第295話―港でゆっくりと時間を過ごす―
ルオウに連れてこられたのは、船着き場の近くにある飯屋だ。と言っても、そこまで大きなものではなく、港で作業している者達が軽食を摂ったり、乗客や船員が、出航までの時間を潰すことが出来る休憩所のような感じだ。
外に置かれている机にルオウは荷物を置き、店員に飲み物を注文していた。
そして持ってきたのは、黒い液体。飲めるのかと確認すると、ルオウはニコリと笑って飲んでみせる。ならばと思い飲んでみると、凄く苦い飲み物だった。
「何だ、これ?」
「コーヒーというもの……じゃ。焙煎した豆をすりつぶし、湯でこした飲み物じゃよ。
豆によって味わいも違うもので、なかなか奥深いものじゃよ」
そういうものなのかと思いつつ、もう一舐めしてみたが、やはり苦い。なので机に置かれていた砂糖を入れて、苦みを調整して飲んだ。
「む……ザンキ殿は、苦いものが苦手だったようじゃの」
「慣れないだけなのかもしれない。普通の茶とかは飲めるんだがな」
「なるほど。ちなみに、好きな飲み物は何じゃ?」
「酒だな。普通の米を使った、酒だ」
「ふむ。なるほど、冒険者らしいな……」
他愛のない会話をしながら、コーヒーをまた一口飲んでみる。砂糖も入れて、多少は緩和された苦みも、漂ってくる臭いも、こうしてみると確かに心が落ち着くような気がする。
これはこれで、ありなのかも知れないと、ルオウに笑った。
ふと、桟橋の方に目を向けると、他のものよりも一際大きな船が停泊していることに気付く。
そして、それに乗り込んでいく大量の人間達。ルオウによれば、王都に行く船らしい。何日かかけて、モンクと王都を往復しているという。
その旅路は、船の側に停めてある護衛船と呼ばれるいくつかの船に乗った冒険者が護る。船を運行する王都と、十二星天であるジーンが設立した「旅行公司」からの報酬は、かなりのものらしい。
「ザンキ殿は、ああいった依頼は受けないのか?」
「今のところはな。王都に用事がある時などは良いかも知れない。船賃払ってあのデカい船に乗るよりも効率が良いかも知れないからな」
まあ、俺だったら、神人化したり、リンネと一緒に飛んでいくけどな。
しかし、船旅というものは、生まれてこの方したことが無い。それもまた面白そうだとも思っている。機会があればやってみたいものだ。
「ルオウは、ああいう船には……って、あるか。商人だもんな」
「うむ……昔はよく乗っていたのお。自分で行きたい所に行き、自由にものを売ったりしておった。
が、それも最近は出来なくなったのお……」
「さっき言ってた色々ってやつか?」
「まあ……そうじゃの……」
ルオウは、ジゲンがやっていたような遠い目をしながら、どっか憧憬を抱くような目で、目の前の船を眺めていた。
ジゲンの時のように、あまり深入りするわけにはいかないなと思い、それ以上は聞かなかった。ルオウも、色々あったのだろう。
そうやってしばらく、コーヒーを飲みながら、船に乗り込んでいく者達や、荷を運ぶ作業員の姿をゆったりと見ていた。
すると、ポツリとルオウが口を開く。
「のう……む……ザンキ殿」
「ん? どうした?」
「少し聞きたいことがあるのじゃが、良いかの?」
何だろうかと首を傾げながら、ルオウに頷いた。
「ああ、良いぜ。何だよ?」
「ザンキ殿は今、どんどん荷物が重くなる荷車を曳いているとする。最初は、その荷を目的地まで運ぶだけの話じゃったが、その荷は歩を進めるごとに重くなっていき、一歩進むのもやっとという状況になった。
ザンキ殿は、こういう場合、どうする?」
ふむ……たとえ話だろうが、難しい話だな。どういう意図で、この質問をしてきたのか分からないが、真剣に答えてみよう。
どんどん重くなる荷車か。俺だったら、荷車の荷を捨てたいところだが、恐らく大事なものだろうから捨てずに、目的地まで運ぶだろう。
だが、それも難しくなっているとなると……。
「その時は……仲間に手伝ってもらうかな」
「ふむ……そうか……」
納得とも、不満とも取れない感じにルオウは頷く。まあ、ルオウが納得しなくても、俺はこの方法をとる。
ダイアンやハルキ達に後ろから押してもらい、ツバキやリンネも一緒に引いてもらえば良いだろう。
全員でやるのなら、たまとリンネ、それにジゲンを荷台に乗せて、皆でワイワイと運ぶのも面白そうだ。
