第244話―“大侠客”の所以を知る―
その頃のこの街は、アヤメが幼いということもあり、聞いていたようにジゲンがアヤメの補佐をしながら、統治を行っていた。
しかし、ジゲンに発言する権利はあっても、決定権は無い。ことあるごとにジゲンの意見は、アヤメを傀儡とするケリス達貴族に撥ねられ、街は貴族の思い描くようなものになっていく。
その後、トウショウの里は三分割され、貴族たちだけが住み、天宝館を備える上街、妓楼が立ち並ぶ花街、クレナの元々の住民たちが追いやられるように住んでいた下街という今の状態になったという。
そして、街を自由に行き来できないという影響は、下街の住民たちの鬱憤を募らせるようになっていき、元々荒くれ者が多い、クレナならではというべきか、下街の中ではちょっとしたことで住民同士がちょっとしたことで小競り合いをするようになっていき、花街では、浮浪者が増えていったりした。
街に残っていたジロウ達は、街の統治が出来ないのならば、何とかそう言った状況下でも、暮らしていけるようにと、色々と手を尽くしていく。
ただそれも、下街の喧嘩を止めたりすることが主で、トウショウの里全体を変えるということには及ばず、歯がゆい思いを抱きながら過ごしていた。
ある時、ジロウは、領主の屋敷でアヤメの補佐をしながら雑務をこなしていたが、やはり性に合わないと言って、こちらも多忙だったコスケの元を訪れる。
机に伏しながら、仕事をしているコスケにジロウはニカっと笑った。
「おい、コスケ。暇か?」
「暇に見えますか? 今日も、貴族の皆さんからの苦情の処理をしています」
その時コスケは、アヤメと貴族たちの緩衝材のような役割を担っていたという。貴族たちの無理難題をどうにかこなすために、色々と知恵を絞っていたらしい。
置かれた書類に目を通しながら、ジロウに受け答えし、そのまま仕事を続けようかと思っていると、ジロウはとんでもない言葉を発する。
「てことは、暇だな。着いてこい、散歩するぞ」
「……は!?」
一瞬、ジロウの言ったことが理解できず、頭の中が真っ白になるコスケ。自分は忙しいと言ったはずだが、ジロウはそう聞こえていないらしい。
「いえ、あの……私、今は手が……」
「んなもん、後だ。行くぞ、散歩」
「ですが、これを終わらせないとまた、貴族の方から色々とアヤメ様に迷惑が……」
「どうせ、何やったって、無駄だろ。アイツらは、アヤメをいじめて、失脚させたいだけだからな。何をやっても、何言っても、聞く耳は持たんと、既に決めているだろうよ」
「そ、そうだとしても……」
あたふたとするコスケに、業を煮やしたのか、半ば怒ったような表情で、ジロウはため息をつき、コスケの前に置かれた貴族たちからの苦情に目を通す。
「え~と……天宝館で扱っているものの値段が安すぎる、この街を潤わせるために上げろ……か。この苦情はあそこを作ったコモンって奴に直接送るよう、後でサネマサに頼んでおけ。あそこはあそこ、この街とは関係ない案件だ。
次は、下街の治安が悪すぎる……誰の所為でああなってんだと……。これについては、俺が対処するっつっとけ。文句あるなら、直接俺に言いに来いと、付け加えてな。
それから、街の外に魔物が多く居る、傭兵たちへの報告が遅いのでは、か。これについては、「なら、今晩辺りにも開かれるであろう、テメエらが開く宴会に来る奴らにでも頼んでは?」って、言っとけ。まあ、その傭兵たちが安全にこの街に来れるってことは、どういうことかって考えたら、アイツらも動かねえだろうがな。
あと……“刀鬼”が目障りだ。即刻この屋敷から出ていくように伝えるべし、同様の内容のものが他多数か……アイツら、ここをどこだと思ってんだろうな? それから、“刀鬼”って誰だよ。ちゃんと、名前を言わねえと対処できないと伝えとけ。
……さて、以上だな……」
ドンっと机を叩き、コスケを見ながら、ジロウはニッと笑う。顔は笑顔だが、額に青筋が立っている。最後の苦情についてはやはり怒っているようだ。
しかし、ここまで言われては、既にコスケの仕事もほとんど終わったようなものだ。何も言い返せないでいたが、もう一つ残っていた苦情を見つけ、コスケは書類をジロウに渡した。
「あ、あの……ジロウ様。こちらも……」
その書類には、
「花街に浮浪者が溢れている。街の風情を損ない、客や、貴族たちが不快な思いをしている。早々に対処、もしくは処断するべし」
と、書かれていた。
こういった場合の対処というのは、捕らえて、どこかに奉公させるか、奴隷として売り払うか、もしくは、そのまま斬れという意味合いが強い。
