第284話―モンク領に到着する―
今回から新章スタートです。
街を飛び立ち、しばらくした頃、行く手に雷雲が見えてきた。
モンク領は、クレナよりも北に位置する領で、途中、カキシ、ハイグレという領を通り過ぎるという。
今はまだ、クレナ領の雷雲山の辺りを飛んでいるようだ。
ならば、到着までは少しばかり時間がかかるなあと思い、色々とモンク領について、ツバキに確認してみた。
「他の領との主な違いは何なんだ?」
「そうですね……カジノの他には、海に隣接するということで、他の領との交易や、漁業が盛んです」
「ほう……ということは、飯も美味そうだな……」
これまでと同じく、飯の方はいつも通り楽しみにしておこう。リンネも嬉しそうに頷いていた。
「しかし、海があるとはな……ということは、海向こうにも行けたりするのか?」
「ええ。モンクからは、定期船が出ておりまして、リヨク領と、コクロ領、それから、王都レインに行くことが出来ます」
ツバキは、魔法の地図で世界地図を表示し、俺に見せてきた。
この世界は、大きな海があり、それを囲むように三つの大陸に分かれている。今、俺達が居る大陸が一番大きなものだ。次いで王都レイン、ゴルド、シルバ領がある大陸、オウキ、リヨク領がある大陸に分かれている。
コクロ領はクレナから見て、チャブラの向こう側、つまり、北東部に位置する。
それぞれの大陸には、海に面した領や町から船が出ており、そこから向かうことが出来るようだ。
ただ、海にも魔物は居るので、その船には冒険者が必ず乗るようにしており、航行の安全を守っているとのこと。
また、聞けば「海賊」というのも居るらしく、主にコクロ領付近にて、被害が発生していることが多いという。
「ふむ……海賊か。ならば、密漁や、密航などの問題もありそうだな」
「ですね。それに伴い、人身売買なども行われていることが多いです。私の実家のある街は、比較的平和ですので安心ですが、仮にグレンさんがいらっしゃる街が、ギルドのある街、領主様のいらっしゃる街だとしたら、気を付けないといけませんね」
確かにな。ある意味、クレナのトウショウの里よりも危険な場所かも知れない。大きな賭場もあることだし、そういったことを生業とする者達が多いというのも頷ける気がする。
それに、クレナの印象は、噂でしかなかったが、今回は、目的地出身のツバキの言う言葉だから、妙な説得力もある。
俺は慣れているから良いが、ツバキとリンネには、少し危険かも知れない。
まあ、グレンなら、そんな危ない所に住むような真似はしそうにない……とも、限らないか。商人ならデカい街、それも、ギルドのある街に拠点があった方が、色々と動きやすいからな。
仮に、ツバキの言うように、グレンが大きな街に住んでいるとなれば、本当に心しておこうと決めた時だった。
ツバキが、あ、と言って、こちらを振り向く。
「ムソウ様……仮に、ですが、揉め事は控えてくださいよ?」
「言われなくてもそうする。俺も、目立ちたくは無いからな」
同じことを思っていたようだな、ツバキも。まあ、俺もアヤメたちがせっかく俺の正体を隠すようなことをしてくれたわけだし、何より、面倒ごとは沢山だと思っている。
仮に、面倒ごとが向こうからやってきても、死神の鬼迫で追い払うと言うと、ツバキはニコッと笑って、頷いた。
「賢明だと思います」
「ああ。ただ、お前こそ気を付けろよ……?」
ツバキはキョトンとした目になり、俺の顔を覗き込む。
「え……何故ですか?」
そんなツバキにフッと笑みを浮かべながら、腰に差している斬鬼を小突いた。
「コイツは、そういった面倒ごとを楽しむ女だからな。仮にお前が絡まれでもしたら、すぐに飛び出て、後先考えず暴れるだろうからな」
「はあ……それは……気をつけます……」
逆に言えば、どんな問題事が起こっても、コイツがツバキについている限り、例え離れていても、ツバキやリンネ、ついでに俺は絶対に安心だということだ。
