第267話―シンキと宴会をする―
その後、背後から再びボフンという音が聞こえてくる。振り返ると、リンネは元の姿に戻り、俺を心配そうな顔で見上げていた。皆の様子から見るに、変化したことは間違いない。
俺は、リンネの頭を優しく撫でた。
「上手く出来たみたいだな。偉いぞ」
「うん……でも……もう……したくない」
俺が落ち込むのがそんなに嫌か。嬉しい気はするが、サヤに変化すると、俺が落ち込むという流れがリンネの中で作られているようで、若干複雑な思いになった。
「俺のことは気にするなって。俺の妻が、どれだけいい女だったか、皆に知らしめるためには必要なことだ。そうだろ?」
黙ったままの女中たちに向けてそう言うと、しばらく、どう返そうかという顔になっていく皆。
しかしその中からアザミが、クスっと笑い、口を開いた。
「まあ……そうですね。頭領には勿体ないほど、お綺麗な方というのが分かりました。ですが、それほどですかね? 私の方が――」
「あ゛? どこがだよ? で、何がだよ? 可愛らしさも、器量も、愛嬌も、全部、全て、みんな、何もかも、お前が、サヤに勝る要素なんてねえよ」
得意げになっているアザミにムカッとしてそう言ってやると、アザミは再びクスっと微笑む。
「頭領らしくなってきましたね。ですが、少し傷つきましたよ?」
「俺に喧嘩売るからだ……お前らもだぞ? 俺の家族を馬鹿にする奴は許さんからな」
他の女たちに目を向けると、皆からもクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「もちろんです。頭領のご家族は私達の家族も同然です。馬鹿になんてしませんよ」
「でも、頭領には勿体ないというのは本心ですね。あんな綺麗な人が、よりにもよって頭領を……」
「世界にはいろんな人が居るんですね~」
むう……皆の機嫌が良くなったのは良いことだが、今度は俺が馬鹿にされているような気がする。
だが、心のどこかでそういう気持ちもあるので、何も言い返せない。苦笑いしながらため息をついていると、シズネが俺の肩を叩く。
「それで、今はこれと似たような話を、向こうでやってるの?」
「ああ。そろそろ終わる頃かな……俺らも飯の準備を急ごう」
「「「「「は~い!」」」」」
皆は、大きな声で返事をして、再び作業を始める。すでに料理は出来上がっているので、これからは配膳だ。
たまがリンネの手を引き、一緒に皿を出そうとするが、リンネは未だに俺の顔を見上げていた。
「はあ……リンネ、ご覧の通り、俺は大丈夫だ。お前もさっさと皆と仕事をしろよ」
「……おこってない?」
「怒ってねえよ。やれと言ったのは俺だ。怒る必要が無い
……それに、今はお前らが居るだろ?
お前と、リンネと、爺さんとたま、それにアザミやダイアン達が居る。何も寂しくねえよ」
リンネと、リンネを心配するたまの頭を撫でながらそう言うと、たまはニコリと笑って頷き、リンネの方を向いた。
「あのね、リンネちゃん」
「……なに?」
「ずっと前にね、おじいちゃんに、「わしは、たまが笑ってくれるなら、それだけで幸せじゃ」っていわれたの。
たぶんね、おじちゃんもいっしょだとおもうの。リンネちゃんが笑うたびに、おじちゃんはしあわせだとかんじているとおもう!」
ジゲンの声真似をしながら、たまはリンネを元気づける。そして、ね? という目で俺の顔を見てきた。
俺は頷き、リンネの顔をまっすぐ見て笑った。
「たまの言う通りだ。俺はお前のそんな顔、見たくない」
リンネはぽかんとして、段々と笑顔になっていく。
「……うん! わかった~!」
「ようやく納得してくれたか。分かってくれたなら、たまの手伝いをしてくれ」
「うん! いこ、たまちゃん!」
「うん! やっぱり、リンネちゃんのわらったかおは、かわいいよ!」
そう言って、二人は料理の乗った盆を持って炊事場を出ていった。
リンネもこうやって、人間のいろんな複雑な感情をゆっくり学んでいってくれれば嬉しい。
たまが居て本当に良かったなあと頭を掻いていると、横から様子を伺っていた、シズネとエンミが、ため息をついていた。
「たまちゃんが笑っていたら幸せだってさ」
「本当に……丸くなったわね……」
「そういうものなのか?」
「ええ。少なくとも頭領さんの若い時よりは尖っていたと思うわ」
「街でも外でも、気に入らない者が居たら、斬っていたから」
