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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
ツバキが里帰りする
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第290話―グレンに忠告される―

飯を食った後も、グレンとサーラと話をしていたが、やはりと言うか、客はその間も来なかった。

聞けば、村の者達が買い物に来るとしたら、朝か、晩飯の為に夕方に少し来る程度のことだ。

 それでも生活は出来るとのことだが、店の中には冒険者向けの道具も売っている。ついでにと思い、ここで何か買っていこうと言うと、グレンの目が輝きだした。


「お! それでは、お客様、こちらへどうぞ!」


 急に商売人の顔になるグレン。やれやれと思い、グレンに促されるまま、棚の前に立った。

 一応、回復薬や、活力剤などのギルドで支給されるような消耗品は揃っている。ここを訪れる冒険者向きに用意したとのことだが、そもそも、この村付近の依頼は少なく、案内してくれた爺さんの口ぶりから、ここを訪れる旅人自体が少ないとのことで、あまり売れては居ないようだ。

 まあ、回復薬に関しては、普通の人間でも怪我をした際に使うので、あっても意味が無いというほどではない。

 俺も、それなりに多くの薬は持っているし、何なら作ることも出来るので不要だった。


 ならば、とグレンは別の棚に案内する。そこには多くの魔道具が並べられており、他の棚よりも少しだけ割高だった。

 この棚に置いてあるものは、完全に冒険者や商人向けのものらしく、置いたのは良いが、全然売れないとのこと。

 それでも埃などを被っていない所を見ると、毎日サーラが綺麗にしているということだったので、少しだけ買ってみようという気になる。


「と、言われても、よく分からないな。順に説明してくれ」

「お任せを! お客様! まずはですね~……」


 グレンは魔道具を一つ一つ手に取りながら、商品の説明を始める。その話し方はやめてくれと思いながらも、いつものように、楽しそうに商品のことを次々と説明していくグレンに何も言えず、黙って聞いていた。


 そして、その中から俺は、ギルドに向けて伝令魔法を飛ばす魔道具と、ミサキのものよりは若干劣るが、結界魔法を起動させる魔道具を買った。結界魔法の魔道具は、帰ったときに、闘鬼神に渡そうかと思っている。

 鍛えて強くなっているとはいえ、また、何が起こるか分からないからな。取りあえず、店にある分だけ買っておいて、身を護るというよりも、逃げるための時間稼ぎにでも使ってくれると良いと思っている。特に、無茶ばかりするダイアンあたりに渡しておこう。

 ギルドに向けて伝令魔法を飛ばすものについては、しばらくの間、モンクで活動する為のものと、そのことを伝えるために、クレナのギルドに飛ばすものを買った。

 グレンに、事の詳細を説明すると、飛ばす先をクレナのギルドに設定してくれたので早速と思い、魔道具を起動させる。


「あ~……アヤメ、すまねえが、ジゲン達に伝言を頼む。色々あって、モンクにしばらく滞在することになった。期間は決めてないが、予定よりも長い時間、屋敷を開けることになり、申し訳ないと伝えてくれ。

 特にたまには、寂しい思いをさせてすまねえが、帰ったらお土産をたくさん買ってくるから期待しろと頼む。

 仮に、この間にコモンによる、無間の修復が終わったら、モンクのギルドに連絡してくれ。その際はそちらに帰ろうと思っている。

 それから……」


 ひとまず、現状と、ツルギ達に関しての、シンキへの伝言も頼んでおく。シンキは、コモンの手伝いで頻繁にクレナに来ているから問題は無いだろう。

 ただまあ、アヤメには余計な仕事を増やすことになるので、何かしら、借りを返すようにはしておこう。


 そして、伝えるべきことを全て伝えたところで、魔道具を額から放した。すると、鳥の形をした光が、魔道具から飛び出していき、伝令魔法が行われたことを確認した。


「これで、良し……っと。さて……他にも何か無いか見せてくれ。武器などはあるか?」

「武器は無ぇが、閃光玉なんかはあるぞ。こちらです!」


 グレンに頷き、更に買い物を進める。買えるものは、ここで全部買っておこう。意外と、品ぞろえは良いから、本当にもったいないなあと思うが、今はある意味、買い放題だなと思いながら、炸裂弾や癇癪玉、閃光玉に、煙玉と、棚にあった全ての商品を買い上げ、結局代金は、銀貨500枚近くにまで及んだ。

