第239話―事情を話す―
さて、しばらく泣き続けるシンキの身体を無理やり起こした。感動して泣くのは嬉しいが、これでは話が進まない。
だが、シンキは体を起こしても、涙は止まらないようで、目をこすり続けている。
「……いい加減、止めてくれないか?」
「あ、ああ……すまない……ゔぅ……」
一瞬泣き止んだかと思ったが、またすぐに泣きだすシンキ。まあ、数千年という長い間夢見ていたかどうかわからないが、それが成就されたのだから、仕方ないか。
とは言いつつも流石に、大の男がここまで泣かれると、本当に申し訳ないような、気まずい感じがしてくる。
「本当に、止めてくれねえか? 多分、エンヤも困っているだろうし……」
俺じゃない方の、刀の斬鬼を眺めるながらそう言うと、シンキは再び、顔を上げて、俺の顔を見てくる。あ、やべえ、言葉間違えた……。
「そ、そういや、さっきも聞いたな。何故……!?」
ああ、ここまで来ると、説明せざるを得ないな。まあ、元々説明する気だったし、仕方がないか。
「エンヤ……今はこの刀に刀精として宿っている」
斬鬼をシンキに見せると、シンキは斬鬼を手に取り、やはり、更に涙を流す。
「おお……エンヤも無事に……この時代に……」
などと言いながら、再び涙を拭うシンキ。懐かしそうな目で、エンヤが入っていると思われる斬鬼を眺めながら、シンキは笑っていた。
「……しかし、アンタの得物は本当にこの刀か? 俺は大刀だと聞いたんだが……」
「ん? ああ、無間のことだな。確かにそうだったが、先の闘いの時、少し無茶やって、天門ってのを斬った途端に、くだけちまってな……」
シンキの問いに答えると、シンキは目を見開き、涙を止めて真剣な顔つきになった。
「天門を斬る……そんなこと……いや、それよりも……やはり……あれは……」
何かぼそぼそと呟き始めたシンキは、斬鬼を俺に返し、まっすぐと俺を見てきた。
「ザンキ、聞かせてくれ……ここで何があった?」
「ふう……ようやくか。分かった。今までの経緯を説明する。ことの始まりは……」
と、ようやく本題に入ることが出来た。この結果がどうなるか分からないが、今のところ、最初のシンキに対する印象とは、真逆の印象を持っている。恐らく大丈夫だろうと、話を続ける。
俺はひとまず、今まで聞いたり、見たりしてきたケリスの動向だったり、ジゲンから聞かされた、ケリスと牙の旅団の関係についてシンキに聞かせた。
ただ、この屋敷、および街で何が起こったのかは分からないので、後でジゲンに聞くようにとシンキには伝えておく。
その間に、ケリスが生み出した九頭龍、スケルトンの軍勢とデーモンロードとの闘いについて聞かせて、ここに帰ってきたときには、ケリスが斬られた代わりに、神族を名乗る男が、邪神兵や、邪神将という魔物のようなものを生み出し、神怒という術で、クレナを崩壊させ、俺の屋敷を襲っていたと説明する。
取りあえずそいつも倒して、天門を斬ったというところで、待ったと言って、シンキが俺の話を遮る。
「……雷帝龍が核となっている九頭龍を倒して、万を超えるスケルトンを殲滅させて、デーモンロード二体にリリスを倒して、更にその後に邪神兵に邪神将を相手取り、それらを生み出したと言われる邪神族を一人倒した……だと?」
「ん? まあ、樹海での戦いに関しては、カドル……雷帝龍も居たから、一人ってわけではないが……何だよ? 疑わしいってか? 別にそのくらいは、お前らの時代にもざらに居ただろう?」
「そんなわけあるか! 大量のデーモンと数体の邪神族なら俺でも何とかなっていたが……」
やはり、エンヤの言ったように、俺くらいの力を持っている者というのは、シンキ達の時代でも珍しいもののようだ。
ただ、シンキの語る、大量のデーモンと、数体の邪神族ってのも、相当な気が……いや、確かにそう考えると、俺にとっては大したことないな。デーモンは、軽く一撃で倒せるし、今回闘った邪神族は弱すぎて話にならなかったし。
正直、億近い人族を中心とした魂での神怒が今回の戦いで一番つらかった気がする。
「まあ、事実だ。どうしても疑うなら、後で九頭龍の死骸を見せてやるよ。少しデカいから、この屋敷では無理だがな……」