不安そうな顔で斬鬼を眺めるツバキの頭を撫でて、今のうちに安心させておいた。
「後は、特に無さそうか?」
「ですね。ただ、一つ気になるのは、クレナ領に居づらくなった貴族の皆様が、カジノへと、娯楽の為に足を運ばれている可能性がございます」
「ああ……それは、面倒かもしれないな……」
トウショウの里を牛耳っていた貴族共は、全員王都へ送り返した。ただ、住むなら住めば良いということだけ伝えている。
だが、ジゲンが正体を明かし、今後もクレナに度々訪れるサネマサの監視が付くことになり、結局の所、貴族が街に戻ることは無かった。
冒険者と同じく、貴族たちもクレナに居を構えていた主な理由が、妓楼での娯楽の為だ。それが失われて、クレナの代わりにモンクのカジノ、という考えに至る可能性も低くはない。
ほとんど、サネマサとジゲンが理由だが、事の発端は殆ど俺にある。貴族たちが、俺を恨んでいるという可能性は十分高い。
「顔を隠しておいた方が良いかも知れないな……」
「そうですね……というか、ムソウ様もカジノに興味が?」
「まあ、行きたくないと言えば嘘になる。どんなものか知りたいからな。それに、ケリスの一件から、今までバタバタしていたから、少し遊びたいという気持ちもある」
賭け事には興味は無いが、行けるのなら行きたいと思っていた。ここの所、色々と考え込んでしまい、正直な話、疲れてはいたからな。ゆっくりと……は、出来ないだろうが、羽くらいは伸ばしたいと思っている。
「そうですか……でしたら、ギルドのある街ではなく、私の故郷の方のカジノの方が良いかも知れません。そこまで大きくは無いのですが、それゆえ、貴族もあまり来ない場所ですので……」
なるほど……ツバキの街にもカジノはあるのか。確か、ツバキの故郷はモンクの中で中規模くらいと言っていたな。
ならば、問題は無いとツバキの提案に頷いた。
「ああ、そうさせてもらおう……さて、もうそろそろモンクか?」
俺はツバキの持つ魔法地図で自分たちがどのあたりに居るのか確かめた。まだハイグレ領に少し入ったばかりの位置らしい。
「もうしばらく、と言ったところですね。ちなみに、モンクに入って最初に行くのはどちらですか?」
「取りあえずはギルドのある街だ。ギルドに行って、グレンの居場所を確かめる」
「かしこまりました。では、もう少し西の方角ですね。リンネちゃん、今より、もう少し右方向に向けてください」
「……」
ツバキの指示にリンネは頷き、進む方向を変えた。
そういえば、今日はそこまで魔物と出会わないな。一応、下級の魔物が飛んでこないほどの高い位置を飛ぶようにしたのだが、功を奏したらしい。
だが、一応の警戒はしつつ、そのまま飛び続けていった。
そして、再びしばらく経った頃、ツバキがハッとした様子で声を上げる。
「あ、モンク領が見えてきました! リンネちゃん、下りてください」
ツバキが指さす方向に目を向けると、同じくらいの高さの山が、三つ横に並んでいる景色が目に入った。
「あれは……?」
「古くから、二体の霊亀の成れの果てと云われており、ハイグレとモンクの領境の印となっております」
「霊亀? 何だ、それは?」
地面へと下降しながら、ツバキは続けた。
霊亀というのは、大きな亀のような魔物で、現れるとすれば、天災級の魔物とのことらしい……が、現在は絶滅しているのか、大地には居ないという。
ミサキが使役していた四神の中のサンロウシ……つまり、玄武が更に成長した種であるとのことだ。
霊亀は甲羅に山や、果ては人が住む街を背負い、ゆっくりと大地を歩いていくという魔物だ。人を住まわせるということは、害は無いのかと思ったら、そうでも無いらしい。
そもそも、あの山を霊亀の成れの果てと結論付けた理由として、山の中に古びた遺跡があるのだが、発見した当初、大量の木乃伊がその遺跡のある地点から発掘された。
