第247話―遊びに出かける―
翌朝、日が上って外が明るくなり始めた頃、目が覚める。
ふと見ると、珍しく俺が一番のようで、リンネとツバキはまだ眠っていた。起こさないように、布団から出て着替えていると、布団の方からもぞもぞと音が聞こえてくる。
振り返ると、リンネが身をよじらせながら、ゆっくりと目を開けていた。
「……キュウ……キュアアアァァァ……」
一つ大きな欠伸をかいて、背伸びをする。すると、俺と目が合った。
「キュ? ……キュウっ!」
一瞬だけ、不思議そうな目をしたが、すぐに笑って、前足を上げる。やはり俺が先に起きたことに驚いていたようだ。
「おはよう、リンネ。よく眠れたか?」
「キュウッ!」
「そうか、そうか。今日は少し早く出るからな。ツバキを起こしてお前も準備をしておけ」
「キュウッ!」
リンネは頷き、ツバキの方を向くと、前足でツバキの頬をポンポンと叩きだす。よく、俺にもやっている、リンネ独特の起こし方だ。はたから見ると、何となく面白いな。
しばらくすると、ツバキの瞼がぴくッと動き出す。
「う……ん……?」
「キュウッ!」
目覚めてきたんだなあ、と思っていると、突然リンネは、そんなツバキの頬をペロッと舐めた。
「ひゃうっ!」
短い悲鳴と共に、ツバキは目を開いて、目の前に居たリンネの姿を確認した。ニコニコと、笑顔になりながら、しっぽを振り、前足を上げてツバキに挨拶をしているリンネ。そんなリンネをツバキはジトっと睨む。
「……やりましたね?」
「キュウッ!」
「では……お返しです!」
ツバキはガバっと身を起こすと、リンネの首根っこをつまみ、逃げられないようにして、首から腹にかけてくすぐり始めた。
「キュウ、キュウゥゥゥ~~~!」
リンネは、笑いながら悲鳴を上げて、じたばたとするが、ツバキの手は止まらない。そのままリンネの全身をくまなく、くすぐる。
「確か、こちらが弱かったですね?」
「キュウゥゥゥ~~~!」
ツバキがリンネの尾をくすぐると、リンネは更に声を上げる。
なるほど……リンネの尾は、そのまま虫の触角のように、鋭い感覚器官にもなっているんだな。となれば、尾が増える度に、それだけリンネの洞察力や、観察力、更には索敵などの能力も成長するというわけか。
まあ、今の状況だと、弱点にもなっているがな。攻撃を受け流したりする分、強いものかと思ったのだが、それとこれとでは違うらしい。
「キュウゥゥゥ~~~……キュウ……」
やがて、ひとしきりくすぐられ続け、リンネの声が段々収まっていく。すると、ツバキはリンネから手を放して、腰に手を当てながら、ため息をつく。
「ふう……普通に起こしてくださいと、何度も言っているでしょう? それとも、私にくすぐられるのが、そんなに好きなのですか?」
「……キュウ」
しばらく、黙った後、リンネは静かに頷く。ツバキは目を見開き、項垂れた。
ああ……お仕置きのつもりでやっているのだが、リンネにとってはそれが嬉しかったのか。これは何とも、面白い状況だな。ツバキは頭を抱えながら、観念したように口を開く。
「はあ……わかりました。では、次から私の方が早く起きた際には、こうやってリンネちゃんを起こすとします。それで、お相子ということでよろしいですね?」
「キュウ!」
リンネはツバキの言葉に頷く。……即答だな。ツバキは、目を見開き、諦めたかのように、頭を撫でた。
「まったく……では、さっそくムソウ様も同じやり方で起こすとしましょう」
ツバキはリンネに優しく微笑み、俺が寝ていたところに移動しようとする。
「……何で、俺も巻き込まれてんだ?」
「え……ムソウ様?」
二人で示し合わせたことに、納得がいかなかったから注意すると、ツバキは驚いた顔をして、俺の方を見てきた。どうやら、たった今、俺に気が付いたらしい。
なるほど、俺が未だ眠っていると思っていたからこその発言とこうどうだったか。
