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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
世界の真実を知る
249/534

第248話―湖畔の村で休暇を楽しむ―

 トウショウの里を出た後、まっすぐに湖畔の村へリンネは駆けていく。街道沿いに走るだけだから、大した時間はかからない。

トウガ達と遊んでいるからか、先の一件で更に成長したのか、リンネの走る速度は前よりも上がっている気がする。少しだけ、ツバキが辛そうだから、俺が後ろから支えてやっている。


「近くに魔物の気配はありますか?」

「いや、無いな。ただ、居たとしても、リンネに怖気づいて近寄れないのかもしれない」

「クワンッ♪」


 リンネは嬉しそうにひと鳴きして更に駆けていく。本当に魔物の気配は全くと言って良いほど無い。途中に現れたら、刀の練習ついでに、倒そうかと思ったのだが、そんなことも必要ないようだ。これなら、予定よりも早く着きそうだなと感じる。


 魔物の気配は無いが、人はちらほらと見かける。勢いよくすれ違ったりするたびに、道行く者達は目を見開いて、俺達を眺めている。新種の魔物が現れたと、ギルドに報告されそうだな、と苦笑いした。


 ふと、上空を見上げてみる。空には魔物の姿が見えた。魔物自体の数が減っているというわけではなさそうだ。となれば、陸上の魔物たちは冬ごもりでもしているのだろうか。

 もうじき、春だから、また討伐依頼の方が増えるのだろうか。それまでには、刀をどうにかしておきたいし、街の復興も終わらせたいな。


 シンキも、またトウショウの里に来るし、色々とやることが多いなあと、感じてしまう。


「ところで……トウショウの祠にはいつ頃行きましょうか?」


 ああ、それもあったな。というか、それがクレナに来た、第一の目的だもんな。一応、無間の刀精はエンヤということが分かり、その辺りのことはどうでも良いように感じてきてはいた。

 しかし、実際あの場所に行けば、何の苦労も無しに、エンヤと話せることが出来るし、皆にエンヤを会わせることだって出来る。

つまり、シンキにも、エンヤに会わせることが出来るということだ。


 ツバキによれば、祠自体は無事ということなので、取りあえず、街の復興が終わったら、即行こうと返答した。


「マシロを出てから、ここまでかかるとは思わなかったな……」

「そうですね。あの時のことが、もう、遥か昔のように感じてしまいます……」


 色々あったからなあ、と俺は頷いた。なんなら、街に着いたときに、ギルドに行かず、そのまま祠に行けば良かったのかも知れないなと、ふと、思った。

今となっては、ツバキとリンネが、妓楼で働いていたということも、結構昔のように感じている。月日が経つのがあっという間というのは、やはり、歳をとったからなのか、と苦笑いした。


 それにしても、面白い話である。昨年の今頃は、俺はまだ、前の世界に居た。そして、タカナリ達の依頼をこなす傭兵だったが、今は違う世界で、似たような仕事である冒険者をしている。

 そして、この世界のずっと昔の時代に、数か月前まで一緒だった、タカナリ達や、死んだ家族が生きて、本当の意味での、第二の人生を歩んでいたという過去の話となっていることに、思わず笑ってしまうな。

 再会した時、俺は何て言えば良いのだろうか。実質、ハルマサやツバキたちも、俺よりも年上ということになっているし、それはまだしも、カンナもサヤも俺の遥か年上ということになっている。カンナに関しては、この世界の王様だ。皆も、歴史に埋もれてはいるが、一応、人界の英雄ということになっている。

 ガラではないことは分かっているが、跪いた方が良いのだろうかと、半ば冗談気味に思っている。まあ、そんなこと絶対にしないがな。タカナリはまだしも、ハルマサなぞに、頭を垂れるなど、この俺はしないからな。

 世界を越えても、時代を越えても、俺達の関係は同じ。ただの仲間だ。変わらない感じに、接してやろうと決めた。


「あ、見えてきたようですよ、ムソウ様」

「ん? ……ああ、そのようだな……」


 さて、そうやってリンネに揺られていると、ツバキが前方を指しながら、口を開く。見ると、大きな湖が広がっていた。前来た時は、デスニアの死骸と、死骸から放つ瘴気と臭気で散々だったが、俺が浄化したおかげか、透き通っていて、太陽の光を反射し、とても綺麗だった。

