第281話 エンヤの過去 ―家族との別れと再会―
エンヤの過去、ラストです。最後の方はムソウ視点となります。
それからしばらく経った頃だったか。俺達の居る山に突如邪悪な気が漂い始め、直後に、人の集落の方から爆発音のようなものと、悲鳴のようなものが聞こえてくる。
―何だ!?―
「これは……血の臭い! まさか!?」
子供と遊んでいた俺達は、その邪悪な気配の方に顔を向ける。何かが、この山に入って来た。それも大量に……。
言い切れない不安を抱えていると、俺達の前にそれは姿を現した。
「ほう……強い魂を感じたと思ったが、これはこれは……」
―!?―
「!?」
そこに居たのは、サキュバス、複数のデーモンと、大量のミニデーモンを従えた、ねじ曲がった角を頭から伸ばし、背中からは黒い翼を生やしていた男……いや、魔物であるデーモンローだった。
―な、なんで、こんなところにデーモンロードが居るんだ! それもこの時代に!―
邪神大戦が終結した直後ならまだしも、もう、あれから何千年も経っている。デーモンロードという強大な魔物が居ることが信じられなかった。
これも、魔物の活発化の影響か、はたまた、誰かが召喚したか、もしくは、ミニデーモンが成長したのかと、あらゆる可能性を考えたが、そいつらが持っていた物を見て、言葉を失った。
「な!? 貴方達ッッッ!!!」
ノアは、デーモン達に慟哭の声を上げる。そいつらが持っていたのは、山に住む人間たちの死骸や、生首だった。それぞれ、まるで玩具でも扱うかのように弄び、サキュバスなどは、まだ、僅かに息がある男に口づけをしながら、その魂を吸い取っている。
吸い取った後は、ゴミのように死体をデーモンに投げつけ、デーモンたちはそれを捕食していた。
「はあ~……美味しかった。でも……ここにもまだ、質の良い魂があるようですわ、ゼブル様」
「ああ。それに、妖狐……か。珍しい料理もあるようだ……」
デーモンロードは俺達を一瞥し、ノアに厭らしい笑みを浮かべながら喉を鳴らす。
どうやら、コイツ等、山の人間たちの魂を捕食した後は、俺達をも取り込む気らしい。
ハッとした様子のノアは、震えて動けない子供を下がらせ、結界を張り、狐火を展開させた。
「貴方達! 直ちにここから出ていきなさい! この方たちには指一本触れさせません!」
ノアは狐火を飛ばす。すると、何体かのミニデーモンがデーモンロードを護るように立ちふさがり、狐火をその身に受け、焼き尽くされていく。
攻撃が不発に終わり、更に狐火を飛ばすノア。だが、今度はミニデーモンたちは動かなかった。
そのまま、デーモンロードに狐火が当たると思われた瞬間、デーモンロードはフッと笑みを浮かべ、手にしていた鎌を一振りする。すると、狐火がかき消された。
「なっ!?」
それを見たノアは、目を見開く。全盛期ならまだしも、出産で使った力もあり、弱っていたノアの狐火では、デーモンロードにかすり傷すら負わせられないらしい。
「ふむ……こんなものか……狐の魂は、我らの力にはなれそうも無いな……」
「ですが、そばに居る人間達、それにそこの子供の魂には期待が出来そうですわ……」
サキュバスは、ノアの子を見ながら、舌なめずりをする。
ノアは、子供の前に立ち、激高した。
「この子には指一本触れさせません! 早々にここを立ち去りなさい! さもなくば――」
「雑魚の狐の分際でどうする気だというのだ? 貴様の攻撃は我には通用せん。貴様らは我らに蹂躙される運命なのだよ」
デーモンロードの言葉に、ノアは、ギリッと歯を食いしばり、デーモン達を強く睨んだ。
この時ほど、俺は魂だけの状態となったことを後悔した日は無い。もしも、肉体を持っていたなら、すぐにでも、こんな奴らくらい蹂躙していたのにと、何も出来ない自分を強く恨み、ただただ、俺達や、子供を守ろうとするノアの背中を見つめていた。