浮浪者と言えども、元はクレナの住民である。さらに言えば、この頃から貴族たちは、花街に居ることを許可する代わりに、浮浪者から金を巻き上げ、みかじめを徴収していたということもあり、それを減らせと言うことはそれだけ、数が増えてきたということであり、どう処理すれば良いのか悩んでいた案件でもある。
流石に、この苦情ばかりは、どうにもならないだろうとコスケは考えていた。
しかし、ジロウは、コスケからその書類を受け取ると、まっすぐな視線を向けてきた。
「どうにかする。その為の散歩だ。……行くぞ」
ジロウはコスケの袖を引っ張り、外へと連れ出した。何をしたいのかと困惑していたコスケだったが、ジロウに逆らえず、付き従うようになる。
そして、上街の門を抜けて、花街へと下りていく。ひょっとして、仕事が嫌になって、このまま妓楼にでも行くのだろうかと思っていると、ジロウは重々しく口を開く。
「……嫌になるな」
「……何がですか?」
「この街のここから見る景色さ。前は旅人も、この街の住民たちも一緒になって多くの人間が歩いていた。
皆、酒に酔ってか、女に酔ってか、誰でも仲良さそうに肩を組み、楽しそうに歩き、店の前じゃ、女を取り合って、口論しつつも、後になったら、仲良さそうに店から出てきてって光景を、何度も見てきた……。
だが、今じゃ、歩いているのは、見た目がこぎれいな、馬鹿面ばかり。いやらしい笑みを浮かべ、まるで物のように女たちを眺めては、舌なめずりをしている。
外から来た客たちも怯え、妓楼の奴らも、そんな馬鹿面に怯えるように身を売り、どうにか店を、自分を売り込むために作り笑いを浮かべている。
そして、ふと、立ち止まり、辺りを眺めたら、金も無い、家族も居ない、生きる気力さえ感じられない奴らが物乞いしている様だ。
……こんなのは、兄貴たちが護ってきた花街じゃねえ……」
ジロウはムスッとした表情で、再び街の中を歩いていく。先ほどまでと打って変わって、どこか真剣な目つきとなっている様子に、コスケは驚いていた。
そして、今まで書類にばかり目を通してきた自分が、改めて花街を見て、その様子の豹変ぶりに驚いたということに、たった今気付いたという事実に、呆然とした。
自分は今まで何をしてきたのだろうかと、悔しい思いをしながら、コスケはギュッと拳を握る。
その時だった。ふと二人の目の前で、怒号のようなものが聞こえてくる。
「離れろと言っておるのだ!」
何事だろうかと思い、顔を上げると、そこには、貴族のような男が、三人の小さな子供たちに怒鳴っているという光景が見える。はっきりと貴族とは分からなかったが、ここ最近よく見る、こぎれいな恰好をして、更に両脇に護衛のような兵士を連れていることから、身分の高い者だろうということは、コスケにも理解できた。
男の前に居る子供たちというのは、一人の少年と、二人の少女という感じだ。ボロボロの着物とは言えない布を纏っており、全身汚れているようだった。
三人の中で年長と思われる少女は、貴族の男に手を出して、にじり寄っている。
「……すこしでいい……すこしでいいから……たべ……ものを……」
どうやら、物乞いらしい。あんな少年少女までも、この街では浮浪者となっているのかとコスケは愕然とする。恐らくは妓女が産んだが、育てることが出来なくなり、この街に捨てたのだろうと、考えた。
三人の子どもは、花街から出ることも出来ずに、ああやって物乞いをしながら生きているのかと、コスケは更に悔しい思いをしながら、その場に立ち尽くす。
貴族の男は少女の手を振り払い、更に怒鳴り声を上げる。
「汚らわしい手で触れるな! 恐ろしい病にかかったらどうするつもりだ!」
何とも、おぞましい暴言を吐く貴族の男だ。相手はまだ、年端もいかない子供だというのに。今すぐにでも、殴ってやりたいとコスケは思っていた。
しかし、自分がここで出て行っても、何も変わらないということは自覚していた。そればかりか、ここで貴族と揉め事を起こすと、アヤメに迷惑がかかると思い、コスケはただただ立ち尽くすばかりだった。
少女は、男に避けられても、更に歩み寄っていく。
「びょ、びょうきなど、もって……おりません……どうか……どうか……」
「ええい! うるさいガキめ!」
男は顔を真っ赤にして、少女を蹴った。低くうめき声を上げながら、地面へと飛ばされる少女。蹴られたところを抑えながら、うずくまり、ぶるぶると震え出す。
「うぅ……う……」
二人の子どもは、蹴られた少女に駆け寄り、少女を心配していた。少年の方は、泣きじゃくっている。泣きながら、その少女の名だろうか、ショウブおねえちゃん、ショウブおねえちゃん、と何度も声をかけていた。
貴族の男は、更に顔を赤くしながら、自らが蹴った足をバンバンと地面にこすりながら、喚き散らしている。
「くそ! くそ! 汚らわしい! 変なものがうつってしまう! こんな者たちがここには溢れているのか! くそ!