そう言えば、この死骸でまた新しい武具が出来ないかな。後でコモンに聞いてみよう。
……コモンに聞くこといっぱい出来たな……まあ、良いや。
「ああ。分かった。雷帝龍も居るようだし、その辺りの話は、アイツから聞くことにする」
何となく、まだ信じ切っていないという様子ながらも、シンキは俺に頷いた。すると、何か思い出したように、シンキは更に口を開く。
「そういや、邪神族って呼称はどこで知った? 雷帝龍からか?」
「いや、さっきまで俺が居た魂の回廊で、エンヤとコウカから聞いた。俺の屋敷を襲っていた男を斬ったときはまだ、奴のことは俺が聞いていた、この世界の歴史上の神族だとしか思っていなかった」
いわば、これまで聞いていた、「100年戦争における神族」という印象だ。鬼族と人族の手によって、封印された神族が何らかの力で、この世に顕現し何故だか、クレナを襲っていた。俺はそれを斬ったというだけの話である。
だが、ほとんど同じようなものだろと、シンキに笑った。
……が、シンキは目を点にして、呆然としている……あ、やべ。
「泣くなよ……」
「コウカ様に……会ったのか?」
「泣くなって……」
「コウカ様に……会えたのか?」
「話が進まなくなるから、泣くなよ……」
「質問に答えてくれ……コウカ様に……会ったのか……?」
再び、ボロボロと涙を流すシンキ。もう少し後で、教えるつもりだったのだが、うっかりしていた。俺は仕方ないと思い、シンキの言葉に頷く。
「ああ、会った。コウカの魂の回廊でな。そこで、俺はこの世界のことと、お前らの時代のこと、シンラ……カンナのことを聞いた」
「そうか……ゔぅ……」
シンキは更に泣き崩れる。まあ、これは俺が悪いか。もう少し、様子を伺って言うべきだったと反省している。
数千年前に行方不明になった、自分の主の魂が無事だということが分かって、心底安心したのだろう。泣き崩れる理由は分かる
ひとまず俺は、クーマの刺身をつまみ、酒を飲みながらシンキが泣き止むのを再び待つことにした。コウカからの伝言は、また後で伝えておこう……。
その後、落ち着きを取り戻したシンキは、今度は、俺がこの世界に来てから、今日までのことを聞いてきた。
エンヤ達に、エンヤが無間に憑りついた経緯については、よく分からないので、聞いた通りのことを話した。
そして、話を進めていくうちに、気づいたことがあり、俺はシンキに尋ねてみる。
「そういやお前、一度、俺を斬ろうとしたよな?」
「ん? ……ああ、あれか……」
何か思い当たることがあるようで、シンキはさらりと頷いた。
例の精霊人の森でのワイアーム討伐についてである。精霊人の集落を管理していた、ロイド卿が、森にワイバーンを放ち、精霊人の生活を脅かしていたのを、俺がロイド卿を斬った際に、セインと共に、俺を罰しようとしていた件だ。
ミサキによると、あの時はサネマサのおかげで、何とかなったようだが、そのおかげで、今回のことと言い、どうもシンジがシンキということを知るまでは、コイツには要注意と思うようになっていた。
あの時は、どういうつもりだったのかと問いただすと、シンキは頭を掻きながら、説明し始める。
「ロイド卿の一件については、確かにアンタを処断しようとしていた。俺の元に届いた報告は、「冒険者のムソウという男が、貴族を斬った」という報告だけだったからな。一個人が私怨だけで貴族を斬るなど、前代未聞だ。
そんな厚顔無恥な者を放っておくわけにもいかないだろ」
「ロイドの悪事を知っていたのにか?」
「ああ……それなんだがな……」
シンキはここで、苦い顔をする。貴族を斬った男を、大地にのさばらせるわけにはいかないという気持ちは理解できる。ましてや、コイツは人界の宰相だ。大地を護るために、そういった思考をするというのは、今ならわかる気がする。
しかし、ロイドという男は、ワイバーンを森に放っただけでなく、姑息な手段で、冒険者たちをも騙し、私腹を肥やしていた。その所為で精霊人の中では、人間に対する憎悪のようなものが生まれ、実際俺も最初はひどい目に遭っていた。
ホリーが居なかったら、俺は恐らく、精霊人など捨てていただろう。
