第24話 ムソウの過去―サヤと家に住む―
ミサキに息子のことを語る前に、以前ホリーに話した、サヤとの出会いから、祝言までを話した。ミサキは珍しく、俺の話を真面目に聞いている。
そんなにじっくり聞かれると、つい、こちらも話してしまうな。
……さて、闘鬼神と別れた後は、領主タカナリの用意した、国境近くの家に住むことになった。そこまで大きいわけではないが、庭もあり、二人で住むには広すぎた。
「広い……ね」
「ああ……手入れが大変そうだな……」
俺とサヤは取りあえず家の中に入り、様子を見てみる。釜戸や、厠はもちろん、大きな風呂場もついていた。さらに、離れには、馬小屋などもある。
庭も広い。だが、荒れ放題のようで、至る所から草が伸びている。一応、畑だったのか、庭の一角にそれっぽいものもあった。そして、目を引くのは、雑草にまみれながらも、庭の中ほどに立っている桜の木だ。もう、散ってはいるが、落ちている花びらを見るかぎり、結構咲いたらきれいなんだなと感じた
なるほど。国境の監視として使われていた家だもんな。何も一人で住むわけではない。何人かで住めるようにということで、ここまで大きくなったというわけか。
「……さて、どうしたもんかな」
まずは、庭の手入れ……その前に、家の方の片付けか。サヤと二人でやるには辛いなあと、苦笑いしている時だった。
「ザンキ、俺が居るだろ?」
突然、背後から声が聞こえてくる。
振り返ると、闘鬼神の、俺の部下だったおっさんが立っていた。馬に荷物をつないで、ニカっと笑っている。
「あっ! おじさん! こんにちは~」
「サヤちゃん、どうもです~」
サヤとおっさんは普通に挨拶している。
「……なんで、てめえがここに?」
俺が睨むと、おっさんは、
「いや、祝言が終わった後、お前らを見送ったが、その時、頭領に「お前はどうすんだ! あの時からお前はあいつの部下だろう?闘鬼神にお前の居場所はねえぞ!!!」と追い出されたから、ここに来たまでだ!」
おっさんは途中から、イラつき気味にそう語った。なんでてめえがキレてんだよ……。
「だから、なんでここなんだよ! 俺はもう闘鬼神じゃない。つまり、お前の上司でもない! 好きなところへ行け!」
「い~や。俺はあの時からザンキの部下だ! 死ぬまで供についてやる!!!」
てこでも動かない様子のおっさん。この野郎……せっかく二人きりになれた俺とサヤの邪魔をする気かと俺はおっさんを追い出そうとあれこれ言っていくが、おっさんは動かない。
すると、サヤが小さく手を上げて、俺達に割って入った。
「ねえ……だったらおじさん、私に雇われる?」
突然、おかしなことを言うサヤに、俺とおっさんは、振り向いた。
サヤの話によれば、俺が仕事をしている間は、この家で家事をしなくてはならないし、留守番もしなくてはならない。流石に一人でそれは大変だということで、おっさんをこき使うということらしい。
「ザンキ君の妻である私に雇われるということは、ザンキ君の部下っていうことになるよね?」
「いや、それは……」
「確かにその通りだな。サヤちゃん、いい考えだ」
おっさんは乗り気のようだ。
「いや、ちょっと待て! 俺の意見無しに話を勝手に――」
「ザンキ君? 私にこの大きな家を一人で任せるの?」
サヤは、真顔で、俺の顔を覗き込んでくる。……返す言葉が出ない。確かに、ここをサヤ一人に任せるのは気が引ける。ちょうど、母屋と別に離れもあるし、こいつの住める場所も確保できる。だがなあ……。
「きゅ、給金はどうするんだよ! 財布は俺が持ってんだぞ!」
「……闘鬼神でもずっと、闘ってたザンキ君に、私が財布を握らせるとでも?」
サヤは、俺を見つめて、そう言った。……そう言われたらなあ。確かに、頭領と過ごすことが多かったサヤは、俺以上に銭勘定が得意だ。さらに言えば、身の回りのものや、食事などは、サヤが用意することになる。財布のひもはサヤに握らせることにはなるだろうな。
散々悩んだが、俺が居ない間のサヤの身の安全と、おっさんへの給金問題が解決されて、コイツを追い払う考えも無くなり、俺はため息をつく。
「……はあ~、しょうがない。……おい、おっさん。これからお前は、俺ら夫婦の使用人だ。わかったな?」
「ははっ! 仰せつかりましたあ!」
おっさんは満面の笑みで、深々と頭を下げる。
くそッ。せっかく二人きりになれたと思ったのに……。