 支払いをすると、手にした銀貨を見て、グレンとサーラの表情が段々と明るくなっていく。


「すげえな……ここで商売初めて、一番稼いだんじゃねえか?」

「ええ。これで、ふた月は安心して暮らせますね……」


 そういう話は、客の居ない所でやって欲しいなと思っている俺に、グレンとサーラは、思いっきり頭を下げた。


 さて、そろそろ昼時ということで、今日はここで飯を食っていけと言うグレンの言葉に甘えて、再び居間で団欒とする。サーラは台所へ行き、飯を作り出した。


「しかし、運送依頼の時はあれだけ豪華な飯食ったり、宿に泊まったりしている奴の生活とは思えないな」

「その時はその時だ。過酷な旅をしているんだから、別に良いだろ」


 まあ、そうだよな。チャブラの時には、俺が居なかったら恐らく死んでいただろうし、その分に対して、依頼主が対価を払うというのは当然だ。グレンは必要経費だと言いながら、黄金牛などの高級な料理を食っていたが、本当に必要な金の使い方だと俺も思っている。

 だからこそ、次に貴族からの運送依頼があったときには、サーラも連れて行きたいと思っているらしい。その際はぜひ誘ってくれと、グレンと約束した。


「まあ、ここはわずかな金でも一攫千金を夢見ることが出来るからな。そういや、ムソウはカジノには行かねえのか?」

「ん? いや、アヤメから勧められたから一度は行ってみたいと思っているが……?」

「ああ、一度行くのなら良いかも知れないな。のめり込み過ぎて、ツバキさんや、家の人たちを泣かせるなよ」

「言われなくても、そうするさ。って、お前は行かないのか?」

「ああ。ああいうところは苦手でな……」


 なるほど、グレンはあまり賭け事は強くないようだな。まあ、二度も死にかけたり、どちらも転界教絡みの仕事に行き当たる辺り、運は悪いようだし。

 ただ、そうなると、俺も運は悪いという話になる。違う世界に飛ばされたり、依頼をすれば、不測の事態が続いたりと、似たようなものだ。

 ある意味、確実に死んでしまう状況に、俺がそばに居るグレンの方が確実に運は良いと思うんだがな。


「まあ、稼ごうと思っていくのではなく、遊ぼうと思っていくのなら良いだろう。どうせ、お前のことだから、こないだの妖狐、リンネちゃんを連れて行きたいとか思っているんじゃないのか?」

「察しが良いな、相変わらず。アヤメにそう勧められたからな。一度は行こうと思っている」

「良いことだ。だが、そうとなると、俺からいくつか忠告したいことがある」


 グレンはそう言って、そばにあった引き出しから、書類のようなものを取り出し、俺に見せてきた。


「ここには、モンク領の主なカジノと、その系列店、そして、それらを仕切る人間の名前が記載されている」


 何故、そんなものを持っているのかと聞くと、リエン商会から貰ったらしい。カジノで扱う景品や、莫大な金の運送も主な仕事らしいからな。リエン商会に与しているわけではないが、協力者であるグレンもこれを持っているとのことだ。


 そして、グレンは、その中からいくつかのカジノと、それを運営する者達を指さしては、俺に説明してきた。


「まあ、ほとんどのカジノは健全なものだが、中には違法な賭け事を行ったり、少しきな臭い噂を流している場所もある。

 例えば、ここなんかは、年間で一定の金を使った奴に対し、裏カジノと呼ばれる場所に行ける権利を与えて、更に顧客を増やすということをやっている」

「裏カジノ? 普通とは何が違うんだ?」

「そこでは、人間の命でさえも、賭け事に利用しているという噂で、これは王都が定めた規制に違反している。対価がデカい分、得られる賞金もデカいがな」


 うわぁ……思ったよりもえげつないというか、危ない場所をいきなり教えられたな。

 グレンによると、自分の命、あるいは奴隷の命を対価に賭け事を行うということをしているらしい。得られる金も大きいが、代償はその命ということで、莫大な利益か死かという、究極の二択が行われているという。

