第259話―鍛錬をする―
さて、その日から決めていたように、俺は屋敷で過ごすことが多くなった。俺が屋敷に居るということで、今まで屋敷で皆の指揮を執っていたジゲンにも時間が出来るようになり、ツバキの特訓や、牙の旅団の皆と過ごすことが増えていく。
偶に、エンミやシズネと一緒に、たまと遊んでいたりもする。これまで迷惑をかけた分、俺が居る時くらいはゆっくりとさせてやろうと考えていた。
ツバキの特訓では、シロウも混じっているときもあった。ジゲン曰く、シロウの技は使えているとはいえ、使いこなせているかは微妙なところだと言って、自らの技を完成させるべく、二人には徹底的に教え込んでいるようだ。
シロウの方は自警団の仕事は大丈夫なのかと確認したが、前のように、闘宴会も居ないし、今は住民たちが一丸となって街の復興をしているということで、特に大きな問題事が無いので、正直に言えば暇だったらしい。
久しぶりにジゲンの教えを受けるということで、最初は張り切っていたが、ツバキとの鍛錬が終わるとその日の終わりはげっそりとしていた。
「はあ、はあ、はあ……親父~、もう少し優しくならないのか?」
「昔から言っておるが、人はある程度辛い経験をして、強くなるものじゃ。これくらいで音を上げるでない」
「まだ、きつくなるのですか……」
正直なところ、ジゲンの鍛錬はサネマサの武王會館よりも辛いとツバキも評価している。だが、日に日に強くなっていく感覚というものはあるようで、ジゲンの特訓には二人とも満足しているようだった。
時々、他の牙の旅団の者達の下で、特訓をしている奴らと合同で鍛錬したりもしていた。
その日は、俺も少し興味が出て、様子を見に行ったが、ジゲンとコウシ達が笑いながら眺めている前で、それぞれが乱戦するという、果たして特訓なのかどうか分からない様相のものだった。
特に面白かったのは、全員参加の時だ。周りで皆が闘っている中、シロウとナズナ、ツバキとショウブがそれぞれ向かい合い、何か言っているのが聞こえた。
「さあ、シロウ、かかって来なさい!」
「……あまり、気乗りがしないんだが……ツバキの嬢ちゃん、変わってくれねえか?」
「それは、私にナズナさんと闘えと? 私も大変お世話になったので、気乗りしないのですが……それとも、ショウブさんとの方が闘いやすいのですか?」
「ああ。今まで泣き虫と罵ってきたお返しをたっぷりとしてやる!」
「ほう、言ったな! 泣き虫め! 強くなった妾の風刃を食らうが良い!」
「ちょ、ちょっと、ショウブさ――」
ナズナの制止を無視して、ショウブは周囲にいくつもの風刃を展開させて、シロウに飛ばした。先ほどのシロウの言葉を挑発と受け取ったのか、ショウブは全力だ。俺と闘った時以上の数と大きさの刃をシロウに向けて飛ばしている。
シロウは、刀を振るい、気合を入れると、自ら纏っていた気を龍の頭部のような形状にして、風の刃を防いだり、叩き落していたりしている。
そして、ショウブがシロウだけに集中している隙に、ツバキがショウブとの間合いを一気に詰めていく。
ツバキに気付いたショウブだったが、時すでに遅し。慌てて構えられた鉄扇をツバキは弾き飛ばした。
「くうっ!」
「勝負ありです、ショウブさん」
ショウブの首筋に、刀を突きつけながら冷静に言い放つツバキ。悔しそうに降参の意を示すように両手を上げるショウブ。
あの刀、相手の武器を弾き飛ばすことも出来るんだな。俺がやったらショウブの鉄扇を斬ってしまいそうで怖い。
なんで、俺が抜いた零の刀をツバキが使いこなせているのだろうか、疑問に思う。
斬鬼の中のエンヤが、上手い事しているのだろうかとふと、思っていると、今度は二対一となり不利になったナズナが刀精を顕現させた。
「まったく……ショウブさんは頭に血が上り過ぎるのがまだ駄目なところですね……」
「おっと、本気を出して来たな、ナズナ。俺達も本気で行くぞ、嬢ちゃん!」
「あ、シロウさん危ないです!」
「へ? うおっと!」
ツバキに向かって、二人でナズナの相手をしようと提案するシロウの足元に、ナズナは重たい一撃を放つ。衝撃でシロウは吹っ飛び、地面に倒れた所にナズナの刀精が四方から武器を突きつけた。
「気を抜いたら駄目よ、シロウ」
「これから入れようと思ったんだがな……」
「ということは、抜いているじゃない。昔から集中力が続かない癖は治っていないのね」
