殺すよりはだいぶ優しい部類だがな。


 そんな、気に入らない奴に罰を与えたり、戦っている時とは裏腹に、どうしたものかと慌てているエンヤを見かねて、俺が前に出た。


「エンヤは、船を制圧した後、あの海賊が何者だったのかを調べてくれていたらしい。おかげで正体が分かったんだと。なあ、エンヤ?」


 エンヤはパッと表情を明るくさせて、ツバキ達は納得したように頷いた。エンヤは、顔と仕草で全力で俺に感謝してくる。どれだけツバキに嫌われたくないのだろうかと頭を掻いた。


「そうですか……闘いを強要させてしまったばかりでなく、調査まで……ありがとうございます」

「気にすんなって、ツバキ。前にも言ったが、この姿……というか、今の俺はお前の力の一部だ。つまり、今回はお前が全て解決したんだぞ」


 エンヤの言うように、作戦を立てたのもツバキだったし、そもそも、この偶像術は、ツバキの技だ。俺も納得して、エンヤの言葉に頷いている。申し訳なさそうにしていたツバキは、フッと笑った。


「お心遣い、感謝いたします。それで、何か分かりましたか?」

「ああ。と言っても、大したことじゃないと思うが……」


 そう言って、エンヤは海賊について語り出す。俺も隣でエンヤの報告を聞いていた。


 俺達が……というか、エンヤが潰した海賊は、リオウ海賊団という大きな海賊団の第十六師団の師団長、シーナという女の部隊だそうだ。十六って……意外と大きいな。今回の奴らは、末端らしいが、どれくらいの規模か、全く想像がつかない。

 一応、飛びながら辺りの気配を伺ったりもしたが、流石に遠くまでは分からない。しかし、見た所、船影とかは無かったので、あいつら以外に、海賊は居ないと判断できた。

 ちなみにだが、こちらに気付いているという素振りは無かったという。それなら、ひとまず安心できるなと思い、ツバキを見てみると、何やら難しい顔をしていた。


「どうかしたか?」

「リオウ海賊団……騎士団の資料で見たことがあります。この海で、一、二を誇る程の巨大な一味ですね……末端とは言え、モンクに現れるとは……」


 ツバキによれば、その海賊団は、タクマが言っていたように、コクロ領の沖に点在する諸島や、小島のどこかに拠点があり、その船団は、三十を超えるほどの大きな組織らしい。

 近隣の村や港を襲っては、金品を奪ったり、人を攫ったりしもしているという。無論、密売や、密航なども行い、ギルドや騎士団からも、海のお尋ね者として、行方を追われているらしいのだが、実態はよく分からないらしい。

 そもそも、どこに拠点があるのかは分からないばかりか、何故か、港が襲われる時というのが、騎士団の警備が緩くなっている時か、巡視艇が遠くに居る時などであるため、襲われた領民以外で、海賊団の姿をはっきりと見たことがある人間はそんなに多くないという。


「そんな奴らが居るんだな。一応、警戒はしておくか……」


 モンクに来てから、注意すべき対象が増えていく気がする。まあ、今回は、姿もはっきりと見られているわけでは無いから、そこまでの注意をはらう必要は無いだろうが、これから先、色々な場所に旅をするということになれば、気を付けた方が良いのは確実だな。


「……まあ、今回はエンヤのおかげで、奴らがこの辺りで何かをしでかす前に、何とか出来たからそこまでの心配は無いだろう」

「ですね。先ほどのリンネちゃんの魔法で騎士団もこちらに向かっているでしょうし、この先色々と明らかになるかも知れません。ひとまず、私達は帰るとしましょう」

「だな。何にしても、エンヤ、お疲れさん。もう、戻っても良いぞ」


 海賊団について話し終えたエンヤは、いつの間にか、リンネと遊んでいる。干し肉を手に持ち、リンネがぴょんぴょんと跳ねる度に、それを上下させて、取らせまいとさせている。

