第287話―ツバキの両親と会う―
しばらくすると、取りあえず落ち着いてというツバキの言葉に、長いため息をつくツバキの母親。
その後、居間へと向かい、しばらく落ち着いていると、タクマが俺達に茶と、リンネに茶菓子を持ってきた。
「ありがとう」
「いえいえ、大したもてなしも出来ず、申し訳ありません。ほら、メリアも、お客さんも居るんだし、いつまでもムスッとしないで」
「……はあ。あなたが言うのなら仕方ないわね」
ツバキの母、メリアはため息をつき、ツバキから俺とリンネの方に向き直った。
「え~っと……冒険者のムソウさんと、ムソウさんの従魔のリンネちゃんでよろしかったかしら?」
「ああ」
「そ~だよ!」
「まあ……魔物とは思えないくらい可愛いわね」
クスっと微笑み、リンネの頭を撫でるメリア。リンネは嬉しそうに、えへへと笑っていた。
タクマとメリアは、俺達のことをすでに、ツバキが定期的に出していた手紙で知っている。無論、マシロを離れて、俺と共にクレナに住むことになった経緯も知っているので、改めて説明する必要は無い。
ただ、ここの所ツバキが、というより、俺達が忙しかったので、手紙が途絶えてしまい、二人はツバキの身を心配していたようだった。
「そうか……それは、すまなかったな」
「いえいえ、こうしてツバキの無事な姿も見ることが出来て安心したわ。
ただ、帰るのなら帰ると……」
メリアは、再びツバキをジトっとした目で見つめた。少し顔色を悪くするツバキは、困ったような視線を俺に投げかける。
「あはは……しかし、僕も驚きましたね。ツバキだけならまだしも、ムソウさんまで……何かあったのですか?」
「ああ、実はな……」
俺はここに来た理由を二人に説明した。
モンクに住んでいるという友人、グレンという男を尋ねてきたこと、そのついでに、少し、里帰りをしたいと言っていたツバキを同行させたことなどを話していく。
ツバキが俺の用事に無理やりついて来たということにならないように、一応、ツバキは俺の護衛であり、俺も護衛として以上に、仲間であるツバキのことを信頼していることと、屋敷では世話になりっぱなしだということを伝えて、タクマ達には納得してもらった。
クレナの騒動については、余計な心配をかけたくは無かったが、どうやらこの二人も、俺が騒動を解決させた人間ということは噂で知ったということだったので、全てを話した。と言っても、この世界の真実や、エンヤ達のことについては話さない。
そして、クレナの復旧についてまで話し終えたところで、タクマとメリアはなるほどと頷いた。
「そうですか……ムソウさんも大変だったようですね」
「まあな。だが、さっきも言ったが、ツバキとリンネ含め、皆が居たから何とかなった。本当に、コイツ等にはいつも感謝しているよ」
「それは、良かったわ。手紙を見る限り、ムソウさんは凄い方のようだからね。ツバキが迷惑をかけていないか、私は心配で、心配で……」
メリアは、胸を撫で下ろし、安堵したようにため息をつき、今度は優し気な目で、ツバキを見つめた。
「……でも、元気そうで良かったわ。お母さん、あなたの顔を見たら、嬉しくて、つい……ね」
「うん、分かってる。母さんが照屋さんなこと、私、知ってるから」
「まったく……帰るって言ってくれていたなら、ご馳走を用意したのに……」
「あ、だから、それは大丈夫よ。材料は買って来たから、これから急いで作るから」
ツバキはスッと立ち上がり、俺の異界の袋を持って、台所へと向かおうとした。
すると、タクマとメリアの目が見開かれる。
「ん? ツバキ、料理を作れるようになったのかい?」
「え? もちろんよ、父さん。ずっと一人暮らしの私がどうやってご飯食べていたと思っているの?」
「ちゃんと、食べられるものでしょうね?」
「何を言ってるの、母さん。当たり前じゃない……」
二人の様子に、呆れたようにため息をつくツバキ。二人は更に困惑した表情を浮かべる。
