第240話―驚きの再会をする―
リンネの話を聞いて、俺が出ている間のこの屋敷の様子が大体つかめてきた。
要は、俺らの予想通り、ケリスが攻めてきて、それをジゲンが中心となって、シロウや、リンネらが、呪われた住民たちを救出しつつ、ケリスと闘宴会に立ち向かったというわけか。
しかし、リンネは途中から意識を失ったらしく、気が付けば、闘いは終わっていたのだという。
「……ツバキおねえちゃんをとりかえしたとおもったら、なにかされて、ちからがつかえなくなって……」
「ふむ……だがまあ、お前もちゃんと頑張っていたみたいだな。偉いぞ」
落ち込むリンネの頭を撫でると、リンネは嬉しそうにして頷いた。
シンキ曰く、恐らくリンネの力を奪ったのは、俺も使える、神族の封印術だろうとのこと。対象の力を封じるという技のことで、リンネはそれにより、力を使うことが出来ず、蓄積された疲労により、その時、気を失ったのだろうということらしい。
そんなになるまでに闘い、住民たちを救い出し、更には捕らえられていたツバキを取り返したリンネの功は大きい。
……ある意味では、この街を救ったのはリンネだな。後で何か買ってやろう。
シロウも若いのによくやったものだと感心する。俺がここに住むことになったとき、俺や、この屋敷を自警団の長として護ってやるという言葉通りの活躍をしてくれたようだ。
ジゲンと一緒に、アイツにも何かお礼をしたいものである。
さて、リンネが気絶した後のことは当たり前だが、よく分からないらしい。気が付いたら、見知らぬ者達と、三体の神獣の姿が、屋敷にあったという。
神獣については、もう一人の十二星天、レオパルドが連れてきたのだという。そして、レオパルドは、闘鬼神の奴らも一緒にこの屋敷に連れて帰ってきてくれたそうだ。
リンネによると、皆既に回復し、街の復興に協力しているそうだ。皆が無事に帰ってきたことを知り、俺は、良かったと頷いた。
そして、屋敷に居た見知らぬ者達は、俺が倒した九頭龍の中に封じられていた魂で、その正体は、雷帝龍の鱗を依り代に、仮の肉体を手に入れて復活した、ジゲンの友「牙の旅団」だという。
人伝に聞いた話だと、リンネが気絶しているとき、屋敷に魔物の大群が攻めてきた際に、護ってくれたそうだ。
ちなみに、先ほどシンキを取り囲んでいた者達の中に、牙の旅団の者が二人ほど居たらしい。俺が見たことない奴だから、あの女二人か? 確認の意味も込めて、後で全員揃ったらしっかりと感謝しておこう。
そう思っていると、シンキが呆れながらため息をつく。
「牙の旅団に、“刀鬼”、それに神獣三体と妖狐に、コモン、ジェシカ、レオ、サネマサがここに居るのか……。
アンタも合わせると、現在ここは人界最高戦力が居るってことになるな……セインたちの討伐軍を止めて本当に良かった。間違いなく甚大な被害が、こちらに及ぶことになる……」
「そういうものなのか? お前が居るだけで、大丈夫だと思うが……」
シンキが先ほど放った闘気は凄まじいものだった。周囲の者達を圧倒するほどで、リンネも怯えたくらいである。邪神大戦の前線を生き抜いただけのことはあると感じる。
それに加え、エンヤから引き継いだEXスキル絶対強者もあり、仮にシンキがここに本気で攻めてくるとなると、危なかったように感じた。
しかし、シンキは首を横に振る。
「一対一ならな。俺のスキルは対象を一つにしか絞れない。例えば、サネマサに強くなったとしても、アンタやコモン、それに“刀鬼”を同時に相手取るとなると、苦労することになるだろうな」
なるほど。個人同士の闘いならば、何とかなるが、合戦となると、多勢と多勢のぶつかり合いだ。多数の敵に対してはシンキのスキルも、使いづらいものになるという。
「ただ、エンヤはこのスキルを極めていたからな。多人数が相手でも、それらを圧倒するくらいに、自身の性質を変化させて、闘っていた。本当に頼りになる奴だったよ」
嬉しそうな顔をして、酒を飲むシンキ。あ、そう言えば、EXスキルも他のスキルと同様に、鍛えて、極めることが出来るんだよな。