 俺が声をかけると、エンヤは動きを止め、咳ばらいを一つして、頷いた。


「お、おう。まあ、あの海賊団も、お前の足元にも及ばねえ感じだったからな。この先、再び会敵しても大丈夫だろう」

「ああ。今度は俺が直接叩ッ斬ってやるよ」

「ああ、その意気だ。で、ツバキ。今回みたいに、俺の力が必要な時はまた出してくれよ。お前が言ってくれたように、俺も、良い羽伸ばしになったからな」

「フフッ、かしこまりました。それでは今後ともよろしくお願いいたします」

「じゃ~ね~!」


 ツバキが斬鬼を掲げると、エンヤの体が輝き始める。大きく手を振るリンネに、エンヤがフッと笑みを浮かべながら手を振り返すと、エンヤはそのまま光の塊となり、斬鬼の中に消えていった。


「ふう……やはり、もう少し鍛えた方がよろしいですね……」

「ああ。いつでも鍛錬には付き合ってやるよ」

「フフッ、お願いします……さて、では、ハンナちゃんに、船を出すように伝えてきますね」

「ああ。じゃあ、俺はタクマ達にこのことを報告してくる。リンネ、行くぞ」

「わたしは、おねえちゃんとがいい~!」


 ツバキの手をガシッと握るリンネ。それを見て、二人で笑い合った後、ツバキとリンネはハンナの元へ、俺はタクマ達の元へと向かった。


 俺が二人に、経緯などを説明している最中、船が動くのを感じる。色々あり、色々なものを目撃したハンナだったが、


「私は……何も見てないし、聞いてないから安心して……」


 と、少々苦笑いしながら、そう言ってきた。クスクスと笑っているツバキの横で、俺は何だか申し訳ないなと感じていた。


 タクマとメリアは、ずっと船室に居たから何も見てないと笑っていた。何かあったのなら見たかったというメリアを見ながら、機会があれば、今度見せてやりたいとツバキと共に笑っていた。


 それからしばらく、マルドの港に向けて海を進んでいくと、大きな船が三隻ほど並んで、進んでいる光景が目に入る。

 ツバキ曰く、帆に騎士団の紋章が描かれていることから、先ほどのリンネの信号弾を見た騎士団が動いたと理解した。

 改めて皆でリンネを褒めると、嬉しそうな顔をしながら、


「じゃあ、きょうはごちそうだよ~!」


 と、言ってきたので、腕を振るうとやる気のツバキとメリア。そして、帰ったら、早いところ、港で海王鮪をさばくとこちらもやる気のハンナ。

 魚の解体というものは俺も見たいなあと、リンネの横で呟くと、皆は、え、という顔でキョトンとした。


「ザンキ様……まさか、こちらもご覧になったことが……?」

「あまり、無いな。漁師がやる魚の解体は、場所によっては見世物小屋でも開催される派手なものだと聞いたことがある。少々興味があるな……」

「さばくのは見世物じゃないけど……分かった。リンネちゃんと、ついでにザンキさんの為に、頑張ろっと」


 ハンナの言葉に、リンネは、わーいと喜び、俺は頭を掻いた。どこか馬鹿にされた感覚がする。最近、多いなこういうの。やはり、俺もまだまだ色々と勉強しないといけないな。

 やれやれと思い、ため息をつくと、俺の考えていることに気付いたハンナが笑い出し、ツバキ達親子も笑い出し、甲板が笑い声に包まれていく。

 つられて俺も笑っていると、陸地が見えてきた。海の上も、終わりかと思いつつも、皆、釣りをしたり、泳いだりして、なかなか楽しめたなあと満足そうだった。


 ただ、一番満足したのは、海賊相手に大立ち回りだった、エンヤだったのでは、というツバキの言葉に、だろうなと頷き、船を下りる。


 すると、桟橋の近くに居た、ハンナの父親が、心配した表情で俺達に近づいてきた。


「お~、帰って来たか。海上に光が見えて、騎士団の船が向かって行くのが見えたから、何かあったんじゃねえかって心配してたぞ」


 どうやら、リンネの撃ち上げた魔法は、港からでも見えたらしい。見ると、他にも心配になった者達も居たらしく、周りには人が集まっていた。

 どう説明したら良いのかと思っていると、スッとタクマが前に出てきた。


「ええ。僕たちも、あれが見えたので戻ってきたところです。騎士団ともすれ違いましたし、後で公式な発表があると思いますよ」


 お、タクマは知らぬ存ぜぬで通すつもりだ。目配せるをするタクマに頷き、俺達も話を合わせることにした。


「まあ、特に問題なく帰られたから、何も無いと思うが……」

「大変だったわね~。でも、ハンナちゃんのおかげで早く帰ってきて良かったわ」

「ええ。カイガさん、それに、皆、心配してくれてありがとう」


 ツバキの笑顔に、ドキッとした様子の漁師たち。この様子だと、ここに集まった者達も、ツバキの知り合いらしい。なかなか、罪作りな女だなと笑っていると、ハンナの父親……カイガは、そうか、と頷く。