「はあ……まいった」
シロウは刀を地面に置いて、降伏する。
その後、ツバキとナズナが闘い、最終的にナズナが勝った。
ツバキとナズナ、それにシロウはよく闘ったなと俺もジゲン達も感心していたが、ショウブは駄目だ。
後でジゲン達に軽く説教を受けていて、悔しそうに泣きそうになっていく。
それを指さして笑っていたシロウをナズナが諫め、ツバキが呆れ、周りの人間たちは大笑いしていた。
後でジゲンが、
「皆、成長しておるのか、していないのか分からなくなってきたのう……」
と、俺に軽く愚痴をしてきたが、最後に昔を思い出すと言って、少しだけ嬉しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
そんな、皆の特訓だが、偶に見学している俺を強制的に巻き込むこともある。ほとんどきっかけは、
「よ~し! 強くなったところをあの男に分からせてやれ!」
というコウシの言葉だ。厳しい鍛錬を越えて疲弊しきったダイアン達に、その可否を問う判断力は残っていない。
雄たけびを上げながら丸腰の俺に向かってくる奴らに、死神の鬼迫をぶつけて無力化させていたが、日を重ねるごとに、あることに気付いた。
それは、同じくらいの殺気をぶつけても、そこから立ち直るのが、早い人間と遅い人間に分かれて来たことだ。
ダイアン、ハルキ、チャン、ロロなどは少し遅めだが、リア、ルイ、カサネ、そしてツバキは皆よりも早く立ち直って、俺に攻撃してきたり、未だ動けない者達を叱咤したりしている。
死神の鬼迫を使っている間にも、動けたりするのはなかなか出来ることではないのでは、と俺自身がそれを受けたことが無いので分からないが、思っている。
特にリアは、すでに皆が少しだけ動きを止める程度の殺気の時には、何食わぬ顔をして、矢を撃ったりしている。
どういう仕組みになっているのかと聞いてみると、
「頭領の殺気を受け流している」
とのこと。曰く、自分に殺気をぶつけられることで、身体が動かなくなるというのなら、その殺気自体が、自分とは何も関係ないものと思い込むことで出来るようになったらしい。
ちなみに、ツバキ達は、そこまで本気じゃないということを感じることで、死神の鬼迫の効果も、皆ほどは受け止めていないのでは、とのことだった。
俺が皆にぶつける殺気も自分には関係ないものと判断し、思いこむというリアの精神力と冷静さはやはり大したものだなと感じていると、トウガが、それはどうやったらできるのか、とリアに熱心に話を聞いているのを見て、何となく面白いと感じた。
現状、この屋敷に居る者達の中で一番多く、死神の鬼迫を受けてきたのはトウガだからな。誰よりも俺の怖さを知っているトウガは、その後もリアの動きをよく見たり、観察したりしている。
他の神獣やカドルは、今まで通り街の復興だったり、依頼に出ることが多い。特にトウウとカドルは速く移動することが多いので、屋敷に居ないことが多い。
レオパルドが麒麟の様子を見に行ったのは、日帰りで済んだ。上手くやっているようで良かったではないかと言うと、レオパルドは頭を抱えて首を横に振った。
「いや……アイツら、俺やトウガ達が居ないことを良いことに、魔獣宴に居る魔物たちを、自分たちの力を使って恐怖で管理し始めていた。
ここの長は私達、と言わんばかりにな……」
……なるほど。やはり子供らしい問題というのは起きていたか。トウガ達もどことなく呆れているようだった。
ただ、その一件で何となく麒麟の性格が分かった俺は、ますますリンネを会わせたいと思うようになっていた。
やはり、子供の相手は子供がするべきだろう。その方がリンネにとっても、良い成長につながるのではないかと感じている。
そんなリンネは、俺が屋敷に居る時は屋敷に居て、依頼に出るときはツバキと共に、屋敷から出たりしている。つまり、いつも俺と一緒だ。買い物に出る時も、街を散歩するときも、たいてい俺の隣か、肩の上に居たりする。皆の鍛錬を眺めている時などは、結界を張って俺に影響が及ばないようにしてくれていたりもした。
「リンネも強くなりたいんじゃないか?」
「キュウ!」
皆の修行をどこかもの欲しそうに見ていたリンネにそう尋ねると、強く頷く。
そこで、屋敷から出ていないトウガ達に声をかけて、リンネの鍛錬をしてもらうことにした。