エンヤの場合は、相対する軍勢を、一つの個としてみなし、多種多様な魔物の軍勢が相手でも、あらゆる攻撃を無力化し、蹂躙していたらしい。
「すげえな、アイツ」
「お前も大概だ。確かスキルによって、神人化したり、鬼人化したりするって? 更には天界と冥界の波動を出すとはどういう意味だ?」
「知らねえよ。俺が知りたい。というか、鬼族であるお前も、冥界の波動くらいは出せるのではないのか?」
「馬鹿を言うな。どちらの波動も、この星から出ていたものであり、それを浴びて育ったのが鬼族であり、神族だ。個人から大地から出る波動を出す者など聞いたこともない。無論、エンマ様もケアル様もそれは出来なかった」
てっきり、神族や鬼族は、スキルを使った後の俺のように、両方の波動をそれぞれ使うものかと思っていたのだが違うらしい。
確かにケリスからも何も感じなかったが、アイツの場合、邪神族の一族だから、と思っていたが、元々両種族が、これらの波動を放つというのは間違いのようだ。波動を身に纏うことは出来ても、放出するというのは俺が初らしい。
ただ、気功スキルで取り込んだ気や、自身に宿る魔力をそれぞれの波動に変換する装備というものはあったらしい。一応、シンキも持っているそうだが、使えば、正体がバレるので、よほどのことが無い限り、使わないという。
ちなみに、以前純粋な龍族の末裔であるミサキの使役していた魔獣、青龍ジンランが言っていたように、龍族には天界の波動は心地の良いもので、逆に冥界の波動は忌み嫌うものと言っていたが、それは単純に、聖なる生き物である龍族は、同じく聖なる雰囲気を醸し出す天界の波動に癒され、逆に命を削る冥界の波動は嫌うとのことらしい。
そのあたりの仕組みから、神族と鬼族が分かれ、俺のスキルの発動条件になっているのではないかとシンキは推測した。
「後、気になるのは、そんなアンタでも、魔力は凡人以下ってことだな。これについては、元々大きかった魔力が、その分だけEXスキルに回ったと考えた方が良いだろう。
EXスキルについては、エンヤ達から聞いたんだよな?」
「ああ。確か、元々魂に流れていた、そいつの想いや、願いなどが、魔力やスキルになる力の流れと合わさって、できるものだったよな?」
「まあ、大体あっている。俺もムウから聞いただけだから、詳しくは知らないが、恐らく複数のEXスキルを持つお前にも、魔力はあったのだろう。
しかし、それらがほとんど、スキルの為に使われたと考えるのが一番だろうな」
ふむ……シンキの話は説得力がある。人よりも多くのEXスキルを持つということは、その分だけの魔力が減るということだ。
一応、肉体を維持するだけの魔力は残しておいて、多くのEXスキルが生まれたか、あるいは状態異常完全耐性などは、前の世界でも魔力というものはあり、魔力によって、俺の身体に毒や薬が効かなくなったのではないかと推察。
歳の割に人よりも良く動けていたのも、恐らくは魂に流れる魔力が肉体に作用していたのではないかと、納得した。
「じゃあ、EXスキルが、仮に一つだけだったとしたら、俺にも魔法が使えていたのかも知れないのか?」
「恐らくそうだろうが、今ので良かったんじゃないのか? デーモンロードを倒せたのも、九頭竜を倒せたのも、そして、神族を倒したのも、お前に宿るスキルのおかげじゃないかと思ったんだが?」
確かに、シンキの言うように、仮にスキルが「すべてをきるもの」だけだったとしたら、ここまでのことは出来なかったように感じる。神人化しなければ、ゼブルとの闘いにも苦戦していただろうし、九頭龍との闘いだって、鬼人化できなければ、危なかったかも知れない。
更には呪いという未知のものについては、防ぎきることが出来ないかも知れないし。
魔力を操り、魔法を行使するようになるには、かなりな時間を要してしまうことも考えると、EXスキルとして、力を使った方が、確かに効率が良いなと感じた。
「まあ、そもそも、魔法なんてガラじゃないのかも知れないな……」
「ああ。ああいう小難しいのは、ムウみたいに頭のいい奴がやるもんだ」
「よほどの男なんだな、ムウって奴は……」
