第245話―ジゲンの家族を感じる―
その後、コスケはリンネと四天女達に呼ばれて、再び皆の方に戻っていった。嬉しそうにしながらも、酒を飲み過ぎたのか、足元が少しふらついている様子を見て、ジゲンが隣に立ち、身体を支える。
「ジロウ様、よろしいですって……」
「何の。儂がどれほど好き勝手な性格は、既に知っておろう?」
「はあ……まあ……そうですね……」
自分にとっては主人であるジゲンに肩を支えられ、戸惑いながらも、ジゲンの言葉にどこか納得した様子のコスケはそのまま、ジゲンと共にリンネたちの居る所へと向かう。
また、一人になってしまったと思っていたが、今度は入れ替わるように、コモンが俺の隣に来た。
「どうも、ムソウさん」
「おう。どうかしたか?」
「いえ、少し遊び疲れまして……」
飯を食っているというのに、どこか疲れた様子のコモン。見ると着物も少し崩れているようだ。それほど、リンネ達の相手をしてくれていたのかと、コモンを労った。
「そいつは、お疲れさんだな。ゆっくり休んでろ」
「明日もありますからね……あ、その間に、幾つか確認したいことが……」
「ん?……っと……俺もあるな。ついでにしておこうか」
コモンを横に座らせて、この際に、後でコモンに確認したかったことを一つずつ解消しようと思った。俺は飯を食いながら、コモンの言葉に応えていく。
「え~と……まず、シンジさんの件については、ジゲンさん達に聞きましたが、問題ないとのことですが、どういう意味ですか?」
「色々あって、取りあえずシンキ……じゃねえや、シンジは俺やお前たちに敵対しているわけではないということが分かった」
危うく、シンキが隠している正体を言いそうになる。この時ばかりは、別に俺から言っても良いのではないかと、シンキに突っ込んだ。紛らわしい偽名名乗りやがって……。
「らしいですね。ただ、僕としてはその、色々なところが知りたいのですが……」
「その辺りは、また、本人から知らされるから、それを待っとけ」
「えぇ……ムソウさんは話してくれないんですか?」
「本人から聞いた方が良いだろ。……それに、お前も俺に隠してることあるよな?」
「ん゛っ!?」
何となく、言ってみたが、コモンは果実水を吹き出しそうになり、ギクッとした様子で、固まる。
……あるんだ……何だろう……怖いな……。
まあ、良いや。特に気にせず、そういうことなら、シンジのことも待ってやれと言うと、渋々ながら、分かりましたと頷くコモン。
「だから、次来ても、攻撃を仕掛けたりするんじゃねえぞ」
「はい」
「……で、隠し事は無しにしろよ」
「……承知しました」
気付けば、正座になってコモンは頷いた。そこまでされると、俺に罪悪感が出てくるから、やめろと言うと、コモンは楽な姿勢になる。
ひとまず、シンキの問題は片付いた。後で、このことはコモンから他の十二星天にも伝えるということにして、次の話に移る。
「それから、ムソウさん。僕がケリスに囚われていた間に、オウエン様がここに来るという話があったそうですが……」
お、これについては、コモンが居ない間に決まったことだから、知らないと思っていたのだが、ジェシカあたりにでも聞いたのだろうな。すでに知っているということで、手間が省ける。
「おう。その話はどうなったか、知っているか?」
「ジェシカさんと、レオさんによると、やはり延期だそうです」
だよなあ、とコモンに頷く。聞けば、王都の方も、クレナの処理で忙しいらしく、オウエンも、シンキと共に、こちらへの人員や、物資などの調整をしてくれているという。
そして、復興が済んでも、貴族たちの処遇や、事件の調査、更に、現在サネマサが鎮めているチャブラの件の処理などもあり、当分はここに来れないだろうとのことだ。
「オウエン様、ムソウさんにお会いすることを楽しみになさっていたそうですよ」
「まあ、それについては嬉しいことだから、落ち着いたらまた、連絡してくれと伝えてくれ」
おかしな関係だが、俺の息子のカンナの子孫だから、俺にとっても、子孫だよな……。前までは、何も思わなかったが、そういうことならと、一目会いたいという気はしてくる。いずれ、シンキと共に、ここに来れば良いと思っている。
コモンは俺の言葉に頷いた。そして、後は何か話すことがあったかという顔をしているので、今度は俺の方から切り出す。
「そういや、俺の無間はどうにかならないのか?」
「無間……ですか……」
コモンは難しそうな顔をする。やはり、あれだけ壊れていたら、流石にコモンの力を以てしても、完全に修復するというのは難しそうだ。
やはり、斬鬼で戦うしかないのかと思っていると、提案として、と言って、コモンは口を開く。
「無間を前の状態に戻すことは出来なくとも、ほとんど同じには出来るかもしれません。ただ、それだと、多少の強度は落ちますし、それに、今回のような使い方をすると、確実に壊れるので、あまりお勧めはしません。
……ただ、無間を強化するという意味合いの修復は可能かもしれません」