 夏に来れば、辺りの森も鮮やかな深緑なのだろうと思っていると、リンネが、早く泳ぎたいという目で、湖を見つめていた。


「まだだぞ、リンネ。アヤメの用事を先に済ませてからだからな。その後は、目いっぱい遊んでやるからな」

「クワ~ン!」


 リンネは大きく返事をすると、俺の指す方向に向けて駆け出す。

 その後、トウショウの里を出て、まだそんなに経たず、湖畔の村にたどり着くことが出来た。昼にもなっていない。意外と早く着いたので、リンネの頭を撫でてやった。


 そして、リンネは小さくなり、俺の肩の上に乗り、俺とツバキは村の入り口に立った。すると、村へと続く門の脇から一人の男が姿を現す。そいつは、以前世話になった、この村の自警団の長、ホウジだった。


「む? 冒険者か……んん~?」


 ホウジは、俺の姿をジロジロと見て、首を傾げている。


「どうかしたのか?」

「う~む……いや、以前この村に、変な、というか、凄い男が訪れてな。そいつによく似ているなと思って……」


 ホウジは、やはり違うかと呟き、顔を上げる。……ん? 何か様子がおかしいな。一応と思い、尋ねてみた。


「どんな男だったんだ?」

「見た目はアンタとそっくりだったな。それに、着ているものも似たようなものだった気がする。

 だが、得物が違う。アンタは普通の刀のようだが、そいつは背中にバカでかい大刀を背負っていた。それに、アンタよりもだいぶ若い見た目だったな。

 そいつは、この辺りが瘴気にまみれていた頃にふらっとこの街に来て、変な力を使ったかと思うと、湖を浄化して、更には瘴気も浄化させ、この辺りの環境を元に戻すという規格外な力を見せたのだが……」


 ……俺じゃねえか……なるほど。あの時は髭を剃った状態でここに来たんだったな。今はもう、すっかり伸びていて、以前と同じ見た目になっている。

 それに、無間も背負っていないし、ホウジはその時の男と、俺が同一の人間だとは思っていないようだ。

 何となく、この状況は面白いなと感じるし、わざわざ正体を明かすこともないと思った俺は、ツバキと示し合わせて、全て黙っていることにした。


「そいつは、凄まじい男が居たもんだな。一度会ってみたいものだ」

「うむ。あのような体験はなかなか出来るものではないからな……それより、お前たちは、何の用で、ここまで来たのだ?」

「領主アヤメ殿の使いだ。大銘水の買い付けに来た」


 俺は懐から、アヤメの名前が入った書状と、俺に頼んできたものの一覧をホウジに見せた。ホウジは、書状を受け取ると、目を見開く。


「ふむ……アヤメ殿が、か。トウショウは今大変な状況だと聞いたのだが、本当らしいな」

「ああ。色々と足りない。出来るだけ、多くとのことだが、大丈夫か?」

「金さえ払ってくれれば、いくらでも渡すことが出来る。さっき話した男のおかげで、水質も良くなって、前よりも美味く仕上がっているからな。

……まあ、こんなところで立ち話もなんだから、村でゆっくりしておけ。ここに書いてあるものを用意出来たら、使いの者を寄越す」


 そう言って、ホウジは門を開けて、俺を中に入れてくれた。ひとまず、飯でも食いながら待ってろと言うので、準備が整うまで、村の飯屋に行って、昼ご飯を食べることにする。


 前来た時よりも、やはり家の外でも、多くの人の姿が確認できた。以前は、外に出るという状況では無かったからな。

道行く者達は、俺達に挨拶してきたり、俺の肩の上のリンネに手を振ったりしている。リンネは前足を上げて、それに応じたりしていた。


「ふむ……旅人にも寛容なようだな、この村は」

「え、前来た時は違ったのですか?」

「まあ、状況が状況だったからな。そもそも入っていないし、自警団の奴らには攻撃されるし、散々だったよ」

「そうですか。一応、昨日聞いた話ですと、デスニアの依頼の時に、湖に毒を流した冒険者達も、やはりケリスが呼んだ冒険者だったらしく、闘鬼神の皆さんを襲った冒険者達と共に、行方を追っているそうです」

「そうか……てことは、行方不明ってことか?」

「ですね。大師範……いえ、サネマサ様とジェシカ様も、追い払っただけと仰っておりましたので……」


 ついでに捕えてくれれば、助かったのになと思いながらも、人命を優先してくれたことには変わりはない。特に文句は無く、必要ならば、俺もその冒険者たちの捜索に協力したいと思った。見つけたら、完膚なきまで、もう……容赦はしない。必ず、叩き潰してやる。