ただ、俺と一緒が良いと言うので、俺もトウガ達と手合わせをしたりもすることになっている。
隣で、リンネとトウガが向かい合っているのを眺めながら、俺はトウケンと闘ったりしていた。
「オラ! それでもカンナ達と闘った神獣か!? もっと本気を出してみろ!」
「ちょ、待て! 何もそこまで本気に――」
「人間の俺に、伝説の神獣相手に手を抜けってか? 出来るわけねえだろ!」
「うわああああああ~~~ッッッ!!!」
大概そんな日は、町中にトウケンの悲鳴が轟く。
神獣達も弱いというわけではないが、本気を出している雰囲気ではない。本気でやり合えば、また街が吹っ飛ぶからかなと思ったんだが、俺が手を抜くと、俺自身が危なくなる。
ゴウキ程とは言わないが、トウケンの力もかなり強い。気を抜くと骨や内臓が危ないと感じたりもする。
その結果、常に本気でやっていると、そういうことになり、今ではその悲鳴が、ほとんど時報代わりになっていたりもする。
ボロボロになったトウケンを、トウガとトウウ、レオパルド、そして、屋敷に居る者達が慰めるという光景を何度も見てきた。
「お~し! 次はトウガが俺の相手、トウケンはリンネの相手だ。行くぞ!」
「うお!? ちょっと待て!」
トウケンと闘い終わり、続けてトウガに向かって行くと、トウガはハッとしてすさまじい速さで俺から逃げていく。
樹海での戦いで、俺と手合わせしたいと言っていたのに、心外だと思った俺は、そのままトウガを追いかける。
「野狼……逃げんじゃねえ!」
「少し待て! 準備させろ!」
「テメエも俺にいきなり噛みついたりしたこともあっただろうが! 準備なんて要らん!」
……結局その日は、トウガと一日中追いかけっこをする羽目になった。やはりアイツは速いな。最後まで追いつけなかった。あアイツた素早さにおいても、もう少し鍛えておかねえとなと、思いながら晩飯を食っている俺の横で、トウガはリアに愚痴をこぼしていたりもしていた。仲良くなったもんだな……。
さて、残る神獣トウウは、俺とダイアンに、空中での戦い方を教えてくれた。俺は神人化し、ダイアンは背中から翼を生やして、トウショウの里の上空に飛び立つ。
するとトウウは、取りあえずこの動きをやってみろと言って、縦横無尽にそこらを飛び回った後、空中で制止、直後に自身の最速で更に飛んで、一つの雲に風穴を開けた。
おおよそ、鳥というものの動きさえも超えているトウウの動きに、俺とダイアンは揃ってため息を吐く。
「頭領……出来ますか?」
「いや……流石に俺もあれは出来ねえよ……」
「そうっすか……頭領も人間なんだなと思い知らされたっす……」
「相手が神獣だとな……」
「それを言ったら、トウガ様たちはどうなるんすか……?」
「アイツらも本気じゃねえんだよ……これ見たら、わかるだろ」
「ああ……なるほど……」
というわけで、ダイアンだけは、俺がトウガとトウケンをいじめているとは思っていないようだ。
そして、どこかノリノリな様子のトウウの前で、俺達はたどたどしく飛び続け、結果的にダイアンの空中での動きは少し上達したようだった。
俺の方は元々空を飛びながら闘ったり、空で過ごすということに慣れていないので、時間がかかり、こういうのは風魔法で空を飛べるジゲンやショウブ、牙の旅団のタツミに教わったりもしていた。
その日、ダイアンは俺に一つだけ勝つことが出来たと上機嫌に酒を呑んでいた。更には狂気スキルの熟練度も上がっているとのことで、身体への負担も前ほど大きくはないという。
それでも、心配する人間というのは、やはり居るもので、上機嫌に笑っているダイアンの横腹をアザミが小突いた。
「あまり、心配かけないで。貴方が倒れるところは、もう見たくないから」
「お、おう……すまねえ。けど、今は楽しいんだ。もっと強くなってやるからな!」
「まったく……頭領みたいな戦闘狂にはならないでね」
誰が戦闘狂だと、突っ込みたくなり、身を乗り出すと、皆が俺の動きを制し、ジゲンまでもが俺の口をふさぐ。
「邪魔しないで、頭領!」
「空気読んでください!」
「すまぬが、ムソウ殿は何も言わないでくれ!」
などと、皆から怒られることがしばしばある。
俺も皆の頭領だからな。それぞれがどんな関係になっているか、一緒に過ごしているから分かるが、俺をダシにその関係性を強くさせるというのは如何なものかと思いつつ、こういうのは当人らに任せるとして、俺が口を出すことは無いなと、皆に納得して頷いていた。