 ただ、これはあくまで噂なので、実態は謎というのが面倒な話となっていて、疑わしい場所には、度々騎士団の調査が入るのだが、未だに検挙とは至っていない。

 リエン商会の方も、出来るだけ関わらないようにしようという話になっているが、リエンの意志に反し、ひそかにそういったカジノと、やり取りを続けている者も居るようだ。


「それが、この男だ。リエンの旦那に隠れて、そういったカジノに荷を運んだり、自分が運営したりもしている。リエン商会の中の注意人物と言っても良いだろう」


 グレンが指した男の名前は、アマン。この男は、リエン商会の中でも、リエンに次ぐ権力を有し、次の長と目されている男だ。

 グレン曰く、カジノの他にも、奴隷商や魔物商も営んでいるらしく、レヴァノンの他にも、マルドを始めとして、近隣の街や村にまで勢力を伸ばしている男であるという。

 ゆえに、リエンからの信頼も篤いが、最も疑われている人間の一人でもあり、手を出しづらいとのことだ。

 俺が、面倒なことになりそうだから関わらないようにする人間というのなら、コイツ以上の男はいないとのことと、グレンは語った。


「人攫いや、魔物の密猟者を密かに雇っているという噂もあるし、お抱えの冒険者に至っては、堂々と常にそばに置いているくらいだからな。お前も用心しとけよ」

「危ねえ奴も居るんだな……だが、ガーレンが目を光らせている間は大丈夫じゃねえのか?」

「支部長でも、目の届かない所というものは多いもんだ。一応、クレナの住民であるお前の動きを、アヤメ様が全て把握しているということは無いだろ?」


 まあ、そうだな。そう思って、これまで酷い目にあった事例も多いし、ギルドに登録している商人というだけで、大丈夫だという思いは捨てた方が良いかも知れないな。

 しかし、リエン商会も、リエンという男が、良い奴そうだから、安全なものかと思っていたが、そうでもないことが分かったな。リエンはまだしも、そんな奴が居るとは……。

 ひょっとしたら、リエンがマルドに勢力を伸ばした背景として、コイツの存在があるというのも、理由の一つではないかと思う。密かに奴隷商や魔物商をしているアマンを監視、および牽制するために、街に存在する商会と協力しようといったところか。

 飯を食った場所で、冒険者の奴らが言っていたように、リエンの気苦労というのは半端無さそうだな。何となく同情する。


 さて、グレンの話によると、その他にも何人か怪しそうな奴を教えてくれたが、そのどれもが、アマンの仲間か、あるいは部下とのことなので、取りあえずは気を付けることにした。

 それで、どのカジノに行けば良いのかだが、お勧めとして、リエンが直接経営している、レヴァノンにある、この領で最大のカジノと、マルドにある、ターレン商会が運営しているカジノなら問題ないとのこと。

 なら、マルドの方に行ってみるかということで、話を締めくくった。


「あ、ちなみに、あそこのカジノに、以前クレナから古龍ワイバーンの素材も運んだからな。景品として出ていなければ、まだ残っているはずだぞ」


 良いことを聞いた。なるほど、屋敷の奴らへの装備分は貰ったが、残りの素材は、アヤメがどうしても欲しいと言ってきたので、無償であげたんだよな。

 それが、ここにあるということは、上手くすれば、再び俺の手に戻ってくる可能性もあるということだ。そして、それを再びアヤメに渡して、どこかへ売りさばけば、また、クレナが潤うという仕組みになるな。

 アヤメへの土産はそれで良いかとほくそ笑んでいると、グレンがフッと笑って、意地悪そうに口を開く。


「盗んじゃ駄目だぞ」

「盗まねえよ。正攻法で頂いてやる」

「イカサマも駄目だからな」

「やらねえよ。ってか、そんな器用なことは出来ねえからな」

「へえ……ムソウにも苦手なものはあるんだな。ちなみに、過去に十二星天のジーン様とミサキ様が、スキルやら魔法やらイカサマやって、カジノは原則、十二星天の立ち入りは禁止って決まりになったからな。お前も気をつけろよ」


 ほう……ミサキはともかく、ジーンって奴も、まるで子供みたいなことをするんだな。確か、EXスキルで未来を見ることが出来るんだよな。

 なるほど……賭け事をするのなら、うってつけの能力というわけか。面白い考えをするものだな。

 まあ、俺のスキルじゃ、何が出来るのか分からないし、グレンに、それは無いと言って笑っていた。


 その後、サーラが飯を持ってきて、俺達は昼食を摂り始めた。野菜を炒めたものと、ハムラという麺料理だけだったが、どれも美味しかった。飯をしている間も、グレンとの話は止まらない。