コモンの言葉を聞き、身を乗り出す。どういうことかと聞くと、コモンは説明を始める。
今回の戦いで、壊れてしまった無間は、修復したとしても、前のようには戦えないし、めったに現れることは無いが、九頭龍のような天災級の魔物と闘うたびに、壊れる可能性が高くなる……というか、確実に壊れるということで、コモンはそちらの方法はやりたくないという。
丹精込めて修復した刀を簡単に壊されてしまうというのは確かに、嫌なことだよなと、俺もその思いには納得する。
そこで、コモンが提示してきたのは、無間を直すのではなく、バラバラになった無間の破片を使い、新たに他の素材と組み合わせて、新しい刀を作るとのことだ。それならば、無間の使い勝手も継承されるし、武具に込められる力も、上げられるということなので、壊れるという心配も無くなるという。
「なるほど……その方が、良いなあ……」
コモンの提案に、頷く。確かに元の無間に戻すよりも、そちらの方が良いのかも知れない。そうは言っても、違う武器ということになるのかもしれないが、使っている素材というか、材料は無間そのものなので、馴染んだ感覚などはそのままかもしれないな。
「だが、そうするとなると、やはり良い素材を使いたいなあ……」
しかも、刀を打つのは、コモン達だ。ヴァルナも恐らく力を貸してくれるだろうということらしいから、最高のものになるはずだ。であるならば、無間の破片以外にも、良い素材を使いたいと思っていると、コモンは頷いた。
「僕もその辺りで少しつまずいているところですが、取りあえず、その方向で考えていた方が良いですか?」
「ああ。ひとまず、無間の破片はお前に渡しておく。その間は、斬鬼で間に合わせておくよ」
「斬鬼……? ……ああ、例の「零の刀」ですね。かしこまりました。また、具体的なことが決まりましたらご連絡いたします」
というわけで、元々の予定通り、無間はコモンに一任し、修復等は任せることにした。ただ、クレナの復興が済むまでは、気にしなくても良いと伝えた。
しかし、コモンはすぐにでも無間をいじりたいと目を輝かせている。やはり、トウヤに似ているなと思い、コモンに確認したかったことを聞いてみた。
「コモン……トウヤって名前に心当たりは無いか?」
自分でも思うくらいに漠然とした質問だと思う。トウヤの話は以前、コモンにもした覚えがあったが、その時は、名前は言わなかった気がする。
コモンのEXスキルは、トウヤが使っていたものということだったから、トウヤの魂について、何か心当たりはあるかという思いで聞いてみたのだが、コモンはキョトンとしている。
「トウヤ……? いえ……どうしました? 突然?」
ああ、やはり何も知らないようだ。一つため息をついて、不思議そうなコモンに顔を向ける。
「なんでもねえ。気にしないでくれ」
「そうですか……では、次にお話ししたいことですが……」
トウヤのことは分からなかったが、コモンからはその後も俺が寝ている間の、主に十二星天や、王都の動き、近隣の領の動向について教えてくれた。
街の復興について、他の十二星天にも、協力を要請したようだった。ただ、これに関しては、残りの十二星天というのは、いわゆる、コモン達と敵対している者達ということだったので、理由をつけては、ことごとく断られたらしい。
ただ、コモン達と仲が良い、ジーンとミサキはやはり、行きたいという意欲はあったようだ。特に俺とも関りがあるミサキは、出来ればクレナに来て、手伝いたいとのことだったが、現在行っているハクビの修行の動向を見守ることと、ウィズとレイカの修行で、行けないという返事があったという。
これについては、俺も仕方ないなと思うので、問題は無い。いずれ、ミサキの下で強くなったあいつらを見てみたいという気持ちの方が大きいからな。ミサキとの再会はそれまでとっておこう。
ジーンに関しては、九頭龍やスケルトンの軍勢により、変化したであろうクレナの生態系について興味を示していたが、こちらも多忙とのことで、来れないという。
なんでも、マシロの調査が終わった後、現在はグリドリに居るらしい。そこで、俺が浄化した大森林の調査を行っているそうだ。
俺がきっかけで変化した環境を調査しているということで、若干、会ったこともない男に罪悪感を抱くが、そういうことなら、無理しなくても良いと思い、納得する。
ただ、恐らくその調査が終われば、今度は九頭龍の出現だったり、スケルトンの軍勢の所為で変わったであろう、クレナの生態系について調査しに来る可能性が高いとのことで、ジーンに関しては、近々会えるかも知れないとのことだった。その時には復興も済むはずということなので、俺はその時をゆっくりと待つことにした。
他の十二星天については、特に動きを見せていない。まあ、クレナに王都の守護者だったり、ギルド長だったり、騎士団長が居た所で何の役に立つのだろうかと疑問には思うから、そこは良いがな。
一応、エレナには、長年探していたという、雷帝龍が確認されたということは伝えたらしい。だが、特に会いに来るわけでもなく、姿が確認されたのなら、それで良いという返事が帰ってきたらしい。