俺一人で辛い時は、皆を頼れば良いと、樹海でトウガに教えて貰ったからな。まあ、以前はそれでも一人でやろうと即答しただろうがな。
何はともあれ、これが俺の答えだ。ルオウが納得いかなくてもこれ以外の答えは無いと思い、ルオウに目を向けた。
未だ、あごに手を置きながら、ぼそぼそと何か呟いている。すると、再び顔を上げたルオウは、俺に、こう尋ねた。
「では、その荷車の荷を重くしていたのが、その仲間達だとしたらどうする? ザンキ殿は、それでも荷車を曳くか? それとも、仲間にその行動を辞めさせるか? ちなみに、その仲間が持ってきたものも、ザンキ殿、ひいては、その仲間達にも大切なものだとする」
む……最初のものよりも若干、難しい話だな。つまりは、重くなっていく原因が、例えば、ダイアンあたりがアザミの為にと買った大量の宝石だったり、ツバキやリンネが、俺の為と狩ってきた魔物だったりした場合か。
ダイアンの場合はともかく、ツバキとリンネに関しては嬉しいのは嬉しいのだが、それによって重くなるのであれば話は別だな。
そこはきちんと注意したいと思う。ただ、そこでダイアンの場合はどうかと言われると分からないな。何せ、俺がもらうわけではないからだ。
かと言って、捨てるのも良くない。アザミも、俺の仲間だからな。そうなると、ダイアンを叱るということも出来ないというわけか。
となれば、答えは出ているな……。
「まあ……そうなっても曳く。無論、仲間を罰したりはしない」
「……そうか。仮にその仲間が、動けないザンキ殿を見限り、荷車を奪っていったとしたら、どうする?」
「そうなったら、逆に好機だと喜ぶだろうな。そしてまた、一から始めれば良い」
ルオウは、再びそうかと頷き、考え事を始めた。
最後の質問はよく分からなかったな。なんで俺の大事なものを、ダイアンが……って、ダイアンを例にすると分かりづらいな。ジゲンにしよう。
荷車を屋敷、荷物を闘鬼神だとして、ルオウの質問に当てはめると、俺の右腕であるジゲンが、俺のことを信用できなくなり、更に皆も俺ではなく、ジゲンと同じ様な考え方になり、俺を屋敷から追い出すという状況になる。
そうなったら……確かに辛いが、相手はジゲンだ。ちゃんとした筋の通った理由があるのだろう。仮にそういう状況になったとしたら、少なくとも反省はするな。
ただ、反省はするが、色々と考えなくて済み、俺が思うように生きるということも、そうなったら出来る。また、今までとは違った生き方も出来る。そう考えたら、そういうのも悪くないかも知れないと思った。
まあ、今の状況でも、俺は割と自由にやっているし、何の不満も無いけどな。ジゲン達も、闘鬼神の皆も、俺に従ってくれているし、その中で自由にやってくれているようだから、ルオウの質問のようなことにはならないだろうと思いながら、コーヒーをすする。
結局、何を聞きたかったのだろうか。質問を終えてもよく分からないな。
ただ、ルオウが言うところの、「色々あった」という面から考えると、コイツは本当に苦労したのかも知れないな……。
そう思いながら、ルオウに視線を移すと、ルオウはぼそぼそと何かを呟き、何かに納得したような感じで小さく頷いて顔を上げた。
「ふむ……む……ザンキ殿も、なかなか面白い人間のようだな。お……儂は未だにどうすれば良いのか分からないで居るからのお」
「多分こういう場合、どうしても後悔は残ると思うぞ。基本的に行動を起こしているのは、荷車を曳く俺達の仲間だからな。仲間のことを信頼しているのならば、俺達にはどうすることも出来ないだろう」
「信用できない仲間が荷を増やしたり、儂らとは違う方向に進もうとしていたらどうする?」
「そんなのは仲間じゃない。俺だったら、好きにやらせるが、俺や、他の仲間達に迷惑をかけるのなら、斬り捨てる」
「ふむ……その結果、ザンキ殿の居場所が二分される結果になってもか?」
「ああ。俺について来てくれている奴らは、俺の思いについて来てくれているんだ。ならば、俺は信念を曲げるわけにはいかない。誰であろうと、俺の思いを捻じ曲げようとするのなら、俺は迷わず、そいつを斬る」
もともと、信用していないというのが前提だからな。何の目的で俺の荷車について来たのか知れないが、俺達を乱そうというのならば、問答無用で叩っ斬る。
