第288話―ツバキの親とツバキの飯を食う―
連載再会したばかりで言うのも、申し訳ないですが、最近、ネタが浮かばず、手が止まることが多くなってきました。
今までよりも、少しだけゆっくりの更新になりますが、ご容赦ください。
さて、これ以上この話をしていると、何だかいけない気がするので、話題を変えることにした。
「そういや、これは一応ということなんだが、二人にあることを約束して欲しい」
俺は、タクマ達にあることを頼んだ。
それは、この領でいる間は、俺のことは「ムソウ」ではなく、「ザンキ」と呼んで欲しいことと、ツバキが奉公している先が、ムソウという男とは無縁であると、偽って欲しいという願いだ。
一つ目に関しては、これまで通り、目立ちたくないから。二つ目に関しては、ここに来るまでに出会った、ツバキの知り合いに余計な心配をさせたくないという願いからだった。
皆の口ぶりでは、ツバキがクレナの騒動に巻き込まれた人間であることは知らないようだったし、もちろんツバキが、俺とは無関係という認識で居るみたいだったからな。
聞けば、タクマ達もそこまでは皆に話していないらしい。ただ、とある冒険者の護衛で現在はクレナに居るということしか伝えてはいないという。
現状のままにしておいてくれという願いに、タクマ達は頷いた。
「かしこまりました。まあ、こちらに関しては、ツバキの手紙にも書いてあったので、これからも守っていこうと思っておりますのでご安心ください」
「アナタが、クレナの騒動をまとめた冒険者のムソウって人だって知ったら、ここの商会やリエン商会あたりから、私達も目をつけられそうだしね」
「ああ、やっぱりか。そういや、ツバキも心配していたが、この街にもリエン商会が手を伸ばしてきていると聞いたが、アンタらは違うのか?」
「ええ。うちは、商会にお世話になるほどの店ではありませんからね」
ふむ……一つの心配事は杞憂に終わったな。
一応、マルドにも、この街に古くからあるマルド商会と、それに対抗する形で作られたターレン商会というものがあるらしく、二つの商会の間で、競うように客の取り合いをしているという。
ただ、近年になって、マルド商会が相手をするのは、モンク領の住民、ターレン商会が相手をするのは、モンク領以外からここを訪れた冒険者や観光客、更には貴族たちだという枠組みが出来て、二つの商会でこの街の経済を安定させているという。
だが、最近になって、そこにリエン商会が勢力を伸ばしてきて、二つの商会に与するこの街に元からいた商人と、リエン商会に与する商人との間でいざこざが見られるようになってきたという。
「アンタらも大変そうだな」
「ええ。ですからうちは、どちらの商会にも与さない、いわば、中立の立場をとっております。二つの商会から受けられる恩恵を考えると惜しい気もしますが、どことも波風を立てないということが一番ですからね」
「ちなみにだけど、うちと同じ考えの人たちも多いわよ。商会には商会のやり方があるように、私たち一人ひとりにも違うやり方があるからね。流石に、他人の商売のやり方に、口出ししないから、今の状況でも充分だわ」
まあ、結果的にそう考える人間は多そうだ。仲間と集まって安定的に大きな利益を生むよりも、小さな利益でも良いから、自由にやっていた方が、気持ち的にも楽だからな。
タクマ達はそっちの部類の人間のようだな。リエン商会の看板を立てた店がこの街にあるという噂だったが、ひとまず、ここでは無くて安心だ。
「ああ、良かった。ツバキも心配していたからな」
「ハハハッ! 娘に心配されるとは、私もまだまだですね。しかし、ツバキが心配しているようなことにはなっておりませんよ」
「どういうことだ?」
「別に、リエン商会が入ったからと言っても、商会のお偉いさん方はそこまで気にしていないみたいね。看板がどーのとか、マルドの商人として情けないとか言ってるのは、商会に入っている、お店の人たちだけ。それも、よそから来た人たちが言ってるだけだから」