当然だ、とシンキは頷く。エンヤ達と共に戦い、人界の基盤を作った“始まりの賢者”ムウは、どちらかと言えば、猛将というよりは軍師とか参謀のような立ち位置だったという。
非常に頭がよく、色々なことに精通していたので、邪神大戦の後は知略を以て、カンナの助けをしていたらしい。
それほどならば、ムウが王にでもなればいいのにと呟くと、シンキ曰く、ムウは、表に出て人々を導くというよりも、裏で人族が生きていくためには、どうすれば良いのかを考えたり、魂や魔力の研究をする方が得意だったという。
カンナを国王に推挙したのも、恐らくは、自分がやりたいことをやり抜くためと、シンキは語った。現にカンナの即位後は、研究室に閉じこもり、偶に出てきては、トウヤや、ナツメ達と仕事をすることの方が多かったという。
「自分がやりたいことをやり抜く魔法使いか。どっかで聞いた話だな」
ムウの話を聞いて、思い当たる人物が居る。そして、俺がそう呟くと、リンネは耳をピクピクと動かし、嬉しそうな顔をした。同じ人間を思い出しているらしい。
シンキは、俺の言葉に頷き、口を開く。
「ああ。自分の思うままに生きている点では、ムウと“魔法帝”はどこか似ているな」
「そうか。……ちなみにだが、ムウのEXスキルは……?」
「鋭いな。ミサキが受け継いだ、うみだすものだ。ムウの場合は、邪神大戦の後、枯れた大地に作物をうみだしたり、魔力を帯びた資源をうみだしたりしていたな」
いわゆる、火炎鉱石や、氷冷鉱石と言った、魔鉱石というものだ。邪神族という強大な敵に立ち向かうためには、普通の鋼鉄では歯が立たないことも多かった。
そこでムウは、元から魔力を帯びた鉱石を使い、新たにそれをもとにした金属を作り上げれば、人族の戦力増強になると考えたという。その為、うみだされた鉱石を装備に変えた最初の人間であるトウヤは、よくムウと共に、どういった資源を生み出せば、人々の暮らしはより良くなるのかという会議をしていたという。
ちなみに、コモンが魔物の素材を使って武具などを作ることを編み出すまでは、ムウとトウヤの考えに基づいた鍛冶の方法しかなかったというのは事実らしい。
俺だったら例えばワイバーンの鱗はすぐに鎧に使おうと思っていたのだが、誰もそれは思わなかったという。
理由としては、魔物よりも強い装備を持つ以上、それ以上の革新の必要が無かったためということと、そもそも魔物が活発化し出した2000年ほど前までは、人族に敵は居なかったためだとシンキは語る。
壊蛇と共に、かつての仲間のEXスキルを備えた、ミサキやコモン達を見ながら、シンキは人界の文明もまた数歩も進むことになるんだなと、実感したらしい。
「アイツらはすげえよ。特にミサキとコモン、それにセインとカイハクが人界にもたらした功績は大きい。俺なんて、人界の平和を維持することしか出来なかったからな」
「数千年間、平和を維持するってことの方がすげえよ……カンナの為か?」
自分以外の十二星天を褒めるだけのシンキにそう言うと、フッと笑い、首を横に振った。
「いや……皆の為さ」
サヤから貰ったという腕輪を眺めながら、シンキはそう言った。そうかと頷き、俺も笑い、お互いの過去の仲間達を想って、乾杯した。
……と言っても、エンヤは、すぐそばに居るんだがな、と思い、二人で盃を斬鬼に当てた。
その後、飯を平らげると、リンネは空いた食器を片付けるため、退室する。もう少し話さなくて良いのかと聞くと、夕飯は俺が目覚めたことを祝しての宴会をするらしく、その時にと、ニコッと笑った。
俺は頷き、リンネを撫でる。そして、部屋を出ていくリンネに、シンキの誤解が解けたことと、話は友好的に進んでいると皆に伝言を頼んでおいた。
再び、部屋には俺とシンキだけとなる。
「さて……これからお前はどうするんだ?」
取りあえず、これまでのこと全てを話し終えた俺は、シンキに尋ねてみた。一応、王城には、俺を処断するためにここに来たとシンキは語っている。
だが、お互いのことを知り、その気も無くなったことを確かめたとなると、今度は、レインに帰るシンキの身も心配になる。
しかし、ニカっと笑って、シンキは口を開く。