闘鬼神にそんな奴……居ねえよな? まあ、居たとしたら、最初の屋敷の修繕あたりでどこかへ消えるか。意外と、俺は皆に厳しくしているつもりだからな。花街で遊ぶことについても、よくもまあ、皆、持ちこたえたものだ。
そう言えば、そろそろ解禁の時期だな。帰ったら、禁止令を解くとしよう。ダイアンは別として、他の奴らはずいぶんと頑張ってくれたからな。屋敷内での決まりは今まで通りだが、これも、たまが大きくなるにつれて、どうにかなりそうな気もする。
これからも、俺達がどうなっていくのか、俺自身が楽しんでいる。
ふと見ると、ルオウは先ほどまでとは違って、穏やかな顔つきになっていた。何か、迷いでもあったようだが、それも晴れたという、明るい表情だった。
「なるほど……信念か……そうか……」
そして、ルオウは、俺に向けてフッと微笑む。
「感謝する、ザンキ殿。少しばかり気が楽になった」
「それは何よりだ。ただ、最後にもう一つだけ言わせてもらうと、俺だったら、荷車を置いて、少しばかり休憩するというのも良い手だと思っている。曳きっぱなしは辛いからな。定期的にでも良いし、気が向いた時でも良い。
いったん荷車を解放し、酒でも飲んで、また、曳くというのも大事なことだろう」
「それじゃと、仲間達から不満が起きないか?」
「知るか。俺についてくる以上、俺の指示には従ってもらう。ついでに、皆にも休んでもらった方が、効率が良いだろ?
まあ、うちの場合、休むということを悪いことだと捉えていないだろうから、不満も起きないと思うがな」
今は、偶に牙の旅団との鍛錬中などに、見学している俺の所に休憩という名の、雑談をしにマルスやチャン等が来れば、コウシ達の怒鳴る声が聞こえてくるがな。別に、そこまで怒らなくても良いだろうと、頭を掻きながらも、それはそれで楽しかったので笑っている。
ルオウは、俺の言葉に、コーヒーを吹き出しそうになりながら、笑い出した。
「ハッハッハ! その手があったか! 確かに、一団を率いる長がやりたいことをやることに、部下が口を出して辞めさせるというのもおかしな話だな!」
初めて会った時のように、老人とは思えない口調で、軽やかに笑うルオウ。そんなに面白い話だったかと首を傾げるも、本人が楽しそうなのであまり気にしなかった。
やがて、ひとしきり笑い終えた後、ルオウは、ふう、と息を吐き、こちらに顔を向けた。
「重ねて礼を言う、ザンキ殿。お……儂も、これからは儂のやりたいようにやるとする」
「ん? そうか。手始めにそれで、良いものを作ったりしてみろ」
「フッ……そうじゃの。完成したあかつきには、ザンキ殿にもお見せしよう」
「ああ。気が向いたら見に行くとする。……さて、そろそろ俺は帰るとしよう」
話に区切りがついたところで、俺は立ち上がる。少し日が傾き始めている。
王都行の船の出航まで眺めていたかったが、それも日暮れの頃になりそうだ。
今日もツバキとリンネ……特にリンネが首を長くして待っているだろうし、買い付けた商品をタクマに渡さないといけないからな。今のうちに、レイヴァンを発とう。
俺が立ち上がると、ルオウは、少し残念そうに、そうか、と頷き、机に置かれた荷物を手に取って、立ち上がった。
「では、儂も帰ろう。時間をとらせて悪かったな」
「気にすんな。楽しい時間を過ごさせてもらった。また、会うことがあれば、その時も語り合おう」
「ああ。その時は、今日の礼ということで、しっかりともてなすからのう」
「期待している。じゃあな、ルオウ」
俺達は、互いに固く握手をして、俺はその場を後にした。
謎が多いが、意外と楽しい爺さんだった。次に会うのが楽しみだなと思いながら、レイヴァンの通りを歩いていく。
◇◇◇
ムソウを見送ったルオウは、歩きながら、手にしたビーズや、貝殻、珊瑚といった、手芸の材料を眺めながらほくそ笑む。
―楽しみが増えた……―
手芸を最後にしたのは、何年前の話だろうか。そんな時間、今まで無かったよなと、目を細める。
最初は、自分で作ったものを売りだしのがきっかけ。けなされたり、蹴られることもあったが、少なからず喜んでくれた人間は居た。
その者達により収益が出た頃、今度は小さな商店を営んだ。売っていたものは、前と同じく自分で作った工芸品と、ギルドを通して仕入れた、治癒院の回復薬など。