そんなこともあり、一つだけ屋敷内の変化の中に面白い出来事があった。
コモン達が進めていた高天ヶ原の再建の作業が終わり、屋敷からナズナ含めた四天女達と、花街の妓女たちが出ていくとこになった日のことだ。
屋敷を離れていくシュンカ達が、冒険者達に色目を使いながら、
「またね~」
「落ち着いたら、ぜひ遊びに来て下さいね~」
と、妓楼に誘ったりしていたのだが、ダイアン達は、う~っす、と淡々と頷くだけだった。誰も、屋敷から女たちが出ていくというのに、それを名残惜しそうにはしていない。
屋敷内での人間関係がこういうところで面白いように発揮されるんだなと感じていた。その光景を見ながら、新しい妓楼の管理を任されるコスケは、ふう、と息を吐き、口を開く。
「なるほど……こうなってくると、ムソウさんの所の皆さんに期待するのは難しそうですね」
「偶には遊びに行ってやるって」
「ええ、それはもちろんです。ここまで期待していたのですから、ムソウさんも、そして、ジロウ様もぜひ、お越しください」
「む……お前は自分の主から搾り取ろうと言うのかの?」
「ガロウ様含め、今までの領主様が作り上げた花街を護っていくためには色々と必要ですので……」
コスケの言葉に、ジゲンは目を見開き、フッと笑ってコスケと握手をした。
「まったく……これからも、花街はお前に任せる。皆を頼んだぞ」
「しっかりと、拝命いたしました。ジロウ様」
そう言って、コスケは妓女たちを連れて屋敷を出ていった。どこか寂しそうな顔をするジゲン。やはり、長年仕えてきた従者が離れていくというのは辛いのだろうか。
「落ち着いたらまた、会いに行けばいい」
「うむ……皆には申し訳ないがの……」
もう、妓楼や妓女たちには未練が無さそうなダイアン達に目を移す俺達。
すると、そうは言ってもという感じで、段々と遠ざかっていく妓女たちの背中を見て、徐々に残念そうな表情を浮かべていく、冒険者達の顔が見えた。
やっぱり、当初の約束通り、もう少し経ったら、アイツらも妓楼に連れて行ってやろうと俺とジゲンは笑っていた。
さて、高天ヶ原が出来たということで、街の復興自体は、後は、物流の再開や、住民たちそれぞれの生活が元通りになるのを待ったり、高天ヶ原の営業再開を残すのみとなり、コモン達や、闘鬼神が直接関与しなくても良いという状況にまで回復した。
コモン達、天宝館の仕事もいつものように戻っていく。貴族たちも居ないことだし、上街の作業も終えて、俺達が依頼から帰ってくると素材の解体をしたり、査定したりしている。
コモンとヴァルナは俺の装備や、闘鬼神の装備を作っていることが多い。ただ、無間についてはやはり最高のものを作りたいということで、トウショウの祠に行くまで保留にしているようだ。
そして、迷彩龍の鱗を使った新しい装備と共に、俺の羽織や小手などの修復も済んだようで、大量の装備品を持ってコモンは屋敷に帰ってきた。よく見ると、コモンの目の下に濃い隈が出来ている。
「お前なあ……」
殆ど休みなしだということを悟った俺が呆れていると、コモンはニコッと笑う。
「良いじゃないですか~。楽しかったのですから」
「そうは言ってもなあ……あれほど、無理はするなと言ったのに……」
「ええ、ですから、明日から僕も当分お休みします! これなら文句はないですね?」
と言って、次の日からコモンは屋敷で過ごすようになった。体を休めながら女中たちの手伝いをしている。たまは凄く喜んでいて、リンネが俺とよく居るようになっても、寂しくは無さそうだった。
俺の装備については、全てヴァルナが行ったという。マシロのギリアンから、「大丈夫だったか?」という手紙と共に、ベヒモスの素材が届いたときなどは、凄く嬉しそうにしていたという。
「一応、ギリアンと同じように作ったんだが、どうだ?」
「問題ないが……前よりも良い気がするのは何故だ?」
「九頭龍の素材も組み込んであるからだろうな。後は……私がギリアンを越えたってことかな」
そう言って、ニカっと笑うヴァルナ。ギリアンが聞いたら何と言うだろうか。いつものように、ガハハ! と笑い嬉しそうな顔をするギリアンが思い浮かび、俺も笑って頷いた。