「おう。まあ、皆が無事ならそれで良い。釣りは楽しめたか?」

「それはもちろん。皆さんが驚くものも釣れましたよ」


 タクマは、胸を張って得意げな顔をする。釣ったのは俺だけどなと視線を移すと、フッと更に笑みを浮かべた。

 その様子に、興味を示したのか、カイガと、集まった漁師は、一歩前に出てくる。


「ほう……タクマさんと……ザンキさんだったか。俺達を驚かすものって何だ? 早く出してみてくれよ」


 挑発気味な漁師たち。それでも得意げなタクマは、良いでしょう、と言って、俺に視線を移す。

 俺は、ある程度その場を広く取らせるように、漁師たちを下がらせる。すると、一応と言って、ハンナが大きな台を持ってきてくれた。それを見た漁師たちは、その台の大きさは必要かとせせら笑う。

 ハンナが頭を抱えながらため息をつき、分からせてやれとでもいうように、俺に頷いてきたことを確認し、異界の袋の中から、海王鮪と、その他釣った魚を置いた。


「……え?」

「……む?」


 最初に、海王鮪を置いた瞬間、漁師たちは目を見開き固まり、カイガは、驚いた様子で、ハンナを見つめている。

 そして、釣った魚を全て出し終えて、海王鮪を指しながらカイガに顔を向けた。


「え~と、取りあえず鮪は一部買い取るから、それ以外は、全部アンタんところに卸すつもりだ。それで、船を出してもらった分は足り――」

「待て待て待て! ちょっと、待て!」


 カイガは、驚いた顔のまま俺に詰め寄ってくる。その瞬間、我に返った漁師たちがどよめき始め、ツバキ達は、そんな皆を揶揄うようにケラケラと笑っていた。


「どうした? 足りなかったか?」

「足り過ぎる! 釣りが出るくらいだ! むしろ、その釣りの方がデカくなる! 何、釣ってんだよ! アンタ!」

「いや、俺じゃなくてタクマ……」

「なわけねえだろ! タクマにこんなの釣れるか!」


 少し失礼なことを言ってくるカイガ。まあ、体格的にタクマには無理だもんな。まだ、俺が釣ったという話の方が信じられるというものか。

 ただ、タクマも釣り上げるのに一役買ってくれたから、嘘ではないなと頷いていると、カイガは、頭を抱える。


「これ……どうすりゃいいんだ……? うちだけじゃ、さばき切れねえよ……」

「あ、親父、さっきも言っていたけど、一部はザンキさん達が持っていくから、早く捌こうよ」

「一部って……どの部位だ?」


 ああ、考えてなかったな。ただ、この魚に詳しくないのでどこでも良いと思っている。


「任せる。出来るだけ、美味い所で頼む」

「美味い所って……難しいな、どこも美味いからな……」

「あ、親父は食べたことがあるんだ」

「ガキの頃にな。あの時はバリバリの現役だった爺さんが釣り上げたものを食った。尾びれから目ん玉まで、それはもう……」


 流石、漁師一族は違うな。カイガはその時のことを懐かし気に振り返りながら、海王鮪を眺める。解体の方法も分かっているだろう。

ハンナたちの会話を聞いて、少しばかり生唾が出てくる俺とリンネ。そう言えば、昼飯はまだだったなと、今にも変化して大きな魔獣の姿になろうとするリンネをツバキと抑えつつ、唾を拭いながら、ハンナ親子に顔を向ける。


「何でもいいから早くしてくれ」

「リンネ、がまんできない~!」

「落ち着いてください……というわけで、ハンナちゃん、おじさん、よろしくお願いします」


 取りあえずリンネを説得し、その場に座らせることには成功。俺もはやる気持ちを抑えて、その場に座る。リンネと共に、年甲斐も無くワクワクしながら、ハンナたちを見つめていた。