なんでも、マルド商会も、ターレン商会も、ギルドや領主が居るレイヴァンを取り仕切るリエン商会がこの街に入ってくることに関しては、新たな販路も拡大できるというわけで結構乗り気らしく、この三商会でモンク全域を取り仕切ろうと協定を結ぶことに意欲的らしい。
だが、それに意を唱えているのが、マルドの商人で、それも、今日通ってきた大通りの者達が主だという。タクマ達曰く、大通りに店を構えているのは、元はレイヴァンや他の街で商いをしていた商人だったらしいのだが、そこへリエン商会が台頭し始め、商品の値を統一したことに反発した者達だという。
一応、マルド商会やターレン商会に関しては、その辺りの規制は緩く、どの商店も各々が定めた売値で商いをしているらしい。
せっかく自分たちの好きに商いをしているところに再びリエン商会が介入してきて、またしても、規制のかかった商売をすることになると思い、商人たちは、三商会の意向に反発しているという。
その所為で、一部の商人が、リエン商会の看板を下げた店に対し、悪評を広めたり、商品を卸さなかったりするなどした嫌がらせのようなものがここの所、マルドのあちこちで発生しているという。
「その人たちは、自分達がマルドを支えてきたとか、今更他の商会に与する必要は無いとか言って、他のお店に嫌がらせしているけど、元々、この街を支えてきたのは、タクマや、マーシュさん達だからね。納得なんかできるはずもないわ。
ただ、リエン商会以外の商会に入っても、今度はその人たちが先輩風を吹かせて、市へ商品を出したり、祭事とかでお店を出したりするのにも、いちいち許可とか、お金を払わないといけないからね。だから、私達はどこにも与さず、今まで通り皆で商売をやってるってわけ」
「なるほどな。ただ、それだと儲けがどうのとか、そういう奴らが言ってきたりしないのか?」
「その辺りは大丈夫ですね。僕らの稼ぎは、あの人たちに比べれば雀の涙のようなものですから」
つまり、問題を起こしている者達からすれば、タクマ達のことなどどうでも良い存在ということらしい。
一応、何不自由ない生活も出来ているし、ここで知ったのだが、ツバキからの仕送りもあるそうなので、その辺りは問題ないという。
問題を起こしている奴らが相手にするのは、むしろ、自分達が入っている商会のお偉いさん方で定期的に集会のようなものを行っては、その者達に自分たちの意見を通そうと躍起になっているという。
何ともきな臭いというか、危ない感じだなとは思うが、タクマ達はどういう結果になっても、少なくともこれまで通りの生活は出来るとの事なので特には心配していなかった。
「ふむ。そういうことならば問題は無いか……」
「はい。ただ、ムソウさんに関しては気を付けてくださいね。商人の皆さんがムソウさんに近づき、三商会への牽制としたいと考える可能性もありますし、その逆もありますから」
「ああ、それは分かっていることだ。だから、アンタらも気を付けろよ。身内に俺との強いつながりを持つ人間が居ると分かれば、アンタらにも迷惑がかかるかも知れないからな」
「ええ。そうさせていただきます、ザンキさん」
「まあ、私としては、娘とはもっと深い関係を築いてほしいものだけどね~」
ニコリと笑うメリア。話を元に戻す気かと頭を抱える。
ひとまず、俺のことと、商会についての問題はこれで大丈夫だろうな。問題を起こしているのも、僅かな者達だし、起こしていることも、ごく小さなものなので俺が気にするまでも無いだろう。
さて、他に何か話すことは無いかと思っていると、そう言えば、と再びメリアが口を開く。
「ねえ、ザンキさん。ツバキが着ている着物や、簪はザンキさんから頂いたものって聞いたけど、本当なの?」
「何だ? また、そういう話に持っていくなら、答えねえぞ」
「ごめんごめん。もうしないから、真面目に答えてくれる?」