思わず笑ってしまう。やはり、若い頃のジゲンは、俺とよく似ている……。
「でも、そんな爺さんを、アンタらは好きだったんだろ?」
「……ええ。ジロウは私達や、アヤメちゃん達には優しかったからね」
「そういうところも似ているわよ、貴方たち……でも、だからこそかな、皆、貴方についてきている。ホント、羨ましいわ」
エンミの言葉に、思わず苦笑いする。俺もああいう歳の取り方をするのだろうかと思いながら、皆の作業を手伝おうとした。
しかし、廊下から女中たちの小さな叫び声が聞こえてきて、俺達は動きを止める。
何かあったのだろうかと思っていると、炊事場の戸が勢いよく開かれた。
「おい、ムソウ! 話がある!」
そこに居たのは、サネマサだった。荒く呼吸をしながら、こちらを見ている。シズネとエンミはクスクスと笑いながら、サネマサを指さした。
「あ、もう一人の似た者団長だ」
「ホント、昔と何も変わらないから安心するわ」
エンミの言葉に、何がだ?という顔のサネマサ。
すると、サネマサに続いて、シンキや、ジゲン達もやってきた。どうやら話は終わったらしい。
「おう、サネマサ、何の用だ? 飯ならすぐに食えるぞ」
「それじゃねえ! シンジの話だ! どうなってんだ!?」
どうやらサネマサは、シンキの話が信じられないらしい。これだけ時間を使ったってのにな……。
話をしたシンキも、サネマサが暴れても良いように同席させたジゲン達も、頭を抱えているようだ。
まあ、俺も普段は信じられないような内容だが、俺の場合は、コウカとエンヤから聞いたから、すぐに信じられた。
だが、サネマサは元からシンキに不信感を抱いている。トウガ達が居ても、駄目だったかとため息をつく。
「どうって、何がだ?」
「信じられねえって!お前は信じられたのか!?」
「俺は教えられた経緯が違うからな。だが、シンキがその腕輪を持っているってことが、何よりの証拠だと思った」
俺は、シンキが今も着けているサヤから貰ったという腕輪を指さした。この腕輪が、過去のこの世界と、俺をつなぐものだと思っている。
これを見た瞬間に、シンジがシンキと分かった。それに、俺が何を言わなくても、シンキは俺の腕輪を見てから全てを理解した様子だった。疑う余地など無かったとサネマサに言うと、渋々ながら、そうかと頷く。
「む……お前が言うならそうなんだろうが……やはり信じられねえな……」
やはり、まだ信じられねえか。どうしたら、良いのだろうかと思いながら、ふと、コモンとジェシカとレオパルド、それにツバキの顔を見た。
何故か四人は何も言わないでいた。疑ってる様子は少しばかり感じるが、それ以上は何も言わないという感じだ。レオパルドに関しては、どうにも釈然としないという感じだ。以前、俺が話したときには信じてくれたようだったが……。
「お前らは……コイツの話を信じているのか?」
「まあ……どちらかと言われれば信じています。ムソウ様が語られたお話と何も変わっていなかったので……」
「なら、何で、そんな態度になってんだ?」
「そ、それはですね……」
追求していくと、何か言いづらそうにするツバキ。他の奴らに視線を移すと、同様な反応をする。
何だ?この期に及んで、俺に内緒ごとか?何に納得していないのかと問い詰めようとすると、一つ咳ばらいをして、シンキが口を開く。
「まあ、皆とサネマサの疑問を解くために、取りあえず明日、トウショウの祠に行くことになった。
お前の刀に宿る、エンヤからの話なら、流石にコイツ等も納得するだろ?」
ああ、更なる当事者で、トウガ以外の、俺にとっての前の世界からの仲間であるエンヤからなら、確かに信ぴょう性は高いか。
それに、エンヤなら、ツバキ達が抱いている思いにも応えることが出来るというシンキ。何のことか分からなかったが、明日それが分かるならそれで良いやと思いながら、サネマサの肩を叩く。
「まあ、そんな感じだ。今日の所はそれで納得しろ」
「いや、だけどよ~……」
しかし、納得できない様子のサネマサ。そんなサネマサを見て、ジゲンは深くため息をつく。
「はあ……まあ、正直、サネマサにはすぐに理解しろという方が無理じゃとは思っておった」
「ん? ジロウ……それはどういう意味だ?」
「言葉通りじゃ。お前に難しい話は無理じゃろう?」
「何だと!? こんな話、すぐに信じろってのがあり得ねえだろうが! それも、コイツのだぞ!?」