……まったく。
「……いつから……そこに?」
「最初からだ。今日は俺が先に起きたみたいだからな」
「では……全てご覧になっていたのですか?」
「ああ。朝から仲が良いな、お前たちは。ついでに二人で顔を洗ってこい。湖畔の村までは、少し距離があるから、飯食ったらすぐに出るぞ」
鎧を付けて、衣を着ていると、ツバキは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに顔を覆う。
「本当に……意地悪な方ですね……」
「言ってろ。これから、俺を起こす際に色々してくるのだから、それでお相子だ」
そう言い残して、部屋を出て、しばらくすると、襖の向こうから、二人のクスクスという笑い声が聞こえてきた。絶対、明日からも俺が先に起きてやる……。
その後、廊下に出てみると、炊事場の方から大勢の人間の声が聞こえてくる。女中たちが既に起きて、飯の支度をしているようだ。
ちなみに、洞窟にも簡単に料理を作るところが設けられており、あそこで寝泊まりしている者達は、普段はそこで料理を作って食べているという。屋敷のだけでは、足りないからな。
しかし、昨晩あそこに行って思ったが、案外快適そうなので驚いた。ジゲンの言うように、錬兵場にするのも良いが、例えば客人が来たときなどにも使えそうだなと思う。あそこもこのまま残して綺麗にしておこう。
そんなことを思いながら、食卓の間へと向かうと、既に何人かが飯を食っている。早いなあと思いながら、部屋に入ると、何人か俺に気付いて声をかけてくる。
「あ、頭領、おはようございます」
「おう。皆早いな」
「今日は、俺達が依頼をこなす日なので」
聞けば、闘鬼神の中で、日替わりで依頼に出向く者と街の復興を手伝う者と、居るらしい。今いる奴らは、この後、カドルとレオパルドと共に、各自討伐や採集依頼などに出向くそうだ。
「にしても、いつも日帰りだよな? なかなか大変じゃないのか?」
「いやあ、それが、雷帝龍様が連れてくださったり、レオパルド様の魔法を使ったりして、あっという間に目的地まで行けまので、割と楽ですよ」
ああ、そうか。力を取り戻したカドルはデカいから、背に乗せて目的地まで運ぶことも出来るし、レオパルドは、転送魔法が使えるから、そのあたりは心配ないというわけか。
カドルには、領境の一件の際に、屋敷に来たら、ツルギ達と同じく、触られるかも知れないと言っておいたが、特に気にしていないようで安心した。
ちなみに、トウガとトウウが依頼に出るときは、あいつらも背に何人か乗せているらしい。トウガなんかは、アキラとツバキ以外乗せないとでも言いそうなものだが、その辺りはきちんとやってくれているんだなと感心する。
「それで……頭領も今日はどこかへ行くのですか?」
「ああ。ちょっとな」
「まだ、起きたばかりなので無理しない方が良いのでは?」
「問題ねえよ。闘いに行くわけではねえからな。それに、ツバキとリンネも居るし」
「ああ……リンネちゃん、早く頭領と遊びたいって言ってたもんなあ~……」
皆、俺が寝ていた間のリンネのことを語り出す。なんでも、一生懸命になって、俺を解放しながら、俺が早く目を覚まして、ツバキと共にまた、色んな所に行きたいと、皆に言っていたようだ。
てっきり、屋敷でジッとしているのが嫌になったのかと思った皆は、依頼についてくるかと聞いたそうだが、リンネは首を横に振り、俺とツバキと一緒に行きたいと言って、ずっと俺のことを待ってくれていたそうである。
「頭領と、ツバキさん、愛されてますね~」
「それは、まあ……嬉しいことだな……」
そう言って、頭を掻くと、皆はニヤニヤと俺の方を見てくる。ついでに、あることを教えてくれた。
リンネ曰く、俺はリンネにとって、生きていくための強さや、闘っていくための力を教えてくれる存在と見ているから、「おししょーさま」と呼ぶことにしているらしい。