「……ところでさあ、おじさんの名前はなんていうの?」
サヤが口を開く。……そういや俺も知らないな。おっさんとしか呼んでいなかったからな。
まあ、名前なんてあってないようなものだからな。俺もザンキと呼ばれているが、それも周りが勝手に付けた名前に過ぎないからな。
というか、闘鬼神でもおっさんは、おっさんって周りから呼ばれていた気がする。どうせこいつも名前なんてないんだろ。
「俺か? 無えよ。小さい時に親に捨てられて、そのあとは山賊やってたからな。その時からも「おい」とか「お前」とかって呼ばれてたし……」
ほらみろ。闘鬼神に集まるような人間は名前なんかないんだよ。まあ、サヤを除いて、だけど……。ちなみに頭領にもそういや名前あったっな。確かエンヤっつったか。……まあ、今はどうでもいい。
「でもそれじゃあ、なんかあったときに不便よね……」
そう言ってサヤは俺を見ている。そう来たか……。
「……おい、おっさん。サヤの言うように名前が無いと不便だ。だから俺がつける。……それでいいか?」
「ザンキがか!? おう、いいぜ。できればかっこいい名前で頼む」
おっさんは意外そうな顔で俺に言った。かっこいい名前ってなんだよ。そこからわかんねえな。
さて、このおっさんは、闘鬼神の中でも、俺の次、つまり三番目に強かった。そして、頭領とともに闘鬼神を創設したとも聞き、意外とすごい人物だ。つまりは、頭領にも一番長く仕えていて、それによる経験や、知識は群を抜いている。
そういや、サヤに物書きを教えていたのも、こいつだった気がする。
洞察力にも長けて、俺がサヤを好きなことを見抜いていた。だとしたら、確かに、適当な名前は付けられないな。
う~ん……いざ考えると確かに悩んでくるな。頭領を影で支えてきたおっさん。影……影鬼というのはどうかな。……いや、子供の遊びに見えるなあ。
あ……そうだ。
「……決めた。お前の名前は賢いという意味の「叡智」の「叡」と闘鬼神の「神」をとって「叡神」だ。長く頭領や俺の右腕として、知略を重ね、今回の悪く言えばずる賢いやり方でここまで来た、お前の頭脳をたたえる。今後は自らをエイシンと名乗れ。わかったな?」
ほとんど当て字で微妙だと思うが、これしか思い浮かばない。コイツに、神の字を与えるというのが、何となく腹立つが、これで満足しなかったら、今まで通り、おっさんで良いやと思っいると、おっさんは、なにやら、感動するような目で俺をまっすぐ見てきた。
「エイシン……すばらしい。確かに拝命した、ザンキ。今日から、俺はエイシンだ!」
ああ……気に入ったんだな。気に入ってくれたのは良かったが、改めて、目の前のおっさん……いや、エイシンを眺めると、確かにこいつにしては、かっこよすぎる名前を付けてしまったなと後悔してしまった。
すると、サヤはその様子を見ながら笑っていた。
「フフッ、ザンキ君、いい名前つけられるんだね。これで子供ができたときは大丈夫そうね」
サヤの言葉に、ハッとしたエイシンは俺のところに来て、腕を引っ張りサヤから離していく……。
「……おい、なんだよ?」
俺が尋ねると、エイシンは俺の首に腕を回して耳元でこう聞いてきた。
「……お前、やったのか?」
「はあ? 何をだよ?」
「……いや、話の流れから、ほら、なんというか……」
エイシンがそこまで言って、流石の俺も思い当たった。
「馬鹿か! 急に何、聞いてきてんだ!」
「いや、だって夫婦になったんだろ? だったらさ、やるだろ?」
「やってねえよ!」
……いや、やったけど。ここでは言いたくない。
「本当か? 祝言までの一週間何事もなかったわけねえだろ。……嘘ついてんな?」
「嘘じゃねえよ! 俺がそういうの苦手だっていうのは知ってんだろ!」
……そうだ。正直俺はそういう行為が苦手な人間だ。なにせ、サヤがそういうのの被害者だったからな。俺は若干そういうのに対して、嫌悪感を持っている。
ただ……。
「……だが、それはどちらかが嫌がっている場合はするなって考えがあったからっつってなかったか? もし、サヤちゃんの了解が取れたら、お前はどうする?」
「いや、それでも俺は……」
そう、あの日はサヤの方から誘ってきたんだ。今までならまだしも、その時はもう、これから幸せな時が始まるんだという期待と嬉しさで頭がいっぱいだった。
そして、俺を誘ってくるサヤが、いつもよりも格段に綺麗に見えてしまっていた。だから……