サネマサはジゲンに怒鳴りながら、シンキを指さす。少し眉を顰めながらも、冷静になろうと深呼吸するシンキ。
「信じられねえなら、それで良い。俺は本当のことを話しただけだからな」
「シンキ殿もこう言っている。サネマサ、今は抑えろ。ここで言い争っていても何も起こらない」
「いや、だってよ~!」
シンキとジゲンの言葉にも、駄々をこね続けるサネマサ。ジゲン以外にも、サネマサを諫めようと、コウシ達が動こうとしたとき、突然その場の空気が震える感覚がした。
「「「「「ッ!?」」」」」
俺含め、その場に居た全員がその感覚の大元となる一点に目を向ける。
そこに居たのは、ジゲンだった。ジゲンはサネマサを威圧するように、体中から闘気を放出する。
サネマサが、しまった、という顔をしている前で、ジゲンはサネマサに詰め寄る。
「……やれやれ……お前に理解力というものが無いというのは昔から分かっておったが、ここまでとはな……よくもまあ、今まで儂も生きてこれたものじゃな。
……じゃが、シンキ殿の真の姿を見て、ムソウ殿の腕輪の話もして……そして、エンヤ殿の話も聞いて……それでも信じられないのなら、明日を待てと言うのに、それすらも納得せず……。
いい加減……儂らを困らせるのは辞めないか? ……サネマサ」
「わ、分かった! 分かったから、刀から手を引け! 気を落ち着かせろ!」
後ずさりながらサネマサが必死に叫ぶと、ジゲンは柄に置いていた手を引っ込め、気を放出するのをやめて、ニコリと笑った。
「うむ。分かれば良いのじゃ。難しい話の後で、儂も疲れた。今日も皆でたま達の作った料理を食べるとしよう」
「お、おう……」
ようやくサネマサは落ち着いて、ジゲンやコウシ達と一緒に、飯を食う部屋に向かって行った。
呆気に取られている俺達の前に、シズネとエンミが前に出て、微笑む。
「ね、似てるでしょ? ジロウと頭領さん」
「どっちが怖いと思う?」
「……アイツだろ」
どうだかね、と肩を上げながら、シズネたちもジゲンに続いていく。
その後、コモン達も皆の後を追って、大部屋に向かって行った。
シンキは、やれやれと笑いながら俺の方を向いた。
「怖えな、“刀鬼”は……」
「ああ。あんな、爺さん、初めて見た……」
「サネマサ黙らせるには、アイツが居れば良いんだな……」
「それとこれとでは、話が違うだろ……」
「そうですよ。大師範もそうですが、ジゲンさんがもちません」
それは、どっちを心配しているのだろうということをツバキは言い出す。すると、シンキはフッと笑って、そうだな、と頷いた。
二人が、仲良さげに話していることに何か違和感があり、不思議に思った。
「いつの間にか仲良さそうだな……そう言えば、ツバキも同席させた理由って?」
「ん? ああ、この女がここを護る為に使ったのがEXスキルって聞いてな。なら、無関係でも無いだろうと思っただけだ」
「ああ、なるほど……あれ? 俺、そのこと言ったっけ?」
ツバキがEXスキルを使えるということを知ったのは、前にシンキが来てから、帰った後のことだ。俺がその時言うわけない。
後日提出した報告書にも、このことは書かなかったし、どうやって、知ったのだろうかと思っていると、シンキは応える。
「あ、ああ。鑑定スキルを使っただけだ。バレたくないなら、隠蔽スキルで隠した方が良いぞ」
「あ、はい。これからはそうします」
ツバキはシンキの言葉に頷く。何となく腑に落ちないが、あの状況なら咄嗟にいろんな奴に鑑定スキルを使うか。
俺も、まったく知らない場所で、周りにいる人間が敵なのか味方なのか分からないときは使った方が良いんだろうなと思い、二人に頷く。
「分かった……まあ、詳しいことは飯食った後なり、明日にでも分かるからよ。ツバキも今は、おとなしくしてろよ」
「ええ、承知しております……正直、今は考えを整理するので、いっぱいいっぱいですので……」
疲れた表情で、これ以上は、という顔をするツバキ。
俺も料理をして疲れたなあと思い、早いところ飯でも食おうと言って、ツバキの言葉に頷いた。
「じゃあ、行くか」
「ん? 俺も良いのか?」
「何を今更……お前の分も用意してある。それに、明日祠に行くんなら、どうせ泊まるつもりなんだろ?」
「いや、ギルド……というか、領主の家に行く予定だ」
あ、ここじゃないんだな。飯を食った後となると、かなり遅くなるが大丈夫だろうか。アヤメには事前に伝えてあるとのことで、それなら問題ないかと思いつつも、やはり心配になる俺とツバキ。