最初は、死骸があるのだからそこは昔の墓地だと思われていたのだが、後にレオパルドが調べたところによると、木乃伊から、近くに生えていた植物と同じ成分が検出されたことが分かり、その木乃伊となった者達は、植物獣のようなものに襲われて死んだということが明らかとなった。
そして、山に生えていた植物の根をたどっていくと、化石化した生き物の臓器なようなものに行き当たったという。
レオパルドは、過去の伝記や、この近くの伝承などから、あの山は霊亀という大きな魔物の成れの果てで、恐らく木乃伊となった者達は、霊亀によって、生きながら生命力を吸われたのではないかと結論付けた。
何ともおぞましい話だなと、思っているうちに、リンネは地面へと到達した。
「何で、んなもんを領境の目印にするんだ?」
「まあ、分かりやすいですからね……クレナとチャブラの間のように、山があるわけでもないですし……」
ああ、そういう理由か。一応、街道も二つの山の丁度真ん中あたりに伸びているし、良い目印と言えばそうだな。
ハイグレとモンク、二つの領を与えられた、エンヤ達の仲間も、自分達の領の境が、魔物の死骸によって決められているとは思っていないだろう。
そう思っていると、リンネはトウウの姿から、大きな魔獣の姿となり、背伸びをしていた。
「ク~!」
「お、リンネ、お疲れさん」
「ここまでありがとうございました。ですが、ここからもリンネちゃんに頼ることになります。もう少しですので頑張ってくださいね」
「クワンッ!」
尻尾を振って頷くリンネの背に乗って、ツバキは再び地図を開いた。ひとまず、ここから北西の方角にギルドのある街、更にそこから西にずいぶんと行ったところにツバキの故郷があるようだ。
決めていたように、最初に、ギルドのある街に向けてリンネは走り出した。
「あ、そういえば、ここからは、ムソウ様……では、ありませんでしたね。何とお呼びしましょうか?」
しばらく進んでいくと、思い出したようにツバキが口を開く。ここに来る前に、人界の中で有名となった俺が面倒ごとに巻き込まれないようにと、アヤメが便宜を図ってくれた件である。
俺は頷き、改ざんした腕輪の情報をツバキに見せた。
……
名前:ザンキ
年齢:40
出身:クレナ
職業:冒険者
種族:人族
所持武器:魔刀「九怨」
スキル:剣術、武術、気功、調理、調合、鑑定
技:斬波
剛掌波
特筆事項:魔法適正属性は火。ただ、魔法は不行使
……
ざっとこんな感じだ。EXスキルの項目と、出身、種族の項目を主に改ざんした。俺が迷い人……それもEXスキルも持たない、ただの人間となるためだ。
武器については、ヴァルナが使った素材が九頭龍のものだったので、魔刀ということは変えられなかったから、このようにした。字面から、九頭龍の怨念が宿りそうで、何とも縁起が悪いなあと思っているが、仕方がない。これでいこう。
そして名前は、ホウジの村へ行った時に使っていた、前の世界の名前であるものだ。これ以外だと、とっさに呼ばれた時に反応しづらいからな。ツバキは、あの時も村にいる間は、俺のことをずっと、ザンキと呼んでいたから大丈夫だろう。
「なるほど……かしこまりました。しかし、出身がクレナというのは、サネマサ様らしいですね……」
「だな。まあ、クレナの初代領主が、俺の親友と“親”だからな。あながち間違いでも無いだろう」
今も昔も、タカナリが治めていた土地出身ということなので、こちらも問題ない。
ツバキは俺の言葉に、ふう、と息を吐き、斬鬼を眺めながら頷いていた。
「では、よろしくお願いしますね、ザンキ様」
「ああ。リンネも、よろしくな」
「ク~ウ~!」
リンネは走りながらニコッと笑い、頷いた。まあ、コイツの場合は、いつもの呼び方で構わない。ただ、俺のことを指してムソウと呼ばないようにとだけ釘を刺し、俺達は旅を続けた。
目的としていた街が見えてくる。陸地から離れた小島に、その街はあるようで、石造りの一本の橋が、その街に伸びており、陸からはその橋を渡ってでしか、街には入られないようである。