「……ん? 顔が赤いな。熱か?」
「ち、ちがうッ! もう、うるせえよ! お前! 黙ってろ!」
くそっ! 我ながらエイシンとはよく言ったものだ。こういうところはよく頭が動く。
はあ~、とエイシンはため息をつき、手を離した。そして、サヤのところへ行く。俺もそれについていった。
サヤが、何を話していたのか聞いてきたが、俺はまた、顔を赤くして、黙ってしまった。
それを見たエイシンは、何かに納得したように、呟く。
「……クロだな」
◇◇◇
さて、俺たち二人の……いや、余計な奴がいた。三人の生活が始まる。
まあ、なんにせよ、俺がいない間に、サヤを守ってくれるのは確かにありがたいことだ。エイシンは、闘鬼神を抜けるときに連れてきた二頭の馬の世話と武具の手入れ、家での力仕事を主にやっていた。
エイシンが居てくれて、庭の手入れも早めに住んだし、ほこりっぽかった屋敷中の掃除も早くに終わって、屋敷に来てから、一週間余りが経った頃には、俺は仕事をすることが出来た。
さて、俺の仕事はというと、ほとんどが、家周辺の、つまり国境の見回りが主な仕事だ。家の周辺にもいくつか村があり、俺は馬を走らせ、その村々を回り、異常はないか、確認する。
ひとたび異常があると、殺さない程度に、密入国者や、隣国の密偵などを捕らえるという仕事だ。
密入国者は意外と多い。そもそも、安備の国は四方をほかの国々に囲まれている。そのうち、東、西、南の国とは仲が良いが、北の国とは仲が悪く、たびたび小競り合いが続いている。
というのも、北の国は大国、その他は小国に過ぎない。いずれ、北の国は大陸の覇権をかけて、戦を仕掛けてくるだろう。それに備えて、周辺の国は同盟を結んだというわけだ。
そういえば、闘鬼神への依頼も北の国との戦闘がほとんどだったしな。そのため、国境付近の地域はいつでも張り詰めた空気でいる。
俺たちの家があるのも北方なのだが、この辺りは相手方にとってはそこまで重要な場所ではないらしく、大規模な戦闘は行われてはいない分、こちらの国の警備は手薄となっている。
だが、その隙をついて、隣国からの密偵が多いということらしい。
そのため、俺がここを任されたみたいだ。タカナリ曰く
「隣国までも恐れた斬鬼の名を以って国を守ってくれ」
ということだった。エンヤや、闘鬼神ではなく、俺の名が広まっているということに、何となく違和感を持ったもった。
しかしながら、俺の力は、どちらかと言えば、命を奪うものと思っていたが、まさか護る立場になっていたとはな。因果なものだが、役目はきっちり果たさせてもらおう。
◇◇◇
さて、そうやって、仕事をして、給金をもらい、二か月ほど過ぎたころ、サヤから話があると呼ばれた。サヤの部屋へ行くと、エイシンが泣いている。
……なんだ?
「……あのね、ザンキ君」
「なんだよ?」
「……あのね……その……」
「なんだよ!」
「じつはね……」
なんかじれったい話し方するなあ。仕事終わりで、疲れていて、早いところ、飯を食いたいなあと思っていた。
ふと見ると、エイシンはまだ泣いている。目に手を当てて、鼻をすすっていた。
まさか……
「どうした? サヤ。流行り病にでもかかったか?」
「そうじゃないのッ!体は平気よ。問題ないよ」
「医者には行ったのか?」
「気分が悪くなって医者には行ったけど……」
俺の予想通り、サヤは何らかの病気にかかったようだ。こういうのは、最初は本人の自覚など無いからな。ひょっとして、既にやばい状態なのか? だから、エイシンは泣いているのか……?
「やばいじゃねえか! さっさと寝ろよ! 何が欲しい? なんでも言えよ! すぐ買ってきてやるから!」
「違うの! 体は平気って言ったじゃない!」
サヤは大きな声でそう言った。するとエイシンが顔を上げ、目に涙をたたえて、サヤに心配そうに寄っていく。
「サヤちゃん! 無理しない方が……」
「無理じゃないわ。大丈夫よ」
エイシンの言葉に、サヤはそう答える。見ると、すこし汗も出てきたみたいだ。
「……本当に大丈夫なのか?」
俺の問いにサヤは
「うん……。……ザンキ君、落ち着いて聞いてね」
「……あ、ああ俺も男だ。覚悟は決めた」
俺は背筋を伸ばし、腹に力を入れて、サヤを見た。サヤも俺を見ている。そして……
「実は」
「実は?」
「お腹に」
「お腹に?」
腹の病気か……? 最悪、食あたりであってくれ!