その時だった。硬直した状態が続いていた俺達の元に、雄たけびのようなものと共に、ドドドドッと、地鳴りのようなものが聞こえてくる。
音のした方向に目を向けると、山の魔物たちが、俺達の元へ向かってくるのが見えた。どうやら、山の大将たるノアに、加勢に来たらしい。
殺気のこもった目で、デーモン達を見据え、牙や爪、武器などを振り上げて、近づいてくる。
ミニデーモン達は身構えるが、デーモンロードはさして驚いた様子でも無く、その場から離れずに、手を魔物たちにむけて掲げた。
「ふむ……向こうから、魂が転がり込んでくるとはな……」
「!? 駄目です! 皆さん! 逃げてください!」
デーモンロードが手に魔力を込めだした瞬間、ノアは、魔物たちに逃げるように、口を開く。
だが、その声は届かず、なおも向かってくる魔物たち。
そして、デーモンロードは貯めていた魔力の塊を放った。
「魔球砲ッッッ!!!」
魔力の塊は、巨大な一つの球体の形となり、凄い勢いで、魔物たちに迫る。
そして、炸裂した。
「グギャアアアア~~~ッッッ!!!」
「グオオ~~~ッッッ!!!」
魔物たちは爆発に飲み込まれ、軍勢の大半が散っていった。その余波は、俺達の元にまで届き、ノアは、衝撃から俺達や子供を護る為に、壁となった。
「くっ! うぅ……ッ!」
―ノア! しっかりしろ! 無理すんな!―
「キュウッ!!!」
全身に傷を負っていくノア。だが、その場を動くことは無い。ただただ、ジッと佇み、俺達の身を護っていた。
そして、攻撃が止み、辺りは大量の土ぼこりにまみれていく。
「ほう……やり過ぎたみたいだな」
「何も見えないですわ、ゼブル様」
「ふむ……まあ、時間の問題だろう。魔物たちの魂を吸収したら、最後に、あの人間達、そして、妖狐の魂を食らうとするぞ」
どこかからか、デーモン達の笑う声、魔物たちをむさぼる声が聞こえてくる。どうやら、アイツ等、俺達のことは見失っているようだ。土煙が晴れるまでの間に、先に殺した魔物たちの魂を取り込むようだ。
この間に、逃げられると思った俺は、ノアに近づく。
―ノア! この間に逃げるぞ!―
「い……いけま……せん……」
―何言って……あ!?―
なおもその場を動こうとしないノア。何を気にしているのか知らないが、こんな時にわがまま言うなと思った瞬間、俺は信じられないものを目にした。
ノアの腹に、幾本もの尖った木の枝が、突き刺さり、そこから大量の血を流していた。
―ノア! 何だ、これは!?―
「先ほどの……爆発で……飛んできたので……しょうね……」
―馬鹿か! なんで、逃げなかったんだよ!?―
「エンヤ様……ハルマサ様……ツバキ様……そして……この子を……護るって……誓い……ました……から……」
ノアは、グググっと力を入れてよろよろと立ち上がる。すると影から魔物の子が飛び出てきた。土ぼこりで汚れてはいるが、どこにも傷を負っていなかった。
子供はボロボロのノアを見て、目を見開き、駆け寄っていく。
「キュウ!? キュウッッッ!」
「ああ……吾子よ……無事……ですね……良かった……」
「キュウ~~~ッッッ!」
「大丈夫……です……よ……」
ノアは、縋りつく子供の顔を優しく舐める。
―そうだ! こんなことしてる場合じゃねえ! さっさと逃げるぞ! おい、そこのオウガ! 手を貸せ! ノアを逃がすぞ!―
わずかに生き残った魔物たちの中の、一匹のオウガに怒鳴ると、オウガは他の魔物を連れて、こちらにやってきた。そして、ノアの体を起こそうと手を出す。
だが、ノアは、それを拒否して、ニコッと笑った。
「駄目……です……貴方達……だけで……逃げて……ください……私が居ては……足手まとい……」