すると、茶と菓子を平らげたリンネが、ぴょこっと飛び出し、ツバキの元へと向かった。
「あ、おねえちゃん! リンネもおてつだいするー!」
「え……!」
「な……!」
ありがとうございますと、頭を下げながら、リンネと共に台所に向かうツバキの後姿を見ながら、タクマとメリアは更に困惑した表情になっていった。
「どうしたんだ?」
「いえ……あの子が料理を作るという姿を、あまり見たことが無いものでして……」
「そこに、リンネちゃんもって……」
リンネはさておき、これは意外だなと感じた。なんで、俺でも食ったことがあるツバキの料理を二人が食ったことが無いのだろうかと不思議に思う。
わけを聞くと、ツバキは、七歳の頃にリュウガンと共に、王都へ旅行に行った際に目にした、サネマサの演武に感動し、そのまま武王會館へ入門。そこから、およそ八年もの間は、王都にある寮で生活していたらしく、家に帰ってくるのは、半年に一回くらいだったそうだ。帰ってきたときには、メリアが腕を振るって料理を作っていたらしい。
そして、武王會館を出た後はそのまま士官学校入学、騎士団入隊と続き、ツバキが実家で料理を作る機会というのは殆ど無かったという。
それならば、仕方ないかと思い、一応ツバキの料理は美味いということと、リンネも、手伝いくらいは出来ると伝えると、二人はぽかんとしていたが、徐々に落ち着いていき、フッと笑みを浮かべた。
「子供というのは本当に……私達の知らない間に成長するんだねえ」
「まあ……そういうことだな……」
メリアの言葉に、可笑しな気持ちになった。
俺も、常々リンネの成長には驚いているが、ここ最近で、そういう話と言えば、カンナがいつの間にか、この世界に来ていて、最終的に人界王になったことだ。
知らない間に、結婚までして、子供まで作って……ホント、どこの世界でも、子供というのは、親という常に驚かせる存在なんだなと実感した。
台所から何かを炒める音と、野菜を切る音が聞こえてくる中、タクマとメリアは、俺の方をまっすぐと見てきた。
「あの……ムソウさん」
「ん? どうした?」
「先ほどは、ああ言っていましたが、本当の所はどうなのですか? ツバキは、ムソウさんのお役に立っているでしょうか?」
二人は、どこか心配するような、祈るような表情をしている。
俺は、茶をすすりながら、二人に笑った。
「ああ、もちろんだ。ツバキは、本当に、俺の為、そして、屋敷に居る皆の為に居てくれている。
屋敷には闘う力を持たない者も多いからな。俺が不在の時などは、しっかりと皆のことを護ってくれている。ツバキは本当に、強い騎士だと思っている」
ツバキは、はっきりと、俺のことを護ると言ってくれた数少ない人間の一人だからな。
そして、それが出来るくらいの力も備わっている。
出会った当初に比べると、ずいぶん成長したなあと感じている。こういう言い方はあまりしたくないが、少なくとも俺の役には立っている。タクマの心配は杞憂なものだなと感じた。
「でも……あの子もまだまだ若い……というか、幼いでしょ? 色々と足りない部分もあるんじゃないかって……」
メリアの思いの方が、むしろ親らしいなと感じる。大人びてはいるが、ツバキは子供だ。そんな人間が、親元を離れて、自分の意志で生きていくということが若干心配らしい。
しかし、それについても、問題は全くないと思っている。
「無論、そういう面も持っている。だが、そこは俺達で補っているから心配するな。
だが、反対に俺達の足りないところもツバキは補ってくれている。
……ああいう性格だからな……」
台所の方に耳を傾けると、ツバキとリンネが楽しそうに飯を作っている様子が聞こえてくる。
「おねえちゃん、できたよ!」
「フフッ、上手ですね。たまちゃんから教わったのですか?」
「うん! もうちょっとで、めんきょかいでんっていってた!」
「それは素晴らしいですね……ですが、つまみ食いはいけませんよ」
「えへへ……ごめんなさ~い」
「まあ、よろしいでしょう。ムソウ様達には内緒にしておきますね」