「まあ、結果としてあいつらも無事だったし、この村も綺麗になっているし、良かったと思ってるから、良いんだがな」

「ほとんど、ムソウ様のおかげですね」

「そいつは違うな。俺は、大銘水を飲むためだけにやったんだ。ついでだ、ついで」


 そう言うと、ツバキはクスっと笑い、そうですか、と頷いた。


 やがて、村の飯屋に到着し、席に座ると、取りあえず飯を三人分頼んだ。


 リンネは獣の姿のまま、机へと下り、店の外の様子を眺めたりしている。人の姿になっても良いと言ったが、今は、こちらの方が気に入っているらしく、首を横に振った。リンネが良いなら、それで良いと思い、俺とツバキはリンネを撫でながら、飯を待つ間、色々と話をしていた。


「そう言えば、街の再建が終わって、刀精の祠にも行った後はどうするおつもりですか?」

「ん? まあ、今まで通り、クレナで依頼をこなしたり、時々は他の領に行ったりしたいなあ」

「行ってみたい領とかあるのですか?」

「色々あるな。レイカや、ギリアンの故郷、ゴルドにも興味があるし、ミサキ達が今いる、オウキにも行ってみたいと思っている。

それから、モンクって領には、一度行ってみたいな。寄りたいところがある」

「え……まさか、私の実家とかですか?」

「ああ、そう言えば、そうだったな。だが、違う。モンクには、商人のグレンが住んでいる。また、ずいぶんと会ってねえし、今回のことを、情報通のあいつは知っているかもしれないからな。ひとことあいさつに行きたいだけだ」

「なるほど、きっと心配なさっていることでしょうからね。でしたら、その時は私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「何度も言っているが、お前は俺の護衛だろうが。良いに決まっている。……何だ? 里帰りでもしたいのか?」

「ええ。父や母に、久しぶりに、会いたいなと思いまして……」

「そうか。そういうことなら、別に構わない。いつになるか分からないが、いずれ一緒に行こうじゃないか」

「はい、ありがとうございます」


 などと、話しているうちに飯が運ばれてくる。あの湖で獲れた魚料理だった。刺身などもあるが、これは大丈夫なのかと聞くと、俺が浄化し、水が綺麗になったおかげで、生ものでも食べられるようになっているらしい。

 前よりも、水質が向上しているということもあり、飯も、酒も美味くなったと、飯屋の娘は笑っていた。


 早速、三人で手を合わせて刺身を食すと、確かに川魚特有の泥臭さなどは無く、非常に美味しかった。


「キュウ~!」


 リンネもご満悦だ。醤油をつけてやった刺身を更に盛ると、リンネは夢中でがっつきだす。


「誰も取らねえから、落ち着いて食えよ。ほら、口の周りがまた汚れてるぞ」


 俺は手ぬぐいをとり、リンネの口の周りにべっとりとついた醤油を拭きとっていく。すると、


「あら、ムソウ様も……」


 と言って、ツバキが俺の口の周りを拭いた。何となく、懐かしいなと思いつつ、恥ずかしかったので辞めさせると、ツバキとリンネはクスクスと笑い、再び飯にありつく。


 そして、飯を食い終えた後は、食後に甘味ということで、ぜんざいを頼んだ。運ばれてきたものを見て、リンネは初めてだったからなのか、不思議そうな顔で見ていたが、甘い香りを嗅ぎ、目を見開くと、そのまま恐る恐る汁を舐める。


「キュウッ!」


 どうやら美味しかったらしく、そのまま先ほどと同じように勢いよくぜんざいを食べ始める。先ほど以上に口の周りを汚しながら食っているので、今度は、いったん自分の口の周りを拭った後、リンネの口周りを拭った。


 ちらっと、ツバキの方を見ると、何やら不服そうだ。そう簡単に、思い通りには動かねえよと、心の中で笑っていると、あることに気付き、俺はもう一枚の手ぬぐいを取り出す。


「お前も汚してんじゃねえか……」

「え……あっ……」


 キョトンとするツバキの口周りを拭ってやると、ツバキは顔を赤らめ、リンネの尾の一本で顔を隠す。


「……今日はムソウ様に、お恥ずかしい姿ばかり見られますね……」

「いついかなる時も、気を引き締めろってことだな」


 ツバキの頭を撫でると、一つため息をついて、嬉しそうな顔で頷いた。やはり、まだまだ子供らしいところはあるのだな、と思っていると、俺達の居る飯屋に一人の男が入ってきて、俺達に近づいてくる。