最初は上手くいかないことも多かったが、露店の頃の常連や、新たな客、更には自分と共に商売をやりたいと言ってきた人間が現れ、その者達の客もついて、苦労しながらも、充実した毎日を送っていた。
いつしか、訪れた者達の大半がけなしていた自分の商品や、自分の経験を信じて集めたものが、モンク内で認められていき、それなりに繁盛するようになっていく。
だが、出る杭というものは打たれる。自分たちが勢いを増していくことを心よく思わなかった他の商人達が、店に嫌がらせをしたり、デマを流して、客を遠ざけたりするようになっていく。
無論、その者はギルドに報告した。しかし、証拠が無いのではと、ギルドは手を出さない。嫌がらせや、噂の全ての証拠と、その者達の報告は、大金をつかまされた貴族により、もみ消されていた。
その後、経営が破綻し、仲間達を養えなくなった頃、嫌がらせをしてきた商人たちに、仲間を引き抜かれたり、貴族に奴隷として身を売る仲間達も出てきた。
自分にもっと力があれば……仲間達を養えるだけの地位と、財力があれば……。
何度も悔やんだが、最終的にまた、一人になった。残ったのは、仲間達と過ごした大きいだけで今は空っぽの店舗と、少ない金子。
去っていった仲間達に泣き、嫌がらせをしてきた商人たちに怒り、何も出来ない自分の無力さに嘆き、自らの爪で掌が数えきれないほどの傷に覆われた頃、その者は、レイヴァンのカジノに向かった。
そして、ルーレット台に立ち、たった一つの目に、己が持ちうる全ての財産と、自らの命を賭けた。
生か死か、文字通り全てを賭けた男の挑戦は、結果として莫大な金と賞賛の声を産むことになる。
男は、手にした金で、奴隷となった仲間達を買い戻し、貴族たちに金を握らせ、黙らせた後、更にレイヴァン中の商店、武器屋、奴隷商、魔物商など、種類を問わず、全ての商人達を纏め上げた。
そして、自分には何もしてくれなかったギルドを見限り、自身は独立。しかし、物流や、顧客へのコネクションとして、ギルドで登録した商人でさえも、受け入れる体勢を敷くことで、ギルドとの協力体制を築いた。
一つの荷台を皆で曳けば、争いは起きないと、男はその日から、再び仲間達と共に、荷車を曳き続けた。
そうして出来上がったのが……
「お、居た居た! 探したぜ、旦那!」
「……ん?」
不意にルオウは声をかけられた。顔を向けると、若い男が立っている。息を切らしながら、ルオウに近づいてくる。
「ああ……イーサンか」
「ああ、じゃねえって! 何急に、姿を眩ませてんだ! しかも、スキル使って姿を変えてるしよ~!」
「別に……で、何だ? 詐欺師でも出たか?」
フッと笑みを浮かべながら放たれたルオウの言葉に、男は目を見開く。
「あ!? 耳が速いな。知っていたのか?」
「まあな。俺を舐めるなよ」
「ッたく……で、どうする? 一応、初犯みたいだったが……」
「ああ。騎士団に連行した後、うちの看板下げる権利は剥奪しろ。二度と、うちの敷居を跨がせるな」
ルオウの言葉に、男は更に目を見開く。その決定に、驚きを隠せないようだ。
「え……良いのか? 詐欺師と言えど、商人は商人だ。うちの財源が減ることになるぞ」
「構わない。一人の詐欺師を追い出したくらいで揺らぐうちじゃねえよ。ついでに皆にも伝えとけ。今後、俺の意に沿わない奴は、もう、俺は面倒は見ない。お前ら個人で好きにやれってな……」
少しばかり、厳しめな口調になるリエン。男は更に慌て始める。
「だ、旦那……それだと、反目する奴らは増える一方だぞ!? アマンの件もあるし、それは辞めといた方が……。か、仮に、全員がアマンについたらどうする気なんだ!?」
「知るか。俺じゃなくてアマンについていきたいなら、そうすれば良い。まあ、そう思っている奴らがどれだけ居るか知らねえがな。大した問題じゃないんじゃないか?」
「大した問題だって! アマンの意向に賛成の商人が三割を超えているんだぞ! そいつらが一気にいなくなったら……」
考え直せという男の言葉に、ルオウは大口を開けて笑い出した。
「ハッハッハ! たった、三割か! なら、問題ないだろう。仮にそういう事態になっても、何とかなりそうだ!」
軽いノリで大笑いするルオウを、ぽかんと口を開けて眺める男。そして、呆れたように頭に手を当てる。