「は~い!」
……しっかりと、聞こえているぞ、二人とも。だが、本当の親子や姉妹のようなやり取りで、何となくほっこりとした。
タクマとメリアも、最初は不安げに二人の様子を伺っていたが、次第に表情を柔らかくさせていき、クスっと微笑でいた。
「な? 多分、アンタらも知っているだろうが、ツバキは俺の家でも、ああやって誰に対しても優しい性格だ。ツバキが皆の為になってくれているように、俺達もツバキの為に出来ることをやっている。
最近じゃ、クレナの“刀鬼”が、アイツに刀の稽古をつけているくらいだからな」
さらに言えば、ツバキの強さは、何があっても、自分の思いは曲げないという、意志の強さだと思っている。
強くなりたいという思い、皆を護っていくという覚悟の強さは、誰にも負けていない。その意志に触れ、俺やジゲン、それに、あのエンヤやちっこいツバキでさえも、ツバキの力になりたいと感じている。
強靭な心という面では、俺をも遥かに凌いでいると思っている。
「だから、そんなに心配しなくても良い。ツバキはもう、立派にこの世界を生きていく力を持っている……と、俺は感じているが……?」
とは言いつつ、やはり、ツバキのことに関しては、この二人が決めるのが一番だと思っている。一応のツバキの評価を話し終え茶をすすっていると、二人は顔を見合わせて頷き合った。
「……お恥ずかしいです。親である私たち以上に、ツバキのことをよく理解されているようですね……」
「子供ってのはそんなもんだろ? むしろ、親こそ一番気付かないのかも知れない」
「確かに……流石、あの子と長く一緒に居るだけのことはあるわね」
「それで、どうだ? 少しは気が楽になったか?」
二人にそう聞くと、タクマ達は頷いた。
「ええ。あの子が私達の知っている頃よりも、強く、たくましく生きているということは分かりました」
「そのうえで、ムソウさんや、リンネちゃん、それに、クレナの“刀鬼”様までがあの子の側にいらっしゃると言うのなら、安心ね。今後も、あの子を任せることが出来るわ」
どうやら、二人の心配事というものはなくなったようだ。
実は内心、俺のことが信用できず、ツバキを返してくれと言われたらどうしたものかと、悩んでいた。
だが、タクマ達も、ツバキの知らなかった一面を知り、周囲に俺達が居ることで、これからもツバキが安全に強く生きていくということを信じ、今後も俺に任せてくれたようだった。
「そうか……では、引き続き、ツバキのことは任せてもらおう。ただ、やはり、アンタらのことはあるし、特にメリアさんが心配だから、定期的には帰られるようにしておくよ」
「あら、私のことまで気遣ってくださるなんて、ありがたいわ~」
「流石、ムソウさん。やはり私も年上の方を見習わなければいけませんね」
そんなことを言いながら、タクマは茶をすする。
ひとまず、ツバキの今後は決まったということで、俺はこの際に気になっていたことを聞いてみることにした。
「そう言えば、アンタら、歳は幾つなんだ?」
「あ、言ってませんでしたね。私は、今年で三十五になります」
「普段は教えないけど、ムソウさんには娘がお世話になっているから、特別ね。私は、今年で三十一よ」
「……は!?」
二人の年齢に、茶を吹き出しそうになった。タクマについてでは無くて、メリアの方だ。
タクマは、見た目通りと言うか、まあ、そのくらいだろうなという感じなので、言うことは無い。
問題は、メリアの方だ。確かに若そうな見た目だなとは思ったが、これでショウブの……いや、ショウブと比べるのは可哀そうだな、辞めておこう。
にしても……ということは、ツバキが今年で十九だから……
「メリアさん……頑張ったんだな……」
逆算していくと、ツバキを産んだのは、メリアがまだ十二の頃だ。簡単に言えば、サヤが、俺と出会った頃だ。すげえな……何があったのだろうか。
そして、ここまで来ると、タクマの方にも何があったのだろうか……?