「まあ、駄目なら花街にでも泊まるさ。新しい妓楼を査定ついでにな」
「お前……」
「冗談だ。そうなったら城に帰るだけだ。明日、またここに来ればいいからな」
そう言って、フッと笑うシンキ。そんなこと言わなくても、ここに泊めてやろうというのに……。
これでも皆のことを気にしているのだろうな。ツバキはシンキに何も感じていないようだが、コモン達はああいう様子でも、未だにシンキとの問題もあって、戸惑っているのだろうか。
シンキが本当に花街に行って羽目を外さないようにしないとなと思いながら、シンキの言うことを承諾した。
そして、部屋に入ると冒険者達からサーっと視線が注がれた。
ああ、そういや、コイツ等も話を聞いたんだっけな。信じている信じていないは別として、皆、こちらを見ながらひそひそと何か話している。
やはり、飯の前に聞かせるというのは間違いだったかと思いつつ、ダイアン達は勝手に聞きに行ったのだから、関係ないかと思い、俺は席についた。
今日はシンキとツバキに挟まれるように、皆の正面に座る。
皆、それぞれ酒が注がれていく中、シンキにだけは誰も近寄ろうとしなかった。流石のうちの女中達も近寄りがたいかと思っていたが、皆に酒を注ぎ終わったリンネとたまが、酒を持ってくる。
「はい! きょうは、おししょーさまのこと、ありがと~!」
「ごゆっくりされてください!」
二人はそう言って、空のシンキの盃に酒を注いだ。リンネはともかく、流石たまだな。宿屋の子どもだったことはある。
シンキはキョトンとしていたが、フッと笑って、二人の頭を撫でた。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」
子どもの純真さってすごいんだな、と改めて認識しながら横から見ていると、シンキは心から嬉しそうな顔をしている。疲れでも溜まっているのだろうか。
さっさと飯でも食わせてやろうと思い、俺は立ち上がった。
「……まあ、勝手に話を聞きに行ったダイアン達は放っておくにしろ、信じられない話を聞かされてどうすりゃいいのか分からないってのは分かる。
特にコモン達、十二星天も戸惑っているのも分かってる。俺も最初はそうだったからな。ただ、それも明日になれば全てが分かるってんなら、今日の所はここまでにしろ。ここは俺の家だ。だから、俺に従ってもらう。良いな?
というわけで、皆、今日もお疲れさん、乾杯!」
シンキの話を聞いていない女中達、元から事情を分かっているジゲンとレオパルド、カドル、神獣達以外の者達は黙って盃を上げて静かに飯を食い始める。いつもと違い、静かな食卓にどうしたものかと頭を抱えた。
だが、変わらない光景もある。リンネとたまの二人は、いつものようにニコニコとしながら、シンキに話しかけているようだった。
「さいしょー様、美味しい?」
「シンキで構わない。とても美味しい料理だよ。ザンキ……じゃなかった、ムソウから聞いたが、これはたまちゃんが作ったんだってな。城の厨房に迎えたいくらいだ」
たまの料理にはシンキも舌鼓を打っているようだ。皆で作った料理を口に運びながら、満足そうにしている。
「このおしるは、おししょーさまがつくったんだよ!」
「ほう……道理で他のものとは味が落ちているわけだな」
「ほっとけ。嫌なら無理に食うんじゃねえよ」
シンキの手から俺が作った汁を取り上げると、別に嫌とは言っていないと言って、再び汁をすすり始める。リンネとたまは更に嬉しそうな顔をした。
「えっと……シンキ様はさいしょーさまだから、なんでも知ってるんだよね?」
「ん? まあな。この世界のことならなんでも知っているぞ」
「そっかあ~。じゃあ、聞きたいことがあるんだけどね」
たまはどこか期待を込めるような目をシンキに向ける。俺や他の皆は何だろうと思って、たまの言葉を待っていた。
「あのね、まえに、おじいちゃんから聞いたおとぎばなしなんだけど、あれって、ほんとうのことはなんなのかなって」
「何の話だ?」
シンキはたまの言葉に首を傾げて、ジゲンの方を向いた。ジゲンも何のことだかという顔をしたが、あ、という顔をして口を開く。
「たま、それは100年戦争を追い求めた、あの冒険家の男の話かの?」
ジゲンの言葉に、たまは頷く。