てっきり、父親のように接しているのかと思っていた皆も、そのあたりのことを聞いてみたらしいが、リンネに父親という者は居ないらしく、そもそも、「父親」という存在がどういうものなのか、分からないという。
俺がマシロに居た時に見た、夢に出てきた者が母親だということは分かっていたので、母親が居るということは知っていたが、父親は居ないというのは、どうもおかしな話だな。母親だけで、リンネが生まれたということか? ……そんな生物居るのだろうか……。
皆に参考までに聞いてみると、そういった魔物などは居るには居るらしいが、妖狐がそれに該当するかどうかは分からないという。
妖狐はこの世界では、謎が多いとされる魔物だからな。それは無理もないか。レオパルドにでも、後で聞いてみるとしよう。
「にしても、「おししょーさま」と呼ばれるのは、やはり違和感があるな。俺としては、別に「父上」と呼ばれても良いのだがな……」
ここまでの、リンネとのことを思ったら、別にそれでも良いと思っているというのは正直なところだ。
カンナとは違った感じになるが、リンネにも、似たような意識で接することが偶にある。あいつの父親代わりになれていたらと、何度か思ったこともあるしな。
いっそのこと、呼び方を変えさせるかな、などと思っていると、皆は俺をからかうように指さす。
「頭領が、リンネちゃんのお父さんなら、お母さんはツバキさんですよね?」
「だろうな。リンネちゃんは、ツバキさんのことも大好きだしな」
「頭領と、ツバキさんも、夫婦のようなやり取りしていますから、ぴったりですね」
などと、言いながら皆で頷き合っている。本当に元気になったみたいだな、こいつら。クスクスと楽しそうな様子の皆をジトっと見ながらため息をついた。
「何で、そうなるんだよ……大体リンネは、ツバキのことを「おねえちゃん」と呼んでいるだろうが」
「でも、ツバキ姐さんは、リンネちゃんを、妹のようにとも言っておりましたし、娘のようにとも言っておりましたよ。頭領と同じですね~」
「息ぴったりっすね!」
「いや多分、俺もツバキもそこまで、意識して言っているわけじゃなくて、単純にリンネが可愛いから、そういう思いになるって話で……」
「も~う、照れちゃって~!」
べつに照れているわけでもないんだよなあと思いながら、どうやって、こいつらを黙らせようかと、思っていると、部屋の戸が思いっきり開かれる。
「おししょーさま、おまたせ~!」
そして、廊下から獣人姿のリンネが勢いよく部屋に入ってきて、俺に飛びついてくる。何故、こんな丁度いい時に、と思いながらも、駆けてくるリンネを抱きとめた。
「おう。顔は洗ったか?」
「うん!」
「昨日は疲れていたようだが、大丈夫か? どこか、痛い所とか、だるさとかはないか?」
「だいじょーぶ! ばっちりだよ!」
「そうか、そうか、よしよし……」
元気そうなリンネの頭を撫でると、リンネは嬉しそうな顔でニコッと笑う。
そして、リンネの後からツバキが部屋に入ってきて、俺達の居る場所まで来た。ふと見ると、手に櫛を持っている。
「まだ、寝癖がとれていません。ほら、おとなしくしてください」
そう言って、ツバキはその場に座り、リンネにも自分の膝の上に座るように言った。
リンネは素直に頷き、ツバキの膝に座って、そのまま髪をといてもらっている。
「ねー、おししょーさまー」
「何だ?」
「きょういくところ、とおいのー?」
「ああ、少しな。まあ、お前の足なら昼前には着くと思う。早めに着いて、荷物を受け取ったら、後はたっぷりと狩りにでも洒落込もう」
「うん! わかったー!」
今日のことが楽しみでしょうがない様子のリンネは、身体を動かしたくて、うずうずとしている様子だ。
「えっと……帰りは前と同じく、リンネちゃんに飛んでもらうという形になりますか?」