―何言ってる!? お前を逃がすために、俺達も逃げるんだ! 我がまま言うな!―
「フフッ……エンヤ様が……お怒りになられるのは……あの日以来……です……吾子を……産もうと……思った……あの日……」
突然、懐かし気に昔を思い出す表情になるノア。
そして、子供を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
「吾子……私の可愛い吾子……貴方は……エンヤ様と……私の願い……人界の願い……貴方は……どんなことがあっても……生きなければ……なりません……」
ノアの子は、ジッと、ノアの顔を見つめている。ノアは、子供の鼻に自らの鼻をこすりつけながら、更に言葉を続ける。
「私が……出来るのは……ここまで……ですが……安心してください……貴方にも……すぐにきっと……素敵な人が……貴方を導いてくれる方が……現れます……その方と……エンヤ様達と……強く……生きるのですよ……」
最後に、ノアは、子供の額に自分の額を合わせた。子供は、意味が分かっているのか、何かを感じたのか、しばらく項垂れた後に、ノアの言葉に頷いた。
「……キュウッ!」
その目から大量の涙を流し、子供はノアと分かれることを決意したようだった。
そして、ノアは俺達の方に向き、俺をまっすぐと見ながら、優しく微笑んだ。
「エンヤ様……これまでの恩義……私は……例えこの身が滅びようとも……決して忘れません……」
―そんなことは良い! 何も気にしなくて良い! 俺達は家族だ! だからこれからも一緒に……!―
「家族である……エンヤ様の礎に……私は……なります……吾子を……お願い……します!」
突如ノアは、俺達を依り代の力から解放する。そして、狐火を自身の周りに展開させて、オウガ達に顔を向ける。
「オウガさん! 吾子と……エンヤ様の達の魂を持って、この場を離れなさい! 出来るだけ、遠くに! デーモン達の手が及ばない所に! 私が時間を稼ぎます! その間に!」
―待て! ノア! お前も……なッ!?―
最後まで抗議していた俺だったが、突如何かに掴まれて、その場から離れていく感覚があった。
ノアの言うことを聞いた一体のオウガが、俺やハルマサ達の魂、そして、魔物の子供を掴み、ノアの元から離れていっているようだった。
―おいコラ! 放せ! 放さねえと、生き返った瞬間に、まず、テメエをぶった斬るぞ!―
「ハナサナイ……タイショウ……メイレイ……シタガウ」
「タイショウ……コドモ……マモル」
―ふざけんな! 俺の言うことを聞け!―
「オマエ……ニンゲン……オレタチ……マモノ……メイレイ……キカナイ……」
―クソ共がッ! ノアッ! ノアあああああああッッッ!!!―
どれだけ身をよじろうとしても、オウガの手から離れることの無い、俺の魂。土煙が晴れていき、薄く見えてきたデーモン達の姿。
それに対峙していたノアは、最後に一度だけ、こちらを振り向いていた。
……その顔は、俺を見ながら笑っていた。そして、微かに口元が動いていた。
『幸せでした……エンヤ様……』
ノアの目からは涙が溢れていた。そのまま、デーモン達に突っ込んで行き、その瞬間、デーモン達の方向から、一つの大きな狐火の火柱が上がっていくのが見えた。
なおも上り続け、デーモンを襲うその火柱を見ながら、俺の魂はオウガ達により段々とその場を離れていった。
◇◇◇
その後、デーモン達の気配が感じられなくなった辺りでオウガ達は俺達の魂を解放し、ノアの子供を地面に置いた。
子供は、大きな木の根元でそれから、いつまでも涙を流していた。他の魔物たちも、涙を流しながら、その場に項垂れる。
俺はやり切れない思いとなり、その場を離れた。