「村に来た冒険者はアンタだな? 荷物の準備が整った」

「終わったか。よし、リンネ、ツバキ、残りをさっさと食って、ホウジ殿の所に向かうぞ」

「はい!」

「キュウッ!」


 俺達は、残りのぜんざいを平らげ、自警団の男とともに、飯屋を後にした。満腹で満足といった様子のリンネは、俺の肩の上で、のんびりと欠伸をしている。

これが済んだら、遊ぶのだから、それまでは、起きていてくれよと思いながら、リンネの頭をツバキと一緒に撫でていた。


 そして、男に案内されたのは、村の奥にあった大きな屋敷だった。と言っても、俺の家ほどではない。他と比べたことがあまりなかったから、自覚は無かったのだが、やはり、俺の家は大きいのだなと、どこか自慢げに思った。


 庭にはホウジと数人の男たちが立っており、その傍らに大きな酒樽数個と、魚の干物のようなものや、金物のようなものが置いてあった。アヤメが頼んでいたものらしい。使わなくなった金物などを集めて、コモン達に後で修復し、それをトウショウの里で使うということだ。無論、相応の代金は支払うという。

 俺達が来たことを確認すると、ホウジは品々を指しながら、口を開く。


「待たせたな……え~と……そういや、名前を聞いていなかったな」

「ザンキだ」


 俺は前の世界での名前を使い、返事した。ムソウと言えば、以前この村を訪れた男が俺だとバレる可能性があるからな。

いちいち面倒なことが起きないように、嘘の名前を名乗る。まあ、それも、こいつらの中に鑑定スキルを持つ者が居れば、意味はないのだがな。

 だが、ホウジたちの中に鑑定スキルを持つ者は居ないらしく、そのままホウジは頷いて、再び口を開く。


「うむ。冒険者ザンキ殿。頼まれた品々の用意は出来た。支払いの方はどうするつもりか、聞いているか?」

「ああ。すぐに払う。ちょっと待てよ……」


 俺は異界の袋から、指定された金額だけの銀貨を払った。この金は俺の金なので、後でアヤメから返してもらうつもりだ。少し、色を付けてやろうか、などと考えたが、街が大変な時に、流石にそれは辞めておこう……。


 俺から金を受け取ったホウジは、枚数を数え、頷く。


「確かに……では、持っていくが良い」

「感謝する……ああ、ようやく大銘水が呑める……」


 俺は庭に置かれたものを手に取り、異界の袋に詰めていく。大銘水の樽を収納する際には、樽越しに匂いが伝わってきて、つい、呑みたくなってしまった。ぐっとこらえながら、袋に入れていると、ホウジたちがツバキに近寄って、何やら話しているのが聞こえてくる。


「なあ、あの男の名は、本当に、ザンキで良いのか?」

「え、ええ。そうですよ」

「ムソウ、ではなくて?」

「は、はい。え~と……ザンキ様です」

「う~む……他人の空似にしてはってやつだよな……」

「ああ。だが、あんな男がそうほいほいと、こんな所を訪れねえよなあ……」


 ギリギリのところで、俺のことはバレていないようだ。別に良いのだが、この後は用事があるからな。ここに居るのが、長引くと厄介だし、このままで居よう……。


 さて、荷物の収納を終えた後、俺達は、未だに首を傾げているホウジ達と別れて、屋敷を出た。一通りの仕事を終えたということで、湖畔の村を後にする。

 要は、商人の真似事のようなものだなと、アヤメの書いた荷物の一覧を見ながら、足りない物などを確認していた。だが、全て、この村で揃ったらしく、次の行動へと移る。


 取りあえず、食べ物が無いということで、昔、シロウ達が修行したという森を、ジゲンが記した地図に沿って歩いていった。


「こうして見ると、意外と近いんだな……」

「ええ。ですが、ジゲンさんが仰っていたように、オウガの姿はほとんど見られませんね……」


 森は、村からそう離れていない所にあった。シロウ達の修行の場として用意したとのことだったが、割と人里から近い所にあったので、ジゲンの少しばかりの良心というものを感じる。