「ああ。その方が速く帰れるから、狩りもギリギリまで出来るだろう。
……何か、問題があるか?」
「いえ……そうなれば、また、ムソウ様が神人化して飛ぶことになると思うのですが、お体は本当によろしいので?」
「それを確かめるための、今日の狩りだから、その時に確かめる。まあ、昨晩の皿洗いの時にスキルが使えるということは分かったから、問題ないと思う」
「はい、かしこまりました。……しかし、正直なところ、久しぶりに私も外に出るので、楽しみにしておりますよ」
「ああ。羽を伸ばしつつ、俺の護衛を頼むぞ、ツバキ」
そう言って、頭を撫でると、ツバキは嬉しそうな顔で頷いた。まあ、今日の所は本当に、俺をずっと介抱してくれていた二人を労う為の休日と考えた方が良いだろう。
俺もいつもより、力を抜いてゆっくりと過ごそうかな、などと思いながら、卓に置かれた茶を飲もうとした。
しかし、ここで闘鬼神の奴らが、ニヤニヤ顔でこちらを眺めていることに気付く。
「……何だよ?」
「「「なーんにも!」」」
元気に返事するチャンたちを見て、本当に元気になったら、以前のように、本気で鍛錬などしてやろうと誓った。
その後、女中たちが飯を運んでくるのとほぼ同じくらいの時刻に、未だ寝ていた他の女中や冒険者、そして、コモンが部屋に入ってくる。ジゲンとたまは、どこかと思ったのだが、今日は洞窟に居るナズナや、十二星天、そして、牙の旅団の者達と飯を食っているらしい。
今頃、ジゲンによる孫自慢の話で盛り上がっているのではないでしょうかという、コモンの言葉に、皆で笑ってしまった。
そして、皆で飯を食いながら、一応と思い、コモンに俺の異界の袋を渡しておいた。中に九頭龍の死骸が入っているから、移動させておいてくれと頼むと、コモンは了承する。
しかし、それでは今日の俺の仕事が出来ないということで、街に残って、復興の作業をするというハルキの異界の袋を借りた。
雷には散々な目に遭っているハルキだが、運だけは良い。何か珍しいことでも起きないかと期待して借りるとしよう。
コモンには、昨晩話した、ツバキと俺の装備についての相談もしておいた。そこは、九頭龍の死骸を見て判断するということを言いかけた時、女中達から、飯の最中に、そのような話は辞めてくださいと怒られたので、二人で反省し、その話は終えた。
コモンと共に、ぐっと黙る俺達を見ながら、ツバキ、リンネ、そして、闘鬼神の者達は、腹を抱えて笑っていた。
その後、皆で飯を平らげ、俺とツバキとリンネは、準備を整えて庭へと出た。すると、闘鬼神の皆も、洞窟に居た者達と合流し、今日の組み合わせごとに分かれて打ち合わせをしている。
ジゲンとたまも居て、ジゲンはコモンやジェシカと何やら話していて、たまは、女中達と共に、街で作業する者達に水筒などを渡している。
こういう光景も何だか、久しぶりだなあと思いながら、皆を見渡していると、クレナのあちこちに向かい、討伐依頼をこなすトウガ達が目に入り、声をかけた。
「よう、トウガ」
「ん? ああ、ムソウか。今日は、リンネとそこの娘と遊びに行くんだったな」
「遊びというと、少し違和感があるな。アヤメのお使いのついでに、ちょっとな」
「ほう……お前を使いに向かわせるとは、あの女領主も、なかなか肝の据わった人間だな」
などと言いながら、トウガやトウウは笑った。
「そんなんじゃねえよ。俺にとっても良い話だからな。そこは持ちつ持たれつってやつだ」
「ふむ、そうか。しかし、遊びと言えど、リンネとお前の闘いが見られるのなら、俺もそちらに行きたいものだな」
トウガがそう言うと、トウウとトウケンも頷いている。俺は、それも良いなあと思った。俺としても、神獣に生まれ変わった、こいつらの力というものを確かめたいと思っている。
それに、リンネにとっても、良い成長につながるのではないかと考えている。種族は違うが、同じような存在だからな。俺では気付けないことも、トウガ達なら教えられるだろう。