「心配すんなって。アンタのことは良いように言っておく。それにケリスがここを襲ったということを確認するためにも、俺はここに来たんだ。
それが事実と分かった今、先ほど言ったように、すぐに王都に戻り、ケリスの邸宅を捜索する手配を整える。それから、他にもやることがあるみたいだしな」
そう言って、シンキは立ち上がる。一刻も早く帰り、ケリスの家の調査と、クレナへの補給について改めてこちらに送る人員と物資の確認を行うらしい。
更には、現在サネマサが向かっているチャブラの暴動についても、対処するという。オウエンに事の仔細を伝えて、チャブラの今後を決めるらしい。
「今晩は宴会らしいし、もう少しゆっくりしていても良いのだが……」
「ありがたい申し出だが、コモン達は俺のことを歓迎していないみたいだからな。居づらい……」
「そこは、俺も口添えするし、何ならお前の正体を言えば良いだろう?」
「いや、それについてはさっきも言ったようにいずれ話す……そうだな。一通りのことが済んで、落ち着いたらまた来るつもりだ……それまでは、アンタも普通に過ごして大丈夫なようにする」
「それまで、って……そこからは、普通に過ごせなくなるような文言だな」
「アンタの選択次第だ。まあ、そういうことだから、俺はもう行くよ」
何やら不吉なことを漂わせる言葉を吐きながら、シンキは転送魔法の準備に入った。流石に皆が居る外には出たくないらしい。
魔法陣が輝き、転送魔法が起動する寸前、思い出したようにシンキは口を開く。
「っと、最後に一つだけ言っておくことがあった」
「何だよ」
「レオが連れてきたという神獣、大切に扱ってやれよ」
「ん? まあ、最初からそのつもりだが……」
「自分の言葉には自信持てよ……じゃあな!」
気になることをそこまで深く言わなかったシンキはそのまま姿を消した。
神獣を大切に、か。リンネを助けてくれたみたいだし、邪険に扱うつもりでもない。そこまで、深く考えずに、誰も居なくなった部屋で、俺は今日の所は本当に体がだるいので、布団を被ろうと、そこに落ち着いた。
「流石に皆の手伝いは……やめておこうか……」
どちらにせよ、俺に建築は無理だし、やることもなさそうだしな。今は体を休めることだけに専念しておこう。
そう思いながら、窓の外を見てみる。空は青く澄み渡り、心なしか、温かい空気となっている。もうそろそろ春が来るんだろうなと思いながら、茶をすすった。
すると、襖が開く音が聞こえてくる。
「失礼します。ムソウ様」
そこに居たのは、ツバキだった。家で作業するための長着と、襷を纏っている。今日はツバキも、どこにも出かけないようだ。
「何か、用事か?」
「いえ、リンネちゃんに伺いまして、様子を見に来ましたが……」
リンネのシンキに対する疑念が晴れたということを聞いたツバキは、俺達の様子を見に来たようだ。
しかし、ツバキは部屋の中にシンキが居ないことを確認すると、不思議そうな顔をする。
「あの……シンジ様は?」
「ああ、今しがた帰ったよ。話もいい感じに終わって、俺にお咎めらしいお咎めは無しだから、安心して良いぞ」
そう言うと、ツバキは少し驚いたような顔になり、小さく頷いた。
「そう……ですか……かしこまりました」
そのまま、その場を離れようとするツバキ。俺はふと、思い出したことがあったので、ツバキを呼び止めた。
「あ、ツバキ……神怒から、この屋敷を護ってくれてありがとう。
それと……お前を辛い目に遭わせて、すまなかったな」
先ほど、リンネから聞いた話によると、ケリスに連れられ、人質となっていたツバキの様子は、ボロボロだったらしい。全身に傷を負い、その所為で気を失っていたという。
ケリスや闘宴会の性格上、傷つけるだけではなく、もっとひどく、おぞましいこともされただろう。
だが、そんな状態になりながらも、ツバキは、俺がここに来る直前まで、不思議な力を使い、この屋敷を神怒から護っていたことは知っている。目が覚めた直後からバタバタして言えなかったが、この際に、ツバキのことも労おうと思っていた。
ツバキは、俺の言葉を聞いて、歩みを止めて、ゆっくりと振り向く。そして、俺の前まで来ると、その場に跪いた。
