第280話 エンヤの過去 ―もう一人の家族―
それから、俺の側には常にノアが居るようになった。基本的には俺の肩の上に乗っていることが主である。まあ、この位置だとあまり気にならないし、別に良いと思っていた。
ただ、案の定エイシンとタカナリには笑われ、二人に鉄拳制裁をしておいた。
ハルマサ達にも笑われるかと思ったが、むしろ、どこか微笑ましいという顔で見られ、それはそれで恥ずかしかった。ツバキ曰く、前の世界で自分たちの子供を育てていた時と同じ顔をしていると言われ、放っとけと感じた。
ノアは俺が、王都近郊の魔物退治に出るときなども、常にそばに居ては、狐火を飛ばしたり、幻術を見せたりと、俺の補助をしてくれたりもしていた。結界を作って、魔物の攻撃を防いだり、違う魔物に変化したり、ムウに変化して、魔法を放ったりと、出来ることも段々と増えていった。
そして、カンナの子供、つまりラセツが生まれたあたりから、獣人化も出来るようになり、より一層、俺や、皆の仕事を手伝うようになっていく。
普段の書類整理から、武具の手入れ、果ては、サヤやコウカに代わって、ラセツの世話などもするようになる。ただ、初めのうちは、話すことが出来なかったため、トウガ達を呼んでは、時々、念話や人語の練習などをしていた。
出会った当初は鬱陶しくてたまらない存在だったが、色々と皆を助け、自分で成長しようとしたり、更には俺の手伝いを積極的にこなすノアを見て、俺にも段々と愛着というものが生まれるようになっていた。
俺が、タカナリに負けて祝言を挙げる時も、皆と一緒に、ノアも祝福してくれた。
その後、カンナによって、今で言うクレナ領に行くことが決まった時も、ノアは皆と離れることに寂しがることなく、俺達について来た。
そして、クレナでも同じように生活していたある日のことだ。
とうとう、俺の腹にも子供が宿ることになった。当分の間、俺は外に出ることを禁じられ、屋敷の中で過ごすようになった。
そこで、外での魔物退治をノアに任せた。幼かったとはいえ、その頃にはすでに、そこらの魔龍よりも強い存在となっていたノアは、俺の期待通りの活躍をこなしてくれた。
また、家に帰れば、動けない俺の身の回りの仕事を、従者たちと共に行い、いつでも俺の為に働いてくれていた。
そんなある日、俺にとって、色んな意味で、忘れられない日が訪れる。
「……ん? あ、痛ててててててっっっ!!!」
突如、腹を襲う強烈な痛み。いわゆる陣痛というやつで俺は腰から崩れ落ちる。
「……!」
が、そこを側にいたノアに助けられ、俺は寝具に寝かされた。
そして、ノアは、すぐさまタカナリと、助産師を連れてきて、俺の出産の準備に取り掛かり始める。
屋敷内が騒然とする中、タカナリの連絡を受けた、かつての仲間達と、サヤがやってきて、出産の手伝いを始める。
「痛て~~~ッッッ!!!」
出産に伴う痛み……話には聞いていたが、想像以上だった。今まで数多くの痛みを伴う傷を負ってきたが、その、どれよりも激しく、強く、鈍く、重く、俺の全身を何かで打ち付けられるような痛み。コウカや、サヤ、それに他の女どものように、前の世界で子供を産んだ奴ら、よくもまあ、こんな痛みに耐えたなあと、改めて感心する。
と、冗談を言っている場合じゃない。俺は、痛みが走ると共に、暴れてしまい、サヤたちによって押さえつけられるまでに至っていた。
「グウッッッ! ああ~~~ッッッ!!!」
「と、頭領さん! 落ち着いて、息を整えて!」
「すげえ力だ! トウウ! トウケンも連れて来い! トウガだけじゃ、力が足りねえ!」
「ナツメ! 鎮痛剤は!?」
「もちろん、打ってます! ですが、流石ザンキさんの育ての親ですね……あそこまでとはいかないですが、薬の量を増やさないと効果も薄いようです! でも、増やしたら子供の身が……!」