流石にカドルもその報を聞いて驚くが、元気にしているのなら文句は無いと言って、気にしていないということだ。
各領からは、色々と物資が届いているとのこと。主に、マシロ、ソウブ、パーシからは多くの人間や、物資が届いてきている。何でも、今回の騒動を解決したのが俺だったということを聞いた、それらの領の領主が、協力を申し出たという。
「ムソウ殿には色々と世話になった」
と、ワイツ卿は笑い、他の領主たちも、同様のことを言って、今も協力の手を緩めていないという。マシロはともかく、ソウブとパーシについては、旅の途中で片手間にやったことなので、そこまで思われてくれているとは意外だった。ソウブに関しては、もう少し居てくれという、頼みを断ったくらいだからな。
一応、ことが終わったら、九頭龍の素材でも送って、それに伴って手に入るであろう莫大な金子を、お礼ということにしておこう、とコモンに提案すると、承諾してくれた。
王都については、今日シンキが来て、帰っていったばかりなので、詳しい動きはこれから変わってくるとのこと。なので、明日から逐一連絡を取り合ったりして、連携していくと、コモンは語る。
未だ、シンキに対する疑念は完全には晴れていないようだが、私情を挟むときではないとして、シンキとも連携することに納得したようだ。
ならばと思い、ついでに貴族や闘宴会の処遇について、伝言を頼んでおいた。これは、なるべく早い方が良い。貴族たちにクレナをめちゃくちゃにされて怒っているのは、ジゲンだけではないはずだ。サネマサがチャブラから戻る前に決着をつけておこう……。
「……僕の方からは以上です。他に、何かありますか?」
「いや、特には思い浮かばないな。……そもそも、俺が気にすることでも無いからなあ……」
「あ、そう言われれば、そうですね」
コモンは笑った。自分は人界の頂点に立つ者としての自覚と責任はあるが、俺には無いということに、気づいたようである。
俺としても、色々と報告は聞いたが、街の復興に関しては、俺があまり気にすることでは無いよなあと思い始めている。
取りあえず、明日からもここで生活できるということだけでも分かって良かった。そして、復興について、皆からは、余計なことをするな……というか、手伝わなくても良いというありがたい言葉を貰っている。
そう言うことなら、俺も遠慮なく、自由にしたいと思った。
「明日から、何しようかなあ……」
「お体は、よろしいので?」
「ああ、問題ない」
「では、先ほど仰っていた斬鬼という刀の練習というのは?」
コモンの提案に、それだ、と思い、顔を上げた。何も、家でジッとしていることもないんだ。ずっと眠っていたことだし、肩慣らしついでに、しておこう。無論、ツバキとリンネも連れて行こう。
万が一、俺がやばくなったらという、措置だが、本音を言えば、二人も外で伸び伸びとさせた方が良いだろうな。難色を示すようなら、説得しよう……。
「そうだな……そうするか。手ごろな魔物とかどこかに居ないか? オウガとか、トロールとか……」
「さあ……アヤメさんに聞いてみては?」
ギルドの機能はすでに回復している。依頼も、今まで通りにギルドに集まっているとのことだったから、ひょっとしたら、丁度いい依頼があるかも知れない。コモンの提案に頷き、後で、アヤメに聞いてみようと思った。
「ありがとう、コモン。おかげで、明日からも退屈しなさそうだ」
「いえいえ。迷惑をおかけした分、少しでもお役に立てられて、良かったです」
胸を張るコモンに、俺も嬉しく思う。相変わらずの、気の利きように安心し、その後もコモンと共に飯を食い続けた。
その後、コモンが席を離れると、何人かの知り合いが、俺に礼を言ってきた。ギルドのミオンや、妓楼の四天女、天宝館のヴァルナ等だ。
この街に関しては、俺が特に何をしたというわけでも無いので、そういうのはジゲンに言っておけと伝えると、もうすでに終えたとのこと。
トウリン等は、他の方法でお礼をしたいなどと言って、ヴァルナやミオンに引かれているが、話を聞けば、ジゲンにきっぱりと断られたらしい……というか、牙の旅団は喜んだが、その中のエンミや、シズネ、更にうちのアザミ他女中達に止められたという。
夜鷹に落ちていたアザミ達が、四天女を制するというのは何となく面白いなあと感じた。
そんな、アザミは今も、皆の為に酒を運んだり、飯を運んだりと忙しそうにしている。手伝ってくれているナズナや高天ヶ原の妓女たちの指揮を執っているあたり、やはり、アイツは大したものだと笑った。
冒険者達や自警団の者達は、酒を呑みながらも、次の日の作業はどのように進めるかという話で盛り上がっている。意外だなとは思いつつ、よくよく話を聞いてみると、早いところ街の復興を終えて、花街で遊びたいという旨の内容が聞こえてくる。
アイツ等、花街で遊ぶのに、まだ、一ヶ月ほど残っているというのを忘れているのではないだろうか……?