コモンは、屋敷で過ごしながら俺と一緒に、皆の稽古を眺めたりもすることが多くなる。自分が作った装備品の様子を確かめているようだったが、ふと、ツバキを見ながら神妙な面持ちになっていることに気付いた。
「どうかしたか?」
「いえ……一応、ツバキさんには九頭龍の牙で薄刃刀を作ろうかとヴァルナさんと話しているのですが、あの刀を使うことにすごく慣れているようですので、このままでも良いかなと思ってしまって……」
確かにツバキは、斬鬼を上手く扱っている。先ほども言ったように、俺が抜いた零の刀にも関わらず、俺以上に扱えているように思えるほどだ。
なので、無理して薄刃刀を作らなくても良いのではないかと俺にコモンは提案してきた。
確かにそれも良いとは思うが、あの刀にはエンヤが宿っている。せっかくだから、今後もエンヤと一緒に敵を斬っていきたいと思っていた俺は、少し悩み、こちらもトウショウの祠に行ってから決めることにして、コモンからの提案についてもそれまで保留ということにして、薄刃刀自体は作っていてくれと頼んでおいた。
「まあ、やるのはヴァルナさんですからね。僕は、無間に集中します」
「ああ。その為にも、本当にしっかりと今のうちに、英気を養っていてくれよ」
コモンは、はい! と強く頷く。
さて、皆の動きは、大まかに鍛錬したり、依頼に出たりということになっていき、時間を持てるようになった俺も、前々から考えていたように、薬を作ったりしている。ジェシカが居なくなり、そちらの作業の人手が足りなくなっていたと嘆いていた牙の旅団の薬師、サンチョは快く俺を受け入れてくれた。
「アンタの作った薬にはどれも感動した……が、聞けばどれも偶然から産まれたものらしいな。後々の為に記録しておきたいが、良いか?」
「ああ、構わない。だが、あれは神人化してから完成したものだ。記録したところで他の奴らに真似できるのか?」
「まあ、無理だろうな。だから、アンタは神人化せずに、この聖なる水を使って同じような薬を作るってことが当面の目標だ。それなら他の奴らにも真似できるはずだ」
なるほどとうなずき、俺達は薬の作成を進めていく。
そして、分かったことがあり、俺が浄化した水を使って調合した薬は、品質が少し上がる。
同じナオリグサとワイバーンの肝を混ぜて作る下級の回復薬も、水を若干混ぜれば中級の回復薬になるといった具合だ。
呪を防ぐという効果のものは出来なかったが、それだけ分かっただけでも儲けものと二人で手を叩き、その後も作業を続けていく。
そして、二人で素材をすりつぶしたり、成分を抽出したりしていると、サンチョはジェシカから借りたという、上級以上の薬を作るための調合表が書かれた本を見ながら、口を開く。
「やはり、俺達が死んでからの間にも、薬の種類も使われ方も大きく変わっているようだな」
「そんなものなのか?」
「ああ。当時まで、俺達が作る薬というのは闘いに置いて怪我をしたり、気力や活力、魔力を高めたりすることに使われていたのだが、今では一般の生活面でも多様な使われ方をしているようだ」
「例えば、どんな感じだ?」
「風邪薬や熱さましなどの薬はあったが、ここには二日酔いに効く酔い覚ましだったり、夜眠ることが難しいと感じる人間の為の、軽度な睡眠剤とかが書かれているな」
聞けば、それまで、薬というのは数も少なく、高価なものだったということで、持てる人間も少なく、使ったとしても、自分たちのように魔物と闘ったりする人間が主だったという。
だからこそ、サンチョは薬師となって、自分で薬を作り、皆に貢献してきたのだとか。回復魔法を使える人間も少なく、一般に暮らす民衆は病気になるだけで、大金を失っていたらしい。
それが、セインが設立した冒険者ギルドで、薬の素材となる魔物の骨や臓器も安定して手に入るようになったり、ミサキが様々な効果を持つ資源を生み出し、更にジェシカが開設した治癒院によって、安価で民草でも簡単に扱える薬が大量に生産されるようになり、この世界における薬というものの見方が大きく変わったという。
そして、十二星天の者達の提案で、怪我を治したり、病気を癒したりする以外にも、豊かな生活をおくれるようにと、色々な薬が開発されてきたという。
この中では、酔い覚ましの薬は欲しいなあと考えた俺とサンチョは、毎晩酒盛りをする皆の為に、早速作ろうとした。