「いえ……私は……何も出来ませんでした。リンネちゃんたちが闘っているときも、何も出来ず……」
「それを言うなら、俺もだ。この屋敷をケリス達から護ったのは、ジゲンやリンネ、それにシロウ達だ。家主なのに情けない話だよな……」
落ち込むツバキを元気づけるために言ったつもりだったが、そう言われると、確かに俺は今回何をしたのだろうかと、悩んでくる。
コウカの頼みは果たせたが、それでいっぱいいっぱいとなり、自分のことはおろそかだったと反省するべきだと思った。
俺はツバキの顔を上げさせ、頬に手を当てた。ツバキは目を見開き、俺の顔を凝視する。
「あの……ムソウ様?」
「……俺もまだまだだな。やはりお前が居ないと駄目だ……そんなに落ち込まねえで、これからも、一緒に居てくれないか? ツバキ」
ツバキは、そのまま黙り込んだが、すぐに笑顔になり、俺の手に自らの手を重ねた。そして、コクっと頷く。
「はい。今後ともよろしくお願いいたします」
「よし!」
やはり、笑ったツバキの顔は良いものだな。リンネと同じく、疲れが吹っ飛んでいく感覚がある。そっと頭を撫でると、更にツバキは嬉しそうな顔をして、頭の上では、俺が渡した簪がキラキラと輝いていた。心なしか、いつもよりも更に、簪が似合っているなと感じた。
◇◇◇
「あ~! リンネも~!」
突然響く、リンネの声。声のする方を向くと、廊下からリンネが駆け出し、俺に飛びつこうとして来た。
しかし、その前にツバキがリンネを受け止めて、頬をつつく。
「こ~ら。ムソウ様は病み上がりですので、そういうことをしてはいけませんよ」
「むう……リンネもなでてほしい~!」
ぷくっと頬を膨らませるリンネ。可愛らしい仕草だなと思い、リンネの頭を撫でると、納得したようで、笑顔になる。
「えへへ……あったか~い……」
「お前の方が温かいよ。なあ?」
「ふふっ……そうですね……」
やはり魔獣と人間とでは、体温が違うのか、リンネの身体は少し暖かい。特にしっぽなどは、ふかふかで思わず顔を埋めたくなるような柔らかさだ。しばし、ツバキと共にリンネを撫でたりした。
そして、二人を見ながら、起きたら言おうと思っていたことを口にする。
「さて……だいぶ長くなってしまったが……ツバキ、リンネ」
「はい……何でしょうか?」
「どーしたの?」
首を傾げる二人の頭に手を置いた。
「ただいま」
俺の言葉に、二人は目を見開き、ニコッと笑う。
「はい……おかえりなさいませ、ムソウ様」
「おししょーさま、おかえりなさ~い!」
ツバキは頷き、リンネは俺に飛びついてくる。俺はリンネを抱えながら、更に頭を撫でていた。
「それで、リンネは何か用事だったか?」
ひとしきり、リンネを撫でまわした後、部屋に来た理由を聞いてみた。すると、リンネは嬉しそうな顔で頷き、外を指さす。
「あのね、おおかみのおじちゃんたちかえってきた!」
「“おおかみのおじちゃん”? なんだ、それは?」
「おししょーさまのおともだち!」
……ますます分からん。首を傾げていると、ツバキが説明してくれる。
なんでも、リンネの言うおおかみのおじちゃんというのは、レオパルドが連れてきた、神獣のことらしい。
それは、かつてレイカが語っていた、天狼という伝説級の存在だ。
レオパルドは天狼の他にも、天鷹、天猩という神獣をここにつれてきて、今は闘鬼神と共に、依頼をこなしたり、街の復興などの手伝いをしているという。偶に、リンネやたまと遊んでくれたりもしているらしい。
今日は街の復興の作業をしていたらしいが、早々と作業を終えて、何人かと共に屋敷に戻ってきたようだ。
天狼は、封印術で弱っていたリンネを救ってくれたらしいし、更に話を聞けば、天門を斬った後に、真っ逆さまに墜ちていた俺を助けてくれたのもそいつらしい。闘鬼神の奴らも居るとのことだし、挨拶をと思い、外へ向かおうとした。
……が、その瞬間、ふと思い出したことがあった。
「……なあ、リンネ」
「なあ~に?」
「……狼のおじちゃんってことは、天狼は狼か?」
「うん! とてもおおきくて、つよそうなんだよ! あと、かっこいいの!」