まあ、それを言って、やる気をなくしてもらっても困るし、そもそも、現在、この屋敷には花街の妓女たちも集まっている。そんなに気にすることでも無いよなあと思い、口をつぐんでいた。
さて、しばらくすると、皆の前に置かれた料理も減っていき、空いた皿が増えていく。もう食べきれないと言わんばかりの者達や、酔いつぶれてきた奴らもちらほらと見え始めてきたので、宴会はお開きということにした。
そして、まだ風呂に入っていなかった奴らは風呂に向かったり、それぞれ今日はもう寝ると言って、自分の部屋に向かったりし始めてくる。
俺は、リンネとツバキ、それに女中達と共に、皿洗いをする。ただ、流石に量が多いなと感じ、一気に綺麗にしようと、神人化した。
「ふむ……EXスキルの方も問題なく使えるな……」
今回、俺が眠っていたのは、EXスキルを多用し過ぎた為だと、エンヤから教えられた。起きてすぐに使うのはどうかと思ったが、問題なく使えたので安心する。
そういえば、神怒を斬る時に、このスキルが何かおかしなことになったのだが、今のところは以前と同様で、特に変わりはない。あれは、何だったのだろうと、首を傾げながらも、汚れた皿を浄化していく。
すると、すぐ横からひそひそと何かを話す声が聞こえてきた。
「初めて見たけど……すごいね……」
「ええ。ムソウさんが、EXスキルを使うというのは本当だったみたい……」
「“規格外”を超えてるわね……」
声のする方を見ると、高天ヶ原の四天女達が、驚いた顔で、こちらを見ていることに気付く。
そう言えば、俺がEXスキルを使えるということは、コイツらには内緒にしていたんだっけな。その他にも、俺が迷い人であることだったり、リンネが妖狐であることだったり、あまり知られたたくない、というか、目立たないために秘密にしていたことが結構あった。
だが、今回の一件で、それら全てが露見し、既に高天ヶ原の者達含め、この街の全ての者達に、俺の素性が明らかとなることになった。
まあ、俺の方はどうでも良いが、リンネが実は魔物だったということについては、どう思っているのかという心配があったが、先ほどまでの宴会を見る限り、それもどうでも良いような感じだったので、良かった。
ただ、俺の方が逆に、違う意味でますます変な感じに扱われているということには何となく気付く。
四天女の方は無視して、そのまま皿を綺麗にしていると、アザミの声が聞こえてくる。
「三日もすれば慣れるから、安心しなさいな」
アザミの言葉を聞いて、なるほどと頷くシュンカ達。
へえ、この屋敷に居る奴らは、もう俺のことについて、いちいち驚いたりはしないんだな、と思い、若干嬉しくなった。
「流石、アザミだな。もう、何事にも動じないという感じで、安心する」
素直に、アザミの胆力を褒める。何があっても、どっしりと構えてくれているからこそ、俺の留守の間も、ジゲンやアザミに任せることが出来るんだなと思っていると、アザミはクスっと笑って、口を開いた。
「ありがとうございます。……しかし、妙なところでそのお力を使うので、少々呆れることも増えました」
アザミの言葉に、クスクスと笑うシュンカ達と、そばに居た女中達。
……なるほど。俺が、洗濯だったり、こうやって食器を洗ったりするときに、神人化して、手早く綺麗にするときなどに、特に、驚いた素振りを見せたりしなくなったのは、慣れも通り越して、呆れていただけだったのか。
少し、恥ずかしい気持ちになり、皆から視線を逸らして、皿洗いを続ける。
その後、全ての食器を綺麗にした後、女中と妓女たちは順番に風呂へと向かった。
俺は部屋に戻ろうとしたのだが、アザミたちに、風呂場の前まで来て欲しいと言われて、そのまま女たちについていった。
風呂場の前に着くと、先に風呂に入った者同士で、髪を乾かし合ったりしている。よく見ると、アヤメやショウブ、それにナズナも居る。
まだ帰っていなかったんだなと思って見ていると、何故か、アヤメの髪をたまが、ショウブの髪をジゲンが、ナズナの髪をシロウが乾かし、とかしていた。組み合わせに何となく面白くなり、笑いそうになってしまう。
そして、すぐそばでリンネとツバキも居て、ツバキがリンネの髪を乾かしていた。
ツバキが団扇を振る度に、気持ちよさそうに足をぶらぶらさせるリンネ。