だが、素材が足りなかったので、サンチョの依頼で、俺が外に出ることもある。そんな時は、リンネとツバキももちろん連れて行く。
「それで、今日はどういったものを採集しに行くのでしょうか?」
「ああ……ウコンって生薬があって、それを好んで食べている強壮トカゲという奴らしい」
「強壮トカゲ……何とも滋養強壮に良さそうな名前ですね。こちらは討伐ですか?」
「いや、コイツはそこまで大きくないらしい。だが、捕まえづらいとも聞いたから少し気をつけていこう」
俺の言葉にツバキとリンネは頷く。戦闘自体はしなさそうなので、安心していたが、捕まえづらいというのはどういうことだろうか。何となく気にしながらも、目的の場所へと到着する。
そこは、トウショウの街から少し離れた所にある農園で、色々な生薬を育てている場所だった。薬の材料の他に、火炎生姜なども育てている。火山のふもとにしか実らないのに、どうやって育てているのかと思っていると、なんでもあの山の近くの土壌を持って帰り、そこに砕いた火炎鉱石を含ませて、疑似的にそういった環境を作っているとのことだ。
よくやるなあと思いつつ、後でいくつか買っていこうかと思っていると、ウコンを育てている一角でがさがさと周辺の草木が揺れ動いていることに気付いた。
農園主は指をさして、声を荒げる。
「おわ! 出やがったな、トカゲどもめ! 冒険者さん、お願いします!」
農園主の言葉に、俺達は頷き、近づいていく。すると、草陰からおびただしい数のトカゲが、凄い勢いと速さで飛び出してきた。うじゃうじゃと居て気持ち悪い。
どうやら、強壮トカゲというのは、その名の通り、体中に力が漲っていて、その為動きも速く、また、繁殖力が高いという。一匹いたら、百匹居ると思えと農園主が言っていたように、次から次へと出てきては、ウコンに近づいていく。
そこでツバキとリンネに障壁を展開させて、トカゲどもの動きを止めようとした。
だが、小さいわりに力は強いようで、まるで家ににわか雨が降っているかの如く大きな音が、バンバンと障壁から響いた。トカゲどもが結界を叩いたり、身体をぶつけたりしているらしい。
よくもまあ、近くにこんなに強壮トカゲが居る中で、農園やっているなあと農園主に感心しつつ、俺は死神の鬼迫を使い、動きを止めようとした。
だが、上級の魔物でさえも気絶するほどの殺気をぶつけても、トカゲどもは何食わぬ顔をして、結界を叩いている。
「え……これでも駄目なのか……」
「感心している場合じゃないです! これだけ数が多いと、いつまでもつか……!」
「キュウ~!」
いつになく必死な顔のツバキ達に頷き、俺は更に殺意を強めてトカゲたちにぶつけた。前回の戦いで、邪神族の男にぶつけた殺意と同じくらいでようやくトカゲどもは動きを止めて、バタバタと気絶していく。
俺達はそのままトカゲどものとどめを刺して、異界の袋に放り込んでいった。
少し気になったので、普段はどうやってこのトカゲどもの処理をしているのかと農園主に尋ねた。
すると、眠くなる薬を混ぜたウコンを皿に盛っていたら、勝手に食らいついて眠ったところを捕獲するとのこと。意外と簡単に捕まえられるんだなと思い、ツバキ達と大きくため息をついた。
「採集依頼もなかなか難しいですね……」
「ああ。そういや、前もこんなことあったよな、リンネ」
「キュウ~……」
マシロで行った、氷冷鉱石を採集するという依頼の時にも、思わず大変なことになった。あの時のことを思い出して、俺とリンネは疲れた表情を見せる。すると、ツバキはニコッと笑って、
「今、強壮トカゲを召し上がりますか?」
と、聞いてくる。勘弁してくれと言いながら、俺達はトウショウの里へと帰っていった。
さて、強壮トカゲが手に入った俺達は、早速酔い覚ましの薬を作り始める。といっても、何種類かの魔物の肝とナオリグサで薬の土台となるものを作り、そこに干して焼いたトカゲの粉末を入れるという簡単なものだった。
薬自体の製法は簡単なんだなと思い、完成したそれをその日の宴会で皆に飲ませてみた。
すると、ダイアンやシロウなど、元々酒に弱いくせに大量の酒を呑んでいたような奴らは、更に酒を呑み、顔を赤くしていたりしていた。
そして、ダイアンなどはアザミに抱き着いたりしている。冒険者の何人かが引きはがそうとするが凄い力のようでなかなか離れない。