 チャブラへの旅の際に聞いた100年戦争での話についても盛り上がった。グレンとサーラからは色んな考察が飛び出してくるが、真実を全て知っている俺は、それを話すことも出来ず、二人に頷きながら、心の中でほくそ笑んでいた。


 一応、転界教というヤバい存在が居ることについては、二人には教えたが、それ以外の邪神族や、戦争と、俺との関りについては教えていない。教えた所で、秘密は守ってくれると思うが、まあ、念の為というやつだ。

 なおも展開される考察を聞きながら、二人の箸が止まっていることに気付く。余計な話せずに、飯を食えと言うと、二人はニカっと笑って、飯を再開させた。


 飯の後は、グレンの店の仕事を少しだけ手伝ってやった。と言っても、掃除が主だがな。グレンの指示を聞きながら、サーラと一緒に床や壁を拭いていき、商品を磨いていく。

 そうしているうちに、時間も進んでいき、そろそろ帰ろうかという時間になってきた。


「お、もうこんな時間か。付き合わせて悪かったな」

「気にすんな。どうせ暇だったからな。さて、ひとまず今日はもう帰るが、また、近いうちにここに来るからな」

「ああ、例の冒険者の話だな。わかった。ついでに、レイヴァンでここに書いてあるものを揃えて欲しいんだが……?」


 グレンは紙切れを一枚取り出して、渡してきた。見ると、今日俺が買ったものだったり、新たに店に並べたい品物が書かれた一覧のようなものだった。

 断る理由も無いので、俺はグレンに、分かったと頷く。


「あ、ムソウさん。それから、こちらもお願いします」

「ん? これは何だ?」

「一応、村の現状などを纏めた、ガーレンさん宛の手紙となっております。冒険者さんたちを連れてくることに際し、何か問題があれば、そちらをガーレンさんにお渡しください」


 サーラが渡してきたものは、要するにガーレンが多くの冒険者をこの村に呼び込むことについて、渋って来た時の為の保険だそうだ。必要ないと言えば、必要ないんだが、まあ、一応、貰っておこう。


「じゃあ、明日ギルドで依頼を受注する時にでも渡しておこう。ちなみに、どんな内容なんだ?」

「秘密です……開けたら、駄目ですよ……?」


 ニヤッと笑い、手紙の内容を確認しようとする俺の手を制するサーラ。その顔を見て、何となく、中身を確認するのはいけないと思い、俺は手を止めた。

 グレンに視線を移すと、その方が良いと言った様子で頷いている。思わぬところで、サーラの一面を垣間見た俺は、黙って手紙を仕舞った。


「ふう……じゃあ、そろそろ帰る。またな、グレン、サーラさん」

「おう! 朗報を待っているぞ!」

「道中、お気をつけて」


 二人に見送られながら、俺はグレンの家を出て、村の外まで進み、周囲に誰も居ないことを確認して、神人化した。

 この時間なら丁度いい時間に帰られそうだと思い、ゆっくりとマルドを目指して飛んでいった。


 ◇◇◇


 その後、マルドに着いた後は、朝は全く居なかった道を行き交う者達に多少驚きつつ、ツバキの家へと帰った。

 すると、店の片づけを始めているタクマと、リンネが居ることに気付く。タクマから商品の入った箱を受け取り、落とさないように慎重に家の中へ入れていくリンネを見て、少しだけ疲れが癒えた気がした。