俺が暴れる度に、サヤが蔓の魔法で俺を拘束しようとし、魔獣の力を借りているアキラア必死になって俺の肩を押さえつけ、ルージュとナツメが、必死な顔をして、子供の様子を見ている。
良いから、早く生まれろ! 皆に迷惑かけてんじゃねえ! と俺は更に力を入れて子供を産もうと全身に力を入れて、暴れ続けていた。
その時だった。俺の左手をヒシっと柄む、小さな感覚に気付く。ハッとして、そちらを見ると、そこには、泣きそうな顔をした、腰まで長く白髪を伸ばし、頭の上に尖った耳を生やしていた獣人、ノアが、俺の手を掴みながら、俺の顔を見つめていた。
「エン……ヤ……さま……!」
「!?」
「エンヤさま! しなないで!」
目の前のノアが、口を開き、俺に向かって話しかけている。その場にいた全員が、ハッとした表情でノアを見つめた。
だが、それとはお構いなしに、ノアは更に俺に寄ってきて、口を開いた。
「エンヤさま! しんじゃ、いやです! ノアは……ノアを、ひとりにしないでください!」
そのまま、泣きじゃくりながら、俺の胸へ顔を埋めるノア。
その瞬間、俺を襲っていた痛みが消えていき、頭の中がスーッと軽くなっていく感覚があった。俺は息を整え、ノアの頭を撫でた。
「泣くな……馬鹿……俺は……死なねえよ……これくらい……屁でも無ぇ……」
「エンヤ……さま……?」
「それにな……俺は今……子を産もうとしてんだ……一人どころか……また家族が……増えるんだ……だから……泣くな……むしろ……笑え……」
心配そうに俺を見上げるノアの頭をくしゃくしゃと撫でる。すると、ノアは更に涙を流しながら、何度も頷いた。
「はい……はい! ノアもいつまでもエンヤさまのかぞくです! そして、うまれてくるこも、ノアのかぞくです!」
「ああ……そうだ……新しい家族……俺と一緒に……一番に見てやろうぜ……タカナリよりもな……」
「はい!」
涙を拭いながら頷くノア。ぱあっと表情を明るくさせると、俺の左手を強く握った。
そして、サヤたちは頷き合い、更に分娩を再開させる。
さっきまでと同じことの繰り返し。想像を絶する痛みが俺の体全体を突き抜ける。
だが、さっきよりも、痛みは感じなかった。俺の手から、ノアの温もりが伝わってきて、全身の痛みを和らげてくれるようだった。
俺は安心して、その時を待っていた。そして……
「はい! お疲れ様です、エンヤさん! 無事に生まれましたよ!」
ナツメが汗を拭いながら、布に包まれた赤ん坊を俺に手渡してくる。
元気な女の子です、とナツメに言われたが、女にしては、何となくの感想だが、少し、不愛想な顔だったなあというのが、最初の印象だ。
「アハハ! 頭領さんにそっくり~! ザンキ君より強くなるかもね!」
「だな……これだけ苦労して産んだガキだ……ひょっとしたらエンヤよりも強いかもな……」
「それ、どんな怪物よ……」
「まあ、でも……エンヤさんとタカナリ様のお子さんですもん……あり得そうで、怖いわ……」
果たして皆は嬉しいのかどうなのかと、少し疑問になりそうな会話と言葉をしている。ただ、気持ちは分からなくも無いので、黙っていた。
この場で誰よりも、俺の子の誕生を祝ってくれているのは、相変わらず涙を流しながらも、ニコニコとしていた、ノアだけだった。
「かわいいです~! エンヤさま、こちらのこ、かわいいです~!」
「そう……だな……お前にとっては……妹ってところか……?」
「いもうと……はい! このこはわたしにとっての、いもうとです! ずっとおせわします!」
「ああ……ありがとう……ノア……」
大事そうに、優しく赤ん坊を抱えるノアの頭を再び撫でてやった。すると、ぐずり出す赤ん坊。ノアは、赤ん坊を泣き止ませて、ニコッと笑う。