シロウも同様に、こいつはナズナに抱きつこうとしている。いつもは若干の慎みを持っている二人がそういう行動に出たのは、恐らく強壮トカゲの成分の中に、一種の発情剤のようなものもあったのだろうと、頭を抱えつつ、ジゲンと共に二人に拳骨を振り下ろして、騒動を終わらせた。
その後、何故か俺が、アザミ、ナズナの二人から怒られる。曰く、変なものを飲ませるなと言うことらしい。怒られながら、やっぱり薬の人体実験は良くないよなと思い始めていた。
しかし、酔い覚ましの効果はすさまじく、あれほど呑んでいた二人も、翌日にはケロッとしていたり、他の者達も同様だった。記憶を失くしていたダイアンとシロウはともかく、これは使えると考えていた俺とサンチョは、その日から少し薄めた薬を飲ませたりもした。
少し不謹慎な気はしたが、薬の効果が出たり、出なかったりして、サンチョと相談する度に、面白いなあと感じ、何となくだが、ナツメの気持ちも分かるような気がしていた。
そんなこともあり、ジゲン以外の牙の旅団の中では、俺は特にサンチョと仲が良い。向こうも、晩飯の時になると、皆から離れて俺の隣に来ては、一緒に酒を呑んだりしている。これからどんな薬を作るか話すのは、俺としても興味をそそられるものばかりだった。
「次は、魔物除けの薬でも作るか!」
「虫よけの香みたいなものか。他の魔物にも有効なものがあるのか?」
「ああ。虫型だけでなく、獣型にも有効なものもある。大群と戦うときなんかは便利だぜ」
確かに、道具で魔物を追い払えるのなら、殲滅依頼でもそこまで苦労しないなあと思い、サンチョの話を聞いていると、横からジゲンが割り込んできた。
「やめておいた方が良い。サンチョが作るその手の薬は強力過ぎるからのう。儂らも苦労したわい……」
「そりゃ、お前らが俺の話を聞かねえで、風下に行ったからだろうが。聞いてくれよ、ムソウ。こいつらはよ~……」
と、言いながらサンチョは当時の愚痴を俺にこぼしてくる。なんでも、若い時のジゲンもサネマサと同じように魔物たちの群れに突っ込んで、敵を倒しまくるということもあったそうだ。
その時のジゲンはサンチョたちの声も届かないほど夢中だったらしく、広範囲に薬を撒いて敵を一網打尽にしようとした際に、ちょくちょくジゲンが薬の効果にやられて、倒れ込むということもあったみたいだ。
「その度に、怪我したり、弱ったお前らを俺が助けてやっていたんだよなあ~」
「お前が薬を使わなくても良いように儂らで殲滅しようとしていたのじゃがのお……」
「その結果、思っていた以上に薬が減っていたんだが?」
「そうじゃったかの? やれやれ、歳を取って、物忘れが増えてきたわい……」
とぼけたように笑うジゲンに対し、俺もサンチョも何も言えなかった。
そういった薬を作って皆に持たせた場合、俺はあまり前に出ないようにしようと心に決めた。
あ……俺の場合はEXスキルで何とかなるか……。
そして、他の牙の旅団の者達も、それぞれ闘鬼神の皆と仲が良くなっている。
ダイアン達は、自ら指導してもらっている、コウシ、ロウ、ソウマ、チョウエンと仲が良いみたいだ。
最初は辛いと感じ始めていた鍛錬も慣れてきたらしく、今では手合わせの時などに、牙の旅団も少しばかり闘鬼神に苦労しているような表情を浮かべることがある。
短期間に自分たちに近づいているということを感じ、牙の旅団の者達は満足しているようだった。
そして、その日の反省点や良かったところなどを、晩飯の時に酒を呑みながら、語り合ったりしている。
リアとエンミは変わらず仲が良い。ジゲンと一緒に雰囲気が似ているから、思うところも同じようなのではないかと笑っていると、二人してこちらに目を向けて、
「「何見てるのよ」」
と、同時に言ってきたときには、思わず大笑いしてしまった。
シズネは、女中たちの手伝いをしていることが多いのか、アザミやたま、それに女中達と仲が良い。ジゲンやリアと一緒にたまと遊んでいるときの表情は、まるでたまの母親のようにやさしい顔になっている。
そして、アザミとも気の良い友達と言った感じで、二人でよくおしゃべりをしているのを屋敷内でよく見かけていた。
ちなみに、何故シズネが牙の旅団に入ったのかという理由を、皆から聞いていた。なんでも、当時ジゲンに惚れたシズネが追いかけていくうちに牙の旅団に入ったという、なんとも面白そうな理由だった。