「よお、今帰ったぜ」

「あ! おししょーさまー!」


 家から出てきたリンネは、ぱあっと駆け出し、俺に飛びついてきた。


「おっと……ただいま、リンネ。いい子にしていたか?」

「うん! リンネね、たっくさん、おてつだいしたよ!」


 俺の腕の中で思いっきり両手を上げるリンネの頭を撫でていると、タクマがやってきた。


「お疲れ様です、ザンキさん。ずいぶんと早いですが、グレンさんという方には会えたのですか?」

「ああ、ばっちりだ。それから、頼まれていたことについても上手くいったぞ」


 俺は、タクマにグレンと話していたことを伝えた。敷布は残念な結果となったが、南京玉に関しては意欲的だという話を聞いたタクマは喜んでいた。


「それは、ありがとうございます」

「また今度、グレンの所には行くからな。その時までに、ここに書いてある分を用意してくれ」


 タクマに、グレンから預かった商品の一覧の中から、タクマの店から欲しいものを見せると、タクマは、喜んでと頷いていた。

ついでに、いずれ、店に行きたいと言っていた旨を伝えると、期待していると笑った。


「さて、と……ツバキはどこだ?」

「今はメリアと買い物に出かけています。二人が帰ってくるまでの間、ザンキさんはお風呂でもどうでしょうか?」

「それは、すまないな。じゃあ、遠慮なく……っと、リンネはどうする?」

「んー……リンネは、おねえちゃんをまってる」

「そうか。なら、最後までお手伝いを頑張るんだぞ」

「うん!」


 ニコリと笑うリンネを地面に下ろし、タクマに預けた後、俺は風呂場へと向かった。

 そして、水を張り、火炎鉱石を入れてしばらく待った。

 その後、湯が沸いたことを確認し、他人の家の一番風呂に浸かった。


「あ~……気持ちいいなあ……♨」


 まだ、外は明るいのだが、こんな時間から入っても悪くないなあと思っている。今日はゆっくりできた分、明日からは、モンクの依頼をこなしていこうと、顔を洗った。

 そして、天井を見上げながら、今日グレンから聞いた話を思い返していた。


 注意すべきは、リエン商会のアマンという男と、ソイツが経営するカジノや、奴隷商、魔物商。その影響力は、ギルドのある街レイヴァンだけでなく、ここ、マルドにまで及んでいる。

 だが、表立った動きは今の所、無い。こちらから手を出さない限り、恐らく大丈夫だ。

 不安なのは、ツバキとリンネの存在。一応、先ほどから、この辺りの気配を探っている限り、少なくとも、この店の近くに怪しい気配を漂わせている者は居ない。

 タクマの様子を見る限りでも、今日一日は何も起きなかったようで、リンネも、俺の言いつけ通り、普通の少女の格好で居るようだ。

 これに関しては、しっかりと続けていこう。そうは言っても、鑑定スキルを使われたら終わりだからな。


 万が一、リンネやツバキが目をつけられ、向こうが強硬手段をとってきた場合……その時は、何も考えずに暴れよう……。

 もう、二人に危害が及ぶくらいなら、何もかも忘れて、この街のみならず、この領全域に広がる違法な手段を取ってまで商いをしている奴らを全員、叩き斬ってやろうと決めた。


 まあ、そういう状況にならないことが一番なんだけどな。これに関しては、改めてツバキとリンネに説明しておこう。

 少なくとも、こちらから手を出す真似はしないということと、動くとすれば、知り合いか、この家に危害が及んだ場合ということにすれば良いだろう。

 わざわざ俺が介入する問題でも無いということにして、ひとまず俺は、ツルギ達とスーラン村で働くことだけを考えておこう。


 さて、これからのある程度の目標を決めた後、風呂から上がった。

 そして、家の中を歩いていると、台所からツバキとメリアの声、居間からタクマとリンネの声が聞こえてきた。

 タクマは、明日はどうするのかとか、今日一日、よく頑張ったねとリンネを褒めたりしている。一日だけで、ずいぶんと慣れたものだなと思いながら、台所に顔を出した。


 いつもと違って、少しだけ地味な服に、ミサキが履いていた、すかあとと呼ばれるものを履いている。どこからどう見ても、普通の人族の女だ。これで、リンネと一緒に歩いたとしても大丈夫そうだなと安心する。


「よお、一番風呂、堪能したぞ」

「あ、ザンキ様。お疲れ様です」

「お疲れ~。お友達には会えた?」

「ああ。商談に関しても、話しをつけといたぞ」

「あら、それは良かったわ。ありがとね~」

「本当にお疲れ様です。すぐにご飯を作りますので、少々お待ちくださいね」

「ああ。楽しみにしてる、ツバキ」

「はい。あ、それとザンキ様?」

「何だ?」

「どう、でしょうか?」


 何が、と思っていると、ツバキはすかあとの裾を上げて、全身を俺に見せてきた。何かを期待しているような顔は、見覚えのあるものだった。


「ああ。似合ってるよ」

「フフッ、ありがとうございます」


 新しい着物を着て、似合っているかどうか聞いてくるのは、どこの世界の女も同じようなものなんだなと、サヤや、ちっこいツバキを思い出して笑った。


 そして、居間へと続く戸を開けると、タクマの話にうんうんと頷いていたリンネがぱっとこちらに顔を向ける。


「あ、おきゃくさまー!」

「……は?」


 リンネから飛び出た言葉に、首を傾げる。すると一瞬、間があって、タクマがクスっと笑い、リンネが慌て出す。


「あ、ちがう! お、おししょーさまー! おかえり~!」


 何か言い繕うような仕草のリンネ。そして、あたふたと俺とタクマの顔を交互に眺め出した。

 タクマは、ふう、と微笑みながらリンネの頭を撫でる。


「今日一日、そればかりでしたからね。頭がこんがらがってしまったようです」

「ああ、なるほど……」


 どうやら、一日中、先ほどのように客を迎えていた所為で、おししょーさまと言うところを、おきゃくさまになってしまったようだ。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、顔に手を当てるリンネ。見ないでーと、言っているかのようだ。