「……そうか。で、そいつは俺のことを友と呼んでいたのか?」
「うん! だよね、ツバキおねえちゃん!」
「え、ええ、そうですね。同じく天鷹様も、天猩様もムソウ様のことをご友人だと……」
「……ふむ……分かった。ちなみに、その二体は、鷹と猿だったりするのか?」
「はい、そうです。……ムソウ様、ひょっとして、神獣様たちともお会いしたことが?」
「いや……」
無いとは言い切れない。ひょっとして、と思い当たることはある。俺ははやる思いを胸に、急いで部屋を出て、庭へと向かった。
太古から生きている神獣で、俺のことを友と呼び、更にそいつは狼型の神獣……となれば……。
何となく左手をさすりながら、庭へと出た。
すると、そこには闘鬼神の冒険者たちと共に水で汗や汚れを落としている大きな二体の狼と鳥、そして、普通の人間よりは一回り大きいくらいの猿のような魔獣が目に入る。
恐らく俺が思っている奴らなんだろうが、俺にとってはたかだか数か月前にも目にしていた奴らだ。あそこまで大きくなっていると自信が無くなってくるな。
「あ、頭領だ! おはようっす!」
「目を覚まされたんですね~!」
「ただいま! 頭領!」
俺に気付いた冒険者たちが声をかけてくる。全員は居ないみたいだが、そこに居た奴らは大きな怪我もしていないようで、元気そのものだった。コイツ等にも苦労を掛けたなあと思い、疲れを労った。
「おう、おかえり、皆。体の具合はどうだ?」
「問題ないっすよ。この通りっす!」
「少なくとも、今の頭領よりは、元気です」
「今なら、倒せるかも……」
「馬鹿、やめとけ……せっかく拾った命だ。大事にしておこう……」
ハルキがそう言うと、皆は腹を抱えて笑った。説得力が違う。
だが、こういうやり取りをしていると、本当に無事だということがひしひしと伝わってくる。
皆が、帰ってきたことを確認できて、本当に良かったと思った。
……さて、本題だ。俺はゆっくりと三体の神獣の方に歩み寄る。何か、談笑をしていた神獣たちは、冒険者たちの様子に気付き、こちらに顔を向けた。
そして、俺と目が合うと、それぞれ目を見開き、硬直する。
「あ……ザンキ……」
「……目を……覚ましたのか……」
恐らく見た目から、天鷹と天猩はそう言って、俺の身体をまじまじと眺め出した。
前の世界での名前を口にされた途端、俺はやはりなと思い、二体の神獣に応えるように頷いた。
すると、残った天狼がのそっと俺の前に歩み寄ってくる。何か、懐かしいものを見るようなその表情に、俺も何となく懐かしい気持ちになって、天狼に歩いていった。
そして、面と向かい合った瞬間、天狼は鼻先を俺の左腕に近づける。
「……もう、大丈夫なのか?」
正直なところ、先ほどの二体といい、天狼といい、あ、本当に喋ってるんだと思ったのが、初見での感想だ。リンネに続いて、コイツ等とも直接話せるというのは嬉しいものだと思い、笑った。
そして、袖をめくって、そこに残る古い傷痕を見せつけながら、口を開く。
「軽いもんだ……この時の傷に比べりゃあな……」
その傷を見た、天狼はフッと笑って頷く。
「そうか……その様子だと、俺達のこと、もう……知ってるんだな?」
「……ああ。リンネたちから聞いたし、その前に、エンヤ達からも聞いた。魂の回廊でな。
……リンネのこと世話になったらしいじゃねえか。更には、俺自身も……」
「俺は友を助けただけだ。感謝されるようなことはしていない……」
思いがけない言葉に、少し驚いた。飼い主と同じく、どこかやんちゃだったコイツが、こんなことを言うなんてな。数千年も経てば、コイツでもきちんと成長するようだ。
何となくそう納得していると、天狼は更に俺に近づき、その場で頭を下げる。
「また……お前と会えて嬉しい……ザンキ」
「俺もだ……トウガ」
頭を下げる、天狼……トウガをそっと撫でた。久しぶりに撫でてみたが、やはり、リンネの方が柔らかいなと改めて気付く。
しかし、どこか喧嘩仲間に再会したような感覚があり、嬉しかった。
シンキが最後に俺に言ってきた言葉の意味が分かった気がする……が、トウガを邪険にする気など、全く感じない。しばらくその場で、トウガの頭を撫でていた。