頭の中が混乱していると、二人は何の弁明か、ニコリと笑って、一応恋愛結婚だったとか、真面目に愛し合っていただとか、急に惚気始める。
「頑張ったって言っても、やっぱり、子供は可愛いからね……」
「本当に、美人に育ってくれました。昔のメリアそっくりです……」
感慨深げに、台所の方を見つめる二人。昔って……今でもよく似ているよ。というか、二人並んだら、姉妹みたいな見た目だ。
本当に、何があったのか気になったが、詮索するのは良くないと思ったので、俺はそれ以上何も言えず、項垂れていた。
すると、あ、と言ってメリアが身を乗り出してくる。
「そう言えば、私も聞きたいことがあったんだけど、ムソウさんはツバキの事、どう思う?」
「どうって……?」
「ほら……嫁にしても良いと思う?」
メリアの言葉に、思わず顔を上げて、目を見開く。メリアはキラキラとした表情で、タクマは、何かを期待しているような目で俺のことを眺めていた。
……なんで、ツバキの実の親が、そんなことを俺に聞いてくるんだという疑問が、頭の中を駆け巡る。
「アンタら……それは、どういうつもりで聞いてきてんだ?」
「いえ、あの子から貰った手紙に書いてあったんです。「とうとう私も、一生を共に過ごしたいと思えるお方が現れました」と。それから、気になってしまって」
「今後、ツバキを預かっていただくとともに、将来、私達の息子になるかも知れない方が、実際のところは、ツバキのことを一人の女としてどう思っているのかを確認するのは、親として当然でしょ~?
ちなみに私達は、自分よりも年上の方が、義理の息子になることについては特に何も思ってないから安心してね」
何とも頭を抱える夫婦……いや、親子である。ツバキ……手紙にそんなことを書いていたのか……。
俺はサヤの時には味わっていないからよく分からないが、例えば愛した女の親に会う時というのは、もう少し厳格なものではないのかと思っている。少なくとも、こうやって相手方の両親が、全てを受け入れるという態度では駄目な気がしていた。
仮にカンナが生きていたとして、父上、私達結婚します、といきなりコウカを連れてきても……ああ、これも例えが悪いな。コウカだったら、心から祝福してやるな。ミサキみたいな奴だったら、分からないが。
ともかく、それは愛し合っている者同士の話で、俺とツバキの関係はそんなものじゃない。ましてや、ツバキは良いとしても、俺はツバキをそういう目で見たことは無い……はずだ。
何とも気が早いことだなとは思いつつ、正直、この質問こそが、俺という人間が、果たしてツバキを本当に預けられる存在足りうるのかという確認の為のものかと思い、どう応えればと悩んでいた。
そして、思いっきりため息をつき、台所の気配を伺いつつ、ツバキが聞き耳を立てていないことを確認しながら、ゆっくりと口を開いた。
「これは……アンタらだから正直に言うぞ。他の奴……特にツバキ本人には絶対に言うなよ?」
「ええ、もちろんよ」
「はあ……まあ、さっきも言ったが、仲間としてのツバキは、本当に俺に尽くしてくれているし、頼りになるし、料理も、家事も、良くしてくれて助かっている。
女としても……まあ……美人だし、可愛らしいし、一緒に居て楽しいし、リンネとも仲が良いし、気品もあるし……良いなあとは、思っている」
「ふむふむ。それで?」
「……だが、だからと言って、一人の女として愛しているかと言われると……分からねえな……」
その瞬間、二人は真顔になり、キョトンとした目になった。
……あれ? 何か、変なこと言ったか? ……と、思っているが、すぐに、言ってるよな、と自分で感じている。
「え……そこまでうちの子褒めといて、はっきりと言えないの?」
若干、怒気が混じったような、信じられない、という感情がこもった口調になるメリア。何となく、体が小さく縮こまっていく感覚がした。