 コイツが恥ずかしがるなんて珍しいな。また、どこか知らない間に成長しているのかも知れないと思いながら、俺はリンネの頭を撫でる。


「そうやって、今日は客を迎えていたのか?」

「……うん」

「良いぞ、リンネ。それだけ可愛かったら、ますます客が入って来るからな。よくやった!」


 俺は更にリンネの頭をくしゃくしゃと撫でた。すると、リンネはスッと顔を上げる。


「リンネ、すごい?」

「ああ。大人はなかなかできないことだからな。大したものだ」

「ほんと!? リンネ、おししょーさまよりすごい!?」

「無論だ。俺にも出来ないからな」

「やったー! おししょーさま、ありがと~!」


 機嫌を直したのか、リンネはニッコリと笑って、俺に抱き着いてきた。もっと褒めてと言わんばかりに、頭を埋めて来たので、更に撫でてやった。

 すると、タクマがクスっと笑って口を開く。


「実際、リンネちゃんのおかげで今日は繁盛しましたよ。それに、久しぶりにツバキの様子も見たいということで、いつもよりもお客さんが増えました。

 なので、普段よりは忙しい一日でしたが、リンネちゃんが楽しそうに、しかもてきぱきと仕事をするものですから、そこまで疲れなかったですね。本当に、大したお子さんです」


 俺の子供じゃねえけどな、と思いながらも、タクマの言葉を聞き、何となく誇らしくなった。

 そういや、屋敷でも、妓楼でもリンネは一生懸命働いては、周りの人間に元気を与える存在となっていたな。

 今日はもう、ゆっくりとさせようと思い、リンネを膝に乗せて、しばらくツバキ達の料理を待つことにした。


 そして、リンネやタクマと遊んでいると、戸が開き、ツバキとメリアが料理を持ってくる。


「お待たせいたしました」

「今日はツバキの好物を作ってみたよ~。ホント、ツバキってば、何でも出来るようになったんだね~」

「フフ……ありがと、お母さん」


 少しばかりにやけながら、ツバキは魚介がふんだんに使われたタスタという麺料理と、汁物を並べていく。

 ああ、そういや、昨日も食べていたな。それに、今日も魚介が盛りだくさんということで、ツバキはどちらかと言えば、海の幸が好きなんだなと感じた。


「海産物が好きなのか……俺と一緒だな」

「あら、そうなのですか? 私はお肉とばかり思っていました」

「リンネもー。おししょーさま、おにくはきらいなの?」

「いや、嫌いってわけじゃない。肉も好きだぞ。だが、どちらかと言われれば、海の幸の方が好きなだけだ。俺の故郷はそもそも海ってものが無かったからな。最初に初めて食ったのは、実を言うとここ最近の話だ」


 大陸の、ほぼ中央に位置していた安備の国には海が無いので、漁が出来ない。魚を食うとしても、必ず干物か、いわゆる川魚などが主だった。

 生の魚を食おうと思えば、大量の氷を何度もつぎ足しながら、玲邦か興那から運ぶか、死なさないように慎重に、いけすごと運ばないといけなく、無論、値段も高い。

 焼き魚に関しては、ナツメに食わされた覚えがあるが、刺身という文化を知ったのは、大陸統一後に、トウヤと色々回った時が初めてで、噂には聞いていたが、最初に食った時は、凄まじい勇気を必要としたものだ。


「貝類に関しては、干物にするのも大変だし、それを戻すのも大変だったからな。それだけ高価なものになってしまい、金よりも高い値で取引なんてざらだったな……」


 この世界には異界の袋があって、本当に良かったと実感する。ここではあまり意味のないことなのかも知れないが、クレナやマシロといった、海の無い領で、新鮮な魚介類を食うことが出来るのは如何に幸せな事かと、皆に説いた。