ただ、よく見ると、ツバキの髪はまだ濡れたままだった。
「では、お願いしますね、頭領」
アザミは俺の顔を覗き込み、ニコッと笑う。
「はあ……なるほど。分かった」
ため息をついて、皆の居るところに近づくと、リンネが俺に気付き、笑顔を振りまく。
「あ、おししょーさまだ!」
リンネは嬉しそうに立ち上がろうとするが、ツバキに肩をつかまれた。
「動かないでください。まだ、乾ききっていないので」
「は~い……」
しょぼんとする、リンネの頭を撫でて、俺は団扇を手にし、ツバキの後ろに座った。
「お前も動くなよ。乾かしてやっから」
「え……はい……ありがとうございます」
ツバキの髪を手に取り、団扇で乾かし始めると、リンネと顔を見合わせて、ニコッと笑うツバキ。
すると、隣でニヤニヤしながら、こちらを見てくるアヤメ達の視線に気づく。
「……何だよ?」
「い~や、別に~……」
睨み返してやっても、にやけ顔を辞めないアヤメ。少々イラっとする仕草に、俺はボソッと呟く。
「……そういやあ、アヤメからは感謝も謝罪も無いな……」
俺が目を覚まし、現在に至るまで、クレナの領主であるアヤメからは何も無かったことを漏らす。
別にそれでもかまわないのだが、何となくこの態度が気に入らないので、皮肉を込めて言ってみた。
効果は抜群のようで、アヤメはハッとし、目に見えて分かるくらいに、表情が青くなっていく。
「い、いや……その……」
「そうであったか……」
慌て始めるアヤメの横から、ジゲンが俺に合わせたように、残念そうな顔をして、口を開く。
「ふむ……儂らは身内じゃから構わんが……そうか……さんざん世話になったムソウ殿に何もないとは……育て方を間違えたようじゃの……ショウブは目覚めた時からムスッとしておるしのお……」
髪を乾かしながら、ガシッとショウブの頭を掴み、大きくため息を吐くジゲン。すると、アヤメはパッとジゲンの方を向き、ショウブは、ジゲンの手を掴みながら悶える。
「痛たたたた!!! 妾は一応、皆に頭を下げたぞ! 迷惑をかけてすまぬと!」
必死に弁明の声を上げるショウブ。その話は本当らしい。ショウブは上街を管理する自警団の長として、ジゲンと闘鬼神を含む、下街の住民たちに目を覚ましてから、ショウブ一家の者達と共に、頭を下げていったらしい。
ギルドの回復で忙しかったアヤメに代わり、皆に頭を下げ、共に街全体の復興に尽力しているとのことだ。
だから、妾は許してくれと必死になるショウブを見て、シロウは眉間にしわを寄せる。
「……俺は謝られていないんだが……むしろ俺が、謝ったんだが……」
ナズナの髪を乾かしながら、ショウブ達の顔を覗き込むシロウ。
これも、本当の話らしいが、謝ったといっても、三人にではなく、ナズナに謝ったらしい。
呪われた三人とコモンが先にこの屋敷を襲いに来た際に、ジゲンがコモンと、アヤメとショウブの三人を止めて、シロウはナズナの相手をした。
呪われていた相手を止めるためとは言え、家族同然に過ごしてきた者に刀を向けたということに、悪いと思い、ナズナが目を覚ました時に謝ったという。
ついでに、以前の手紙のやり取りについても、謝ったのだが、その時に、まあ、色々とあって、シロウとナズナは今の様子になったようだ。
……ちなみに、俺が目を覚ます直前にそんな出来事があったという。くそう……もう少し早く起きればよかった……。
ちらっと、ナズナの顔を見ると、少し頬を赤くして、微笑んでいる。何も言わないが、その時のことを思い出しているのか、満足そうにしていた。
「……シロウ、手が止まってる」
「あ、悪い……」
わざとらしく、腕を組んでいたシロウは、ナズナに言われて、髪を乾かすことを再開させた。
こいつもどことなく、嬉しそうな顔をしている。こういうのは何となく、良いなあと思った。
シロウに何か言い返したかった様子のアヤメとショウブも、その光景を目の当たりにし、ムスッと黙り込む。すると、ジゲンは再び、ため息をついた。
「ふむ……シロウには何も無かったのか……それは流石に駄目じゃろう……」
ジゲンの言葉に、すかさず二人は、反論する。
「はあ!? ムソウや、叔父貴はともかく、俺達がこいつに頭を下げる道理は無いだろう!?」