そして、深くは知らなかったとは言え、少なくともロウガンやリンスといった、マシロギルド支部の連中はロイドの人間性を知っていたし、サネマサもあの時、ロイドが王都でやってきたことを把握していた。
そこまで知っておいて、俺がロイドを斬ったときに、真っ先に俺を処断するという結論になったというのが納得できない。
シンキに詰め寄ると、そのまま困ったように口を開く。
「……それがな……俺の元には、ロイド卿が何をやったかという報告は届いてなかったんだよ……」
「は? どういうことだよ? お前、宰相だろ?」
「いや……実はな……」
シンキはそのまま、愚痴のようなものを語り出す。先ほどまで泣いていて、今度は愚痴かと思いながらも、まあ、酒の肴には他人の愚痴という言葉も聞くからな。
再び、酒を飲みながら、シンキの話に耳を傾ける。
普通、人界のどこかで何か問題事があった場合、領主か、今ではギルドや騎士団が対処する。それだけではどうにもならない場合、例えば、領を跨いで甚大な被害を及ぼすような、オオイナゴの大群だったり、空を自由に飛ぶことが出来るワイバーンや、ムカデガラスのような魔物だったりには、王都に報告がいき、王都から各領に指示が伝わるということになっている。
ゆえに、本当に些細なことなどは、シンキに届かず、シンキには届かないということは、オウエンにも届かない。
二人は、十二星天が設立した機関の総本部が置かれたり、人界でも一番多くの人族が住む、王都レインの統治や、人界全土の物流の統制などで忙しい身だという。
「お前な……人族の上に立つ者として、もう少し目を配ることだって出来るだろ。タカナリも、ちゃんとしていたぞ」
シンキが忙しいということは分かるが、同じく一つの国の王となったタカナリは、天栄の国の隅から隅まで、上手く統治できていた気がする。言い訳を言うシンキに少し呆れていると、ムスッとした顔で返された。
「どうだか……聞いた話ではタカナリも、玉座に就いた後、ハルマサ達に国を維持する機関に就かせたらしいじゃねえか。
そして、国を三つに分けて、エイキとゴウキと……後、もう一人に統治の補佐を任せたって聞いたぞ。やってることは同じじゃないか?」
「ぐっ……た、確かにな……」
シンキの言葉に返す言葉も無い。確かに、そう言われると、この世界の仕組みは、タカナリ達がやっていたことと似ている気がする。ひょっとして、この世界に「領」というのが誕生したのって、俺はカンナ発だと思っていたが、タカナリあたりから国を治めるということについて聞いていたのかも知れないな。
「ちなみに、管理者たちでさえ気づかないような本当に小さなものなどは、今では、世界を渡り歩くことが多いミサキや、ジーンに任せたりしている……要は、アンタの役回りだったことだな」
ああ……つまり、領、ギルド、騎士団が把握できない魔物だったり未知の資源だったり、とにかく得体の知れないものについては、特定の機関を持たず自由に人界を動けるミサキと、世界の謎を追求するために、大地のあちこちを放浪することが多い、“冒険王”ジーンって奴に任せているということか。
俺の役回りというか……でも、確かに俺も旅をしながら、山賊が出たり、玄李の残党が居れば、タカナリ達の許しが無くても斬っていたからな。向こうから襲ってくるのが悪かったんだが。
兎にも角にも、シンキの言い分は分かった。しかし、それが俺を斬ることにどうつながるのか分からない。再度聞いてみると、シンキは再び苦い顔をする。
「精霊人の森での一件、管理者であるロイド卿が原因だったため、状況の把握に遅れた……と、考えられていたが、もう一つ、俺がアンタを処断するに至ったのが早くなった理由も判明した。
話を聞けば、ロイド卿が王都で起こしていた問題事などは、サネマサのボケ、ワイバーンが持ち出される羽目になり、皆から注意を受けていたレオのバカが把握していた。
後で、そのことを教えてくれていれば、俺だってことを荒立てることは無かったと言ったら、「お前はすでに知っていると思っていた!」と、また怒鳴り返されたよ……」
はあ、とため息をつき、酒を飲むシンキ。