「もう少し、この眼に焼き付けたかったが仕方ないな。おい! 俺の“海斬り”持ってこい!」


 カイガは、そこらに居た漁師に何か命じた。漁師たちは頷き、市場へと駆けこんでいく。

 すると、何か布に包まれたものを、五、六人の漁師が担いで持ってきた。


 それをカイガは一人でひょいと受け取り、被せていた布をとった。

 中から現れたのは、大きな剣……というか、出刃包丁のようなものだ。前の世界でゴウキが使っていたものと似ている形状をしている。

 男が数人がかりで持ってきたそれで、カイガはブンブンと素振りを始めた。


「ほう。大したものだな」

「まあ、この海の漁師ならこれくらいはな」


 少し嬉しそうな顔をするカイガと、微妙な表情を浮かべるハンナと、その他の漁師。この芸当は、この男にしか出来ないらしいというのが、何となく伝わった。


「んじゃあ、始めるか。まずは……頭!」


 包丁を手に馴染ませたカイガは、大きく包丁を振り上げ、そのまま鮪の頭めがけて振り下ろす。

 バキンッという大きな音と共に鮪のカブトの部位が胴体から分かれた。豪快だなあと思っていると、尾びれの方に移動するカイガ。その間に、薙刀のようなもので、腹を斬り、中から内臓を取り出す、ハンナと他の漁師。