赤ん坊は、ノアの頬に触れながら、どことなく笑ったような表情を浮かべていた。
この日、俺はタカナリとの子供を出産すると同時に、ノアが人の言葉を話す瞬間に立ち会えた。タカナリは、最初に赤ん坊を抱くと意気込んでいたが、それをノアに奪われ、更にノアが話しているという事象の二つに驚き腰を抜かし、俺達は、タカナリを指さして笑っていた。
その後は、俺が外に出て戦う時などは、ノアは屋敷に残り、スイレン……俺とタカナリの娘の面倒を見てくれるようになっていた。
偶にあやしたり、遊んだり、時には注意したりと、お姉さんぶりを発揮するノアに、俺とタカナリはすっかりと癒されていた。
そんな、ノアの姿を見た俺達は、かねてより計画していた、死後もこの世界に留まり、人界の行く末を次代に託すために、神獣達の依り代の力を使う、“箱舟計画”に、ノアの力を借りることをシンラやムウに提案した。
トウガ達と違い、そこまで血の気が多いわけでもなく、むしろ、人間たちに優しいので、何があっても大丈夫だろうということで、皆にそう言ってみたが、コウカやサヤなどが賛成し、アキラも、数世代分の年月をかけたノアがどうなっていくのか気になると言って、俺の意見に賛同した。
ハルマサ達もノアで納得し、前の世界から俺と関りのある奴らがノア、他の者達は、他の神獣の元でこの先も魂を残すことが決定した。
「わたし、がんばります!」
と、やる気を見せるノアの頭を皆で撫でてやった。
そして、スイレンが生まれて十年が経った頃か。突如、王都から緊急の連絡が入ってくる。それは、人界王シンラ……もとい、カンナが崩御したこと、更には後を追うように、コウカも死んだことだった。
ラセツを残して、二人いっぺんに逝ったかと項垂れたが、当のラセツが、親たちが残した人界を、もっと良くしていかねばと奮起し、俺達はそれに応えた。
だが、ここでもまた、予想していなかったことが発生する。
ノアが、魂の依り代の力を手に入れる前に、俺の夫、タカナリが死んだ。泣きじゃくるスイレンとノア、それに俺の顔を見ながらフッと微笑みながら逝った。
……まあ、魂の方は魂の回廊に行く前に、サヤが捕まえていたので、事情を知っている、俺達大人たちは特に泣くわけでもなく、少なくともノアの力がもう少し成長するまでの間、タカナリにはコウカとカンナ、それにサヤと共に、待っていてくれと思い、二人を見送った。
立て続けに、次々と倒れていく仲間達。一応、ノアによって魂が残される者達は未だに死んではいないが、早くしないと、いつ、誰が死ぬか分からない。早いところ依り代の力を手に入れないと、と頑張るノアを、成長したスイレンと共に眺めていた。
そして、ノアにその力が宿ったすぐ後に、俺が死んだ。死因にノアやムウ達が呆れていたことを今でも覚えている。一応、以前からスイレンに、全てを託すと共にこれからも、人界には留まるということを話していたので、その辺りは大丈夫だ。
その後、魂の状態になっても、依り代の力を使い、大地に留まることに成功する。
俺達は、タカナリやカンナ、コウカと合流するために、当時、ブランという仲間が治めていた土地に向かった。今で言うところのマシロ領で、そこには、カンナの故郷ではないが、別の精霊族が集落を形成している森がある。
魂の状態になることが出来れば、その森に集合し、近くにある山にて、これからも過ごしていこうという話になっていた。
ひとまず、サヤが居るであろう、その森を目指して、俺達は領地を離れていった。
しかし、森についても新たな問題が発生した。知っての通り、タカナリ達の魂のみならず、サヤが未だに森に来ていないということだ。
そればかりか、大地全土の気配を確認しても、サヤ達の魂を感じることが出来なかった。