海側はいくつもの桟橋が既にここから見えており、海上にはいくつもの漁船や、旅客船が見えた。
久しぶりに見る海が何となく懐かしいなあと思っていると、リンネがしっぽを振りながらはしゃいでいることに気付く。
「ん? どうしたんだ? リンネ」
「クワン!」
リンネは、太陽の光を反射させてキラキラと輝く海を眺めながら、楽しそうにしていた。
「あ、そういえば、リンネちゃんは、海を見たことがありませんでしたね?」
「クワン!」
あ、なるほど。ソウブでは湖だったからな。あれよりも大きく、水平線上に何も見えない光景というのは珍しいか。
あの中には、美味い魚が何種類も泳いでいるんだぞと教えると、リンネは目を輝かせた。
さて、街の方の様子はというと、マシロよりもだいぶ大きな街だということは分かる。トウショウの里は山一つだったが、こちらは島一つだ。赤い屋根で白い壁の家がいくつも見え、奥の方に大きな建物が見える。
こちらの建物は全体的に何というか、派手だ。三角の屋根の高い所から三角旗をいくつもぶら下げている。
ツバキによれば、あれが、カジノという賭場とのことだ。なるほど。新たな高天ヶ原よりも大きなあの建物を維持できているということは、それだけの金が動いているということ。
一晩で、この領の数年分の金が動いているというのは本当らしいな。
まあ、ここから見ているだけではよく分からない場所も多そうだ。ひとまず街の中に入るとしよう。
「あ、ムソ……いえ、ザンキ様。リンネちゃんは如何致しましょうか?」
「ああ、そうだな。リンネ、小さくなって、俺の肩の上に乗ってくれ」
「クワンッ! ……キュウッ!」
大きくなっているリンネをこのまま街の中に入れるわけにはいかない。小さくなってもらい、俺の肩の上に乗ってもらおうと思っていた。
しかし、リンネは小さくなった途端に、ツバキの肩の上に乗る。
「ん? そっちが良いのか?」
「キュウッ!」
「もしかして……護ってくださるのですか?」
「キュウ~ッ!」
ツバキの顔を見て、コクコクと頷くリンネ。ツバキは嬉しそうな顔をして、リンネの頭を撫でた。
「フフッ、では、よろしくお願いしますね。一応言っておきますが、この街にはいろんな綺麗なものや、美味しい食べ物がありますが、勝手にどこかへ行ってはいけませんよ?」
「……キュウ」
少し間が開いて、リンネは小さく頷く。そこは納得してくれと、ツバキと共にリンネの頭を撫でた。
まあ、その時は俺がリンネの気配を追うか、練習がてら、ツバキがリンネの気配を追うかして、何とかしようという話になり、俺達は橋を渡って、街へと続く門の前まで来た。
他の領と同じく、門の前には騎士が居て、街に入る者達を調べていた。
並んでいる者達が、街へと入っていく中、俺達の番が回ってくると、一人の騎士が、前へと出てくる。
「さて……次は……」
「ああ、冒険者のザンキという者だ。ギルドに用事があってな」
「ふむ。では、腕輪を」
騎士の言う通りに、腕輪をかざし、情報を掲示させた。
騎士は、腕輪の情報を眺めながら、頷く。
「うむ。冒険者で間違いないようだな。そちらの女性と……肩の魔物は従魔か?」
「ああ。女の方は、連れだ」
「ツバキといいます。この子は、リンネちゃんです」
「キュウッ!」
ツバキは門番の騎士に軽く会釈をし、リンネは前足を上げる。すると、騎士の男はニカっと笑みを浮かべた。
「ほう、なかなか可愛らしい従魔のようだな。だが、問題事は起こすなよ」
「ああ、気を付けるよ」
「よし……では、改めて、ようこそモンク領、レイヴァンへ!」
騎士の男は俺達を街の中へと入れてくれた。可愛いと言われたことが嬉しかったのか、リンネはツバキの肩の上で、騎士の男に手を振っている。
さて、街の中へと入ると、様々な建物や露店が並び、多くの人間が行き交っている。所々で大道芸なども行われており、そこかしこから、歓声や拍手の音が聞こえている。