「はあ……そうだ。確かに俺が渡したものだが、マズかったか?」
「あ、そういうわけじゃないの。ただね……」
メリアは、少し心配そうな顔をして、ツバキが居る台所の方に目を移し、再び俺の方に向いた。
「流石に大丈夫だと思うけど、この街に居る間は、あの着物を着ることは控えさせてもらっても良いかしら?」
「ん? 何故だ?」
「ザンキさんも知っているかも知れませんが、この街にも人攫いは居ますので……」
あ、そうだった。商会の件よりも厄介そうな問題事が、この領にもあったんだった。というか、今日も襲われかけたからな。二人の提案にはすぐさま頷いた。
「それは、こちらも問題は無い。一番大切なのはツバキと、リンネの身だからな」
「ありがとうございます。ただ、簪と刀については大丈夫ですよ」
一応、あの綺麗な着物は除くとしても、刀は何の変哲もない見た目なので問題ないという。更に簪も、綺麗なものではあるが、見た目に関してはそこまで高価そうなものでは無いから、着けていても問題は無いという。
安心はするが、何となくムッとするな。結構な値段がしたのに……。
更には騎士団の証もあるので、万が一ということは起きにくくなっており、起きたとしても、十二分に対処できる状態なので、それで良いと、タクマ達に頷いた。
「ただ、最近は裏を通じて腕利きの冒険者を雇ったりしている奴隷商や魔物商も居るから、警戒はしておいた方が良いかも」
これは、夕方ツバキの知り合いたちに俺が勘違いされた時から気になっていたな。メリアによると、カジノで負った、借金の返済や、空になった懐を少しでも埋めることを目的とした冒険者を対象に、ギルドを通さずして、個人で冒険者達を招き、用心棒として雇ったり、密航や人攫いの際の護衛などに利用する奴隷商や魔物商も居るという。
「分かった。一応後で本人たちにも伝えておく。だが、先ほども言ったが、ツバキもリンネも強いからな。多分、大丈夫だろう」
まあ、俺としてはそこまで二人の心配はしていない。昼間も二人で切り抜けたようだし、何よりツバキもリンネも、そこらの冒険者よりは確実に強いからな。逆に襲う方を心配するくらいだ。
ただ、万が一ということもあるので、俺も一応の警戒はしておこう。グレンに会ったら、すぐにここに戻ってくるようにしよう。
タクマ達も、俺の言葉を聞いて少しばかり安心したのか、穏やかな表情をして、台所を見つめた。
「ふむ……子供の成長というのは、驚きの連続ですね……」
「ええ。本当に、立派になったものだわ。ザンキさんのおかげね」
「俺は何もしてねえよ。ツバキとリンネがああなったのは、二人が自分で望んだことの結果だからな。それだけ――」
綺麗になった、と言いそうになったのをぐっと押し殺した。また、何を言われるか分からないからな。
だが、少々遅かったらしく、タクマ達は再びニヤニヤとした顔で俺を眺めてくる。
本当に、闘鬼神や本人に揶揄われるよりも、この二人に揶揄われる方が、一番対応に困って面倒だなと思い、すぐに顔を逸らして茶をすすっていた。
すると、ガラガラと台所へと続く戸が開き、大きな鉄皿のようなものを持ったツバキと、獣人化し、手には飾り料理が乗った大きな皿を持ち、尾にはその他のおかずや、器を器用に載せているリンネが立っていた。
「お待たせいたしました」
「できたよ~!」
飯が出来たらしい。ああ、と頷く俺や、どんな料理を二人が作ったのかと興味津々のタクマ達の前に、ツバキとリンネは料理を置いていく。
ツバキが置いたのは、炒めた米の上に、海老のようなものや、貝、イカなどの魚介をふんだんに乗せた料理だった。何かの香草を使っているのか、食欲をそそる何とも良い匂いが部屋に充満する。
そして、ツバキの料理に驚いた様子のタクマ達は、リンネが手にした料理に更に目を見張る。魚の刺身が皿の上で円状に並べられており、その中心に、氷で出来た彫像が立っている。