◇◇◇
俺がトウガを懐かしんでいると、残っていた二体の神獣達も歩み寄ってきて、俺との再会を喜んだ。思っていた通り、天鷹の方は大陸中を飛び回り、俺達の手紙を運んだりしていた鷹で、天猩の方は、その鷹の上に乗り、戦場では敵に向かって、上空から爆弾などを落としていた器用な猿だった。
それぞれ聞いていたように、前の世界で死んだ後、神獣として、この世界に転生したようだ。転生した後はそれぞれ別の場所で邪神族と闘っていたらしいが、ある時、人族の街を襲っている邪神族を見つけ、そこで三体が再会し、邪神族を追い払ったという。
更に、その街にはアキラも居て、三体とアキラの目が合ったとたん、その場に居た全員の、前の世界での記憶がよみがえり、再会を喜んだらしい。
その後は、アキラと共にタカナリやシンラたちと合流したという。運命というものは本当にあるんだなとコイツらの話を聞いていると常々思う。
「まあ、俺としては、あれから数千年経ったこの時代に、アンタに会えたってことの方が、よほど珍しく感じるがな~!」
陽気に肩に手をまわしてくる天猩。力が強く、体中が軋みそうになったが、何とかなった。俺は天猩を指さしながら、トウガに呟く。
「コイツ……こんな性格だったのか?」
少なくとも、トウガの性格は分かっているつもりだった。言葉が通じ合わなくても、何となく仕草とか、目つきで分かっていたつもりだったが、猿と鷹に関してはそもそも接点が少なかったので、分からないことが多い。
俺にとっては数か月前で、コイツらにとっては遥か昔のことになるが、コイツら、アキラの使役する動物たちと関わり出したのは、アキラとエイキが結婚した後のことだ。
アキラがエイキにつきっきりになり、どこか寂しそうにしていたコイツらと何度か遊んだ覚えがある。アキラは、ごめんな~と、言いつつも、エイキに腕を回していちゃついていたのを、今でもありありと思い浮かべることが出来る。
俺の場合、少し前の出来事だからな……。
その時に思ったが、あの猿、現在の天猩はこんな感じでは無かった気がする。少なくとも静かな方の性格で、よく木の上に上っては、退屈そうに寝ていたり、木の実を食ったりして過ごしていて、ここまで快活というのは予想外だった。
元々の性格がこうなのかとトウガに尋ねると、トウガは頷く。
「ああ。コイツは、お前と同じで、闘いが好きな部類に入るからな。闘いでないときは、退屈でたまらなかったようだ……」
なるほど、と頷き、天猩の顔を見ると、歯をむき出しにして、ニカっと笑っている。ああ、そう言えば、こんな表情で、上から爆弾とか、撒き菱とか落としていたような気がするとふと思った。
「言葉が通じ合うと、色んな事に驚くのは、アキラ姉さんと一緒みたいだな、ザンキも」
天鷹はくちばしで、自らの身体を掻いていた。何でも、アキラも言葉が通じ合うようになり、色々とトウガ達のことを改めて知って、驚いたという。
ちなみに、天鷹の印象については特に俺からは何も言うことは無い。今やっている仕草もよくやっていた仕草だし、何となく快活というところも、心当たりはある。
俺に手紙を届けようと上空から急降下してきたと思ったら、急に軌道を変えて、俺の近くに居たイタチかなにかを捕まえて、そのまま捕食していたことがある。
血でべとべとになった、ツバキたちからの手紙を読むのには苦労したものだ。
まあ、リンネのこともあるし、話せるというのは良いものだ。俺もまさか、リンネが俺のことをああいう呼び方で呼んでいたとは思わなかったからな。
「おししょーさまー!」
こんな感じに……と、声のする方を振り向くと、リンネが俺達の方に駆けてくる。そして、そのまま小さな魔獣の姿に変化すると、俺の肩の上に飛び乗ってきた。
「キュウッ!」
リンネはトウガ達に前足を振って、笑っている。おかえりなさいとでも言っているようだ。
……なるほど、獣の姿になると、人の言葉を喋ることは出来なくなるのか。トウガ達曰く、魔物が人と話すには、ある程度の魔力操作を必要とする「念話」によって話すか、直接人の言葉を、獣の声帯で話すかの二通りに分かれるという。