当然、俺達は驚いた。だが、対処のしようもない。どうしたものかと思ったが、いずれ、ここに来るだろうと思い、俺とノアはそのまま、精霊族に護られながら、他の皆の魂を待った。
やがて、ムウ達の魂も俺達と合流し、邪神大戦で共に戦った仲間が全員死んだということを確認したが、結局、タカナリ達の魂は行方不明となったままだった。
俺達はどうしたものかと悩んだが、皆の魂をその身に宿したノアの力は、既に生前の俺達に匹敵するくらいのものになっている。このまま、この集落に居るわけにもいかないと思い、タカナリ達の魂を待たずして、身を隠す山へと向かい、時が経つのを待っていた。
タカナリ達の魂はどこに行ったのか、という一抹の不安がありながらも、山での生活は楽しかった。
この山は、魔物と人間が、何故か争うことなく、また、お互いに干渉もせずに生活していた。話を聞けば、両種族も山に来たノアを見て、争う気を失くし、ノアを山の主として迎え入れる為に、手を取り合ったという。
ただ、魔物の方は人間に対して、本能的に襲ってしまうという危険性がある。だから、出来る限り近づいたりせず、お互いがお互いの縄張りを維持するように、生活しているということだ。
こういうこともあるんだなと、思いながらも、俺達も山の生き物全てに迎え入れられ、ノアと共に、山の大将として、そのまま数千年を過ごすことになった。
偶に外部から魔物が襲って来たり、人族が魔物を倒そうと襲ってきたときなどは、ノアが力を使い、追い払ったり倒したりしていた。その度に、人間と魔物の両種族から供物を貰ったりと、ある意味、神そのものだなとノアの中で皆と笑っていた。
そして、この間にノアは、最後の成長段階を終えたようで、九尾の妖狐となり、ムウによって妖狐という種族の定義付けがなされた。
妖狐は、魔物や、神獣というよりは、生まれた時は人に近い存在だという。いわば、純粋な状態というわけだ。本能的に人を襲うということはしない。だが、敵対する意志を感じれば、反撃するという感じだ。
そして、それが後々の成長にも大きく影響するようになる。妖狐は純粋であるがために、育て方によって、魔物のようにもなり、神獣のようにもなる。魔物によって、人族を襲いながら育てられれば、魔物として成長し、人や神獣、龍族によって、魔物を襲いながら育てられれば、神獣のようになる。
とは言っても、人族や神族が邪悪な心で妖狐を育てると、魔物にもなりうるという。
ノアが神獣として成長したのは、幼い頃に俺の優しさに触れ、人族と共に育っていき、普通の魔物には無い、他種族への慈愛のようなものが形成されたからではないかとムウは定義付けた。
またしても、恥ずかしい台詞を言ってんなあと思ったが、何となく納得した。ノアも、サヤや、コウカと同じく、全てに優しい奴だったからな。
そして、神獣としての妖狐は、段階を追って成長していく。それは尻尾の数にも反映されるが、八本目の尾までは、年月とは別に、ある条件によって成長することが分かった。
まず、最初に生まれた時には二本生えているとされる。目覚める能力は基本的な技である狐火と幻術。単純に外敵から身を守るための能力なので、当たり前と言えば当たり前だな。
そして、三本目。ここから、魔物になるか、神獣になるかで結果は変わるそうだが、神獣として成長した場合、この頃から変化が使えるようになる。自分とは違う存在に触れ、他者のことを理解するという心からこの能力が生まれたと考えられた。
四本目は、自分にとって、絶対に護りたいと思うような存在を見つけた時に出現する。その際に現れる能力は結界を作り出すこと。ノアの場合は、ラセツが生まれた時に発現し、色んな障害からラセツを護っていた。まあ、主に、サヤとコウカがドジしたり、俺とカンナが稽古をしているときに飛び散った、石などからだが……。
五本目は、人族、鬼族、神族、いずれかと、長く共に生活することで出現する。現れる能力は人の姿を得ること。