何をしておる!? 今すぐ、私に触れたこの汚らわしいガキ共を斬らぬか!!!」
男は、傍らの兵士たちに、そう言った。兵士たちは少し戸惑いながらも、剣を抜き、子供たちに近寄っていく。
周囲の者達は、同情の視線を子供たちに投げかけていた。そして、自分たちが何をしても駄目だというあきらめの目をしている者がコスケからもよく見えている。
「やめろおおおおおおっっっ!!!」
だが、コスケは、兵士たちが剣を抜いた瞬間、全てを忘れて、一目散に子供たちの前に立とうと、地面を蹴った。そんな道理で、人が人を斬って良いわけがないと思った。
貴族と言えども、たかだか、一人の人間だ。それだけの存在である人間の陳腐な理由で、クレナの子供たちが死ぬということに納得などいくはずもないと思い、コスケは一目散に走る。
しかし、その瞬間、コスケよりも速い影が、一瞬のうちに子供たちと、兵士の間に立ち、兵士たちの剣を受け止めた。
コスケはハッとして、剣を受け止めたその者を見つめる。周囲の者達が呆気に取られている中、その男は、赤と緑の瞳を輝かせながら、刀を払った。
それはジロウだった。ジロウは、狼狽する兵士たちを二人とも殴り飛ばし、子供たちに振り向く。
「……怪我はねえか?」
何が起こったのか分からないという子供たちは、目を見開きながら、ジロウの顔を眺める。
ジロウは、フッと笑い、泣きじゃくる少年の頭を撫でた。
「ちょっと待ってろ。今、お姉ちゃんのけがを治してやるからな」
ジロウは懐から回復薬を取り出し、うずくまる少女の身体に振りかける。すると、少女の身体が輝き、先ほど男に蹴られた傷を癒し始めた。
痛みが無くなった少女は信じられないといった表情でジロウの顔を見つめる。ジロウは、更にニコッと笑い、その少女の頭を優しく撫でた。
「もう、痛くねえだろ?」
「う……うん……」
「そうか。後で、飯も食わせてやるからな。ちょっと待ってろ――」
そう言いかけた途端、ジロウの後ろに居た貴族が、声を荒げる。
「き、貴様! 何のつもりだ!? 貴族である私の邪魔をするつもりか!?」
ジロウは、子供たちに向けていた柔らかな表情から一変し、キッと貴族を睨み、刀を向けた。短い悲鳴を上げて、硬直する男に、ジロウは口を開く。
「……この俺に唾飛ばしながら喚いてんじゃねえよ……変な病気にかかるだろうが」
「な、何!? 私が誰だと……ん!? き、貴様は、“刀鬼”か!?」
ようやく、ジロウのことに気付いた貴族は口をあんぐりと開けて、ジロウを見つめる。ジロウはそのまま、表情を変えることなく、男に詰め寄る。
「あ? だったら、何なんだよ……」
「き、貴様、領主ゆかりの者が、貴族である私に手を出しても良いと思っているのか!?」
「知るか、んなこと」
「な、なにをう!? わ、私に危害を加えてみろ! 今すぐ貴様は――」
「はっ! 王都が黙っていないってか? なら、サネマサみてえな奴らを連れてくるんだな! そんじょそこらの奴に俺の相手が務まるか!」
ジロウはそのまま、常人でも分かるくらいに圧倒的な闘気を放出させる。貴族の男は更に顔色を悪くし、その場にへたり込む。
「く、来るな! な、なな、何をする気だ!? お、おい! お前たち、私を護らぬか!」
男は、先ほどジロウが殴り飛ばした兵士たちに指示する。兵士たちはよろよろと立ち上がり、ジロウに恐れていたようだが、意を決したように、剣を振り上げて、ジロウに迫っていく。
「ほう……お前たちは、見どころがあるな。あんなクズでも、主人の命には逆らわねえか……」
ジロウは刀を仕舞って、腰を落とし、抜刀術の構えをとる。
「だが、今はその誇るべき忠誠心を呪っときな! 奥義・瞬華終刀!」
凄まじい速さでジロウは兵士たちの間をすり抜ける。一瞬で背後に移動したジロウに兵士たちが慌てていると、その瞬間、手にしていた剣にピシピシと切れ目のようなものが浮かび、そのまま幾枚の鉄のかけらとなって、地面に散らばった。何が起きているのかと、動揺する兵士たちの腹をジロウは鞘で思いっきり突き、兵士たちを気絶させた。