大きなしっぽを躍らせながら、獲物へと飛びかかるように前足を上げ、口を大きく開いている狼のようなもの。
これは……トウガか? なんでアイツなんだろう。というか、よくもまあ、この短時間でこれほどのものを作ったな。
俺も思わず呆気にとられていると、皿を並び終えたリンネが、キラキラとした目で俺を覗き込んできた。どこか、うずうずとしている顔である。
「あ……なるほど。よくやったな、リンネ……」
「えへへ……」
俺がリンネの頭を撫でながら褒めていると、タクマ達は身を乗り出す。
「え……こちらはリンネちゃんが作ったのですか!?」
「うん! リンネ、がんばった!」
「凄いわ~! リンネちゃん!」
タクマ達もリンネの頭を撫でて褒め出した。二人にもみくちゃにされながらも、リンネは大層喜んでいる。
すると、ツバキがムスッとした表情でタクマ達を眺め出した。
「むぅ……私の料理には何も無いの?」
リンネばかり褒められていて、少しばかりやきもちを妬いたらしい。普段は見せないようなツバキの行動に面白くなっていると、タクマ達は、ああ、と言ってツバキの方に向き直った。
「あ、そうだった。ツバキ、本当に料理が出来るようになったんだね。しかも、これだけのものを……父さんは嬉しいよ」
そう言って、タクマはツバキの頭を撫でる。ハッとした様子のツバキに、メリアは抱き着いた。
「本当よ~! 偉いわ、ツバキ!」
「ちょ、ちょっと、お母さん! 苦しいって!」
「すっかり大人になっちゃって~! たくさん褒めてあげるからね!」
そのまま、頭をくしゃくしゃと撫で始めるメリア。助けを求めるようにこちらに視線を投げるツバキだったが、これが本当の親子らしい光景だなと思いながら、俺は席に着き、タクマとリンネと共に、しばらくその光景を眺めていた。
やがてメリアが、楽しんだ、と言ってツバキを解放し、疲れ切った様子のツバキが俺の横に座った。長くため息をつき、俺に顔を向けてくる。
「もう……助けてくださっても良かったのでは?」
「いや……話を聞いたら、お前、結構な間、ここを開けていたらしいじゃねえか。今のうちにしっかりと甘えさせてもらっとけ」
「あ……そう言えば、何を話されていたのですか?」
「ん゛!? そ、それはだな……」
急にどもった俺に、不思議そうな顔をするツバキ。
何と言えば良いのだろうかと思っていると、メリアの方からクスっという声が聞こえてきた。頼むから変なことを言うなよと、目線で訴えると、メリアはニコリと笑い、口を開く。
「大した話じゃないわ。この街の商会の話だったり、ここに居る間の話だったり色々よ。さっきも言ったけど、ツバキ、明日からは、その着物は着ないでね。リンネちゃんも居るし、人攫いに目をつけられたら大変だから」
「それから、リエン商会のことだけど、ここは昔通り、どこの商会にも入らないでやっているから安心して。私も、マーシュさんも、ビスケさん達も、前と同じやり方でここを切り盛りしていくって決めているからね」
よし……まともな内容の方だ。心の中で、二人にめちゃくちゃ感謝する。
ツバキは、はあ、と二人に頷いた。
「それは、良かったけど……ザンキ様は、どうされたのですか?」
「ツバキには秘密だよ」
「ええ、内緒よ。ね? ザンキさん」
「お、おう……内緒だ」
にこやかな顔をするタクマ達に、すぐさま頷く。これで、良かったと安心していると、ツバキは少しだけ、ムスッとした顔になり、顔をグイっと近づけてくる。
「ムソウ様? あまり、隠し事はなさらない方がよろしいと、シンキ様たちの一件で分かったのでは?」
「いや……あいつらと一緒にするなって。そんな、大ごとではないからな」
「では、話してくださっても、よろしいのでは?」
「それとこれとでは別だ。それより飯を食おう。いい匂いがするから、お腹空いてきたらからな!」