なるほど。精霊人の森での一件は、本来最初に報告するべき、森の管理者であるロイドが黒幕だったということもあり、ことの詳細が不明だった。
調査しようにも、あの時サネマサが言っていたように、領主や王都が任命した者を調べるというのはなかなか難しい話だし、ロウガンもマリーに届いたホリーからの手紙を見るまでは、踏み切ったことはしなかった。
それにより、事態が良くない方向へ大きく膨らんでいったとのことだ。
無論、ロウガンが動かなければ、ロイド卿からの報告も無いので、領主ワイツ卿も動くわけがない。
それにより、王都への報告、つまり、森で何が起こっているかということは、全てが終わるまで、シンキは把握できていなかったということになる。
しかも、ロイドという人間がどういう人間だったのかということについては、サネマサと、レオパルドという男は知っていた。レオパルドについては、よく分からないが、サネマサは、シンキも王都に居るのだから、ロイドのことは知っているだろうと思っていたようで、シンキには特に何も言わなかった。
よって、シンキは「ムソウという冒険者が、個人の恨みで、領主が任命した管理者である貴族を斬った」という報告しか伝わらず、それはすなわち、領、ひいては人界への叛逆行為ということで、処断しようと考えていたということである。
サネマサのことを「ボケ」、レオパルドって奴のことは「馬鹿」というシンキの気持ちが若干分かる。レオパルドの方は知らないが、ジゲンから聞いていたサネマサの印象だと、確かにそういった大事なことは突き飛ばしそうな気はする。
直情的な男だからな。後でそのことを咎められても、反対に二人してコイツのことを責めたということもあるようだし、レオパルドも、サネマサと同じようにどこかが抜けたような人間なのだろう。
そんな一癖も、二癖もある奴らが集まった、十二星天の管理を担っているというシンキ。……確かに大変そうだなと、思わず納得した。
ひとまず、シンキについては、そういうことで水に流し、話を進める。
次に語るのは……
ああ……アイツとの出会いからか。アイツもまた、何か抜けていることが多かった十二星天だったな……。
俺の話は精霊人の森の問題を解決した後、ミサキと出会ったことから始まる。ただ、この後のことについては、シンキも大体把握していた。
しかし、デーモンロードを倒したのが、ミサキではなく、俺だったということに今気づいたようで、シンキは驚き、マシロの呪いの一件などは、こちらも知らないとのことだった。
「マシロが呪いで動乱!? 何のことだよ?」
「いや、このことはワイツ卿から報告があったんじゃねえか?」
「少しごたついたことが起こったという話は聞いていたが、そこに呪いが関わっていたり、アンタの言う、転界教とかいう者達が起こした事件ということは、全く聞いていない。無論、アンタが関わったことも知らない。
ミサキがコウカン師団長と、ワイツと協力して、ごたごたを鎮圧したって話くらいしか把握していない」
「それは……あ、そうだ……」
シンキが声を荒げることについて、思い当たる節がある。俺はそれをシンキに話し、実際の所はどうなのかと尋ねることにした。
「……そういや、ミサキから聞いたんだが、お前、ミサキ達とうまくいってないんだって?」
マシロの一件の後、ミサキから聞いた話だと、十二星天内で、セインを筆頭とし、自分たちも統治に干渉しようという派閥と、そうでない者達という派閥が生まれていることを知った。
そして、二つの派閥の間で、考え方の差というものが生じ、何となくだが、十二星天内で、不穏な空気になっている。シンキはセイン側の人間で、王の統治のやり方に口を出すことが増えたと、ミサキは語っていた。それにより、ミサキ達からみたシンキの印象も、変わってきたということだ。
しかし、シンキのことをエンヤとコウカから聞いていたし、こうして実際に当人と直接話をしたりして、その時の印象とはことごとく違ってくるシンキに、違和感を覚える。正直、実際のところはどうなのかと本人に聞いてみる。
しかし、当の本人であるシンキは、俺の質問に、キョトンとした。
「あ? 何の話だ?」