「お、これでも、やはり稚魚だな。内臓は比較的綺麗だな」

「すげえ脂の量だ。鮫以上だな」

「これは、ターレンさんの所に持っていくか?」

「そっすね。身の部分はどうする? 皆、要る?」

「それは、カイガさんに頼んでみるよ」


 ハンナと他の漁師たちは、内臓をどうするかについて、話し合っている。他の漁師たちとも上手くやっている様子に、ツバキはどこか、安心したような表情をしていた。

 にしても、内臓だけでも結構な量があるようだし、更に皮も分厚いようだ。食えないことは無いのだろうが、それ以外にも利用法はありそうな気がする。

 これが、どういうものに化けるのか、幾分か楽しみだと思っているうちに、再びカイガが包丁を振り上げていることに気付く。


「次は、尾びれ!」


 カイガが包丁を振り下ろすと、まるで大鎌よりも大きな尾びれがその場に落ちる。

 すると、カイガは尾びれを拾い、そこについていた僅かな身を匙で掬い取り、器に乗せてこちらに持ってきた。


「ひとまず、これだけ食って、もう少し待ってろ。ヒレの部分は、歯ごたえがあって、噛めば噛むほど、味が出てくるからな」


 カイガはそれを、誰よりももの欲しそうな目をしているリンネの前に差し出す。すると、リンネは、ぱあっと表情を輝かせた。


「いいの!?」

「ああ。それ食って、少しでも腹を満たしていろ。そんな、お腹空いたという顔で見られると、俺達にとっては、重圧だ」

「わ~い!」


 リンネは喜んでヒレの身を受け取り、醤油をつけて口に入れた。すると、更に目を輝かせて、小躍りする。

 そんなに美味いものなのかと、ツバキ達と共に、リンネから貰って口にすると……


「美味いな……」


 内臓を見たときは驚いた割に、そこまで脂っこくない。むしろ、赤身らしく、弾力もあり、鮪本来の強い味が、噛めば噛むほど口いっぱいに広がる。

 これは、干しても旨そうだ。酒のつまみになる。もしくは焼いても良いなと思い、リンネに火炎魔法を頼もうと、再び顔を向けた。


「って、もう食ったのか!?」

「ごちそうさま~!」


 リンネは口いっぱいにものを詰め込んだ状態で、空になった器を俺に見せてくる。

 流石にこれには、俺もツバキも若干怒った。


「こら! 俺達にももっと食わせろ!」

「そうですよ、リンネちゃん。ずるいですよ!」

「む~、おなかすいてたんだもん!」


 それはこちらも同じと、ツバキと共に、リンネと言い合っていると、今度はハンナがどこかの部位を皿に盛って、俺とツバキに差し出した。


「まあまあ、お二人さん。これ食べて、機嫌直したら?」


 と言われて、出されたのは、鮪の口の天井部分の身だ。

 リンネを叱っていた俺達は、なかなか聞かない部位に少々驚きつつ、口に入れた。食感は肉のようで、こちらも、噛めば噛むほど味が出てきて美味かった。


「これも……美味いな」

「ええ。このようなものは食べたことがありません。ハンナちゃん、ありがとね」

「はいはい。というか、私にも食べさせて!」


 ハンナは、ツバキの皿から刺身をとり、口に運んだ。そして、これは美味いと喜んでいる。

 なおも、その身を美味しく食べていると、隣から小さな手が伸びてくる。


「あ、リンネも~!」


 もの欲しそうな目で、手を伸ばすリンネから、俺は皿を遠ざける。


「駄目だ。さっき一人で全部食った罰だ」

「え~! リンネもたべたい~!」


 皿をぐるぐる回しながら、リンネを躱していく。

 そうしているうちに、段々と涙目になっていくリンネ。


「り、リンネも……たべ、たべたい~……」


 本格的に泣きそうな顔になり、少しだけ可哀そうなことをしていると罪悪感に駆られてしまった俺は、皿を止めて、ため息をついた。


「はあ……次からは、独り占めなんかするんじゃないぞ」


 諭すようにそう言うと、リンネは、静かにコクっと頷く。


「うん……ごめん……なさい……」


 絞り出すように口から出た言葉に、ツバキと顔を見合わせて頷いた。


「ったく……ほら、口を開けろ」

「食べさせてあげますから、元気を出してください」


 ゆっくりと顔を上げて、口を開けるリンネ。俺とツバキで一個ずつ切り身を入れると、リンネは口をもごもごさせながら、表情を明るくさせる。


「おいしい……おいしい~!」


 半分泣きながら、鮪の身を味わうリンネ。まるで、久しぶりにまともに飯を食った、ハルマサ達と仲直りした時の俺を思い出すかのような食べっぷりに、やれやれと思いながらリンネの頭を撫でていた。


 さて、鮪の解体は更に続いていく。ハンナと他の漁師が頭部、残りの漁師と、カイガが胴体を解体していく。

 解体された大体の部位は良いとして、先ほどと同じく、希少部位は出る度に、俺達の人数分運ばれてくる。ほほ肉やカマ、中落ちはもちろん、脳なんていうのもあり、少し躊躇いつつも食べると美味いので、皆で喜んでいた。

 希少な割に、やはり本体が大きいので量が多い。昼飯はこれで良いなと笑っていると、あっという間に、カイガ達は魔物の解体を終えた。

 汗を拭いながらドシンと包丁をその場に置くカイガ。その仕事っぷりに俺達は思わず拍手した。


「本当に、良いものを見たな。それに、腹も満足だ」

「リンネ、おなかいっぱい~!」

「ええ。私もおじさんが、あの包丁を使うところを初めて見たので満足ですね」

「僕も初めて見たなあ。何だかんだ言って、これから先二十年は大丈夫なんじゃないか?」

「そうね。ハンナちゃんに良い人が出来なくても、マーマイさん、安心しても良いわね」


 確かに、と、メリアの言葉に頷く。帰りの船でチラッと聞いたが、ハンナにも縁談というものがあったらしいが、急がなくても良いのではと、今日のカイガを見て実感した。まだまだ現役でも充分だろう。

 その雰囲気は、どことなく、マシロのロウガンに近いものを感じる。後進の育成がどうのとか、俺は歳だとか口では言うが、本心と体は正直なもので、その行動は、まだまだ現役そのものだろうな。


俺も、いつまで、今と同じ生活が出来るのだろうかと思うが、コイツ等を見てると、もう少し頑張ろうという気になる。

まあ、子供の方はどう思っているか知らないがな。ひょっとしたら、ハンナも、実はもう後を任せてくれという思いなのかも知れない。

そんなことを思っていると、二人の会話が聞こえてきた。


「ふ~、終わったぜ……」

「いい仕事したなあ、親父」

「おうよ。お前も今日のことはしっかりと覚えておけよ。また、こういうのが突然釣れるかも知れないんだからな」

「……その前に……その包丁を扱えるようにならないとね」


 ハンナの言葉に、他の漁師も苦笑いしつつ、違いねえと笑っていた。


 親の背中を追うということについて、クレナでジゲン達と話した覚えがある。どういうものなのか、いまいちわからなかったが、ハンナたちを見て、これも一つの親子の形なんだろうなと感じた。

 まだまだハンナも、漁師として、カイガから多くを学ばないといけない立場なんだなと、アイツの友である、ツバキと共に笑っていた。


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