しかし、何故皆が知っているのかと疑問に思っていると、シロウから聞いたという。そのシロウは誰に聞いたのかというと、ジゲンから聞いたらしい。
じゃあ、ジゲンはシズネの想いに気付いていたのかと思い、何故応えてやらなかったのかと、当時から疑問に思っていたらしいエンミと、タツミと一緒にこそっと聞いてみた。
「シズさんのこと、嫌いだったの?」
「いやいや、そんなことは無い……が、儂はその時、そういったことに興味が無かった。敵を斬るということにしか頭になかったからのう……」
「なんとも、ジロウさんらしい理由ですね」
「ほっほ。……そんな儂が、誰かと所帯を持ち、幸せに生きていくということ自体考えもせんかったのお。
果たして、命を奪うだけの儂が、幸せになっても良いのかとずっと疑問に思っておったよ……」
ジゲンは自らの手を眺めながら、そう言ってきた。そして、俺に視線を移す。
なるほど……俺がサヤの気持ちに応えられなかった理由とほとんど同じか。やはり、生まれてきてからずっと闘いの中で生きていると、そういう気持ちになるよなあと何となく、ジゲンの気持ちが分かった気がした。
「……じゃが、ここでショウブ達と過ごしているうちに、そういう生き方も悪くないのかも知れんと思い始めておった……。
シズからの想いに気付いたのは、それよりもだいぶ後のことじゃよ。あの日、皆を喪って、数年が経った頃じゃったか……大切なものというのは、失くした後に気付くことの方が多いと、人から聞いてはいたが、まさか、これほどまでに辛いことじゃとは思わんかった……」
ジゲンは遠い目をしながら呟く。エンミもタツミも、その時ばかりは少し、暗い顔をしていた。
樹海での一件から、数年が経った頃、ジゲンは寂しさからか皆のことを思い出すことが増えていったという。
そして、皆が生きていた時のシズネが自分に向けていた行動などから、そうだったのではないかという答えに行きつき、更に当時のことを後悔したという。
「思えば、ここを出ていった時も、もう二度と辛い思いをしたくないからという理由からじゃったかもしれんのう。
大切なものを喪いたくなかったら、大切なものを作らなければ良いと……。
じゃが、その後たまと出会い、そして、ムソウ殿が儂の新たな家族を作ってくれた。
もう二度と、あんな思いはしたくない。じゃから、ムソウ殿、これからもよろしくのう」
「……ああ。俺も同じ思いだ。こちらこそ、頼むぞ、爺さん」
似たような過去を持つ俺達は、固く握手していた。
その光景を黙って見守っていたエンミとタツミだったが、フッと笑ってジゲンに口を開く。
「あのさ~、私達もまだ居るってこと、忘れないでよね」
「もちろんじゃとも。お前たちがまた、儂の前に現れた時、どれだけ嬉しかったことか。あの時言えなかったことが言えると、また、皆と笑って過ごせると思った時、どれだけ、幸せなことじゃと思ったか……」
「なら、シズさんにもあの時言えなかったことを言えますね」
「いやいや、それとこれでは話は別じゃ。そんな恥ずかしいこと、今更言えん」
「それじゃあ、シズさんが可哀そうよ。ちゃんと思いを伝えないと。シロウ君だって、自分の気持ちを正直に話したのよ」
「そうですよ。ジロウさんがそんなことですと、他の皆さんに示しがつきませんよ!」
「勘弁してくれんか……」
ジゲンはやれやれと言った感じに、二人と楽しそうに話していた。
そんな三人を見ながら、俺はふと、前にジゲンが言った言葉を思い出していた。過去に色々あっても、今が楽しいのなら、それで良いと。
こうやって、復活したエンミたちと過ごしているジゲンは、以前よりもさらに若々しくなっているなあと感じている。
そして、牙の旅団の皆も、そんなジゲンや、闘鬼神の皆と触れ合って、死人とは思えないほどに楽しそうにしている。それはそれで良いんじゃないかと、俺は笑っていた。
すると、ジゲンをいじっていたエンミとタツミは、そんな俺に対し、意地悪そうにニヤッと笑う。
「貴方もちゃんとしないといけないわよ」
「僕たちのように死んだら何も伝えられませんからね!」
「おい待て、誰のこと言っているんだよ?」
尋ねてみたが、エンミとタツミはニヤニヤとするだけで、何も言わない。
俺は自分のことになると、鈍感だからな。周りが動かないと何もしないぞ……と、自分に言い聞かせながら、何食わぬ顔でその場はやり過ごした。