ノアが居ない今、全てがどうでも良いと思っていた。EXスキルをすでに持っていないため、俺が無に帰しても、人界にも、特に影響は無いと思っていた。
だが、ハルマサとツバキが、それでも俺に居て欲しいと願ってきた。
だったら、お前らの後継者が見つかるまで、と条件を付け、ひとまず、この地の近くにある精霊人の森を目指し、山を旅立った。
ノアの子については、オウガ達も居るから大丈夫だろうと、ほとんど投げやりな気持ちになっていた。今は、その時のことをひどく申し訳ないと思っている。
そして、山を発って、少ししたころ、辺りに妙な気配を感じた。
―ッ!? これは……!―
―ああ。邪神族を封印した時と同じ……空間が歪むような感覚だ……! まさか!―
俺達は、封印が解かれ、いよいよ邪神族が復活したのかと身構える。
だが、その時、ツバキが空を指さして、叫んだ。
―エンヤ! ハルマサ! あれ!―
―ん!? あれは……―
ツバキが指した方向を見ると、一人の男が、空から落ちてきている光景が見える。
邪神族ではない。人間だった。その男は、黒い着物を着て、全身に血を浴び、見覚えのある、懐かしさを感じる大刀を手にしていた。
―まさかッ!?―
俺達は、男が落ちたあたりに、近づいてみる。その男はのそっと顔を上げ、辺りを不思議そうな顔で眺めていた。
そして、その男の顔と大刀を目にした瞬間、俺達は目を見開く。
―ザンキか!?―
―何!? じゃあ、これはやっぱり無間か!―
―間違いない! ザンキ!―
空から降ってきた男が、前の世界で、死に別れたザンキと分かった瞬間、ツバキ達は声をかけた。しかし、ザンキはそれに反応すらしていなかった。
普通の人間だから、当たり前の話なのだが、俺は、久しぶりに……およそ、数千年ぶりに見る、“息子”の顔を見ながら、感慨にふけっていた。
立派に……いや、どちらかと言えば、若い時に比べて恐ろしくなっている気がする。皆から、俺達が死んだ後の話は聞いていたが、何と言うか、立派になったなあという感じでは無い。
さっきまで戦場に居たのかと思うほどに大量の血を浴びていることだし、かと言って、ザンキの身に傷も無いようだし……これ、全部返り血か?
玄李を滅ぼしたということもあり、ひょっとして、俺のことはすでに超えているのかと、思わず頭を掻く。
「あ? ……何だ?」
突然ザンキは、空を見ながら声を上げる。俺達も空を見上げると、そこには大きな翼を生やした魔龍、ワイバーンが飛んでいることに気付いた。
ワイバーンはザンキ……いや、多分、俺達の魂を見つけ、襲い掛かってきた。
―な!? やばい! このままじゃ、俺達が滅んじまう!―
―ザンキの心配は無えのか!?―
―ザンキは……大丈夫……だから……ここはいったん……―
―ああ。ザンキの持ち物、何でも良いから、その中に身を隠そう! 俺とツバキは……あ、この簪、懐かしいなあ。これにするか!―
―うん!―
―じゃあ、エンヤ! しばしの別れだ!―
―ちょ、待―― ―
ツバキとハルマサは、俺の制止も聞かず、ザンキが持っていた綺麗な簪の中に、刀精となって宿った。こうなると、こちらから二人の魂を感じることは出来ない。
アイツ等、後継者探しは良いのだろうかと思い、俺も早いところ、コイツの持っている何かに宿ろうとした時だった。
ワイバーンが、口を開けてブレス攻撃をしてくる。
―やばい! ザンキ、逃げ―― ―
本家には及ばないまでも、魔龍のブレス攻撃は強力だ。声は聞こえないにしても、何かしら感じてくれと、ザンキに逃げるように促そうとする。
しかし、ザンキは逃げることなく、大刀無間を振り上げて、ブレス攻撃をかき消した
―……は?―
俺が驚いていると、ザンキは俺の目の前で、あっという間にワイバーンを蹂躙していった。