ツバキに対しては、分からないと言ったが、この女については、苦手だ……。
「まあまあ、メリア。ムソウさんの話を聞こう。ムソウさん、それは、どういう意味ですか?」
メリアをなだめつつも、どことなく疑念がこもっているような口調で俺の顔を覗き込むタクマ。親だから当たり前だが、揶揄うような感情が一切感じられない分、ジゲン達闘鬼神よりも性質が悪いと感じている。
「はあ……え~と、アンタらは俺が迷い人ってのは知ってるな?」
「ええ、知ってるわ」
「俺が……前の世界に妻と息子が居たという話は……聞いているか?」
落ち着いてきたとはいえ、この流れでこの話はしたくないなあと思い、二人の顔色を窺うと、タクマ達はハッとした様子になっていた。
「それは……知りませんでした」
「ええ。初めて聞いたわ……」
……ああ、やっぱり、ツバキもそこまでは伝えていなかったか。まあ、これについては、俺自身、話すことに抵抗が無くなったのがつい最近だからな。仕方ないことだなと感じた。
どこか気まずそうな表情になるタクマ達。俺は更に続ける。
「……そんな感じで、俺も前の世界に家族ってもんがあった。世界で一番愛していた妻が居た。一番、護りたいと思っていた息子が居た。
まあ……あいつらとは死別したんだが、それでもなお、俺の中には、あいつらが居る。だから、今更他の女を愛するなんて、そんなこと出来ねえんだよ。サヤに……妻に怒られちまいそうでな」
もっと言うと、これは流石に二人には言わないが、世界を渡ったサヤとカンナに、今後、再会できるかも知れないという可能性も出てきた。また、二人と笑って話したり、闘鬼神の皆と一緒に暮らしていけるかも知れないと思うと、それ以上のことや、他の女のことなど考えられなかった。
多分、ツバキもそれで良いと思っているはずだ。そういう関係で、このまま過ごしても良い、むしろそれが最高な形だと思っている。
流石に、ここまでの話をすると、タクマ達は何も言えないようで、顔を見合わせたり、少し残念そうな顔でツバキの居る台所を眺めたりしていた。
「……気を悪くしたか?」
少し続いた、沈黙に耐え切れず、俺の方から二人に話しかけると、タクマ達は再び俺と顔を見合わせる。
「いえ……まさか、そのようなことになっていたとは思っていなかっただけです」
「ええ。私も、あまり踏み込まないようにするわ。……ただ、これだけは答えて欲しいの」
と言って、メリアは、俺のことをジッと見てきた。真剣そのものの目で、思わずたじろいでしまう……。
「……何だ?」
「そんなにかしこまらなくて良いわ。簡単な質問だから。
……もしもね、ムソウさんにそんな過去が無くて、今まで誰のことも愛さなかったとしたら、あの子は……どう?」
簡単とは言いつつ、なかなか難しい質問をしてくるメリア。難しいというか、こちらも答えづらい。
考えたことも無かったな、そういうのは。仮に、俺の人生にサヤが居なかった場合の話だ。
まあ、今よりは確実に危ない性格だろうな。常々思っていた、考えようによってはメッキのようにもなっていただろうし、エンヤに教わっていた、「護る為に斬る」という考えも無く育っていっただろう。
そんな中で、ツバキに会った場合か……。
ツバキのことだから、アイツや、ちっこいツバキやハルマサ達のようにどれだけ俺が拒んでも、俺の方にぐいぐいと来るんだろうな。
色んな悪戯したり、揶揄ったりしながら……そして、命を懸けて、俺の背中を護ったり、俺が道を外そうとすると、必死になって肩を掴み、俺が倒れたら、手を差し伸べてくれたり……。
俺の人生で、サヤと出会わずに、ツバキと出会っていたら、どうなるか……。
そんなの……分かり切っているな……。
「……絶対、誰にも言うなよ」
「ええ、さっきも言ったけど、もちろんよ」