ふと、露天の方に目を向けると、美味そうな料理を食べながら、昼から酒を呑んでは、侍らせている女に赤ら顔を向けるオッサンなども居た。
「今日は祭りか何かか?」
「いえ、ここはいつもこんな感じですよ……って、リンネちゃん。美味しそうなのは分かりますが、少し落ち着いてくださいね」
「キュウ……」
目を輝かせながら、今にも飛び出しそうなリンネを抱えるツバキ。リンネは少ししょんぼりとしているようだ。
しかし、これが普通の状況とはな。港町というのは、確かに俺の世界でも活気にあふれていたが、こっちだと、これほどになるというのは少々面白いものだと感じた。
通りを歩きながら、ひとまずギルドを目指す。
……だが、しょんぼりとするリンネに目を移すと、俺も、そこかしこに立ち込める美味しそうな匂いにより、段々と腹が減ってきた。
「む……そういえば、昼飯はまだだったな……」
「キュウッ!」
俺の一言に即座にリンネが反応し、何度も頷いてくる。
リンネの頭を撫でて、俺はツバキに提案した。
「少し飯でも食っていこう」
「はあ……まあ、その方が良いですね。リンネちゃんも、ここまで頑張ってくださいましたし……」
「キュウ~~~っ!」
俺の提案にツバキがやれやれといった感じに頷くと、リンネはぱあっと表情を明るくして、ツバキの頬に頬ずりした。
「ふふっ、くすぐったいですよ、リンネちゃん。ですが、食べ過ぎは駄目ですよ?」
「キュウッ!」
「良い子です。では、行きましょうか、ザンキ様」
「ああ。さて……ここは何がお勧めなのだろうか……」
俺は早速と、目についた店に向けて歩きだす。背後から、ツバキとリンネのクスっという声が聞こえ、二人も俺に着いてきた。
入ったのは、一番近くにあった料理屋だ。一際美味そうな匂いが通りにまで漂っていた。香辛料の効いた良い匂いである。
店の中は昼時ということもあり、結構な人数ではあったが、一つだけ開いた席があったので俺達は席に着き、店員に料理を頼む……が、よく分からないので、お決まりの文句を言ってみた。
「では、ご注文は?」
「ここのお勧めは何だ?」
「はい。当店では、魚介を特製の醤で絡めたものを提供しております」
「じゃあ、それと……リンネもそれで良いか?」
「キュウッ!」
「じゃあ、それ二つで、ツバキは何にする?」
「では、私は貝類のタスタをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください……」
店員は、注文を書き終えて、店の奥へと向かった。特製の醤か……さっきからしているいい匂いはそれか。何とも、楽しみである。
また、リンネが盛大に口の周りを汚しそうだなと苦笑いしていると、ツバキが白い布を取り出し、リンネの首周りにつけ、自分にも巻いた。
「これで良し……と。今日は落ち着いて召し上がってくださいね」
「キュウッ!」
「お前まで巻く必要は無いんじゃねえか?」
「まあ、一応ですよ。これからギルドに行くわけですからね。汚れたままですと格好が悪いですから……」
と、言いながら、ツバキは俺の首周りにも前掛けを着けようとする。自分ですると、ツバキから布を取り上げて、自分で巻いた。
「子供じゃねえんだよ……」
「いつも、子供の様にご料理を召し上がっていらっしゃるのはどなたでしょうか?」
「じゃあ、いつも新しい装備を手にしたり、天宝館に行く度に、子供みたいに目を輝かせるのは誰なんだ?」
ツバキは、ハッと目を見開き、少々顔を赤らめる。そして、クスっと笑って、何かをごまかすようにリンネの頭を撫で始めた。
「……意地悪ですね」
「言ってろ」
そのまま、飯を待つ間、リンネと戯れ始めるツバキ。リンネを抱えながら、街のあちこちを指さしては、あれは何、これは何、と教えているようだった。
俺も、周囲の人間の会話などを盗み聞き、何か面白い情報は無いかと探ることにした。
「聞いたか? 壊滅状態だったクレナが復旧したんだとよ」