そして、強い信頼を得た相手に、どうしても気持ちを伝えたいと感じた時に、六本目が現れ、妖狐はその相手に即した言葉を自分の力で話すようになる。
ノアの場合は、俺が出産の時に死にそうになったと思ったから。感情が爆発し、俺を励ますために、この能力を得たようだ。何とも不思議な能力だが、それにより、俺は救われ、無事にスイレンが生まれたことを考えると、ありがたい話だなと思った。
七本目と八本目に関しては、少し特殊な条件となる。順番は特に無いが、天界の波動と冥界の波動をそれぞれ、一定の間に浴び続けることで出現する。
ノアの場合は、冥界石と天界石を用いて作られた装備を、シンキ、ゴウキ、エイキとエイシンが使っていて、共に何度も戦っているうちに出現した。これにより発言した能力は、冥界の波動の場合、強固な肉体で、あらゆる毒物や、敵からの状態異常攻撃に対し、それら全てを無効化出来ること。
天界の波動の場合は、依り代の力を得ることだった。そして、この二つの尾が現れた際、妖狐はその段階で不老となり、少なくとも老いでは死ななくなる。
ほとんど、両種族に近い存在となり、完全に俺達を越えたなあと笑っていると、それでも、俺に敵う気はしないと、ノアは謙遜していた。
九本目に関しては、多くの魂をその身に宿すことで出現する。大地で生き続け、大地のことを深く理解した魂に触れることで、更には死をも超越する存在になったことで、妖狐は完全な成長を向かえる。
それにより得た能力は、大地全土の気配を探り、念話によって、全ての命あるものと繋がることが出来る。
ルージュやブランの持つEXスキルと同じ様な能力と思ったが、規模が違う。本当の意味で神に等しい存在になったんだなと実感し、ノアの成長を喜んでいた。
―すげえ存在になったな、ノア……―
「フフッ、エンヤ様のおかげです。あの時、エンヤ様が側にいてくださったから……エンヤ様が、助けてくださったから、私は、この力を得たのです……」
―そうか……例え、俺達が居なくなっても、人界のことは安心しても良いな―
「あら、既にこの世界は大丈夫なようですよ? どこからも、幸せな意識を感じております。これも全て、エンヤ様や、皆様のおかげです」
大地に住む者達の意識に触れながら、ノアはニコッと笑っていた。大した力だなと感じ、あの時、必死でノアを追い出そうとしたことは間違いだったんだなと、苦笑いしていた。
◇◇◇
その後、更に数千年を生き続けるノア。相変わらずタカナリ達の魂とは合流していないが、ノア曰く、世界は平和そのものという言葉に俺達は安心していた。
そして、ラセツの目論見通り、邪神大戦のことはすでに歴史の彼方に放り去られ、誰も知る者が居ないことを知り、シンキの奴も上手くやってんだなと思っていた。
シンキとは、この間、一切の連絡を絶っている。何度も接触していれば、流石に誰かにバレる可能性があるからな。
無論、カンナの魂が、俺達にとっても行方不明ということも知らない。何となく可哀そうなことをしたなあと思っていた時だった。
俺達が過ごす山に、一人の旧友が現れる。それは、かつて共に戦った神族の長、神界王ケアルだった。
何事かと思い、話を聞くと、ここ最近、僅かではあるが、魔物たちの動きが活発になっているとのこと、それは、邪神族へ施した封印が弱まっているからだということ、それにより、この先数百年後くらいに、人界に大いなる災いが出現するとのことだった。
その為、違う世界から、俺達に似た魂を選出し、召喚、あるいは、転生によってこの世界に呼び、EXスキルを継がせたいという願いだった。
ついにこの時が来たかと、EXスキルをすでに宿していない俺と、この世界で得た力は自分たちが認めたこの世界の人間に継がせたいと言ったツバキ、ハルマサ以外の者達は、ケアルに頷き、ノアから離れていくことになった。