カドルや、トウガ達は、念話で行っているとのことだ。
どちらも出来ないリンネは、人の姿の時にしか、話をすることが出来ないようだな。
「まあ、良いがな……」
「キュウゥゥゥ~!」
頭を撫でると、リンネは嬉しそうな顔をして、俺の頬を舐めてきた。人の言葉を話さなくても、何となくコイツのことは分かっているし、大体合っていた。
だから、無理に頑張らなくても良いと思っている。まあ、リンネの場合、気が付いたら、念話などもいつの間にか使いそうなものだけどな。
「それで、何か用事だったか、リンネ?」
「キュウッ!」
リンネは頷き、獣人の姿に変化して、俺におぶさるような状態となる。
「おおかみのおじちゃんたち、ほんとうにおししょーさまのおともだちだった?」
背中から俺の顔を覗き込むようにして、そう尋ねてきた。「お友達」と言われると、何か、変な気分だが、間違いでもないかと思い、リンネに頷く。
「ああ。間違いなくコイツらは、俺の友達だよ」
「おなまえはなんていうの?」
「えーと、狼はトウガで……あ、そういや……お前らの名前は知らないな」
「……え?」
「……は?」
俺の言葉に、キョトンとした顔をする天鷹と天猩。トウガは、初めて会った時にアキラがそう呼んでいたのは聞いて教えて貰っていたが、鷹と猿に関しては、他の者達含めて、名前を聞いたことがないということに今気づいた。
不思議そうな顔をするリンネをおぶさりながら、神獣達を見ると、天狼はクスクスと笑い、他の二体は項垂れていた。
「……え、じゃあ、ザンキは俺達のこと何て呼んでたんだよ?」
「いや、普通に猿と鳥だ。ちなみにだが、タカナリとツバキも俺に手紙を渡すときは、「アキラの鳥」と呼んでいた気がするな」
「そりゃ、種族名だろ……お前らを人間と呼ぶようなものだろ……というか、えぇ……アキラ姉さん、俺達の名前は誰にも言っていなかったのか?」
「知らねえが、少なくとも俺は聞いたことが無いな。
……そもそも、この世界ではどうだったんだ? シンキや、それからレオパルドって奴に、名前で呼ばれたことはあるのか?」
そう尋ねると、二体は更に項垂れる。どうやら、この世界でもコイツらは名前で呼ばれたことは無いらしい。
ただ、一応あるにはあるという。アキラに仕えるというか、飼われることになった日に、他の動物たちと一緒にならないようにと、つけてくれてはいたらしい。
ったく……そういうことなら、教えてくれれば良かったのにな、アキラの奴。
「じゃあ、改めて聞くが、お前らの名前って?」
「ああ。俺は天鷹トウウだ」
「俺は天猩トウケン。次からは名前で呼べよ、ザンキ」
そう言って顔を上げる、神獣達。分かったと頷くと、トウガが口を開く。
「そういや、お前の名前も変わっているんだな。どっちで呼べばいいんだ?」
「あ? 好きなように呼べよ。ザンキだろうと、ムソウだろうとどちらでも構わん」
俺の言葉に、ふむ、と言って考え事を始めるトウガ。一体何を考えているのかと思っていると、トウガは、俺がおぶっているリンネの方を向いた。
「リンネはどちらが良いと思う?」
すると、リンネはトウガの顔を見ながら、自らの頬に人差し指を当てて、考え出した。
「んーとねー……じゃあ……ムソウのおししょーさまで!」
ニパっと笑うリンネを見て、トウガは朗らかに笑い頷いた。
「わかった。では今日から俺も、リンネと同じく、お前のことはムソウと呼ぶことにするからな」
よほど、神獣の後輩としてのリンネが可愛いのか、俺が大切に育てているということを知っているからか、リンネと神獣たちは仲が良いようだ。トウガの言葉を聞き、リンネも嬉しそうに頷き、他の二体も頷いている。
少しだけ、前の世界の呼び名で呼んでくれないということに、やはり若干のさみしさを覚えつつも、俺も、トウガ達の言葉に頷いた。
「ああ、分かった。トウガ、トウウ、トウケン。改めて、これからもよろしくな」
そう言うと、トウガ達は静かに頷き、笑った。トウケンなどは、白い歯をむき出しにしながら思いっきり笑い、リンネの頭を撫でている。リンネは嬉しそうにしながら、俺の背中で神獣達とはしゃいでいた。