俺はいそいそと器にツバキが作った料理と、リンネが切り分けた刺身を乗せていく。タクマ達にも勧めると、二人は更に微笑みながら頷き、料理を皿に乗せていった。
未だにムスッとした表情のツバキと、キョトンとした顔でツバキの顔を覗き込むリンネ。
そんなリンネの頭を撫でながら、ツバキはため息をついた。
「……意地悪ですね」
「う゛ぅ……勘弁してくれ……」
「はあ……必ず、いずれ話していただきますからね」
そう言って、ツバキは自分とリンネの皿に料理をよそっていった。
この責任は必ずとれよ、とタクマと、特にメリアに目配せすると、二人は、
「「ご自由に」」
と、揃って笑顔で返してきた。くそう……似た者夫婦、というか、家族全員そっくりだな。何となく苦手だという部分が特に似ている。
モンクに居る間は何となく疲れそうだなと、頭を抱えた。
何はともあれ、ツバキの家族との晩餐が始まる。ツバキの作った料理は、モンクの郷土料理のようなものらしく、ツバキの好物だという。
家に居た時は、メリアがよく作っていたが、レインやマシロで過ごしている時は、ほとんど食べていなかったらしく、自分の力で初めて作った時は、この家を思い出しながら、半分涙目で食していたという。
「あら~……でも、本当に頑張ったようね。母さんのものより美味しいじゃない」
「ああ。こんなことなら、今までツバキが帰って来た時は、お前に頼めば良かったなあ」
「それは、母さんの料理は美味しくないって聞こえるけど……?」
「そうなの? あなた……?」
「い、いや……」
少しばかり顔色を青くしながら苦笑いするタクマ。家で出てくる料理というものは不満があっても美味しいと言うものだと、俺は知っている。余計なことを言ったなあと思いながら、俺もツバキの料理に手をつけた。
魚介が多くのっているが、香草などのおかげで生臭さや磯臭さなどは無いが、素材本来の味が、強烈に舌に伝わって、何とも美味しいものだった。
「やっぱり、お前の料理は美味いな。今度、屋敷でも作ってくれよ」
「ええ。また、たまちゃんやアザミさんに調理法をお伝えしておきますね」
「俺は、お前が作ったものが食いたいんだが?」
「フフッ。ありがとうございます」
嬉しそうな顔をするツバキ。よし、先ほどの件は忘れたようだと思いながら、続いてリンネの料理に手を付ける。
と言っても、こちらは刺身だから、無論美味いものだが、やはり、皿の真ん中にある氷の彫像が気になる。
「なんでまた、トウガにしたんだよ?」
「え~……かっこいいとおもって……」
「私は、リンネちゃんのお母さまの方が美しいと思いますよ? ほら、お部屋にある、切り絵の……」
「う~ん……かかさまをつくるのってむずかしいの。でも、おねえちゃんがよろこぶなら、リンネ、がんばる!」
「期待しております」
「俺も、期待しているからな、リンネ」
ツバキの料理を頬張りながら、強く頷くリンネ。尻尾が多いから、確かに難しいと思うが、俺達を喜ばせるために頑張るというのなら、それほど嬉しいことは無い。これは、楽しみにしておこう。
「ホント、リンネちゃんは可愛いわね~。でも、小さい頃のツバキも可愛かったわよ~」
リンネを撫でながらメリアが放った言葉に、タクマは、ああ、と何か、思い当たったように頷き、ツバキはキョトンとしていた。
「え……何のこと?」
「あれのことだろ? メリア」
タクマは、俺達の後ろの方を指さす。見ると、壁に、貝殻などで出来た首飾りがかけられていた。
何だろうなと思っていると、ツバキは頭を抱えて項垂れる。
「はあ……まだ、残していたの?」
「もちろんよ。あれは私の宝物だからね。というか、ツバキがそう言ったんだから大切にしないと」
そう言って、メリアはケラケラと笑い、ツバキは更に頬を膨らませた。
聞けば、その首飾りはツバキが幼い頃に、メリアの為にと作ったものらしい。元々、マルドでは貝殻や珊瑚、更には魔物の骨や木でできた穴の開いた玉などで首飾りや腕輪などを作ったり、衣装などに使われることが盛んで、子供たちにとっても、一つの遊びとして流行しているそうだ。