不思議そうな顔をするシンキ。どうやら、本人は十二星天内の様子に気付いていないようだ。まあ、コイツは、ミサキやサネマサと同じ立場に居るとは言っても、形式上というようだからな。それこそ小さなことについては、気付いていなさそうだ。
しかし、俺がミサキから聞いた話をすると、シンキは目を見開き、何かに思い当たったような表情をした。
「ああ……なるほど。俺はそういう見方をされていたのか……」
「何か、気になることでもあったか?」
「いや。……ただ、そういうことであるならば、先の精霊人の一件でのサネマサやレオ、それにマシロの一件についてのミサキのことも納得いくし、ここに来てからのジェシカとコモンの様子についても分かる気がする……信用されていないんだな、俺……」
シンキは苦笑いしながら、寂しそうに酒を飲んだ。やはり、ミサキから聞いた話と、シンキの真実とでは、若干の差異があるようだ。
「……気にしていることがあれば、言えよ」
「……ああ。そうする」
シンキは頷き、フッと笑った。なんだかんだ言っても、コイツの中には、カンナ達から託された思いというものも残っているはずだ。きちんと話をすれば、ミサキ達も分かってくれるだろうと思っている。
手始めに、この屋敷に居る、コモン、ジェシカ、レオパルド、そして、今はチャブラに行っていると思われるサネマサには、自身のことを説明すると約束させ、この話は終わった。
「……それで、マシロの呪いの一件だが、「転界教」ってのは?」
シンキは盃を置き、身を乗り出した。ミリアン卿が言っていた、転界教とは、間違いなく人界に災いをもたらす者達のことだ。ミサキは黙っていたようだが、シンキも把握しておいた方が良いと思うので、説明しようと思った。
といっても、俺も詳しくは分からない。ただ、強力な魔道具や武具を手にしていること、ロウガンでさえ操れる強い呪いを行使すること、転界教の中には、王都の貴族も加わっていることから、かなり根が深いと予想されることだけは分かっている。
俺の思っていることを伝えると、シンキは神妙な面持ちになった。
「……ふむ、なるほどな。確かにそれは、やばい奴らなのかも知れないな」
「一応、今回の一件も、その転界教が絡んでいると、俺と爺さんは踏んでいるのだが……」
「爺さん? ……ああ、“刀鬼”のことか。そういうことならば、王都に戻ったら、早速、ケリスの邸宅を調べてみる」
今回の一連の事件が、転界教と繋がるかは皆無だが、同じく強力な呪いを操るということと、首謀者が貴族だということで、ケリスと転界教もつながっているのではないかと思われていたが、実際の所は分からない。そこで調べて欲しいと頼むと、シンキは頷く。
ただ、クレナにあったケリスの屋敷は破壊されているので、残る王都にある屋敷を調べることになる。少し時間をくれというシンキの頼みに、俺はもちろん了承した。
「で、その後は、クレナに来て、現在に至るってことで良いか?」
「ああ。問題ない」
そして、ひとまずは俺がこの世界に来てからの話を終えて、俺達は酒を飲んだ。盃を置きながら、シンキはニカっと笑う。
「にしても、皆から聞いていたように、アンタは本当に強い奴だったんだな」
「そんなにか?」
「ああ。まず、アンタ自身におかしい所もたくさんあるが、問題なのは、その強さだ。“武神”と謳われるサネマサよりも強いと俺は思っている……というか、手合わせをして、実際に勝ったんだろ? あと、ミサキにも」
「あれは、あくまで手合わせだからな。お互いに本気じゃなかった。どちらかを殺すまでとしたら、実際のところは分からない」
どうだか、と言って、シンキは更に笑った。シンキから見ても、俺は“規格外”の人間らしい。エンヤの言うように、俺が邪神大戦のときに居れば、戦争も早く終わっていたという言葉も、あながち嘘ではないようだ。
「ちなみにだが……」
「ん?」
「アンタと俺達十二星天、いわゆる迷い人を除いたこの世界の最強の人間は、間違いなく“刀鬼”ジロウだ。この屋敷に来て、コモンとジェシカだけならまだしも、“刀鬼”まで俺に刃を向けるとは思わなかった。流石に少し慌てたよ」