ふと、肩に乗っているリンネを見ると、キラキラとした目で俺を見て、うんうんと頷いている。リンネも同じ気持ちらしい。
しばらく考え込んだ後に、俺はトウガの言葉に頷く。
「分かった。今日の所は無理だが、いずれ、俺とリンネ、それからツバキも、お前らと一緒に行動するとしよう」
そう言うと、リンネ、トウガ、トウウ、トウケンの四体の神獣は、笑って頷いた。すると、横からツバキが不思議そうな顔をする。
「え、私もよろしいのですか?」
「当り前だ。昨日言っただろ? お前は、俺の護衛なんだから、どんな時でも、俺のそばに居ろ」
そう言うと、ツバキは嬉しそうな顔をして、頷いた。
「……はい」
「良し!」
ツバキも、騎士であり、武人だからな。アザミたちと家で仕事をしているときも確かに楽しそうだが、やはり、こうやって外に出て、刀を振るっている方が性に合っているのかも知れない。サネマサの弟子でもあるからな。
それに、まだ若いし、伸び代も十分にある。今のうちに強くなるためのきっかけを作ってやった方が良いだろう。
今回の一件のように、悔しい思いをさせないためにもな。
そんなことを思いながら、頷いていると、周りに居た皆がこちらをぽかんとした表情で見ていることに気付く。
「ん? 何だよ……」
「あの……頭領?」
声をかけると、皆の中から、リアが前に出てきて、口を開いた。
「頭領……自覚、ある?」
「何の?」
「……何でもない」
そう言って、リアは、再び皆の方を向いて、静かに首を横に振った。すると、皆の方からため息のようなものがちらほらと聞こえ、俺から視線を外して、それぞれの準備に戻っていった。
「何だったんだろうな?」
「ふふっ……さあ、私にはわかりませんね」
皆の様子について、ツバキに聞いてみたが、嬉しそうな顔をして、そう言うと、ツバキはリンネを撫でる。
「では、私達はそろそろ行きましょう。リンネちゃん、お願いしますね」
「キュウッ!」
リンネは頷き、地面へと降りると、そのまま大きな獣の姿となる。俺は荷物の確認をした後、ツバキと共に、リンネに跨った。やはり、トウガの背に乗るよりも、気持ちいいなあと思い、リンネの背中を撫でると、嬉しそうな顔をされた。
「さて……じゃあ、俺達は行くぜ。トウガ、トウウ、トウケン、皆のことを頼むぜ」
「よろしくお願いします」
俺とツバキで、そう言うと、神獣達は、クスっと笑い、頷いた。
「ああ。お前も、リンネとそこの娘を護ってやれよ」
「リンネも、ムソウを頼んだぞ。この男は少し突出し過ぎるところがあるからな」
「そこの娘さんも、よろしくな。それから、何か旨そうなものがあったら、ついでに狩ってきてくれ!」
最後の、トウケンの言葉に、わかった、わかったと頷き、俺達は皆に見送られながら、屋敷を出ていった。
皆からの、
「行ってらっしゃーい!」
という、元気な声も何だか久しぶりだなと思いながら、背後に向けて手を振っていた。
◇◇◇
ムソウ達の背中が見えなくなるまで手を振るジゲン達。また、こうやって何の心配も無く外に出るムソウを見送ることが、どれだけ待ち望んでいたことかと、そこに居た者達は、笑っていた。
そして、姿が見えなくなり、一息ついた後、ジゲンはリアに話しかける。
「リア殿……もう少し、粘れなかったのか?」
「無茶言わないでよ。あれは本当に、自覚が無いようだったもの。あれ以上を言ってしまったら、ツバキさんの方が機嫌を悪くしそうよ」
リアの言葉に、闘鬼神、女中一同、うんうんと頷いている。ムソウとツバキの関係は聞いても居ないが、見ていて何となく分かっている。
だが、こちらからは何もしない方が良いと思っている皆は、取りあえず、経過を待っている。余計なことは言うまいと、何時しか皆で話し合って決めていたことだった。
「でも……結局、おじちゃんは、ツバキおねえちゃんをどうおもっているのかな?」