ツバキは、一年かけて集めた貝殻と、お小遣いを貯めて購入した材料を使い、あの髪飾りを作ったという。
そして、メリアの誕生日に、
「おかあさんの、たからものにしてね!」
と言って、渡してきて、メリアは感極まって号泣したそうだ。
ああ、誕生日に子供から、そういうのを貰ったら嬉しいよな……。
「へえ……なかなかな孝行娘じゃねえか」
「おねえちゃん、えら~い!」
すっと椅子の上で立ち上がり、ツバキの頭を撫でるリンネ。
一瞬、目を見開いたツバキは、何もかも諦めたように、クスっと微笑み、リンネに頭を下げる。
「こういうのも……悪くはないですね……」
でしょ? という顔でツバキを覗き込むリンネ。その頭を撫でるツバキ。ひとしきり、二人で笑い合うと、ツバキはタクマ達の方を向いた。
「まあ……私も覚えているよ。お母さんのあの時の嬉しそうな顔。それから、あんなに褒めて貰えたのは、後にも先にもあれが最後だったよね」
「ええ。あの後すぐに、あなたは武王會館に行ったからね。あなたを褒める時間も無くなったわ」
少しだけ、寂しそうな表情になるメリア。先ほど、ツバキに対して料理を褒めたあの態度は、ほとんど本音だったんだな。
考えてみたら、幼い時に武王會館へ行き、そのまま騎士団入隊で、今に至る……か。これだけの長い間、子供が家に居ないというのは、親としては寂しいし、辛いよな。
……もっと考えると、ツバキがこの家を出たのは、メリアが今のツバキくらいの年頃だよな。何とも凄い話である。
それはさておき、子供を褒めたり、叱ったりすることが出来ないというのは、本当に辛いことだと、俺も分かっている。明るく振舞うタクマとメリアだが、今まで苦労してきたんだろうな。
メリアの言葉を聞き、ツバキも少々表情を暗くしている。やはり、どこか申し訳ないという気持ちはあるようだな。
「なあ、ツバキ……」
俺は、あることを思いつき、ツバキに視線を移した。
「はい、何でしょうか?」
「やはり、グレンには俺一人で会いに行く。明日は、お前はここに残って親孝行をしてやれ。
そして、しばらくここに滞在することにしよう」
俺の提案に、ツバキとタクマ達は目を見開く。
このまま、明日もツバキと一緒にここを出て、グレンに会いに行き、そのままクレナに帰るというのは、少々気が引ける。一日と言わず、何日かここに滞在した方が良いと思った。
ジゲン達には、申し訳ないが分かってくれると思っている。一応、ギルドを通じて、伝えてもらうとしよう。
「まあ……なんだ。俺も、子供が居ない寂しさというのは分かるつもりだからな。同じ寂しさを持つ者として、この状況は看過できない。
明日からは少し別行動を取るとしよう」
「ですが……」
「心配すんな。俺は大丈夫だし、リンネもツバキと一緒に居てもらうからな。二人でお互いを護り合って、お前はしっかりとタクマ達に甘えていてくれ」
過ぎた年月は取り戻せないが、取り返すことは出来ると思っている。これから数日の間は、ツバキには、帰る場所があるということと、まだ、自分を愛する家族というものが居るということを感じて欲しい。
そして、既に実の親が居ないリンネにも、種族というものは違うが、実の親子というものがどういうものなのかということを知って欲しいと思っている。
リンネは俺の提案にコクっと頷き、ツバキの手を握った。
ツバキはそんなリンネの顔を見つめ、優しく微笑むタクマ達の顔を見つめ、最後に俺に視線を移してきた。
そして、リンネと同じ様に、コクっと頷く。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ああ。一応、今回はお前の気が済むまでここに居て構わない。俺は、グレンの様子を確認した後は、モンク領の依頼をこなしていくつもりだ。リンネ、俺が留守の間、ツバキと、この家を頼んだぞ」