「さて……と……」
ジロウは再び、貴族の男の方に向き直る。だが、そこに男の姿は無い。気が付けば、上街の方に向かって一目散に走り去っていく姿が見えた。
「ひ、ひい! く、来るなあああ!!!」
情けない声を上げながら、走って行く貴族。このまま見過ごすかと思いきや、ジロウは、地面を蹴り、男に迫っていく。
「……逃がさねえ」
圧倒的な殺意を向けながら、刀を手にし、男に迫っていくジロウ。このまま本当に斬るらしいと直感したコスケ。
「ひい! 助けてえええええ!!!!」
情けない声を上げる、貴族。全身、汗と涙と、尿で、ずぶ濡れとなっている。
コスケは、ジロウの迫力に圧倒されながらも、ここで貴族を斬ると、後々必ず面倒なことになると思い、慌ててジロウと貴族の間に立った。
「お、お待ちください、ジロウ様!」
その瞬間、ピタッと動きを止めたジロウは、眼前のコスケを強く睨みつける。
「どけ! コイツを放っておいたら、この街はますます駄目になる! それに、俺やアヤメにも面倒な事が起こるだろうが!」
「王都からのなんちゃらは、貴方がどうにかするのでしょう!? そこは今更気にしないでください!
それより、ここでこの方を斬れば、もっと面倒なことになります!」
最悪の場合、自分の首も飛ぶだろうなと思っているコスケは、必死で貴族の助命を懇願する。この程度の説得にジロウが応じるわけないと思い、半ばあきらめていた。
しかし、ジロウは、コスケの言葉を聞き、放出していた闘気を抑える。
「……ふむ……それもそうだな……」
「……は?」
落ち着いた様子のジロウの変化に戸惑いを隠せないコスケ。呆気に取られていると、ジロウはなおも、口を開く。
「確かに……そうだな。お前の言っていることは正しい。ここでコイツを斬っても意味無いし、斬ったところで、俺に迷惑がかかるのも必然だよな。
いやあ、流石、コスケだな。やはり、俺を抑えられるのは、お前だけだな……」
ニカっと笑い、コスケの肩をポンポンと叩くジロウ。一体この状況は何なのだろうかと、呆然としていると、後ろから貴族の男に声が聞こえてくる。
「はあ、はあ、危なかった! お、おい! お前! “刀鬼”をなだめてくれたこと感謝する! 礼を言うぞ!」
「……はい?」
貴族の男はフラフラと立ち上がり、コスケの手をガシッと握った。正直、汗まみれの手で、握られるのは、嫌だったが、断るのも悪いと思い、握手に応じるコスケ。
ふと、ジロウの方を見ると、ニヤニヤ顔で、こちらを見ていることに気付いた。
その瞬間、全てを理解したコスケは、ああ、と宙を見上げて、貴族の男に口を開く。
「礼には及びません。私がここに居たおかげで、貴方も助かりましたね。これからも、この街の為、共に尽力しましょう」
「う、うむ! もちろんだ! で、では、私はお暇するとしよう……」
コスケに笑いつつも、ジロウには怯えるような、怒っているような忌々し気な表情をした貴族の男はそのまま、一人で上街へと帰っていった。
男が去ったことを確認したコスケは、はあ、と息を吐き、ジロウに振り向く。
「……自分をダシに私を利用するのは辞めてもらえませんか?」
「良いじゃねえか。これで、アイツら貴族は俺を怒らせたらやばいと再確認できて、なおかつ、その怒らせたらやばい俺を、唯一抑えられるお前という存在の確認も出来たんだ。
つまり、お前が怒ったら、もう誰も、俺を抑えられないと確認できたはずだ。お前の地位も上がるぞ?」
「いえ……私は何も、地位を上げたいわけでは……」
「あっそ。だが……まあ、そういうことにしておけ。いずれ、必要になってくるものだからな」
そう言って、ジロウはコスケの肩をポンっと叩き、先ほどの子どもたちの方に歩いていく。
上手い事、ジロウに丸め込まれたなあと頭を掻きながら、コスケは付いていった。