 ツバキとリンネは、へ~、とキョトンとしたように頷き、タクマとメリアはクスクスと笑っていた。


「ザンキさんくらいの年齢でも、知らないことや未体験のものというものが多いとは……」

「人生、何が起こるのか分からないわね~」

「まあな……ただ、今日の飯も美味いってのは確実だろ? さっさと食おうぜ」


 皆は、ですね、と言って、並べられた料理に手を付け始める。この料理は、フォークを使って、巻き取るように食うみたいだが、俺は上手く使える自信が無いので、今日も箸を使って食べた。こういう食い方も、前の世界では見たことも無いなあと思いながら、飯を食い進めていく。


 そして、飯を食べながら、今日グレンから聞いた話を皆に聞かせた。タクマとメリアも、流石にリエン商会のアマンという男については知っていた。

 ただ、そいつがマルドにまで店を出し、更には違法なカジノや奴隷商などを運営しているという噂は知らなかったようで少々驚いていた。


「ふむ……リエン商会のアマンさんがそんなことを……」

「あくまで、噂だがな。しかし、アンタらが知らないってことは、情報戦略においては、流石一流の商人と言ったところか」

「ええ。でも、それにしても、アマンさんのお店はそこまで危なくないと思っていたけどね」

「ちなみに、普通は何の店をしてるんだ?」

「武具の専門店よ。普段は冒険者を相手にしているみたいだけど……」


 二人によると、アマンがマルドで表立って出している店は、冒険者や騎士を相手にするように、武具や、依頼の際の道具を主に扱っているとのこと。どこにでもあるようなものだが、リエン商会の人間が経営している店らしく、天宝館で作られたものだったり、かなり珍しい素材で作られたものも置いてあるらしく、結構繁盛しているという。

 しかし、そこまで不審な点は見当たらないとのことだった。一応その店が、マルド唯一のリエン商会の店ということになっており、マルド商会やターレン商会の者達から被害を受けているという店でもあるが、店を任されている者はそこまで気に留めていないらしい。


「まあ、でも、アマンさんの目的がこの街の奴隷商や魔物商の総取りを狙っているのなら、武具屋がどうこうなっても、関係ないだろうね」

「そうね。噂込みで考えてみたら、あの武具屋で注意を引いている隙に、裏に手を回しているかもって話にもなるわね」


 こんな街にでも、裏の顔なんてあるんだな。分かりやすく、街の住民には害悪だったクレナの貴族よりも、性質が悪いなあと感じる。

 まあ、これだけ多くの金が動く領だからな。その分、騎士団やギルドも監視に力を入れているし、商会の長もそれぞれ自分の所に所属する商人の事には気を配っているという状態だ。

 その中で、更に利益をと思えば、そういう考えに至る人間も多くなるってわけか。


「はあ……故郷だというのに、気が休まらないというのは……何とも……」

「大変だな、お前も……だが、別にそいつらがどうこうなっても、アンタ達や、他で同じように商売している奴らには関係のないことなんだよな?」


 落ち込むツバキを諫めながら、タクマ達に尋ねると、二人はコクっと頷いた。


「ええ。一応はそうですね」

「正直な所、アンタ達はアンタ達で勝手にやってて、私達は好きにやるからって気持ちだからね」


 きっぱりと言い放つメリア。違法な商売の噂というのは許しがたい問題だが、所詮は赤の他人だ。向こうから何もしてこず、こちらからも何もしないのであれば、今まで通りの生活は送ることが出来るということで、アマンに関しても、特に何も思っていないようだ。

 ただ、何が起きるか分からないので、明日からもツバキとリンネには細心の注意をはらってもらうことにした。


「明日から、俺は依頼をこなすからな。それに、少し野暮用が出来てスーラン村に何度も行くことにもなりそうだし……俺が居ない間、お互いにお互いのことを頼んだぞ」

「かしこまりました。リンネちゃんはお任せください」

「おねえちゃんは、リンネがまもる!」


 顔を見合わせて、ニコリと笑い合う二人に頷き、ツバキの側に立てかけてあった斬鬼に手を伸ばす。


―約束は守れよ―


 心の中で念じると、ニカっと笑って胸を叩くアイツの姿が思い浮かぶ。

 張り切りすぎて、逆に心配になるが、まあ、良いやと思いながら、俺達はその後も、楽しく飯を食い続けていた。


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