「うん! おねえちゃんも、おねえちゃんのおやさまも、リンネがまもる!」
やる気を見せながら尻尾を振るリンネの頭を、俺とツバキは撫でた。
すると、タクマが酒瓶を俺に向けて、笑顔を見せてくる。
「ありがとうございます。ザンキさん」
「しばらく、ツバキは返してもらうからね」
「ああ。アンタらもしっかりと楽しむが良い」
俺は二人に笑い、酒を注いでもらって皆で乾杯した。メリアは、明日からしばらく、楽をすることが出来る、などと言いながら、ツバキの頭を撫で始めた。顔を赤らめ、プイっとあさっての方向に顔をそむけるツバキを見ながら、俺達は更に笑っていた。
◇◇◇
その後、飯を食い終えたツバキとリンネ、それにメリアが後片付けをして、三人で風呂場へ行き、俺とタクマは、魚の干物を食べながら、一緒に酒を呑んでいた。
「いやあ、ツバキの事、本当にありがとうございます、ザンキさん」
「気にすんな。ところで、俺は明日の朝、ここを出るつもりなんだが、スーランってところにはどれくらいかかるんだ?」
「そうですね……歩いていけば、昼過ぎには着くと思いますよ」
ということは、飛んでいけば、あっという間に着くってわけだな。となれば、一日中スーランで過ごすという手もあるわけか。
「分かった。じゃあ、俺の帰りは遅くなるかも知れない」
「かしこまりました。ちなみに、何という方とお会いするのでしたっけ?」
「ああ、商人のグレンって男だが、知ってるか?」
一応、タクマ達もギルドに登録しているわけではないが商人だから、何か知っているかと思い、聞いてみた。
しかし、タクマは関りが無かったからか、知らないとのことらしい。まあ、アイツも商人とはいえ、まだ駆け出しと言っていたからな。関わるとすれば、これからかと納得する。
「ちなみに、グレンさんはどのような品を扱っているのでしょうか?」
「ああ、それは聞いていなかったな……って、何かあるのか?」
「いえ……何か、協力できることがあれば、お手伝いできるかと思いましてね」
なるほどな。そういうことなら、明日あたりにグレンに直接聞いてみよう。
「しかし、ここは主に何を売っているところなんだ? ツバキは雑貨屋と聞いたが……」
「ええ、まさしくその通りですよ。日々の生活で使う日用品から、工芸用のビーズなどが主力商品です」
ビーズというのがよく分からないので聞いてみると、先ほどのツバキの首飾り等に使っていた、南京玉のようなものらしい。
タクマ達は主に、マルドに住む主婦や子供たち向けの商品を取り扱っており、また、自分達も工芸品を作っては販売しているのだという。
なので、他の領に行くことが多いとされるグレンなどに、自分達の商品を扱ってもらい、他の領に売り出すということが出来れば嬉しいと語っていた。
逆に、自分の店に遠方から注文があった際は、グレン指名で運搬を頼むようにするという条件を付けて、その旨を伝えて欲しいというタクマに、頷いた。
「分かった。一応その辺りも全てグレンに聞いてみるが、期待はせずに待っていてくれ」
「いえいえ、良い報告を期待しておきます」
「流石商人だな。悪い報告をしてしまったら、俺はどんな目に遭うんだ?」
「もし、そうなれば……私から、望むことはたった一つです」
タクマは、意地悪そうな顔を浮かべて、俺の目をまっすぐと見てきた。
「……ツバキを一生幸せにしてください」
「その……どう答えて良いのか分からなくなることは言わないでくれ……」
頭をポリポリと掻いていると、クスっと笑い、俺に酒を勧めてくるタクマ。
やはり、ここの親子は似ているなあと思いながら、俺はタクマからの酒を黙って呑んでいた。
ケリスとの闘いの際にも思ったのですが、ツバキの親に対しての口調はどうしたものかと悩みましたが、家族に敬語は、年頃の女の子らしくない気がしたので、ため口となっております。
……え? カンナ? あの子は特別です。