子どもたちの前に来ると、未だ、困惑したような目で、ジロウのことを見上げていた。ジロウは相変わらず、ニコッと微笑みながら、子供たちの頭を撫でている。
「可愛い奴らだな~……って、お前はそろそろ泣き止めよ、男だろ?」
未だぐずっている様子の少年の頭をガシガシと撫でるジロウ。あれだけ暴れていた人間に、頭掴まれたら、ますます泣くのでは、とコスケが思っていると、ふと、そばから聞き慣れた女の声が聞こえてきた。
「何か騒がしいと思ったら……何してんの?」
「ん? お、エンミじゃねえか」
声の主はエンミだった。何か呆れたような目で、ジロウを見ながら、頭を掻いている。余所行きの格好で、普段は軽装のエンミが、女物の長着を着ているという姿は珍しいなと感じながら、二人を眺めていたコスケだった。
「お前、何やってんだ? そんな恰好で……」
「いや……私は、ちょっと……」
何か、困ったような様子になるエンミ。すると、何かひらめいたという様子のジロウはニカっと笑う。
「あ~! お前、それ、変装か? もしかして、また、「みつや」に……」
「ば、ちょ、ち、違うわ!」
「別に隠すことでもねえだろ。お前が甘味――」
「違うって言ってるでしょ!」
慌て出すエンミは、ジロウに詰め寄って黙らせる。エンミの秘密については、コスケも知っていることなので、何も言わず、ただただ、二人を眺めている。
「で、結局、何してるのよ。コスケさんまで連れ出しちゃって……アヤメちゃんの手伝いは?」
落ち着いてきた様子のエンミの言葉に、ジロウは頷いた。
「ああ。実はな……」
そして、コソコソと二人で何やら話し始める。何故、自分には教えてくれないのだろうかと、思っていたが、子供たちが心配だったので、そばに居ることにした。
その時、子供たちが、ジロウを怖がるように、自分の裾を握っていることに気付く。あの人は危ない人じゃないんだよ、とコスケは三人の子供を説得するのに必死だった。
すると、話を聞いていたエンミが声を上げる。
「え……大丈夫なの?それ。というか、出来るの?」
「出来る、出来ない、じゃねえ。俺は何時だって、やってきた……そうだろ?」
ジロウの言葉に、エンミは腕を組み、う~ん、と思案を巡らす。だが、そのうち、ジロウのまっすぐな目を見て、フッと笑った。
「確かに……そうね。ジロウはそうだよね」
「だろ? それで……なんだが……」
「ふふっ、分かってる。ちょっと待ってて……」
そう言って、エンミは飛び出し、二人の元から去っていった。どこへ行ったのかと、コスケは尋ねたが、ジロウはフッと笑うだけで、何も語らず、子供たちと遊び始めていた。
未だにこの人が考えていることは分からない。そう思いながら、コスケも、子供たちと一緒に遊び始めた。
◇◇◇
それが、かつてジゲンが、花街の浮浪者たちと、貴族に斬られそうになっていたショウブ達を救い、共に過ごし出した経緯だという。
エンミはコスケたちと別れた後、花街中に散らばる、浮浪者たちをかき集め、ジゲンの元に連れて行った。ジゲンは老若男女関わらず、当時の浮浪者を全員受け入れ、そのまま、下街の、今の俺の屋敷へと向かったそうだった。
そして、自警団「ジロウ一家」を設立し、ひとまず自らが住む下街を鎮静化させた後は、前と同じく、アヤメの補佐をしながら、暮らし始めたという。
コスケは酒を飲みながら、皆を眺め、屋敷を眺め、懐かしそうな顔をして、微笑んだ。
「ジロウ様がここで、ショウブちゃん達と暮らし始めて、少し経った頃、私は、高天ヶ原の妓夫になることを決意しました。
花街であの日見た光景は忘れられません。貴族たちの横暴、落ちぶれていく民衆、そして、上街で何も出来ない自分に嫌気が差し、花街だけでも、どうにかしようと思っておりました」
高天ヶ原の管理者をするということは、花街の管理も担うということになる。それまでは、領主であるアヤメが兼任していたのだが、それでは、やはり無理があると判断したコスケが、その任を負ったそうである。