「あ~……疲れたなあ……」
などと言いながら、ワイバーンの鱗を剥いだりし始めるザンキ。
……え、コイツ……こんなに強くなってんのか……? ほとんど、俺と同等じゃねえか。しかも、見た感じ、スキルを使っている様子もない、素の状態だ。ザンキはこの世界に来たばかりなので当たり前の話だが、そんな奴が、ワイバーンを倒すとは本当に驚いた。
―……―
俺は、ザンキに会えた喜び以上に、恐らくコイツと居れば、ひとまずは自分の魂も無事だろうと思い、ザンキが持ち、かつて、自分も手にしていたことのある、大刀無間に、憑依したのであった。
◇◇◇
その後、ザンキはグレンという男と出会い、この世界のことを聞いていた。俺も無間の中で、この時代の、世界のことを聞いていた。
気になったのは十二星天という存在。ケアルやエンマが呼んだ迷い人の集団だ。ちゃんと、あの時の計画通りに皆が動いていたことに安心する。
その後、街に着いたザンキは、冒険者という職業に就き、再び闘いの日々を送るようになる。俺達が目指していた精霊人の森では、ワイアームの大群を殲滅したり、偶然邂逅した十二星天の一人、EXスキルから、エイシンの後継者であるサネマサってガキと闘ったりと、ザンキはこの世界でも生き生きとしていた。
新たに得た名前、ムソウの名の通り、この世界でも頂点級の力を手にしたザンキを間近に見ながら、結局コイツも俺と同じ様に闘い好きなんじゃねえかと呆れつつ、ザンキの成長を楽しんでいた。
そんな折、ザンキは一人の小娘と出会う。こちらも十二星天の一人で、名はミサキ。どこか人懐っこく、鬱陶しい性格は何となく、サヤを思い出させた。EXスキルから、ムウの後継者であると判明する。
ザンキは、ミサキと共に、一つの依頼に取り組む。
それは、あの山で突如現れた、デーモンの群れを討伐するという依頼だった。
俺は驚いた。だが、それと同時に、あの時のデーモン達への怒りも思い出され、無間の中で、ようやくノアの仇を討てると感じていた。
しかし、ザンキへの心配もあった。いくら強いとはいえ、デーモンロードと闘うにはまだ早すぎると思っていた。
だが、山に着いて、それは杞憂だったことが判明する。ミニデーモンの大群を蹂躙し、デーモンを一撃で屠ったザンキはそのまま、デーモンロードと対峙した。
俺達を襲い、ノアを殺したデーモンロードの一撃にも、ザンキは余裕で耐えていた。
その力に驚きつつも、本当に、この山で生きていた魂たちをただの食料としか見ていなかったデーモンロードに俺は怒りを爆発させた。
それと同時に、ザンキも怒り、新たに目覚めた、EXスキルおにごろしによって、神人化したザンキは、そのままデーモンロードを倒した。
そして、デーモンロードから、無数の魂を解放するために祈りを捧げている。まるでサヤやコウカのような優しい行動をするザンキを見て、俺の怒りも段々と収まっていった。
すると、デーモンロードの口から出た、最後の魂から感じられた気配に俺は目を見開く。
ザンキ達にはただの光の粒としか見えていなかったようだが、俺にははっきりとその姿が映っていた。
―ありがとう……ございます……―
その魂は……獣人の姿をした魂は、ザンキの周りを飛び、天へと向かって、フッと消えていった。
―ゆっくり……眠ってくれ……ノア……―
向こうは俺がここに居るということは分からないだろう。俺の声も、アイツには届かないだろう。
だが、安心していた。最後まで、俺の家族だった奴が、ようやく、デーモンロードの呪縛から解放され、無に帰していく。
俺は静かに、ザンキと共に、その魂の冥福を祈った。
その後、外へ出たザンキ達の前に、俺達をデーモンの軍勢から逃がしてくれたオウガ達が現れる。