ああ、あの話か。100年戦争を追い求めて、世界中を放浪し、最終的に何かを見つけたが、その後姿を消して、残した娘の結婚式にも参加できなかった冒険家の男の話。
この世界では、「余計なことを考えない」という教えと共に、広く伝わっているものだ。俺にこの話をしてくれたグレン曰く、冒険家の男というのは実在したらしい。そして、この男は、王城にまで名が知れ渡っていた。
というわけで、シンキも恐らく知っているだろう。俺も少し興味が沸いて、シンキに、どうなんだ? と詰め寄ってみた。
すると、シンキはフッと笑って、たまに口を開く。
「……なるほどな。あの男のことか……確か、コモン達も必死になって追っていたな?」
「……ええ」
コモン達はシンキの方を見向きもせずに頷く。やはり、未だに嫌っている部分の方が大きいのか……。まあ、このあたりは本人ら次第だな。
さて、話は冒険家の男の話だ。あれを聞いてから胸のもやもやが収まらない。それは皆も同じらしく、シンキの言葉を待っている。
シンキは、コモン達の様子に寂しそうに笑いながら、酒をクッと呑んだ。
「まあ、大した話じゃねえから、言っても良いかな。だが、たまちゃん、これからする話は、この世界の人間のほとんどが知らない話だ。あまり広まると面白く無えから、出来るだけ、内緒な?」
「うん!」
元気に頷くたまの頭を撫でながら、シンキは冒険家の男の話を語り始める。
「皆も知っての通り、その男は実在の男だ。名前は、フェルド。一度気になったことはどこまでも追いかけるような奴だった」
「ジーン様みたいな?」
「ああ、よく似ていたな。ただ、ジーンと違うのは、この世界の全てを見たいというわけではなくて、自分の知りたいものだけを追い続けることが生きがいって奴だった。王都に住んでいたから王城だったり王立図書館だったり、とにかくいろんな所に入り浸っていたのをよく覚えている。
それで分かったことだったり、気づいたことがあったら、世界中に飛び回り、何かしらの発見をしては、俺や当時の人界王……え~っと、あの頃は……そうだ、クーロンに報告していたな」
「シンキ様、いくつなの!?」
「それは内緒だ……。
で、最終的にフェルドが興味を持ったのは100年戦争だったが、俺達には色々事情があって、それを教えることは出来なかった。その辺のことは分かってくれるな?」
シンキは再び、コモン達に視線を移す。そうは言っても、この話の顛末を知りたい様子のコモン達は、静かに頷いた。ダイアン達、邪神大戦の話を聞いた者達も同様に頷く。
何のことだか、という顔のたまや女中たちを流して、シンキは話を続ける。
「フェルドは手掛かりも無しに世界中を飛び回った。寿命が長い精霊族の森に行ったり、ゴルドに行って、エルフの王に話を聞いたりと、このあたりはおとぎ話と一緒だな。
そして、結末も一緒だ。フェルドはこの世界の真実を発見することに成功した」
「それは、話の中にあった、石碑ってやつか?」
「いや……ここがまた、面白い所でな……。
おとぎ話と違うのは、フェルドがこの世界の真実に気付いたきっかけだ。これには俺もびっくりしたが、嫁いだ娘の夫の一族にこの世界の真実が伝わっていたんだよ」
俺含め、その場に居た全員が、シンキの言葉に目を見開く。流石にその展開は読めなかった。
シンキは俺達の様子を見て、腹を抱えて笑う。
「な? 面白えだろ?」
「面白くねえって!っと……待てよ。てことは、その一族も邪神族だったのか?」
「いや、違う。そいつの一族ってのは、俺達と共に闘った仲間の一人の一族だったんだよ」
シンキは酒を呑みながら、驚いている俺達に話を続ける。
何でも、フェルドから話を聞いたシンキはさっそく、その一族の家系図を調べた。
そして、その一族の始祖となった男の名前を見て驚いたらしい。
それは、タカナリや、“始まりの賢者”ムウ、それにエンヤ達と一緒に国を興した者達の仲間の一人と同じ名前だったという。ちなみにだが、俺は知らない奴らしい。
あの時、邪神大戦については末代まで伏せておくというラセツ達の約束を破り、一族にだけは残していたというその男については、シンキも頭を抱えたが、確かに当時、この闘いの歴史や、伝説を後世にまで語り継ぎ、来るべき邪神族との闘いに備えた方が良いと、語っていた者だったということを思い出して、何となく納得したという。
「それで、まあ、アイツにも悪気があってやったわけじゃないことを知っていたからな。俺もその一族に関しては特に気に留めてなかったが、問題は、フェルドだ。