妓楼の主となり、花街の様子に、今までよりも目を配ることが出来たコスケは、貴族からの圧力からアヤメを護るために、更に奮闘したという。
ジゲンのように、圧倒的な力を以て、威圧するのではなく、不満が出ないように、安らぎを与えるということに徹したコスケの奮闘により、花街での厄介ごとも、徐々に沈静化していったそうだ。
まあ、どうしようも無い時は、自分はジロウを抑えることが出来る唯一の存在であることと、自分を怒らせると、必ずジロウが出てくるということを上手く利用して、貴族たちの牽制をしていたというのが、真実らしいがな。
「そして、その頃から、ジロウ様は“刀鬼”というあだ名以外に、“大侠客”と、ここに住む者達から呼ばれるようになりました。
弱者を助け、強者である貴族たちや、他の地から流れ着いた者達に恐れを知らず、喧嘩を売る様というのは、見ていて気持ちが良いものでした……」
そう言って、コスケは俺達に微笑んだ。
話の内容は、昔のジゲンらしいと言えば、らしいのだが、確かにジゲンの行動には筋が通っているし、今まで聞いたどの話よりも、気持ちの良いものだと感じる。
「なかなか、爺さんもやる時はやるんだな……」
俺は素直に、ジゲンがかっこいいと感じ、ジゲンの盃に酒を注いだ。
当の本人は、何やらぽかんとした表情で、コスケを眺める。
「ふむ……いつものように、儂にとって恥ずかしい思い出かと思ったのじゃが……こういう風に褒められるというのは慣れておらんのう……」
「私は、クレナ家の従者です。主人を恥ずかしめる行為などしません」
二人は、お互いに酒の入った器を掲げて、乾杯すると笑い合っていた。
「しかし、お前も、今までよくぞアヤメや儂を支え続けてくれたものじゃのう。もう、これからは隠居したって良いのじゃぞ?」
「いえいえ。まだ、私もやるべきことがあります。高天ヶ原も大きくなりますし……それに、“娘たち”と過ごすというのは、なかなか楽しいものでございますゆえ……」
そう言いながら、コスケは、ナズナや、四天女達、そして、料理を食べている妓女たちを眺めながら、ニコリと笑った。
現在コモン達が建てている新しい妓楼には、これまで高天ヶ原以外の妓楼で働いていた者達も加わり、今までよりも大きなものとなる。
そして、そいつらの管理を、コスケとナズナが中心となって行うらしい。これまで以上に忙しくなるとのことだが、むしろ、コスケはそれで良いという顔をして、ジゲンに返した。
「ムソウさんも、ジロウ様も、偶には皆さんを連れていらっしゃってくださいね」
俺とジゲンは顔を見合わせ、どうしたものかと思いながらも、コスケの言葉に頷いた。無論、安くしてくれるよな? と尋ねると、そこは妥協しませんと、返された。何となく可笑しな気持ちとなり、三人で笑っていた。
まあ、ツバキとリンネのこともあるし、闘鬼神の奴らへの羽伸ばしになるのなら、偶になら行っても良いかなと思っている。
無論、奴らにはそれなりに節度をもった行動をしてほしいものだがな。
さて、そうやって、コスケやジゲンと共に、昔話に花を咲かせていると、やはり、昔のジゲンは俺と似ているなと感じてしまう。となれば、俺もこんな爺さんになっていくのかと思い始める。
そう言えば、こちらに来た皆は、前の世界でも、この世界でも、病などにかかることなく大往生したとのことだが、どんなふうに歳をとっていったのだろうか。
俺よりも、若い奴らだったのだが、今となっては、俺よりも遥かに年上になったと考えると、面白くてしょうがない。
ハルマサは、歳をくっても、馬鹿だったのだろうか。ツバキは、婆さんになってからは、表情豊かになったのだろうか。
皆にはどんな子供が生まれたのだろうか。カンナとコウカはどんな家庭を築いていたのだろうか。
……サヤは、寂しくなかったのだろうか……
などと、色々と思い浮かべては、そのあたりのことも、皆に会えたら、確認してみようと思い始めていた。