 もしくは、三人が必死こいて、オウガを狩っている間、ジゲンはあの村で酒を飲んでいたかどちらかだろうがな。

 それで、一応その時のシロウ達の頑張りなのか、オウガが居る気配は今のところない。


「……だが、その代わりに他の魔物は居るようだな……」

「キュウ……」


 それでも、魔物というのはこういった森に多いらしく、辺りの木には、縄張りの印なのだろうか、爪で引っ掻いたような痕だったり、何かで打ち付けたような痕が多数ついているのが分かる。

それを嗅いで、リンネは俺の肩で唸っている。間違いなく、何かは居そうだ。


「丁度いいな。魔物だったら討伐しておこう。ツバキ、リンネ、ここからは少し緊張感というのを持っておけよ」

「はい!」

「キュウッ!」


 俺の指示に、リンネは頷き、大きくなる。ツバキも襷を締めて、気合を入れる。


 すると、ツバキが、あ、と言って、手をポンと叩く。


「……ムソウ様、この際ですから、狩り勝負でもいたしますか?」

「どういうことだ?」

「ここからは、私とリンネちゃん、そして、ムソウ様お一人という具合に二手に分かれて狩りをした方が、効率が良いと思いまして……」


 これだけ広い森なのだから、三人一緒よりも、二手に分かれた方が、多くの食材を獲ることが出来る。そうすれば、屋敷に居る奴ら全員分の、数日分くらいの食料を確保するにも丁度いいとのことだそうだ。


「俺は良いが、危なくないか?」

「大丈夫だと思います。リンネちゃんも居ますから」


 ツバキはリンネの頬を撫でる。嬉しそうに尻尾を振りながら、頷いているリンネ。どうやらツバキの提案に乗り気らしい。

 確かに森から漂っている気配には、そこまで大きいものは感じられない。少なくとも、ロウガンから災害級下位のお墨付きをもらっているリンネ以上の魔物の気配は感じられない。あの時よりも強くなっているし、そこのところは安心だ。


「……なら、大丈夫か……良いぜ、やってやろう」


 俺は笑いながら、ツバキの提案を承諾した。ツバキは、ぱあっと笑顔になり、リンネに跨る。


「では、狩り勝負なので、負けた方は、勝った方の言うことを一つ、叶えるということで、よろしいですね?」

「……は?」

「では、行きましょう、リンネちゃん!」

「クワンッ!」

「ちょ、ま――」


 俺の言葉を無視し、わき目も振らずに森の中を進んでいくリンネ。俺は頭を抱えながら、その後ろ姿を見ていた。


 負けた方は勝った方の願いを聞く、か。何か、聞いたことがある文言だな。まあ、良いや。面白そうだし……それに、俺の方は、強力な刀の試し斬りを兼ねている。近くに誰も居ない方が良いと思っているから、丁度いい。勝負の条件に付いては後で考えておこう……。


 ―ゲギャアアアアッッッ!―

 ―ブオオオオオオッッッ!―


 突然、リンネ達が去った方向から、魔物たちの断末魔のような声が聞こえてくる。


「ん? あいつら、もう始めているのか……俺たちもそろそろ行くか……」


 俺は斬鬼を握り、その中に居る刀精に声をかけ、森の中に入っていく。向こうは二対一だと思っているだろうが、実質二対二だ。

 あいつら、きっと後悔するだろうな。何せ、俺の相方は、俺が知る最も強い者の一人だ。ずっと一緒に闘ってきたんだ。誰にも負ける気がしない。

 そんなことを思いながら、森の中を突き進んでいくと、正面に直立した猪顔の魔物が三体居た。あれは、確かオークと言ったな。前に倒したことがある。

 直立はしているが、猪だから食えるか。……良し。


 などと、考えていると、オークが俺に気付き、雄たけびを上げる。


「ブオオオオオオッッッ!!!」


 そして、俺めがけて手を振り上げて襲おうとして来た。


「早速試してみるか……オラアッ!!!」


 腰を落とし、斬鬼を抜いて、そのまま一体のオークの胴を横なぎする。やはり、無間と比べて軽い。いや、軽すぎると言った方が良いか。斬鬼はそのままオークの腹を通り過ぎていき、隣に居たもう一体のオークもまとめて斬る。