その結果、皆の魂によって力をつけていたノアの力が一気に減っていき、かなり衰弱した様子になった。
―お、おい! 大丈夫か?―
「ええ……問題はありません……急に力が使えなくなってきただけです……」
―一大事じゃねえか! そうなると、俺達の維持も難しいんじゃねえか!?―
「かも……しれません……」
ノアの言葉に、俺達は言葉を失った。見れば、尾の数も八本に戻っている。それだけ力が弱まったという証だった。
このままだと、ノアは俺達を維持するために力を使い続けて、最悪の場合、死ぬかも知れない。
―もういい! 俺のことは放って、魂を解放しろ! ツバキ、ハルマサ! お前らはケアルを追え! まだ、間に合うはずだ!―
―あ、ああ! 了解だ!―
―わかった! エンヤ!―
ノアが死んでしまっては、俺達の魂は共に消えることになる。それでは元も子も無いし、何より、俺達はここまで尽くしてくれたノアが死ぬのだけは嫌だった。
俺達の維持に使う力を失くし、少しでもノアを生きさせようとその場を離れようとした。
だがノアは、俺達を掴み、声を荒げる。
「駄目です! 皆さん! あなた方をまだ、行かせるわけにはいきません!」
―何言ってんだ! このままだとお前が……!―
「私は死にません! まだ、頑張れます! 例えこの身が滅びようとも、私の意志は無くなりません!」
―俺はお前が滅ぶのが嫌だってんだ! 言う事を聞いてくれ!―
「いいえ、聞きません! 私は……!」
あの時と、俺が初めてコイツと会った時以来、ノアは俺の言うことは聞いていた。
だが、今回は、確固たる意志を以って、初めて俺の言うことを聞かないノア。
そして、ノアはゆっくりと自分の思いを語り出した。
「私は……皆様と過ごし、皆様の思いを知りました。皆様の強い意志を感じました。死してなお、人界を……世界を憂う皆様の心に触れ続けました。
私は……これまでの皆様の意志を、無駄にはしたくないのです。その時が来るまで……私は、皆様をお守りします」
―だから、どうやってだ!? 俺達が居ると、お前が死ぬかも知れないんだぞ! 死んでしまっては、お前のその思いも果たせなくなるんだぞ!―
「方法はあります!」
ノアは、俺達を捕まえながら、自分も生き延び、俺達の魂も維持する方法があると、訴えた。その言葉に、俺は驚き、ノアの話を聞くことにした。
―どうする気だ?―
「これから、数百年をかけて、私は子供を産みます。私の全てを注ぎ込んだ、強い子を産みます。
そして、その子が魂の依り代の力を使うことが出来るようになれば、あなた方を維持することが出来ます。私も……力は失いますが、生き続けることが出来ます……」
つまりは、もう一体の妖狐を生み出し、自分はその子に全てを託し、隠居するということだ。確かにそれなら、時間はかかるが、俺とノア、二人の思いの全てを叶えることが出来る。
―……それだと……もう……お前とは戦えないってことになるよな? それは……―
「それは、エンヤ様も同じでしょう? 共にこれからは、次代に託し、老兵は隠居するとしましょう」
ノアは、フッと笑みを浮かべながら、俺達を離し、そっと近づいてきた。
確かに、共に戦えなくなるのは寂しい。だが、ハルマサ達はまだしも、俺はEXスキルをすでに失った身。闘いを行うのは難しいかも知れない。
しばらく考えたが、ノアの考えに納得した俺は、ノアの頭を撫でた。
―ああ……そうするよ……俺はこれからも、お前と共に、平和になっていくだろう人界を眺めていくとする―
「はい……ツバキ様も、ハルマサ様もよろしいですね? 落ち着いたら、ツバキ様の後継者というのも探そうと思います」
―あ、ああ。俺は問題ない。ツバキに全部任せているからな―