俺は心の中で、珍しく経を唱え、神に祈った。
「お腹にね……」
「あ、ああ」
そこまで言って、サヤの表情がパッと明るくなった。
「赤ちゃんができたの!」
……
……
……
サヤの言葉を理解するのに多少の時間がかかった。
アカチャン? そんな名前の病気なんてあったか? ……いや、無いよな。というか赤ちゃんってアレだよな。ほら、小さくてかわいい、お母さんとかが抱いてるやつ。
……
……
……
……え? 赤ちゃん? ……あの……赤ちゃん?
……ということは……?
「お、俺の子供か……?」
「あなた以外に誰が居るのよ!」
「俺……父親になるのか!?」
「そうよ」
「サヤは母親になるのか!?」
「そうよ!」
俺の問いかけに何度も頷くサヤ。俺は嬉しくなって、サヤを思いっきり抱きしめた。
「すごい! すごいぞ、サヤ! よくやった!」
思わずそう叫んでしまった。サヤは慌てている。
夢みたいだ。俺に……俺達に、子供ができるなんて。俺にまた、家族が増えるなんて、今日は人生で一番の日みたいだ!
俺は柄にもなく、サヤを抱きしめたまま、そのまま唇を重ねた。サヤは一瞬ハッとしたようだが、そのまま、俺の肩に手を当てて、体を預けた。
嬉しい……こんな嬉しい日は、祝言以来だ……。
俺はサヤを抱きしめ続けた……。
……
……
……
「あ~……お二人さん? 俺のこと、忘れてないか?」
ここでエイシンがいい雰囲気をぶち壊して口を開く。
俺たちは慌てて離れ、お互いに笑いあった。
「……いやあ、サヤちゃんがザンキを驚かせようと言ったときはヒヤヒヤしたが、上手くいってよかったな~」
エイシンは、ニカっと笑いながら、俺の肩をポンっと叩いた。
……あれ? 俺を驚かせようと思って? サヤは何やら、あたふたしているみたいだ。……これは……なんかあるな?
「……おい、どういうことだ?」
俺が尋ねると、エイシンは笑いながら喋り続ける。
子供が出来たと話すのは、俺を最高に驚かせるようにしようとしたらしい。すごい病気を抱えてしまったという風に見せれば、俺は落ち込み、その後、赤ちゃんができたと言えば、落ち込みからの最高の喜びによって、俺の愉快なところが見れるんじゃないかということだ。
その話に乗り気になったエイシンはサヤに協力したというのが、今までの状況だったらしい。。
……なるほどな……よぉし……。
俺は笑いながら、エイシンに尋ねる
「じゃあ、お前泣いていたのは?」
「芝居だ。上手かっただろ?」
「ああ、もちろんだ。ちなみに、サヤへの言葉は?」
「あれは、半分本気だ。赤ちゃんに何かあったらいけねえからな」
「確かに! ……てことは、子供は本当に、本当なんだな?」
「当たり前だろ!ここで嘘ついてどうするんだよ!」
よし、とりあえずこれは確認できた。
……さて。
「……で、どうだった?」
「なにがだ?」
「何言ってんだ? 俺の反応だ。面白かったか?」
俺は満面の笑みで聞いてみた。するとエイシンも笑いながら
「そんなもの、最高だったに決まってるだろ! あんな滑稽な姿のお前はここ20年足らずの間、見たことねえからな!
うれしさのあまり、サヤちゃんに抱き着き、そのまま接吻……いやあ、いいモン見れたなあ。
あ、ちなみに最後の方はお前が可笑しくて。泣き震えるように見せながら、実際は笑いをこらえ―」
ガツンッ
俺は、饒舌に語るエイシンの頭を、思いっきり拳で殴った。
パタッ
……気絶したみたいだな。
あらら……とサヤはエイシンを見ている。俺はそんなサヤをみて、夫婦になっても俺に悪戯をしてくるこいつを、可愛いことするなと思ってしまった。
「コ、コホンッ。あー、サヤ? 子供ができたのは良いことだが、あんまり俺を心配させるなよ。もう少し遅かったら、早馬を走らせて、医者をさらいに行くところだったぞ」
「フフッ、それだけ、私を大切にしてくれているのね」
「お前だけじゃないぞ」
俺はそう言って、サヤのお腹を撫でる。サヤは不思議そうな顔で俺を見ていた。
「お前「たち」だ」
サヤは一瞬目を開いたが、すぐに優しく微笑んで頷き、俺の手の上に自らの手を重ねた。