「そうじゃ! 今回も、ジロウや、牙の旅団の陰に隠れて泣いておったのでは無いのか!?」
何とも、酷い言いようである。一体、こいつらは、どれだけ、シロウのことを馬鹿にしているのか分からないなあと呆れていると、ジゲンは口を開く。
「そんなことはない。シロウは立派に戦ってくれた。のう? たま、それからリンネちゃん」
ここで、意外にもジゲンはたまとリンネに語り掛ける。ジゲンの言葉に二人はニコッと笑い、大きく頷き、リンネは楽しそうに、シロウのことを語り始める。
「おにいちゃん、すごかった! おじいちゃんといっしょに、てきをたおして、そのあとは、リンネといっしょに、みんなをたすけていたよ!」
シンキと居た時にも感じたが、シロウは相当頑張ったようだ。闘宴会がこの屋敷に呪われた者達を連れて攻めてきた際に、シロウも自警団を引き連れて、ここを護るために闘っていたという。
そして、自らの自警団に住民たちの保護と、闘宴会の雑魚共の相手を任せた後は、前述のとおり、ジゲンとリンネと共に、最前線で戦ったらしい。
その際に、ツバキがどこにも居ないということに、不安になっていたリンネを励ましたりしてくれたという。
それは、本当に世話になったなあと感心していると、今度はたまが口を開く。
「あとね、おじいちゃんがサネマサ様とお屋敷をでていたときは、リンネちゃんと、ツバキおねえちゃんの代わりに、わたしたちのおてつだいもしてくれたの!」
なんでも、封印術を使われ、気を失っていたリンネと、同じく、闘宴会やケリスからの暴行により、意識を失っていたツバキが、ジェシカに連れられて、この屋敷に戻った際、シロウも同じく怪我を負っていたが、ジェシカに治療してもらった後、前線をジゲン達に任せて、屋敷に留まりながら、皆を護ってくれていたという。
その時は、戦いについていける気がしなかったと、シロウは苦笑いしているが、牙の旅団がここに到着するまでの間、外の様子を伺ったり、魔物の大群が屋敷に近づいてきた際にも、慌てることなく、避難の指揮を執ったりしていたらしい。
たまの言葉を聞いた、ツバキは目を見開き、シロウに頭を下げる。
「皆さんはともかく、私達にまで……本当に、ありがとうございます」
「ありがと~!」
ツバキに続き、リンネもシロウに礼を言った。気にするな、と笑っているシロウに、俺も改めて頭を下げた。
「……それは、本当に世話になったな」
「いや、良いって。おっさん達も、下街の住民だ。それを護るのは俺の役目と言ったのは、俺自身だ。俺は、ジロウ一家の二代目頭領としての責任を全うしただけだ」
ニカっと笑うシロウ。本当に器がデカいな。隣でジロウが、満足そうに頷いている。やはり、“息子”の成長というのは嬉しいらしい。
しかし、そうは言われても、ツバキたちも世話になり、リンネにまで優しさを見せてくれたシロウには何かしてやりたいものだ。
思えば、俺がこの街に来た時から、スリの一件だったり、屋敷の修繕だったり、世話になりっぱなしだなと感じる。本当に後でジゲンと相談して、何かを贈るとしよう。
……さて、皆がシロウの活躍で盛り上がる中、口をあんぐりと開けて、無言になっているアヤメとショウブ。
ばつの悪そうな顔をして、項垂れている。ここまで言っても、シロウに対して、何も無いのかと、俺とジゲンは呆れ、二人をジトっと眺める。
しかし、シロウは、そんな二人の様子を見て、フッと笑い、口を開く。
「アヤメもショウブも、そのままで良いって。俺に頭を下げるなんてことしたら、こっちの調子が狂うからな。おっかねえ姉ちゃん二人と、おっかねえ親父と、優しいナズナが居てくれるだけで、俺は満足だから……な」
……何とも、器の大きいというか、立派な男という感じの言葉に、俺とジゲン、ツバキは目を見開き、固まった。ツバキに関しては、同年代とは思えないという目で、シロウを凝視している。
ナズナは、クスっと笑い、シロウの顔を眺めながら頷く。すると、アヤメとショウブは項垂れたまま、シロウに頭を下げる。
「……本当に……すまなかったな、シロウ」
「……遅くなったが……礼を言うぞ……」
ようやく、シロウに対しての感謝と謝罪の言葉を口にする、アヤメとショウブ。気にしなくても良いと言っているのにと、頭を掻くシロウだったが、ニカっと笑って、素直に二人の気持ちを受け入れた。