―大丈夫……ノアと……エンヤには……迷惑かけない……―
二人もそれで納得し、ノアの頭を撫でていた。
そして、それから数百年をかけてノアは、その身に宿した子供に、自分の全ての力を注ぎ込む。
魔物が活発化し、人界に不穏な空気が漂い始めても、壊蛇が現れ、人界を蹂躙していたさなかも、子の為に、静かに瞑想していた。
どんな形でも出産は辛いよなと、ツバキと共に、頷いていると、ハルマサがきょとんとしていたので、思わず殴ったりしている時も、ノアは、俺達の為、そして、子供の為、力を注ぎ続けていた。
そして……
「はあ……はあ……ようやく……です……」
およそ、数百年ぶりにノアの声を聞く。身を起こすノア。そのそばには、俺達が会った時のノアよりも小さな妖狐が丸まっていた。
―生まれた……のか?―
「ええ……お久しぶりですね、エンヤ様……」
―コイツ……まったく、よくやったな―
数百年ぶりの会話がそれかと思いながら、俺達はノアの頭を撫でた。一匹で子供を成すことが出来るあたり、妖狐という種族はやはり不思議な力を持っているんだなと感じた。
だが、それ以上に、俺達の為にここまで頑張ってくれたノアのことが単純に嬉しかった。
そうやって、今までの思いを込めて、ノアを撫で続けていると、ノアの子供がもぞもぞと動き出す。
「キュ……キュウ?」
ゆっくりと目を開いたそいつは、ノアの顔を覗き込んだ。
「おはよう……ございます……我が子よ……」
「キュ?」
「ええ……私が……あなたの……お母さんですよ……」
「キュ……キュウ~~~!」
子供は、ノアが自分を産んでくれたことを知り、目を輝かせながら、飛びつき、頬をぺろぺろと舐め始めた。
「くすぐったいです……よくぞ……生まれてきましたね、吾子……これから……元気いっぱいに……育てますからね……」
「キュウッ!」
ノアの言葉に、子供は強く頷く。あの頃のノアのようで、何となくこちらも嬉しくなった。
一応、子供にはまだ、俺達のような魂を感じる力は備わっていないようだ。だが、いずれ、魂の依り代とするために、俺達もしっかりと育てていこうと思った。
その日から、俺達とノアの子育て奮闘記が始まる。一応、妖狐が神獣となり、力をつけるには、他種族の協力も居るので、そこは山に住む人間たちや魔物にも協力を得た。魔物の子、というよりは、ノア……つまり、山の主、神に匹敵する者の子ということで、皆、快く引き受けてくれた。
ただ、壊蛇や邪神族の波動の影響で、この数百年の間に、人間と魔物たちとの関係が若干悪くなったとのこと。両種族があまり関わらないようにすることに、気を配っていた。
そんな中でも、子供は両方の種族に触れながら、すくすくと成長していく。人も魔物も関係なく、懐いていくという光景は何とも不思議で面白いものだった。このまま、力をつけた時に、シンキにでも頼み、冥界の波動を当てて、依り代の力を習得させようと考えていた。
ノアは、俺達の為と生み出した子供だったが、一緒に過ごすうちに、母性というものも目覚めたようで、顔を輝かせながら、今日はどうだったとか、初めて一人で狩りが出来るようになったとか、色々と報告してくるようになる。
時々、ノアは、全盛期の姿に化けたり、獣人化したりして子供を驚かせていた。あなたもこういう風になるのよ、と優しく言うと、子供は目を輝かせて頷く。
本当に、母の顔になったなあと、久しぶりにノアの成長を感じられて嬉しかった。
そして、その時はまだ、俺達は、これからも平和に、落ちついて、ノア達と一緒に暮らしていけると信じていた。
あの日……までは……。
ノアが敬語なのは簡単に言うと、王城育ちということで、リンネよりも「育ちが良いから」です。
その結果、何となくあの人に似たキャラクターになってしまいました。