「ああ。妓楼も新しくなったらしいな。今度行ってみるか?」
「だな。カジノも遊びつくしたし、この辺りの魔物も、皆で狩り尽くしたからな」
「……貰った報酬は殆ど無くなったがな……クレナでまた、ひと稼ぎしようか……」
「……だな」
ほう……クレナが復旧したという情報はすでにこの領にも届いているようだな。コイツ等も妓楼に行くということが目的のようだが、カジノで金ももっていかれたようだ。
ひとまず、クレナの依頼をこなしてくれることに安心し、別の集団の会話に耳を傾ける。
「そういや最近、冒険者の中で「ムソウ一派」って奴らが現れてな。各地を移動しながら、次々と依頼をこなしているらしいぞ」
「ムソウって……誰だ?」
「さあ……ただ、そいつらの話によれば、恐ろしく腕の立つ奴らしい。クレナの騒動を解決したのもその男なんだとよ」
「へえ……そんな奴が居るのか……」
おっと……俺の噂も聞こえてくる。ついでに、ツルギ達の内容も入っているな。あいつら、俺がクレナのことを解決した男と広めているのか?
これは、本腰入れて正体を隠さないといけないかも知れないな……。
にしても、チャブラの領主たちを探すということをしながら依頼もこなしているのか。大変だな……。シンキの報告から、行方不明になった奴らはすでにケリスの従者とやらによってかくまわれていそうだな。ソイツも姿を見せていないことだし、何より転界教自体が実態を掴みづらい。
更に言えば、危険だ。今回のモンクへ来た目的も、転界教の手記にグレンの名が書かれていたということからだからな。
ツルギ達も力を着けているようだが、独自に動くよりも、シンキ達と合同で動いた方が良いのかも知れない。今度、コモンにでも相談して、シンキに伝えてもらおう。
さて、他はどんなことを話しているのかな……。
「こないだマルドに行ったらさ~、リエン商会の看板立ててるお店があったよ!」
「へえ……あそこまで勢力延ばしたのか。他の商会を統合させる話も時間の問題だな。ただ、それだとリエンのおっさん、更に眠れなくなるんじゃねえか?」
「みたいだね~。忙しくなったってぼやきながら、また私達に強壮トカゲの漬け酒を依頼してきたよ~」
「ったく、またか。飯食ったら、早速取り掛かるぞ」
「は~い!」
若い女と男の冒険者は、並べられた飯を勢いよく食べて、その場を後にしていった。
これについてはよく分からないので、ツバキに確認してみる。
「なあ、ツバキ――」
「あ、先ほどの会話の件ですね?」
「何だ、聞いていたのか……」
「これも鍛錬、です」
ああ、俺が課した気配を探る能力のことか。大勢の人間が話している中で、対象を見つけて会話を盗み聞くことは良い方法だなと思い、自分なりに強くなろうとするツバキに感心した。
「それで、今の会話なんだが……?」
「あ、はい。まずですね、ザンキ様のように、複数の冒険者を纏め、それぞれ依頼に取り組み、報酬を分け合ったりする冒険者の方がいらっしゃるように、商人も何人かで集まり、それぞれで品物を調達して、それらを分け合ったり、顧客を得たりするために徒党を組んだりもします。
そういった、商人の集まりを「商会」といいまして、リエン商会はこの街と、いくつかの街を仕切る、モンク領最大派閥の商会となっております」
ああ、なるほど。こういった人も店も多く活気づいた街ならありそうな話だな。一人でやるよりも、複数人を纏めて大きな組織で商売した方が、ほとんど永続的に懐も潤いそうなものだ。
まあ、先ほどの冒険者達の話では、その分、代表の男は忙しいみたいだがな。強壮トカゲを漬けた酒か……確かに凄そうだ。
さて、ツバキによると、このリエンという男は、元は一商人だったのだが、ある時カジノで大勝ちし、莫大な金を手に入れ、その金で自分の店を大きくし、更には他の商人たちと共に、商会を結成、十年足らずで、この街の商いをする者達の頂点に君臨したという。