ザンキは、オウガから一匹の魔物を預かった。
それは、傷だらけでやせ細った、一匹の妖狐の子供。
ザンキは、オウガ達から事情を聞き、すぐにその魔物の傷を癒した。
魔物は目を開けるとそこらを飛び回っていた。
そして、オウガ達の覚悟を知ったザンキは、そこに集まっていた魔物たちに、高らかに声を上げる。
「聞けッ! 俺は“古今無双の傭兵・死神斬鬼”だ! テメエらの願い、確かに受け取った! この子は俺が預かる! そして、強く、立派に生きていけるようにしてやるッッッ!」
その瞬間、魔物たちは雄たけびを上げながら、涙を流していた。
その後、魔物の子も、オウガ達に決意に満ちた声を上げて、ザンキに連れられ、山を下りていくことになった。
妖狐は……ノアの子供は、ザンキから「リンネ」と名付けられ、ザンキの肩の上で、ジッと前だけを見つめていた。それは、覚悟の決めた強い眼だった。
俺は、その目に、亡き友を……俺の家族のことを思い出しながら、静かに、涙を流していた……。
◇◇◇
急に黙り込み、なおもリンネを撫で続けるエンヤ。皆の様子も相まって、一体どうしたのだろうと首を傾げていると、エンヤはフッと笑みを浮かべ、俺とツバキの顔を見てきた。
「本当に……リンネのことは大切にしろよ……二人とも」
「ん? ああ、分かってるよ。リンネも大切な家族だからな」
「強いと言っても、エンヤ様と違って、か弱い存在ですからね……」
エンヤの質問に、俺達は返し、リンネの頭を撫でると、エンヤは、少しため息をつきながら、クスっと笑った。
すると、リンネの耳がぴょこっと動き、ゆっくりと瞼が開かれていく。朧げに目をこすりながら、リンネはツバキの顔を見上げた。
「……かか……さま?」
どうやら、寝ぼけているらしい。ツバキと、母親を間違えているようだ。
ツバキはクスっと微笑み、リンネの頭を撫でた。
「私を母親と勘違いしてくださるのは嬉しいですが、違います。さあ、もう少し、おやすみになられてください」
「は~い……おやすみ……かかさま……」
再び、寝息を立てるリンネ。一体、どんな夢を見ているのだろうかと、ツバキと共に笑い合っていた。
すると、エンヤ達は顔を上げて、今度はツバキの姿をまじまじと見つめる。
そして、フッと笑みを浮かべながら、皆はなるほど、と何かに納得したように頷きだした。
「そういう……ことか……」
「あ? どうしたんだ?」
「何でも無えよっ!」
ニカっと笑いながら、俺を小突くエンヤ。そして、皆と共に笑い始めていた。
落ち込んだり、盛り上がったりと勝手な奴らだなあと思いながら、俺はスヤスヤと眠るリンネとたまの頭を撫でていた。
エンヤが抱いていた思い。それは、前回のあとがきに通じる話なのですが、当初、そんなに、ノアとあの人を近づけさせようと思っていた訳ではないのですが、ノアを描いていくたびに、何となく、似てきたなあと思うようになり、急遽、あのような描写を入れることにしました。
だからこそ、リンネは特に懐き、エンヤは共に闘いたいと、すぐに感じるようになったのです……というようにした方が、綺麗だと思いました。
この話を書く時、私はノアの最期を頭の中で思い描き、それを文章にしていましたが、胸が苦しくなり、涙が出そうになりました。ムソウの過去、ジゲンの過去も同様の気持ちになったのですが、それを文章にするのは、やはり難しいなと感じました。
読者の皆さんにも、私が感じたものと同じ様な思いを抱いていただけるように、日々精進していきたいと思います。
さて、次回更新は、世界の真実を知る編の最後まで行けたらなと思っております。
大改稿祭りは終わりましたが、引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。