アイツは、自分が新たに発見したものを市井で語っていたような人間だったからな。
邪神大戦のことを広めて欲しくない俺は、フェルドに金貨一万枚渡して、口封じをするとともに、王都から立ち退いて貰ったってわけだ」
「え……てことは、そのフェルドって男が娘の結婚式に参加できなかった理由って……」
俺達は、シンキにジトっとした視線をぶつける。王命とは言え、一人娘の結婚式に父親を参列させないとは何事かとシンキを疑った。
しかし、シンキは意に介さずと言った感じで、笑いながら首を横に振る。
「いやいや……フェルドもちゃんと参列したよ。口封じをする対象がフェルドと、嫁ぎ先の二つになったからなあ。
だから、結婚式も俺持ちで盛大に行った。わざわざ王城の貴賓室を使って、クーロンも呼んで、直接アイツに永遠の愛を誓う結婚式ってのが行われてな。
で、コクロ領に、金を持たせたフェルドと、その一族の為に、土地と家を与えたってのが、この物語の顛末だ。なかなか愉快な話だろ?」
俺達は開いた口がふさがらないまま、おとぎ話の落ちというものを聞かされた。
そして、この世界で知るところの物語が出来上がったのは、それから100年ほど経った頃のことである。邪神大戦のことを深く知られないようにとのことだったが、知ろうとすれば、王城と深く関わることになるということを植え付けて、100年戦争について、深く詮索することは、この世界の暗黙の了解ということになっていく様を見て、シンキは笑っていたという。
何となく理解できるが、何とも納得のいかない顛末だなあと思っていると、コモン達の方から声が上がった。
「ちょっと待ってください! シンジさんはそこまで知っておきながら、僕たちがこの件について世界中を回っていたのを傍観していたってことですか!?」
「ああ、そんなことしてたな。まあ、その通りだな」
コモンの言葉に酒を呑みながら淡々と頷くシンキ。納得がいかない様子の十二星天から更に声が上がる。
「テメエ、俺達があの時どれだけ必死になっていたか知ってんのか!?」
「知ってるさ。ただ、それも他の者達には負けたくないからって理由だったんだろ?そんな動機で俺達のことを知られてもなあ……」
「大したことねえじゃねえか、そのくらい!」
「大したことはあるさ。壊蛇を倒して落ち着いた人界に、更にまだ邪神族がいつ襲ってくるかも知れないって言って、不安をあおるようなことはしたくなかった。
というか、レオ、俺よりも、怒りの矛先はトウガ達に向けるべきじゃないのか?」
シンキにそう言われたレオパルドは、キッとトウガ達に目を向ける。アイツらも、世界の真実を知っておきながら、黙っていたんだもんな。
恐らく、太古から生きているトウガ達にもレオパルドは話をしていたのだろう。レオパルドは硬直するトウガ達に詰め寄っていく。
「そういや、お前ら言っていたよな? 俺達はそんな前から生きているわけではないから知らないって……この野狼……俺に嘘ついていたな!?」
「それはさっきも謝っただろう。そして、それにはお前も納得していたではないか!」
「今日の今と、昔のあの時とは違うだろうが! ……くそっ、あの時お前らが本当のことを話していたら、俺も皆の前でデカい顔できたのに……」
殆ど自己満足じゃねえかと、心の中で突っ込む。確かにそういう動機なら、わざわざラセツやエンヤ達が決めたことを反故にしてまで、世界の真実を話すという気にはなれないな。
ひょっとして他の者達も怒っている理由はそう言うところから生まれているのかと思っていると、ジェシカがゆっくりと口を開く。
「まあ、他の皆さんを驚かせたかったというのは、私も同じでしたが、それよりも、あれを追い続けるあまり、治癒院や天宝館の完成に遅れが出たというのも事実です。私達が少し必死になり過ぎたというのもありますが、だとしても、あの時シンジさんや王様が本当のことを言っていれば、もっと早く出来たのかもしれないのですよ?」
ジェシカの言葉に、他の者達が頷く。ああ、本気で怒っている理由はそこにもあるのか。
話によれば、そもそもコモン達が、この謎を追ったきっかけだが、十二星天は、俺と同じ様に違う世界から来た者達の集まりだ。
そして、転生や召喚されてきた時代、場所は違っていたが、壊蛇討伐の目的の下、散らばっていた者達が集まり、一つにまとまることが出来た。