「……おい、爺さん。どういう教育したらこんな好青年になるんだよ」
「……儂にも分からん」
「……優しすぎて、逆に怖いです」
ヒソヒソとシロウについて話す、俺とジゲンとツバキ。ツバキの言うように、ここまで来ると、本当に何か裏がありそうで心配になる。
しかし、当のシロウは、今度はナズナの髪をくしで整えながら、口を開く。
「おっし! まあ、俺のことはこれで終わりだ。だが、アヤメとショウブ。ムソウのおっさんに対して、何も無いというのは、流石に俺もどうかな、と思うぞ。早いうちに済ませねえと、おっさん、何するか分からねえぞ~」
ギクッとした様子のアヤメとショウブ。
ああ、なるほど、とジゲンとツバキと顔を見合わせながら頷く俺達。シロウの優しさの裏にはそういう狙いがあったのか。……いや、無いだろうと信じたいところだが。
さて、先ほどまでと同じく、期待を込めるような目で、二人を眺めていると、アヤメとショウブは顔を上げて、俺の顔を見てきた。
「……ムソウ、この度は迷惑をかけた。ギルド支部長として、クレナ領主として、謝る。……すまなかった」
アヤメが頭を下げると、ショウブも続いて、俺に頭を下げる。俺は息を吐き、ツバキの髪を乾かしながら、口を開いた。
「……まあ、俺も別に気にしてないんだがな……」
適当にあしらうようにそう言うと、ガバっと顔を上げて、目と口を見開き、ぽかんとするアヤメとショウブ。そのまま、淡々とツバキの髪を、くしで整えていくと、ジゲンとシロウの笑い声が響く。
「ほっほ、何じゃ、二人とも、その顔は……。流石の儂も見たことが無いぞ」
「まったくだ。そんなに、おっさんが怖かったのか? おっさんがそんなこと気にしない良い奴だってことは分かっているだろう」
などと言いながら、なおも笑い続けるジゲンとシロウ。二人に続き、ツバキとナズナもクスっと笑い、リンネとたまも楽しそうにしていた。
アヤメとショウブは、徐々に、状況が理解できてきたのか、俺にグイっと近づいてくる。
「おいコラ、どういうことだ!?」
「どうもこうも、俺は、ああ、そういえばと思って呟いただけだ。怒っているとは一言も言っていない」
「この状況であのようなことを言ったら、怒っておると思うじゃろうが!」
「ああ、そう思ってくれていたのか。そいつはありがたい……っと、痛くないか? ツバキ」
「はい。大丈夫です……」
既に、髪を整え終えて、リンネを膝の上に乗せて、頭を撫でているツバキは、優しく微笑みながら頷く。
ここまで来ると、何も言えないという顔をし始めるアヤメとショウブ。そして、ガクッと再び項垂れて、
「やられた……」
と、悔しそうにしている。たまとリンネはそんな二人を指さして笑い、ジゲン達もそんな光景に楽しそうに笑った。
俺を揶揄おうとした仕返しは出来たな。俺は満足し、ツバキの髪を整え終えた。
「よし、終わったぞ」
「ありがとうございます、ムソウ様」
「おう……ところで、お前ら、明日は暇か?」
ツバキとリンネは、不思議そうな顔をして、顔を見合わせる。
「どうかされましたか?」
「ああ、実はな……」
俺は、二人に無間の代わりとして使う斬鬼の練習として、明日一日、街の外に出て、魔物の討伐に出ることを提案した。皆が言うには、俺に今、出来ることは無い。かといって、屋敷で一人、過ごすということもしたくない。
コモンの言うように街の外に出て、使い慣れていない武器の練習と、身体の調子を確かめた方が良いと、俺の思いを伝えた。
話を聞いた二人は、微妙そうな顔をする。
「まだ、目覚めたばかりでしょう。もう少しごゆっくりされては?」
「おししょーさまが、またたおれたら、リンネもおねえちゃんも、つらい」
牙の旅団の奴らとの遊びは許してくれたのに、魔物と闘うことに関しては、難色を示す二人。ここは喜ぶべきなんだろうが、正直、風呂入って、飯食ったら、寝起きの時のような倦怠感などは無くなっている。
EXスキルも問題なく発動するし、身体の方は問題ない。
俺の身を案じ、心配してくれる二人を安心させようと、頭を撫でながら笑った。
「大丈夫だ。俺はそんなにやわじゃない。……それに、お前らが俺を護ってくれれば、何も問題は無い」