たまは、周りの皆の顔を覗き込む。幼いながらも、ツバキの気持ちには気づいているたまは、どうにか、二人が幸せになって欲しいと願っているようだ。
ただ、肝心のムソウの気持ちが分からず、困惑している。しかし、それは他の皆も一緒。たまの言葉に、皆、困った顔をする。
「う~む……天狼殿はどう見る?」
「……何の話だ? 何が始まっているのだ?」
ムソウのことをよく知っていると思われるトウガに、意見を求めようとするジゲンだったが、トウガは困った顔をしている。
それだけでは無く、トウウもトウケンも、雷帝龍カドルも、牙の旅団も、何が起きているのか、という顔をしていた。
ジゲンや闘鬼神は、ムソウとツバキの関係について、皆に話し始める。うんうん、と頷きながらも、どこか戸惑っている様子になっていく神獣達。
そして、結局のところ、ムソウがツバキに対して、どう思っているかという質問に対し、トウガ達は、少し悩みながら口を開く。
「どうだろうな……お前らはどう思う?」
「分からねえな。あの男は、女も男も、同じような目で見る節があるからな……」
「その言い方だと、誤解を招くぜ、トウウ。だが、少なくともあの娘に対して、そういう思いを抱いているかと言われると、何か、違和感があるな……」
トウケンの言葉に、神獣達は頷く。どうやら、ムソウはツバキに対して、一人の仲間としては見ているということは確定的だが、それが果たして、恋慕のようなものかどうかと言われると、少し疑問に思うことがあるという。
ただ、前の世界の、ツバキやアキラ、ナツメ、いわゆる仲間である女達に対して向けていたものとも違う感じがするという神獣達の言葉に、ジゲンは、更に悩む。
「難しい男じゃの……」
改めて、ムソウのことを思いながら、そう呟くと、皆頷いた。ムソウとツバキに関しては、ひとまず、今日のところは、経過を眺め続けよう。出来るだけ面白く、と皆で決め合った。
「さて……では、今日の皆の動きについてじゃが、神獣殿と、レオパルド殿は、ダイアン殿達を率い、今日もアヤメの指示に従うというとのことじゃったな。
神獣殿と、レオパルド殿はまだしも、闘鬼神の者達は気を付けるようにの」
「了解っす!」
「俺らも、何かあったら、持って帰りますんで!」
ジゲンの言葉に、ダイアンやマルスはニカっと笑って、返事をする。トウガ達は、少しは心配してくれと、思いながらも、ムソウの部下を護りきってやると笑った。
「うむ、頼むぞ。そして、残った者達は、コモン君の指示に従い、街の復興かの。今のところの進捗具合はどうじゃ?」
「そうですね……妓楼の完成までは、今日入れて三日ほどといったところでしょうか……」
「また、早いのう……じゃが、それが済めば、コモン君も天宝館に専念し、闘鬼神も、普通に冒険者として、活動できるというわけじゃから、しっかりやるのじゃぞ?」
「かしこまりました、ジゲンさん」
「さあ~て、今日もひと汗、かきますか!」
「たまちゃん、今日も美味い飯を期待しているからな!」
「うん! まっかせといて!」
袖をたくし上げて、張り切るたまの頭を撫でるハルキたち。そこにアザミがジゲンに、そうは言っても、食材も減ってきていると耳打ちした。
それなら、ムソウが持って帰るものに、期待するしかないなと思うジゲンだったが、ふと、思いついたことがあり、カドルと、牙の旅団の方を見る。
「雷帝龍殿。それから、シズネにエンミ、すまぬが、昼からアザミ殿達と共に、他の街へ買い物に出て行ってはくれんかの?」
「買い物? ええ、別にいいわよ」
「ただ……雷帝龍様が、納得するかだけど……」
「む? 構わん。人手が足りないからな。それに、日帰りで行くとなると、我が連れて行く以外に方法が無いようだ。この屋敷の為ならば、どんなことでもして見せよう……」