「はあ……旦那がそんなだから、俺ら監査が苦労するんだよ」
「もともと監査なんて要らねえのに、こういう事態になったのは誰の所為だと……?」
男の肩をポンと叩き、厭らしい顔つきになるルオウ。その顔を見て、男は再びため息をついた。だがすぐに、フッと笑みを浮かべる。
「……まあ、旦那の所為じゃねえってことは確かだな。分かった。皆には伝えておく。だが、アマンに関しては、今はまだ気を付けておいた方が良いだろう。色々と新たに分かったことがある」
「分かってる。アイツは、危険だからな。また、ゆっくりと報告でも聞こう」
「はいよ。それより、何だ? その荷物。買い物でもしてたのか?」
男はルオウが手にしている袋を指さした。ルオウはニコリと笑い、頷く。
「ああ……まあ、趣味ってやつだ。気の良い奴が買ってくれたんだよ」
「良い奴が居たもんだな。ただ、趣味が出来れば良いがな……」
「そんな時間、いくらでも作ってやる。文句は言わせねえぞ? 俺の商会なんだからな」
「はいはい。ところで、例の詐欺師の話なんだが、俺も、面白そうな奴に会ったな。詐欺師に騙されそうになっていた奴だが、鑑定で視たら噂の人間だった。旦那に手を出すなと言われていたから何もしなかったが、騙されそうになっていたから助けてやった」
男の報告を聞き、ルオウは目を見開き、そして、フッと微笑む。
「それはお手柄だ。あの男とは良い関係を築きたいからな。うちの商人に騙されたとなると、あまり良い目で見てくれなくなるかも知れないからな」
「まあ、身分を偽っているようだったがな……」
「バレたら面倒だと思っているのだろう。有名人は辛そうだな」
「そこは、旦那と一緒だな。……ほら、こうして俺に見つかったわけだし、その見た目はもうやめろよ。俺が話しづらいからよ」
「はいはい……」
男の言葉に、頷いたルオウは頭を掻きながら自らのスキルを解除する。
全身から溢れる光が収まると、そこには、頭にターバンを巻き、金色の耳飾りをつけた壮年の男が立っていた。
腰にはそろばんと、二振りの短刀を下げ、来ている服の背中には、大きな荷車を曳く一人の男を模した紋章が描かれている。
ルオウは懐から煙管を取り出し、それを咥えた。口から煙を吐きながら、男と共に歩いていく。
「さて……また、忙しくなりそうだな」
「今朝、鎮圧されたっていう奴隷商についても、調べは進めている。うちとの関りがあれば、また報告するよ」
「ああ。関係している奴が居れば、そいつらの権利も剥奪だ。ついでに、アマンと関係があるかどうかも調べとけ」
「仮に、関係があったらどうする?」
「すぐには何もしない。しばらく泳がせておけ。だが、奴が何かをしでかしそうなら、それは報告しろ。マルド商会のリーマ、ターレン商会のターレンの旦那、それから一応、“大博徒”のギランに対しても、注意の目を向けておけ」
リエン商会の本部に入りながら、ルオウは男に指示を出していく。男は、ようやく本気になったかと、頭を掻きつつ、ルオウに真剣な目つきを向けて頷く。
「了解だ……リエン」
その後、イーサンが詐欺師の後処理に向かうところを見届けた後、ルオウ……リエンは、自らの執務室に戻る。何人かの秘書に迎えられながらも、大量の書類が乗っている自らの机を眺めながら、冷や汗を掻くとともに苦笑いした。
「ッたく……お披露目は当分先のようだ……ムソウ殿……」
リエンは、大きくため息をつき、買って来たものを、机の側に置いた。
カジノで得た収益を元に、設立されたリエン商会。商人を纏め上げた後、リエンがレイヴァンで権力を手にするのにそこまでの時間はかからなかった。
今では、貴族でさえもリエン商会を援助することとなり、この街の大半の機能を担うことになったリエン商会。カジノの運営も、定期船の運行など、ただモノを売るということ以外の仕事が増えていく。
皆で作った大きな荷車を再び取り戻したのは良いが、今度は、集まった皆が、思い思いの方向に荷車を押そうとする所為で、今度は自分の思った方向に進めなくなったと頭を抱えるリエン。
まあ、何度も同じことを気にしたってしようがない。今は、目の前のことに専念しようと、再びため息をつき、やるか! と、自らの頬を打ち、書類を一枚一枚手に取り、仕事に取り掛かっていった。