そう言うと、二人は再び顔を見合わせて、今度はニコッと笑った。
「そこまで、言われると……仕方ないですね」
「リンネ、がんばる!」
リンネは目を輝かせて、胸を張った。よし、これで明日、俺が外に出ることは決まったな。念のため、ジゲンとシロウ、それにたまにも確認したが、問題ないとのことだった。
ならばと思い、未だ、落ち込んでいる様子のアヤメを小突く。
「おらっ、何時までそうやってんだ」
「痛って……何だよ」
「というわけで、何か魔物の情報はギルドに届いていないか?」
「そんな、急に言われても……」
やはり、カドルやトウガ達が出ている分、そんなに都合よく、魔物たちは居ないか。アヤメとショウブは黙り、考え込んでいた。
し かし、何か思い出したように、そうだ、と言って、口を開く。
「魔物の討伐依頼ってわけじゃねえが、一つ頼みたいことがある。と言っても、依頼じゃなくて、俺の個人的な頼みなんだが……」
「あ? 何だよ」
依頼ではないのなら、途端に気が進まなくなるが、先ほど、ツバキとリンネに啖呵を切ったばかりなので、断るわけにもいかない状況となっている。仕方ないなと思い、アヤメの頼みを聞くことにした。
しかし、不服そうな俺を見て、アヤメは、ニカっと笑って口を開く。
「安心しろよ。多分、お前も気に入るはずだ」
「どういう意味だ?」
「頼みってのは、買い物だよ。ちょっと、欲しいものがあるんだが……」
「ガキの使いじゃ、ねえんだよ。だったら、ちゃんと報酬は払えよ」
「ああ、もちろんだ。で、買ってきてもらいたいのは、酒だ。お前も気に入っていた、湖畔の村の「大銘水」を頼む」
「わかった」
アヤメの頼みに、喜んで、即答した。実は密かに気にしていたことである。宴会で使われていた酒は、俺が好きな大銘水ではなかった。
まあ、良いかと思っていたのだが、街がこうなっている以上、酒屋も当然吹っ飛んでいるので、少なくとも、トウショウの里にはすでに、大銘水が無いらしい。
一応、この一週間の間に、大量に発注はしたそうだが、配達員の手筈が整っていないとのことなので、俺に行って欲しいというわけだ。
「了解だ。無論、俺の分は俺の分で、買っても良いんだよな?」
「急ぎじゃねえから、それくらいは大丈夫だ。ついでに、湖で釣りなんかもして、つまみになるものでも獲ってきたらどうだ?」
「あ、良いなあ、それ。二人はどうだ?」
同行するツバキとリンネに確認してみると、二人は笑顔で頷いている。
「良いですね。それでしたら、闘うというわけではありませんし、息抜きにもなりますから……」
「さかなとり、たのしみ~!」
なるほど。リンネは、釣る気はないらしい。まあでも、魚型の魔物を獲るということなら、斬鬼の試し斬りも兼ねることが出来るから問題ないな。ツバキの言うように、ゆっくりできるしな。
というわけで、明日は大銘水を買い付けに行くついでに、あの村の近くの湖で、ツバキとリンネと楽しむことにした。たまから、美味しいお魚をたくさんとってきてね、と言われた俺とリンネは、頷いた。どうせなら、他に食えるものだったり、調合の材料になるものだったり、あれば採集しておこっと。
「ふむ……湖畔の村というのは、あのオウガがよく出ていた森の近くの、あそこかの?」
「ああ。だが、シロウ達の修行の後から、オウガ達の被害が無いというのは五年前と変わってない」
「あれは……辛かったなあ……」
「ええ。皆ボロボロになった頃に、オウガロードが現れて……」
「もう、駄目だと思ったら、ジロウが駆けつけてきたのう。助かったが、あの時ばかりはジロウを恨んだわい……」
嫌なものを思い出した様子の三人に、ジゲンとアヤメは笑っていた。そういや、そんな話を聞いた覚えがあるな。まあ、そのおかげで三人も強くなれたのなら良いんじゃないか……と、思うところだったが、それだと、エンヤが俺にやってきた荒行も認めるようで、嫌だったので、三人に同情した。
だが、シロウ達と、アヤメ、ジゲンの五人を見て、本当にこいつらは“家族”なんだなと改めて実感する。シロウの言っていたように、コイツらだったら、何も心配しなくても、俺はこの街で暮らしていくことが出来るなあと、ジゲン達を眺め、ツバキと共に、リンネの頭を撫でながら、そんなことを思っていた。