 そして、そのままの勢いで振り上げ、もう一体のオークを縦に斬った。


「「「オォッ……」」」


 三体のオークはそれぞれ、悲鳴を上げることなく目の前で倒れ、そのまま絶命する。しばらくすると、斬ったところから、身体が半分に分かれ、血が噴き出した。


「う~ん……やはり、この刀は鋭すぎるというのが厄介だな……」


 血の一滴もついていない斬鬼を眺めながら、頭を抱える。斬ったという手ごたえが無い分、やはり扱いづらいなと思った。

おまけにやはり、俺には軽すぎる。狙いが上手く定まらない。乱戦とかになったら、味方まで斬ってしまいそうで怖いな。ツバキとリンネと分かれて正解だったと心底思う。


 まあ、初めてはこんなものかと思い、斬鬼を仕舞ってオークの死骸を異界の袋に入れる。そして、次の魔物を倒すために、更に森の中の気配を探る。


 すると、少し離れた所から、バシッ、バシッと音が聞こえてきた。何かと何かが打ち付け合っている音だ。一体何だろうかと近づいていくと、奇妙な光景に出くわした。


「何やってんだ……あれ」


 俺が目にしたのは、大きな鶏のような魔物が三体居て、一体は少し離れた所に居るが、後の二体は、向かい合って、お互いの羽で殴り合っているという光景だ。時々、足を使って蹴り合ったりもしている。どうやら、喧嘩のようなことをしているようだ。

 訳が分からないなと思いながら、茂みから出てみた。

 すると、魔物たちは俺に気付き、闘い合っていた二体の魔物は殺気のこもった目で、俺を睨んでくる。


「「コケコッコォォォ~~~ッッッ!!!」」

「ぷっ……」


 怒鳴られているのだろうが、魔物と言えども、やはり鶏。鳴き声もそのままで、思わず笑いそうになってくる。慌てて口を抑えたが、それが癇に障ったのか、魔物は羽を広げて、俺に蹴りかかってきた。


「「コケェェェ~~~ッッッ!!!」」

「おっと……」


 ひらりとその蹴りを躱すと、俺の背後にあった大木に魔物は向かっていく。そのまま激突してくれれば良いなあと思っていたが、鶏の蹴りは、木にぶつかると、そのまま大木を蹴り砕いた。メキメキと音を立てて、ゆっくりと倒れる木。

……案外、危ない技だったんだな。やはり魔物は魔物か……。


「「コ……コケェェェ~~~ッッッ!!!」」


 再び俺に向けて、今度は一体は羽を、人間でいう手刀のようにし、もう一体は同じように蹴り技を放ってくる。

 俺は斬鬼を抜いて、二体の魔物を一気に切り伏せる。そして、何故か呆然としているだけだったもう一体の魔物も、そのまま斬り捨てた。


「コォ!? ……コ……コケ……」


 最期まで、鶏のようだった魔物は、そのまま事切れる。どういう生態なのか分からないが、鶏なのだから、食べても問題ないんだろうなと思いながら、異界の袋に入れた。

 ……というか、この世界は、基本的に何でも食えるのだったな。その辺りは来にせず、これからもどんどん魔物を狩っていくか。

 俺は、更に森の奥へと入っていった。


 ◇◇◇


 さて、森の奥まで来てから、ある程度の時間が経った。これまで、オークと、先ほどの鶏のような魔物、それから、以前倒したバースト・ボアや、よく名前だけは見かけていた、大王オオトカゲという魔物を倒していた。数で言えば、二十は越えている。

 意外と、魔物は多いようだ思ったが、特にこれといった気配はもう無いようだ。そろそろ、ツバキたちと落ち合おうかと思った時だった。


「……ん? 何だ、この気配……」


 ふと、何かに命を狙われているような気配が襲ってくる。しかし、辺りに目を向けてみても、特に何も見当たらない。気配自体も、そいつが潜めているのか、弱いものだ。

 だが、確実に狙われていると思った俺は、斬鬼を抜く。


 ……そう言えば、以前にもこんな感覚あったな。あの時はグレンとの旅の時で、相手は、姿を見えなくすることが出来るという、迷彩トカゲだったな。


 だとしたら、動かないのはマズいか。ぼさっと立っていたら、良い的になるだけになってしまう。

 俺は、気配のする方向に、斬鬼を振りかぶる。


「斬波ッ!!!」


 刀に気を溜めて、思いっきり振ってみた。すると、刀を手にした日にやったような、無間から出る巨大なものではないが、鋭い斬波が放出され、凄まじい速度で気配のする方向に飛んでいく。


 ―ギィッッッ!―


 斬波を放った方向から、鳴き声のようなものが聞こえた。その瞬間、その辺りの木々が動く音も聞こえてくる。

 その場所へ向かうと、感じていた気配が強くなり、何かが居るということが確信できた。やはり、姿は見えない。だが、折れた木の枝や、草の感じで、大体どこに居るのかは分かる。そして、その姿も……。