「では、たまちゃんも連れて行きますね。雷帝龍様のお背中に乗るというのは、なかなか出来ないですので……」
そう言って、カドルに深々と頭を下げる、アザミ。カドルはフッと笑い、構わんと言って、皆が背に乗ることを許可した。たまは両手を上げて、わ~いと喜んでいる。
「コウシ達はいつも通り、足りない者達の補佐、サンチョは、ジェシカ殿と薬の製造を続けてくれ。ジェシカ殿も、良いかの?」
「はい、大丈夫です。サンチョさんにはかなり助けていただいております」
「それはこちらの台詞だ。俺の知識を上手く使ってくれて、感謝している。傷だらけでサネマサが帰ってきても良いくらいに、もっと作っておこう」
「はあ……サンチョは女と一緒に仕事か……羨ましいな……」
「おい、そんなことを言ったら、アザミたちに失礼だろ」
「また、怒られるぞ……」
「クレナの女は、怖いからな……」
などと言いながら、恐る恐るアザミに視線を向ける、コウシ、ロウ、ソウマ、チョウエン。視線に気づいた、アザミは、四人に振り向き、ニコ~っと笑った。少し、ぞっとした様子の、コウシ達は黙って、視線を逸らしていく。
残ったタツミ、ミドラ、そして、ジゲンは、ため息をつきながら、頭を掻いていた。
「ったく、しょうがねえ奴らだな……さて、俺とタツミは、この後アヤメちゃんの所に、と思ったんだが、今日の所は、俺はこの屋敷に居るつもりだ」
「む、どうかしたのかの?」
ミドラがこの家に残ると聞いたジゲンは不思議そうな顔をする。すると、横からナズナが口を開いた。
「あの……ジロウさん。この機会に、「千手・千眼」の扱い方を教えて頂こうと私から……」
そう言って、ナズナは自身の刀を取り出した。この刀は、元々ミドラが持っていたもの。今回の一件を通じて、もっと強くなりたいと思ったナズナが、ミドラに頼み込んだようだった。
ジゲンはなるほど、とナズナの頼みを承諾する。
「うむ。では空いた時間にでも、するが良い。ミドラ、お手柔らかにな」
「分かってる。親友の身内をしごくほど、馬鹿じゃねえよ。他に、俺の頭脳も継がせてやるかな……」
「お、お手柔らかに……!」
ニヤッと笑うミドラに、少し顔を青くしながらも、深く頭を下げるナズナ。フッと笑い、冗談だと言って、ミドラはナズナの頭を撫でた。
「僕は、シロウさんと一緒に、街の見回りをした後、僕の方には、ショウブちゃんが、「風神」の使い方を教えてくれと言われましたので、そちらに……」
「分かった。タツミは……まあ、信頼出来るのお。じゃが……手を出すでないぞ?」
「貴方は僕のことを何だと思っているのですか!? しませんよ! 僕は、年上好みなんです!」
「ふむ……それは、初めて知ったのう……」
ジゲンの言葉に、ハッとして、顔を真っ赤にするタツミ。そして、ガクッと項垂れた。皆が笑う中、シロウと、ジロウ一家の者達が駆け寄っていくと、大きく深呼吸して、タツミは顔を上げて、大丈夫ですと、笑っていた。
こうして、皆の動きを確認し、それぞれの背中をジゲンは見送った。
賑やかで、楽しくて、面白い。そんな毎日が再び、訪れたことに、今日も感謝しながら、たまの頭を撫でた。
「どうしたのー?」
「いやなに……楽しいなと思ってのお……」
「楽しい?」
「ああ。街がこんなことになっても、たまが……ムソウ殿が……皆が居たら、楽しいなと思ってのお……」
そう言って、たまに微笑むと、たまも強く頷いた。
「うん! わたしもおじいちゃんと、リンネちゃんと、アザミおねえちゃんたちと、それから、ツバキおねえちゃんと、ダイアンおにいちゃん……みんながいてくれて、たのしい! よかったね、おじいちゃん!」
たまは、元気いっぱいにジゲンの胸に飛び込んでくる。たまを抱き止め、ムソウ殿を忘れておるぞ、とたまの額を指でつつきながら、屋敷の中へと入っていった。
その背中を、ミドラ、シズネ、エンミが、感慨深げに、笑いながら眺めていた。