そして、この街を制した後は、近隣の村々や街にまで勢力を伸ばし商品の流通や、物価などの統制を行っているという。また、小さな商店などにも、今までの顧客を紹介したりもしていて、少なくとも、商会に与している商人の均衡を保っているとのことらしい。
「へえ……なかなか、良い奴のようだな、ソイツは」
「ええ。元々が、自分も小さな商店から始めたということを知っていますからね。同じ境遇の者達は放っておけないという性格なのでしょう。
拾えるものは拾うというのが、リエン様の信条だそうです」
なるほど……それは商魂たくましい奴だな。ツバキの話を聞く限り、金もうけに際し、悪い評判も出ていないということは、それほどの人物なのだろう。急ぎの旅ではないのなら、会ってみたいものである。
「しかし、商人ってのは、商会を組む、ということは、他の商会もあるんだよな。さっきの奴らも、勢力がどうのと言っていたし。やはり、商勢圏を広げるというのは難しいのではないか?」
「ええ、もちろんです。他の商会の勢力が広がるということは、自分達の商会の利益が減るということですからね。
リエン商会の傘下に入ったお店は、偶にですが、他の商会の嫌がらせに遭うということも少なくはありません」
ふむ、この辺りは冒険者の部隊の仕組みと似たようなものだな。敵対している奴らが、大きくなれば、そういう揉め事も起きるというものか。
実際、俺達もケリスが呼んだ冒険者たちにひどい目に遭わされたからな。
……っと、そういや、アイツ等もまだ見つかっていないんだよな。さっさと、借りを返さねえとな……。
なんて、思っていると、少し困ったような顔で思案を巡らせているツバキが目に入った。
「ん? 何か心配事か?」
「いえ……大したことではないと思うのですが……」
そう言って、ツバキは困ったような表情で口を開く。
「あの……マルドというのは私の故郷でして、そこにもリエン商会が勢力を延ばしていると聞いて……」
ああ、なるほど。ツバキの思いが分かった。
「確か、お前の両親は雑貨屋だったか? それで心配になったというわけか?」
ツバキはコクっと頷く。ツバキの故郷は、この領でも中規模の街だということは聞いている。どうやら、そこが先ほどの話に出ていたマルドという場所らしい。
中規模の街ということは、マルドにもリエン商会とは別の商会があるはずだ。ただでさえ、色々ありそうなのに、リエン商会が勢力を延ばしているともなると、ツバキの家にも影響があるのではと考えられる。
何か嫌がらせなどをされていないかと心配なようだ。
「ふむ……ここからマルドは近いのか?」
「そこまで遠くはありません。リンネちゃんの足ですと、これからギルドに行って、ここを発ったとしても、夕方ごろには着くと思います」
「なるほど……じゃあ、飯を食ったら、すぐにギルドへ行って、グレンの所在地を確認し、すぐさま向かうとしよう」
身内に心配事があるのなら、さっさと確認した方が良いからな。
ツバキはコクっと頷き、表情を明るくさせる。
「お心遣い、ありがとうございます」
「気にすんな。ただ、ということはマルドに着くのは夜か。今晩は厄介になるかも知れないが、大丈夫か?」
もちろんです、と頷くツバキ。まあ、最悪の場合、リンネだけでも預けて俺は宿に泊まるとしよう。
ひとまず、昼からの予定が決まった後は、飯が来るまで、他の者達の会話を聞いたり、その度に分からないことがあるとツバキに確認したりしていた。
そして、飯が来ると、予想通りリンネは目を輝かせながら、口周りを盛大に汚し、料理を食べ始める。
麺類のようなものを食べていたツバキは、ため息をつきながら、リンネの口周りを拭いていた。
俺は、何故か箸が無かったので、慣れないふぉーくを使い、料理を食べている。
この店の料理長が五年かけて作ったという秘蔵の醤がかかったその料理は美味かった。
……しかし、たまのものと比べると、劣っているなあと感じたのは別の話である。