つまりは、この世界に元から生きている者達の中で、最強の存在と云うわけである。
なんでも、先ほど皆に囲まれた時、ジェシカは闘いが苦手だし、コモンはスキルこそ強力だが、自分のスキルで無効化が出来るくらいで、特に問題は無かったらしい。
他のアヤメたちに対しても、同様にそれぞれの力を合わせても、数千年生きた鬼族であるシンキには及ばないという。
本当にギリギリまで刀を抜かず、何とか口で丸め込めようと思っていたらしい。
だが、皆の中にジゲンが居て、誰よりも強い闘気と、必ず自分を倒すという決意の念が伝わってきて、止むを得ずシンキもEXスキルを発動させ、刀を抜いたという。あのまま、俺が止めなかったらと思うと、ぞっとすると、シンキは笑った。
なるほど……老いているとはいえ、俺とも互角以上に手合わせした爺さんだ。シンキにまで恐れられるとは、本当に恐ろしい老人である。
ちなみに、全盛期のジゲンは、邪神大戦時においても、人族の最前線で戦っても生き延びられていただろうと、シンキは語る。
「そんな“刀鬼”を含め、誰よりも強い殺意を俺達に当てて黙らし、更には九頭龍や、数多の災害級の魔物、邪神将、邪神族を倒したアンタが居るこの屋敷は一体どうなってんだ?」
「ただの、家だ……俺が帰る、な」
そう言うと、シンキはしばらく黙り、そうか、と笑って頷いた。
本当に、今回の一件で、ここだけは残ってくれて良かったと思っている。それに、誰一人として欠ける者も居ないようだし、ジェシカからも、闘鬼神は皆無事だということを聞いている。
ひょっとしたら、既に帰っているかも知れないと思いながら、その後も、シンキと共に酒を飲んだ。
◇◇◇
しばらく、シンキと語り合っていると、部屋の襖が開かれる。そこに立っていたのは、ムスッとした表情のリンネだった。リンネの両手と、六つある尾の上には器用に料理が置かれた盆が乗っている。
「ごはん、もってきたー……」
「ああ、出来たのか。入って良いぞ」
リンネは頷き、部屋に入って、俺の前に料理を置き、シンキを睨みながら、料理を置き、俺の横に座り、自分の前にも料理を置いた。どうやらここで食べたいようだ。大事な話の途中なんだがなとリンネを見ると、リンネは袖を引っ張り、シンキを指さす。
「……ちゃんとおこってくれた?」
一瞬何のことだか分からなかったが、先ほどのことかと思い出し、慌ててリンネの頭を撫でた。
「ああ、大丈夫だ。お前を襲おうとしたことについては、コイツも反省したぞ」
「……ほんと~?」
リンネは疑わしいような目で、シンキをジトっと睨む。話を合わせてくれと目で訴えると、シンキは一つため息をつき、頷いた。
「……さっきはすまなかったな。この通りだ」
シンキはそう言って、素直に頭を下げた。これで勘弁してくれるかと思いながら、リンネを見たが、未だシンキを睨むのを辞めない。
「……はんせいしてる?」
「ああ、してるさ。勘違いとは言え、ザンキ……ムソウの仲間に手を出そうとしたのは、悪いことだった」
「……ほんとうにそうおもってる? おじいちゃんたちからきいたけど、まえもおししょーさまを……」
「あ、リンネ。そのことについてはもういい。こちらで解決した話だ」
そういや、ジゲンにはミサキから聞いた話を、話したことがあったっけな。後できちんと誤解を解いておこう。その前にまずは、リンネからか。
というか、先ほどから思っていたのだが、「おししょーさま」って何だろう。コイツ、普段俺のことをそういう目で見ていたのか。何となくだが、意外だ。
頭を下げるシンキをムスッとした態度で見つめるリンネの頭に手を置く。リンネは、パッとこちらを振り向き、不思議そうな顔をした。
「リンネ、ちょっといいか?」
「なあに? おししょーさま」
「お前の気持ちは分かる。お前が、俺のことを想ってくれているのも、分かっている。
しかし、コイツは……何というか、俺の大切な奴らの友達みたいなもんだ。だから、許してやってくれ」
そう言うと、リンネは難しそうな顔をして、俺の目をじいっと見てきた。
「でも……リンネもこわかったんだよ……?」
「ああ……だが、話を聞く限り、先に手を出したのは、お前たちの方だろ?