 大きいな……迷彩トカゲよりは体格がデカい。成長したものなのか、どうかは分からないが、いずれにしろ、このままにしておくわけにはいかない。

 俺は、斬鬼を構えて、そいつと対峙した。


「グルルル……グアアアアッッッ!!!」


 すると、その見えない魔物は俺に対して、威嚇の声を上げて、地面を蹴ったようだ。何となく感覚だけで、俺はそいつの攻撃を避ける。そして、中空に向けて斬鬼を振るった。


「オラアッ!」


 だが、斬った感覚は無い。そもそも、元々この刀は斬った感覚が無いので難しいが、俺の攻撃が当たったということは無いだろう。その後も、気配は続いているし、少し離れた所でパキパキと新しく枝が折れていく。


 むう……これは、厄介……というか、面倒な相手だな。一瞬でも、姿が見えれば、どうということは無いのだが。

 煙玉もでも使うか? そうすれば、煤の動きを見て、何となくだが今よりは、相手の位置を特定できる。

……いや、それだと、俺の視界も遮られるので、あまり意味は無いか。

閃光弾を使う……いや、頭がどこか分からないので、どこに投げて良いのか分からないし、こいつは結構素早いようだ。避けられたら終わりだな……。


 色々と手を考えてみたが、結局いい手を思いつきそうにも無かった。

 だが、あることを思い出し、俺は斬鬼を構える。


「……一応、やってみるか……」


 ―すべてをきるもの発動―


 俺はスキルを発動させて、辺りを見渡した。すると、草木に入る切れ目に混じり、何もない空間に一本の切れ目が浮かんでいることに気付く。俺は、その切れ目を、気配のする奴と挟むように一直線上に立ち、切れ目を斬った。

 すると、その切れ目を境に、空間にずれが生じている。


「これで、良いか……オラ、かかって来いよ」


 斬鬼を鞘に仕舞い、抜刀術の構えを取りながら、気配の主を挑発してみた。すると、前方で何かが足を踏み鳴らすような、ドシン、ドシンという音が聞こえたかと思うと、絶叫が聞こえてくる。


「グルルルアアアアッッッ!!!」


 俺を殺そうとする気配が一気に濃くなり、近づいてくるのが分かる。どうやら挑発には成功したようだ。足跡のようなものが俺に近づいてきて、左前の木の枝が突然、吹き飛ばされるように折れ飛ぶ。

 その瞬間、


「グ……ガアアアアアアッッッ!!!」


 今度は、悲鳴のような声が上がり、俺のすぐ横に何かが落ちた。すると、俺の目の前に、突如気配の主が姿を現す。


 それは四つん這いの大きなトカゲ、もしくは魔龍のような生き物で、翼は無い代わりに、手足は頑強で、腕から足に駆けてムササビのように翼膜のようなものがついている。迷彩トカゲに似ているが、まず体格と、頑強さが違う。

体中鋭利で頑丈そうな外殻に覆われているが、姿を現したと言っても、辺りの背景と同じような模様をしていて、感覚が狂いそうになってくる。

 その魔物は、低く唸り声を上げながら、後ずさっていく。よく見ると、そいつの右腕というか、右前足の先が無い。その先は俺のすぐ横に落ちている。

 狙い通り、俺の斬鬼で空間の裂け目に触れ、そのままの勢いに、腕を振り切ったおかげで、俺に攻撃が届く前に、コイツに一撃を与えることが出来たようだ。いまいち、扱いづらい能力ながらも、こういうことは出来るのかと思い、安堵する。


 そして、俺は苦しみ藻掻くその魔物に一気に距離をつめて、見様見真似だが、ジゲン達のように抜刀術を繰り出す。


「ッ!」

「ギッ――」


 俺の刀は、またしても斬ったという感覚を残さない。そのまま魔物の首を通り過ぎる。あれ、当たらなかったかなと思ったが、直後、魔物の首に一直線に細い線が入り、そこから血が噴き出て、断末魔さえ許さず、その魔物は絶命した。