俺は、なおもまっすぐと俺の目を見てくるメリアに頷いた。
「……好きになるに決まってんだろ」
マシロの呪いの一件では、俺を呪おうとした奴らに怒り、冷静さを失った俺をなだめ、代わりに奴らを斬ってくれた。
倒れた俺を、懸命に看病してくれた。
マシロを発つ俺について来てくれた。クレナに着くまで、リンネと一緒にいつもいつも、俺のことを助けてくれた。この世界について、教えてくれていた。
そして、クレナについてからも、屋敷に住むようになってからも、俺の側で、俺の補佐をこなしくれた。
ケリスとの一件の際も、誰よりも血を流しながら、神怒や、邪神族からの猛攻から、屋敷と、皆を護ってくれた。
かつての仲間達の力を継ぎ、俺の“親”の思いを継ぎ、今もこれからも、更に強くなっていっている。
俺は、俺の隣でいつも笑ってくれているツバキを、いつの間にか、一人の女として……
「……って、何ニヤついてんだ!?」
気付いたら、ニヤニヤとしながら俺のことを見つめるタクマとメリアに気付く。さっきまでの雰囲気はどこへ行った? いつの間にか、いつも皆が俺にしてくるような、揶揄ってますという思いが前面に出て、隠しきれてねえよ、という顔をしている。
「あら、ごめんなさいね。顔を赤らめているムソウさんの顔が面白くて……」
「ですが、安心しました。ムソウさんは、本当にうちの子のことを――」
「仮に前の妻が居なかったらどうかという話だったよな!? 実際とは違うからな!」
「はてさて、本心はどうなのか……メリア、楽しみだね」
「ええ。本当にあの子の側に、ムソウさんが居てくれて良かったわ。それに、リンネちゃんも居る。何か、一気に孫まで出来た気分になって来たわ」
何かを期待するように、そして、満足した様子でうんうんと頷くタクマとメリア。
ああ……マルドの人間特有の、人の話を聞かない態勢になっていっているような気がする。
これは、何を言っても駄目なのだろうか。二人を止めることは出来ないのだろかと思っていた時だ。
タクマがクスっと笑い、俺に視線を移す。
「あ、すみません、ムソウさん。少々、ふざけ過ぎましたね」
「……どこからだよ。最初からか?」
もしも、そうだとしたら、本気で怒ってやるとジトっと二人を眺めていると、メリアは首を横に振った。
「そんなわけないでしょ? 私が聞きたかったのは、本当に真面目なことだったのよ?」
「……あっそ」
「ふむ……手紙に書いてあったように、ちょっと怒りっぽい人、というのは本当みたいね」
ムスッとしている俺を見ながら、クスっと笑うメリア。誰の所為でこうなってんだと思っていると、二人は穏やかな表情を浮かべる。
「まあ……ムソウさんの、本当のお気持ちというのは分かりました。そして、安心したというのは私達の本音です」
「私達が二人について色々と口出ししたりするのはやめておくわ。多分そうしたほうが良いから。
でもね、いつか、二人で答えを出す時が来ると思う。二人にとって、何が一番の正解になるのか、それはちゃんと考えておいてね。それは、二人の為にも、そして、リンネちゃんの為にもなるから」
「……ああ」
要は、ツバキがいつも言うように、今すぐどうのこうのという問題ではない。だが、いずれ、その答えを出す時というのはやってくるわけだ。
その際に、俺も、ツバキも、どういう答えが一番良いのか。二人にとって、最良の答えというものはどういうものなのか、きちんと考えなくてはならない。
あの時と同じく、自分の気持ちには気づけた。しかし、あの時と違うのは、無理やり答えを出してくれた“親”はもう居ないということ、親を亡くしたが、それと同様の思いを俺達に抱いてくれているリンネが居ること、ツバキにもまだ、本当の家族が居ること。
今度ばかりは、しっかりと自分の答えを見つけていきたいと、俺はタクマとメリアに、静かに頷いた。
長かったなあ……。