コモン達は自分たちが何故この世界に来たのか、そもそもこの世界はどういったものなのかを知るために、100年戦争のことを追ったという。ここで言うところのおとぎ話、フェルドの後を追うように世界中を回ったらしい。
そうやって、謎を追っていくうちに、今まで競い合うということをこの世界でしてこなかったコモン達はそのまま、謎を追うことに熱中していった。
そして、熱中しすぎるあまり、自身が設立しようとしていた機関の完成が予定よりも若干遅れたという。
あの時、シンキやトウガが、本当のことを話していれば、あんな苦労をすることもなく、治癒院なども早く出来て、壊蛇によって崩壊した人界の復興も、速やかに行うことが出来たと、ジェシカたちは思っているらしい。
……だが、俺は話を聞きながら、どこか違和感を抱き始めていた。ふと見ると、ジゲンや、リア、それとルイなど、何人かも同じように、それぞれ腕を組んだり、顎に手を置いたりして考え事をしているようだ。
―……あれ?それって……―
「……あのよ――」
俺が思ったことを口に出そうとした瞬間、シンキが手を上げて制し、代わりに口を開く。
「……な? このおとぎ話も言ってるだろ? “余計なことを考えるな”ってな。その結果どうなるか、それをお前たちは体現したってわけだ」
意地悪そうに、ニッと笑うシンキ。……酒でも回って来たか? さっきまでよりも、コモン達に対する接し方が、くだけている感じがする。
コモン達は呆然として、ぐっと黙る。そんな皆に、シンキは更に続けた。
「それに、どうしてもあの時のことを話すわけにもいかなかった。先ほどから言っているように、どこから邪神族のことが漏れるか分からなかったからな。今日の、そこの冒険者達のように……」
シンキと十二星天の話を隠れて聞いていたダイアン達は申し訳なさそうに黙り込んでいる。
まあ、俺もそこまで怒っていないし、シンキもそれは同じだということは分かっている。実際、邪神族と闘ったわけだし、いずれ話すことだと思っていたからな。少し時期が早まったと考えれば良いだろう。
「そして、トウガ達も言ったように、あの時世界は壊蛇の襲来という未曽有の危機から脱したばかりだった。
そんな時に、不安をあおるよりも黙っている方が良いと考えた。
現にそのおかげで、今日まで人族は安定した平和の下、暮らすことが出来ている。……もっとも、それはお前たちの尽力がかなりデカいがな……」
そう言って、シンキはフッと笑う。コモン達が嫌っていても、シンキは他の十二星天のことを嫌ってはいないことがよく伝わってくる。
王のそばに常についていて、宰相という立場ではなかったら、シンキもああやって皆の中に入っていたのだろうなと感じた。
急に感謝され、何を言って良いのか分からない様子のコモン達。まだ怒っているのか、と思い、俺も皆も黙っていると、ふと、サネマサが口を開く。
「……つまりは、俺達のこと、あの時はまだ信用できていなかったってことか?」
……あ、そういう解釈になるのか。多分、そういうことじゃないんだよなあと、俺とジゲン、それに牙の旅団からため息が聞こえると、シンキはサネマサに応えるように小さく頷いた。
「……ああ。あの頃は、まだ、お前たちを完全には信頼していなかった。
いや、むしろ危険視していた。ケアル様やエンマ様が呼び、かつての仲間達の力を継いでいたとは言え、元は、違う世界の人間だからな。
壊蛇を倒したほどの力を持つお前たちが、オウエンや俺達に牙を剥いたらと考えたら、疑念ばかり浮かんでいたな。
……だが、皆が人界の為に色々やってるのを見て、その考えは改めた。アイツらの意志もちゃんと継いでるって気がして、安心したと共に、今までの自分の考え方を反省した。
……“余計なことを考えるな”ってのは俺にも言えるな……」
シンキは、ゆっくりと立ち上がり、コモン達の前まで行って、その場に正座する。
「……今まで、すまなかった……」
そのままシンキは、手をつき、コモン達に頭を下げた。シンキの行動に目を見開くコモン達。その光景自体が信じられないといった様子だ。
シンキは、伏しながら、更に続ける。
「……これからは、ちゃんとする。お前らの意見も聞きながら、しっかり連携していく……
だから……だから、俺にも力を貸してくれ……」
改めて語られた、シンキの心よりの謝罪に、コモン達は何も言えないようだ。この状況はどうすれば、という顔で、コモンやレオパルドは、俺やトウガ達に視線を向ける。