話だけ聞きに来たというのに、いきなり、攻撃してくるお前らから身を守るため、お前らに敵意を向けて対応したというのなら、筋は通っている。
それに対して、お前らがコイツに怒っているというのはおかしいと思うんだがな……?」
「うぅ……それは……」
ばつの悪そうな顔をして俯くリンネ。まあ、実際の所は分からないけどな。俺だって、身体が元気な時に、シンキのことを何も分からない状態だったとしたら、コイツが屋敷に来た際に、攻撃を仕掛けたかも知れないし。……というか、現に殴ったしな。
「まあ、コイツがお前らを襲ったという件については、俺の一発でチャラだ。それで、手を打つってことで良いな?」
俯くリンネの頭を撫でながら、諭すように言うと、小さくリンネは頷いた。納得……してくれたようだな。ひとまず安心だ。
すると、リンネはスッと立ちあがり、シンキの横に座った。不思議そうに顔を上げる、シンキに、今度は逆にリンネが、頭を下げる。
「あの……うたぐって……ごめんなさい……」
突然の謝罪に目を見開くシンキ。そのまま俺の顔を見てくる。正直、俺も少し困っている。
リンネは本当に、時々大人顔負けに、礼儀を知っているという行動をする。いつの間にか、人の言葉を喋っていたりと、色々と俺の知らない間に、成長しているようだ。見た目も雰囲気も子供なのだが、誰よりも大人なリンネの行動に唖然としていた。
そんな行動に呆気にとられたシンキだったが、フッと笑い、頷いた。
「リンネ……だったか。いい子だな、お前は……ムソウのことは好きか?」
シンキの言葉に、リンネはパッと顔を上げて、頷く。
「うん……おししょーさま、だいすき……おししょーさま……ずっとねたままで……しんぱいしてた」
「そうか。そういうことなら、急にここに来た俺を見て、怪しい奴だと思ったのは、当たり前のことだよな。
……わかった。お前が、俺のことを許してくれたように、俺も、お前のことを許そう。
……だから、これから仲良くしてくれよな」
そっと、リンネの頭を撫でるシンキ。リンネは顔を上げて、ぱあっと笑顔になる。
「うん! おにいちゃんも、ミサキちゃんと、コモンくんとおなじー! いいひとー!」
頭に置かれたシンキの手を取りながら、喜ぶリンネ。シンキへの誤解が解けたようで何よりだ。
「さて、と。リンネ、ここに飯を持ってきたということは、お前もここで食うんだよな?俺も腹ペコだ。早く食べようぜ」
「うん! それから、たっくさん、おはなししたい!」
リンネは俺の袖を掴み、キラキラと輝く目を向けながら、しっぽを振る。飯もそうだが、よほど、俺が目覚めたことが嬉しかったようだ。
俺も、嬉しい。リンネとこうして話が出来ることは本当に嬉しいものだ。
俺は笑い、リンネに頷く。
「ああ。俺が留守にしていた間、何があったんだ?」
「うん! あのね、おじいちゃんと、シロウおにいちゃんが、すごかったの! それでね……」
俺達は、そのまま飯を食いながら、リンネの話に耳を傾けた。身振り手振りを使いながら、リンネはここであったことを話し続ける。楽しそうに話すリンネを見ながら、俺とシンキは時々驚きながらも、美味い飯を食って、笑っていた。