刃を見てみると、やはり血の一滴もついていない。


 ……やはり、扱いづらいな、この刀。ツバキの薄刃刀も同じような感じだが、あいつは、よくあの刀でこれまで闘って来たなあと、思わず感心してしまった。


 何はともあれ、魔物を倒したのは事実だ。見たことない個体なので、異界の袋に入れる前に、鑑定スキルを使って、魔物の死骸を視てみた。


 ・・・


 迷彩龍

 強固な外殻を持ちながらも敏捷性に優れた、迷彩トカゲの上位種。

 身体に着いた翼膜で、僅かだが、飛ぶことが出来る。

 迷彩トカゲと違い、攻撃性が高く、見えない所から強力な攻撃を繰り出すので、非常に危険。


 ・・・


 ……なるほど。こいつが、ジゲン達が倒したという迷彩龍か。クレナには居ないとのことだったが、あの時、ジゲンが言っていたように、壊蛇の襲来でか、そもそも、あれから二十年も経っているから、環境が変わったからなのか、ケリスが生み出したかの要因で、この地にも居たみたいだな。

ギルドに報告が行かなかったのは、姿が確認できないためと考えられる。迷彩トカゲも、希少でめったに姿を現さないと聞いたしな。

 オウガは居なくなったとはいえ、コイツが湖畔の村のすぐそばの森に居たということは、あの村も、少し危なかったのかも知れない。倒せて良かった。


 コイツの素材は、何かに使えそうだな。迷彩トカゲのように外套として使うことも出来そうだし、鱗などで、不可視の鎧なども作れそうな気がする。大事に持って帰ろう……。


 さて、そろそろ良いだろう。食料となるものも獲ったし、最後に迷彩龍という魔物も狩ることが出来た。辺りにこれといった魔物の気配も無いし、正直に言うと若干疲れた。

ツバキたちよりも先に湖にでも行っておこう。


 そう思いながら森を抜けて、湖に出た。すると……


「……うおっと!?」

「あら、ムソウ様」

「あ、おししょーさまだ!」


 湖に出てみると、ツバキとリンネが、水の中に入り、遊んでいる光景が目に入る。リンネは獣人の姿となり、ツバキと泳ぎの練習のような態勢をしている。楽しそうな光景だが、ほとんど裸同然だ。


 更に、ツバキは着物を脱ぎ、行衣のようなものを着ているだけで、下は何も着けていないようだ。水で肌が透けていて、何ともあぶなかっしい恰好をしている。

 俺は慌てて、二人の姿を見ないように、後ろを振り向く。


「何してんだ! こんな所で、そんな恰好で!」

「いえ……魔物たちの返り血を落とすついでに、リンネちゃんの泳ぎの練習をと思いまして……」

「おみずきもちいいよー! おししょーさまもはいろー!」

「それは良いが、せめて下にさらしを着けろ! 嫁入り前なんだから、もう少し慎みを持て!」

「誰も居ないのでよろしいかと……それより、ここの湖は本当に綺麗ですね。ムソウ様が浄化した効果もしっかりと感じられますよ」

「誰も居ないからって……ん? ちょっと待て。俺が浄化した効果というのは、どういうことだ?」


 ツバキの口から若干気になる言葉が出てきたので、ひとまず気を落ち着かせて聞いてみた。


 以前、冒険者たちにより、毒が流され、デスニアやその他この湖に棲んでいた魔物や生物たちの死骸で汚染されていた湖を俺が浄化させた。天界の波動を使ってな。

 その所為なのか、どうかは定かではないが、若干ではあるが、水自体に天界の波動というか、清らかな感覚というものが含まれているという。

そのおかげで、普通の魚などの生物はいるが、魔物に属するものの姿が見えないという。

 一応、水に入る前にリンネが鼻を使ったが、水の中で匂いが分かりづらいということを差し引いても、少なくとも、視界の範囲内に魔物の気配は無いそうだ。

 更に、この湖に触れると普通の水よりも、身体に着いた汚れなどが綺麗に落ちるという。ふと見ると、そばにあった木に、ツバキが来ていた頃もが干してあるが、確かにどこにも血などが付いていない。むしろ、ここに来た時よりも綺麗になっているような気がする。


 一応、村では湖は完全に綺麗になったと聞いたが、ここまでとは思わなかった。これは本当に神聖視されそうだな。あの時、正体を明かさなくて正解だった。


 そして、やはり天界の波動はむやみに使うものではないと感じた。やはり、この星から放出されていた、生命の源ともいえる代物で、環境が変わる。人間がやすやすと使っていい代物では無いな。皿洗いや、洗濯ごときで使うのは控えた方が良いか……。

 と思ったのだが、恐らくこれからも、面倒だと言って、使うのだろうな、と頭を抱える俺だった。


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