皆も、心配そうにその光景を見つめるが、俺達は、そこはお前らが何とかしろという気持ちになり、それぞれコモン達の視線を外しながら黙っていた。
しばらくすると、コモンとレオパルドは助けを求めるようにシンキを指さしながら、ジェシカとサネマサに視線を向ける。ジェシカは、小さくため息をつき、シンキに体を向けた。
「頭を上げてください……「シンキ」さん。そんなことをされても困るだけです。
すでに私達は、貴方の話には納得していますので。サネマサさんは分かりませんが……」
「おい……」
ジェシカの言葉に、サネマサが小さく突っ込むが、ジェシカはそれを無視して更に続ける。
「シンキさんやトウガ様達に事情がおありだったことはもう、分かりました。ですので、そのあたりのことはもう、よろしいです。明日、全ての話に決着がつくのですよね?」
「……ああ。その予定だ」
「ならば、今日のところは、私達は貴方を許します。ですが……これからもというのならば、こちらからも条件があります」
ジェシカの言葉に、シンキは顔を上げる。すると、レオパルドがジェシカに続くように口を開いた。
「口では何とでも言えるからな。これからは行動で示せ。それだけ、俺達の三十年分の溝は深い。
セイン達だけでなく、俺達の声もしっかりと聞いてくれよ」
「もちろんだ。お前らが作ったものはお前らだけのものだ。必ず、それぞれの意見を尊重させてやる」
シンキの言葉に、レオパルドは納得したように頷く。
すると、コモンが長い溜息をついて、口を開いた。その表情からは、今までのような怒気は感じられない。
「はあ~……シンジ……いえ、シンキさんも、長生きしている割には不器用だったってことですね……ですが、本当に今度こそ、お願いしますよ」
コモンはシンキの手を握って、ニコッと笑う。
シンキが驚いていると、続けてレオパルドとジェシカも手を重ねた。
「魔物の起源ってのは分かったが、それから世界は変わり続けている。魔物も同様にだ。悪い奴も居れば、いい奴も居る。これから研究することは多い。アンタの力も必要な時が来る。その時はトウガ達と一緒に、頼むな」
「この世界の全ての人達が出来るだけ傷つかず、健やかに過ごせるようにと設立したのが私の治癒院です。今度こそ、協力してくださいね」
二人もコモンと同じ様に笑顔で、シンキにそう言った。
一人、仏頂面でその場を動かないサネマサだったが、そんなサネマサの肩をジゲンとツバキが叩く。
「サネマサ……お前一人そんな態度じゃと、馬鹿らしくならないか?」
「それに、亡くなられた方々については、私達のことをよく見ていなかった大師範にも責任があると思いますよ?」
「ん゛っ……」
ツバキの言葉に、サネマサはばつの悪そうな顔をする。確かに、ツバキの言うように、サネマサが弟子にもっと目を向けていれば、それぞれにあった職業を選ばせるということも出来たかも知れない。
そうすれば、力に驕った者達が早々に武王會館を出て、危険な騎士や冒険者になることもなかったかも知れないな。
にしても、ツバキ、それをこの場で言うのか……。自分だって、その制度を利用して、騎士になったというのに。
まあ、ツバキは強いから良いがな。それにそのおかげで、俺達にも会えたわけだし……。
一瞬、突っ込みそうになったが、ぐっとこらえていると、二人に促されたサネマサも、はあ、とため息をつき、シンキ達の手の上に、自らの手を重ねた。
「……まあ、そうだな……今度、俺と一戦手合わせしてくれ。鬼族の戦闘には興味あるからな。
俺がもっと強くなるために……協力しろ」
ぶっきらぼうに言い放つサネマサ。シンキは、重ねられた手を見ながら、フッと笑みをこぼして、コモン達に向き直った。
「……やはりサネマサが一番わかりやすいな」
「……うるせえ。約束だぞ!」
「ああ、分かった。今後も十二星天の一人として……人界を護る者達として、よろしくな」
シンキの言葉に、コモン達は頷く。すると、皆から小さく拍手が聞こえてくる。
……ようやく、シンキとコモン達の関係が修繕されたかと、肩を下した。俺が何をしたわけでもないのだが、マシロでミサキからこの話を聞かされて、胸の中にあったもやもやしたものが晴れていき、ホッとした。
その後、シンキは俺の隣から、コモン達の居る席に移って、皆と楽しそうに飯を食い始めていた。




